なぜバイアグラの特許は無効になったのか?

Wiredによれば、カナダにおいてファイザーが所有していたバイアグラの特許が無効になったそうです(どちらにしても2014年には期間満了で特許切れになるようですが、ちょっと早めに権利が消滅したことになります。(追加)書き忘れてましたが特許が無効になると通常は最初から権利がなかったことになりますので、侵害訴訟やライセンス契約に影響が出る可能性があります、その点は単なる期間満了とは異なります)。

無効の理由は「記載要件違反」(サポート要件違反)です。これがどういうことなのか簡単に説明します。

今、Enterprisezineに連載中の知財入門記事でもちょっと書いたのですが、特許制度の最も重要なポイントは「アイデアの開示の代償として(一定期間の)独占権を付与する」ことにあります。

アイデア(発明)が公開されることで、世の中の人はこれを改良・回避することで新たな発明をしていき、技術が進化していきます。特許制度がなければほとんどの企業はアイデアがパクられないように秘匿化するでしょう。そうなると、多くの企業が同じような開発作業を密かに行なうことになり、産業全体としては多大な無駄が生まれます。特許制度の目的のひとつはこのような重複開発を防ぐことにあります。

ということで、特許の出願書類において、発明の内容が適切に(業界の一般的技術者がそれを見ればアイデアを実現化できる程度に)記載されていないと、記載要件違反ということで拒絶されます(万一登録されても事後的に無効にされます)。

ファイザーのバイアグラ特許は薬効成分が十分に開示されていないという理由により、カナダ高裁により無効と認定されました。

記載要件の基準は国によって違いがあります。一般に、米国は日本と比べて結構緩めなんですが(実際、米国では同じ理由に基づいた裁判で特許の有効性が認定されているようです)、カナダは厳し目のようです。

ところで、特許制度への反対論、たとえば、「〈反〉知的独占 – 特許と著作権の経済学」などでは特許制度が引き起こした問題がいろいろと書かれていますが、その多くは、米国の特許制度に不備があって開示が十分でなくても独占権を与えるような仕組みになっていたことによるものです。一般に反特許論は、現行の法律の規定の不備への批判にはなっていても、特許制度そのものへの反論にはなってないケースが多いと思います(今の特許制度にまったく問題がないと言っているわけではありません)。

「特許はイノベーションを阻害している」という主張をする場合には「公開の代償としての独占権」という局面も論じることが必須だと思います。

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サムスンによるiPhone販売禁止仮処分の申立が東京地裁で却下

ちょっと前になりますが一部報道(朝日新聞中央日報)によれば、東京地裁に対してサムスンが請求していたiPhoneの販売差止めの仮処分の申請を却下するとの決定が9月14日と10月11日に出されていたそうです。

9月14日の方で問題になった特許は朝日新聞によると「アプリをダウンロードしてスマホに新たな機能を追加できる仕組み」であるそうですが、特許番号は記事からはわかりません。日本で成立しているサムスンの特許からそれらしいのを探してみると特許5025791「付加データアップデート方法及び再生装置」かなあとも思いますが違うかもしれません。この特許についてはは、侵害がない(iPhoneがサムスン特許の技術的範囲内に属さない)と認定されています。

同じく、10月11日の方は「飛行機内で電源を切ることなく通信機能を停止する「機内モード」」の特許です。これもそれらしい特許を探してみましたがよくわかりません。こちらはこの特許の進歩性が否定されたことで仮処分が却下されています。

中央日報によればこれらの特許に基づく提訴は日本以外では行なわれていないため、世界的には大きな影響はないだろうということです。

全部メディアの孫引きではっきりしない書き方になってしまいましたが本件に関して一次情報にあたるのは大変です。仮処分の却下であって判決ではないので、裁判所の判例データベースではチェックできません(そもそも、判決であっても裁判所のデータベースに載るかどうかはわかりません)。実際に東京地方裁判所まで出向いて情報を閲覧しないとわからないということです(コピーもできないので大変ですし、そもそも事件番号を調べるのが大変らしいです)。あとは、当事者(サムスンかアップル)に聞くしかないですが教えてくれるわけはありません。

そして、この裁判問題をフォローしている新聞記者ですら、9月の情報を今頃になって記事化しているということは、しょっちゅう裁判所に出向いて裁判情報を閲覧しまくっているか、関係者のリークでもなければ、決定が出たという事実すらわからないということを意味します。

前にも書きましたが日本では米国と比較して裁判情報のオープン化において大きく遅れています。特に知財関係訴訟では、民事訴訟とは言え、裁判結果の影響範囲が当事者だけでなく業界全般に及び得ますので何とかしてほしいところです。

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【速報】アップルの「バウンスバック」特許が無効との暫定的決定

アップル対サムスンの訴訟で争点になっていた特許のひとつとして本ブログでも以前に紹介した「バウンスバック」特許(別名、ラバーバンド特許)(US7,469,381)ですが、再審査(re-exam)において新規性・進歩性欠如によりすべてのクレームが無効であるとの暫定的な決定がなされたようです(ソース:ロイター)。

この決定はあくまでも暫定的なのでこれからAppleが反論することになります。ただし、多くのクレームが進歩性ではなく新規性を否定されていることから、審査官の判断を覆すのは大変かもしれません。

なお、可能性としては、Appleがクレームを限定する補正をして争うことも考えられます(この場合は、サムスンなどによる侵害の判断も再度やり直すことになります)。また、再審査の結果に満足が行かなければ、アピール(審判)を行なうことも可能です。さらに、CAFC(連邦巡回区控訴裁判所: 日本の知財高裁に相当)から最高裁と司法の場で争うこともできますので決着が付くまではかなりの時間(数年のレンジ)がかかるかもしれません。

先行技術としてあげられているのはAOLおよびApple自身による特許です(サムスンとの訴訟で争点になったクレーム19はAOL特許のみを根拠に新規性を否定されています)。これらの特許の内容には大変興味があるのですが、中身を読んでちゃんと比較検討するのは、仕事としてやるのでないとちょっと体力的に厳しいですね。

先のアップル対サムスン訴訟への影響という点で言うと、バウンスバック特許が仮に無効になったところで、意匠権(デザイン特許)の侵害の方が賠償金額としては圧倒的に大きいので、賠償金の総額にはあまり影響はないと思われます。元が10億ドルだったところからおよそ3,000万ドル安くなるというレベルのようです(ソース)。

とは言え、意匠権が争点とならないような相手との戦いにおいては、Appleの重要な武器のひとつの足場が揺らいでしまったとは言えるでしょう。

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【小ネタ】「切り餅」訴訟の次は「柿の種」訴訟?

ちょっと前に話題になった切り餅訴訟ですが、9月に佐藤食品の上告を最高裁が退けたことで、越後成果の勝訴が確定しています(参考記事「切り餅特許訴訟 佐藤食品の敗訴確定 8億円賠償と製造禁止」)。実はこの事件は特許権の範囲の解釈という観点から言うと結構ややこしく、かつ、議論の余地が多いところなので、あまりこのブログでは触れてませんでした(参考になる他のブログとしてはこの辺がおすすめです、難しく感じる方もいると思いますが、そもそもこの事件は簡単には説明できないのです)。

そして、今度は「柿の種」でおなじみの亀田製菓が菓子販売の宮田という会社とメーカーのレスペという会社を販売差止めと1000万円の損害賠償を求めて訴えました(参考記事)。切り餅は特許で、こちらは不正競争防止法なので、法律的には全然違うのですが食べ物つながりということで話をつなぎます。

そもそも、「柿の種」は柿の種状のせんべいの名称として普通名称化していると思われますのでそれだけでは商標登録できないと思われます。柿の種関連の商標登録は(Wikipediaによると元祖とされている)浪速屋製菓も含め、図形込みで登録されています。亀田製菓による商標登録の例(出典:商標登録公報)が以下です。

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宮田が販売している商品パッケージは以下のようなものです(出典:宮田のWebサイト)

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商品名が「柿ピー」で「柿の種」ではないので、亀田製菓が商標権をベースに訴えるのは難しいです(そもそも、亀田からの商標権侵害の警告に対応して宮田が現在のパッケージに変えたようです)。

ということで、亀田製菓側は不正競争防止法(おそらく、2条1項1号)に基づいて訴えました。

不正競争防止法2条1項
一 他人の商品等表示(人の業務に係る氏名、商号、商標、標章、商品の容器若しくは包装その他の商品又は営業を表示するものをいう。以下同じ。)として需要者の間に広く認識されているものと同一若しくは類似の商品等表示を使用し、又はその商品等表示を使用した商品を譲渡し、引き渡し、譲渡若しくは引渡しのために展示し、輸出し、輸入し、若しくは電気通信回線を通じて提供して、他人の商品又は営業と混同を生じさせる行為

不正競争防止法は、登録とは関係なしに権利行使できます。しかし、訴える側の商品表示が周知でなければならず、消費者に混同を生じさせていることを訴える側が証明しなければなりません。亀田製菓側の商品表示は以下です(出典:亀田製菓Webサイト)。

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このパッケージの周知性についてはたぶんクリアーされているんじゃないかと思います。混同が生じているかどうかは、まあ確かに似てはいるんですけど、混同するとまで言えるかどうか微妙な気がします。そもそも、柿の種のパッケージはメーカーにかかわらず全体的にこんな色合いだと思いますし、亀田の商品が欲しい時は確認して買うんじゃないかと思います。とは言え、これは紛らわしい、混同すると思う人もいるかもしれません。

裁判の結果はちょっと予想がつきにくいですね。

なお、Wikipediaによるとピーナツ入りを最初に商品化したのは亀田製菓であるようなので、同社はその時に「柿ピー」を商標登録出願しておけばよかったかもしれません(記述的商標(3条1項3号)として拒絶される可能性はありますが、元祖として周知になれば、使用による識別性(3条2項)を得られた可能性もあります)。

もし、訴えが認められなかった場合には、亀田製菓に残された道はCM等で「柿の種と言えば亀田製菓」というイメージを今まで以上にプロモートすることしかないと思われます。正露丸が普通名称化により商標としての効力を失ってしまった大幸薬品と似たようなポジションです。

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【Lodsys】日本のスマホアプリ開発者にとっての特許ゴロリスクについて

米国のパテントトロールLodsys(メディアではNon-Practcing EntityやPatent Holding Company等の中立的な用語が使われることが多いですが、Lodsysについては敢えて「パテントトロール」(特許の怪物)と呼びたくなってしまいます)に関して、最近、重要な動きがありました。日本のiOSやAndroid開発者の方にも影響があると思いますので注意喚起しておきます。

一応書いておくと「パテントトロール」とは、特許権を買い集めて他社に訴訟をしかけることを専業としている企業のことです。比較的穏健なビジネスモデルのところもあれば、「特許ゴロ」に近いエグいビジネスモデルのところもあります(Lodsysは後者だと思います)。

Lodsysの保有特許の中で、現在、特に注目を集めているのがアプリ内課金に関する特許(US 7,222,078)です。アプリ内課金もわざわざ説明するまでもないと思いますが、ソフトは無料で提供しておいて、追加のコンテンツやアップグレードを有料で購入させるビジネスモデルです。Angry Birdを初めとして特にゲーム等では一般的な方式です。

そして、Lodsys社のブログによれば、このアプリ内課金特許はGoogleの請求によって米国特許庁の再審査(Rexam)のプロセス(日本で言えば無効審判のようなもの)にかけられていたのですが、いくつかのクレーム(特に、アプリ内課金に直接関係するクレーム24)の有効性が米国特許庁により認められたようです(ほぼ確実にGoogleは不服審判を請求すると思いますので、これで確定ではありません)。

Lodsysはこの078特許をAppleやGoogleにライセンスしているのですが、それに加えて、個別のアプリ開発者(小規模なものも含む)にも権利行使してます(ライセンス料を支払わなければ訴えると警告を出しています)。各アプリのアプリ内購入は通常はiOSやAndroidのAPIを使うので、AppleやGoogleが正規にライセンスしている以上、アプリ開発者は関係ないように思えますが、Lodsysは、ライセンスが有効なのはAppleやGoogle製のアプリの話だけであって、サードパーティアプリの話はまた別だと主張しているわけです。

常識的に考えれば、プラットフォーム提供者からもプラットフォーム利用者からもライセンス料を取るのは二重取りだと思うのですが、こういう常識はLodsysには通用しないようです。Appleはこの件について裁判で争っていますが、結論が出るのは来年以降になるようです(ソースは同じくLodsys社ブログ)。

Lodsysの特許は米国内でしか成立していないと思われます。しかし、日本で開発したアプリでもAppStoreやAndroid Marketで販売する以上は米国でも販売が行なわれることになり、日本のデベロッパーも権利行使の対象になり得ます。収益の何パーセントかのみかじめ料ライセンス料を支払えばすむとは思います。ある意味何するかわからない企業と特許ライセンス契約を結ぶのはあまり気持ちのよいものではないですが、しょうがありません。

この078特許の具体的内容についてはまた時間ができたら書くことにします。

【重要追加情報】7,222,078特許は1992年8月6日の出願に基づく継続出願なので今年の8月に20年の存続期間が満了しているようです。とは言え、特許権が無効にならない限り、特許権が有効であった期間の過去の行為に関しては権利行使できます(過去の行為を差し止めすることはできないので、ライセンス料の支払いを求める(払わないと損害賠償請求されてもっと払うことになるぞとプレッシャーを与えて)しかないですが)ので、依然として注意は必要です。

これからアプリを販売しようとしている人は安心ですが、今年の8月以前にアプリ内課金を米国で実施していた会社には何らかの権利行使(ひょっとすると法外なライセンス料請求)があるかもしれません。

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