クリープハイプのベスト盤販売問題に見る専属実演家契約の落とし穴

クリープハイプというロックバンドのベスト盤をレコード会社が勝手に販売したことがちょっと問題になっています(参照記事)。

こういう事件は今までもありました。上記記事には宇多田ヒカルの例が載ってますが、それより前にはYMOの事件が有名です(関連フラッシュ)。

これらのケースで具体的にどのような契約が結ばれているのかはわかりませんが、ネットで公開されている専属実演家契約書(レコード会社とアーティストの間の契約書、別名、録音契約)のひな形を見るとだいたい想像がつきます(このひな形は「よくわかる音楽著作権ビジネス」の著者として有名な安藤和宏氏が代表をやっている会社Septima Leyのサイトに載っているものです)。

ここで問題になるのは著作権ではなく、著作隣接権のひとつであるレコード製作者の権利(通称、原盤権)です。著作権は作曲家・作詞家がJARACに信託していますので、特定の利用形態に対してNoということはできません(もちろん、JASRACとの信託契約を解除することもできますが、そうするとJASRACからの著作権利用料がいっさい得られなくなりますので非現実的です)。

上記のひな形契約書によれば、原盤権も含め一切の権利を甲(アーティスト)は乙(レコード会社)に譲渡することになります。なので、アーティスト側はいったんレコーディングされた楽曲の利用についてはコントロールできません。

第3条(権利の帰属)
1. 乙は甲に対し、本件原盤に係る乙の実演についての著作権法上の一切の権利(著作隣接権、二次使用料請求権、貸与報酬請求権、私的録音録画補償金請求権を含みます)を地域、期間、範囲の何等制限なく独占的に譲渡します。

ただし、どういうCDを発売するか等は、アーティストとレコード会社が協議の上決めることになっています。

3.レコード、ビデオおよび音楽配信の種類、価格、発売日、販売方法その他一切の事項については、甲乙が協議の上、決定するものとします。ただし、レコードおよびビデオの数量については、甲乙が協議の上、甲が決定するものとします。

さらに、アーティスト側にとってちょっと厳しい条件は以下です。

第12条(保証)

3. 本契約終了後 3 年間は、乙は、本契約に基づいて実演した著作物と同一の著作物について、甲以外の第三者が行うレコーディングのための実演を行わないものとします。

同じ曲でもレコーディングをしなおせば原盤権は新たに生じますので、原盤権を自分で持つなり、別のレコーディング会社に渡すなりすればよいのですが、それはこの契約終了後の3年以内はできないという条件です。

クリープハイプのケースでは、「ベスト盤は、タイトル、収録曲、アートワーク、発売日、特典すべてをレコード会社が一方的に決め、メンバーにも事務所にも一切連絡がなかった」そうなので、もし上記の協議義務が契約書に書いてあれば、契約違反に問える可能性はあると思います(もちろん、あくまでもひな形の条項をベースに議論してますので、実際の契約書に書いてあるかどうかはわかりません)。

これだけ見るとずいぶんアーティストが不利なように見えますが、レコード会社は投資をして金銭的リスクを負う立場である点も考慮する必要があります。

さらに重要な点はこれはアーティストも納得の上で合意した条件であるということです。民法の大原則、契約自由の原則がある以上、納得の上合意した条件に従わなければいけないのは当然です。

企業の労使契約のように契約自由の原則だけに任せておくと一方が圧倒的に不利になってしまう場合は別ですが、音楽アーティストの場合はいくらでも選択肢があるわけなので、契約条件(特に、著作隣接権を全部譲渡する件と再レコーディングの3年間禁止の件)が気に入らなければ、再交渉するなり、もっと良い契約条件を提示してくれるレコード会社(典型的にはインディーズ)を探すなり、自費制作するなりすればよい話です。

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【保存版】競合他社が特許について発表したらどうしたらよいのか?

たまに「当社はxxxに関する特許を出願(あるいは取得)しました」というプレスリリースを行なう会社があります。特許を出願・取得したことを発表しなければいけない義務はありませんが、権利の取得あるいはその可能性について世の中に広く知らせるのは特許制度の目的にもかなっています(特許法には自社の特許を使用している製品にはその番号の表示を行なうべきという訓示規定があります)。

こういう発表があると、将来的に差し止めや損害賠償請求等の権利行使を受けるリスクを負う競合他社はやっかいな立場に置かれます(とは言え、いきなり権利行使されるよりも、事前に発表してくれるのはありがたいとも言えます。)

以下、パターン別に競合他社の立場から取り得る対策についてまとめてみます。

パターン1.特許出願したという事実のみの発表(出願番号なし)

ある分野で特許出願したという事実だけが発表されて出願番号も示されていないケースです。特許出願の内容は原則的に出願日から1.5年経たないと公開されないので、発表段階では特許の具体的中味はまったくわかりません。さらに、比較的狭い範囲の発明でも発表では「xxx分野の基本発明」などと”盛る”ことがあり得るので注意が必要です。

この場合は、IPDL(特許電子図書館)の「特許・実用新案検索」→「公報テキスト検索」から出願人をキーにして当該出願が公開されるのをウォッチする必要が生じます。なお、優先権が主張されていると(実際の出願日ではなく)優先日から1.5年後に公開されるので、発表から1.5年待つことなく月1回くらいはチェックした方がよいと思います。また、早期審査が請求されていると出願公開前に登録されてしまうこともあるので、公開公報だけでなく、特許公報もチェックした方がよいです。

出願が公開されるまでは何もなすすべがないかというと、出願を発表した会社の過去出願、および、その後販売されたサービスや製品からある程度ヒントをつかめることもあります。

また、当該特許の出願日(または優先日)前から、自社で実施していた証拠があれば先使用権を主張し、特許権の行使に対抗できますので、そのような内部資料を日付を証明できる形で用意しておくことも重要です。

出願が公開された後もやっかいな状況は続きます。まだ権利として確定していないからです。通常は出願された時点のクレームに補正がかかってそれより狭い範囲で登録されるのですが、そのまま登録されてしまうこともありますし、場合によっては全然違う範囲で登録されることもあり得ます。もちろん、拒絶されて権利化できない可能性も十分にあります。とは言え、少なくとも明細書に書いてなかったことが後から補正で追加されることはないですし、出願前に公知になっている発明が特許化されることはないので、権利範囲の上限は予測が付きます。

出願が公開された後は、情報提供制度を利用できます。第三者が特許の新規性・進歩性を否定する証拠資料を特許庁に提出できる制度です。いわば特許化を阻止したい人が審査官のお手伝いをすることができるわけです。

ただし、情報提供制度にも考慮点があります。情報提供をすると出願人側にも通知が行きますので出願人はこの特許が権利化すると困る人がいるのだなとわかることになります。また、情報提供は匿名でできますが、内容によっては、誰が情報提供しているのか(特許が権利化されると困るのは誰か)がバレバレのケースもあるでしょう。

出願公開された後は、IPDLの「経過情報照会」→「番号照会」から審査状況を確認できます。出願審査請求が行なわれていないと実体審査は始まらない点に注意ください。なお、公開公報に書いてある【出願審査請求】の欄は公開された時点で出願審査が行なわれていたかどうかを示すスタティックな情報なので、今の情報を知るために、IPDLの経過情報照会を行なうことが必要です。

登録された後の対応はパターン4に準じます。

パターン2.出願したことの発表(出願番号あり)

これは、基本的にパターン1と同じですが、公開公報のウォッチがちょっと楽になります。IPDLのIPDLでIPDLで「経過情報照会」→「番号照会」から出願番号を入れれば公開された時点で情報が見られるようになります(それまではエラーになります)。

パターン3.公開されたことの発表

前述のとおり出願の内容は出願日(または優先日)から1.5年後に自動的(強制的に)公開されます。企業が自分で公開されましたと発表することはあまりないと思いますが、メディアが独自に調査を行なって、こういった特許が出願されていたことがわかりましたと報道することはあり得ます。

対策としてはパターン1の出願公開された後と同じです。

パターン4.登録されたことの発表

この場合は権利範囲が確定していますので特許公報のクレームの内容を見て自社の製品やサービスが侵害しないかをチェックすることになります。ほとんどの特許事務所は(もちろん弊所でも)このような鑑定サービスを提供しています。

特許登録になってすぐ発表された場合には、まだ特許公報が発行されていないこともあります。この場合には、裏技としてIPDLで「特許・実用新案検索」→「審査書類情報照会」で検索すると、最終的な補正の内容がわかりますので、公開公報との差分を取れば特許公報の内容がわかります。

なお、早期審査が請求された場合等では出願公開前に特許登録されてしまうことがあります。以前の茂木経産大臣の特許に関するエントリーで書きましたがこの場合には特許の内容を見られるようになるまで数ヶ月を要します。権利は発生しているのにその中味は見られないということでちょっと困った状況です。

鑑定の結果、自社の製品やサービスが特許権を侵害しそうだということになると、1)設計変更による侵害回避、2)事業撤退、3)無効審判請求、4)ライセンス・譲渡交渉などの対応が必要になります。

無効審判はこちらから仕掛けることもありますが、無効にするための証拠資料だけを用意しておいて先方から権利行使された場合に反撃として無効審判請求というケースが多いと思います。

なお、競合他社が特許を登録した場合には、同じ親出願から派生した分割出願がないかに注目することも重要です。真に画期的な発明であれば、ひとつの出願を複数に分割して補正し、それぞれで権利化することもあります。特に、平成18年の改正で登録査定になってからも分割出願ができるようになったので、出願人側としては様々なクレームのバリエーションで攻めることができるようになった反面、競合他社にとっては悩ましさがいっそう増したことになります(以前書いたアップル対個人発明家の侵害訴訟でも、iPodのホイールが侵害するように狙って分割出願を補正するという戦略が取られたようです)。

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佐村河内守事件に関して著作権法上の論点はあるのだろうか?(続き)

先日のエントリーの続きです。ネット掲示板での議論や他の人のブログを見ていろいろ考えた上での追記です。

まず、新垣氏が作曲した楽曲が佐村河内氏と新垣氏の共同著作物、あるいは、佐村河内氏の著作物の二次著作物にあたるのではという議論があります。佐村河内氏が口ずさんだモチーフを展開して楽曲に仕上げるとかであれば別ですが、例の指示書だけで、新垣氏との共同著作、あるいは、音楽の二次著作物の原著作物とするのは厳しいと思います。

佐村河内氏を使用者等、新垣氏を従業者等とする職務著作ではないかという論点もあります(職務著作だとするならば佐村河内氏が著作者(かつ著作権者)になります)。法文上は使用者は「法人等」となっており、法人には限定されず、たとえば、個人事業者であってもよいのですが、雇用関係がまったくない請負であれば職務著作にはあたらないとするのが多数説(たとえば、中山『著作権法』p179)なので、この解釈も厳しいと思います。

壇俊光先生のブログエントリーでは、私も触れた121条に加えて、著作権の存続期間(職者の死後50年まで)(このポイントはちょっと忘れてました)、および、著作者人格権(著作者の名誉声望の毀損によるみなし侵害)なんて論点も挙げられています。また、佐村河内氏とJASRACの間の信託契約の有効性なんて論点もあります。

ということで、著作権法上の問題がまったくないというわけではないですが、この事件はやはり詐欺や契約違反(そしてもちろん道義的な問題)として論ずべき事件であると思います。

ところで先日のエントリーで、

なお、高橋大輔氏のソチ五輪での楽曲利用ですが、新垣氏がNoと言わない限り問題ないと思われます。

と書きましたが、ゴーストライティングの合意により新垣氏の著作権は佐村河内氏に譲渡されていると思われる(合意の上で作曲し、報酬をもらって、その後しばらくは特に文句を言っていない)ので、新垣氏が楽曲の利用をOKしたり、NGにしたり、あるいは、著作権放棄というのはあまり意味がないことになります(もちろん、法律とは関係なしに個人の気持ちとしていうのは話が別ですが)。

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佐村河内守事件に関して著作権法上の論点はあるのだろうか?

改めて説明するまでもない佐村河内守ゴーストライター(および全聾偽装疑惑)事件ですが、詐欺や偽計業務妨害、そして契約違反の話は別として、著作権法上どのような問題があるのでしょうか?

まず、著作者人格権である氏名表示権があります。

第十九条 著作者は、その著作物の原作品に、又はその著作物の公衆への提供若しくは提示に際し、その実名若しくは変名を著作者名として表示し、又は著作者名を表示しないこととする権利を有する。その著作物を原著作物とする二次的著作物の公衆への提供又は提示に際しての原著作物の著作者名の表示についても、同様とする。

これは著作者(新垣氏)と佐村河内氏(あるいはレコード会社等)との関係の話であって、CDを買った人やコンサートに来た人には関係ない話です。そして、新垣氏は当初はゴーストライターとなることを了承して金銭も受けていたわけなので氏名表人権の侵害は無理筋だと思います。

そして、121条の著作者名詐称罪があります。

第百二十一条 著作者でない者の実名又は周知の変名を著作者名として表示した著作物の複製物(原著作物の著作者でない者の実名又は周知の変名を原著作物の著作者名として表示した二次的著作物の複製物を含む。)を頒布した者は、一年以下の懲役若しくは百万円以下の罰金に処し、又はこれを併科する。

これは「頒布した者」が刑罰の対象なので、罪になるとすればレコード会社ですが、故意過失の立証は別途必要です(現実問題としては難しいと思います)。なお、この罪は非親告罪です。なお、頒布だけが対象なので、放送や上演は対象になりません。

なお、高橋大輔氏のソチ五輪での楽曲利用ですが、新垣氏がNoと言わない限り問題ないと思われます。JASRACが権利の帰属がはっきりするまで許諾を一時保留するという発表をしているので、杓子定規に考えると日本でのテレビ放送はそこだけ無音にすることになってしまいますが、いくらなんでもそういう運用にはしないでしょう。

ということで、実は著作権法上はあんまり考えることはないのかなという気がします。詐欺や偽計業務妨害については自分は専門外なのでちょっとコメントできませんが、落合洋司先生が「可能性としてはあり得る」とブログに書かれてます

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特許調査:「侵害しないか」と「特許化できるか」は別の話です

特許文献を使った特許調査の目的にもいろいろあります。代表的なものは、以下のとおりです。

1.自分が作ろうとしている製品やシステムが他人の特許権を侵害しないかを確認する(クリアランス)

2.自分の発明が特許化できる可能性があるかを判断する(先行技術調査)

3.他人の特許を無効化できる証拠を探す

4.単に技術動向や特定起業の技術戦略を知る

特に、1(クリアランス)と2(先行技術調査)が混乱されるケースが多い(そして、両者が並行して行なわれることも多い)ので、ここで整理しておきます。

A.どの公報をチェックするか

クリアランスは他人の既存特許権をチェックすることになりますので特許公報(特許掲載公報)を中心にチェックすることになります。公開公報の中で拒絶されたものや審査請求を出さなかったことで強制取り下げになったものは、もう権利化されることはないのでチェックする必要はありません。ただし、まだ審査中の公開公報はいずれ特許化する可能性があるのでチェックが必要です。この時、補正によって権利範囲が変わる可能性があるので注意が必要です。明細書の記載範囲以上の権利になることはありませんが、どう補正するかは読めないことがあるのでやっかいです。なお、日本だけでビジネスを行なうのであれば、日本国内の特許だけを調べれば足ります(海外に輸出したり、ネット関連で本質的に国境がない発明の場合は海外特許(典型的には米国)も調べる必要が生じます)。

出願の進歩性・新規性は(特許文献に限らず)あらゆる公開された文献(マニュアル、学術論文、雑誌記事等)を証拠として否定され得ます。しかし、先行技術調査として、世の中にあるすべての文献をチェックするわけにはいきませんので、特許文献を中心に調査するのは効率的です。最終的に特許になっているかどうかは関係ありませんので、あらゆる公開公報が調査対象になります(なお、早期審査によって公開公報が出ないで特許公報が出ているケースもあるので、特許公報もサーチ対象に含めた方がよいです)。世界中の公開文献が特許性の否定材料になりますので、海外の公開公報も調査対象に含めるべきです(現実には米国が中心になると思いますが)。また、分野によっては、学術論文、製品カタログやマニュアル等もチェックする必要があります。

B. 公報のどこをチェックするか

クリアランスでは、「請求の範囲」(クレーム)を中心にチェックすることになります。明細書の記載にいろいろ書いてあっても権利範囲を決定するのはクレームです(ただし、クレームの解釈において明細書の記載が参酌されることはあるので明細書の記載は間接的には権利範囲に関係してきます)。クレームの内容をすべて実施しなければ特許権を侵害することはありません。たとえば、「記録媒体と入力手段と表示手段を備えた?」という書き方がしてあれば表示手段を備えていない物がその特許権を侵害することは原則としてありません。

先行技術調査は、公開されているあらゆる文献が対象なので、当然ながらクレームだけではなく明細書の記載全部(図を含む)がチェック対象になります。

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他にもいろいろ考慮点はありますが、「自分の製品(サービス)が他人の特許権を侵害しないことを確認する」と「自分の発明がまだ公開されておらず特許化できることを確認する」のは関連してはいますが独立した作業ととらえることが重要です。

弊所では合理的料金でIT分野の特許調査の案件に対応していますのでご関心ある方はお問い合わせください。

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