ドコモを訴えたユーペイド社の特許公報の中身を読んでみた

ちょっと前に触れた、ドコモに侵害訴訟を提起したUpaid Systems社の問題の特許3516339号の中身をちょっと分析して見ようと思います。

この特許の実効出願日(優先日)は1998年9月15日です。一般論になりますが、出願日(優先日)が1999年以前のネット間連特許は強力なことが多いです。2000年にドットコムバブルが崩壊する時点でネット系のアイデアが一通り出尽くした感がありますが、逆にそれ以前の出願だと「今では当たり前になっているが当時としては新規だった」発明である可能性が高いです。

以前に「強力な特許は潮の変わり目を狙え」なんてエントリーを書きましたが、ネット間連の発明については、2000年がひとつの潮の変わり目と言えるでしょう。

さて、私の場合、英語を翻訳した明細書の場合、日本語で読むより英語で読んだ方がわかりやすいので、この特許の元になっている国際出願の公報(国際公開番号:WO00/016568)から読みました。ただし、クレーム(請求の範囲)については、最終的にどのような権利になるかが各国で違うので日本語で確認するしかありません。

明細書を読んでわかりましたが、本特許の元々のアイデアは、従来型のアナログ電話網上で、交換機をデジタルに買い換えることなく、プリペイドカードを使ってユーザーに様々なサービス(ボイスメール等)を提供することにあったようです。それに、補正を重ねて、かなりの抽象化が加えられています。

では、iモードとの関係においてクレーム1を検討してみましょう(ラベルは栗原による追加)。

(a) 種類の異なる複数のネットワークの外部にある機能拡張されたサービスプラットホームを用い、1以上のネットワークを介して、事前に許可された通信サービスや取引を提供するサービス提供方法であって、
(b)前記機能拡張されたサービスプラットホームにおいて、ユーザから個人識別情報を受信するステップと、
(c)前記個人識別情報を認証するステップと、
(d)前記通信サービス、前記取引及び前記ユーザの口座情報を提供する前記機能拡張されたサービスプラットホームを介し、前記個人認識情報の認証の際に、該通信サービス、該取引及び該ユーザの口座情報のうち少なくとも1つの提供についての要求を、前記ユーザから受け付けるステップと、
(e)前記通信サービス、前記取引又は前記ユーザの口座情報のうち前記ユーザにより要求されたものを該ユーザが受取る権限を有するか、前記個人識別情報と関係付けられた口座が、前記通信サービス又は前記取引のうち前記ユーザにより要求されたものについて十分な支払い能力を有するかを前記機能拡張されたサービスプラットホームを介して検証するステップと、
(f)権限のある前記ユーザに対して、前記通信サービス、前記取引及び前記ユーザの口座情報のうち要求されたものを、前記種類の異なる複数のネットワークの外部にある前記機能拡張されたサービスプラットホームから、該種類の異なる複数のネットワークにおける一以上の交換機又はリモートアクセスサーバをシグナリングにより制御して提供するステップと、
(g)前記通信サービス及び前記取引のうち前記ユーザに提供されたものについて、前記機能拡張されたサービスプラットホームを介して、権限のある前記ユーザの口座に課金するステップと、を含み、
(h)前記機能拡張されたサービスプラットホームは、前記通信サービス、前記取引又は前記ユーザの口座情報を提供するための前記種類の異なる複数のネットワークのそれぞれを制御するよう構成されていることを特徴とするサービス提供方法。

まず、(a)でいう「種類の異なる複数のネットワーク」とは、従属クレームを見るとわかりますが、地上通信回線ネットワーク、無線通信ネットワーク、広域ネットワーク、 グローバル・コンピュータ・ネットワーク、ケーブル・ネットワーク、衛星ネットワークなどです。インターネットだとこの条件は自動的に満足してしまいます。「事前に許可された通信サービス」がiモードに接続サービスに相当するとしているのでしょう。また、「サービスプラットフォーム」((h)で定義されています)は、通信事業者社内の管理システムに相当すると考えられます。

(b)の個人識別情報は元々の明細書では通話カードに書かれたPIN(パスワード)を指していましたがそれが抽象化されています。まあ、たぶん、iモードのパスワードとIDがそれに相当するということなのでしょう。

(c)(d)の認証ステップはやらないわけにはいかないでしょう・

(e)の「十分な支払能力を有するかどうかの検証処理」はどうなんでしょうか?iモード料金はプリペイドではないので関係ない気もします(自分はiモード使ったことないのでわかりませんが、ひょっとしてプリペイド型のサービスもあった?)

(f)明細書をもっと読み込まないと「リモートアクセスサーバをシグナリングにより制御して提供」するという記載の具体的意味がよくわかりませんが、まあ、必須のステップのように思えます。

(g)課金のステップなのでやってないということはないでしょう。

(h)前述のとおり「サービスプラットフォーム」という用語の定義です。

ということで、元々の明細書をここまで抽象化して補正して登録まで持って行ったテクニックはすごいと思いますが、上記の(e)の要件が気になります(プリペイド型のサービスだとひっかかりそうですが)。後は、当然、進歩性、記載要件の議論もあると思いますが、利害関係者でもないのにそんなに時間を使っているわけにもいかないので、このくらいにしておきます。

なんか、大昔にあったインターナショナルサイエンティフィック社の特許の件を思い出してしまいました(なお、この特許は異議申立成立により取消になってます)。ちなみに、同社が今何をやっているのかWebサイトをアクセスしてみたところ、今は「重水素減少水」なるものを売っているようです。

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高い金で買ったMotorolaの特許が無駄になりそうでGoogle涙目(たぶん)

Googleが、2012年に125億ドルという大金でMotorola Mobilityを買収した目的がその特許ポートフォリオの獲得にあったことはLarry Page自身が認めているところです。Motorola Mobilityの特許資産は約24,000件(うち、7,000件は審査中)という数としては厖大なものでした。

この特許ポートフォリオによって、AppleやMicrosoftからの特許攻撃への反撃の武器とするというのがGoogleの思惑だったわけですが、少なくとも現時点ではGoogleにとって残念な状況であると言わざるを得ません。

特に、最近の出来事でGoogleにとってダメージが大きかったのが、Microsoftに対するMotorola由来の標準必須特許(H.264とWiFi関係)に基づいたGoogleの高額なライセンス料要求(年間40億ドル)を認めず、FRAND(公平、合理的、非差別的)なライセンス料として年間180万ドル(機器1台あたり5セント程度)しか認めてくれなかったシアトル連邦地裁の判断です(参照ニュース)。これは、米国の裁判所における標準必須特許のライセンス条件に関する最初の判断であり、今後の同種の判断にも影響を与える可能性が高いです。

FOSS Patentでは「このライセンス料でMotorola買収の元を取るには7,000年かかる」とちょっとシニカルな書き方がされています。FOSS Patentの中の人(Florian Mueller氏)は、OracleとMicrosoftにコンサルティングを提供していたそうなので完全に中立的立場とは言えないですが、Googleの特許戦略のまずさを批判し続けています。GoogleにもAppleにもMicrosoftにもコンサルティングを提供していない(できることならしたいですw)私も、やはりGoogleの特許に対する見方が甘かったというのは同意せざるを得ません。

一般的な考えでは、標準必須特許は重要性が高く、長期的に確実にライセンス収益が見込めるので「良い特許」なのですが、今回のように特定企業(AppleおよびMicrosoft)にプレッシャーをかけるという点では、差し止めも禁止的に高い損害賠償も認められにくいことから有効な武器にするのは難しいです。逆に、1件でも差止めに結びつく強力な(かつ標準必須でない)特許があれば、千金の価値があることになります。

特許資産の価値算定、さらには、一般的に特許戦略というのは難しいものだと思いますが、少なくともAndroidの領域では、社内で独自の技術革新を行なって、それを特許出願しておくという基本を十分に行なってこなかったGoogleが払うツケは大きなものになると思います。

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ドコモに100億円の損害賠償を請求したユーペイドシステムズ社の特許を調べてみた

MSNに「特許侵害とドコモ提訴 英領バージン諸島の企業」なんてニュースが出てました。

「iモード」などで使われている技術で特許を侵害されたとして、英領バージン諸島に本社がある「ユーペイド システムズ リミテッド」が25日、ドコモに100億円の損害賠償を求める訴訟を東京地裁に起こした。

ということです。100億円という切りのよい数字は何なんだと思いましたが、「1360億円超とする損害のうち一部を請求」ということだそうです。

原告であるUpaid SystemのWebサイトを調べてみると案の定思いっきりNPEでした。しかし、他社から特許権を買うことはせず、自社内の発明家のアイデアを特許化しているそうです。

では、どの特許なのかとIPDLで調べると「ユーペイド」名義で日本に出願されている特許出願は4件あります。すべて2002年の出願の分割出願で1件は拒絶確定、1件はつい最近(14/3/13)に登録査定、残り2件は審査継続中です。しかし、いずれも「1999年に出願され、2004年に登録された特許」という前記ニュース記事と合致していません。

可能性としては、社名が変わったか、M&Aしたかということになります。ユーペイド社の米国やWIPOへの出願を見ていると、発明者はだいたい共通なので発明者の中からカナ表記のぶれの少なそうな”Joyce, Simon James”を選んで「ジョイス サイモン」でIPDLで検索するとそれらしい特許3516339号が出ました(後で気づきましたがこの人がUpaid社のCEOでした)。

出願日は1999/09/14、登録日は2004/01/30(優先日は1998/09/15)、発明の名称は「通信システム」、権利者はInTouch Technologies Ltd.です。GoogleサーチするとこれがUpaid社の旧社名であることがわかりました(住所も英領バージン諸島なので間違いないでしょう)。

最初のクレームは次のようになっています。

【請求項1】
種類の異なる複数のネットワークの外部にある機能拡張されたサービスプラットホームを用い、1以上のネットワークを介して、事前に許可された通信サービスや取引を提供するサービス提供方法であって、
前記機能拡張されたサービスプラットホームにおいて、ユーザから個人識別情報を受信するステップと、
前記個人識別情報を認証するステップと、
前記通信サービス、前記取引及び前記ユーザの口座情報を提供する前記機能拡張されたサービスプラットホームを介し、前記個人認識情報の認証の際に、該通信サービス、該取引及び該ユーザの口座情報のうち少なくとも1つの提供についての要求を、前記ユーザから受け付けるステップと、
前記通信サービス、前記取引又は前記ユーザの口座情報のうち前記ユーザにより要求されたものを該ユーザが受取る権限を有するか、前記個人識別情報と関係付けられた口座が、前記通信サービス又は前記取引のうち前記ユーザにより要求されたものについて十分な支払い能力を有するかを前記機能拡張されたサービスプラットホームを介して検証するステップと、
権限のある前記ユーザに対して、前記通信サービス、前記取引及び前記ユーザの口座情報のうち要求されたものを、前記種類の異なる複数のネットワークの外部にある前記機能拡張されたサービスプラットホームから、該種類の異なる複数のネットワークにおける一以上の交換機又はリモートアクセスサーバをシグナリングにより制御して提供するステップと、
前記通信サービス及び前記取引のうち前記ユーザに提供されたものについて、前記機能拡張されたサービスプラットホームを介して、権限のある前記ユーザの口座に課金するステップと、を含み、
前記機能拡張されたサービスプラットホームは、前記通信サービス、前記取引又は前記ユーザの口座情報を提供するための前記種類の異なる複数のネットワークのそれぞれを制御するよう構成されていることを特徴とするサービス提供方法。

ということで分析するのはちょっと骨が折れそうです。

ところで、前述の発明者にしてUpaid社CEOのSimon Joyce氏の住所はバンコクになっています。他に10人以上も発明者がいますが1名はアメリカ在住で残りはインド在住(インド系の名前です)。また、Upaid社のサイトを見ると他のマネージメントがサンディエゴとベルギーにもいるようです。そして、本社は英領バージン諸島。なんか、こんなことを勝手に調べていると、謎の国際組織から狙われるのではないかとちょっと怖くなってきました(冗談です)。

追記(13/04/26):Simon Joyce氏についてさらに調べてみると(ソース)、タイでSinobrit Advanced TechnologiesというSIerを創業して成功、その前はThorn EMI Internationalという国防関係の情報技術の会社でアジア地区を担当、さらにその前は英国でバロースのセールスマネージャー(このことからそれなりの年齢であることがわかります)ということで、ITの実業で経験を積んだ人のようです。なんとなく、タイのホテルのプールサイドで日光浴しながら電話で世界各国に指令を出す黒幕みたいなイメージを勝手に持ってましたがそういうわけではなさそうですw

さらに、この発明はインドの大手ソフトウェア開発会社であるSatyamのエンジニアが協力したようです(その後の権利売却に関してUpaidとSatyamともめています)(ソース)。この特許の発明者であるインドの人々はSatyamのエンジニアだったということでしょう(UpaidのWebサイトの記載とちょっと食い違ってますが)。

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アップルのバウンスバック特許の無効審判を傍聴してきました

今日は勉強のために特許庁で行なわれていたアップルのバウンスバック特許(第4743919号)の無効審判を傍聴してきました。無効審判とは裁判のようなものですが、裁判所ではなく特許庁の中で行なわれる手続きです。当然ながら、審判請求人はサムスンです。同特許に基づいたアップルによるサムスンに対する侵害訴訟への対抗措置です。つまり、サムスンとアップル(の代理人)が、日本におけるバウンスバック特許の有効性を争う場です。

無効審判の口頭審理は原則公開なので誰でも傍聴できます(特許庁に入館するときに身分証明書が必要なので忘れないよう。また、スーツでないとかなり浮きます)。期日は特許庁のページに載ってます。

審判中は撮影・録音は禁止です。絵心があれば法廷画みたいなものを書きたいのですが、残念ながらそういうスキルはないので、言葉で書くと、テレビのニュースにたまに静止画で映る法廷みたいな感じですが、大理石作りでかなりモダンです。また、大型液晶テレビが2台、さらに各当事者の席の前にディスプレイがあるのが特徴的です。

真ん中に審判官合議体3名と書記官2名、左に請求人(サムスン側)代理人が8名くらい、右に被請求人(アップル側)代理人が8名(1名はアップル本社の役員?)くらいという感じです。真ん中には証人席があります。証人席にはオーバーヘッドカメラがあって、証拠を大型テレビに映写できるようになっています。

前日に特許庁に期日を再確認したときに「今回は結構問い合わせが多いのでぎりぎりに来ると満席で入れない可能性も」と言われていたので約1時間前に行ったらもう並んでました。ただ、臨時席を増やしたようで、最終的には満席になったものの、10分前に来てれば入れたと思います。

口頭審理でも「提出した書類のとおりです」で終わってしまって傍聴人には何が何だかわからないケースもあるようですが、今回は、互いに技術説明(審判長は「パワーポイントによるプレゼン」と言ってました)が行なわれてけっこう興味深かったです。

進行中の審判の資料はネットでは見られない(特許庁で閲覧するしかない)ので、傍聴人としては100%理解できるわけではないのですが、サムスンがアップルの陳述書の矛盾点を突いたり、先行技術を証拠に新規性・進歩性の欠如を主張し、それにアップルが答えるという形です。基本的にアップルはバウンスバックによるユーザー・エクスペリエンス上のメリット(システムが無反応なのとリストの終わりでの違いをユーザーに明確に意識させる点(Overscroll)、ユーザーが今自分がどこにいるかわからない状態(Desert Fog)を避けられる点を顕著な効果として挙げ、従来の技術とは違う点を主張していました。

そして、アップルはHP iPAQ(なつかしいPocket PC機)で実機デモをして、先行技術として挙げられているLaunchTileというアプリケーションとiPhoneの動作の違いを示したりしました。それを見る限りでは、LaunchTileがバウンスバック特許の新規性・進歩性を否定するとは言えないのではないかという印象を私は持ちました。

また、アップル側には(たぶん弁理士・弁護士ではない)アップル本社の(?)米国人が参加していて「バウンスバック特許のプロトタイプを見たスティーブはとても喜んでその後すべての製品に導入することを決めた」みたいな昔語りをしたりしてました。米国の陪審員裁判だとこういうセンチメントに訴える戦略はありだと思うのですが、無効審判だとどうなんでしょうか?よくわかりません。

また、米国の再審査(日本での無効審判)において米国バウンスバック特許の実質無効の根拠になった通称Lira文献(参考エントリー)も証拠として挙げられていました。これも、両者のプレゼンを見る限りでは、新規性を否定する材料になるほど同じなのか? という印象でした。

あくまでも傍聴人として見た個人での印象でしかないのですが、バウンスバック特許は米国で実質無効になる可能性が高いからと言って、日本でも無効になるとは限らないような気がします。先行技術は、構成要件としては似ていますが、バウンスバック特許が解決する課題(先述のOverscrollとDesert Fog回避)に対応しているようには思えないからです。

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【小ネタ】孫社長がグーグルグラス対抗特許を出願?

Gizmodoに「グーグルグラスあやうし? 孫さんがすでに「眼鏡型表示装置」の特許を申請してた」なんて記事が載ってます。

話題になっている特許出願の出願番号は2010-203125です。ただし、出願人発明者はソフトバンクモバイルの社員の方で、出願人はソフトバンクモバイル株式会社なので、孫さんは直接は関係ありません。ゆえに、Gizmodoの記事タイトルの「孫さんが〜」はちょっとミスリーディングです。孫さん自身も何件か自身の発明を特許出願していますが(今、調べたら86件ありました)。この件については当てはまりません。

なお、この特許出願の出願日は2010年9月10日で権利にはなってません(そもそも、出願審査請求が出ていません)。出願審査請求は出願日から3年後(今年の9月10日)までに出せばよいので出願としてはまだ生きてます。

発明の内容は眼鏡型表示装置そのものではなく、顔認識、音声認識、自動翻訳を組み合わせて眼鏡型ディスプレイに表示するというアイデアです(下図は公開公報より引用)。もちろん、こうしたいという願望だけではなく具体的な実装方式も開示されています。これ以上の細かい話は、公報を読み込んでいる時間がないので、また別途。

キャプチャ

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