【小ネタ】コンサート後の音源販売と野口五郎特許について

ROVOというバンドが、日比谷野音でのコンサート直後に、そのコンサートのWAV音源をSDカードに入れて限定販売するというのがちょっと話題になっています。ファンの人にとっては魅力的なサービスなんじゃないでしょうか。LIVE MEMORYという会社(?)が提供しているサービスのようです。

これで思い出したのは、野口五郎氏(あの野口五郎です)が特許を取得したライブ映像提供システムです(参照記事)。来場者にQRコードを印刷したカードを配布し、スマホのアプリで読み取ることでそのライブ映像をダウンロード提供するアイデアです(一度ダウンロードされるとスマホの個体識別番号をチェックして別のスマホからはダウンロードできなくなるようにすることで、無制限のコピーを防いでいます)。

特許番号は4859882号です(野口五郎の本名である「佐藤靖」を発明者として検索することで見つけました)。クレーム1の内容は以下のとおりです。

【請求項1】
コンテンツ配信サービスを提供するウェブサイトを示すURL情報とID情報を含むデータコードが予め印刷され、該ID情報に基づいてコンテンツの特定も行えるコンテンツ配信用情報印刷媒体と、
該情報印刷媒体に印刷されているデータコードを読み取ってそこに含まれるURL情報及びID情報を抽出する携帯電話と、
該携帯電話が前記ID情報を引数として前記URL情報に基づき接続するコンテンツ配信用サーバと、
該サーバとアクセス可能に接続された情報印刷媒体管理データベースと、
を備えた、販売者登録済の個人によって販売された前記情報印刷媒体を介して回数制限無くダウンロードができるコンテンツ配信システムであって、
前記サーバは、販売者登録手段と販売商品登録手段とコンテンツ配信手段とを備え、
前記販売者登録手段は、
前記情報印刷媒体の販売者が使用する携帯電話の機種固有情報を前記データベースに登録し、
前記販売商品登録手段は、
前記の機種固有情報が登録された販売者の携帯電話によって、販売が完了した情報印刷媒体に印刷されているデータコードに含まれるID情報が送信された時に、該ID情報及び前記販売者の携帯電話の機種固有情報とを前記データベースに登録するとともに、
前記コンテンツ配信手段は、
前記情報印刷媒体の利用者の携帯電話からのダウンロード要求を送信された都度前記データベースを参照して、
同時に送信された前記ID情報が未登録であれば前記ダウンロード要求を拒絶し、
前記ID情報が既登録かつ利用者認証用情報が未登録であれば
前記利用者の携帯電話の機種固有情報を前記データベースに利用者認証用情報として登録するとともにダウンロードを許可し、
前記ID情報が既登録かつ利用者認証用情報が既登録であれば
前記利用者の携帯電話の機種固有情報と既登録の利用者認証用情報とを照合して、
一致すれば利用者認証は受理されたものとみなしてダウンロードを許可するが、
一致しなければ利用者認証は拒否されたものとみなしてダウンロードを拒絶するとともに、
ダウンロードを許可する場合は、前記利用者の携帯電話に対して前記ID情報に基づいて特定されるコンテンツのダウンロード用の画面を送信する
ことを特徴とするコンテンツ配信システム。

長いですが、わりと普通の処理しか記載されていないので、同じことをやろうと思うと回避は不可能ではないもののちょっとやっかいかもしれません(進歩性にはついてはノーコメント)。

なお、ROVOがやろうとしているのはSDカードの販売であって、ネットダウンロードではありませんので野口五郎特許に抵触することはありません。

特許が取れるかどうかは別として、デジタルテクノロジーによって、音楽ファンも満足させ、クリエイターにも対価が回るような仕組みはまだいくらでも出てきそうです。

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著作権保護期間の延長と「ガーシュインショック」について

TPP交渉の一環として著作権の保護期間が著作者死後70年に延長される可能性が高そうです(参照記事)。最終的にどのように確定するかはわからないのですが、既に著作権切れになっている著作物に適用されるのか、日本の特殊事情である戦時加算がどうなるのか気になります(追記:日本では今まで著作権切れになった著作物が保護期間の延長により著作権を回復したことはないですが、世界的にはそうでないケースもありますし(たとえば、欧州連合の指令等)、今回は国際的な交渉事なのでどのような条件を飲まされるかわかりません)。

仮に既にパブリックドメイン(PD)になっている著作物にも遡及適用されることになると、青空文庫で公開されているPDの文学作品が公開不可になってしまうのが問題と考える人も多いと思います。

ここでは、自分の関心分野であるジャズ関係の楽曲について考えてみます。

ジャズ系で今でもよく演奏されるスタンダードナンバーの中で、戦時加算を加味しても著作権切れしているものには、ガーシュイン(1937年没)、ジェロームカーン(1945年没)などの作品があります。ガーシュインの曲にはBut Not For Me、Embraceable You、Fascinating Rhythm、A Foggy Day、The Man I Love、Nice Work If You Can Get It、Our Love Is Here To Stay、Somebody Loves Me、Someone to Watch Over Me、Summer Time、They Can’t Take It Away From Me、’S Wonderful、ジェロームカーンの曲には、All The Things You Are、Dearly Beloved、Fine Romance、I’m Old Fashioned、Smoke Gets In Your Eyes、Song Is You、The Way You Look Tonight、Yesterdaysなどがあり、ジャズスタンダードの相当部分が既にPDになっています(これ以外に現代でもよく演奏されるスタンダードでPDになっているものはSomeday My Prince Will Come(いつか王子様が)(作曲者フランクチャーチルは1942年没)などがあります)。

仮に著作権保護期間が70年に延長されて、いったんPD化した著作物にも遡及適用され、戦時加算も撤廃されないとすると、戦前に亡くなった米国作家の作品の著作権は(戦時加算の3794日がフルに効いてくることから)死後80年強続きますので、これらの作品もPDではなくなってしまいます。

ライブハウスで演奏したり、YouTubeにアップしたりする分には、JASRACの権利処理が背後で行なわれてますので特に問題ないんですが、たとえば、自費出版でCDを作って売る場合、JASRACに信託しない自分のオリジナル曲と上記のようなPD曲だけであれば、JASRACの権利処理がいらないので楽だったんですが、それができなくなってしまいます(仮にこういうCDを出していて著作権保護期間延長によりPD曲が後付け的にPDでなくなるとその段階でJASRACの許諾を受けなければならなくなってしまうんでしょうか?)。

まあ、せめて交渉により戦時加算は撤廃してもらいたいと思います(もちろん、既にPD化した著作物には遡及適用しないようになれば尚可ですが)。

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【小ネタ】STAP細胞便乗商法について

livedoor NEWSに「小保方さん「クロ」判定に困惑する“便乗狙い”の悲鳴」なんて記事が載ってます。今年1月のSTAP細胞の発表直後に「『STAP細胞』の大発見を信じて自社商品などに『STAP』の名前を商標出願(ママ)した中小企業の経営者たちが、『勘弁してくれ』と悲鳴を上げています(事情通)」だそうです。まあ流行語(になりそうな言葉)が生まれると全然関係ない人が便乗商標登録出願するのは風物詩ですね。

しかし、商標の場合、出願だけなら費用はせいぜい5万円くらいです(弊所なら2万7千円です(ステマ))。なので「悲鳴」はどう見ても盛り過ぎです。せいぜい「あてがはずれてがっかり」くらいでしょう。STAPという名称がついた商品のパッケージの製造をもう始めてしまったとかであれば別でしょうが。

ついでにちょっと前に書いた、昨年度の流行語大賞の便乗登録出願が今どうなっているか(無料でできる範囲で)調べてみました。

まず、久慈市の菓子店が出願した「じぇじぇじぇ」(商願2013-039171)(これは厳密には「便乗商法」とは呼べませんが)ですが、おそらくNHKの業務との誤認混同を招くという拒絶理由通知が出たのは前回書いたとおりです。これに対して、代理人を立てて意見書を出していますね。こちらが確定してないので、NHKの後願(商願2013-46638)も確定せず、NHKと争う形になっています。それとはまた別に個人が今年になってから「じぇじぇじぇ」を出願しています(もう賞味期限切れだと思うのですが)。

「今でしょ」(およびそのバリエーション)はまだ登録されたものはありませんが、林修先生が勤める予備校のナガセによる本家の出願に3条1項各号を理由とする拒絶理由通知が出ています。3条1項6号(需要者が何人かの業務に係る商品又は役務であることを認識することができない商標)でしょうかね?キャッチフレーズ的な言葉を商標登録出願するとこの条文を理由に拒絶されることがあります。しかし、めちゃくちゃグレーゾーンがあって、実際にはキャッチフレーズ的な商標登録は数多くあります(たとえば、日立の「Inspire the Next」等)。ナガセは本家ですのでたぶん争うことになると思います。

「倍返し」(およびそのバリエーション)も17件ほど出願されてますが、まだ(本家のTBSのものも含めて)登録になったものはありません。ちょっと全部調べてる時間はありません。個人による出願には「情報提供」(刊行物等提出)がされているものが多いので、TBSが登録を阻止しようとしているのではないかと思われます。

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3Dプリンタ銃問題に対応できるかもしれない特許について

3Dプリンタで殺傷能力のある銃を作成した人が逮捕された事件は周知だと思います。ついに来るべき日が来てしまったという感じですね。

この問題に関して、公安委員長が法規制の検討が必要との見解を示したそうですが(参照記事)3Dプリンタの販売を一律に禁止するわけにもいかないので難しいところです。

テクノロジー的解決策としては、今すぐには無理としても、将来的には特定の強度・構造を持つ部材を製造(印刷)する場合にネットワークから認証が必要とされるような仕組みが有望かもしれません。

そして、米国ではそのようなアイデアに関する特許が既に成立しています(US8286236)(Manufacturing Control System)。クレーム1は以下のようになっています。

1. A method for secure manufacturing to control object production rights, the method comprising:

identifying at least one object data file configured to produce an object by a manufacturing machine;

confirming that an authorization code is associated with the object data file, the authorization code configured to be received by the manufacturing machine, the manufacturing machine adapted to receive the authorization code; and

enabling the manufacturing machine to interface with the object data file only if the authorization code meets one or more predetermined conditions,

wherein the manufacturing machine is configured for at least one or more of additive manufacturing, subtractive manufacturing, extrusion manufacturing, melting manufacturing, solidification manufacturing, ejection manufacturing, die casting, or a stamping process.

クレームは長いんですが、実質的に言っていることは、「設計データに対応する承認コードを受信した時だけ製造を許可する製造機械」といった感じでかなり範囲が広いです。「3DプリンタのDRM」特許とも呼ばれています。

権利者はThe Invention Science Fundですが、これはNPEとして有名なIntellectual Ventures(IV)の一組織である発明者部隊です。IVは他社から特許権を買い集めて、権利行使するという典型的NPEのオペレーションに加えて、社内でも一から発明を行なっています(そういう意味では、IVは、他のいわゆるパテントトロール的NPEとは微妙に違います)。

この特許の優先日(実質出願日)は2007年12月21日です。この時期はスタラタシス社による3Dプリンタの基本特許が2009年に切れる直前で3Dプリンタの民生部門での普及が予測されていた時期です。この特許の明細書には、3Dプリンタについての記載がないので、先を読んでいたのか、単なる偶然なのかは不明ですが、やはり広い特許を取るためにはタイミングは重要です(テクノロジーが普及してからその分野で広い特許を取るのは困難です)。

なお、ちょっと調べた限りでは日本では同等特許は成立していないようなので、日本ではこのような仕組みを自由に実施できる可能性が高いです。

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STAP細胞特許のゆくえについて

小保方さんの研究不正問題で、小保方さん側の不服申立に対する調査委員会の結論が出ました。記者会見の内容がITmediaの記事にわかりやすくまとまっています。

かなりインパクトのある実験ノート、サイエンス誌に出した論文で査読者に画像の加工を指摘されたのにそれを無視してネイチャーに同じような論文を出した疑惑、医師の診断書が提出されていない等々、長引けば長引くほど、小保方さん側に不利な材料が出てくる感じです。小保方さん側は訴訟も検討しているそうですが、公開裁判の場でやってしまって大丈夫なんでしょうか?

さて、本エントリーでは特許の話に絞って書きます。以前にも書いたようにSTAP細胞に関するPCT出願(国際出願)がWIPO(世界知的所有権機関)で待ち状態になっており、各国への国内移行手続きの〆切が今年の10月(国によってはもう少し後の国もあります)に迫っています。

前述のITmediaの記事によると「特許の取り下げは行わない」そうでであり、「検証実験の結果を踏まえて判断したい」そうです。記者会見の場での話の流れがわかりませんが、記者の方には「詐欺行為で特許を取得すると刑事罰対象ですが?」と聞いてほしかった気がします。(注:特許出願書類でも不適切な画像流用が指摘されています)。

注意しておくべき点として、PCT出願の取下げには共同出願者全員の合意が必要です(PCT出願に限った話ではなくあらゆる特許出願に当てはまる話です)。このPCT出願(PCT/US2013/037996)の出願人はブリガムアンドウーマンズ病院(要するに、ハーバード大の大学病院)、理研、東京女子医大です。たぶん、取下げにはブリガムアンドウーマンズ病院(要するにバカンティ教授)が同意しないんじゃないかと思います。(ところで、この特許出願に東京女子医大がからんでいる経緯は何なんでしょうか?)

さらに、各国への国内移行にも共同出願者全員の合意が必要です。これは理研が同意するとは思えません。「検証実験の結果を踏まえて判断したい」と言っても、検証実験には1年くらいかかるはずなので、国内移行の期日には間に合わないんじゃないかと思います。

結局、明示的取下げも国内移行もなしに、期日が来て、そのまま実質的取下げということになるのではないかと思います。

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