まだ生きているマピオン特許について

日経に「渋谷の街路灯にICタグ300個、サイバーなどが情報配信」なんて記事が載ってます。「サイバーエージェント、シブヤテレビジョン、凸版印刷の3社は、渋谷駅周辺でNFCを使ったO2O(オンライン・ツー・オフライン)型の情報配信サービス”Shibuya Clickable Project”を2013年6月初旬に始める」という内容です。

これに対して国立情報研究所の佐藤一郎教授が以下のようなツイートをされています。

みなさん問題です。なぜサイバーエージェントの位置依存広告サービスに凸版さんも加わっている理由がわかりますか? 理由は日本特許2756483号。(2013年5月24日 – 8:36)

日本特許2756483号の存在すら知らない人や企業は、マジで位置依存サービスには手を出さない方がいい。もっとも国内の位置依存サービスの研究者でも、この特許を知らない人は少なくないわけで、他人事ながら心配になるわけですがね。(2013年5月24日 – 8:41

この特許2756483号こそが日本のビジネスモデル特許の元祖とも言われている「マピオン特許」(大昔にITmediaでやってた自分のブログにも書きました)です。そのクレームは以下のようになっています。

【請求項1】サーバー側からコンピュータネットワークを介して広告情報を供給する広告情報の供給方法において、
広告依頼者の端末に対しては、
広告情報の入力を促す一方、
前記サーバー側に予め記憶された地図情報に基づいて地図を表示して、当該地図上において広告対象物の位置指定を促す段階と、
前記地図上において位置指定された広告対象物の座標を、入力された広告情報と関連づけて前記サーバー側で逐一記憶する段階とを備える一方、
広告受給者の端末に対しては、
前記サーバー側から前記地図情報に基づく地図を表示するとともに、当該地図上の地点であって、記憶された広告対象物の座標に相当する地点に、図象化した当該広告対象物を表示して、所望する広告対象物の選択を促す段階と、
選択された広告対象物に関連づけられた広告情報を前記サーバー側で読み出す段階と、
読み出された広告情報を、前記広告受給者の端末に対して出力する段階とを備えることを特徴とする広告情報の供給方法。

かいつまんで言うと、1)広告主が広告対象物と広告情報を対応づけて入力、2)両者をサーバ上で保存、3)利用者が地図上で広告対象物を選択すると広告を表示、という今では当たり前すぎるくらい当たり前のアイデアです。

これ、よく考えてみると「ビジネスモデル特許」ではなくて、地図情報を使った情報システムの特許ですね(昔はこの辺の言葉の使い方が曖昧でした)。いずれにせよ、かなりシンプル(=強力)な特許なので回避は困難に思えます(ひょっとすると広告情報の入力をインタラクティブではなく自動化されたバッチ方式で行なえば回避できるのかもしれません)。

なお、この特許に対しては2007年に大日本印刷が無効審判を請求し、凸版側が訂正審判を請求して無効を回避しています(上記のクレームは訂正後のクレームです)。事実上、権利範囲をほとんど狭めることなく特許を維持することに成功しています。

この特許は出願日が1995年7月なので再来年には権利が切れます。ライセンス関係がどうなっているかは当事者が開示しない限りわかりませんが、十分に元を取れたのではないかと思います(少なくとも大日本印刷が無効審判を請求したということは何らかの権利行使(ライセンス契約の申出等)があったものと推定されます)。

やはり、ネット上の地図情報サービス、そして、地図情報サービスと広告の組み合わせという考え方がまだそれほど一般化していない1995年というタイミングが重要であったと思います。まさに「潮の変わり目」です。

カテゴリー: 特許 | 1件のコメント

Yahooに会社を30億円で売った高校生プログラマーの特許出願が公開されてます

ちょっと前に「17歳で28億円をゲットしたプログラマーは特許出願をしていた」なんて記事を書きました(円安により28億円→30億円になってますが)。ニュース記事のサマリーを自動作成するソフトウェアを開発し、そのソフトウェアを活用したWebサービスの会社(SUMMLY社)をYahooに買ってもらったロンドン在住の高校生ニック・ダロイシオさんの話です。その記事では、

上記から少なくとも2011年9月1日から2011年12月17日の間に何件かの特許を出願したと推定されます。通常、出願内容は出願日から1.5年後に公開されるので、遅くとも今年の6月頃までには公開されるんじゃないかと思います

と書きましたが、予想通り2012年9月11日に国際出願(PCT)されており、先日(2013/05/10)に国際公開されていました(WO/2013/066497)(IPDLと違って固定リンクが張れて便利ですね)。発明の名称は、METHOD AND APPARATUS FOR AUTOMATICALLY SUMMARIZING THE CONTENTS OF ELECTRONIC DOCUMENTSです。発明者は、ニック・ダロイシオさん以外にもいて、全部で4名。国内移行はまだされてません(国際出願すると優先日から2.5年まで国内移行(各国での実体審査の開始)を待てるのでぎりぎりまで待つことはよくあります)。

発明の内容については、遺伝的プログラミング関係らしいということは分かっているのですが、内容を読み込んで理解し、特許性を判断するのはちょっと骨が折れそうです。

さて、このケースのように権利化を急がずとも、特許出願をしておく意味はいくつかあります。第一に、出願しておくことで、その出願日(正確には優先日)以降に出願された同じアイデアが特許化されるのを防げます(後願排除)。第二に、発明者が出願日にそのアイデアを思いついていたことの一応の証拠になります(アイデアをパクった、パクってないの争いが生じた時に有効です)。もちろん、権利化が必要ない場合には、特許出願せずとも、たとえば学術論文等で発表してしまってもよいのですが、特許出願の場合は1.5年間内容を非公開にしつつ、出願日(優先日)時点での権利を確保できる点がポイントです。

カテゴリー: 特許 | コメントする

ソーシャルゲーム系企業の特許出願状況を調べてみた

前回の記事で、破壊的イノベーターには特許戦略が重要というような話を書きました。ということで、ゲーム業界における破壊的イノベーターと考えられるソーシャルゲーム系企業の特許出願状況(登録件数、公開件数)がどんな感じになっているかを簡単に調べてグラフ化してみました。

なお、特許は出願してから1.5年経たないと公開されない(出願した事実すらも外からはわからない)のでタイムラグがあります。関連会社で特許出願しているケースや、他社から権利を買っているケースもあると思いますが、カウントしていません。社名表記の揺れによるカウント漏れがあるかもしれません。また、発明のカテゴリーがソーシャルゲーム関連以外のものも含めてカウントしています。その他、さくっと作ったので数え間違いがあるかもしれません。おおまかな比較のためのグラフであると考えてください。

image

こうしてみるとDeNAとNHNが突出しているのがわかります(両社はゲーム専業ではないので他ジャンルで出願しているものもの含まれますが)。NHNは韓国本社が特許出願に熱心なようです。サイバーエージェントが1件も出願していないのが不思議です(関連会社経由で出しているのかもしれないですが)。

ステマと言えばステマなんですがw、これからソーシャルゲーム関連分野に参入しようと思っている企業は、既にある特許を調べておくこと、そして、できれば他社と交渉材料にできるレベルの強力な特許を取得しておくことが重要だと思います。

カテゴリー: ソーシャル, 特許 | コメントする

破壊的イノベーションのワークショップを聴講してきました

クレイトン・クリステンセンHBS教授が創立した戦略コンサルティング会社Innosight社のワークショップ(主催は日本のコンサルティング会社INDEE Japan)を受講してきました(クリステンセン教授本人は来てません)。有償のセミナーでしたが会場(キャパ100名強)は満席、事業会社のキーマンとなる方々が多数出席されていたように思えます。

Innosight社というと拙訳『イノベーションへの解 − 実践編』の著者らがパートナーをやっている会社でもあります。今回の講師はこの著者の人たちではなく、COOのKevin R. Bolen氏という人でした。『〜実践編』も、参考書として受講者に配布されたようです(ところで、この本、翻訳してから5年経ちますが最近になって増刷になりました。長く売れるというのは喜ばしいことです)。

image
講師のInnosight社COO Kevin R. Bolen氏と記念撮影(プロジェクタ直撃w、髪の毛ぼさぼさですみませんw)

さて、Innosight社の役割はクリステンセン教授の理論を経営の現場で実践することにあります。収益源にするということもあるでしょうが、理論が現場でどの程度効果的かを検証すると共に、現場の知恵から新たな理論を生み出すというサイクルを回す効果が重要だと思います。他にもたとえばジェフリー・ムーア氏がChasm Instituteというコンサル会社を経営しています。

破壊的イノベーション(disruptive innovation)の概念については改めて説明するまでもないと思いますが、単に「従来の常識を破壊するイノベーション」という緩い意味で使われているケースもあるので、クリステンセン教授が言うところの「破壊的イノベーション」について簡単に説明しておきます。

業界の機能強化競争により、これ以上機能を強化しても顧客が十分に価値を享受してくれなくなったovershooting(「過剰満足」)状態になったときに、機能そのものは必要十分レベルに抑えて、「安い」、「便利」、「使いやすい」などの別のベクトルで攻めてくるプレイヤーが市場を奪うパターンが数多く見られます。これが、破壊的イノベーションです。

たとえば、グラフィック性能の過剰満足状態になっていたゲーム機市場で、グラフィック性能はそこそこだが直感的な操作ができるコントローラーによって破壊的イノベーションを起したのが任天堂のWiiと言えます。さらに、今やWii(というかゲーム専用機市場全体)は、ソーシャルゲームによる破壊的イノベーションで攻め込まれています。

ひさしぶりにこの概念について考えてみて、ちょっと思ったのは破壊的イノベーターと知財管理戦略の関係は重要論点ではないかということです。業界の今までの競争とは違うベクトルで勝負するということは、今までに誰も思いついていないアイデアを活用するということであり、強力な特許を取得できる可能性が高いです。また、破壊的イノベーターが強力な特許を取得しておけば、既存プレーヤーからの反撃に対して圧倒的に強い立場でいられます。実際、任天堂はWiiのコントローラー関連でそれなりの特許を抑えています。

この点をもう少し考察してレポートでも書こうかなと思います(ブログに掲載するにはちょっと長くなるのでKindle100円本にでもしようかなと考えています)。

カテゴリー: 経営戦略, 翻訳 | 1件のコメント

【週末ネタ】「コンテンツ特区」ってこういう意味だったのか

ちょっと前にクールジャパン政策関連で出てきた「コンテンツ特区」なるものにどういう意味があるんだろうかと書きました

基本的に、国(行政)と私人の間ではなく、私人と私人の間の権利関係を定める法律である著作権法を政府が地域別に調整することは難しいですし(もちろん、当事どうしが契約で決めることは可能ですが、それは「特区」とは呼べないでしょう)、そもそもコンテンツ制作では地域的制限なしにいくらでもネットでコラボできるのに地域を限定して何か意味があるのかという点が主な疑問です。

「コンテンツ特区」をキーワードにググってみると、札幌コンテンツ特区なるものが、国の認定を受けたようです。その認定申請書(PDF)を見てみると、以下のようなことが特区の実体のようです。

1)映画ロケをやりやすくすることで観光客を増やす

2)観光客に対応できる通訳の育成を支援する

3)セミナーや国際見本市の開催

これ自体は別に悪いことではないですし、どんどんやれば良いと思うのですが、自分が「コンテンツ特区」からイメージしていたものとはずいぶん違うなと思いました。著作権も二次創作もほとんど関係ありません。

また、京都も同様に「コンテンツ産業特区」の申請を予定しているようですが、主な取り組み例として以下が挙げられています。

  • 太秦メディアパークにおいて、クロスメディア展開による新産業創出を図る共同研究開発拠点として「クロスメディア・クリエイティブセンター(仮称)」を創設するとともに、共同事業の支援を行うリエゾン・オフィスを設置
  • 京都国際マンガミュージアムを核とし、町家等を活用してクリエイター人材育成のためのインキュベート施設を整備するなど、「マンガクラスター」を形成

要は「箱物」系の話に思えます。また、国への提案例として、以下が挙げられています。

  • 拠点内でのデジタル・アーカイブ構築及び利用に限り、著作権のフェアユース実現
  • 運用益活用型のコンテンツ振興基金造成への国の無利子(低利子)融資制度の創設

2番目の項目はまだいいとしても、1番目の著作権のフェアユースについては、国(自治体)と市民の関係ではなく、権利者と利用者という私人間の話なので、勝手に許可できるものではありません。また、仮にフェアユースが実現できたとして、その規定を利用して制作された二次著作コンテンツは京都に行かないと見られないということなんでしょうか?(ネットでどこへでも配信できるのでは「特区」ではないと思います)。

やはり「特区」という考え方そのものが物理的場所の制約を受ける従来型産業を前提としたパラダイムであって、デジタルコンテンツ産業との相性はあまりよくないのではという気がします(「インパク」という言葉が頭に浮かびます)。

カテゴリー: 著作権 | コメントする