ソフトウェア特許の取り方入門(4): 具体的にどこまで準備すればよいのか

新規性・進歩性を満足できそうなアイデアがあって、特許出願することになりますと通常は弁理士に相談することになるでしょう。具体的にどの程度の資料を用意しておけば弁理士との話を先に進められるでしょうか?

そもそも論を言うと、特許制度のポイントは発明の公開の代償として、一定期間の独占権を与えることにあります。ということなので発明の内容を公開せずして特許権だけを得るということはできません。ということで、特許法では、「その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載した」(36条4項)書類を提出することが求められています。

ここでちょっと余談になりますが、発明の内容を極秘にしておきたいのであれば特許出願せず秘密のノウハウとして維持しておくという選択肢もあります。ただし、この場合は偶然他社が同じアイデアを思い付いたり、リバースエンジニアリングによってアイデアをコピーされたりしても防御の手立てがなくなります。たとえば、自社工場内だけで完結する製法特許のようなものであればこの選択肢も有効かもしれませんが、ソフトウェア関連特許の場合は公に実施すると中身がわかってしまうことが多い(少なくとも、リバースエンジニアリングされるリスクはある)ので、秘密ノウハウ化は難しい面もあるかと思います。

話を戻しますが、では具体的にどの程度まで細かく書けば「明確かつ十分」と言えるかですが、ソフトウェア関連特許の場合の目安としてはシステム概要設計書くらいの具体的情報があれば出願まで比較的容易に持って行けると思います。全体的なシステム構成図、データ・フローとコントロール・フロー、代表的画面イメージ、トップ・レベルのフローチャートくらいの情報です。もちろん、アルゴリズムやデータ構造に特徴があるのならばその部分はある程度詳細に書く必要があります。プログラムのソースコードは参考にはなるかもしれませんが基本的には不要です。実際には、これらの情報から発明の本質的部分を抽出して、できるだけ広い範囲で、かつ、新規性・進歩性を否定されないくらいに範囲を絞って出願書類を作っていくことになります(というかそもそもこれが弁理士の本質的仕事です)。

追加: すみません、大事なポイントを書き忘れていました。従来の技術と比較してこの発明のどの点が優れているのかを明確化しておくことも重要です。もし、それが思い付かないということであれば特許庁の審査において進歩性のハードルを越えられる可能性はないと言ってよいでしょう。

もちろん、もっとぼやっとしたアイデアの段階からディスカッションを重ねて発明を固めていくというやり方もあるかと思います。ただ、これはどちらかというとVCとかインキュベーターが仕切るべき仕事かと思います。なお、私はこのように発明の初期段階から参画するやり方でも対応できますので、ご興味あるVC/インキュベーターの方いらっしゃいましたらよろしくお願いします。

費用の話について書くと前回書きましたが、ちょっと長くなりそうなので次回に回します。

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ソフトウェア特許の取り方入門(3):進歩性について

今回は、おそらくは特許取得の上で最大の難関となるであろう進歩性の要件について説明します。

進歩性とは、発明の技術分野における一般的技術者なら誰でも思い付くようなものではない画期的な発明であるということです。いくら今までにないアイデアであっても、誰でも思い付くようなアイデアに特許としての独占権を与えるのはおかしいのでこれは当然です。進歩性に関しては明確な境界線があるわけではないので、どの程度画期的であればよいかを判断するのは難しいですが、ソフトウェア関連発明の場合にはたとえば以下のような発明には進歩性がないとされ特許化することはできません。

1) 既知のアイデアの他分野への適用
たとえば、効率的なデータベース検索のアイデアが既に知られている時にこれを音楽ファイルの検索に適用しても進歩性がないとされます。

2) 既知のアイデアの一部を同等の機能で置き換え
たとえば、既存の発明のキーボード入力の部分を携帯電話からの入力に変えただけでは進歩性がないとされます。

3) ハードウェアで既に実現されている機能のソフトウェア化

4) 人間が行なっている既知の業務の単なる情報システム化

5) 既知の事象の仮想空間内での再現

6) 既存システムの単なる組み合わせ
複数のシステムを統合して新たな価値を生み出すことはITの世界では日常的に行なわれているので組み合わせによほど斬新な特徴がない限り、進歩性がないとされます。

要は「その発想はなかったわ」と思わせる要素がないとダメということです。私見になりますが、たとえば、GoogleのAdSenseなどはサーチとネット広告という既存の技術の組み合わせですが「その発想はなかったわ」に相当する、つまり進歩性があると考えてもよいのではないかと思います。

具体的にどういう発明であれば進歩性のハードルを乗り越えられるかは実際に特許化された発明を分析してみるとだいたい感覚がつかめると思います。いずれ、当ブログでもいくつか事例をご紹介する予定です。

次回は、特許出願のために具体的にどのような準備をすればよいか、またお金はいくらかかるのか(これは重要ですね)について簡単にご紹介します。

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ソフトウェア特許の取り方入門(2):新規性について

ここでは、2番目の特許要件である新規性について説明します。新規性とはその発明が出願時点で公になっていないということです。既に広く知られているアイデアに特許権を付与するのは明らかに問題なのでこれは当然です。

ここで特に注意すべき点が2つあります。

第一に、出願人(発明者)が自分で公開したり、実施したりした場合でも新規性は喪失するという点です。たまに勘違いして新規ビジネスがうまく行ったのでその仕組みを特許化したいと言う人がいたりしますがそれは遅すぎです。学会やネット上で発表したものは6ヶ月以内に出願すれば救済される等の規定はありますが公開する前に出願するのが基本です。なお、NDA(機密保持契約)を結んでいる人たちだけが知っているのであれば公になったとは言えません。一般に会社の中で業務上のneeds-to-knowがある特定の人だけが知っている状態は大丈夫です。弁理士も守秘義務がありますので弁理士に相談したことで新規性を失うことはありません。

第二の注意点は新規性の判断はグローバルで行なわれるということです。つまり、世界中のどこかで出願時点より前に公になっていたアイデアで特許を受けことはできません。

ここで、ソフトウェア特許に特有の問題があります。機械や電気などの歴史が長い技術分野ではアイデアが過去の特許出願書類として蓄積されていますので、新規性(そして進歩性)の判断の元になる文献は比較的見つけやすいです。しかし、ソフトウェア関連特許の場合、特許出願書類の蓄積があまりないので、学術論文、雑誌記事、製品の取説等々も文献として参照しなければいけません。世界中のこのような文献をすべてチェックすることは不可能なのでどうしても調査漏れが生じやすくなります(そもそも、特許庁における審査は「特許化できる証拠を探す」プロセスではなく、「特許化できない証拠がないことを確認する」プロセス、いわば「悪魔の証明」のようなものなので漏れが生じるのは不可避です)。結果的に、ソフトウェア関連特許においては当たり前の技術に特許権が付与されてしまうリスクが高いと言えます。

当たり前の技術が特許化されると、それに基づいて侵害訴訟された側は結構面倒なことになります。通常、訴えられた側は「当たり前の技術に特許権を付与したのはそもそも間違いである」という主張を行なうことになりますが、出願時点にさかのぼって当たり前であった証拠文献を探すのは結構大変です。たとえば、松下-ジャストシステムの特許訴訟などでも昔のマニュアル等を探すのに結構てこずったようです。

話を戻しますが、一般に、特許出願を行なう前には先行技術調査というプロセスを行ないます。つまり、同じアイデアが既に世の中に出ていないかを先にチェックしておくということです。前述のとおり、ソフトウェア特許の場合、先行技術の文献を網羅的に調べるのは結構大変なので、先行技術調査ではあまり深入りせずさらっとやって、とりあえず出願してしまった方が得策ではと思います(もちろん、明らかに新規性がない発明を出願するのは時間とお金の無駄なので避けるべきです)。

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ソフトウェア特許の取り方入門(1):特許化の対象になる「発明」とは

これから何回かに分けてソフトウェア関連特許の取得方法について書いていこうと思います。目的は当社(当事務所)の宣伝です(笑)。あと、金沢工業大学の「知的特論」という講座で特許法を入門者に教えることになりましたので、その辺で漏れがないかの確認でもあります(ということで、よくわからないところがあったらどんどん質問して下さい)。さあ、どんどん強力な特許を取ってfacebook、Apple、Google等に一泡吹かせようではありませんか(半分冗談、半分本気です)。

さて、何か発明をして、それを特許化するまでには大きく以下の3つの関門をくぐる必要があります。別にソフトウェアに限らず何の発明でも一緒ですが、私はソフトウェア関連特許専門でやっていこうと思ってますので、ソフトウェア関連発明を例に取って話を進めていきます。

1.特許法上の「発明」に該当すること

2.新規性

3.進歩性

これ以外にも、そもそも技術的に実施可能であること、産業上役に立つこと、公序良俗に反しないこと等々の要件もありますが、比較的自明なのでここでは省略します。

このエントリーでは、1のポイントについて説明します。

特許法では発明を以下のように定義しています。

第2条1項 この法律で「発明」とは、自然法則を利用した技術的思想の創作のうち高度のものをいう。

ポイントは「自然法則を利用した」という部分です。別の言い方をすると単なるビジネス上の取り決めは特許の対象にならないということです。たとえば、「老人向けSNSサービス」というアイデアはビジネスモデルとしては斬新かつ有効かもしれませんがそれだけでは特許の対象にはなり得ません。

では、いわゆるビジネスモデル特許はどうなのかというと、実は日本ではビジネスモデルそのものは特許の対象になりません(その一方で、ビジネスモデルを実現するための情報システムは特許になり得ます)。過去においてはこの辺にちょっと混乱があって、たとえば、結婚式の引き出物をその場で受け取らず後で配送してもらうというアイデアが特許化されたりしていましたが今ではそのようなことはありません(なお、この「引き出物」特許も後に無効となっています)。

ソフトウェアに話を戻すと、単なるアルゴリズムだけでは特許法上の発明とは言えず(自然法則を利用していないから)、ハードウェアを含む情報システムとして記述しないと特許化の対象になりません。この辺は明細書を書く上でのテクニックで対応できるところです。ただし、ビジネス上の取り決めをそのまんま情報システムで実現しただけであれば1の要件は満足されても、どちらにしろ3の進歩性の要件を満足することはできないので、どちらにしろ特許権を取得することは不可能です。

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【訂正】2/16のイベントについて

昨年の大晦日に書いたエントリーで、2/16に開催される戦略的データ活用セミナーにおいて私の訳書『戦略的データ活用』が無料でもらえると書いていましたが、今、イベントの公式サイトを確認にいったら進呈ではなく特別割引販売になってました。おわびして訂正します(元エントリーの方はもう直っています)。まあ、よく考えたら出たばかりの本(しかもスポンサー付ではないし、電子書籍でもない)を無料で配ってもあまり意味がないので当然とも言えます。どうもすみませんでした。

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