アップルは「角が丸みを帯びた長方形」の特許を取得したのか

ちょっと前になりますが、GIGAZINEが「Appleが『丸みを帯びた長方形のデザイン特許を取得」という記事を載せていろいろなところで話題になっています。(元記事はたぶんこちらで米国でもいろいろなところで議論されています。)

まず、最初に言っておきたいことは、ここで言う「デザイン特許」とは日本でいう「意匠権」に相当するということです。米国の特許制度は、技術的アイデアに関する「特許」(Utility Patent)と工業デザインに関する「特許」(Design Patent)を一緒に扱う制度になっていますが、日本では後者を「意匠」と読んで別に扱っています。

ということで、”Design Patent”を扱っている米国の記事を翻訳する時にはできれば「意匠」と訳していただきたいです(せめて、「デザイン特許(日本では意匠権に相当)」とでもしていただきたいです)。この話、何回も書いているのですがなかなか定着しません。GIGAZINEさんも本ブログの記事にたまにリンク張っていただいていることから、本ブログをチェックされていると思いますので、よろしくお願いします。

さて、この問題のアップルの意匠権ですが、米国特許番号D670286(※頭にDが付いているのはDesign Patentを表わします)で、2010年11月23日に出願されて、2012年11月6日に登録(権利化)されています。その代表図が下図です。

ちょっとわかりにくいのですが破線で示された部分(コネクタやボタン等)は意匠権の範囲外(単なる参考)なので実線部分、すなわち、外周部分だけが意匠権の対象になっています。ということで、「Appleが『丸みを帯びた長方形』のデザイン特許を取得」というのは(言葉使いの問題を除けば)あながち間違っていないことになります。より正確に言うと、意匠権は出願時に指定された物品(この場合はPortable display device)との関係において生じますので「Appleが『丸みを帯びた長方形の携帯情報表示機器の意匠権を取得」と書けば一応は正確かと思います。

なお、余談ですが、この意匠の創作者14名の中にはスティーブ・ジョブズが含まれています。

では、なぜこんなシンプルかつどこにでもありそうな工業デザインが登録されてしまったのか、今後どのような影響があるのか(角の丸いタブレット端末は作れなくなるのか)という点について検討していきましょう。

さて、この登録意匠D670,286ですが、出願番号は29/379,722で、それは出願番号29/354,599の継続出願で、それがまた29/353,307の継続出願になっています。継続出願の出願日が元出願日にまで遡りますので、D670,286の実質的出願日は、2010年1月6日となります(ちなみに初代iPadが発表されたのは2010年1月28日)。

意匠も特許と同様に新規性・進歩性(創作非容易性)がなければ登録されませんので、2010年1月6日の時点でこれと類似の工業デザインが存在していたかがポイントになります。(なお、この既存デザインは別に意匠の出願書類でなくてもよいので、たとえば、雑誌に出ていたデザインと似ていれば登録にはなりません(参考エントリー:「『2001年宇宙の旅』を証拠にSamsungがAppleに反論したのはおかしなことではない」)。

当然ながら米国特許庁の審査では、数多くの書類を検討して、出願日時点で類似したデザインがたぶんなかったのだろうという読みの元に登録査定を出します。どのような先行デザインがチェックされたかはこのサイトで見るとよくわかります。Apple自身の製品を含む多数の製品のデザインとの比較が行なわれた上での審査結果です。しかし、ないことを証明するのは「悪魔の証明」なので必然的に漏れが生じます。また、創作が容易だったかどうかは審査官の主観がどうしても入りますので当然にぶれが生じます。

なお、特許と同様に意匠でも完成された状態の物を先に見てから後付けで考えると(実は今まではなかったものであるのに)当たり前に見えてしまうことがあるので注意が必要です。たとえば、iPadのように縁なし全面ガラスでボタン類、コネクタ類を最小化したミニマリズム的デザインの携帯情報機器は実はあまりなかったのではと思います。

と言いつつ、さすがにこの外周の形状だけで意匠登録されてしまうのはちょっと審査が緩すぎないかという批判は米国の識者の間でもあるようです(私もそう思います)。実際にアップルがこの意匠権に基づいて権利行使したならば、(1)曲線のRまでコピーしたデッドコピー商品でもない限り、対象品と非類似と認定されるか、(2)出願時点で存在していたデザインから容易に創作できたので無効とされるか、(3)画面の標準アスペクト比から形状は必然的に決まり、角が当たると痛いので丸めるのは当然ということから機能的に必然的に決まる形状であって創作性がないので無効とされるか、等の理由により権利行使できない可能性が高いのではないかと思いいます。

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【お知らせ】最近の仕事状況など

最近はコンサルティングや弁理士関連の仕事が増えており、ブログでオープンにできるものが減ってきてますが、それでもこんな感じで露出しています。

□ 10月4日に開催された日経ビジネスオンライン/ NTTコミュニケーションズ主催の『クラウド経営サミット エグゼクティブフォーラム』で基調講演しました。朝8時開始だったのですが、多くのマネージメントの皆様に来ていただきました。(追加:レポート記事が日経ビジネスのサイト日経ITProのサイトに載りました(両方とも中身は同じです))。

□ MacPeople(紙媒体)11月号(坂本龍一が表紙の号)に「アップル対サムスン「知財大戦」の行方」を寄稿しました。なお、2013年1月号の巻頭特集でダウンロード刑事罰化を踏まえた著作権の入門記事を書く予定です(というかもう書きました)。

□ 今出ている(11/19発売)の週刊ダイヤモンドに「ビッグデータ」に関するインタビューが載りました(広告特集ですけどね)。

□ 11/22のTeradataユーザー会総会で講演します(プライベートイベント)。

□ 11/28に開催されるSoftbank Technology Forum 2012でパネル(豪華メンバー)のモデレータをします。こちらは現時点で申し込み受付中。

□ まだ告知されてないみたいなんですが、12/14に開催される日経デザイン主催のセミナー(有料)でAppleのUI特許について講演します。(追加:告知ページができました)。

□ EnterpriseZineに「スタートアップのための知財戦略超入門」を連載中です(1回目2回目)。

□ 割と大物の単行本翻訳(マーケティング関係)案件が進行中、もう少ししたら発表できると思います。

とこういう感じでやっておりますので寄稿・講演関係の案件がありましたらよろしくお願いいたします。

オープンにできないタイプの仕事としては、ITメガトレンド調査報告書作成の支援(ユーザー企業様向け)、ホワイトペーパー作成(ベンダー様向け)、スタートアップ企業投資適格性調査(ベンチャーキャピタル様向け)、特許侵害訴訟の支援(調査)、特許調査・出願代理(ソフトウェア特許専門)/商標出願代理/ライセンス契約書作成のお手伝い(個人から大手企業様まで)、産業翻訳(高付加価値案件のみ)などをやっていますので、こちらの方もよろしくお願いします。

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【小ネタ】加勢大周の商標登録問題はどうなったのか

昨日のCHIKIRIN商標登録に関するエントリーの芸名の商標登録に関する議論対して「『加勢大周』は商標登録されたんじゃないのか」とのツイートがありました。そう言われればそういうこともあったなということで、ちょっと調べてみました。

ひょっとして加勢大周を知らない人がいるのではないかとも思うので簡単に説明しておくと、一昔前のイケメン俳優です。事務所を独立して、家族と新事務所を立ち上げて、元の事務所ともめて(ありがち)、旧事務所の社長が加勢大周を商標登録出願すると共に訴訟によって加勢大周の芸名で活動することを差し止めたという話であります。

さすがにかなり昔の話なので、もう特許電子図書館で検索しても「加勢大周」の商標登録の履歴は見られません。しかし、ネットにある地裁判決の判例評釈を見てみると、裁判で問題になったのは、加勢大周と旧事務所の間の契約の有効性と氏名権という(法文上は規定がないが)判例上確定した権利であって、商標権は直接的には関係なかったようです。そもそも、裁判の時点では「加勢大周」の商標は出願されただけで登録されてなかったようです。

ということで、この事件は芸名を商標登録してその商標権を有効に行使して芸名の使用を禁止できたという事例ではありません(なお、商標が無事登録されるという話と権利行使できるという話はまた別なので念のため)。

ところで、この商標的使用(商品・サービスの識別手段として使われていること)という概念はなかなかややこしいです。結構グレーゾーンもあります(商標的使用か否かが争われた裁判もあります)が、それ以前に概念そのものの理解が難しく、大学で商標を教える時にも学生になかなかわかってもらいにくいポイントではあります。

商標的使用であるかどうかの簡単な判定方法ですが、「XX印の(あるいはXXブランドの)YY」と言っておかしくない場合には、XXは商品(あるいはサービス)YYに対して商標として使用されているとおおよそ判定できます。

たとえば、AKB48が歌っているCDはAKB48印のCDではないですね(強いて言うと(レーベルである)You, Be Cool印のCD、あるいは、キングレコード印のCDです)。なので、ここでのAKB48は商標的使用ではないと判定できます(追加:日本の現在の運用はそうですが、米国等では商標的使用と判定されるようです)。単なる歌い手の表示であって、これは商標権の世界の外の話です(では勝手にAKB48というアーティスト名で他人がCDを出してよいかというとそんなことはなく、不正競争防止法等を根拠に訴えられるでしょう)。

一方、公式グッズとして売られているAKB48という文字が大きく描かれた「ひえひえてぬぐい」は、「AKB48印のてぬぐい」と言えますので、ここではAKB48が商標的に使われています。なので、てぬぐいを指定商品にしてAKB48の商標登録をしていれば商標権に基づいて他人による偽てぬぐいの製造・販売・広告等を排除できます。この場合には、商標登録をしておく意義は大きいと言えます。

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Chikirinを商標登録することにどのような意味があるのか

アルファブロガー(死語?)の「ちきりん」さんの中の人と思われる人物がCHIKIRINを商標登録したことが話題になっています(NAVERまとめ)。※ ところで、書いている内容から見て中の人は普通の主婦ではないと思っていましたがやはりそれなりのバックグラウンドの方でしたね。

さて、このCHIKIRINの商標登録(5521211号)ですが標準文字商標で、以下のような指定役務です。

41類 知識の教授,セミナーの企画・運営又は開催,電子出版物の提供,書籍の制作,教育・文化・娯楽用ビデオの制作(映画・放送番組・広告用のものを除く),放送番組の制作

この商標登録によってどのような効力が得られるのでしょうか?

重要な点はそもそもペンネームは商標ではないという点です。

たとえば、架空の例として「禿げるほどよくわかるシリーズ: 本当は怖いビッグデータ」(ゴンザレス栗原著)(禿山堂出版) という書籍があったとします。ここで、商標に相当し得るのは、シリーズ名「禿げるほどよくわかるシリーズ」と出版社名「禿山堂」だけです。(単発の)書籍タイトル「本当は怖いビッグデータ」と作者ペンネーム「ゴンザレス栗原」は商標ではありません。商標登録できないという意味ではなく、そもそも「商品・サービスの出所を表す標識」という商標の定義に合致していないのです(つまり、書籍を指定商品にして登録したところでその商標権に基づいては他人の使用を排除できません)。

つまり、CHIKIRINの商標登録があったところで、他人がCHIKIRINのペンネームを使って本を出すのを差し止めできるわけではありません(もちろん、業界の仁義的にあり得ないですし、民法の一般不法行為として損害賠償請求はできると思いますが、それは商標登録のあるなしには直接関係ありません)。

もちろん、たとえば、誰かがChikirin出版という会社を作って書籍の制作というサービスを行なうのを差し止めることはできます。

ちきりんさんがどういう意図で商標登録をされたかはわかりません(会社作ってChikirinブランドでいろいろやっていこうということかもしれません)が、商標の機能を理解する上でよい題材だと思いましたのでネタにさせていただきました。

ところで、ペンネームと同様、芸名・アーティスト名もそのままで使っただけでは通常は商標ではありません。もちろん、芸名・アーティスト名を使ったキャラクターグッズの販売は当然に考えられるので、その場合にはたとえばTシャツ等々を指定商品にして商標登録する意味があります(AKB48のとんでもない商標登録についての過去エントリー)。

しかし、現在の特許庁の運用では、CD(録音又は録画済み記録媒体)を指定商品にして芸名・アーティスト名で商標登録出願すると「商品の質を表すだけの商標」という理由で拒絶されてしまうようです(参考文献(PDF))。たとえば、最近のジャニーズ関係の芸名の商標登録出願は「録音又は録画済み記録媒体」の指定商品については拒絶されています(グッズ関係の指定商品については登録されています))。

以前に音楽アーティスト向けの商標セミナーで「アーティスト名の商標登録は偽物キャラクターグッズを防ぐ意味では有効だが、CDやコンサート活動という本来のアーティスト活動するだけであればあまり意味がない」といったような話をした記憶がありますが、実際には拒絶される運用になっていたのでした。(追加:正確に言えば日本の出願に基づいて外国に国際登録出願するケースもあるのでまったく意味がないわけではないです(米国等ではCDを指定商品としてアーティスト名を商標登録出願しても問題ないようです))。

これについては、つい最近、諸外国の運用と違ってちょっと困るので是正して欲しいという要望書(PDF)が弁理士会の商標委員会から特許庁に対して出されていますので、また変わるかもしれません。

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なぜバイアグラの特許は無効になったのか?

Wiredによれば、カナダにおいてファイザーが所有していたバイアグラの特許が無効になったそうです(どちらにしても2014年には期間満了で特許切れになるようですが、ちょっと早めに権利が消滅したことになります。(追加)書き忘れてましたが特許が無効になると通常は最初から権利がなかったことになりますので、侵害訴訟やライセンス契約に影響が出る可能性があります、その点は単なる期間満了とは異なります)。

無効の理由は「記載要件違反」(サポート要件違反)です。これがどういうことなのか簡単に説明します。

今、Enterprisezineに連載中の知財入門記事でもちょっと書いたのですが、特許制度の最も重要なポイントは「アイデアの開示の代償として(一定期間の)独占権を付与する」ことにあります。

アイデア(発明)が公開されることで、世の中の人はこれを改良・回避することで新たな発明をしていき、技術が進化していきます。特許制度がなければほとんどの企業はアイデアがパクられないように秘匿化するでしょう。そうなると、多くの企業が同じような開発作業を密かに行なうことになり、産業全体としては多大な無駄が生まれます。特許制度の目的のひとつはこのような重複開発を防ぐことにあります。

ということで、特許の出願書類において、発明の内容が適切に(業界の一般的技術者がそれを見ればアイデアを実現化できる程度に)記載されていないと、記載要件違反ということで拒絶されます(万一登録されても事後的に無効にされます)。

ファイザーのバイアグラ特許は薬効成分が十分に開示されていないという理由により、カナダ高裁により無効と認定されました。

記載要件の基準は国によって違いがあります。一般に、米国は日本と比べて結構緩めなんですが(実際、米国では同じ理由に基づいた裁判で特許の有効性が認定されているようです)、カナダは厳し目のようです。

ところで、特許制度への反対論、たとえば、「〈反〉知的独占 – 特許と著作権の経済学」などでは特許制度が引き起こした問題がいろいろと書かれていますが、その多くは、米国の特許制度に不備があって開示が十分でなくても独占権を与えるような仕組みになっていたことによるものです。一般に反特許論は、現行の法律の規定の不備への批判にはなっていても、特許制度そのものへの反論にはなってないケースが多いと思います(今の特許制度にまったく問題がないと言っているわけではありません)。

「特許はイノベーションを阻害している」という主張をする場合には「公開の代償としての独占権」という局面も論じることが必須だと思います。

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