ちょっと前の話になってしまいますが、埼玉県警が採用試験の開催を告知する際に使った表現が、陸上自衛隊が商標登録したキャッチコピーと似ていたとして、ポスターとチラシを回収したという事件がありました(参照記事)。県警のコピーは、「明日のために。未来のために。守りたい「ひと」がいる。」というものです。かたや陸上自衛隊は防衛庁陸上幕僚長名義で「守りたい人がいる」という商標権を所有しています(第4489386号)。指定商品には「パンフレット」などが含まれていますので、一見、埼玉県警のポスターが陸自の商標権を侵害しそうな感じがするかもしれませんが、そうはならないと思います。
以前、商標に関する「基本中の基本」をこのブログでまとめました。そこでは、商標権を、
特定の言葉や図形を「商売で」かつ「商品・サービスの出所を表わす」ために独占的に使える権利
であると説明しました。要は言葉として似ていても、商品・サービスの出所を表わすために使っているのでなければ、そもそもそれは商標法上の商標の使用の定義には合致せず(商標的使用ではなく)、ゆえに商標権を侵害することはないということになります。
「商標・サービスの出所を表わす」ために使うということをもっとわかりやすく言い換えると、たとえば、「ほにゃらら」という言葉が商標であるためには、商品/サービスを提供される消費者が「ほにゃらら」印として認識するであろうことが必要ということです。今私の手元にあるジュースの容器にはKAGOMEと書いてありますが、普通の人であれば「このジュースはKAGOME印だな」と認識するので、この場合KAGOMEという言葉は商標的使用と言えます。
この点に関する有名な判例としては、レコードを指定商品として含む”UNDER THE SUN”という商標権を所有する会社が井上陽水の同タイトルのCDの販売の差し止めを求めたが認められなかったというものがあります。井上陽水のCDを買う人は”UNDER THE SUN”をCDのタイトルとして認識するのであって、これは”UNDER THE SUN”印のCDだなと認識するわけではありません。つまり、この場合には”UNDER THE SUN”は商標的使用ではありませんので、商標権の侵害が成立することはありません。一方、もしCDパッケージ裏に小さく「フォーライフ」と書いてあれば、消費者はこれは「フォーライフ」印のCDだなと思うでしょう。この場合「フォーライフ」という言葉は商標的に使用されています。
ということで、このポスターの場合はどうかというと、「守りたい人がいる」印の印刷屋あるいは編集会社さんが作った、または、「守りたい人がいる」印の広告代理店が提供している等々と思う人はいないと思われます。もちろん似たようなコピーを使ってしまったので失礼であるという道義的な問題はあるかもしれませんが、商標権だけに限って考えてみれば特に問題はない可能性がきわめて高いと思います。
さらに言えば、 この場合、ポスターの回収までしたのは税金の無駄使いであると思います。陸自にひとこと事後的に断れば済んだのではないかと思います。(商標ではなく)キャッチフレーズとして見た時に「守りたい人がいる。」はそれほど斬新とも思えないですし、これによって陸自と埼玉県警を混同する人はいないでしょう。
陸自商標の件をブログで紹介したら、このブログも商標侵害ではないのか?とコメントで突っ込まれました。広告付けたブログなので、広告の区分に引っかかるのではないかと。その方の言い分だと記事元の読売新聞も商標侵害だと。そんなこと言ってたら広告収入をベースにして情報発信するテレビや新聞といったビジネスが全て崩れちゃいますね。
今回の件は過剰反応だと自分も思いますが、陸自・埼玉県警ともに露出が増えて大喜び、といったとこだと思います。商標取った価値がありましたね(笑)
陸自も自ら「守りたい人がいる」ブランドで商品・サービスを展開する気はなく、民間企業に流用されることを避けるために登録していたことと思いますし、過剰反応だと思いますね。
(見学者向けの売店で「守りたい人がいる」ブランドのレーションをお土産として販売するとか、その程度は考えられるかも知れませんが)