佐村河内守事件に関して著作権法上の論点はあるのだろうか?

改めて説明するまでもない佐村河内守ゴーストライター(および全聾偽装疑惑)事件ですが、詐欺や偽計業務妨害、そして契約違反の話は別として、著作権法上どのような問題があるのでしょうか?

まず、著作者人格権である氏名表示権があります。

第十九条 著作者は、その著作物の原作品に、又はその著作物の公衆への提供若しくは提示に際し、その実名若しくは変名を著作者名として表示し、又は著作者名を表示しないこととする権利を有する。その著作物を原著作物とする二次的著作物の公衆への提供又は提示に際しての原著作物の著作者名の表示についても、同様とする。

これは著作者(新垣氏)と佐村河内氏(あるいはレコード会社等)との関係の話であって、CDを買った人やコンサートに来た人には関係ない話です。そして、新垣氏は当初はゴーストライターとなることを了承して金銭も受けていたわけなので氏名表人権の侵害は無理筋だと思います。

そして、121条の著作者名詐称罪があります。

第百二十一条 著作者でない者の実名又は周知の変名を著作者名として表示した著作物の複製物(原著作物の著作者でない者の実名又は周知の変名を原著作物の著作者名として表示した二次的著作物の複製物を含む。)を頒布した者は、一年以下の懲役若しくは百万円以下の罰金に処し、又はこれを併科する。

これは「頒布した者」が刑罰の対象なので、罪になるとすればレコード会社ですが、故意過失の立証は別途必要です(現実問題としては難しいと思います)。なお、この罪は非親告罪です。なお、頒布だけが対象なので、放送や上演は対象になりません。

なお、高橋大輔氏のソチ五輪での楽曲利用ですが、新垣氏がNoと言わない限り問題ないと思われます。JASRACが権利の帰属がはっきりするまで許諾を一時保留するという発表をしているので、杓子定規に考えると日本でのテレビ放送はそこだけ無音にすることになってしまいますが、いくらなんでもそういう運用にはしないでしょう。

ということで、実は著作権法上はあんまり考えることはないのかなという気がします。詐欺や偽計業務妨害については自分は専門外なのでちょっとコメントできませんが、落合洋司先生が「可能性としてはあり得る」とブログに書かれてます

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特許調査:「侵害しないか」と「特許化できるか」は別の話です

特許文献を使った特許調査の目的にもいろいろあります。代表的なものは、以下のとおりです。

1.自分が作ろうとしている製品やシステムが他人の特許権を侵害しないかを確認する(クリアランス)

2.自分の発明が特許化できる可能性があるかを判断する(先行技術調査)

3.他人の特許を無効化できる証拠を探す

4.単に技術動向や特定起業の技術戦略を知る

特に、1(クリアランス)と2(先行技術調査)が混乱されるケースが多い(そして、両者が並行して行なわれることも多い)ので、ここで整理しておきます。

A.どの公報をチェックするか

クリアランスは他人の既存特許権をチェックすることになりますので特許公報(特許掲載公報)を中心にチェックすることになります。公開公報の中で拒絶されたものや審査請求を出さなかったことで強制取り下げになったものは、もう権利化されることはないのでチェックする必要はありません。ただし、まだ審査中の公開公報はいずれ特許化する可能性があるのでチェックが必要です。この時、補正によって権利範囲が変わる可能性があるので注意が必要です。明細書の記載範囲以上の権利になることはありませんが、どう補正するかは読めないことがあるのでやっかいです。なお、日本だけでビジネスを行なうのであれば、日本国内の特許だけを調べれば足ります(海外に輸出したり、ネット関連で本質的に国境がない発明の場合は海外特許(典型的には米国)も調べる必要が生じます)。

出願の進歩性・新規性は(特許文献に限らず)あらゆる公開された文献(マニュアル、学術論文、雑誌記事等)を証拠として否定され得ます。しかし、先行技術調査として、世の中にあるすべての文献をチェックするわけにはいきませんので、特許文献を中心に調査するのは効率的です。最終的に特許になっているかどうかは関係ありませんので、あらゆる公開公報が調査対象になります(なお、早期審査によって公開公報が出ないで特許公報が出ているケースもあるので、特許公報もサーチ対象に含めた方がよいです)。世界中の公開文献が特許性の否定材料になりますので、海外の公開公報も調査対象に含めるべきです(現実には米国が中心になると思いますが)。また、分野によっては、学術論文、製品カタログやマニュアル等もチェックする必要があります。

B. 公報のどこをチェックするか

クリアランスでは、「請求の範囲」(クレーム)を中心にチェックすることになります。明細書の記載にいろいろ書いてあっても権利範囲を決定するのはクレームです(ただし、クレームの解釈において明細書の記載が参酌されることはあるので明細書の記載は間接的には権利範囲に関係してきます)。クレームの内容をすべて実施しなければ特許権を侵害することはありません。たとえば、「記録媒体と入力手段と表示手段を備えた?」という書き方がしてあれば表示手段を備えていない物がその特許権を侵害することは原則としてありません。

先行技術調査は、公開されているあらゆる文献が対象なので、当然ながらクレームだけではなく明細書の記載全部(図を含む)がチェック対象になります。

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他にもいろいろ考慮点はありますが、「自分の製品(サービス)が他人の特許権を侵害しないことを確認する」と「自分の発明がまだ公開されておらず特許化できることを確認する」のは関連してはいますが独立した作業ととらえることが重要です。

弊所では合理的料金でIT分野の特許調査の案件に対応していますのでご関心ある方はお問い合わせください。

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「ビル・ゲイツはMS取締役会から退くべきである」とBusiness Insider

周知のとおり、サトヤ・ナデラがマイクロソフト新CEOになるのに合わせて、ビル・ゲイツが会長職をテクノロジー・アドバイザー(技術顧問)として取締役会に留まるという人事の発表がありました(なお、スティーブ・バルマーも取締役会メンバーに残ります)。

これに関連して、米ウェブメディアのBusieness Insiderが”Kicking Bill Gates Off The Board Is The Best Thing Microsoft Can Do(ビルゲイツを取締役会から外すことがマイクロソフトができる最善の行動だ)”なんて記事を掲載しています。センセーショナルではありますが、傾聴に値するとも思うので簡単にご紹介します。

マイクロソフトは現在の業績的には申し分ないのですが将来の成長機会という観点から言うと課題山積みです。それが、バルマー退任の理由でもありますが、ゲイツも今までに大きなミスを犯してきており、古い思考にとらわれているゲイツが意思決定者の一人として残るのは、新しい思考体系に生まれ変わらなければならないマイクロソフトにとって好ましくないと記事は結論づけています。

ゲイツが取締役会からはずれるべき理由として以下が挙げられています(なぜか、原文記事では連番が4まで行ってまた3に戻ってますが単なる編集ミスと思われます。

  1. ゲイツが成功した世界は何年かに1回ソフトをアップグレードすればよいゆっくり進む世界だった。
  2. ゲイツはインターネットの市場機会をほぼ見逃した。
  3. Bingは成功できていない。
  4. オープンソース革命の機会を見逃しただけではなく、それに敵対した。
  5. モバイル革命を見逃した(バルマーも同罪)。
  6. クラウドにも出遅れた。
  7. バルマーがSurfaceを作るのを許してしまった。
  8. バルマーがSkypeを85億ドルで買うのを許してしまった。
  9. 後追い戦略をやめる必要がある。
  10. 慈善家としてすばらしい活動をしている(慈善家に専念すべき)。

ちょっと繰り返しが多いですが、要はマイクロソフトの後追い型戦略がもう通用しなくなっているということです。市場の先駆者にはならず、先駆者が市場を開拓するのを見てから、後追いで参入し、巨大な資本力で市場を「ハイジャック」する同社の戦略がうまく行っていたのはせいぜいウェブブラウザの時(対NetScape)くらいだったと思います。

この”fast follower”戦略はまさにゲイツのDNAだったと思うので、意思決定におけるゲイツの影響力を減らす必要があるという記事の主張にはうなずけるところがあります。

ところが、実際には、Bllombergの記事によれば、ゲイツの製品戦略への関与はますます大きくなるそうなのでちょっと気になるところです。

個人的には取締役会から追い出せとまでは言いませんが、もう少し名誉職的なポジションに就くべきではないかなと思っています。

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IBMの短縮URL特許が強力すぎる件(そしてその強力な武器はtwitter社の手に!)

IBMがtwitterとクロスライセンス契約を結ぶと共に同社に特許権900件を譲渡したというニュースがありました(IBMのプレスリリース)。

ITmediaの松尾公也さんにご指名受けたので簡単に解説します。

Twitter社のIPOに先だってIBMが3件の特許権に基づき警告していたのが、裁判外で和解という話です。(Apple vs Samsungのように法廷でガチンコになるのは例外的で、当事者納得の上の和解が特許紛争のあるべき解決策です)。

今回、IBMが権利行使しようとした特許は3件ありますが、特に注目すべきがUS6957224 ”Efficient retrieval of uniform resource locators”(効率的なURLの取得)、つまり短縮URLの基本特許です(残りの2件についても時間があったら解説します)。そのクレーム1は以下のようになっています(翻訳は栗原によります)。

1. A method of providing links to remotely located information in a network of remotely connected computers, said method comprising:

a) associating a shorthand link to each of a plurality of uniform resource locators (URLs) by

i) requesting registration of a URL;

ii) selecting an unused key; and

iii) pairing said selected key with said URL as a shorthand link;

b) logging associated shorthand links in a registry database;

c) searching said registry database for a shorthand link associated with an URL responsive to selection of said shorthand link; and

d) for each found said shorthand link, fetching said associated URL.

リモートで接続されたコンピューターのネットワークにおいてリモートに位置する情報へのリンクを提供する方法であって、

a) 以下の方法により複数のURLのそれぞれに短縮リンクを対応づけるステップ、

i) URLの登録を要求するステップ、

ii) 未使用のキーを選択するステップ、および、

iii) 前記選択されたキーと前記URLとを一組にするステップ

b) 対応づけられた短縮リンクをレジストリデータベースにログするステップ、

c) 前記短縮リンクの選択に応じてURLに対応づけられた短縮リンクを前記レジストリデータベース内で検索するステップ、

d) 発見された前記短縮リンクのそれぞれについて対応するURLを取得するステップ

を含む方法。

余計な限定がかかっておらずかなり範囲が広いです。短縮URLのサービスをやろうと思うとこうせざるを得ないのではないかと思います。twitterに限らずあらゆる短縮URLサービスが抵触するのではないかと思います。

この特許の出願日は2000年9月ですが、Wikipediaによると最初の短縮URLサービス登場が2001年なので、そのものずばりの先行技術を探すのも困難そうです。

一般に、権利行使された側から言うと2000年前後に出願された特許は以下の理由によりやっかいです。

1) のドットコムバブルに伴う「アイデアのカンブリア爆発」により、2000年前後には多くのアイデアが公知になりましが、逆に2000年より前の時点では、今では当たり前になっているアイデアが実はまだ生まれていないことが多いです。

2) 多様な情報がウェブに載っている現在とは異なり、2000年以前はまだマニュアルや雑誌などの重要情報が紙で残されていることが多いです。また、当時のウェブページの多くは現在は残っておらずInternet Archive(Wayback Machine)に頼ることになりますが、イメージやJavaScriptはアーカイブされておらず当時のサイトを再現できないことが多いです。その結果、無効にするための証拠を探すのが困難です。

3) 出願日が2000年だと権利は2020年まで続きますので権利切れを待つのも非現実的です。

今回のtwitterとIBM間の契約条件の詳細は公開されていませんが、IBMにとってかなり有利な条件での取引だったのではないかと推測されます。

IBMは今回のような取引を過去にも行なっています。2011年にはGoogleに約1,000件の、2012年にはfacebookに約750件の特許を売却しています(参考記事1参考記事2)。なお、特許権を売却しても通常は逆ライセンス契約を結びますので、IBMが売った特許権でIBMが訴えられるということはありません(IBM自身が特許権者として権利行使できなくなるだけです)。

IBMは世界最大の特許出願数を誇る企業なわけですが、ただ出願・保有しているだけではなく、しっかり「知財で稼いでいる」ということがわかります。

追記:米国特許庁の特許権譲渡データベース(Patent Assignment DB)を見ると既にIBMからtwitterへの特許権譲渡が行なわれているのがわかります。このデータベース、情報が早いのはよいのですが、検索パラメーターを一時点でひとつしか入れられないという極悪仕様なので、”Assigner=IBM AND Assignee=twitter”という検索ができず、譲渡された900件の特許をリストするのは困難です。(追記:twitterで「reel/frameに”032075/0404″で検索できるのでは」との指摘を受けました。五月雨式に譲渡が行なわれてると無理ですが、今回は一括で譲渡されているようでIBMからtwitter社への譲渡特許が943件(短縮URL特許も含む)表示されます(ただし、これですべてかどうかは確実ではありません))。

しかし、特許番号単独でキーにして検索することはできるので、上記の特許6957224号がどうなったかを見てみると何と昨年末にtwitter社に譲渡されてました!IBMとしてはこの特許はtwitter社にライセンスするだけで自社でキープすることもできたのですが、譲渡する道を選んだわけです(権利行使した特許権が譲渡された900件に含まれていたかどうかはプレスリリースからは明らかではありませんでした)。

これが何を意味するかというとtwitter社がこの強力な特許権を使って他の短縮URLサービス事業者に権利行使できるようになったということです(bit.lyさんはご愁傷様です)

なお、IBMがtwitterに権利行使した3件の特許のうちの残りの2件(7072849 ”Method for presenting advertising in an interactive service”、7099862 ”Programmatic discovery of common contacts”)については、IBMはtwitter社に売却せずキープしています。

追記^2: この記事に関する他人のツイートで思い出しましたが、twitter社はIPA(Innovator’s Patent Agreement)という企業と社員間の契約を提唱し、特許権は基本的に防衛目的にのみ使用し、社員の発明に基づく特許権を行使する際には発明者である社員の了承を得るという意図を表明しています。ただし、IPAはあくまでも企業とその社員間の契約なので、今回のように他社から購入した特許権には適用されないと思われます。また、発明者が了承すれば防衛的でない権利行使も可能です。とは言え、twitter社が企業ポリシーとして特許権行使には消極的であるとは言えると思うので、上記の「bit.lyさんご愁傷様」はちょっと言い過ぎだったかもしれません。

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【実務者向け】払わなくてもいい電子化手数料を払いそうになったけどやっぱり払わなくてよかった件

今では特許庁とのやり取りのほとんどはインターネット出願ソフト経由なわけですが、紙で手続きするとスキャンとOCRの手数料として1200円+700円×ページ数というけっこう極悪な電子化手数料を取られます(弁理士に委任せず個人で直接出願される方はご注意ください、商標登録出願でも取られます)。

もちろん委任状提出のように現物の提出が必要な場合はさすがに電子化手数料は取られません。しかし、先日ちょっとした不注意で電子化手数料を請求されてしまいました。

出願Aに国内優先権を主張して出願Bを行なう場合に、出願Aに国内優先権を主張するための特別の授権を意思表示した委任状の提出が必要なのは周知だと思います。加えて出願Bに国内優先権を主張して新たな出願を行なう可能性もないわけではなかったので、出願Aと出願Bに国内優先権主張の委任状を作成して、クライアントに捺印してもらいました。そして、2通の手続補正書と共に特許庁に提出しました。つまり、以下の3書類を提出しました。

委任状(出願Aと出願Bに対する国内優先権主張の授権)
手続補正書1(出願Aに委任状追加)
手続補正書2(出願Bに委任状追加(出願A用に提出した委任状を援用))

そうすると、手続補正書1の方は問題ないのですが、手続補正書2の方に対して電子化手数料1900円(1ページ分)を支払えと言う振り込み用紙が来てしまいました。

要は、委任状追加のための手続補正書はどっちにしろ現物提出が必要なので電子化手数料は不要、しかし提出済みの委任状を援用する手続補正書2の方はインターネット経由でも手続可能なところを敢えて紙で出すのだから電子化手数料を払えというロジックのようです。この点は特許庁のサイトの電子化手数料の納付を必要とする手続一覧の注1にしっかり書いてあります。昔読んで納得してた気はしてたのですがうっかりしてました。

手続補正書2をインターネット出願ソフトで提出する、あるいは、委任状を一緒にしないで出願A用と出願B用に作っておけば電子化手数料は発生しなかったことになります。

勉強代だと思って自腹で払おうと思いましたが(さすがにクライアントには請求できません)よくよく考えてみると仮にこの電子化手数料を払わなくても補正の手続が却下されるだけです(工業所有権に関する手続等の特例に関する法律70条)。したがって電子化手数料は払わないで、別途インターネット出願ソフト経由で手続補正書2を提出すれば問題ありません。まあ、ほめられたやり方ではないかもしれませんが今後気をつけますということで、請求を無視というやり方を取ることにしました(以前の記事でも書きましたが支払い請求が来てるのを意図的に無視するのはちょっと抵抗ありますね)。

追記:念のため特許庁に確認してみました。雰囲気的にはあまりほめられた話ではないがしょうがないですねという感じでした。ただし、支払督促が来て実際に却下になるまでには数ヶ月かかるのでその間は処理が進みませんと言われました。今回は、PCT出願での国内優先権主張の委任状提出であり、国内移行するまでは関係ない話(仮に提出されていなくても追完すればすむ話)だったので、支払わない策を取ることといたしました。また、支払わなかった事実は包袋に履歴が残ってしまいますのでちょっとかっこ悪いというデメリットもあります。

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