沢田知可子「会いたい」の著作権問題について

沢田知可子さんのヒット曲「会いたい」の作詞家、沢ちひろさんが沢田さん側のレコード会社と事務所を著作者人格権侵害で訴えたというニュースがありました。著作者人格権の中の同一性保持権(著作権法20条)でしょう。同一性保持権は「意に反して著作物の改変をされない権利」です。クリエイターとしてこだわりにこだわった部分を他人に勝手に変えられるのは人格権の侵害であるという考え方です。

話の経緯はちょっと複雑なのですが、沢さんの思い出に基づいて作った詞を沢田さんが自分の体験談のように説明した、テレビ番組で「安定したい」というタイトルの替え歌を歌った、そして、英語詞を付加してタイトルを変更したバージョンを含むアルバムを販売したという三点が関連しているようです。このうち、訴訟の対象になったのは最後の点だけのようです(前二者は訴訟に踏み切る気持ちにさせたという点では関係あるでしょうが)。テレビのニュースショーでは「替え歌」(このケースでは「安定したい」のこと)が法律的にどうなのかという話をずっとしていましたが、これは今回の訴訟の件とは直接関係ないことになります(一般論として「替え歌」が著作権上どう扱われるかは重要テーマではありますが)。

そうなると問題は英語詞の付加とタイトルの変更ということになりますが、同一性保持権は著作者の「意に反して」いれば主張できてしまいますので、本当に改変によって名誉を傷つけられたのかということはあまり関係ありません。ゆえに、訴えたことの法律上のつじつまはあっています。

ただし、一般論として、気にくわない相手を困らせるため、あるいは、財産権上の権利を主張するための方便として同一性保持権が使われる傾向がある(たとえば、ひこにゃん事件)のは確かです(この件がそうなのかどうかは当該のアルバム収録曲を聞かないと何とも言えない部分がありますが)。

ところで、同一性保持権で思い出すのは、故川内康範氏と森進一氏の間における「おふくろさん事件」ですね。この事件がメディアで取り上げられる時は、作詞家である河内氏の許可なく”せりふ”を足したとされることが多いのですが、実際には”せりふ”ではありません。”ヴァース”の追加です。

(ジャズの世界で言う)ヴァースとは、本編のメロディの前に付く唄付のイントロみたいなもの(通常フリーテンポで演奏)です(前サビとは違い一度しか出てきません)。ジャズボーカルやミュージカルをある程度知っている人であればわかるのですが、一般に”ヴァース”と言ってもわかりにくいので”せりふ”と言い換えたのかもしれませんが、不正確ですね。

誰でも知っているヴァースというと、たとえば、「枯葉」の「あれは遠い思い出〜」の部分とかでしょうか?歌謡曲の世界で無理に探すとちょっと古いですがピンクレディのウォンテッドの「私の胸の鍵を〜」はヴァースと言えなくもないかもしれません。

個人的見解ですが、「おふくろさん」におけるこのヴァースの無断追加は元詞の世界観とちょっと食い違うものであったため、河内氏が作詞家として同一性保持権を主張するのは納得できる案件だったと思っています。(後半脱線しました)

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ミスタードーナツはセブンをパクリで訴えることができるのか?

セブンイレブンがドーナツの販売を始め、ミスタードーナツとのガチンコ勝負になりそうなのは周知かと思います(参照記事)。ドーナツの外観を見ると、セブンのドーナツはミスタードーナツにそっくりです(たとえばこちらの記事やこちらの記事(痛いニュース)参照)。ミスタードーナツとしてはあまりおもしろくないかもしれないですね。

ドーナツに限らず料理や食品の外観を知的財産権で守ることはできないのでしょうか?(念のため書いておきますが、本記事は、ミスタードーナツは訴えるべきとか、セブンはけしからんとか言いたいのでなく、単に法律的にどのような手段があるか考えてみているだけです)。

まず、特許権について考えてみましょう。食品の製法特許は数多くありますが、食品の外観を特許で保護するのは困難です。特許はあくまでも技術的アイデアを保護するものであるからです。

著作権はどうでしょうか?作品として観賞の対象となるほどの芸術的な料理をするのでもない限り、料理が著作物となることはないでしょう。少なくとも、ドーナツのように大量生産される食品が著作物とされる余地はまずありません(たとえば、ペコちゃん焼のように食品に絵が描いてあれば話は別ですが)。

では、料理や食品の外観はまったく保護され得ないのかというと、意匠権という道があります。意匠権は、大量生産される物品の意匠(工業デザイン)を保護する権利です。ドーナツは工業デザインというイメージではないですが意匠権で保護され得ます。実際、物品を「ドーナツ」とした意匠登録が何件か(正確には4件)存在します。下図は山崎製パンの意匠登録1461622号公報の一部です。

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ただし、意匠権は公知になっていれば登録されません(特許と同じです)。なので、今既に売っている商品をミスタードーナツが意匠登録したとしても登録されることはありません。次回新たな独自形状の新商品を作る時に(正確には公表から6カ月以内に)意匠登録出願しておくならば登録される可能性はあります。

さらに、商標権でも立体商標制度を使えば食品の形状・外観を保護できる余地はあります。ただし、商品の形状そのものを登録商標にするのは、消費者に対する商品識別力が相当強くないと不可能です(ひよこまんじゅうの立体商標登録が識別力なしということで無効になったのは有名です)。公知であっても商標登録はできますので、ミスタードーナツが、自社のドーナツの形状を見ればほとんどの消費者がミスタードーナツを思い浮かべることを立証できれば登録の可能性は原理的にはありますが、なかなか難しいかと思います。

また、不正競争防止法における商品等表示による保護も考えられますが、これも同様に著名性を確保(あるいは周知性と混同を立証)していないといけないので実際の権利行使は難しいでしょう。

まあ、一消費者としては味で勝負していただいて、おいしいドーナツがいろいろなところで食べられるようになるのが一番うれしいんですけどね。

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大量出願で特許庁を困らせる人について

日本の話ではなくアメリカの話です。

米国の特許系ブログサイトPATENTLYOに”USPTO vs Hyatt: When an Applicant has Too Many Patent Applications”という記事が載っています。今年の初めに個人発明家のGilbert Hyattという個人発明家が、自分の出願の審査を米国特許庁が故意に遅らせていると訴えた事件です。

Hyattさんは、多数のクレームを持つ多数の関連出願をしていたそうで、たまっている出願数は399件、合計クレーム数は10万個に達しているそうです。特許庁はこれらの出願を2002年から2012年まで中断していたそうです。

正直、異常に記載量が多い出願の審査は大変だとと思いますが、所定の料金(クレーム数が多いと相当な金額になります)を払っているわけですから、それを審査するのは特許庁の義務でしょう。結局、Hyattさんが出願の内容をある程度整理するという条件で、特許庁が要員を増強して審査を再開するという形で和解になったようです(なので、訴訟自体は終了しています)。

このHyattさんの出願の大部分の出願日は1995年の米国の特許制度改正前なので、出願公開は登録されるまで行なわれず、また、特許の存続期間は登録日から始まります。したがって、399件の出願のうち現在は技術常識となっているものが登録されてしまうと、いわゆるサブマリン特許になってしまう可能性があるので困りますね(前述のとおり、これらの出願は登録前には公開されないので今は具体的中身はわかりません)。

ところで、399件の出願で合計10万クレームというと1出願あたり平均250クレームになります。米国の特許出願はクレームが多い傾向がありますが、250はやはり多いですね。特許庁審査官はすべてのクレームの特許性を判断しなければいけないので大変だと思います。

ついでに、日本の出願中で、最もクレーム数が多いものを調べてみました。

出願されただけのものだと特願2001-587172「単一ネットワーク接続上で複数の上位層をサポートするためのネットワークデバイス」がクレーム1,880個(!)で最大です。審査請求が行なわれなかったので取り下げになってますが、もし審査請求していたら審査請求料だけで800万円(料金改正前でも400万円)近くになってしまいますね。図の数も200を越えていてIPDLの能力を越えているようで図は掲載されていません。(追記(14/12/09):コメントで指摘頂きました。特表2007-514472「軟組織移植片および瘢痕化抑制剤」の19,368個(!)が最大のようです。出願人は一応ちゃんとした法人のようですがいったい何を考えているんでしょうか?)

登録されているものの中では、キヤノンの特許3188524号の272クレームが最大だと思います。インクジェットプリンタのヘッドに関する特許で、技術的戦略性が高いことからクレーム数を増やしていると思われます。

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Google Glassの使いやすさを大きく向上させるかもしれない特許について

Google Glassのようなヘッドマウント型ウェアラブルデバイスを真の意味でユーザー・フレンドリーにするにはどうしたらよいのでしょうか?Googleが最近取得した米国特許8750541”Parametric array for a head-mountable device”がひとつのヒントになるかもしれません。

この特許のポイントはメガネ型デバイスのツル部分に超音波の発生装置を設け、耳の穴に向けて投射することにあります。超音波を可聴域の音声で振幅変調すれば音を聞くことができます。そして、超音波は直進性が強いので他人に音が聞こえることはありません。いわば、絶対に音漏れしないオープンエア型ヘッドホンのようなものです。

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たとえば、ウォーキングナビのユースケースを考えてみると現行Google Glassのちっこいディスプレイでやるよりも、声で案内(たとえば「xx銀行の手前を右に曲がってください」等々)してもらった方が全然わかりやすい気がします。従来型ヘッドホンを使っても、スマホを耳に当てても同じようなことはできますが、ユーザー体験としては全然違うと思います。特に既にメガネをかけている人向けにツルの部分に取り付けられるデバイスにすれば、付ける人および周囲の人の抵抗感も小さくてすむでしょう。

とは言え、超音波をずっと耳に投射し続けていて健康問題はないのか、どっちにしろ高い音が聞こえなくなっている年長者は別にしても若者にとって超音波は不快ではないか、電池は大丈夫なのか(あらゆるウェアラブル機器に共通の課題です)、犬猫などの動物を驚かせることにならないのか等々、実際の製品化を行なうには課題山積みではあるでしょう。

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Google Glassが失敗したのはデザインのせいなのか?

かつてはいろいろと話題になったGoogle Glassですが消費者向けプロダクトとしては失敗したというのが業界のコンセンサスになりつつあるようです。Google Glassの発明者の一人であるババク・パービズ博士も7月にGoogleを退職しAmazonに転職してしまいました。

私が愛読しているMIT Technology Reviewにも“Google Glass Is Dead; Long Live Smart Glasses”という記事が載っており、失敗した理由として、プリズム状のディスプレイが飛び出している不自然な形状の眼鏡をかけるということがあまりもテッキーな行為であり、社会的に許容されにくい(周りの人を不安な気持ちにさせる)という点が挙げられています。そして、ディスプレイの問題を解決するための将来的な代替技術としてLumiodeという会社が開発中のLEDベースのマイクロディスプレイ技術やInnovegaという会社が開発中のコンタクトレンズに投影する技術などが挙げられています。

しかし、Google Glassが失敗したのはディスプレイ技術の問題とそれに伴うデザイン上の問題が主な理由なのでしょうか?それよりも重要なのはキラー・アプリケーション(従来はやりたくてもできなかったことを可能にしてくれる、あるいは、従来のソリューションより圧倒的にうまく問題を解決してくれるアプリケーション)の欠如だと思います。

出典:NTTドコモ出典:NTTドコモ

たとえば、初期の携帯電話を見てみると外で使うのははばかられるような形状と大きさでした。しかし必要な人は使っていたわけです。ポータブルオーディオについても、ウォークマンが登場した当時は、外で歩きながらヘッドホンで音楽を聴くというのは奇異に見られたと記憶しています(物心ついた時には既にポータブルオーディオが身の回りにあった世代の人には理解しがたいと思いますが)。しかし、いずれも、キラー・アプリケーション(外で電話できる、歩きながら自分だけで音楽を聴く)があったことで急速に普及しました。要は、キラー・アプリケーションさえあれば、デザインの不格好さや社会的な違和感のようなネガティブ要素は十分克服されるということです。

一方、今まで紹介されてきたGoogle Glassのアプリケーション、たとえば、ナビゲーションはスマホでもできるものです。もちろん、歩きスマホが不要になるというメリットはありますが、スマホの方が画面も大きいですし、いちいち”OK Glass”とか言わなくても直感的に操作ができます。ちょっとキラー・アプリケーションとは言い難いと思います。それ以外の現時点でのGoogle Glassアプリケーションを見てもキラー・アプリケーション的なものは見あたらないと思います(もちろん、将来的に誰かが強力なキラー・アプリケーションを思いつく可能性は十分にありますが)。

結局のところ、キャズムを越えるにはキラー・アプリケーションが必要というジェフリー・ムーアの理論どおりということではないかと思います。

では、スマートウォッチはどうでしょうか?少なくともスマートウォッチには(スマホを出さなくても)すぐに時間が分かるというキラー・アプリケーション的なものはあります。また、ファッション的要素としては時計の盤面をいろいろと変えられるのは魅力に感じる人は多いでしょう(下写真のMoto 360なんかはちょっと惹かれますね)。

出典:Motorola
出典:Motorola

ということで、(ファッション的な満足度を提供してくれるという前提で)スマートウォッチは多少は普及するのではないかと思います。ただ、少なくとも今のところは真の意味でのキラー・アプリケーションがあるとは言い難いというのが個人的印象です(これまた、将来的に誰かが強力なキラー・アプリケーションを思いつく可能性は十分にありますが)。

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