パテントトロールから警告書が来たらどうすればよいか?

守秘義務があるので詳しい内容は書けませんが、日本のソフトウェア開発企業やネットサービス企業にも米国のパテントトロールから特許権侵害の警告書が届くケースが出てきているようです。

パテントトロールは米国特許に基づいて米国内でビジネスを行なう企業に権利行使するというパターンがほとんどですが、ネットの世界では、日本企業でも米国内でビジネスを行なうことが容易になりました(たとえば、AppStoreで米国向けにDL販売すれば米国内でビジネスを行なっていることになります)ので、その副作用とも言えます。

知財部や顧問弁護士・弁理士を抱えているような大規模企業であればまだしも、そのようなリソースがない規模の企業ですと、トロールから警告書が来るのは面倒かつ不安な状況であると思います。そもそも、米国で裁判することになると弁護士費用だけでもそれなりにかかってしまいます。

ちょっと前のTechCrunchに”10 Ways Startups Can Deal With Patent Troll Demands”(スタートアップ企業がパテントトロールの要求に対応するための10の方法)という記事が載っています。

  1. Don’t Panic
  2. Keep A Low Profile
  3. Find A Lawyer With A Long-Term View And Business Savvy
  4. Know Yourself
  5. Check Out The People, Not Just The Patent
  6. Poverty Defense
  7. Team Up
  8. Life Support
  9. Pick Battles Carefully
  10. Advice For All Times: Don’t Be An Easy Target

いくつかポイントを上げておくと、まず、今の米国の特許制度の運用では、特許権者がその特許発明を使って実業を行なっていない場合には差止めが認められることはありません。つまり、最悪でもライセンス料相当額を支払えばよいということになります(目安としては売上の数バーセントというレベル)。ちょっと癪ではありますがみかじめ料を払えば命までは取られないということです。

2.のKeep Low Profile(目立たないようにする)とは、警告書が来ても、無視しておけばそこで終わるケースもあるので、あわてて警告書に対応しないということです(記事中の調査結果では22%のの企業が警告を無視してたら何もなかったと回答しています)。ただし、もちろん、警告書を無視するとそのまま提訴されるケースもありますので、単に無視するだけではなく、特許権の内容を調べた上で侵害がないと確信を持てた場合のみ、無視すべきだと思います。

3.のFind A Lawyer With A Long-Term View And Business Savvy(長期的視点とビジネススキルを持った弁護士を見つける)のはなかなか困難だと思います。私は米国で代理人になれる資格はないですが、もしご相談いただければトロール対応の実績があって料金も比較的リーズナブルな弁護士先生を紹介可能です。また、弊所である程度調べ物をして米国弁護士に渡す資料を準備しておくと、全体的な料金をセーブできるんじゃないかと思います(以上ステマ)。

10. Advice For All Times: Don’t Be An Easy Targetは、ウェブサイト等に自社製品の詳細な技術情報をあまり載せないようにというアドバイスですが、現実問題としては、トロールは今となっては当たり前の技術に対して権利行使することが多いこと、技術情報を出さないことによるマーケティング上のデメリットもあることを考えるとどんなもんなんかと思います。

また、TEDには実際にトロールと裁判になって和解金ゼロで和解したスタートアップ企業経営者の講演が掲載されています。「テロリストとは交渉するな」と言って拍手喝采を浴びています(まあ、実際には和解金ゼロで和解するという交渉をしたわけですが)。

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私的使用目的複製の要件と自作コスプレ衣装について

先日の自炊代行裁判に関するエントリーで著作権法上の私的使用目的複製が認められるケースの例として「社長が秘書にコピーを頼む例よりもおじいちゃんが孫にコピーを頼む例の方がよい」という主旨のことを書いたところ、はてブに以下のようなコメントが付きました。

孫とおじいちゃんの例も、孫が複製の主体と認定されても、それでもなお適法(家庭内ですからね)なので、やはり例としてあまりよろしくないと思います。

わりとよくある勘違いだと思うのでここで説明しておきます。著作権法30条の私的使用目的複製の要件は大きく「A.個人的に又は家庭内その他これに準ずる範囲内で使用することを目的とする」、「B.使用をする者が複製をする」となります。

第三十条 著作権の目的となつている著作物(以下この款において単に「著作物」という。)は、個人的に又は家庭内その他これに準ずる限られた範囲内において使用すること(以下「私的使用」という。)を目的とするときは、次に掲げる場合を除き、その使用する者が複製することができる(以下略)

複製を行なうのが家庭内であるかどうかは関係ない点にご注意下さい。

社長と秘書の例だと秘書は社長の手足としてコピーしているので、B.の要件は満足されるとしても、会社で著作物を複製するのはA.の要件を満足しないとするのが多数説なので、結局、私的使用目的複製にならず話の焦点がぼけるため例としてはよろしくないと思います。

おじいちゃんと孫の例では、孫がおじいちゃんの手足としてコピーしているとされれば、A.とB.の両方の要件が満たされて私的使用目的複製になるので例としてすっきりしてます(おじいちゃんが業務使用する可能性もあるという屁理屈は考えません)。ここで、仮に孫が家庭外で、たとえば、コンビニでコピーしたり、会社でコピーしたりした場合でも私的使用目的複製になります(会社の規定違反という話は別論)。そして、仮に(あり得ないですが)孫が複製の主体であると認定されれば、上記B.の要件は満足されないので私的使用目的複製にはなりません。

自炊代行を合法的に行なう策として、業者が利用者の家にスキャナーと裁断機を持ち込んで自炊を代行するというサービスを行なったとしても、作業するのが業者である限り、やはり私的使用目的複製ではないとされてしまうでしょう(上記B.の要件が満足されないため)。

さて、これに関連して、先日あったアニメ人気キャラのコスプレ衣装を無断で作成・販売した業者が著作権法違反容疑で逮捕された事件について考えてみましょう。まず、「コスプレ衣装は著作物か」という重要な論点がありますが、それはまた別の機会に書くとして、この事件に関連してされた「自分で作ったコスプレ衣装を自分で着るのは問題ない」という一部ネット民の主張について考えてみたいと思います。

コスプレ衣装が著作物であるという前提で考えると、アニメキャラの衣装を真似てコスプレ衣装を作るのは著作物の複製(場合によっては翻案)に相当し得ます。自分で作るので上記B.の要件は満足されます、しかし、家あるいは少人数のサークルの中で着て楽しむのであればいいですが、大会場で衆人の目にさらしたりすると上記のA.が満足されないのではないとも言えます。この論点も明確な結論は出ていないと思います。なお、コスプレ着た写真をネットにアップすると私的使用はもう関係なしに公衆送信権を侵害することになってしまいます。

まあ、個人がコスプレ着て楽しんでいるのを訴える権利者は普通いないとは思うのですが、「著作権侵害ではない」状態と「著作権侵害だけど大目に見られている」状態は明確に区別した方がよいと思います。

追記(13/10/11):正確に言うと、「1)著作権侵害ではない」、「2)著作権侵害の可能性があるが大目に見られている」、「3)明らかに著作権侵害だが大目に見られている」とした方がよかったですね。自分で作ったコスプレ衣装を来てイベントに来る行為は上記の2)だと思います。コスプレ衣装が著作物に当たるかどうかは確実とは言えないからです。

追記2(13/10/11):はてブコメント主から以下のようなコメントをいただきました。

いやいや、そうじゃなくて、複製の主体も孫、使用の主体も孫、なので合法なのです。おじいちゃんが複製した著作物を読む、という行為は、孫が「家庭内その他これに準ずる限られた範囲内において使用」したと言えるからです。

そうじゃなかったら、夫が所有する著作物を、妻がまだ何も知らない間に複製して、その後に妻[kurihara注:夫の間違い?]に渡して使用させる行為も違法になってしまいます。(まだ知らない間なので、手足としてという理屈は成り立ちにくいですよね。)

元のコメントが意図していたことはわかりました(正直、その発想はなかったです)。ただ、法文を素直に解釈すると「おじいちゃんの使用は孫の使用とみなす」とは読めないのでその解釈はちょっと無理があるんじゃないかと思います。

また、「夫が所有する著作物を妻が夫が知らない間に複製し..」ですが、妻が自分で使うつもりで複製するのであれば、個人的に使用することを目的として使用をする者が複製するので合法です(著作物の(正確には著作物の複製物の)所有者が誰であるかは関係ありません)。後で夫に複製物を渡しても合法です。妻が自分で視聴する意図がなくて、夫の(黙示も含めた)依頼もなしに勝手に複製するというケースが想定しがたいですが、もし、仮にあるとするならば法文解釈上は私的使用目的複製にあたらないと思います。

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【小ネタ】アブラハム・プライベートバンクのビジネスモデル特許に関する変な弁解について

「いつかはゆかし」「月5万円の積み立てで1億円」などでおなじみのアブラハム・プライベートバンクに証券取引監視委員会が行政処分を勧告し、金融庁から業務停止命令が出される可能性が高まっているのは周知だと思います。

金融証券取引法等に関するお話は専門家の方にお任せするとして、アブラハム社が、この件に関して出したプレスリリースになぜかビジネスモデル特許の話が出てきているのでコメントします(下線は栗原による)。

法令遵守を徹底し、ビジネスモデル特許を申請していたにも関わらず、誠に残念ながら、弊社のビジネスモデルに関して当局と見解が異なりましたので、この度の検査結果を厳粛に受け止め、改めて速やかに業務改善を行い、一層の内部管理体制の強化に努める所存でございます。またその他の指摘についても真摯に受け止め、業務改善して参ります。

ちょっと何を言っているかよくわからないのですが「ビジネスモデル特許を出願していたということでビジネスモデルの遵法性が保証されるのだ」という発想なのでしょうか?(なお、検索したところ、この「ビジネスモデル特許」はおそらくまだ公開されていないと思われます(アブラハム以外の名義で出願されていればわからないですが))

追記: twitterで教えていただきましたが、アブラハム社のHPに当該特許の出願番号(特願2012-279557)が出てました。番号的には昨年末の出願なので公開されるのはもう少し先になります(出願日から1.5年後)。

そもそも、特許を出願するだけなら書類上の体裁さえそろっていれば中味が何であってもできますので、国から何らかの保証が得られるものではありません。さらに、仮に登録されたところで、その特許発明を合法的に実施できる保証が得られるわけではありません。たとえば、拳銃に関する発明をして特許化したからと言って権利者がその特許を使った拳銃を日本国内で自由に使えるわけではありません(極端でない例を出せば、薬に関する特許を取っても薬事法上の認可が下りるまでは販売できません)。

前も書いたと思いますが、特許権によって得られるのは「他人の実施を禁止できる保証」であって「自分が合法的に実施できる保証」ではありません。

なお、どう考えても公序良俗違反にしかならない発明は特許法32条の規定により特許を受けられません。教科書的な例としては偽札製造機などが挙げられています。

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「自炊代行」裁判の判決文が公開されました

一昨日の「自炊代行」裁判の判決文がもう翌日には裁判所のサイトで公開(PDF)されてました。

今ちょっと時間がないので要点だけコメントします。

判決主文のポイントは、以下のとおりです。

  • 被告による(目録に挙げられた)書籍の複製行為の差止め
  • 被告による(7名の)各原告に対する損害賠償金10万円の支払い(被告は2社ですので7×10万円×2社で報道に出てきた140万円の損害賠償支払と一致します)(これは弁護士費用相当額の一部という名目です)

そもそも、本のコピーが増えるわけではないので複製による損害発生の立証は困難であり、それほど多額の損害賠償を請求できるわけではありません(元々の原告側の請求も各被告に対して21万円です)。原告側にとっては弁護士費用を加味するとマイナスになるかもしれませんが、「複製代行は著作権侵害にあたる」というという司法判断を得ることが目的だったのでまあこれでよいのでしょう。

前回書いたように30条をそのまま解釈すると「自炊代行」が著作権侵害なのは明らかなので、当然予測されたように、被告側は、物理的には業者がスキャンしていても利用者がスキャンしていると解釈すべきという、いわゆる「手足論」を主張しています。

たとえば、タブレットで字を大きくして読みたいが、スキャナを使えないおじいちゃんのために孫が「自炊」してあげるなどのパターンです。孫はおじいちゃんの「手足」として複製しているだけなので、複製の主体はおじいちゃんと解釈できるということです。(社長に代わって秘書がコピーしてあげるという例が使われることもありますが、この例は「会社業務での複製が個人的使用にあたるか」というまったく別の論点も関係してくるので例としてはあまりよろしくないと思います。)

この「手足論」については、裁判官は以下のような形で一蹴しています。

このような電子ファイル化における作業の具体的内容をみるならば,
抽象的には利用者が因果の流れを支配しているようにみえるとしても,
有形的再製の中核をなす電子ファイル化の作業は法人被告らの管理下に
あるとみられるのであって,複製における枢要な行為を法人被告らが行
っているとみるのが相当である。

その他、「コピーが増えていないので複製ではない」、「著作権の行使は権利濫用に当る」という主張も基本的に一蹴されています(これらの主張は元々無理筋で私が裁判官だとしても一蹴するでしょう)。

この判決を「ひどい」とか「現実に合わない」という批判の声が聞かれます。しかし、現在の著作権法と判例の蓄積を考えれば、このような判決になるのはしょうがないでしょう。「ひどい」とか「現実に合わない」のは判決ではなくて法律の方だと思います。「悪法も法」なので無視することはできません。改正の必要性はあると思うのですが、ダウンロード違法化・刑事罰化の時と違って、こういう方向の改正にインセンティブを持つ議員さんはあまりいないと思われるのが問題です。

どういう改正が考えられるかについては大昔にこのブログにちょっとだけ書いています(「複製代行サービスを合法化するために求められる法改正」)。

追加:匿名のツイッターユーザー「大眺ム」氏(プロフィール「大した事は言えない。ただぼんやりと感じたことを書いているだけ。平凡なおやじの日記みたいなものです。」)によるとこのブログ記事は「論外」であるそうです。判決文ひととおり読んだ上で時間の制限内でポイントをまとめたつもりなんですが、どうなんでしょうかね。

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【速報】「自炊代行」は著作権侵害との地裁判決

東京地裁において、浅田次郎氏などの作家7名がスキャン代行業者を著作権侵害で訴えていたいわゆる「自炊代行」裁判の判決が出ました(共同通信日経)。著作権侵害が認定され、2業者に差し止めと計140万円の賠償を命じられたそうです。

個人的感想を言えば「残念」ではありますが、今の日本の著作権法の規定ではしょうがないと言えます。

ここで、まず、前提と事実関係をもう一度整理しておきましょう。

「自炊」とは手持ちの本をスキャンして電子化してタブレット等で読めるようにする行為の俗称です(もともとは隠語だったのに今は一般メディアでも使われる言葉になってしまいました。)

自分でスキャンして自分で読む「自炊」行為自体は合法です。根拠は著作権法30条(私的使用目的複製)です。(下線強調は栗原)

第三十条 著作権の目的となつている著作物(以下この款において単に「著作物」という。)は、個人的に又は家庭内その他これに準ずる限られた範囲内において使用すること(以下「私的使用」という。)を目的とするときは、次に掲げる場合を除き、その使用する者が複製することができる。

このスキャン(複製)作業を業者に依頼すると「その使用をする者が」の条件が満たされなくなりますので、私的使用目的複製にはならず、その結果、(著作権者の許諾がない限り)著作権(複製権)の侵害になってしまうというわけです。

自炊代行業者による、原本は破棄するのでコピーは増えておらず、著作権者に実害は発生していないという主張は理解できないことはないのですが、やはり法文に明確に条件が書いてある以上、それを覆すのは厳しいものがあります(米国の制度ですとフェアユースの法理により柔軟に解釈され得るのですが、日本の著作権法にはフェアユース的な考え方はほとんどありません)。

「スキャン業者は利用者の手足として動いているだけなので『その使用をする者』に該当する」といった「画期的解釈」もないわけではないかもとちょっとだけ期待する部分はありましたが、そういうわけには行きませんでした。

自炊代行と同じ理屈で、手持ちのLPレコードをCD-Rに変換したり、レーザーディスク、VHS、8ミリビデオ等をDVDに変換してくれる代行業者も違法とされます(もちろん自分で変換する分には問題ありません)。これらのケースですと手間暇以前の問題にそもそも旧メディアのプレーヤーが入手しにくくなっていますので、変換代行業者のニーズはさらに大きいでしょう。結果として、たとえばCD化されていないレコード音源が死蔵されるケースが増えると著作権法の目的である文化の発展に反するのではないかという気もします。

これから知財高裁で争って別の結果が出る可能性もありますが、30条の規定については見直す段階に来ているのではないかと思います(ダウンロード違法化とかDVDリップ違法化とか制限を厳しくするほうではいろいろ見直しされてきているのですが)。

また、権利者側との合意により自炊代行業者が利用料を支払って許諾を受けるモデルの検討も進んでいます(一部権利者はそれでもいやだというかもしれませんが)。著作権法における「違法」というのは「権利者の許諾がなければ違法」(許諾さえあれば合法)というだけの話なので、良い落としどころが見つけられればとも思います。

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