モンサントの遺伝子組換え作物とインクジェット・カートリッジの関係について

モンサントの遺伝子組み換え作物の種子に関する特許について重要な判決が米連邦最高裁により下されました(参照記事)。

裁判官らは全員一致で「特許権が設定されている種子を、農家が栽培や収穫を通じて、特許権所有者の許可なく再生産すること」は特許法で認められていないとの判断を下した。

ということだそうです。

モンサントのビジネスの倫理性(さらに、言えば遺伝子組み換え作物自体の倫理性)については、いろいろと議論すべき点があると思いますが、ここでは特許に関するテクニカルな部分についてのみ論じます。

特許制度には特許権の消尽(first sale doctrine)という考え方があります。特許権で保護される商品が一度適正に販売(譲渡)されると特許権はその役目を終えて消えてなくなるという考え方です。消えてなくならないとすると、たとえば、中古車を売るたびに、トヨタ、デンソーその他、数多くのメーカーの特許ライセンスを受けなければならないので常識に反します。

しかし、消尽するのはあくまでも販売(譲渡)に関する権利だけなので、生産の権利は消尽しません。この典型例がインクジェット・プリンタのカートリッジのインク詰め替えです。本来の寿命を全うした製品を再び使えるようにすることは「生産」とみなされ、カートリッジ自体に特許権がある場合には、詰め替える行為、および、再生カートリッジを販売する行為が特許権侵害となります(なお、自分でインクを詰め替える行為は「業として」ではないので特許権侵害にはなりません)。

販売については特許権者は特許の価値に相当する分を価格に含めて対価を得ることができますが、普通の使い方による製品寿命を越えて再生産された分まで対価を事前に得ておくことは非現実的だからです。

今回の米最高裁判決は「販売によって特許権の譲渡に関する部分は消尽するが生産に関する権利は消尽しない」という考え方にしたがって、特許権がある種子を買って転売するのは自由だが、その種子から育った作物の種子を無許諾で得るのは特許権侵害、ということで論理的にはつじつまが合っています(前述のとおり、倫理的な話については別論です)。

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ドコモLTEのブランド戦略について

前回ドコモについて書いたついでに、ちょっと時期を逸した感があるのですが、同社のLTE関連のブランド戦略について書いておきます。

元々、ドコモはLTEサービスの商標としてXi(クロッシィ)という名称を使っていました(mova→FOMAと続いてきた基本通信方式に自社独自の商標を付けるという流れです)。LTEという言葉がテッキーにすぎるので、消費者に親しみやすい名前を付けようという意図もあったと思います(とは言え、Xiという名称が親しみやすいかどうかについては議論の余地がありますが(そもそも読み方がわかりにくいですし))。

しかし、昨年の10月から「docomo LTE Xi」という名称を使うようになりました(参考記事)。Xi=LTEという認識が消費者に定着しないうちに、SBやauが特別の商標を使わずLTEそのまんまの名称を押してきたことにより、消費者から「ドコモにはLTEはないのか?」という本末転倒の疑問が聞かれるようになったことに対する苦肉の対策と思われます(参考NAVERまとめ)。個人的には最初から「docomo LTE」だけにしておいた方がよかったと思います(そう思ってる人は多いでしょう)。

そもそも、業界標準として定着しつつある規格に自社だけ特別の商標を付けて「差別化」するというのはあまり良い戦略とは思えません(Wi-FiやWiMAXに独自ブランドを付けても意味がないのと同じです)。もちろん、業界標準の上位階層に位置する自社独自サービスに独自の商標を付けて登録して保護することは全然アリです。

ブランド戦略や商標戦略に限らず知財戦略一般に言える話ですが、知財戦略を単独で進めても意味はありません。知財戦略はビジネス戦略との整合性があって初めて意味を持ちます。特に商標はそれ自身に価値があるというよりも、商標と結びついたビジネス上の価値こそが商標の価値なので(教科書では「商標に化体した業務上の信用」なんて書き方をされてます)、とりあえずこじゃれた商標を付ければ商標戦略はそれで終わりというものではない点に注意が必要です。

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【週末ネタ】アップルがiPhone販売の見返りにドコモに突きつけた条件とは

ドコモがいよいよiPhoneを販売かという噂(というか日経記事)が出ては消えてで「出す出す詐欺」とも呼ばれる状態になっています。SBやauと比較した契約数ではかなり厳しい状態になっていますし、iPhone販売以外の有効な対抗策もなさそうなので、ドコモもiPhone販売で「そろそろ反撃」しないとかなりまずいことになるように思えます。

これに関連してサイゾー系の媒体Business Journalに「ドコモ、iPhone販売拒む3重の壁…「今年確実」「絶対ない」業界内で割れる見方」なんて記事が載ってました。専門媒体ではないのでまじめに突っ込むのも何なんですが、一点気になることがあったので「週末ネタ」ベースで書いておきます。

記事中ではドコモの元役員の談話として、元々はドコモがiPhoneを独占販売する流れになっていたのに「アップルが突然、法外な要求を突き付けてきたのでドコモは交渉を打ち切り、ソフトバンクが漁夫の利を得る形になった」、そしてその要求が「独占販売権を与える代わりに、NTTの研究所が保有する携帯電話のすべての特許技術を開示せよという、とうてい呑めない要求だった」と書かれています。

特許制度をちょっとでも知っている人であればこれはおかしいと気がつくはずです。特許制度のポイントは技術を公開するかわりに一定期間の独占を与えることにあるので、特許技術は誰にでも開示されています(ネットでも無料で見られるようになっています)。取材者の聞き間違いだと思います。

この点についてもうちょっと調べてみると、昨年の日経の記事によれば、「この”アップルからの条件”については、実は販売台数だけでなく、NTTグループが持つ”特許などの知的財産権をアップルが自由に使えるようにする”」という文言がある」ということだそうです。アップルが要求したのは特許権のライセンスであったと考えた方が自然です。

特許権をライセンスするということは、ライセンス先に対して特許権を行使しないことを約束するのと実質的にほぼ等しいです。つまり、一種の非係争条項と言えます。

特許権に関する非係争条項と言えば、マイクロソフトがOEMメーカーに対してWindowsライセンスの条件として求めていたことが独占禁止法の観点から問題になり、公取委により独禁法違反であるとの判断がなされています(参照記事)。クアルコムもCDMAのライセンスに際して同様の条件を求めていたようであり、米国系メーカーだとありがちなパターンです(参照記事)。

アップルがドコモに対して求めたとされている特許権ライセンスがマイクロソフトがOEMメーカーに求めたのと同等のものかどうかはわかりませんが、少なくとも、日経の記事通りにドコモだけではなく、契約の直接の当事者ではないNTTグループ全体の特許についてまでアップルに行使しないこと(あるいはライセンスすること)を求めていたとしたならば「法外な条件」という点では間違っていないと思います。

アップルとSBやauとの間のiPhone販売契約がどうなっているのかわかりませんが、これらの企業の特許資産の価値ははNTTグループとは比較になりませんので、非係争条項も許容範囲と判断されたのかもしれません(あくまで想像です)。

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ゆるキャラの知財戦略について

前回は「ゆるキャラ」という言葉自体の商標権の話でしたが、今回は個々のゆるキャラに関する知財をどう管理すべきかについてのお話です。

日本弁理士会が提供する会員専用(要は弁理士のみが受講できる)e-Learingシステムというものがありまして非常に重宝しています(弁理士には一定時間数の継続研修の義務があるのですが教室で受講しなくてもその単位が稼げますので)。最近アップされた「『ゆるキャラ』の創作、保護、活用」という講座(中川裕幸先生担当)を受講してみましたので、そのポイントの一部をご紹介します。

そもそも、なんで「ゆるキャラ」であって「キャラクター」一般の話でないのと思ったのですが、(1) 一般的なキャラクター(たとえば、ウルトラマン、セーラームーン等々)がTV番組(映画の著作物)やマンガ(美術の著作物)の派生物であるのに対して、ゆるキャラはまずキャラクターありきで始まること、(2) ゆるキャラは公募により第三者が創作するケースが多いこと、(3) ゆるきゃらの絵柄はシンプルなことが多いので著作権だけで不正使用に対応することが難しいこと等々、ゆるキャラならではの考慮点があると説明がされていました。

まず著作権についてです。

一般に、他人に著作物の制作を依頼する場合(特に公募の場合)著作権の帰属を明確にしておく必要があります。契約によって、作者から著作権管理者(ゆるキャラの場合は地方自治体であることが多い)に著作権を譲渡すること(ここで、翻案に関する権利も明示的に譲渡しておくことが重要)、クリエイターが著作者人格権(特に同一性保持権)の行使を行なわないこと等を明確にしておくことが不可欠です。

ここで参考にすべき判例として(ゆるキャラではないのですが)「スターボねえちゃん事件」が挙げられていました。スターボ(スターボーではありません)はリモコンで車のエンジンをかけられる商品の名称です。この商品のメーカーが広告代理店にこの商品のパッケージデザインの作成を依頼、広告代理店がデザイン会社に依頼、デザイン会社が個人のイラストレーターにキャラクターデザインを外注というよくある構図です。

そして、契約関係がいいかげんなまま、メーカーがイラストレーターに無断でキャラクターを改変し、別の製品にも展開しました。これに怒ったイラストレーターが著作権と同一性保持権侵害でメーカーを訴えたところ、裁判で敗色濃厚になったメーカ−が賠償金1,200万円を支払って和解。さらに、このメーカーが「おまえが著作権管理をちゃんとしてないからいけないんだ」と広告代理店を訴えたところ、広告代理店に3,000万円の損害賠償支払いが命じられた、というのがおおよそのあらましです。この判決が出た当時の「企業法務戦士の雑感」のエントリーが参考になります。

「ひこにゃん」事件と構図的には似てますが、ひこにゃんではクリエイター側の主張がほとんど認められない状態で和解になったのに対して、スターボ事件ではクリエイター側の主張が裁判で大幅に認められ、結果的にメーカーとクリエイターの間に入った広告代理店がひどい目にあった(著作権解約をちゃんとしてなかったという点では自業自得とも言えますが)という構図になっています。

一般に、企業が個人クリエイターとの契約関係をうやむやにしておくことはよくありますが、法律的にはデフォルトの権利者はクリエイターになるので、著作権契約をうやむやにしておくと不利になるのは企業側(発注側)であるという点は重要です。

次に商標権の話です。

前述の理由(著作権だけでは類似キャラに権利行使しにくい)によりゆるキャラの商標登録は重要です。地域振興のために無料で使ってもらいたい場合でも、パチモノを排除するために商標登録が重要です。

ここで難しいのは、商標登録は商品や役務(サービス)を指定して行なうことになるのですが、「キャラクター」という指定商品はできませんので、菓子類、おもちゃ等々等ゆるキャラを付けて売る商品を指定することになります。指定する区分が増えると商標登録料等の費用も増えるので悩ましいところです。後で商品を追加して再度同じ商標を出願することもできますので、重要度の高い商標から段階的に出願していく戦略もありでしょう。


ここから先はe-Learningの内容から離れますが、著名ゆるキャラの商標登録の状況を調べてみたところ、以下のようになっていました。

くまモン: さすが関連商品年間売上300億円を誇るゆるキャラで、3類(化粧品)、4類(油脂類)、5類(薬剤関係)、9類(コンピュータ関係)、11類(照明器具等)、12類(乗り物関係)、14類(宝飾品)、16類(紙・文房具類)、18類(かばん類)、20類(寝具関係)、21類(化粧品関係)、24類(織物関係)、25(被服類)、26類(リボン等)、27類(マット類)、28類(玩具関係)、29類(動物性加工食品)、30類(植物性加工食品)、31類(花等)、32類(飲料)、33類(酒)、35類(広告等)、36類(金融業)、39類(輸送)、41類(イベント運営等)、42類(デジタル系サービス)、43類(飲食店・旅館等)、44類(美容・医療等)、45類(ファッション情報提供等)とかなり広範な商品・役務が指定されて、標準文字商標と以下の図形商標の両方が登録されています(権利者は熊本県)。

kumamon

バリィさん:ゆるキャラグランプリ2012のトップ得票数のゆるキャラです。9類(携帯ストラップ)、16類(紙類)、24類(タオル類)、25類(タオル地腹巻き)、28類(おもちゃ、人形類)、30類(菓子類)で標準文字商標を押さえてます。今治市のキャラなのでタオル関係は必須でしょうね。権利者は版権管理を行なっている第一印刷という会社です。これに加えて、16類でのみ以下の図形商標を押さえています。

bari

ふなっしー:私も大好きな船橋市の「非公認」ゆるキャラですが、以下のような結合商標(文字+図形)で28類(おもちゃ、ゲーム用品、運動用具等)で出願されています(現在審査中)。一般論なんですが、こういう結合商標で出願すると一出願で文字も図形も一応押さえられる(後願を排除できる)ので便利ではあるのですが、万一、第三者から不使用取消審判を請求された時に、登録商標そのままの文字+図形での使用実績が(3年にわたって一度も)ないと取り消されるリスクがあるので注意が必要です(この出願については代理人の先生が入っているので大丈夫だと思いますが)。

funashee

あと、35類(広告)での公開公報が出ていたのですが、今、IPDLで確認したら情報が消えていました(なぜそうなったのかの事情はよくわかりません)。なお、一般論として言えることですが、仮に広告を指定役務(サービス)として「ふなっしー」の商標登録をしても「ふなっしー」という言葉と図形を広告で使う権利を独占できるわけではありません。「ふなっしー」というブランド名で広告ビジネスを行える権利(つまり、「博報堂」とか「AdWords」とかと同様の意味で「ふなっしー」という名称を使える権利)を独占できるだけなので注意が必要です。

あとついでにこの前タモリ倶楽部に出ていたゆるキャラグランプリ2012のワースト3である、ポピアン、浜寺ローズちゃん、フルル、についても調べてみました(写真は左からポピアン、浜寺ローズちゃん、フルル。ゆるキャラグランプリ2012のサイトから引用しました。)ところで、ワーストオブワーストのポピアンて4票しか入ってないのですが関係者も投票しなかったのでしょうか。

popianrosefururu

いずれも(少なくとも現時点では)商標登録出願はされていないようです。まあ人気が出てキャラクター商品を展開するようになってからでも遅くはないですね。また、余計なお世話ではありますが、浜寺ローズちゃんについては高島屋の登録商標であるローズちゃんとの関係がちょっと気になりました。

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「ゆるキャラ」の商標問題について

今回は「ゆるキャラ」という名称自体の商標についてです。個別のゆるキャラの権利をどう守るかについてのお話はまた別途(これはこれでおもしろいトピックです)。

「ゆるキャラ」という言葉がマンガ家・コラムニストのみうらじゅん氏の発案であることは疑いがないと思います(自分はリアルタイムで見てましたし)(参照Wikipediaエントリー)。しかし、みうら氏が(正確に言えばみうらじゅん事務所が)商標登録をしていたことは最近になり知りました。Wikipediaによれば他人に登録されないための防衛目的だそうです。

現時点で見るとみうらじゅん氏により以下の登録がされています。

  • 16類(文具、紙類等)(扶桑社との共有(写真・写真立てのみみうらじゅん氏が単独所有))
  • 9類(コンピュータ、ゲーム、CD/DVDメディア、携帯ストラップ等)
  • 14類(装飾品、時計、キーホルダー等)
  • 25類(被服類)
  • 28類(ぉもちゃ、人形等)
  • 30類(菓子類)
  • 32類(非アルコール飲料)

マイナビニュースに載っていた週刊ポストの記事によると、「ゆるキャラ」がみうら氏の登録商標であるために、「ゆるキャラ」の名称を避けて「ご当地キャラ総選挙」という名称でイベントを行なったことがあるようですが、少なくとも上記の登録商標の指定商品から見るに「ゆるキャラ」を使った名称のイベントを行なってもみうらじゅん氏の商標権を侵害することはなさそうです。仮に、「イベント運営」で商標登録していても「ゆるキャラ」がサービスの出所である(イベント運営会社のブランド名である)と認識される使い方をしない限り商標権の侵害にはなりません。まあ、みうら氏に敬意を表してとか、後々のトラブルを避けるために念のためということであればわからないではないですが。

さて、これとは別に個人によって35類(広告間連サービス)、41類(イベント運営系サービス等)を指定して「ゆるキャラ」商標が昨年の3月に出願されていますが、いずれも拒絶査定となっています(おそらく、理由は公序良俗違反(4条1項7号)か他人の業務との混同(4条1項15号)ではないかと思います)。審査記録を見ると、刊行物等提供(情報提供)がなされています。おそらく、みうらじゅん氏関係者が拒絶査定に導くために情報提供したものと思われますが、料金(たかだか600円ですが)を払わないと内容が閲覧できないので詳細はわかりません(仮に閲覧しても情報提供は匿名でもできるので誰が提供したかはわからない可能性があります)。

一般的に、他人の業務と紛らわしい商標、著作権を侵害する商標(典型的にはネットで広く使われているアスキーアート等)、一般名詞化してそうな言葉の商標等、登録すべきでない商標登録出願を拒絶に導くためには、特許庁の情報提供制度を利用して、称呼を提出して拒絶とすべきことを主張できます。必ず拒絶にできるわけではないですが、審査官が参考にしてくれます。商標がいったん登録されてから取消・無効するのは時間もお金もかかりますので、登録すべきでない商標登録出願を発見した場合には登録される前に情報提供しておくことが重要です(匿名での情報提供も可能です)。特許庁料金は無料です(弊所の場合、料金5,000円〜で書類作成代理します)。

さらに、これとはまた別に「ゆるキャラまつり」(紙・文房具類、ショー運営等)が個人によって、「ゆるキャラメル」(キャラメル)がナムコによって、「ゆるキャラムネ」(清涼飲料等)が北海道の菓子メーカーによって登録されていますが、もうこれはしょうがない気がします。

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