「自炊」に関する著作権法と社会通念について

MSN産経ニュースの「『自炊』に法が追いつけない…解釈あいまいな私的複製」という記事がはてブ、twitter等で結構注目されているようです。いわゆる「自炊」問題にフォーカスして、日本の現行著作権法の私的複製の問題を取り上げたのはよいと思うのですが、「自炊の森」の話とBOOKSCANの話を一緒に扱っているのでちょっとわかりにくくなっているかと思います。

また、タイトルの「解釈あいまいな私的複製」というのもちょっとピント外れだと思います。問題は解釈があいまいな点にあるのではなく、法律が杓子定規過ぎて実情にあった解釈が許されない点にあると思うからです。

このブログでも何回か書いていますが自炊関連の問題点をまとめてみます。今、問題になっている「自炊」支援型のビジネスモデルは大きく2つに分けられます

1.BOOKSCAN系(スキャン代行業)

  • 個人所有の書籍の裁断+スキャン作業を代行
  • 裁断本は破棄する(コピーは増えない)

2.自炊の森系

  • 料金を取って客に裁断済み本を閲覧させる
  • 同じ場所でスキャナーを時間貸しする(当然客は裁断済み本をスキャンするでしょう)

法律的な議論を離れて社会通念的に考えると、1.は便利だし権利者も実害を受けるわけではないのであってもよい(むしろあってほしい)、一方、2.は事実上勝手に電子書籍を作って売っているのに等しいので禁止すべきというのが大方の意見ではないでしょうか?

ところが、法律上は1はアウト(私的使用目的の複製は使用者本人がしなければならないから)、2は(複製は本人がしているので)法文上はOK(ただし「カラオケ法理」でアウトになる可能性大)となってしまいます。つまり、心情的にはOKでもよさそうな形態の方が法的にはNG度が強いということになります。

日本の著作権法では、1)私的使用のための複製か、2)使用者本人がコピーするか等々の条件をほぼ機械的に当てはめて著作権侵害かどうかが決まりますので、権利者に損害があるかないかはほとんど関係ありません(もちろん、訴訟の場での損害賠償額の算定には影響します)。解釈があいまいなのが問題ではなく社会通念に即した解釈ができないことが問題だと言えます。

DVDのリップ行為についても似たようなことが言えます。再度、法律を離れて考えてみると、自分が持ってるDVDを様々な機器で(自分が)見られるようにするためにリップするのはOK、レンタルDVDをリップしてオリジナルを返却するのはNGと感じます(レンタルCDとは異なり元々レンタルDVDをリップするのは想定されてないと考えるため)。この考えに同意してくれる人は多いのではないでしょうか?だけど、おそらく、著作権法改正によってDVDのリップ行為は一律違法になってしまうのでしょう。

要するに、問題は、法律の解釈により得られる結果と社会通念とのミスマッチがあることです。このようなミスマッチをなくすことは困難ですが、あまりにもミスマッチが大きいと、結局誰も法律を守らなくなり、法が弛緩した状態になっていまいますね。

やはり、権利者の利益と公共の利益を総合的に判断するというフェアユース的な考え方がないと厳しいのではないかという気がします(今度の著作権法改正に取り込まれる予定の「フェアユース」は一般制限規定でも何でもなくて単に権利制限の特定のパターンが増えただけなので本質的な問題解決になっていません)。

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【やや雑談】ラーメン二郎ののれん分けと商標問題について

盛り、しょっぱさ、油の量とすべてにおいてエクストリームなB級グルメの王者、ラーメン二郎(私も大好きですが最近は健康を考えてちょっと控え気味)ですが、のれん分けでちょっと一悶着あったようです(参照記事(ZAKZAK))。

ラーメン二郎は三田の慶応大学近くが本店なのですが、そこで修行をした店員が各地でのれん分けをしてもらって営業しています。で、のれん分け店では本店で修行を積んだ本人が営業時間中に常駐していることが「掟」になっているそうです(一般に他人任せになったとたんに味が落ちたラーメン屋はいっぱいありますので、これはうなずけます)。二郎本店からのれん分けされた一店がこの「掟」を守らないで勝手に支店を展開してそっちにかかりっきりになっていたため、破門されて「ラーメンこじろう」と名称を変えて営業を継続しているというお話です。

ところが、実は「ラーメン二郎」は「ラーメンを主とする飲食物の提供」を指定役務として商標登録されています(権利者は三田本店店長)(第4652738号)。商標権は類似範囲にも及びますので、厳密に言うと「ラーメンこじろう」でもアウトな可能性はあります(まあ、そういう訴訟問題にはならないでしょうが)。

さらに、このラーメン二郎商標の登録にも裏話があって、10年ほど前に、三田本店店長がこの手の話に無頓着なのをいいことに関係ないラーメン店の人が勝手に商標出願してしまい、二郎ファンの慶応大出身法曹関係者が動いて、商標権を三田店店長に移転させたようです(参照ブログ記事)。

ついでに書いておくと、二郎と並ぶB級グルメの雄「ホワイト餃子」ですが、こちらも野田本店の会社名義で商標登録されております(第3033471号)。ホワイト餃子も各地にのれん分け店があります。私がよく行く巣鴨店は「ファイト餃子」というパチモンみたいな名前ですがインチキではなく、ちゃんと本店と技術提携した由緒正しい店です(味も本店に似ておいしいです)。聞いた話だと、餃子以外にラーメンとかチャーハンとかを出すとホワイト餃子の名前は使えないという「掟」があるので、こういう線で落ち着かせたらしいです。

将来的にのれん分けを考えている飲食店でのれん分け店に何らかの「掟」を守らせたい方は商標登録出願を検討されると良いと思います(総額10万円もかかりません)。

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キングジム ショットノートにおけるさすがの商標戦略

かねてから話題になっていたキングジムのショットノートが本日正式発売になりました(メーカー公式ページ)。スマートフォンの小さな画面でノートを取るのは結構めんどくさいですが、この問題を解決するために手書きで紙のノートパッドにメモを書いて、それをiPhoneのカメラで撮影して専用ソフトでデジタル化するという逆転の発想的商品。私も既にソフトはダウンロードしてます。次に大型文具店行ったら専用ノートパッドも即買う予定です。

さて、この製品のポイントは専用ノートパッドの四隅に記号が印刷してあって、それをガイドに画像の台形補整とかサイズ調整をすることにあります。これで、デジタル化したメモも見やすくなりますし、OCRの精度も上がるというわけです。逆にポイントはこれだけの一発芸的商品です(一発芸はキングジム社のお家芸ですね。)

専用メモパッドはA5サイズ70枚で630円でちょっとお高めですが、ソフトを無償で提供して、メモパッドで儲けるというカミソリ替刃型のビジネスモデルであります。しかし、仕組みはきわめて単純なので四隅に記号を印刷さえしておけば別に専用メモパッドを買う必要はなくなってしまいます。安い摸倣製品が出たらどうするのだろうと思っていました。

で、まさかと思ってキングジム社の最近の商標登録出願をチェックしてみると、件の四隅のマーク(下図)を「紙類」等を指定商品にして2010年11月16日付けで出願していたのでした(商願2010-89100)。この商標が無事登録されれば、他社は同じマークを付けた紙類を製造・販売できなくなりますので、摸倣製品の販売もできないということになります。なお、個人が自分で互換ノートパッドを作って自分で使う分には問題ありません(商標権は「業としての使用」にしか及びません)。

昔、任天堂がファミコンの互換カートリッジを他社が製造・販売するのを防ぐために、カートリッジの形状を意匠登録しましたが、それと類似の戦略と言えそうです。

追加(11/02/08): はてブで「特許は取ってないのか」と書いている人がいますが、出願している可能性はあります(新規性をどうクリアするかはちょっと難しそうですが)。ただし、特許は出願してから1年半経たないと公開されませんので、現時点では出願しているかどうかすらもわかりません。なお、商標は出願後速やかに(現実には1ヶ月くらいで)公開されます。

追加(11/02/10): コメントによれば専用ノートパッドのSHOT NOTEという文字も認識してチェックしているそうです(自分でも追試しましたがそのとおりでした)。SHOT NOTEという名称も当然ながら商標登録出願されてますので「互換」ノートパッドの製造・販売はほぼ不可能になりそうです。あと、現時点ではわかりませんが意匠登録出願もされている可能性があります(意匠は登録されないと公開されません)。

追加(11/02/13): いくつかのブログでショットノート互換ノートパッドを作った報告が上がっているようです。ここでも書いたように自分で作って自分で使う分には問題ないですが、ネット等で配布するとたとえ無料であっても(商標が登録された後では)キングジムの商標権を侵害することになります。商標法の「業として」は非営利目的も含むからです。まあ、キングジムがどう思うか次第なのですが、万一、警告が来たら止めておくべきでしょう(著作権と同様に商標権侵害の罪は結構重いです)。

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DVDのリップ規制を著作権法に取り込むことの難しさ

ちょっと間が空いてしまいましたが、DVDリップ規制の件の続きです。

前に書いたとおり、DVDのコンテンツはCSSと呼ばれるアクセス制御機能で保護されています。CSSを回避してDVDをリップするツールの販売・譲渡等は不正競争防止法で既に禁止されていますが、それだけでは足りなくて、リップ行為自体を違法にしたがっている人たちが著作権法を改正しようとしています。

この問題を考える際には、著作権法という法律の仕組みを知る必要があります。たとえば、著作権法は著作物の複製をコントロールしているわけですが、複製してはダメよと書いてるわけではなくて、以下のような書き方をしています。

第21条 著作者は、その著作物を複製する権利を専有する。

これによってデフォ状態では著作者以外の人が複製をすると、差止請求をされたり、損害賠償請求をされたり、刑事罰の対象になったりするわけです。もちろん、著作者が複製権を許諾したり、譲ったりすることができます(ちなみに、著作権法では権利を放棄するという規定が直接的にはないのでクリエイティブ・コモンズのような考え方を取り入れるにはちょっとトリッキーなことになります)。

さて、複製に限らず、上映、上演、譲渡、貸与等々の直作物の「利用」行為については、全部同じように著作者に独占権を自動的に付与するという仕組みになっています(このような権利のひとつひとつを支分権と言います)。この権利は契約等によって生じるものではなく、法律により自動的に効力を持つ(物理的な物の)所有権のような独占排他権です(本当にこのような制度が適切なのかどうかの議論はありますが別論)。

ということで、DVDリップのようなアクセス制御を著作権法に取り込もうとすると、最もストレートなやり方としてアクセス権を支分権のひとつとして新設することになるのではないかとの議論がありました。これは、本来的に著作物の視聴行為(「使用」)をコントロールしないという著作権法の「基本設計」に反しますし、検閲にもつながり得る(たとえば、「尖閣ビデオを見るのはアクセス権侵害なので警察に逮捕されます」なんてことが原理的にあり得てしまいます)ので副作用が大きすぎると思われます。

で、今回のDVDリップ規制の改正案では、さすがに、アクセス権を支分権として著作権法に取り込むという大胆なことはしないで小改造でこの問題に対応しようとしています(「文化審議会著作権分科会法制問題小委員会?平成21・22年度 報告書(案)」(PDF)のp42以降を参照)。

結構長いのでポイントだけ書くと、現状の私的使用目的複製の規定(30条)の例外を拡張することで対応する方向性であるようです。

30条1項 (略)「著作物」は、個人的に又は家庭内その他これに準ずる限られた範囲内において使用すること(略)を目的とするときは、次に掲げる場合を除き、その使用する者が複製することができる。

1号 (略)(公衆が使用できる自動コピー機でコピーするケース)

2号 技術的保護手段の回避(略)により可能となり、又はその結果に障害が生じないようになつた複製を、その事実を知りながら行う場合

3号 (略)(いわゆる「違法ダウンロード」のケース)

上記の30条1項2号の「技術的保護手段」は現在では厳密な意味でのコピー制御(マクロビジョン等)に限定されているわけですが、それをCSS、場合によってはマジコンのアクセス制御にも拡張するという方向性です。こにれより、DVDのリップは個人使用目的であっても権利者の許可が必要(要するに、通常は違法)となるわけです。いわゆる「違法ダウンロード」と同じ規定ぶりですので、「違法ダウンロード」同様に刑事罰は適用されないことになると思われます。まあ、落としどころとしてはこんなところでしょうがないかなという気はします。

とは言え、自分としては、レンタルDVDをリップするのと買ったDVDのリップするのは分けてほしいんですよね(法的にどういう規定ぶりにするかは難しそうですが)。前者については、レンタルCDとは異なり、権利者が想定していない複製なので規制されてもしょうがないとは言えますが、後者については、DVDをリップしてホームサーバにおいて家庭内の複数のテレビのどこからでも視聴できるようにするのはテクノロジーを活用して消費者の利便性を向上していることになる一方で、権利者の権利を不当に害しているとは思えないからです(リップできないなら茶の間と寝室用にDVDを1枚ずつ買おうという人は普通いない)。

ついでに書いておくと、以前、著作権法は著作物を「使用」(見たり、聴いたり、使ったり)行為をコントロールすることはないと書いた時に、「ほんのちょっとだけ例外あり」と書きましたが、その例外とは、以下のプログラムの使用に関するみなし侵害規定です。

113条2項 プログラムの著作物の著作権を侵害する行為によつて作成された複製物(略)を業務上電子計算機において使用する行為は、これらの複製物を使用する権原を取得した時に情を知つていた場合に限り、当該著作権を侵害する行為とみなす。

要は、会社等で違法コピーを行なっていたことを知った上でソフトを使うと、コピーした人だけではなく、使っている人も違法ということです(こちらは刑事罰も適用されます)。

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ホテルでのゲーム貸し出し事件のその後

ホテルがゲームを客に貸し出していたことが著作権(上映権)侵害に問われ警察の捜索を受けたという件の法律的意味について、このブログで解説しましたが(「ホテルが客にゲーム機を貸してプレイさせるのは犯罪になり得るようです」「なぜ本を貸すのは良くてゲームを貸すのはダメなのか」)、ホテルの役員が逮捕されるに至ったようです(参照記事)。

著作権侵害で刑事罰を適用するためには故意が要件とされるのですが、故意性の証明はどうなんでしょう?まあ、それは裁判で決まる話で警察が故意であろうと合理的な疑いを持って裁判所を説得できれば逮捕はできてしまいますが(なお、もし、権利者から警告を受けていたにもかかわらず無視していたというのならば故意性を疑われてもしょうがないとは言えます)。

ちなみに、著作権侵害に対して権利者側が取れる対策とその要件をまとめると以下のようになります。

差止め請求故意も過失も不要
損害賠償故意または過失が要件
刑事罰故意が要件

ホテルが家庭用ゲーム機を貸し出して客にプレイさせるのはよくあるサービスのようですが、形式的に違法であるとは言え、逮捕にまで至った事例は他に知りません。今回のホテルは偽装ラブホテルだったらしいので別件逮捕的な要素はあると思われます。

こういう形式的には違法だけど世の中的には大目に見られているという状況は、警察がこいつを逮捕したいなあという時に利用されてしまう可能性は常にあります。特に、著作権法は誰でもある程度は違法行為をしている状態ですし、さらに刑事罰もありますので、警察にとっては「便利」な法律と言えそうです。

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