ドコモに100億円の損害賠償を請求したユーペイドシステムズ社の特許を調べてみた

MSNに「特許侵害とドコモ提訴 英領バージン諸島の企業」なんてニュースが出てました。

「iモード」などで使われている技術で特許を侵害されたとして、英領バージン諸島に本社がある「ユーペイド システムズ リミテッド」が25日、ドコモに100億円の損害賠償を求める訴訟を東京地裁に起こした。

ということです。100億円という切りのよい数字は何なんだと思いましたが、「1360億円超とする損害のうち一部を請求」ということだそうです。

原告であるUpaid SystemのWebサイトを調べてみると案の定思いっきりNPEでした。しかし、他社から特許権を買うことはせず、自社内の発明家のアイデアを特許化しているそうです。

では、どの特許なのかとIPDLで調べると「ユーペイド」名義で日本に出願されている特許出願は4件あります。すべて2002年の出願の分割出願で1件は拒絶確定、1件はつい最近(14/3/13)に登録査定、残り2件は審査継続中です。しかし、いずれも「1999年に出願され、2004年に登録された特許」という前記ニュース記事と合致していません。

可能性としては、社名が変わったか、M&Aしたかということになります。ユーペイド社の米国やWIPOへの出願を見ていると、発明者はだいたい共通なので発明者の中からカナ表記のぶれの少なそうな”Joyce, Simon James”を選んで「ジョイス サイモン」でIPDLで検索するとそれらしい特許3516339号が出ました(後で気づきましたがこの人がUpaid社のCEOでした)。

出願日は1999/09/14、登録日は2004/01/30(優先日は1998/09/15)、発明の名称は「通信システム」、権利者はInTouch Technologies Ltd.です。GoogleサーチするとこれがUpaid社の旧社名であることがわかりました(住所も英領バージン諸島なので間違いないでしょう)。

最初のクレームは次のようになっています。

【請求項1】
種類の異なる複数のネットワークの外部にある機能拡張されたサービスプラットホームを用い、1以上のネットワークを介して、事前に許可された通信サービスや取引を提供するサービス提供方法であって、
前記機能拡張されたサービスプラットホームにおいて、ユーザから個人識別情報を受信するステップと、
前記個人識別情報を認証するステップと、
前記通信サービス、前記取引及び前記ユーザの口座情報を提供する前記機能拡張されたサービスプラットホームを介し、前記個人認識情報の認証の際に、該通信サービス、該取引及び該ユーザの口座情報のうち少なくとも1つの提供についての要求を、前記ユーザから受け付けるステップと、
前記通信サービス、前記取引又は前記ユーザの口座情報のうち前記ユーザにより要求されたものを該ユーザが受取る権限を有するか、前記個人識別情報と関係付けられた口座が、前記通信サービス又は前記取引のうち前記ユーザにより要求されたものについて十分な支払い能力を有するかを前記機能拡張されたサービスプラットホームを介して検証するステップと、
権限のある前記ユーザに対して、前記通信サービス、前記取引及び前記ユーザの口座情報のうち要求されたものを、前記種類の異なる複数のネットワークの外部にある前記機能拡張されたサービスプラットホームから、該種類の異なる複数のネットワークにおける一以上の交換機又はリモートアクセスサーバをシグナリングにより制御して提供するステップと、
前記通信サービス及び前記取引のうち前記ユーザに提供されたものについて、前記機能拡張されたサービスプラットホームを介して、権限のある前記ユーザの口座に課金するステップと、を含み、
前記機能拡張されたサービスプラットホームは、前記通信サービス、前記取引又は前記ユーザの口座情報を提供するための前記種類の異なる複数のネットワークのそれぞれを制御するよう構成されていることを特徴とするサービス提供方法。

ということで分析するのはちょっと骨が折れそうです。

ところで、前述の発明者にしてUpaid社CEOのSimon Joyce氏の住所はバンコクになっています。他に10人以上も発明者がいますが1名はアメリカ在住で残りはインド在住(インド系の名前です)。また、Upaid社のサイトを見ると他のマネージメントがサンディエゴとベルギーにもいるようです。そして、本社は英領バージン諸島。なんか、こんなことを勝手に調べていると、謎の国際組織から狙われるのではないかとちょっと怖くなってきました(冗談です)。

追記(13/04/26):Simon Joyce氏についてさらに調べてみると(ソース)、タイでSinobrit Advanced TechnologiesというSIerを創業して成功、その前はThorn EMI Internationalという国防関係の情報技術の会社でアジア地区を担当、さらにその前は英国でバロースのセールスマネージャー(このことからそれなりの年齢であることがわかります)ということで、ITの実業で経験を積んだ人のようです。なんとなく、タイのホテルのプールサイドで日光浴しながら電話で世界各国に指令を出す黒幕みたいなイメージを勝手に持ってましたがそういうわけではなさそうですw

さらに、この発明はインドの大手ソフトウェア開発会社であるSatyamのエンジニアが協力したようです(その後の権利売却に関してUpaidとSatyamともめています)(ソース)。この特許の発明者であるインドの人々はSatyamのエンジニアだったということでしょう(UpaidのWebサイトの記載とちょっと食い違ってますが)。

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アップルのバウンスバック特許の無効審判を傍聴してきました

今日は勉強のために特許庁で行なわれていたアップルのバウンスバック特許(第4743919号)の無効審判を傍聴してきました。無効審判とは裁判のようなものですが、裁判所ではなく特許庁の中で行なわれる手続きです。当然ながら、審判請求人はサムスンです。同特許に基づいたアップルによるサムスンに対する侵害訴訟への対抗措置です。つまり、サムスンとアップル(の代理人)が、日本におけるバウンスバック特許の有効性を争う場です。

無効審判の口頭審理は原則公開なので誰でも傍聴できます(特許庁に入館するときに身分証明書が必要なので忘れないよう。また、スーツでないとかなり浮きます)。期日は特許庁のページに載ってます。

審判中は撮影・録音は禁止です。絵心があれば法廷画みたいなものを書きたいのですが、残念ながらそういうスキルはないので、言葉で書くと、テレビのニュースにたまに静止画で映る法廷みたいな感じですが、大理石作りでかなりモダンです。また、大型液晶テレビが2台、さらに各当事者の席の前にディスプレイがあるのが特徴的です。

真ん中に審判官合議体3名と書記官2名、左に請求人(サムスン側)代理人が8名くらい、右に被請求人(アップル側)代理人が8名(1名はアップル本社の役員?)くらいという感じです。真ん中には証人席があります。証人席にはオーバーヘッドカメラがあって、証拠を大型テレビに映写できるようになっています。

前日に特許庁に期日を再確認したときに「今回は結構問い合わせが多いのでぎりぎりに来ると満席で入れない可能性も」と言われていたので約1時間前に行ったらもう並んでました。ただ、臨時席を増やしたようで、最終的には満席になったものの、10分前に来てれば入れたと思います。

口頭審理でも「提出した書類のとおりです」で終わってしまって傍聴人には何が何だかわからないケースもあるようですが、今回は、互いに技術説明(審判長は「パワーポイントによるプレゼン」と言ってました)が行なわれてけっこう興味深かったです。

進行中の審判の資料はネットでは見られない(特許庁で閲覧するしかない)ので、傍聴人としては100%理解できるわけではないのですが、サムスンがアップルの陳述書の矛盾点を突いたり、先行技術を証拠に新規性・進歩性の欠如を主張し、それにアップルが答えるという形です。基本的にアップルはバウンスバックによるユーザー・エクスペリエンス上のメリット(システムが無反応なのとリストの終わりでの違いをユーザーに明確に意識させる点(Overscroll)、ユーザーが今自分がどこにいるかわからない状態(Desert Fog)を避けられる点を顕著な効果として挙げ、従来の技術とは違う点を主張していました。

そして、アップルはHP iPAQ(なつかしいPocket PC機)で実機デモをして、先行技術として挙げられているLaunchTileというアプリケーションとiPhoneの動作の違いを示したりしました。それを見る限りでは、LaunchTileがバウンスバック特許の新規性・進歩性を否定するとは言えないのではないかという印象を私は持ちました。

また、アップル側には(たぶん弁理士・弁護士ではない)アップル本社の(?)米国人が参加していて「バウンスバック特許のプロトタイプを見たスティーブはとても喜んでその後すべての製品に導入することを決めた」みたいな昔語りをしたりしてました。米国の陪審員裁判だとこういうセンチメントに訴える戦略はありだと思うのですが、無効審判だとどうなんでしょうか?よくわかりません。

また、米国の再審査(日本での無効審判)において米国バウンスバック特許の実質無効の根拠になった通称Lira文献(参考エントリー)も証拠として挙げられていました。これも、両者のプレゼンを見る限りでは、新規性を否定する材料になるほど同じなのか? という印象でした。

あくまでも傍聴人として見た個人での印象でしかないのですが、バウンスバック特許は米国で実質無効になる可能性が高いからと言って、日本でも無効になるとは限らないような気がします。先行技術は、構成要件としては似ていますが、バウンスバック特許が解決する課題(先述のOverscrollとDesert Fog回避)に対応しているようには思えないからです。

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【小ネタ】孫社長がグーグルグラス対抗特許を出願?

Gizmodoに「グーグルグラスあやうし? 孫さんがすでに「眼鏡型表示装置」の特許を申請してた」なんて記事が載ってます。

話題になっている特許出願の出願番号は2010-203125です。ただし、出願人発明者はソフトバンクモバイルの社員の方で、出願人はソフトバンクモバイル株式会社なので、孫さんは直接は関係ありません。ゆえに、Gizmodoの記事タイトルの「孫さんが〜」はちょっとミスリーディングです。孫さん自身も何件か自身の発明を特許出願していますが(今、調べたら86件ありました)。この件については当てはまりません。

なお、この特許出願の出願日は2010年9月10日で権利にはなってません(そもそも、出願審査請求が出ていません)。出願審査請求は出願日から3年後(今年の9月10日)までに出せばよいので出願としてはまだ生きてます。

発明の内容は眼鏡型表示装置そのものではなく、顔認識、音声認識、自動翻訳を組み合わせて眼鏡型ディスプレイに表示するというアイデアです(下図は公開公報より引用)。もちろん、こうしたいという願望だけではなく具体的な実装方式も開示されています。これ以上の細かい話は、公報を読み込んでいる時間がないので、また別途。

キャプチャ

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バリューコマースが取得したO2O特許について

InternetWatchの記事「ネット閲覧→リアル来店をNFC携帯端末で追跡、バリューコマースが特許取得」によれば、「ネット閲覧履歴からリアル店舗来店へのトラッキングを可能にする技術」についてバリューコマースが特許を取得したそうです(対応するバリューコマース社プレスリリース)。(下図はプレスリリースより引用。)

O2Oビジネスイメージ図

一見するといわゆるO2Oぽい仕組みです。もちろん、O2Oのビジネスモデルそのものを特許化できたわけでなく、それを実装する情報システムの特定のアイデアを特許化できたということになります。

特許番号は5210707号、発明の名称は「携帯アフィリエイト・トラッキング・システム」です。出願は2008年なのでそれなりに前に出願した特許です(過去エントリー「強力な特許は潮の変わり目を狙え」も参照してください)。まだ特許公報が出ていない(このタイムラグももう少し何とかしてほしいものです)ですが、特許電子図書館システムの審査書類情報照会から包袋情報を見て、公開公報に最後に行なわれた補正を適用することで、最終的に特許公報がどうなるのかがわかります。

最初のクレームは以下のようになっています(権利内容には直接関係ないですがちょっとめずらしいクレームの書き方です、まあこっちの方がわかりやすいと言えばわかりやすいのですが)。

【請求項1】
つぎの事項(11)〜(16)により特定されるコンピューター情報処理の方法。
(11)インターネット上のアフィリエイトサーバーが、利用者の携帯端末、広告媒体サイト、広告主サイト、ICカード読取装置(以下、R/W)と連携して実行するコンピューター情報処理の方法であること
(12)前記R/Wは、広告主指定場所に設置されていて、利用者の携帯端末に搭載された非接触式のICカードと通信可能であること
(13)第1プロセスでは、携帯端末が広告掲載サイトにアクセスして広告バナーをクリックした際、携帯端末を広告主サイトにリダイレクトして広告主サイトから携帯端末に前記広告主指定場所に関する情報を送信させるととともに、前記携帯端末のID(以下、端末ID)を前記広告媒体サイトの識別子と前記広告主サイトの識別子およびアクセス日時と対応づけしたデータを第1プロセス記録として保存すること
(14)第2プロセスでは、前記R/Wが利用者の携帯端末のICカードと通信して当該ICカードのID(以下、カードID)を読み取った際、当該カードIDと当該R/WのID(以下、リーダID)とアクセス日時を対応づけしたデータを第2プロセス記録として保存するとともに、当該カードIDと当該リーダIDをパラメータとして付加してなる特定URLを前記R/Wから前記携帯端末に送信させること
(15)第3プロセスでは、前記特定URLを受信した携帯端末がその特定URLにアクセスした際、当該携帯端末の端末IDを前記カードIDおよび前記リーダIDとともに取得し、これら端末IDとカードIDとリーダIDとアクセス日時を対応づけしたデータを第3プロセス記録として保存すること
(16)第4プロセスでは、第3プロセス記録と第2プロセス記録を照合し、カードIDとリーダIDの組み合わせが一致する記録が存在し、かつ、第3プロセス記録のアクセス日時のほうが新しい場合、その第3プロセス記録を妥当な第3プロセス記録として抽出し、この妥当な第3プロセス記録と第1プロセス記録を照合し、当該第3アクセス記録よりアクセス日時が古くて端末IDが一致する第1プロセス記録が存在する場合、当該端末IDの携帯端末の利用者が当該第1プロセス記録中の広告媒体サイトにて前記広告バナーをクリックした後に前記広告主指定場所に来場したものと判定し、この来場判定に基づいて前記広告媒体サイトに対する広告報酬量を更新すること

一般的には、クレームが長い(構成要素が多い)特許の権利範囲は狭いのですが、この手のビジネスモデル実装型の情報システム特許の場合、必ずしもそうでもなくて上記の(11)〜(15)まではたぶん普通に実装するとこういうやり方にせざるを得ないのであまり関係なくて、ポイントは(16)ということになるような気がします(さらっとしか見ていないので「気がする」レベルです)。

あるO2Oシステムがこの特許権を侵害する(技術的範囲に属する)かの判定には、慎重な検討が必要と思われます。

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『インテンション・エコノミー』とは何なのか?

拙訳『インテンション・エコノミー』4/14の日経朝刊の書評欄で扱われました。「インターネット社会の進展で顧客の情報収集能力が飛躍的に高まり、従来の供給者側からの消費行動分析は通用しなくなるというのが本書の主張だ」と的確にまとめられています。

また、新宿紀伊国屋に行ったら、マーケティング書コーナーで田原総一朗編集の『AKB48の戦略! 秋元康の仕事術』の隣に平積みになってました。

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ありがたいことではあるのですが、この本はいわゆるマーケティング入門書ではなく、すらすら読めてすぐにマーケティングの最新動向がわかりますよというタイプの本ではないのでちょっと心配です。

本書は、現在騒がれているビッグデータやソーシャルの先にあるパラダイム・シフト、そして、それに伴う「ブルーオーシャン市場」について書いています。なので、「さあこうしましょう」という答が書いてあるわけではありません。「こうなるかもしれないけど、さあどうする?」、言わば「答を見つけるための本ではなく、新たな質問を探す」ための本です(この言い回しはTeradata社CTOのStephan Brobstのパクリです)。

インテンション・エコノミーはアテンション・エコノミーのもじりです。アテンション・エコノミーとは顧客の関心(アテンション)が重要な財になっている経済です。顧客の関心を引くために「ビッグデータ」を分析してターゲット広告したり、コンテンツのパーソナライズをしているのが現在の中心的なものの売り方です。先進的なようでいて、売り手が推測作業に基づいて顧客の関心を惹こうとしているという点で基本的なモデルは、過去からあるマスメディアと同じです。

そうではなくて顧客の意図(こういう製品を買いたい、こういうコンテンツならいくら払ってもいい、こういう契約条件ならサービス使ってもいい)を、売り手側にダイレクトに知らせて、それに応えられる企業が顧客に売るというのが『インテンション・エコノミー』の基本的考え方です。

この概念を一枚で表すにはどうしたらよいかと思いましたが、原書は図が結構少なく、適当な代表図がありません。本書の著者Doc Searlsとは直接関係ない独立系コンサルタントのDavid Cushmanという人が、著者のハーバードでの研究成果にインスパイアされてブログに書いた絵がわかりやすかったのでここで引用します。

IntentionEconomy

 

「プライスラインの逆オークションとかセス・ゴーディンの『パーミッション・マーケティング』みたいなもんなんなじゃないのと思われる方もいらっしゃると思いますが、方向性としてはまさにその通りです。ここでのポイントは、それを特定のサービスや特定企業で閉じた世界で行なうのではなく、よりオープンな枠組みで行なうということです(たとえば、コンテンツ配信の世界でRSSが果たしいているような役割です)。そのために、CRMならぬVRM(Vendor Relationship Management)というプラットフォームが提言されています(VRMについては回を改めて詳しく書きます)。

前も書いたように、本書は著者に独特のちょっとペダンティックなスタイルで書かれている(一部、ポエムっぽいところもあります)のでちょっとわかりにくい部分もあります(訳者としてもがんばりましたが、原文からあまりに逸脱した「超訳」をするわかにもいかないので)。ちょっと読みこなすのは骨が折れるかもしれません。(前述の日経の書評でも「米国の事例をもとにしているために理解に時間がかかる」と書いてありますが的確な指摘だと思いますw)。

また、本書では、スティーブ・ジョブズに対する著者の見方や、著者のブロードバンド(通信事業者がコントロールするネット)に対するdisりっぷり等、インテンション・エコノミーとは直接関係ない話も満載です。

というわけで、本ブログで何回かにわけて『インテンション・エコノミー』の解説をしていこうと思います。できれば、本を手許において参照しながら読むとわかりやすいのではないかと思います(ステマです)。

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