残念ながら現状では複製代行サービスは難しい

twitterの私のTLで本をスキャンしてPDF化してくれるサービスBOOKSCANがちょっと話題になっています。本を送ると1冊100円で裁断してスキャンし、PDFデータとして送り返してくれるサービスです。本の置き場所に困っている人は多いですし、iPadの日本発売も遅延したとは言えもうじきですので、こういうサービスの需要は高いでしょう。私もできることならお願いしたいです。しかし、残念ながらこのサービスは日本の現行の著作権法では難しいと言わざるを得ません。理由は、コルシカについてのエントリーでも書きましたが、私的使用目的複製について定めた著作権法30条において、複製物の使用者自身が複製を行なうことが要件とされているからです(太字は栗原による)。

第三十条 著作権の目的となつている著作物(以下この款において単に「著作物」という。) は、個人的に又は家庭内その他これに準ずる限られた範囲内において使用すること(以下「私的使用」という。)を目的とするときは、次に掲げる場合を除き、 その使用する者が複製することができる。(略)

元々の立法趣旨がダビング業者によって私的使用目的の複製に歯止めが利かなくなることを防ぐことにあったので、もし権利者側から物言いがあれば著作権侵害とされる可能性はきわめて高いです。

ところで、コルシカにしろ、本サービスにしろ30条の規定を無視したサービスが頻繁に生まれるのは事象として興味深いです。その前にもライブドアがレコードをMP3化するサービスを提供開始して(おそらくは権利者側からのクレームにより)すぐやめてしまったなんて話もありました。

こういうサービスが次々生まれるのは、一般人の視点では、ユーザーが所有する著作物(の複製物)をユーザー自身が使用するためにコピーするのはOKなのだから、そのお手伝いをするのもOKでしょうと考えられているからだと思います。まさか、それが著作権侵害になるとは普通は思わないでしょう。

さて、現行法の解釈としてはこの種の複製代行業は厳しいという点は疑いないとして、立法論としては本当にこの30条の「使用者自身が」という縛りが妥当かという論点はあるでしょう。特に、今後、新たなコンテンツ視聴機器が出てくる中で自分が持っているコンテンツを新たな機器に向けて変換してもらいたいというニーズは大きいでしょう(我が家にもできることなら業者さんに変換してもらいたいLPやレーザーディスクがいっぱいあります)。

かと言って、単純に「使用者自身が」という要件をはずして複製代行業は全面的にOKとしてしまうと、たとえば、CDをユーザーに貸したことにして、そのCDをユーザーの代行で複製、そして、ユーザーから元CDを返却したことにするようなビジネスが出来てしまいます。これは、さすがにちょっとまずいので、何らかの縛りは必要だと思いますが、いずれにせよ現行の私的使用目的複製の代行業はいっさい認めないという規定はちょっと時代の要請に合わなくなってきていると思います。

なお念のため書いておくと私はブックスキャンけしからんとは全然思ってません。「画期的判決」によって合法化されれば個人的にはうれしいです。ただ現状では難しいだろうなということです。

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「守りたい人がいる」というポスターは商標権を侵害するか?

ちょっと前の話になってしまいますが、埼玉県警が採用試験の開催を告知する際に使った表現が、陸上自衛隊が商標登録したキャッチコピーと似ていたとして、ポスターとチラシを回収したという事件がありました(参照記事)。県警のコピーは、「明日のために。未来のために。守りたい「ひと」がいる。」というものです。かたや陸上自衛隊は防衛庁陸上幕僚長名義で「守りたい人がいる」という商標権を所有しています(第4489386号)。指定商品には「パンフレット」などが含まれていますので、一見、埼玉県警のポスターが陸自の商標権を侵害しそうな感じがするかもしれませんが、そうはならないと思います。

以前、商標に関する「基本中の基本」をこのブログでまとめました。そこでは、商標権を、

特定の言葉や図形を「商売で」かつ「商品・サービスの出所を表わす」ために独占的に使える権利

であると説明しました。要は言葉として似ていても、商品・サービスの出所を表わすために使っているのでなければ、そもそもそれは商標法上の商標の使用の定義には合致せず(商標的使用ではなく)、ゆえに商標権を侵害することはないということになります。

「商標・サービスの出所を表わす」ために使うということをもっとわかりやすく言い換えると、たとえば、「ほにゃらら」という言葉が商標であるためには、商品/サービスを提供される消費者が「ほにゃらら」印として認識するであろうことが必要ということです。今私の手元にあるジュースの容器にはKAGOMEと書いてありますが、普通の人であれば「このジュースはKAGOME印だな」と認識するので、この場合KAGOMEという言葉は商標的使用と言えます。

この点に関する有名な判例としては、レコードを指定商品として含む”UNDER THE SUN”という商標権を所有する会社が井上陽水の同タイトルのCDの販売の差し止めを求めたが認められなかったというものがあります。井上陽水のCDを買う人は”UNDER THE SUN”をCDのタイトルとして認識するのであって、これは”UNDER THE SUN”印のCDだなと認識するわけではありません。つまり、この場合には”UNDER THE SUN”は商標的使用ではありませんので、商標権の侵害が成立することはありません。一方、もしCDパッケージ裏に小さく「フォーライフ」と書いてあれば、消費者はこれは「フォーライフ」印のCDだなと思うでしょう。この場合「フォーライフ」という言葉は商標的に使用されています。

ということで、このポスターの場合はどうかというと、「守りたい人がいる」印の印刷屋あるいは編集会社さんが作った、または、「守りたい人がいる」印の広告代理店が提供している等々と思う人はいないと思われます。もちろん似たようなコピーを使ってしまったので失礼であるという道義的な問題はあるかもしれませんが、商標権だけに限って考えてみれば特に問題はない可能性がきわめて高いと思います。

さらに言えば、 この場合、ポスターの回収までしたのは税金の無駄使いであると思います。陸自にひとこと事後的に断れば済んだのではないかと思います。(商標ではなく)キャッチフレーズとして見た時に「守りたい人がいる。」はそれほど斬新とも思えないですし、これによって陸自と埼玉県警を混同する人はいないでしょう。

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【暫定】facebookのニュース配信(?)特許について

All FacebookというFacebook関連情報専門のブログに、2/25付けで“Facebook Patents The News Feed”というエントリーが掲載されました。タイトルだけ読むとFacebookがニュース・フィードそのものの特許権を取得したかのように見えますが、実際は、SNSの中でフレンドのアクティビティ(コミュニティに参加/脱退、プロフィール更新、写真のアップ等々)をまとめて表示するという方法に関する特許のようです。

当該特許は2010年2月23日付けに米国で登録されています。特許番号は7669123。USPTO(米国特許商標庁)の公報はこちらです。

なお、当該特許は国際出願されており、日本でも出願されています(ただし、日本ではまだ登録されていませんし、登録されるかどうかも現時点ではわかりません)。日本での公表番号は特表2010-500648ですIPDL(特許電子図書館)で、特許実用新案検索→特許実用新案公報DB→文献種別にA、文献番号に2010-500648を入れると検索可能です。当該文献の要約部分は以下のようになっています。

【要約】
ソーシャルネットワーク環境においてニュース配信を表示するための方法を記述する。その方法は、所定の組の視聴者に対してニュース項目へのアクセスを制限 するステップと、ニュース項目に序列を割り当てるステップと同様に、ソーシャルネットワーク環境のユーザに関連した活動に関するニュース項目を生成するス テップと、活動の少なくとも一つに関連した情報リンクをニュース項目の少なくとも一つに結びつけるステップとを含む。その方法は、所定の組の視聴者の少な くとも一人の視聴ユーザに割り当てられた序列でニュース項目を表示するステップと、表示されたニュース項目を動的に制限するステップとをさらに含んでもよ い。

また、具体的な権利範囲を決める「請求の範囲」の項目である「請求項」の第一番目は以下のようになっています。

【請求項1】
ソーシャルネットワーク環境においてニュース配信を表示する方法であって、
ソーシャルネットワーク環境のユーザに関連した複数の活動に関する複数のニュース項目を生成するステップと、
前記複数の活動の少なくとも一つに関連した情報リンクを前記複数のニュース項目の少なくとも一つに結びつけるステップと、
所定の組の視聴者に対して、前記複数のニュース項目へのアクセスを制限するステップと、
前記複数のニュース項目に序列を割り当てるステップと、
前記所定の組の視聴者の少なくとも一人の視聴ユーザに割り当てられた序列で前記複数のニュース項目を表示するステップと
を含むことを特徴とする方 法。

これだけ見ると何のことかわかりませんが詳細な説明の部分を読んでいくとわかります。かいつまんで説明すると、ここで言う「ニュース配信」とは一般的なRSSフィードなどの話ではなくて、SNSにおけるユーザーのアクティビティ関連情報のことを指しています。具体的にはプロフィール更新、イベントへの招待、写真のアップ、コミュニティの作成等です。facebookやLinkedInのトップ画面で「xxxさんがプロフィールを更新しました」という感じでフレンド(自分と直接つながってる人)の情報が一覧されていますが、まさにその機能のことを指します。mixiですと、たとえばサンシャイン牧場のアプリケーションで「xxxさんの牧場に虫が発生しました」等々表示されますがそれに近いと思われます(mixiアプリの実装がこの特許の権利範囲に含まれるかどうかはもっとよく調べないとわかりません)。追加:「サンシャイン牧場の虫発生」はユーザーのアクティビティに基づいているとは言えない(システムが勝手に決めること)なので範囲外かもしれません。

TechWaveの2/26付けのエントリー“FacebookがTwitter風の画面表示で特許取得=ソーシャルメ ディアへの影響は?”では、

Twitterを初め、Google Buzzや、日本のAmebaなう、Greeなどにも該当しそう。

と書いてありますが、それはなさそうです。Twitterの表示はあくまでもユーザーが入力したメッセージがそのまま表示されるだけであって「xxxさんがyyyさんをフォーローしました」というようなシステムが生成したメッセージが表示されるわけではないからです。

というわけでめちゃくちゃ範囲が広いというわけではないですが、SNSの機能としては割と便利な機能を押さえていますので、米国ではちょっと影響があるかもしれません。

#本記事は後日加筆・修正する可能性があります。

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ソフトウェア特許の取り方入門(6):特許権とはどういう権利か?

今回は、ソフトウェア特許に限らず、一般に特許権とはどういう権利なのかを説明します。特許法において特許権の効力について定義しているのは以下の条文です。

第68条 特許権者は、業として特許発明の実施をする権利を専有する。(以下略)

ここで、「実施」とは生産、使用、譲渡、輸出、輸入等々と定義されています(2条3項)。また、「業として」と書いてあることから、特許権は個人的な活動には及ばず、あくまでも商売の上での権利であることがわかります。「権利を専有する」というと、特許権を取得すれば、その権利者はその特許発明を自由に実施できるように思えますが実はそうでもなくて(この説明は長くなるので省略)、他人の実施を禁止できるという意味(禁止権)と考えた方がより正確です。

特100条に特許権の禁止権たるところが差止請求権として規定されています。これは損害賠償や刑事罰とは別の特許権に固有の強力な権利です(この辺の考え方は著作権法等も同様)。

第100条 特許権者(略)は、自己の特許権(略)を侵害する者又は侵害するおそれがある者に対し、その侵害の停止又は予防を請求することができる。

差止請求は故意・過失を前提としません。裁判で特許権を侵害していることが認定されれば自動的に差し止めの判決が出ます。たとえば「このアイデアが特許になっているとは知らなかった」と言っても差し止め請求に対する防御にはなりません

なお、特許化されていることを知らずに、偶然同じ発明をしていた場合でも差し止めされます。ここは特許権と著作権の違うところで、著作権の場合には、仮に似たような表現を創作しても独立して創作したこと(つまり、似ていたのは偶然の一致であること)が証明されれば権利は及びませんが、特許権の場合にはたとえ偶然の一致であっても差し止めされます。

差止請求権を行使されると否応なしに販売・製造・輸入・輸出等々の中止ということになりますので、訴えられた方はかなりダメージが大きいです。通常は、和解によりライセンス料金支払いあるいはクロスライセンス契約という解決策に落ち着きますが、交渉において権利者側は相当に有利な立場に経つことになります。

差止請求に加えて、民法上の損害賠償(民709条)も請求できます。ここでも、権利者側に有利な規定があります。全部説明すると長くなるのでひとつだけ例を挙げると「過失の推定」という規定があります。

第103条 他人の特許権(略)を侵害した者は、その侵害の行為について過失があつたものと推定する。

通常の訴訟では訴えた側が過失(あるいは故意)があったことを証明しなければなりませんが、特許侵害訴訟では過失があったことがデフォになっており、過失がなかったことを証明するのは訴えられた側の責任になります。そして、実際上は過失がなかったと認められることはほとんどないようです。つまり、商売をする以上、その分野でどういう特許権があるかどうかを調べておき侵害しないように努めることは当然と考えられていると言えます。

さらに、故意の侵害(具体的には警告があったのに侵害をし続けるなど)には刑事罰もあります。個人には、10年以下の懲役若しくは1000万円以下の罰金、法人には3億円以下の罰金とかなり重い罪となっています。ということで、特許侵害については「バックレ得」はないと思って良いでしょう。

というわけで特許権はかなり強力な権利であることがわかります。それがゆえに、ベンチャー企業がアイデアだけで大企業と正面から勝負できる可能性を開いてくれるわけですが、その一方でパテント・トロール(特許ゴロ)といった問題も生じてくるわけです。そして、これをもって特許制度はイノベーションを阻害しているという意見も聞かれたりするわけです。この点についてはメールでコメントも入っていたりしますので、次回に触れたいと思います。

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ソフトウェア特許の取り方入門(5):では気になるお値段です(笑)

特許取得の費用を説明するためにはまず特許取得までの流れを説明する必要があります。細かい話を省略したのが下図です。上から下に時間が流れると見て下さい。

patentflow

まず、特許出願すると出願日から1年半後に自動的に(強制的に)出願の内容が公開されます(前回も書いたように特許制度では発明の公開が前提)。

また、出願しただけでは書類上の不備がチェックされるだけであり、新規性・進歩性等の実体的な審査は行なわれません。実体的な審査を行なってもらうためには、別途出願審査請求という手続きが必要です。出願審査請求は出願日から3年以内に行なう必要があります(行なわないと出願が取り下げになってしまいます)。ということで、とりあえず出願して出願日を確定しておいて、最大3年間ゆっくり考えて実体審査に回すかどうかを決めることができます。ゆっくり考えた結果、特許化できそうもないと判断されれば(たとえば、同じような先行技術が見つかったなど)、そのままほっぽっておけば3年後に自動的に出願が取り下げになり、それ以降の費用は発生しません。

出願審査請求を行なうとだいたい2?3年くらいで査定が出ます。特許査定が出た場合には、1年目から3年目の特許料を支払うと特許が登録されて特許権が発生します。その後4年目以降は毎年特許料を払うことで特許権が存続できます。出願日から20年経つと特許権が満了します。実際には、登録査定を行なうまでには、補正・意見書などによる特許庁とのやり取り(中間処理と呼ばれる作業)が必要となることが多いです。

特許が拒絶査定になった場合には、審判請求して争うこともできますが説明は省略します。

通常、上図で色付きの楕円がついた部分で費用が発生します。なお、費用は大きく特許庁に支払う印紙代と弁理士(特許事務所)に払う料金(報酬)に分かれます。弁理士の料金は、過去においては標準料金が定められていたのですが、今は各事務所が自由に決めて良いようになっています。一応の目安として、日本弁理士会がアンケート調査を行なっています。これを見ると大体の相場観がわかると思います。テックバイザーでは業界の最頻値よりは低めの料金を設定しています。

あくまで例ですが権利取得までに必要な費用をまとめると以下のようになります。大企業の出願ですと安全策をとって請求項の数がめちゃくちゃ多い出願もありますが、ここでは、請求項が5個の比較的シンプルな出願の例で計算してみます。ここで、請求項というのは権利の単位みたいなものです(また後で詳しく説明します)。

出願時: 特許庁に15,000円 弊事務所に200,000円(シンプルな発明の場合)

審査請求時: 特許庁に188.600138,000円(個人・中小企業向け割引制度あり) 弊事務所手数料は無料(注:2011/08/01より料金引き下げになりました)

中間処理: 特許庁は無料、弊事務所手数料原則無料

登録時: 特許庁に9,900円(最初の3年分) 弊事務所成功報酬100,000円

特許料(4年目以降年金): 毎年2万5千円程度から20万程度まで(年が経つごとに増額していきます)

ということでうまくいくケースだと50万円弱くらいで特許権が取れます(思ったより安いのではないでしょうか?)。

料金体系は事務所により様々なので作業に入ってもらう前にしっかり見積もりを取ることをお勧めします。もちろん、当事務所でも事前に個別に見積書をお出しします。

また、出願前の相談料ですが以前は依頼人との信頼関係に基づいて無料でやっていたのですが、こちらに説明だけさせて出願依頼まで至らずにキャンセル (ひょっとすると自分で出願?)というような悲しいケースがありましたので、出願まで至った場合には相談料は出願手数料に含む、そうでない場合は初回(30分)無料、その後は1時間につき1万円という料金体系にさせていただいております。

次回は特許権とは具体的にどういう効果がある権利なのかについて説明します。

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