ゴーストライターと著作者名詐称罪について

日刊サイゾーに「“知らなかったことにして!”佐村河内守氏“仕掛け人”テレビマンとの共犯関係が暴露される?」なんて記事が載ってます。ゴーストライティング(および全聾偽装)の話は佐村河内氏と新垣氏以外の関係者も知っていてだまし続けていた可能性が高いというお話です。誰もがたぶんそうであろうと予測していたと思います。

この話と、以前に本ブログでも書いた著作者名詐称罪(著作権法121条)の関係はどうなんでしょうか?

第百二十一条 著作者でない者の実名又は周知の変名を著作者名として表示した著作物の複製物(原著作物の著作者でない者の実名又は周知の変名を原著作物の著作者名として表示した二次的著作物の複製物を含む。)を頒布した者は、一年以下の懲役若しくは百万円以下の罰金に処し、又はこれを併科する。

上記記事では、事情を知っていたのはテレビマンということであり、121条の罪の対象は「頒布した者」(放送は対象ではない)なので121条の要件には合致しません(もちろん、詐欺の共犯等の議論は別です)。

仮に出版社あるいはレコード会社の人が事情を知った上で(故意に)CDや書籍を販売(頒布)していたとするならば少なくとも形式的には121条の罪に当たります。

頒布だけが処罰の対象で放送や上演が対象でないことについては「少なくとも今日においては平仄が取れていないと思われる」と中山『著作権法』(p521)でも指摘されています。

とは言え、佐村河内氏の話は全聾偽装その他でスキャンダラスな要素が大盛りなのでこれだけ大騒ぎになっているわけですが、実は書籍や作詞・作曲の世界ではゴーストライティングは日常茶飯事であり、レコード会社や出版社やも事情を知った上でCDや書籍を販売しています。これも形式的には121条の罪に問われることになりますが、ちょっと実情に合わないですね。

作花文雄『詳解著作権法』(第4版)では、

いわゆる代作の場合においては、形式的には本条に該当しても、世人を欺くというような実質的な違法性、反社会性がない場合も少なくないものと解される。

とちょっと奥歯に物が挟まったような書き方がされています。

なお、著作者(この場合では新垣氏)が了承していれば121条の対象にはならないのではという説もあるようです(旧著作権法40条での判例)が、121条の立法目的は世間を欺瞞することを防ぐという公的なもの(ゆえに非親告罪になっています)のでちょっと筋が悪い説だと思います(後で時間が出来たらもう少し調べてみるかもしれません)。

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鉄道遅延・運休情報のオープンデータ化について

土曜日(15日)は大雪で東京の公共共通機関はガタガタだったわけですが、よりによってその日に都心で重要な用事があったので困りました。「乗換案内」で示される最短ルートは運休によりアウト、ちゃんと動いている代替ルートを探す必要があったのですが、そのためには各鉄道会社のウェブサイトの運行情報を見なければなりません(Yahoo!などのポータルに交通情報は集約されていますが微妙にタイムラグがあるので)。

さらに、地下のみの路線は影響を受けにくいであろう、ターミナル駅経由であれば、万一急に運休したときに代替ルートに切り替えやすいであろう、などのヒューリスティクスを駆使して、乗換ルートの候補を考えて何とか無事時間までに目的地にたどり着けました。

しかし、これはよく考えてみるとずいぶん原始的なプロセスです。各路線の遅延情報という生データはあるにもかかわらず、それをまったく有機的に使えていません。

遅延・運休情報の共通データ形式を決めて、それをWebAPI経由で自由にアクセスできるようにすれば、つまり、遅延・運休情報をオープンデータ化すれば、この問題は大きく軽減されるでしょう。「乗換案内」等のアプリがこのオープンデータを使って、遅延・運休情報を加味した最適の路線が検索できるようになります。たとえば、所要時間の期待値が最も短いルート、最悪ケースでも一番早く着ける可能性が高いルート、指定した時間までに着ける中で最も確実性が高いルートなどが検索できるようになるでしょう。大雪の時に限らず有効なはずです。

オープンデータ化に要する労力はそれほどでもないと思いますが、それに対して得られる潜在的メリットはきわめて大きいと思います。

なんて書きつつ調べていたら当然このような動きはあるようです(参照記事:「首都圏の交通13団体がオープンデータの研究会、運行情報など即時発信へ」)。しかし、個別の路線の運行情報がわかっても有用性は限られているわけであり、路線検索アプリとの融合といった方向性に進んでほしいと思います。

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クリープハイプのベスト盤販売問題に見る専属実演家契約の落とし穴

クリープハイプというロックバンドのベスト盤をレコード会社が勝手に販売したことがちょっと問題になっています(参照記事)。

こういう事件は今までもありました。上記記事には宇多田ヒカルの例が載ってますが、それより前にはYMOの事件が有名です(関連フラッシュ)。

これらのケースで具体的にどのような契約が結ばれているのかはわかりませんが、ネットで公開されている専属実演家契約書(レコード会社とアーティストの間の契約書、別名、録音契約)のひな形を見るとだいたい想像がつきます(このひな形は「よくわかる音楽著作権ビジネス」の著者として有名な安藤和宏氏が代表をやっている会社Septima Leyのサイトに載っているものです)。

ここで問題になるのは著作権ではなく、著作隣接権のひとつであるレコード製作者の権利(通称、原盤権)です。著作権は作曲家・作詞家がJARACに信託していますので、特定の利用形態に対してNoということはできません(もちろん、JASRACとの信託契約を解除することもできますが、そうするとJASRACからの著作権利用料がいっさい得られなくなりますので非現実的です)。

上記のひな形契約書によれば、原盤権も含め一切の権利を甲(アーティスト)は乙(レコード会社)に譲渡することになります。なので、アーティスト側はいったんレコーディングされた楽曲の利用についてはコントロールできません。

第3条(権利の帰属)
1. 乙は甲に対し、本件原盤に係る乙の実演についての著作権法上の一切の権利(著作隣接権、二次使用料請求権、貸与報酬請求権、私的録音録画補償金請求権を含みます)を地域、期間、範囲の何等制限なく独占的に譲渡します。

ただし、どういうCDを発売するか等は、アーティストとレコード会社が協議の上決めることになっています。

3.レコード、ビデオおよび音楽配信の種類、価格、発売日、販売方法その他一切の事項については、甲乙が協議の上、決定するものとします。ただし、レコードおよびビデオの数量については、甲乙が協議の上、甲が決定するものとします。

さらに、アーティスト側にとってちょっと厳しい条件は以下です。

第12条(保証)

3. 本契約終了後 3 年間は、乙は、本契約に基づいて実演した著作物と同一の著作物について、甲以外の第三者が行うレコーディングのための実演を行わないものとします。

同じ曲でもレコーディングをしなおせば原盤権は新たに生じますので、原盤権を自分で持つなり、別のレコーディング会社に渡すなりすればよいのですが、それはこの契約終了後の3年以内はできないという条件です。

クリープハイプのケースでは、「ベスト盤は、タイトル、収録曲、アートワーク、発売日、特典すべてをレコード会社が一方的に決め、メンバーにも事務所にも一切連絡がなかった」そうなので、もし上記の協議義務が契約書に書いてあれば、契約違反に問える可能性はあると思います(もちろん、あくまでもひな形の条項をベースに議論してますので、実際の契約書に書いてあるかどうかはわかりません)。

これだけ見るとずいぶんアーティストが不利なように見えますが、レコード会社は投資をして金銭的リスクを負う立場である点も考慮する必要があります。

さらに重要な点はこれはアーティストも納得の上で合意した条件であるということです。民法の大原則、契約自由の原則がある以上、納得の上合意した条件に従わなければいけないのは当然です。

企業の労使契約のように契約自由の原則だけに任せておくと一方が圧倒的に不利になってしまう場合は別ですが、音楽アーティストの場合はいくらでも選択肢があるわけなので、契約条件(特に、著作隣接権を全部譲渡する件と再レコーディングの3年間禁止の件)が気に入らなければ、再交渉するなり、もっと良い契約条件を提示してくれるレコード会社(典型的にはインディーズ)を探すなり、自費制作するなりすればよい話です。

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【保存版】競合他社が特許について発表したらどうしたらよいのか?

たまに「当社はxxxに関する特許を出願(あるいは取得)しました」というプレスリリースを行なう会社があります。特許を出願・取得したことを発表しなければいけない義務はありませんが、権利の取得あるいはその可能性について世の中に広く知らせるのは特許制度の目的にもかなっています(特許法には自社の特許を使用している製品にはその番号の表示を行なうべきという訓示規定があります)。

こういう発表があると、将来的に差し止めや損害賠償請求等の権利行使を受けるリスクを負う競合他社はやっかいな立場に置かれます(とは言え、いきなり権利行使されるよりも、事前に発表してくれるのはありがたいとも言えます。)

以下、パターン別に競合他社の立場から取り得る対策についてまとめてみます。

パターン1.特許出願したという事実のみの発表(出願番号なし)

ある分野で特許出願したという事実だけが発表されて出願番号も示されていないケースです。特許出願の内容は原則的に出願日から1.5年経たないと公開されないので、発表段階では特許の具体的中味はまったくわかりません。さらに、比較的狭い範囲の発明でも発表では「xxx分野の基本発明」などと”盛る”ことがあり得るので注意が必要です。

この場合は、IPDL(特許電子図書館)の「特許・実用新案検索」→「公報テキスト検索」から出願人をキーにして当該出願が公開されるのをウォッチする必要が生じます。なお、優先権が主張されていると(実際の出願日ではなく)優先日から1.5年後に公開されるので、発表から1.5年待つことなく月1回くらいはチェックした方がよいと思います。また、早期審査が請求されていると出願公開前に登録されてしまうこともあるので、公開公報だけでなく、特許公報もチェックした方がよいです。

出願が公開されるまでは何もなすすべがないかというと、出願を発表した会社の過去出願、および、その後販売されたサービスや製品からある程度ヒントをつかめることもあります。

また、当該特許の出願日(または優先日)前から、自社で実施していた証拠があれば先使用権を主張し、特許権の行使に対抗できますので、そのような内部資料を日付を証明できる形で用意しておくことも重要です。

出願が公開された後もやっかいな状況は続きます。まだ権利として確定していないからです。通常は出願された時点のクレームに補正がかかってそれより狭い範囲で登録されるのですが、そのまま登録されてしまうこともありますし、場合によっては全然違う範囲で登録されることもあり得ます。もちろん、拒絶されて権利化できない可能性も十分にあります。とは言え、少なくとも明細書に書いてなかったことが後から補正で追加されることはないですし、出願前に公知になっている発明が特許化されることはないので、権利範囲の上限は予測が付きます。

出願が公開された後は、情報提供制度を利用できます。第三者が特許の新規性・進歩性を否定する証拠資料を特許庁に提出できる制度です。いわば特許化を阻止したい人が審査官のお手伝いをすることができるわけです。

ただし、情報提供制度にも考慮点があります。情報提供をすると出願人側にも通知が行きますので出願人はこの特許が権利化すると困る人がいるのだなとわかることになります。また、情報提供は匿名でできますが、内容によっては、誰が情報提供しているのか(特許が権利化されると困るのは誰か)がバレバレのケースもあるでしょう。

出願公開された後は、IPDLの「経過情報照会」→「番号照会」から審査状況を確認できます。出願審査請求が行なわれていないと実体審査は始まらない点に注意ください。なお、公開公報に書いてある【出願審査請求】の欄は公開された時点で出願審査が行なわれていたかどうかを示すスタティックな情報なので、今の情報を知るために、IPDLの経過情報照会を行なうことが必要です。

登録された後の対応はパターン4に準じます。

パターン2.出願したことの発表(出願番号あり)

これは、基本的にパターン1と同じですが、公開公報のウォッチがちょっと楽になります。IPDLのIPDLでIPDLで「経過情報照会」→「番号照会」から出願番号を入れれば公開された時点で情報が見られるようになります(それまではエラーになります)。

パターン3.公開されたことの発表

前述のとおり出願の内容は出願日(または優先日)から1.5年後に自動的(強制的に)公開されます。企業が自分で公開されましたと発表することはあまりないと思いますが、メディアが独自に調査を行なって、こういった特許が出願されていたことがわかりましたと報道することはあり得ます。

対策としてはパターン1の出願公開された後と同じです。

パターン4.登録されたことの発表

この場合は権利範囲が確定していますので特許公報のクレームの内容を見て自社の製品やサービスが侵害しないかをチェックすることになります。ほとんどの特許事務所は(もちろん弊所でも)このような鑑定サービスを提供しています。

特許登録になってすぐ発表された場合には、まだ特許公報が発行されていないこともあります。この場合には、裏技としてIPDLで「特許・実用新案検索」→「審査書類情報照会」で検索すると、最終的な補正の内容がわかりますので、公開公報との差分を取れば特許公報の内容がわかります。

なお、早期審査が請求された場合等では出願公開前に特許登録されてしまうことがあります。以前の茂木経産大臣の特許に関するエントリーで書きましたがこの場合には特許の内容を見られるようになるまで数ヶ月を要します。権利は発生しているのにその中味は見られないということでちょっと困った状況です。

鑑定の結果、自社の製品やサービスが特許権を侵害しそうだということになると、1)設計変更による侵害回避、2)事業撤退、3)無効審判請求、4)ライセンス・譲渡交渉などの対応が必要になります。

無効審判はこちらから仕掛けることもありますが、無効にするための証拠資料だけを用意しておいて先方から権利行使された場合に反撃として無効審判請求というケースが多いと思います。

なお、競合他社が特許を登録した場合には、同じ親出願から派生した分割出願がないかに注目することも重要です。真に画期的な発明であれば、ひとつの出願を複数に分割して補正し、それぞれで権利化することもあります。特に、平成18年の改正で登録査定になってからも分割出願ができるようになったので、出願人側としては様々なクレームのバリエーションで攻めることができるようになった反面、競合他社にとっては悩ましさがいっそう増したことになります(以前書いたアップル対個人発明家の侵害訴訟でも、iPodのホイールが侵害するように狙って分割出願を補正するという戦略が取られたようです)。

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佐村河内守事件に関して著作権法上の論点はあるのだろうか?(続き)

先日のエントリーの続きです。ネット掲示板での議論や他の人のブログを見ていろいろ考えた上での追記です。

まず、新垣氏が作曲した楽曲が佐村河内氏と新垣氏の共同著作物、あるいは、佐村河内氏の著作物の二次著作物にあたるのではという議論があります。佐村河内氏が口ずさんだモチーフを展開して楽曲に仕上げるとかであれば別ですが、例の指示書だけで、新垣氏との共同著作、あるいは、音楽の二次著作物の原著作物とするのは厳しいと思います。

佐村河内氏を使用者等、新垣氏を従業者等とする職務著作ではないかという論点もあります(職務著作だとするならば佐村河内氏が著作者(かつ著作権者)になります)。法文上は使用者は「法人等」となっており、法人には限定されず、たとえば、個人事業者であってもよいのですが、雇用関係がまったくない請負であれば職務著作にはあたらないとするのが多数説(たとえば、中山『著作権法』p179)なので、この解釈も厳しいと思います。

壇俊光先生のブログエントリーでは、私も触れた121条に加えて、著作権の存続期間(職者の死後50年まで)(このポイントはちょっと忘れてました)、および、著作者人格権(著作者の名誉声望の毀損によるみなし侵害)なんて論点も挙げられています。また、佐村河内氏とJASRACの間の信託契約の有効性なんて論点もあります。

ということで、著作権法上の問題がまったくないというわけではないですが、この事件はやはり詐欺や契約違反(そしてもちろん道義的な問題)として論ずべき事件であると思います。

ところで先日のエントリーで、

なお、高橋大輔氏のソチ五輪での楽曲利用ですが、新垣氏がNoと言わない限り問題ないと思われます。

と書きましたが、ゴーストライティングの合意により新垣氏の著作権は佐村河内氏に譲渡されていると思われる(合意の上で作曲し、報酬をもらって、その後しばらくは特に文句を言っていない)ので、新垣氏が楽曲の利用をOKしたり、NGにしたり、あるいは、著作権放棄というのはあまり意味がないことになります(もちろん、法律とは関係なしに個人の気持ちとしていうのは話が別ですが)。

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