著作権保護期間延長にまつわる「法の不遡及」について

TPP交渉の一環として著作権の存続期間が著作者の死後50年から70年に延長になる可能性が十分にあることはちょっと前に書きました。これに関して、延長の効果が既存の著作物にどう影響するか、つまり、遡及効の問題が重要な論点になっています。

一口に「遡及」といっても実はいくつかのパターンに分けられますので、整理して考えることが重要です。

パターン1:著作権保護期間の延長により過去に適法であった行為が遡って違法になる

過去のパブリックドメイン作品の流通が違法になってしまうということです。「法の不遡及の原則」の本来的意味はこれが起きないことです。さすがにこうなることはあり得ません。日本であれば憲法39条に反します。

パターン2:著作権の延長により、いったんパブリックドメインになった著作物の著作権が復活する

英語ですと”copyright restoration”と呼ぶパターンです。前回書いたように前例がないわけではありません。とは言え、ベルヌ条約18条(2)に「従来認められていた保護期間の満了により保護が要求される同盟国において公共のものとなつた著作物は、その国において新たに保護されることはない」と定められていますし、Wikileaksが流出させたTPPのドラフトでも、Article QQ.A.11(2)に「加盟国は協定が有効になった日にその地域でパブリックドメインになっているものの保護を復活させることを要しない」と書いてありますので、仮にTPPにより著作権保護期間が延長されても、こうなることはないと思います。

朝日新聞に青空文庫の文学作品の著作権が復活する可能性があるというような記事が出ましたが、その可能性はないと思います。もし、この記事が私の先日のブログ記事(もしこうなったらいやだな〜レベルのつもりでした)がベースになって書かれたのだとしたらどうもすみません。

パターン3:今著作権が残っている著作物(著作者の死後50年経っていない著作物)の著作権保護期間が延長になる

英語ですと”retrospective extention”と呼んでいるようです。retrospectiveは「遡及的な」と訳されますが、パターン1やパターン2でいう「遡及」とは意味が違います。

これは一見問題ないように思えますが、そもそも、既に創作された著作物の保護期間を延長しても創作のインセンティブには結びつかない(ましてや、著作者が死亡している著作物の保護期間を延長してもその著作者のインセンティブには関係ない)ので著作権法の目的に反するのではないかという見方もあります。また、著作権が著作者死後50年続くという前提で対価を設定して売却した人は、後になって急に20年伸びたわけで不測の損害を受けることにもなります。

とは言え、日本も米国も含め今までほとんどの著作権保護期間延長はretrospectiveに行なわれてきてますのでTPPも当然そうなるでしょう。

本当に「遡及」の問題がないようにしたいのであれば、法律改正後(条約批准後)に創作された著作物のみが保護期間延長の対象になるのが筋と思うのですが。そうなることはないでしょうね。

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くまモンのグローバルな商標戦略について

#今回は当たり前のことしか書いてませんので知財系専門家の方は読まれるまでもないと思います。

朝日新聞に「くまモングッズ、世界へ進出 6月から海外販売本格解禁」なんて記事が載っています。「偽物が出回ることへの懸念から、香港の一部百貨店に限っていたが、一定の商標登録が済んだことで解禁を決めた」ということだそうです。

対象地域は、中国、香港、台湾、韓国、シンガポール、タイ、EU、米国だそうです。

このうちで、中国、韓国、シンガポール、EU、米国はマドリッドプロトコル(通称、マドプロ)という国際条約に加盟していますので、スイスのWIPO(世界知的所有権機関)に出願しすることで一括で出願できます。香港、台湾、タイはその国の代理人に(通常は日本の代理人を経由して)依頼するしかありません。

実際、くまモン関係のマドプロ国際登録をWIPOのデータベース(ROMARIN)で検索してみると3件見つかりました(権利者を”KUMAMOTO”として検索)。1111950(画像)(印刷物・文具類を指定商品)、1111951(文字)(印刷物・文具類を指定商品)、1164921(文字)(多様な商品を指定)(ところで、ROMARINもわが国のIPDL同様に固定リンクが貼れないのでちょっと不便ですね)。

商標登録をしておくことで、偽物を完全に防げるわけではないですが、費用もそれほどでもない(たとえば、上記の1111950は中国、韓国、欧州、米国を指定していますがおそらく50万円くらい)ですし、商標登録しておかないと関係ない他人が先に抜け駆け出願してしまい、正規商品が差止めを受けるといった理不尽な状況にもなり得ますので、海外展開の可能性があるキャラクターものについては早め早めの海外商標登録出願が重要です。

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【速報】アップルとグーグルが和解..しかしスマホ特許戦争がこれで終ったわけではない

時事ドットコムに「アップルとグーグルが和解=スマホ特許訴訟が終結-米」なんて記事が載ってます。他にもいろんな媒体に同様の記事が載っています。

事実関係としては、1) アップルとグーグル(実際にはその子会社のモトローラ・モビリティ)間の約20件の訴訟を相互に取下げる、2) 特許のクロスライセンスについては合意に至っていない、3) 両社は今後特許制度の改革に向けて協力していくということです。

しかし、アップルとサムスンの間の訴訟の話は今回は関係ないので、これで「スマホ特許戦争」が終わったわけではありません。なお、他にもグーグル対マイクロソフト(ノキア)の訴訟も残っていますが、こちらは今回同様和解になる可能性大と思います。

グーグル的には、アップルに対抗できる協力な特許権目当てでモトローラを高値つかみして目論見がはずれたという感じでしょうが、これはサンクコストですので、これ以上訴訟を続ける動機にはなりません。

また、アップルとしても、グーグル(モトローラ)に対しては(サムスンの場合とは異なり)今までのところ大きなダメージを与えられていません。さらに、モトローラの携帯事業がレノボに移ってしまうので、仮に差止めを勝ち取れたとしてもグーグルに直接的ダメージを与えられるわけではありません。

ということで、これ以上訴訟を続けないというのは賢明な選択肢と言えるでしょう。

アップル-サムスンの訴訟については、少なくとも現在進行中のカリフォルニア地裁での訴訟は主に過去の販売行為に対する賠償の話なのであまり影響がないと思います。これから先、販売差止めや禁輸等の話が出てくるとちょっと関係する(アップルが消極的になる)かもしれません。

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【小ネタ】コンサート後の音源販売と野口五郎特許について

ROVOというバンドが、日比谷野音でのコンサート直後に、そのコンサートのWAV音源をSDカードに入れて限定販売するというのがちょっと話題になっています。ファンの人にとっては魅力的なサービスなんじゃないでしょうか。LIVE MEMORYという会社(?)が提供しているサービスのようです。

これで思い出したのは、野口五郎氏(あの野口五郎です)が特許を取得したライブ映像提供システムです(参照記事)。来場者にQRコードを印刷したカードを配布し、スマホのアプリで読み取ることでそのライブ映像をダウンロード提供するアイデアです(一度ダウンロードされるとスマホの個体識別番号をチェックして別のスマホからはダウンロードできなくなるようにすることで、無制限のコピーを防いでいます)。

特許番号は4859882号です(野口五郎の本名である「佐藤靖」を発明者として検索することで見つけました)。クレーム1の内容は以下のとおりです。

【請求項1】
コンテンツ配信サービスを提供するウェブサイトを示すURL情報とID情報を含むデータコードが予め印刷され、該ID情報に基づいてコンテンツの特定も行えるコンテンツ配信用情報印刷媒体と、
該情報印刷媒体に印刷されているデータコードを読み取ってそこに含まれるURL情報及びID情報を抽出する携帯電話と、
該携帯電話が前記ID情報を引数として前記URL情報に基づき接続するコンテンツ配信用サーバと、
該サーバとアクセス可能に接続された情報印刷媒体管理データベースと、
を備えた、販売者登録済の個人によって販売された前記情報印刷媒体を介して回数制限無くダウンロードができるコンテンツ配信システムであって、
前記サーバは、販売者登録手段と販売商品登録手段とコンテンツ配信手段とを備え、
前記販売者登録手段は、
前記情報印刷媒体の販売者が使用する携帯電話の機種固有情報を前記データベースに登録し、
前記販売商品登録手段は、
前記の機種固有情報が登録された販売者の携帯電話によって、販売が完了した情報印刷媒体に印刷されているデータコードに含まれるID情報が送信された時に、該ID情報及び前記販売者の携帯電話の機種固有情報とを前記データベースに登録するとともに、
前記コンテンツ配信手段は、
前記情報印刷媒体の利用者の携帯電話からのダウンロード要求を送信された都度前記データベースを参照して、
同時に送信された前記ID情報が未登録であれば前記ダウンロード要求を拒絶し、
前記ID情報が既登録かつ利用者認証用情報が未登録であれば
前記利用者の携帯電話の機種固有情報を前記データベースに利用者認証用情報として登録するとともにダウンロードを許可し、
前記ID情報が既登録かつ利用者認証用情報が既登録であれば
前記利用者の携帯電話の機種固有情報と既登録の利用者認証用情報とを照合して、
一致すれば利用者認証は受理されたものとみなしてダウンロードを許可するが、
一致しなければ利用者認証は拒否されたものとみなしてダウンロードを拒絶するとともに、
ダウンロードを許可する場合は、前記利用者の携帯電話に対して前記ID情報に基づいて特定されるコンテンツのダウンロード用の画面を送信する
ことを特徴とするコンテンツ配信システム。

長いですが、わりと普通の処理しか記載されていないので、同じことをやろうと思うと回避は不可能ではないもののちょっとやっかいかもしれません(進歩性にはついてはノーコメント)。

なお、ROVOがやろうとしているのはSDカードの販売であって、ネットダウンロードではありませんので野口五郎特許に抵触することはありません。

特許が取れるかどうかは別として、デジタルテクノロジーによって、音楽ファンも満足させ、クリエイターにも対価が回るような仕組みはまだいくらでも出てきそうです。

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著作権保護期間の延長と「ガーシュインショック」について

TPP交渉の一環として著作権の保護期間が著作者死後70年に延長される可能性が高そうです(参照記事)。最終的にどのように確定するかはわからないのですが、既に著作権切れになっている著作物に適用されるのか、日本の特殊事情である戦時加算がどうなるのか気になります(追記:日本では今まで著作権切れになった著作物が保護期間の延長により著作権を回復したことはないですが、世界的にはそうでないケースもありますし(たとえば、欧州連合の指令等)、今回は国際的な交渉事なのでどのような条件を飲まされるかわかりません)。

仮に既にパブリックドメイン(PD)になっている著作物にも遡及適用されることになると、青空文庫で公開されているPDの文学作品が公開不可になってしまうのが問題と考える人も多いと思います。

ここでは、自分の関心分野であるジャズ関係の楽曲について考えてみます。

ジャズ系で今でもよく演奏されるスタンダードナンバーの中で、戦時加算を加味しても著作権切れしているものには、ガーシュイン(1937年没)、ジェロームカーン(1945年没)などの作品があります。ガーシュインの曲にはBut Not For Me、Embraceable You、Fascinating Rhythm、A Foggy Day、The Man I Love、Nice Work If You Can Get It、Our Love Is Here To Stay、Somebody Loves Me、Someone to Watch Over Me、Summer Time、They Can’t Take It Away From Me、’S Wonderful、ジェロームカーンの曲には、All The Things You Are、Dearly Beloved、Fine Romance、I’m Old Fashioned、Smoke Gets In Your Eyes、Song Is You、The Way You Look Tonight、Yesterdaysなどがあり、ジャズスタンダードの相当部分が既にPDになっています(これ以外に現代でもよく演奏されるスタンダードでPDになっているものはSomeday My Prince Will Come(いつか王子様が)(作曲者フランクチャーチルは1942年没)などがあります)。

仮に著作権保護期間が70年に延長されて、いったんPD化した著作物にも遡及適用され、戦時加算も撤廃されないとすると、戦前に亡くなった米国作家の作品の著作権は(戦時加算の3794日がフルに効いてくることから)死後80年強続きますので、これらの作品もPDではなくなってしまいます。

ライブハウスで演奏したり、YouTubeにアップしたりする分には、JASRACの権利処理が背後で行なわれてますので特に問題ないんですが、たとえば、自費出版でCDを作って売る場合、JASRACに信託しない自分のオリジナル曲と上記のようなPD曲だけであれば、JASRACの権利処理がいらないので楽だったんですが、それができなくなってしまいます(仮にこういうCDを出していて著作権保護期間延長によりPD曲が後付け的にPDでなくなるとその段階でJASRACの許諾を受けなければならなくなってしまうんでしょうか?)。

まあ、せめて交渉により戦時加算は撤廃してもらいたいと思います(もちろん、既にPD化した著作物には遡及適用しないようになれば尚可ですが)。

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