ソフトウェア特許の取り方入門(2):新規性について

ここでは、2番目の特許要件である新規性について説明します。新規性とはその発明が出願時点で公になっていないということです。既に広く知られているアイデアに特許権を付与するのは明らかに問題なのでこれは当然です。

ここで特に注意すべき点が2つあります。

第一に、出願人(発明者)が自分で公開したり、実施したりした場合でも新規性は喪失するという点です。たまに勘違いして新規ビジネスがうまく行ったのでその仕組みを特許化したいと言う人がいたりしますがそれは遅すぎです。学会やネット上で発表したものは6ヶ月以内に出願すれば救済される等の規定はありますが公開する前に出願するのが基本です。なお、NDA(機密保持契約)を結んでいる人たちだけが知っているのであれば公になったとは言えません。一般に会社の中で業務上のneeds-to-knowがある特定の人だけが知っている状態は大丈夫です。弁理士も守秘義務がありますので弁理士に相談したことで新規性を失うことはありません。

第二の注意点は新規性の判断はグローバルで行なわれるということです。つまり、世界中のどこかで出願時点より前に公になっていたアイデアで特許を受けことはできません。

ここで、ソフトウェア特許に特有の問題があります。機械や電気などの歴史が長い技術分野ではアイデアが過去の特許出願書類として蓄積されていますので、新規性(そして進歩性)の判断の元になる文献は比較的見つけやすいです。しかし、ソフトウェア関連特許の場合、特許出願書類の蓄積があまりないので、学術論文、雑誌記事、製品の取説等々も文献として参照しなければいけません。世界中のこのような文献をすべてチェックすることは不可能なのでどうしても調査漏れが生じやすくなります(そもそも、特許庁における審査は「特許化できる証拠を探す」プロセスではなく、「特許化できない証拠がないことを確認する」プロセス、いわば「悪魔の証明」のようなものなので漏れが生じるのは不可避です)。結果的に、ソフトウェア関連特許においては当たり前の技術に特許権が付与されてしまうリスクが高いと言えます。

当たり前の技術が特許化されると、それに基づいて侵害訴訟された側は結構面倒なことになります。通常、訴えられた側は「当たり前の技術に特許権を付与したのはそもそも間違いである」という主張を行なうことになりますが、出願時点にさかのぼって当たり前であった証拠文献を探すのは結構大変です。たとえば、松下-ジャストシステムの特許訴訟などでも昔のマニュアル等を探すのに結構てこずったようです。

話を戻しますが、一般に、特許出願を行なう前には先行技術調査というプロセスを行ないます。つまり、同じアイデアが既に世の中に出ていないかを先にチェックしておくということです。前述のとおり、ソフトウェア特許の場合、先行技術の文献を網羅的に調べるのは結構大変なので、先行技術調査ではあまり深入りせずさらっとやって、とりあえず出願してしまった方が得策ではと思います(もちろん、明らかに新規性がない発明を出願するのは時間とお金の無駄なので避けるべきです)。

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ソフトウェア特許の取り方入門(1):特許化の対象になる「発明」とは

これから何回かに分けてソフトウェア関連特許の取得方法について書いていこうと思います。目的は当社(当事務所)の宣伝です(笑)。あと、金沢工業大学の「知的特論」という講座で特許法を入門者に教えることになりましたので、その辺で漏れがないかの確認でもあります(ということで、よくわからないところがあったらどんどん質問して下さい)。さあ、どんどん強力な特許を取ってfacebook、Apple、Google等に一泡吹かせようではありませんか(半分冗談、半分本気です)。

さて、何か発明をして、それを特許化するまでには大きく以下の3つの関門をくぐる必要があります。別にソフトウェアに限らず何の発明でも一緒ですが、私はソフトウェア関連特許専門でやっていこうと思ってますので、ソフトウェア関連発明を例に取って話を進めていきます。

1.特許法上の「発明」に該当すること

2.新規性

3.進歩性

これ以外にも、そもそも技術的に実施可能であること、産業上役に立つこと、公序良俗に反しないこと等々の要件もありますが、比較的自明なのでここでは省略します。

このエントリーでは、1のポイントについて説明します。

特許法では発明を以下のように定義しています。

第2条1項 この法律で「発明」とは、自然法則を利用した技術的思想の創作のうち高度のものをいう。

ポイントは「自然法則を利用した」という部分です。別の言い方をすると単なるビジネス上の取り決めは特許の対象にならないということです。たとえば、「老人向けSNSサービス」というアイデアはビジネスモデルとしては斬新かつ有効かもしれませんがそれだけでは特許の対象にはなり得ません。

では、いわゆるビジネスモデル特許はどうなのかというと、実は日本ではビジネスモデルそのものは特許の対象になりません(その一方で、ビジネスモデルを実現するための情報システムは特許になり得ます)。過去においてはこの辺にちょっと混乱があって、たとえば、結婚式の引き出物をその場で受け取らず後で配送してもらうというアイデアが特許化されたりしていましたが今ではそのようなことはありません(なお、この「引き出物」特許も後に無効となっています)。

ソフトウェアに話を戻すと、単なるアルゴリズムだけでは特許法上の発明とは言えず(自然法則を利用していないから)、ハードウェアを含む情報システムとして記述しないと特許化の対象になりません。この辺は明細書を書く上でのテクニックで対応できるところです。ただし、ビジネス上の取り決めをそのまんま情報システムで実現しただけであれば1の要件は満足されても、どちらにしろ3の進歩性の要件を満足することはできないので、どちらにしろ特許権を取得することは不可能です。

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【訂正】2/16のイベントについて

昨年の大晦日に書いたエントリーで、2/16に開催される戦略的データ活用セミナーにおいて私の訳書『戦略的データ活用』が無料でもらえると書いていましたが、今、イベントの公式サイトを確認にいったら進呈ではなく特別割引販売になってました。おわびして訂正します(元エントリーの方はもう直っています)。まあ、よく考えたら出たばかりの本(しかもスポンサー付ではないし、電子書籍でもない)を無料で配ってもあまり意味がないので当然とも言えます。どうもすみませんでした。

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【お知らせ】「戦略的データマネージメント」翻訳しました

私の翻訳による「戦略的データマネジメント」が2月18日に翔泳社より出版されます。現在Amazonで予約受付中です。原本は米国のデータ戦略専門家Thomas C Redman氏がHarvard Business School Pressから出した“Data Driven”です。”Data Driven”は米Amazonにおいてほぼ満点(5点評価×25人、4点評価×2人)という高い評価を得ています。本書のポイントは、元の出版元がHarvard ”Business” School Pressであるという点でしょう。つまり、テクノロジーの本ではなく、あくまでもビジネス側の視点からデータについて論じた本です。データベースだとかBIツールなどの話はほとんどでてきません。

著者のThomas C Redman氏は、AT&Tベル研時代から組織のデータ戦略についての現場経験を30年以上積んできているベテランコンサルタントです。現場経験豊富でなければ書けない目から鱗の話が満載です(私も結構勉強になりました)。

こういう人です(なんとなく自分にキャラが似ている気が(笑))。

正直、ビジネス向けとは言え、企業ITの知識がまったくない方が読むのはちょっとしんどい気もします。ビジネス的視点を強めたいITコンサルタントの方、ビジネス側ユーザーに向けて自社ソリューションの価値をアピールしたいマーケティングの方などに向いていると思います。ゴリゴリのエンジニアの方もほとんどテクノロジー的な話が出てこない点を覚悟しておけば(笑)、おもしろく読めるのではと思います。

日本では、データ管理テクノロジーやデータ分析テクノロジー関連の書籍は多数ありますが、データ戦略そのものに関する本はあまりないと思いますので貴重な存在ではと思います。是非ご一読下さい。

なお、今まで翻訳書はぜんぶ翔泳社から出してきてますし、今後も継続的に出していく予定ですが、私は別に翔泳社専属というわけではありませんので他の出版社の方も翻訳のご用命がありましたらよろしくお願いします。仕事速いです(本気出せば(笑))。

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ローリスクハイリターン投資としての特許

メキキという日本の小規模企業がSNSに関する特許侵害に関して米国でfacebookと係争中というニュースが伝えられています。米国の小規模企業が米国や日本の大手企業を特許侵害で訴えるというパターンはありますが、日本側から攻めるパターンは珍しいのではないかと思います。なお、メキキはいわゆる「パテントトロール」ではなくちゃんと自社で会員制のSNSを運営しています。賢明にもサービス開始に伴い基本特許を日米で取得していたというわけです。実は、私も微妙に利害関係者なのでブログ上では特許の内容自身についてコメントできませんが、米国の大手法律事務所クイン・エマニュエル法律事務所が成功報酬型で受任してくれたということから、少なくとも(たまにある)アホみたいな特許ではないと言えると思います。

特許制度(特に、ソフトウェア特許)については批判の声が聞かれることがありますが、このようにアイデアひとつで小規模企業が大企業(facebookの企業価値は約6兆円と言われています)と対等に勝負できるという点では意義がある制度だと思います(自分では発明を実施せず訴訟だけにフォーカスするようなパテントトロールについては議論の余地がありますが)。

小規模企業の立場から言えば、既に良いアイデアがあるのならば、それを特許化する費用はそれほどでもありません。特許庁料金と弁理士費用合わせても100万円行かないくらいです(海外にも出願するともう少しかかります)。そして、うまくいけば大規模企業と対等に渡り合える根拠となる独占権が得られます。万一、特許権が取得できなくても特に失うものはありません(料金が無駄になるだけです)。ある意味、ローリスクハイリターンの投資と言ってよいのではないでしょうか?

ベンチャー企業の方で斬新なサービスを始めようと思っている方は、ついでに特許取得を検討してみるのも良いと思います。なお、サービスを実際に始めてしまった後から出願しても特許権を取得することはできません(たまに勘違いしている人がいますが、出願人自身が実施したことによっても新規性は失われます)。また、当然ながら特許を取得するためには、今までにない技術的アイデアであることが求められます。たとえば、「個人向けの税金計算サービスをSaaSで提供するのは当社が初めてである」としても、既にあるアプリケーション・ソフトウェアの機能をSaaSで提供すること自体には技術的なアイデアとしての新規性はありませんので、それだけでは特許権取得は不可能です。私も、最近、特許出願のご相談を受けるケースが増えていますが、この基本的条件が満足されていないケースが多いです。

なお、特にソフトウェア関連特許の場合先行技術の調査が結構大変なことが多いですが、その点、テックバイザーはソフトウェアやITのドメイン知識はバッチリですので安く早く結論が出せることが多いです(その一例)。最後は宣伝みたい(というか宣伝)になってどうもすみません。

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