サムスンによるiPhone販売禁止仮処分の申立が東京地裁で却下

ちょっと前になりますが一部報道(朝日新聞中央日報)によれば、東京地裁に対してサムスンが請求していたiPhoneの販売差止めの仮処分の申請を却下するとの決定が9月14日と10月11日に出されていたそうです。

9月14日の方で問題になった特許は朝日新聞によると「アプリをダウンロードしてスマホに新たな機能を追加できる仕組み」であるそうですが、特許番号は記事からはわかりません。日本で成立しているサムスンの特許からそれらしいのを探してみると特許5025791「付加データアップデート方法及び再生装置」かなあとも思いますが違うかもしれません。この特許についてはは、侵害がない(iPhoneがサムスン特許の技術的範囲内に属さない)と認定されています。

同じく、10月11日の方は「飛行機内で電源を切ることなく通信機能を停止する「機内モード」」の特許です。これもそれらしい特許を探してみましたがよくわかりません。こちらはこの特許の進歩性が否定されたことで仮処分が却下されています。

中央日報によればこれらの特許に基づく提訴は日本以外では行なわれていないため、世界的には大きな影響はないだろうということです。

全部メディアの孫引きではっきりしない書き方になってしまいましたが本件に関して一次情報にあたるのは大変です。仮処分の却下であって判決ではないので、裁判所の判例データベースではチェックできません(そもそも、判決であっても裁判所のデータベースに載るかどうかはわかりません)。実際に東京地方裁判所まで出向いて情報を閲覧しないとわからないということです(コピーもできないので大変ですし、そもそも事件番号を調べるのが大変らしいです)。あとは、当事者(サムスンかアップル)に聞くしかないですが教えてくれるわけはありません。

そして、この裁判問題をフォローしている新聞記者ですら、9月の情報を今頃になって記事化しているということは、しょっちゅう裁判所に出向いて裁判情報を閲覧しまくっているか、関係者のリークでもなければ、決定が出たという事実すらわからないということを意味します。

前にも書きましたが日本では米国と比較して裁判情報のオープン化において大きく遅れています。特に知財関係訴訟では、民事訴訟とは言え、裁判結果の影響範囲が当事者だけでなく業界全般に及び得ますので何とかしてほしいところです。

カテゴリー: モバイル, 特許 | タグ: | コメントする

【速報】アップルの「バウンスバック」特許が無効との暫定的決定

アップル対サムスンの訴訟で争点になっていた特許のひとつとして本ブログでも以前に紹介した「バウンスバック」特許(別名、ラバーバンド特許)(US7,469,381)ですが、再審査(re-exam)において新規性・進歩性欠如によりすべてのクレームが無効であるとの暫定的な決定がなされたようです(ソース:ロイター)。

この決定はあくまでも暫定的なのでこれからAppleが反論することになります。ただし、多くのクレームが進歩性ではなく新規性を否定されていることから、審査官の判断を覆すのは大変かもしれません。

なお、可能性としては、Appleがクレームを限定する補正をして争うことも考えられます(この場合は、サムスンなどによる侵害の判断も再度やり直すことになります)。また、再審査の結果に満足が行かなければ、アピール(審判)を行なうことも可能です。さらに、CAFC(連邦巡回区控訴裁判所: 日本の知財高裁に相当)から最高裁と司法の場で争うこともできますので決着が付くまではかなりの時間(数年のレンジ)がかかるかもしれません。

先行技術としてあげられているのはAOLおよびApple自身による特許です(サムスンとの訴訟で争点になったクレーム19はAOL特許のみを根拠に新規性を否定されています)。これらの特許の内容には大変興味があるのですが、中身を読んでちゃんと比較検討するのは、仕事としてやるのでないとちょっと体力的に厳しいですね。

先のアップル対サムスン訴訟への影響という点で言うと、バウンスバック特許が仮に無効になったところで、意匠権(デザイン特許)の侵害の方が賠償金額としては圧倒的に大きいので、賠償金の総額にはあまり影響はないと思われます。元が10億ドルだったところからおよそ3,000万ドル安くなるというレベルのようです(ソース)。

とは言え、意匠権が争点とならないような相手との戦いにおいては、Appleの重要な武器のひとつの足場が揺らいでしまったとは言えるでしょう。

カテゴリー: ガジェット, 特許 | タグ: | コメントする

【小ネタ】「切り餅」訴訟の次は「柿の種」訴訟?

ちょっと前に話題になった切り餅訴訟ですが、9月に佐藤食品の上告を最高裁が退けたことで、越後成果の勝訴が確定しています(参考記事「切り餅特許訴訟 佐藤食品の敗訴確定 8億円賠償と製造禁止」)。実はこの事件は特許権の範囲の解釈という観点から言うと結構ややこしく、かつ、議論の余地が多いところなので、あまりこのブログでは触れてませんでした(参考になる他のブログとしてはこの辺がおすすめです、難しく感じる方もいると思いますが、そもそもこの事件は簡単には説明できないのです)。

そして、今度は「柿の種」でおなじみの亀田製菓が菓子販売の宮田という会社とメーカーのレスペという会社を販売差止めと1000万円の損害賠償を求めて訴えました(参考記事)。切り餅は特許で、こちらは不正競争防止法なので、法律的には全然違うのですが食べ物つながりということで話をつなぎます。

そもそも、「柿の種」は柿の種状のせんべいの名称として普通名称化していると思われますのでそれだけでは商標登録できないと思われます。柿の種関連の商標登録は(Wikipediaによると元祖とされている)浪速屋製菓も含め、図形込みで登録されています。亀田製菓による商標登録の例(出典:商標登録公報)が以下です。

TM_DISPLAY_A

宮田が販売している商品パッケージは以下のようなものです(出典:宮田のWebサイト)

thumb

商品名が「柿ピー」で「柿の種」ではないので、亀田製菓が商標権をベースに訴えるのは難しいです(そもそも、亀田からの商標権侵害の警告に対応して宮田が現在のパッケージに変えたようです)。

ということで、亀田製菓側は不正競争防止法(おそらく、2条1項1号)に基づいて訴えました。

不正競争防止法2条1項
一 他人の商品等表示(人の業務に係る氏名、商号、商標、標章、商品の容器若しくは包装その他の商品又は営業を表示するものをいう。以下同じ。)として需要者の間に広く認識されているものと同一若しくは類似の商品等表示を使用し、又はその商品等表示を使用した商品を譲渡し、引き渡し、譲渡若しくは引渡しのために展示し、輸出し、輸入し、若しくは電気通信回線を通じて提供して、他人の商品又は営業と混同を生じさせる行為

不正競争防止法は、登録とは関係なしに権利行使できます。しかし、訴える側の商品表示が周知でなければならず、消費者に混同を生じさせていることを訴える側が証明しなければなりません。亀田製菓側の商品表示は以下です(出典:亀田製菓Webサイト)。

624

このパッケージの周知性についてはたぶんクリアーされているんじゃないかと思います。混同が生じているかどうかは、まあ確かに似てはいるんですけど、混同するとまで言えるかどうか微妙な気がします。そもそも、柿の種のパッケージはメーカーにかかわらず全体的にこんな色合いだと思いますし、亀田の商品が欲しい時は確認して買うんじゃないかと思います。とは言え、これは紛らわしい、混同すると思う人もいるかもしれません。

裁判の結果はちょっと予想がつきにくいですね。

なお、Wikipediaによるとピーナツ入りを最初に商品化したのは亀田製菓であるようなので、同社はその時に「柿ピー」を商標登録出願しておけばよかったかもしれません(記述的商標(3条1項3号)として拒絶される可能性はありますが、元祖として周知になれば、使用による識別性(3条2項)を得られた可能性もあります)。

もし、訴えが認められなかった場合には、亀田製菓に残された道はCM等で「柿の種と言えば亀田製菓」というイメージを今まで以上にプロモートすることしかないと思われます。正露丸が普通名称化により商標としての効力を失ってしまった大幸薬品と似たようなポジションです。

カテゴリー: 商標 | コメントする

【Lodsys】日本のスマホアプリ開発者にとっての特許ゴロリスクについて

米国のパテントトロールLodsys(メディアではNon-Practcing EntityやPatent Holding Company等の中立的な用語が使われることが多いですが、Lodsysについては敢えて「パテントトロール」(特許の怪物)と呼びたくなってしまいます)に関して、最近、重要な動きがありました。日本のiOSやAndroid開発者の方にも影響があると思いますので注意喚起しておきます。

一応書いておくと「パテントトロール」とは、特許権を買い集めて他社に訴訟をしかけることを専業としている企業のことです。比較的穏健なビジネスモデルのところもあれば、「特許ゴロ」に近いエグいビジネスモデルのところもあります(Lodsysは後者だと思います)。

Lodsysの保有特許の中で、現在、特に注目を集めているのがアプリ内課金に関する特許(US 7,222,078)です。アプリ内課金もわざわざ説明するまでもないと思いますが、ソフトは無料で提供しておいて、追加のコンテンツやアップグレードを有料で購入させるビジネスモデルです。Angry Birdを初めとして特にゲーム等では一般的な方式です。

そして、Lodsys社のブログによれば、このアプリ内課金特許はGoogleの請求によって米国特許庁の再審査(Rexam)のプロセス(日本で言えば無効審判のようなもの)にかけられていたのですが、いくつかのクレーム(特に、アプリ内課金に直接関係するクレーム24)の有効性が米国特許庁により認められたようです(ほぼ確実にGoogleは不服審判を請求すると思いますので、これで確定ではありません)。

Lodsysはこの078特許をAppleやGoogleにライセンスしているのですが、それに加えて、個別のアプリ開発者(小規模なものも含む)にも権利行使してます(ライセンス料を支払わなければ訴えると警告を出しています)。各アプリのアプリ内購入は通常はiOSやAndroidのAPIを使うので、AppleやGoogleが正規にライセンスしている以上、アプリ開発者は関係ないように思えますが、Lodsysは、ライセンスが有効なのはAppleやGoogle製のアプリの話だけであって、サードパーティアプリの話はまた別だと主張しているわけです。

常識的に考えれば、プラットフォーム提供者からもプラットフォーム利用者からもライセンス料を取るのは二重取りだと思うのですが、こういう常識はLodsysには通用しないようです。Appleはこの件について裁判で争っていますが、結論が出るのは来年以降になるようです(ソースは同じくLodsys社ブログ)。

Lodsysの特許は米国内でしか成立していないと思われます。しかし、日本で開発したアプリでもAppStoreやAndroid Marketで販売する以上は米国でも販売が行なわれることになり、日本のデベロッパーも権利行使の対象になり得ます。収益の何パーセントかのみかじめ料ライセンス料を支払えばすむとは思います。ある意味何するかわからない企業と特許ライセンス契約を結ぶのはあまり気持ちのよいものではないですが、しょうがありません。

この078特許の具体的内容についてはまた時間ができたら書くことにします。

【重要追加情報】7,222,078特許は1992年8月6日の出願に基づく継続出願なので今年の8月に20年の存続期間が満了しているようです。とは言え、特許権が無効にならない限り、特許権が有効であった期間の過去の行為に関しては権利行使できます(過去の行為を差し止めすることはできないので、ライセンス料の支払いを求める(払わないと損害賠償請求されてもっと払うことになるぞとプレッシャーを与えて)しかないですが)ので、依然として注意は必要です。

これからアプリを販売しようとしている人は安心ですが、今年の8月以前にアプリ内課金を米国で実施していた会社には何らかの権利行使(ひょっとすると法外なライセンス料請求)があるかもしれません。

カテゴリー: モバイル, 特許 | コメントする

違法ダウンロード刑事罰化の問題点を考える【今更ですみません】

本ブログの以前のエントリー(1, 2)ではダウンロード刑事罰化が制度的にどうなっているかという点についてできるだけ客観的に書いてきました。今回は、このような制度の何が問題なのかという点から私見を述べてみたいと思います(今頃言ってもしょうがないという話ではあるのですが)。

まず大前提として世の中は「けいさつはわるいことをしたやつはどんどんつかまえればよい」という仕組みでは動いていない点を念頭に置く必要があります。

刑罰(および、それに伴う逮捕・拘留等)は、個人の人権を大きく損なう可能性があります。ゆえに、刑罰は最後の手段として使うべきであり、違法行為なら何でも罰せばよいというものではありません。この刑事罰はできるだけ控えめに使うべきという考え方を「謙抑(けんよく)主義」と呼びます。謙抑主義は近代国家の刑法制度の基本です。

たとえば、米国著作権法における刑事罰の規定は以下のようになっています。

第506条 刑事犯罪

(a)著作権侵害罪
(1)総則-著作権を故意に侵害する者は、その侵害が以下の態様で行われる場合には、合衆国法典第18編第2319条の規定に従って処罰される。
(A)商業的利益または私的な経済的利得を目的とする行為、
(B)180日間に、1つ以上の著作権のある著作物について1部以上のコピーまたはレコード(その小売価格の総額が1000 ドルを超える場合に限る)を複製もしくは頒布(電子的手段によるものを含む)する行為、または
(C)商業的頒布を目的として作成中の著作物を、公衆がアクセス可能なコンピュータ・ネットワーク上に置いて利用可能にする方法によって頒布する行為(当該著作物が商業的頒布のために作成中の著作物であることを当該者が知りもしくは知るべきであった場合に限る)。

(2)証拠-本項において、著作権のある著作物の複製または頒布の証拠は、それだけでは、故意侵害を立証するに十分ではないものとする。

(以下略)

ポイントは、1)非営利目的の複製(DL含む)は原則的に刑事罰の対象にはならない、2)少量のカジュアルコピーは刑事罰の対象とならない、3)制作中で発表前の作品を故意に公開するパターンは特別に刑事罰の対象(これは制作者の被害が甚大なのでしょうがないと思います)、4)複製・頒布をしているというだけで故意であると推定してはいけない、ということであります。結構、謙抑的だと思います。

日本においてダウンロード刑事罰化が推進された時の推進派の根拠のひとつとして「米国では既に違法DLも刑事罰化されている」というのがあったと思いますが、日本の刑罰規定の方が相当厳しいですね(ただし、米国では懲罰的賠償金とか法定賠償金等、民事の規定が結構厳しい点は考慮する必要はあります)。

「条文上は厳しいけど実際には悪質なケースしか逮捕されないからいいんじゃないか」という意見の方もいるかもしれないですが、形式上は犯罪だけど警察に大目に見てもらっている(恣意的にいつでも検挙できてしまう)という状況はあまりよろしくありません。

特に、アップロード行為は外界からの監視でわかりますので、十分な証拠を押さえた上で家宅捜索等ができます。ところがダウンロードはあくまでもプライベートな世界です。パケットを盗聴したり、ハニーポットサイトでも作らない限り、ダウンロード者の特定は難しいです。また、仮に何らかの形でログを見たところで、ストリーミング視聴しているのか、ダウンロードしているのかは区別しにくいです。「違法ダウンロードしている疑いがある」ということで家宅捜索されたのではたまりません。

先日、私が聞きにいった明治大学知的財産法政策研究所(IPLPI)セミナー「平成24年著作権法改正の評価と課題」 のパネルディスカッションにおいても、パネリストの先生は何度も「謙抑性」という論点を口にされていたと記憶しています。また、日弁連会長の声明でも「違法ダウンロードはコンテンツ産業の健全な成長を阻害するおそれのある由々しき問題であるとの認識を持ちつつも、直ちに刑事罰を導入することに対しては反対」と述べられています。

特に、違法ダウンロード行為に対して刑罰を最後の手段として適用することが本当に必要なのかという議論が十分になされたとは言い難い点が問題です。文化庁の審議会では「刑事罰までは不要」という見解であったのを、会期末近くの国会でほとんど審議なしに土壇場で刑事罰が追加されているからです。先の日弁連会長の声明を引用すると、

インターネットの利用に関して刑事罰を科すという国民生活に重大な影響を及ぼす可能性がある法律改正が、国民的な議論がほとんどなされないまま、衆参両院において、わずか1週間足らずで審議されて可決されたということはあまりにも拙速であった。このように、今回の立法には手続的にも大きな問題があったと指摘 せざるを得ない。今後、このような形で私的領域における刑事罰の立法がなされることを、断じて許してはならない。

ということであります。

なお、違法ダウンロード刑事罰化は衆参ともほぼ全会一致で決まったのですが、民主党の森ゆうこ参院議員と川内博史衆院議員が最後まで反対の立場であったようです。ちなみに、推進派の中核としては自民の馳浩衆院議員がいます。有権者の方は選挙の際の参考にされるといいんじゃないかと思います。

カテゴリー: メディア, 著作権 | タグ: | 1件のコメント