【小ネタ】アブラハム・プライベートバンクのビジネスモデル特許に関する変な弁解について

「いつかはゆかし」「月5万円の積み立てで1億円」などでおなじみのアブラハム・プライベートバンクに証券取引監視委員会が行政処分を勧告し、金融庁から業務停止命令が出される可能性が高まっているのは周知だと思います。

金融証券取引法等に関するお話は専門家の方にお任せするとして、アブラハム社が、この件に関して出したプレスリリースになぜかビジネスモデル特許の話が出てきているのでコメントします(下線は栗原による)。

法令遵守を徹底し、ビジネスモデル特許を申請していたにも関わらず、誠に残念ながら、弊社のビジネスモデルに関して当局と見解が異なりましたので、この度の検査結果を厳粛に受け止め、改めて速やかに業務改善を行い、一層の内部管理体制の強化に努める所存でございます。またその他の指摘についても真摯に受け止め、業務改善して参ります。

ちょっと何を言っているかよくわからないのですが「ビジネスモデル特許を出願していたということでビジネスモデルの遵法性が保証されるのだ」という発想なのでしょうか?(なお、検索したところ、この「ビジネスモデル特許」はおそらくまだ公開されていないと思われます(アブラハム以外の名義で出願されていればわからないですが))

追記: twitterで教えていただきましたが、アブラハム社のHPに当該特許の出願番号(特願2012-279557)が出てました。番号的には昨年末の出願なので公開されるのはもう少し先になります(出願日から1.5年後)。

そもそも、特許を出願するだけなら書類上の体裁さえそろっていれば中味が何であってもできますので、国から何らかの保証が得られるものではありません。さらに、仮に登録されたところで、その特許発明を合法的に実施できる保証が得られるわけではありません。たとえば、拳銃に関する発明をして特許化したからと言って権利者がその特許を使った拳銃を日本国内で自由に使えるわけではありません(極端でない例を出せば、薬に関する特許を取っても薬事法上の認可が下りるまでは販売できません)。

前も書いたと思いますが、特許権によって得られるのは「他人の実施を禁止できる保証」であって「自分が合法的に実施できる保証」ではありません。

なお、どう考えても公序良俗違反にしかならない発明は特許法32条の規定により特許を受けられません。教科書的な例としては偽札製造機などが挙げられています。

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「自炊代行」裁判の判決文が公開されました

一昨日の「自炊代行」裁判の判決文がもう翌日には裁判所のサイトで公開(PDF)されてました。

今ちょっと時間がないので要点だけコメントします。

判決主文のポイントは、以下のとおりです。

  • 被告による(目録に挙げられた)書籍の複製行為の差止め
  • 被告による(7名の)各原告に対する損害賠償金10万円の支払い(被告は2社ですので7×10万円×2社で報道に出てきた140万円の損害賠償支払と一致します)(これは弁護士費用相当額の一部という名目です)

そもそも、本のコピーが増えるわけではないので複製による損害発生の立証は困難であり、それほど多額の損害賠償を請求できるわけではありません(元々の原告側の請求も各被告に対して21万円です)。原告側にとっては弁護士費用を加味するとマイナスになるかもしれませんが、「複製代行は著作権侵害にあたる」というという司法判断を得ることが目的だったのでまあこれでよいのでしょう。

前回書いたように30条をそのまま解釈すると「自炊代行」が著作権侵害なのは明らかなので、当然予測されたように、被告側は、物理的には業者がスキャンしていても利用者がスキャンしていると解釈すべきという、いわゆる「手足論」を主張しています。

たとえば、タブレットで字を大きくして読みたいが、スキャナを使えないおじいちゃんのために孫が「自炊」してあげるなどのパターンです。孫はおじいちゃんの「手足」として複製しているだけなので、複製の主体はおじいちゃんと解釈できるということです。(社長に代わって秘書がコピーしてあげるという例が使われることもありますが、この例は「会社業務での複製が個人的使用にあたるか」というまったく別の論点も関係してくるので例としてはあまりよろしくないと思います。)

この「手足論」については、裁判官は以下のような形で一蹴しています。

このような電子ファイル化における作業の具体的内容をみるならば,
抽象的には利用者が因果の流れを支配しているようにみえるとしても,
有形的再製の中核をなす電子ファイル化の作業は法人被告らの管理下に
あるとみられるのであって,複製における枢要な行為を法人被告らが行
っているとみるのが相当である。

その他、「コピーが増えていないので複製ではない」、「著作権の行使は権利濫用に当る」という主張も基本的に一蹴されています(これらの主張は元々無理筋で私が裁判官だとしても一蹴するでしょう)。

この判決を「ひどい」とか「現実に合わない」という批判の声が聞かれます。しかし、現在の著作権法と判例の蓄積を考えれば、このような判決になるのはしょうがないでしょう。「ひどい」とか「現実に合わない」のは判決ではなくて法律の方だと思います。「悪法も法」なので無視することはできません。改正の必要性はあると思うのですが、ダウンロード違法化・刑事罰化の時と違って、こういう方向の改正にインセンティブを持つ議員さんはあまりいないと思われるのが問題です。

どういう改正が考えられるかについては大昔にこのブログにちょっとだけ書いています(「複製代行サービスを合法化するために求められる法改正」)。

追加:匿名のツイッターユーザー「大眺ム」氏(プロフィール「大した事は言えない。ただぼんやりと感じたことを書いているだけ。平凡なおやじの日記みたいなものです。」)によるとこのブログ記事は「論外」であるそうです。判決文ひととおり読んだ上で時間の制限内でポイントをまとめたつもりなんですが、どうなんでしょうかね。

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【速報】「自炊代行」は著作権侵害との地裁判決

東京地裁において、浅田次郎氏などの作家7名がスキャン代行業者を著作権侵害で訴えていたいわゆる「自炊代行」裁判の判決が出ました(共同通信日経)。著作権侵害が認定され、2業者に差し止めと計140万円の賠償を命じられたそうです。

個人的感想を言えば「残念」ではありますが、今の日本の著作権法の規定ではしょうがないと言えます。

ここで、まず、前提と事実関係をもう一度整理しておきましょう。

「自炊」とは手持ちの本をスキャンして電子化してタブレット等で読めるようにする行為の俗称です(もともとは隠語だったのに今は一般メディアでも使われる言葉になってしまいました。)

自分でスキャンして自分で読む「自炊」行為自体は合法です。根拠は著作権法30条(私的使用目的複製)です。(下線強調は栗原)

第三十条 著作権の目的となつている著作物(以下この款において単に「著作物」という。)は、個人的に又は家庭内その他これに準ずる限られた範囲内において使用すること(以下「私的使用」という。)を目的とするときは、次に掲げる場合を除き、その使用する者が複製することができる。

このスキャン(複製)作業を業者に依頼すると「その使用をする者が」の条件が満たされなくなりますので、私的使用目的複製にはならず、その結果、(著作権者の許諾がない限り)著作権(複製権)の侵害になってしまうというわけです。

自炊代行業者による、原本は破棄するのでコピーは増えておらず、著作権者に実害は発生していないという主張は理解できないことはないのですが、やはり法文に明確に条件が書いてある以上、それを覆すのは厳しいものがあります(米国の制度ですとフェアユースの法理により柔軟に解釈され得るのですが、日本の著作権法にはフェアユース的な考え方はほとんどありません)。

「スキャン業者は利用者の手足として動いているだけなので『その使用をする者』に該当する」といった「画期的解釈」もないわけではないかもとちょっとだけ期待する部分はありましたが、そういうわけには行きませんでした。

自炊代行と同じ理屈で、手持ちのLPレコードをCD-Rに変換したり、レーザーディスク、VHS、8ミリビデオ等をDVDに変換してくれる代行業者も違法とされます(もちろん自分で変換する分には問題ありません)。これらのケースですと手間暇以前の問題にそもそも旧メディアのプレーヤーが入手しにくくなっていますので、変換代行業者のニーズはさらに大きいでしょう。結果として、たとえばCD化されていないレコード音源が死蔵されるケースが増えると著作権法の目的である文化の発展に反するのではないかという気もします。

これから知財高裁で争って別の結果が出る可能性もありますが、30条の規定については見直す段階に来ているのではないかと思います(ダウンロード違法化とかDVDリップ違法化とか制限を厳しくするほうではいろいろ見直しされてきているのですが)。

また、権利者側との合意により自炊代行業者が利用料を支払って許諾を受けるモデルの検討も進んでいます(一部権利者はそれでもいやだというかもしれませんが)。著作権法における「違法」というのは「権利者の許諾がなければ違法」(許諾さえあれば合法)というだけの話なので、良い落としどころが見つけられればとも思います。

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【速報】日本人個人発明家がアップルから3億円ゲット

読売新聞に「アップルが特許権侵害、日本人男性へ賠償命じる」なんて記事が載ってます。

「iPod(アイポッド)」のリング状の操作ボタンを巡り、米アップルが特許権を侵害しているとして、発明家の日本人の男性側がアップル日本法人に100億円の損害賠償を求めた訴訟で、東京地裁(高野輝久裁判長)は26日、同社による特許権侵害を認め、約3億3600万円賠償を命じる判決を言い渡した。

同じニュースに関するスポニチの記事では発明者の名前も載っていたので、発明者名で検索すると。当該特許は特許番号3852854号の「接触操作型入力装置およびその電子部品」だと思われます。中味を見たい方はIPDLで「特許・実用新案検索」→「特許・実用新案広報DB」→文献種別にB、文献番号に3852854を入れて検索、で見られます(固定リンクががが)。

巨額の賠償金判決が出る米国の特許訴訟とは異なり、日本の特許訴訟は和解で終わったり、ささやかな賠償金で終わることが多いのですが、(実質的に)個人発明家で、しかも、IT分野で3億円強というのは画期的だと思います(今までの日本最高賠償額は「帯鋼巻取装置」の特許に関する4億3,000万円らしいです(平成12年(ワ)第6714号))。

有効性に問題がある特許で小規模企業を恫喝訴訟したり、他人の特許を買い集めて訴訟に専念したりするのは問題ありますが、自分の頭で生み出した特許で金を稼ぐのは悪いこととは思いません。ジャパニーズドリームだと思います。

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ラーメン二郎本トラブルに関する法的考察

J-CASTニュースに「しずる村上のラーメン二郎本がトラブル 「勝手に出したと店主が激怒」の情報」なんて記事が載っています。お笑いコンビ「しずる」の村上純氏が「人生で大切なことはラーメン二郎に学んだ」という本を出版したところ、ラーメン二郎三田本店店主が「出版を許可していない」と主張して揉めているそうです。

基本的は両者の話し合いということになると思いますが、法的にはラーメン二郎側はどのような手段を取れるのでしょうか。

実は、ラーメン二郎は一悶着あった後に商標を登録しています(4652738号)(IPDLの固定リンクががが)。なお、この一悶着については本ブログの過去記事「【やや雑談】ラーメン二郎ののれん分けと商標問題について」)をご覧下さい。

しかし、「ラーメン二郎」の商標の指定商品は「ラーメンを主とする飲食物の提供」ですし、そもそも単行本のタイトルは商標法上の商標ではないとされています(定期刊行物やシリーズ物の名称であればであれば商標とされ得ます)ので、商標権に基づく権利行使は無理です。

「ラーメン二郎」が有名であるとするならば(個人的には十分有名だと思いますが一般消費者にとってという話です)、不正競争防止法の周知表示混同惹起行為あるいは著名表示冒用行為(2条1項1号、2号)にあたる余地もあります(不正競争防止法の「商品表示」という概念は商標よりも範囲が広いです)。

第二条 この法律において「不正競争」とは、次に掲げるものをいう。

一 他人の商品等表示(人の業務に係る氏名、商号、商標、標章、商品の容器若しくは包装その他の商品又は営業を表示するものをいう。以下同じ。)として需要者の間に広く認識されているものと同一若しくは類似の商品等表示を使用し、又はその商品等表示を使用した商品を譲渡し、引き渡し、譲渡若しくは引渡しのために展示し、輸出し、輸入し、若しくは電気通信回線を通じて提供して、他人の商品又は営業と混同を生じさせる行為

二 自己の商品等表示として他人の著名な商品等表示と同一若しくは類似のものを使用し、又はその商品等表示を使用した商品を譲渡し、引き渡し、譲渡若しくは引渡しのために展示し、輸出し、輸入し、若しくは電気通信回線を通じて提供する行為

しかし、今回の事件とよく似た構図の「スイングジャーナル事件」(スイングジャーナル社が『スイングジャーナル青春録・大阪編』というタイトルの書籍出版は著名表示冒用行為にあたるとして著者である元編集長を提訴)では、裁判所は、書籍タイトルは(不正競争防止法上の)商品表示にあたるが、このタイトルは著者が編集長を務めていたスイングジャーナルとの出会い等を書いた本であることを的確に表現しているにすぎず、雑誌名『スイングジャーナル』と類似するものとは判断できないとし、請求棄却しました。

というわけで、知的財産権に基づいて権利行使するのは難しいと思います。店主が公開してほしくないと思っているエピソードが書いてあったりするとプライバシーなどの問題が生じるかもしれませんが、それは知財法の範囲外です。

ところで、この本の出版元は光文社なんですが、例の土屋アンナ事件の原作(原案)本も同社だったわけで、この手の許諾プロセスがちょっといい加減なんじゃないかという気もします。

追記:本買ってきました。表紙も(ちらっと読んだ限りでは)内容も思ったよりフリーライド色が強かったです。しかし、ラーメンは著作物にも不正競争防止法の商品表示にも当らないと思うので上記結論は変わりません(ラーメンにパブリシティ権や商品化権を認める「画期的判決」でも出れば別ですが)。とは言え、この内容であれば、道義的な点からは店主の許可はちゃんともらっておくべきだったと思います。(追記^2:ちょっと誤解を招いたかもしれませんので付記しておきます。二郎を揶揄するような内容はありません(逆に二郎愛に満ちています)。ただ内部事情的な話にちょっと触れているので、やはり道義的な面からはちゃんと許可を取っておくべきだったのではという意味です。)

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