【入門】特許文献の活用法について

きわめて基本的なことを書きますが、特許制度のポイントは発明(技術的アイデア)の公開の代償として独占権を付与することにあります。したがって、秘密にしたままで独占するという選択肢はあり得ません(特許出願しないで秘密のノウハウとするのは勝手ですが、万一、ノウハウが流出して他社に使われたり、他社が偶然同じアイデアを実施してもそれを禁止することはできません)。特許のことを英語でpatentと言いますがこれは「明らかな」という意味の形容詞patentと語源を同一にしています(豆)。

特許はイノベーションを推進しているかそれとも阻害しているかという議論を行なう場合にはこの「特許は公開が前提」というそもそものポイントを考慮する必要があります。もし、特許制度がなければ、摸倣されたくないアイデアは秘密のノウハウ化するしかありません。そうすると同じようなアイデアをいろいろな会社で重複研究することになり、産業全体で大きな無駄が発生する可能性があります。特許制度により発明が公開されると、それを見た他の人がその発明に基づいてより良い発明をすることができるようになり産業の発展に貢献できます(まあ、実際には特許ゴロのような存在もあってそう良いことばかりではないのですが)。

いずれにせよせっかく特許の中身は世の中に公開されていているのですから、それを使わない手はありません。特許文献は通常はウェブURLのアドレススペース上にはないのでサーチエンジンではサーチできません。専用のサイトで検索する必要があります。有料のデータベース・サービスもありますが、無料サービスでも結構な情報を入手可能です。日本であれば、特許電子図書館(IPDL)があります。米国の特許であれば、USPTO(米国特許商標局)のサーチサービスGoogle Patent Searchが使えます。

サーチのやり方についてはWeb上でもいろいろ情報がありますし、入門書も出ています(たとえばこちら)。このブログでもおいおい紹介していこうと思います

ここでは、アイデアの宝庫たる特許文献をどう活用していくかのポイントをご紹介します。

1.守る
テクノロジーの世界で商売しているのであれば、自社が実施中(ないし実施予定)のアイデアを他社(特に競合他社)が既に特許化していないかは常にチェックしておくべきです。特許の世界で「知らなかった」は通用しません(過失・故意がなくても差止めはされ得ますし、損害賠償においては過失が推定されるので訴えられた側が自分に過失がなかったことを立証しなければいけません(これは現実にはきわめて困難))。要は、テクノロジーの世界で商売する以上他社の特許動向を知っておくのは当然と考えられているということです。万一、自分が開発・使用しようと思っていたアイデアが他社により特許化されていた場合には、1)設計変更による回避、2)ライセンス、3)買い取り、4)無効化などの手段を取ることができます。

2.回避する
既に世の中で公開されているアイデアは特許化されませんので、自分で特許出願する時には同じアイデアが既に知られていないかをチェックする必要があります。と言っても世の中にあるあらゆる情報をチェックするわけにはいきません。チェック対象としては特許文献は最優先すべきものです。

3.改良する
発明をする場合にまったくの無の状態から優れたアイデアが生まれることはほとんどありません。既にあるアイデアや特許を改良するのが通常で。改良部分に十分な進歩性があれば特許化できます。特許文献を調べて、ここを直せばもっとよくなるかも等と考えてみるのは優れた発明を行なうための近道です。なお、既にある特許に新たな要素を加えて改良発明(利用発明)をした場合、その発明を特許化することはできますが、その場合でも元の特許発明の権利者の許諾がないと改良特許発明は実施できません(特許とは他者の実施を禁止できる権利であって自分の実施を保証してくれる権利ではありません)。ただし、魅力的な改良発明を特許化できれば元の特許権者と交渉してクロスライセンスできる可能性が高まります。

4.つぶす
特許訴訟関係のニュースが出るとたまに「何でこんな当たり前のアイデアが特許になるんだ」と文句を言う人がいますが、本当に当たり前であれば証拠を示すことで特許を無効にすることができます。要はその特許の出願前に同じアイデアが既に世の中に知られていたことを示せばよいのです。無効にする(新規性・進歩性を否定する)ための材料は、別に特許文献である必要はありません。学術論文、製品説明書、仕様書、Webページなど世の中一般に公開されていてかつ日付の証明ができるものであれば何でも使えます。ただ、特許文献は日付の証明がしっかりしているので無効にする際の証拠としては使いやすいと言えます。

5.ライセンスする/買い取る
特許権は自由にライセンス/売買できますので、特許文献を検索して興味深い特許があればライセンス交渉/売買交渉をすることもできます。そのような取引のためのマーケットプレースを作ってもっと自由に特許を流通させましょうというのがいわゆる「オープン・イノベーション」の考え方です。ところで、世の中には自分で発明をするのではなく他者から特許を買い集めて訴訟を起こす(ないし、訴訟をちらつかせてライセンス料を得る)ビジネスがあります。これが一般にパテント・トロール(特許ゴロ)と呼ばれている「ビジネス」形態です。

6.学ぶ
特許とは直接関係ないお話しとして、特許文献は技術文献としても有用です。マニュアルや論文等には出ていないシステムの内部的仕組み等が記載されていることもあります。

このブログでもIT分野で興味深い特許の公開文献をピックアップして紹介していく予定です。

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どんどん広がる自炊支援サービスについて

TSUTAYAに引き続きマンガ喫茶チェーンのメディアカフェポパイというところも試験的に自炊支援サービスを始めたようです(参照記事)。

店内で裁断機とスキャナーを時間貸しするわけですが、もちろん、店の本を裁断・スキャンさせるわけではなく、客が持参した本をコピーするだけなので法律上の問題はなさそうです(コンビニのコピー機と同じです。)老婆心ですが、マンガ喫茶に客が自分の本を大量に持ち込むようなサービスをやって管理面では大丈夫なのでしょうかね?

TSUTAYAのサービスは1冊300円でしたが、こちらのスキャナーレンタルは30分360円で、一般に1冊スキャンするのに30分弱かかるようなので、大体同じくらいの設定でしょうか?自分的には結構高いような気がしますがどうなんでしょう。ITmediaの記事によるとTSUTAYAの方のサービス開始後7日間で客は3人だったそうです(笑)。もう少し価格を落として宣伝すれば需要があるのでしょうか?正直よく読めません。

と言いつつ本を買いたくても置き場所がなくて躊躇する人は世の中にいっぱいいると思います(私も含めて)ので、ほとんどの本が電子化されて自炊作業そのものが過去の遺物になる世界が早く来ることを希望します。

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【雑談】スティーブジョブズ余命報道について

注:本エントリーは2011年2月18日付けのものです。

昨日のtwitterでSteve Jobsの余命が6週間という情報が一部で駆け巡りました。ソースは、このあたりの記事です。だけどこの記事も一次情報ではなく、元々のソースはNational Enquirer紙の記事です。

米国で生活したことがある方はご存じと思いますが、National Enquirer紙はスーパーマーケット・タブロイドと呼ばれるメディアの一種です(Wikipedia(英語版)の参考エントリー)。スーパーマーケットのレジ付近に置いてあることが多い芸能ゴシップ紙で、100%ウソとはいえないまでもかなり現実を誇張したり憶測を交えた煽り記事を書く新聞であります。

日本ではぴったり合致するメディアはないですが、敢えて言えば東スポに近いです。たとえば、三浦知良が「次の試合は引退試合のつもりで気合い入れていく」と発言したら、カズ引退の覚悟と見出しをつけてしまうような感じです(まあウソとは言えないんですが・・・)。

National Enquirerの元記事はWebでは見れないようなので、引用している記事の方から推測すると、ジョブズがStanford Cancer Centerにいるのを発見した、激やせしていた(これは周知のお話し)、膵臓癌は一般に予後が悪い、だからジョブズも余命6週間くらいの可能性もあるかもしれないという程度の記事のようです。

言うまでもなくソースを確認するのは「ウソをウソと見抜く」ための鉄則です。米国発のニュースでソースがスーパーマーケット・タブロイドであればちょっと疑ってかかった方がよいでしょう。Wikipediaでは米国のスーパーマーケット・タブロイドとして、Star、Sun、The Globe、The National Enquirer、Weekly World News、The National Examinerが挙げられています。ちなみに、私が知る限りで一番めちゃくちゃなのはWeekly World Newsで「エルビスを火星で発見」とかそういう次元の記事ばかりが載っています(どういう層をターゲットとしているのか、みんなネタとして読んでいるのか、真に受けている人もいるのかよくわかりません)。

余談ついでに言うと映画「メン・イン・ブラック」で、トミー・リー・ジョーンズ扮する捜査官がスーパーマーケット・タブロイドを大量に買い込んで「エイリアンに関してははこれが最も信頼できるソースだ」なんてウィル・スミスに説明するシーンがありますが、アメリカではここがドカーンと笑いを取るシーンなんだろうなと思ったりしました。

(11/08/28追加)
「ジョブズ 余命」のキーワードでこのエントリーに入ってくる人が増えてきているので最新情報を書いておきます。ジョブズのやせ細った姿の写真がTMZ.comというサイトに載り、twitter等で拡散されて、(私を含む)多くの人がショックを受けたようですが、どうやらこの写真は加工されており、ジョブズが実際以上に弱っているように見せたものであるようです。TMZもタブロイドということのようです。

(11/10/06追加)アクセスが増えてきたので追加しました

ジョブズ氏逝去に心よりお悔やみ申し上げます。”Stay Hugry, Stay Foolish”は私の座右の銘です。ZDNetに追悼文のようなものを書きましたのでご興味ある方はご一読ください。

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TSUTAYAも自炊サービスに参入!

TSUTAYAで客が買った本をその場で裁断してスキャンさせてくれる「書籍自炊サービス」を始めたようです(参考画像)。裁断作業は店員がやるようですがコピー操作は客自身がやりますので、著作権法30条の私的使用目的複製の要件は一応満たしています。また、自分で買った本を自分用にスキャンするわけなので、権利者にも特別な損害を与えることはないと言ってよいでしょう(将来の電子書籍版の収益機会が奪われるという議論はあるかもしれませんが)。

しかし、これも、もし裁判沙汰になったら「カラオケ法理」によって、TSUTAYAは自己所有・管理のスキャナーを客に使わせて利益を得ているので複製の主体はTSUTAYA、ゆえに、私的複製の範囲外とされてしまいそうな気がします。もちろん、ロクラクII最高裁判決でも明らかになったように、「カラオケ法理」の適用は規範的に(裁判官が考えるあるべき姿に合致するように)行なうことになっているのですが、「自炊の森」は権利者に損害を与えているので複製の主体は店、TSUTAYAの自炊サービスは権利者に損害を与えていないので複製の主体は客という解釈はかなり強引な気がします。

また、「TSUTAYAの自炊サービスは権利者にも特別な損害を与えることはない」と最初に書きましたが、TSUTAYAの隣に裁断本買います・売りますの店が出来てしまったりするとこの状況も変わってしまいますね(そこまで行かなくても裁断本のネットオークション等での流通は既に行なわれていますし)。

やはり著作権法30条は、「公開された著作物は私的使用目的のために複製できる。ただし、権利者に不当な損害を与える場合を除く」というような規定ぶりにして、不当な損害の例を「基準」として例示して、本当にもめた時だけ裁判で争うというやり方しかないような気がします(このやり方でも問題山積なのは承知です)。

追加情報(11/02/16): ITmediaに関連記事が出ました。一部店舗で行なっている実験的サービスで他店舗への展開は今のところないようです。

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【小ネタ】HP新タブレットの商標について

2月9日に予測通りHPのWebOSベースのタブレットTOUCHPADが発表されました(参照記事)。マシンそのものの話しは別の機会にするとして、TOUCHPADという商品名が気になりました。タッチパッドというと普通はパソコンの入力機器(別名、トラックパッド)を指す普通名称だと思うからです。

で、USPTO(米国特許商標長)への商標登録出願はどうなっているのかと思ったら”HP TOUCHPAD”で出願されてました。「おいしい牛乳」では商標登録の可能性がほとんどないので「明治乳業おいしい牛乳」あるいは「森永のおいしい牛乳」で出願するようなものです。

HPは著名商標で識別力は十分にあるので”HP TOUCHPAD”の商標は登録されるのではと思うのですが、たとえば(現実にはないと思いますが)IBM TOUCHPADなんて製品が出たときに差止めできない可能性がでてきます。まあ、内部的には商標権に限らずブランド面での議論がいろいろとあった上でこの商品名に決まったのだと思います。

そういう意味ではWebOSも単独では商標権取得困難なのではと思って調べてみるとやはり”Palm WebOS”で出願されていました(”HP WebOS”で出願し直すのかどうかはわかりません。)

一般的な言葉で商標権を取れて商品(またはサービス)名称として独占できれば権利者にとっては大変うれしいわけですが、あまり一般的ないし記述的な商標では商標権が取れないのでバランスが難しいところです。

この辺の事情は特許も同じです。あまりに当たり前のアイデアでは、新規性・進歩性を満足できないので特許権を取得できません。かと言ってあまりに限定的なアイデアでは、仮に特許権を取得しても行使する機会がないか、あるいは、行使してもすぐ回避されてしまいます。当たり前ぎりぎりのアイデアで広い範囲で特許を取得するのが頭の使いどころなわけです。

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