大量出願で特許庁を困らせる人について

日本の話ではなくアメリカの話です。

米国の特許系ブログサイトPATENTLYOに”USPTO vs Hyatt: When an Applicant has Too Many Patent Applications”という記事が載っています。今年の初めに個人発明家のGilbert Hyattという個人発明家が、自分の出願の審査を米国特許庁が故意に遅らせていると訴えた事件です。

Hyattさんは、多数のクレームを持つ多数の関連出願をしていたそうで、たまっている出願数は399件、合計クレーム数は10万個に達しているそうです。特許庁はこれらの出願を2002年から2012年まで中断していたそうです。

正直、異常に記載量が多い出願の審査は大変だとと思いますが、所定の料金(クレーム数が多いと相当な金額になります)を払っているわけですから、それを審査するのは特許庁の義務でしょう。結局、Hyattさんが出願の内容をある程度整理するという条件で、特許庁が要員を増強して審査を再開するという形で和解になったようです(なので、訴訟自体は終了しています)。

このHyattさんの出願の大部分の出願日は1995年の米国の特許制度改正前なので、出願公開は登録されるまで行なわれず、また、特許の存続期間は登録日から始まります。したがって、399件の出願のうち現在は技術常識となっているものが登録されてしまうと、いわゆるサブマリン特許になってしまう可能性があるので困りますね(前述のとおり、これらの出願は登録前には公開されないので今は具体的中身はわかりません)。

ところで、399件の出願で合計10万クレームというと1出願あたり平均250クレームになります。米国の特許出願はクレームが多い傾向がありますが、250はやはり多いですね。特許庁審査官はすべてのクレームの特許性を判断しなければいけないので大変だと思います。

ついでに、日本の出願中で、最もクレーム数が多いものを調べてみました。

出願されただけのものだと特願2001-587172「単一ネットワーク接続上で複数の上位層をサポートするためのネットワークデバイス」がクレーム1,880個(!)で最大です。審査請求が行なわれなかったので取り下げになってますが、もし審査請求していたら審査請求料だけで800万円(料金改正前でも400万円)近くになってしまいますね。図の数も200を越えていてIPDLの能力を越えているようで図は掲載されていません。(追記(14/12/09):コメントで指摘頂きました。特表2007-514472「軟組織移植片および瘢痕化抑制剤」の19,368個(!)が最大のようです。出願人は一応ちゃんとした法人のようですがいったい何を考えているんでしょうか?)

登録されているものの中では、キヤノンの特許3188524号の272クレームが最大だと思います。インクジェットプリンタのヘッドに関する特許で、技術的戦略性が高いことからクレーム数を増やしていると思われます。

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Google Glassの使いやすさを大きく向上させるかもしれない特許について

Google Glassのようなヘッドマウント型ウェアラブルデバイスを真の意味でユーザー・フレンドリーにするにはどうしたらよいのでしょうか?Googleが最近取得した米国特許8750541”Parametric array for a head-mountable device”がひとつのヒントになるかもしれません。

この特許のポイントはメガネ型デバイスのツル部分に超音波の発生装置を設け、耳の穴に向けて投射することにあります。超音波を可聴域の音声で振幅変調すれば音を聞くことができます。そして、超音波は直進性が強いので他人に音が聞こえることはありません。いわば、絶対に音漏れしないオープンエア型ヘッドホンのようなものです。

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たとえば、ウォーキングナビのユースケースを考えてみると現行Google Glassのちっこいディスプレイでやるよりも、声で案内(たとえば「xx銀行の手前を右に曲がってください」等々)してもらった方が全然わかりやすい気がします。従来型ヘッドホンを使っても、スマホを耳に当てても同じようなことはできますが、ユーザー体験としては全然違うと思います。特に既にメガネをかけている人向けにツルの部分に取り付けられるデバイスにすれば、付ける人および周囲の人の抵抗感も小さくてすむでしょう。

とは言え、超音波をずっと耳に投射し続けていて健康問題はないのか、どっちにしろ高い音が聞こえなくなっている年長者は別にしても若者にとって超音波は不快ではないか、電池は大丈夫なのか(あらゆるウェアラブル機器に共通の課題です)、犬猫などの動物を驚かせることにならないのか等々、実際の製品化を行なうには課題山積みではあるでしょう。

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Google Glassが失敗したのはデザインのせいなのか?

かつてはいろいろと話題になったGoogle Glassですが消費者向けプロダクトとしては失敗したというのが業界のコンセンサスになりつつあるようです。Google Glassの発明者の一人であるババク・パービズ博士も7月にGoogleを退職しAmazonに転職してしまいました。

私が愛読しているMIT Technology Reviewにも“Google Glass Is Dead; Long Live Smart Glasses”という記事が載っており、失敗した理由として、プリズム状のディスプレイが飛び出している不自然な形状の眼鏡をかけるということがあまりもテッキーな行為であり、社会的に許容されにくい(周りの人を不安な気持ちにさせる)という点が挙げられています。そして、ディスプレイの問題を解決するための将来的な代替技術としてLumiodeという会社が開発中のLEDベースのマイクロディスプレイ技術やInnovegaという会社が開発中のコンタクトレンズに投影する技術などが挙げられています。

しかし、Google Glassが失敗したのはディスプレイ技術の問題とそれに伴うデザイン上の問題が主な理由なのでしょうか?それよりも重要なのはキラー・アプリケーション(従来はやりたくてもできなかったことを可能にしてくれる、あるいは、従来のソリューションより圧倒的にうまく問題を解決してくれるアプリケーション)の欠如だと思います。

出典:NTTドコモ出典:NTTドコモ

たとえば、初期の携帯電話を見てみると外で使うのははばかられるような形状と大きさでした。しかし必要な人は使っていたわけです。ポータブルオーディオについても、ウォークマンが登場した当時は、外で歩きながらヘッドホンで音楽を聴くというのは奇異に見られたと記憶しています(物心ついた時には既にポータブルオーディオが身の回りにあった世代の人には理解しがたいと思いますが)。しかし、いずれも、キラー・アプリケーション(外で電話できる、歩きながら自分だけで音楽を聴く)があったことで急速に普及しました。要は、キラー・アプリケーションさえあれば、デザインの不格好さや社会的な違和感のようなネガティブ要素は十分克服されるということです。

一方、今まで紹介されてきたGoogle Glassのアプリケーション、たとえば、ナビゲーションはスマホでもできるものです。もちろん、歩きスマホが不要になるというメリットはありますが、スマホの方が画面も大きいですし、いちいち”OK Glass”とか言わなくても直感的に操作ができます。ちょっとキラー・アプリケーションとは言い難いと思います。それ以外の現時点でのGoogle Glassアプリケーションを見てもキラー・アプリケーション的なものは見あたらないと思います(もちろん、将来的に誰かが強力なキラー・アプリケーションを思いつく可能性は十分にありますが)。

結局のところ、キャズムを越えるにはキラー・アプリケーションが必要というジェフリー・ムーアの理論どおりということではないかと思います。

では、スマートウォッチはどうでしょうか?少なくともスマートウォッチには(スマホを出さなくても)すぐに時間が分かるというキラー・アプリケーション的なものはあります。また、ファッション的要素としては時計の盤面をいろいろと変えられるのは魅力に感じる人は多いでしょう(下写真のMoto 360なんかはちょっと惹かれますね)。

出典:Motorola
出典:Motorola

ということで、(ファッション的な満足度を提供してくれるという前提で)スマートウォッチは多少は普及するのではないかと思います。ただ、少なくとも今のところは真の意味でのキラー・アプリケーションがあるとは言い難いというのが個人的印象です(これまた、将来的に誰かが強力なキラー・アプリケーションを思いつく可能性は十分にありますが)。

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サムスンの「これがホントのウェアラブル」特許出願について

セミナーの準備のためにサムスンのウェアラブル関連特許についていろいろ調べていてちょっとおもしろい公開公報を見つけたのでご紹介します。

公開番号US20140135960”Wearable device, display device, and system to provide exercise service and methods thereof”、実効出願日は2012年12月15日、現在審査中で、まだ実体審査が始まったばかりという状況です。

アイデアは単純で、ウェアに多数のモーション・センサー、バイオセンサー、バイブレーターを付けます。それを着て運動(ヨガ、ピラティス、ゴルフ、ダンス)を行ない、お手本ポーズのデータと比較して違っている場所にはバイブレーター経由で教えてあげるというものです。

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正直、ちょっと思いつき感が強く、実際に実装するのは困難な気がします。たとえば、バイブレーターや通信機能を作動できるくらいのバッテリーをどうするかという問題があります(フレキシブルなバッテリーをウェアに織り込むアイデアも開示はされているのですが)。また、お手本の人との体格や柔軟性の違いもあるのでそもそもトレーニングとして効果的なのかという点もちょっと疑問です。

(追記:2014/11/25)ちょっとネタ記事的な書き方をしてしまいました。実際、Samsung社内の出願件数ノルマ達成のために無理矢理出願したものであるような気がします。とは言え、まったく無意味というわけではありません。今後10年後くらいにセンサーやバッテリーの小形化によりこの特許が意味を持つことになるかもしれません(ならないかもしれません)。Samsungレベルの企業であれば特許出願の費用など知れてますので、保険のためにいろいろと出願しておいた発明のひとつと見ることもできます。

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Appleの「蓮センサー」特許について

米国時間の11月18日にアップルが興味深い特許を取得しました(米国特許番号8,892,162)(まだGoogle Patentsに載ってないのでUSPTOへのリンクを貼りました、USPTOのサイトは図面を見るのがめんどくさいので、概要を原文で見たい方はGoogle Patents上の公開公報の方を見てください(ただし、クレームは補正が入ってますのでご注意ください))。

この特許のポイントはスマホの筐体全面に多数の圧力センサーを設けることにあります。ちょっと「蓮コラ写真」ぽいので勝手に「蓮センサー」特許と呼んでみます。

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これとは別にアクチュエーターが内蔵されており、アクチュエーターの振動が各センサーにどのように伝わるかによって、今スマホがどのような状態にあるか(たとえば、テーブルなどの堅い表面上に置かれているか、手で持たれているか、ポケットやカバンの中にあるか)を判断できます。これによって、アプリの挙動を最適化することがこの特許の本質です。

具体的応用例として以下のようなケースが挙げられています。

  • テーブルなどの堅い表面上に置かれていると判断された時は呼び出し音を鳴らす時間を短くする。
  • 手に持たれている判断された時は呼び出し音を鳴らす時間を短くする。
  • ポケットやカバンの中にあると判断された場合には時は呼び出し音を鳴らす時間を長くする。
  • ポケットやカバンの中にあると判断された場合には時は、画面やボタンにタッチされてもスリープ解除しない。
  • 着信時にテーブルなどの堅い表面に置かれた状態から手に持たれた状態に変化した場合には自動的に電話に応答する。

これが実際の製品に取り込まれるかどうかはわかりませんが、ピエゾセンサーはそんなに高コストではないですし、アクチュエーターはバイブレーション機能と兼用できるので実装はそんな難しくない気がします。コンテキストアウェア(状況把握)でUXを向上するという王道の特許だと思います。

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