ゆるキャラの知財戦略について

前回は「ゆるキャラ」という言葉自体の商標権の話でしたが、今回は個々のゆるキャラに関する知財をどう管理すべきかについてのお話です。

日本弁理士会が提供する会員専用(要は弁理士のみが受講できる)e-Learingシステムというものがありまして非常に重宝しています(弁理士には一定時間数の継続研修の義務があるのですが教室で受講しなくてもその単位が稼げますので)。最近アップされた「『ゆるキャラ』の創作、保護、活用」という講座(中川裕幸先生担当)を受講してみましたので、そのポイントの一部をご紹介します。

そもそも、なんで「ゆるキャラ」であって「キャラクター」一般の話でないのと思ったのですが、(1) 一般的なキャラクター(たとえば、ウルトラマン、セーラームーン等々)がTV番組(映画の著作物)やマンガ(美術の著作物)の派生物であるのに対して、ゆるキャラはまずキャラクターありきで始まること、(2) ゆるキャラは公募により第三者が創作するケースが多いこと、(3) ゆるきゃらの絵柄はシンプルなことが多いので著作権だけで不正使用に対応することが難しいこと等々、ゆるキャラならではの考慮点があると説明がされていました。

まず著作権についてです。

一般に、他人に著作物の制作を依頼する場合(特に公募の場合)著作権の帰属を明確にしておく必要があります。契約によって、作者から著作権管理者(ゆるキャラの場合は地方自治体であることが多い)に著作権を譲渡すること(ここで、翻案に関する権利も明示的に譲渡しておくことが重要)、クリエイターが著作者人格権(特に同一性保持権)の行使を行なわないこと等を明確にしておくことが不可欠です。

ここで参考にすべき判例として(ゆるキャラではないのですが)「スターボねえちゃん事件」が挙げられていました。スターボ(スターボーではありません)はリモコンで車のエンジンをかけられる商品の名称です。この商品のメーカーが広告代理店にこの商品のパッケージデザインの作成を依頼、広告代理店がデザイン会社に依頼、デザイン会社が個人のイラストレーターにキャラクターデザインを外注というよくある構図です。

そして、契約関係がいいかげんなまま、メーカーがイラストレーターに無断でキャラクターを改変し、別の製品にも展開しました。これに怒ったイラストレーターが著作権と同一性保持権侵害でメーカーを訴えたところ、裁判で敗色濃厚になったメーカ−が賠償金1,200万円を支払って和解。さらに、このメーカーが「おまえが著作権管理をちゃんとしてないからいけないんだ」と広告代理店を訴えたところ、広告代理店に3,000万円の損害賠償支払いが命じられた、というのがおおよそのあらましです。この判決が出た当時の「企業法務戦士の雑感」のエントリーが参考になります。

「ひこにゃん」事件と構図的には似てますが、ひこにゃんではクリエイター側の主張がほとんど認められない状態で和解になったのに対して、スターボ事件ではクリエイター側の主張が裁判で大幅に認められ、結果的にメーカーとクリエイターの間に入った広告代理店がひどい目にあった(著作権解約をちゃんとしてなかったという点では自業自得とも言えますが)という構図になっています。

一般に、企業が個人クリエイターとの契約関係をうやむやにしておくことはよくありますが、法律的にはデフォルトの権利者はクリエイターになるので、著作権契約をうやむやにしておくと不利になるのは企業側(発注側)であるという点は重要です。

次に商標権の話です。

前述の理由(著作権だけでは類似キャラに権利行使しにくい)によりゆるキャラの商標登録は重要です。地域振興のために無料で使ってもらいたい場合でも、パチモノを排除するために商標登録が重要です。

ここで難しいのは、商標登録は商品や役務(サービス)を指定して行なうことになるのですが、「キャラクター」という指定商品はできませんので、菓子類、おもちゃ等々等ゆるキャラを付けて売る商品を指定することになります。指定する区分が増えると商標登録料等の費用も増えるので悩ましいところです。後で商品を追加して再度同じ商標を出願することもできますので、重要度の高い商標から段階的に出願していく戦略もありでしょう。


ここから先はe-Learningの内容から離れますが、著名ゆるキャラの商標登録の状況を調べてみたところ、以下のようになっていました。

くまモン: さすが関連商品年間売上300億円を誇るゆるキャラで、3類(化粧品)、4類(油脂類)、5類(薬剤関係)、9類(コンピュータ関係)、11類(照明器具等)、12類(乗り物関係)、14類(宝飾品)、16類(紙・文房具類)、18類(かばん類)、20類(寝具関係)、21類(化粧品関係)、24類(織物関係)、25(被服類)、26類(リボン等)、27類(マット類)、28類(玩具関係)、29類(動物性加工食品)、30類(植物性加工食品)、31類(花等)、32類(飲料)、33類(酒)、35類(広告等)、36類(金融業)、39類(輸送)、41類(イベント運営等)、42類(デジタル系サービス)、43類(飲食店・旅館等)、44類(美容・医療等)、45類(ファッション情報提供等)とかなり広範な商品・役務が指定されて、標準文字商標と以下の図形商標の両方が登録されています(権利者は熊本県)。

kumamon

バリィさん:ゆるキャラグランプリ2012のトップ得票数のゆるキャラです。9類(携帯ストラップ)、16類(紙類)、24類(タオル類)、25類(タオル地腹巻き)、28類(おもちゃ、人形類)、30類(菓子類)で標準文字商標を押さえてます。今治市のキャラなのでタオル関係は必須でしょうね。権利者は版権管理を行なっている第一印刷という会社です。これに加えて、16類でのみ以下の図形商標を押さえています。

bari

ふなっしー:私も大好きな船橋市の「非公認」ゆるキャラですが、以下のような結合商標(文字+図形)で28類(おもちゃ、ゲーム用品、運動用具等)で出願されています(現在審査中)。一般論なんですが、こういう結合商標で出願すると一出願で文字も図形も一応押さえられる(後願を排除できる)ので便利ではあるのですが、万一、第三者から不使用取消審判を請求された時に、登録商標そのままの文字+図形での使用実績が(3年にわたって一度も)ないと取り消されるリスクがあるので注意が必要です(この出願については代理人の先生が入っているので大丈夫だと思いますが)。

funashee

あと、35類(広告)での公開公報が出ていたのですが、今、IPDLで確認したら情報が消えていました(なぜそうなったのかの事情はよくわかりません)。なお、一般論として言えることですが、仮に広告を指定役務(サービス)として「ふなっしー」の商標登録をしても「ふなっしー」という言葉と図形を広告で使う権利を独占できるわけではありません。「ふなっしー」というブランド名で広告ビジネスを行える権利(つまり、「博報堂」とか「AdWords」とかと同様の意味で「ふなっしー」という名称を使える権利)を独占できるだけなので注意が必要です。

あとついでにこの前タモリ倶楽部に出ていたゆるキャラグランプリ2012のワースト3である、ポピアン、浜寺ローズちゃん、フルル、についても調べてみました(写真は左からポピアン、浜寺ローズちゃん、フルル。ゆるキャラグランプリ2012のサイトから引用しました。)ところで、ワーストオブワーストのポピアンて4票しか入ってないのですが関係者も投票しなかったのでしょうか。

popianrosefururu

いずれも(少なくとも現時点では)商標登録出願はされていないようです。まあ人気が出てキャラクター商品を展開するようになってからでも遅くはないですね。また、余計なお世話ではありますが、浜寺ローズちゃんについては高島屋の登録商標であるローズちゃんとの関係がちょっと気になりました。

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「ゆるキャラ」の商標問題について

今回は「ゆるキャラ」という名称自体の商標についてです。個別のゆるキャラの権利をどう守るかについてのお話はまた別途(これはこれでおもしろいトピックです)。

「ゆるキャラ」という言葉がマンガ家・コラムニストのみうらじゅん氏の発案であることは疑いがないと思います(自分はリアルタイムで見てましたし)(参照Wikipediaエントリー)。しかし、みうら氏が(正確に言えばみうらじゅん事務所が)商標登録をしていたことは最近になり知りました。Wikipediaによれば他人に登録されないための防衛目的だそうです。

現時点で見るとみうらじゅん氏により以下の登録がされています。

  • 16類(文具、紙類等)(扶桑社との共有(写真・写真立てのみみうらじゅん氏が単独所有))
  • 9類(コンピュータ、ゲーム、CD/DVDメディア、携帯ストラップ等)
  • 14類(装飾品、時計、キーホルダー等)
  • 25類(被服類)
  • 28類(ぉもちゃ、人形等)
  • 30類(菓子類)
  • 32類(非アルコール飲料)

マイナビニュースに載っていた週刊ポストの記事によると、「ゆるキャラ」がみうら氏の登録商標であるために、「ゆるキャラ」の名称を避けて「ご当地キャラ総選挙」という名称でイベントを行なったことがあるようですが、少なくとも上記の登録商標の指定商品から見るに「ゆるキャラ」を使った名称のイベントを行なってもみうらじゅん氏の商標権を侵害することはなさそうです。仮に、「イベント運営」で商標登録していても「ゆるキャラ」がサービスの出所である(イベント運営会社のブランド名である)と認識される使い方をしない限り商標権の侵害にはなりません。まあ、みうら氏に敬意を表してとか、後々のトラブルを避けるために念のためということであればわからないではないですが。

さて、これとは別に個人によって35類(広告間連サービス)、41類(イベント運営系サービス等)を指定して「ゆるキャラ」商標が昨年の3月に出願されていますが、いずれも拒絶査定となっています(おそらく、理由は公序良俗違反(4条1項7号)か他人の業務との混同(4条1項15号)ではないかと思います)。審査記録を見ると、刊行物等提供(情報提供)がなされています。おそらく、みうらじゅん氏関係者が拒絶査定に導くために情報提供したものと思われますが、料金(たかだか600円ですが)を払わないと内容が閲覧できないので詳細はわかりません(仮に閲覧しても情報提供は匿名でもできるので誰が提供したかはわからない可能性があります)。

一般的に、他人の業務と紛らわしい商標、著作権を侵害する商標(典型的にはネットで広く使われているアスキーアート等)、一般名詞化してそうな言葉の商標等、登録すべきでない商標登録出願を拒絶に導くためには、特許庁の情報提供制度を利用して、称呼を提出して拒絶とすべきことを主張できます。必ず拒絶にできるわけではないですが、審査官が参考にしてくれます。商標がいったん登録されてから取消・無効するのは時間もお金もかかりますので、登録すべきでない商標登録出願を発見した場合には登録される前に情報提供しておくことが重要です(匿名での情報提供も可能です)。特許庁料金は無料です(弊所の場合、料金5,000円〜で書類作成代理します)。

さらに、これとはまた別に「ゆるキャラまつり」(紙・文房具類、ショー運営等)が個人によって、「ゆるキャラメル」(キャラメル)がナムコによって、「ゆるキャラムネ」(清涼飲料等)が北海道の菓子メーカーによって登録されていますが、もうこれはしょうがない気がします。

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スマホから視聴できる「専用テレビ」は誰得商品なのか?

日経に「NHK・民放番組、スマホでどこでも 専用TV経由」なんて記事が載ってます(最近は日経の記事も信憑性を欠いているので他媒体にも載るまでは信用できないですが)。

要は、ソニー、東芝、パナソニックが年内をめどにテレビ放送をインターネット経由でスマホ、PC、タブレットに転送する「専用TV」を作るという話です。「価格は通常のテレビより最大で数万円高くなる見通し。テレビの買い替え需要が発生する可能性がある」ということで、3Dテレビが(笑)になってしまった現状、テレビの新規需要を喚起するための苦肉の策という感じです。

テクノロジー的に言えばSlingBox内蔵テレビということだと思いますが、テレビ以外のボックスを買ったり設定したりするのは躊躇する層が、スポーツ中継などを通勤時に見たり、国外から日本のテレビを見たりしたいといニーズは多少はあるのかもしれません。

ただ、日経の記事から判断するに録画番組の視聴には対応してないように見えます。もし、そうなら、録画番組の視聴もレコーダーの遠隔操作もできるSlingBoxの方が全然便利ですね。

著作権的にはどうなのかというと、この「専用テレビ」もSlingBoxもPoint-to-Pointの転送なので「公衆送信」にはあたらず著作権を侵害することはありません(ただ、同じことをクラウドサービス経由でやるとアクセスコントロールをしっかりやって他人が見られない仕組みになっていても「公衆送信」とされて著作権侵害と判断される可能性が高いです)。

こんなことするんだったらいっそTV局自身がネット配信すればいいじゃないかという意見もあると思いますが、1) 地デジ電波じゃなくてもいい(むしろネットの方が優れているケースもある)ということが知れわたるとTV局(特に地方局)のビジネスモデルが崩壊する、2)現行の著作権法の解釈ではIPストリーミングは同時再配信の場合も含めて一般に「放送」ではなく「自動公衆送信」(要はYouTubeなどのオンデマンド配信と同じとされている)ので権利処理が一気にややこしくなる(電波放送と同じ放送地域に限定したマルチキャスト方式による同時再配信の場合(主に難視聴地域対策)に限って放送と同様の扱い)という問題があります。

たとえば、放送の場合は原盤権の処理が楽(報酬請求権化されているので後で金だけ払えばよい)ですが、自動公衆送信になると個別の許諾が必要になるので一気に話がややこしくなります。ラジオ番組のIP同時再配信であるradikoも権利処理は結構ややこしいようです(参照Wikipediaエントリー)。

(同時再配信型の)IPストリーミングは「放送」ではなく「自動公衆送信」というのは法文に書いてあるわけではなく文化庁の解釈の問題なので、文化庁が「やっぱりIPストリーミングブロードキャストは放送ということで」と前言を翻していただければ世の中がだいぶ楽になる気がします。

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【連休ネタ】ウィンク操作で写真を撮るGoogle Glassアプリが登場

Google Glassには装着者のまばたきやウィンク操作(さらには、ダブルウィンク等)を検知するコードが入っているようで、それを利用して手の操作なしにウィンク操作だけで写真が撮れるアプリ(その名もWinky)が登場したそうです(参照記事(英文))。(追記:CNET Japanにも載りました)。下の動画は英文記事からの引用です。

気がつかないうちに写真を撮られていてプライバシーの侵害にならないか(これは、グラス系のデバイスによる写真撮影一般に当てはまる問題ですが)、しょっちゅう顔をしかめる癖のある人は誤動作しないかなど、の問題はあると思いますが、この手のナチュラルUI系のアイデアはこれからもどんどん出てくるでしょう。

ところで、特許的にはどうかと調べてみると、少なくとも、ウィンク動作でカメラのシャッターを切るというアイデアが1993年にニコンにより出願されてます(特開H07-191405)ので、このアイデアだけで特許化するのは難しそうです(もちろん、何かプラスアルファのアイデアがあれば別です)。

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新たな業界秩序の形成に水を差すエセ自炊代行業

昨日、「自炊代行」業者が著作権侵害容疑で逮捕されたというニュースが流れました。当初流れたニュースでは、情報が十分でなかったために、本来的な自炊代行行為(顧客が送った本をスキャンし、本は廃棄して、電子化データを返却)によって逮捕されたのか、それとも自炊代行業者がやっていた別件の著作権侵害行為によって逮捕されたのかがはっきりしませんでした。

しかし、ITmedia eBook USERの取材によればどうやら後者であるようです。「大人買い電子化サービス」と銘打ったサービスが実質的には勝手にスキャンしたPDFの販売でしかないと判断されたようです。

確かに、問題となったサイトを見ても、少なくとも「大人買い電子化サービス」というサービスについては自炊でも何でもなく、単にマンガのPDF化されたファイルを結構なお値段で売っているようにしか見えません。また、会員登録特典として「ハンター×ハンター1巻〜10巻までプレゼント中!!」なんて表記もあります。

そもそも、BOOKSCANなどの真の意味での自炊代行業が始まった時には、電子化した後の書籍のオリジナルを廃棄することで権利者には不当な損害を与えないよう配慮している点がポイントになっていました。

法律を厳密に解釈すればこれも違法になってしまいます(私的使用目的複製が認められるためには使用者自身が複製を行なうことが要件のため)。しかし、道義的・社会通念的には許容すべきである(法律の方が現実に合っていない)という意見にも納得できます。

真の意味ので自炊代行(スキャン代行)ビジネスについては、法律改正による合法化(以前に本ブログでも検討しました)、裁判所における法律の「画期的」解釈(たとえば、「代行業者はユーザーの手足として動いているのでユーザーが複製しているのに等しい」という解釈)、権利者へのライセンス料支払による許諾等々、新たな業界秩序を作っていく方向性はあったと思うのですが、このようなエセ「自炊代行業」が水を差す結果になってしまいそうで心配です。

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