STAP細胞特許のゆくえについて

小保方さんの研究不正問題で、小保方さん側の不服申立に対する調査委員会の結論が出ました。記者会見の内容がITmediaの記事にわかりやすくまとまっています。

かなりインパクトのある実験ノート、サイエンス誌に出した論文で査読者に画像の加工を指摘されたのにそれを無視してネイチャーに同じような論文を出した疑惑、医師の診断書が提出されていない等々、長引けば長引くほど、小保方さん側に不利な材料が出てくる感じです。小保方さん側は訴訟も検討しているそうですが、公開裁判の場でやってしまって大丈夫なんでしょうか?

さて、本エントリーでは特許の話に絞って書きます。以前にも書いたようにSTAP細胞に関するPCT出願(国際出願)がWIPO(世界知的所有権機関)で待ち状態になっており、各国への国内移行手続きの〆切が今年の10月(国によってはもう少し後の国もあります)に迫っています。

前述のITmediaの記事によると「特許の取り下げは行わない」そうでであり、「検証実験の結果を踏まえて判断したい」そうです。記者会見の場での話の流れがわかりませんが、記者の方には「詐欺行為で特許を取得すると刑事罰対象ですが?」と聞いてほしかった気がします。(注:特許出願書類でも不適切な画像流用が指摘されています)。

注意しておくべき点として、PCT出願の取下げには共同出願者全員の合意が必要です(PCT出願に限った話ではなくあらゆる特許出願に当てはまる話です)。このPCT出願(PCT/US2013/037996)の出願人はブリガムアンドウーマンズ病院(要するに、ハーバード大の大学病院)、理研、東京女子医大です。たぶん、取下げにはブリガムアンドウーマンズ病院(要するにバカンティ教授)が同意しないんじゃないかと思います。(ところで、この特許出願に東京女子医大がからんでいる経緯は何なんでしょうか?)

さらに、各国への国内移行にも共同出願者全員の合意が必要です。これは理研が同意するとは思えません。「検証実験の結果を踏まえて判断したい」と言っても、検証実験には1年くらいかかるはずなので、国内移行の期日には間に合わないんじゃないかと思います。

結局、明示的取下げも国内移行もなしに、期日が来て、そのまま実質的取下げということになるのではないかと思います。

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著作権放棄により過去の恥ずかしい作品を葬り去ることができるのか

ハフィントンポストに「泉谷しげるさん、2曲の著作権放棄を希望『ホント恥ずかしい』」なんて記事が載ってます。泉谷さんが20代に作った『自殺のすすめ』と『先天性欲情魔』という曲が、今となっては稚拙で恥ずかしいため、自作のすべてを演奏するライブシリーズで演奏したくないというところから出てきた話のようです。

当時の時代背景もあると思いますし、大人版中二病的なものもあると思いますし、一般論としてクリエイターにとって今となっては捨て去りたい過去作品があるということは理解できます。

では、このような場合、著作権法的な観点から何かできるのでしょうか?

まず、著作財産権(狭義の著作権)ですが、泉谷さんが希望するように著作権を放棄をすると、作品がパブリックドメインになってしまい、誰でも自由に利用できるようになってしまいますので、たぶん意図するところと逆方向に進んでしまうと思います。

また、著作権法上は著作権の放棄に関する規定はありません。どうすれば放棄できるかについては諸説ありますが『著作権法逐条講義』では「新聞広告による著作権放棄の意思表示が必要」とされています。しかし、こんなことをすると、上記2曲が泉谷さんの作品であることを世の中にいっそう広めてしまうことになるのでさらに逆効果ですね。

問題の2曲のJASRACとの信託契約を解除して楽曲の著作権を泉谷さん本人に戻すことによって、この曲の利用を禁止する方がまだ適切だと思います(JASRACの規定的に特定の曲だけ契約解除できるのかよくわかりませんが)。ただ、この曲を含むアルバムの販売やレンタルはどうなるか等の現実的問題が山積みだと思います。

では、著作者人格権はどうでしょうか?

公表権(18条)は、公表されていないもの(あるいは同意なしに公表されたもの)を勝手に公表することを禁止できますが、すでに自分の意思で公表されてしまったものに対しては何もできません(公表のundoはできませんので当然とも言えます)。

氏名表示権(19条)は、普通は著作者名の表示をさせる権利ですが、表示しないこととする権利も定められてはいます。

第十九条 著作者は、その著作物の原作品に、又はその著作物の公衆への提供若しくは提示に際し、その実名若しくは変名を著作者名として表示し、又は著作者名を表示しないこととする権利を有する(後略)

ただ、現実問題として、この権利を主張するためには、上記と同様に何らかの手段により世の中に告知しなければいけないわけで、これまた逆効果です。

同一性保持権(20条)および名誉声望保持権(113条6項)はほとんど関係ないと思います。

最後に念のために書いておくと、おそらく泉谷さん本人は「こんな曲を二度と歌いたくない」というだけの話だと思います(それは本人の自由です)。それをわざわざ著作権法的に真面目に検討してみたというのが本エントリーの趣旨ですので、泉谷さんを批判する意図はまったくありません。

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アップル対サムスン裁判:なぜ前回と比較して賠償金額が大幅減なのか?

北カリフォルニア連邦地裁で行なわれているApple対Samsungの特許侵害訴訟の陪審員評決が出ました(参照記事)。サムスンの特許侵害が認められ、1億2000万ドルの賠償金支払が命じられました。一方、アップル側による特許侵害も認められ、これに対しては15万8000ドルの賠償金支払が命じられました。なお、これは陪審員による評決なので、後に裁判官による判決が行なわれることになります(金額が多少変わる可能性もあります)。

一応、アップルの勝ちとは言えるのですが、元々20億ドルという巨額な賠償金を請求していたことから考えるとその6%しか得られなかったことになります。また、(賠償額はわずかとは言え)アップルによるサムスンの特許侵害が認められたのもイメージ的なダメージは大きいと言えます(FOSSPatentによると、世界中で進行中のアップル対サムスン特許訴訟において、非標準必須特許でアップル側の侵害が認められたのは初めてのケースであるそうです)。

さらに言うと、北カリフォルニア連邦地裁の1回目の訴訟では、アップルが約10億ドルの賠償金を勝ち取りましたが、それと今回とでは大きな差がある点も注目値します。これは、主に、前回の訴訟では意匠権が賠償額に大きな影響を与えていたためです(日本の報道だと米国の”design patent”も特許と訳されることがあるのでわかりにくいですが)。米国の特許法では、意匠権の侵害では侵害者が得ていた利益を全額賠償金として請求できる制度があるので、賠償金が巨額になりやすいようです(米国弁護士による解説記事(英語))。今回は意匠権は対象になっておらず、(狭義の)特許権5件(参照過去記事)が対象になっているので、このような結果になったようです。

最終判決はまだどうなるかはわかりませんが、サムスン的には負けは負けだが一安心といったところではないでしょうか?ひょっとすると、アップルの言い値で和解しなくてよかったわと思っているかもしれません。

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iTunes Matchは日本の著作権法をクリアーしているのか

米国から約2年半の遅れで、ようやく国内でもクラウド上にiTunesのライブラリを置けるiTunes Matchのサービスが始まりました(参照記事)。遅れに遅れましたし(2012年スタート予定が一度キャンセルされてます)年間料金が3,780円と米国の24.99ドルと比較してお高めですが、やらないよりはやっていただいた方が全然良いのは言うまでもありません。外出時や旅行時に家のPCにしか入ってない音楽が聴けないなんてことがなくなるのは喜ばしいことです。

さて、iTunes Matchの仕組みですが、単にローカルのライブラリをAppleのクラウドにアップロードするのではありません。

まず、ローカルのライブラリの楽曲をチェックして、それが、iTunesでも売っている楽曲であれば、楽曲の正当な利用権があると判断して、ローカルのファイルをアップロードすることなく、Appleのクラウドに置きます。これは、Appleが買収したlala.comという会社がやっていたのと似た仕組みです(大昔に書いたlala.comに関するブログ記事)。

ここで、仮にローカルにある楽曲が不正に入手したものであっても、ノーチェックでiTunes上の正規コピーが利用可能になってしまいます(既に試された方がいるようですが、迷惑がかからないよう直リンはやめておきます)。こういうリスクも含めてiTunesで販売している楽曲の権利者(JASARACおよび原盤権者)から許諾を取ったのだと思います(日本の料金が米国に比べて高いのもこれが関係しているのかもしれません)。

さて、iTunes Matchのクラウドへのアップロードのパターンはもうひとつあって、それはローカルの楽曲がiTunesで売っていない場合です。この場合はローカルのライブラリのファイルがAppleのクラウドにアップロードされます。

手持ちの楽曲ファイルをクラウドにアップロードしてどこでも聴けるようにする(もちろん他人は聴けないようにコントロールする)のは(その手持ちの楽曲ファイルが正規で入手したものである限り)まったく問題ないように思えますが、過去に、同種のサービスであるMYUTAが著作権侵害とされた地裁判例がありますので微妙なところです(大昔書いたブログ記事)。

MYUTAとは手持ちのCDをPCからサーバにアップロードして自分の携帯電話にダウンロードできるサービス(もちろん他人はダウンロードできません)でした。外部的には私的使用の範囲のように見えるのですが、判決では、複製の主体は利用者ではなくサービス事業者であるとされ、結果的に、アップロード時は使用をする者の複製ではないこと、ダウンロード時はサーバ事業者全体を見れば不特定多数に配信していること(他人が見れないようにプロテクトされている点は関係なし)から著作権侵害というロジックが採用されました。

前者の「不正ファイルを使ってiTunesの正規ファイルが入手できる」問題は、iTunesで販売している楽曲の権利者が納得の上で許諾すれば問題ないのですが、後者のユーザーの手持ち音源アップロード問題は、権利者の範囲が確定しない(著作権についてはJASRAC等の著作権管理団体で何とかカバーできますが原盤権については個人もいます)ので全員の許諾を取るのは不可能だと思います。要するに前者は当事者間の合意(契約)の話ですむのですが、後者は法解釈の問題(私的使用目的複製に該当するか)となります。

Appleとしては、JASRACやRIAJは(MYUTAの提供業者のような小規模事業者は訴えても)Appleは訴えないであろう、また、最悪、手持ち音源のアップロード機能さえカットすれば侵害は回避できるだろうという読みの元に見切り発車したということかもしれません。

個人的にはどうせなら裁判沙汰になってMYUTA判例(被告が控訴していないので一審で確定しています)をオーバーライドしてくれないかと思っています。

追記: ITmediaにレコード会社やJASRACに取材した記事が載っています。個人手持ち音源のクラウドへのアップロードについて、レコード会社は「『個人利用の範囲というApple側の見解に準じる』ということで合意しているようだ」と言っているそうです。うやむやのままにOKになってしまうのかもしれません。であれば、MYUTAの提供業者はお気の毒でしたが、結果オーライと言えなくもありません。

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理研にも導入してほしい?:コピペルナー(特許取得)

小保方さんを初めとする学術論文のコピペ(正確に言えば盗用、剽窃)問題の発見には、多くの「専門家」の方がクラウドソーシング的に貢献されています。また、difff《デュフフ》といった、文字列比較ソフトウェアも有効に活用されています。

もう少しシステマティックにWeb上の情報から、論文やレポートの不正コピペを自動発見してくれるソフトウェアのひとつに「コピペルナー」という製品があります。このソフトは私も講師をやっている金沢工業大学の知的財産科学研究所センター長である杉光一成教授らが発明し、特許出願したアルゴリズムを採用しています。発明の名称は「引用判定支援装置および引用判定支援プログラム」です。出願人(権利者)は金沢工業大学です。メーカーのサイトでは「特許申請中(ママ)特開2009-205674」と書いてありますが、つい最近の3月3日に登録査定が出ています(特許公報はまだ発行されていないようです)。

公開公報の中味はもちろんIPDLでも見られますが、アスタミューゼという特許情報サービスをやっている会社のサイトから直リンで見られます(図を見るためには無料登録が必要)。公開公報の段階から補正がかかってちょっとだけ権利範囲が限定されています(最終的な限定の内容が今見たい方はIPDLの「審査情報照会」で手続補正書の中味を見ればわかります)。

ところで、「学術論文には著作権がないのでコピペはOK」なんてトンデモ説を述べている先生もいるようですが、引用すべき所は出典を明記して正しく引用、自分のアイデアにかかわるところは自分の表現でまとめるのが当たり前です。そもそも、コピペ問題は研究者の倫理にかかわる問題であって、著作権の話だけに限定して議論するとおかしなことになると思います。

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