Apple WatchがiWatchでなかったもうひとつの理由

過去記事「Apple WatchはなぜiWatchではなかったのか?」において、AppleがiWatchの商標使用をあきらめたのは、スウォッチ社の登録商標iSwatchとの問題ではないかと書きました。しかし、どうもそれだけではなさそうです。

Bloombergの記事「アップル、“iWatch”はダメと新興企業が釘-商標登録済み」によると、イタリアの小規模ソフトウェア会社Probendiが欧州共同体において“iWatch”の商標権(指定商品はコンピューター関連機器とソフトウェア等(9類))を所有しており、Appleに対して警告してきたそうです。この商標登録は、欧州共同体商標意匠庁(OHIM)が管轄する欧州共同体商標というもので、欧州共同体に属するすべての国で有効な商標登録です。

実際、Probendi社のウェブサイトには、欧州共同体内で“iWatch”の商標を使用できるのは当社だけであり、不正使用には法的措置を取るというようなことが書かれています。

同社は、過去にiWatchという名称のソフトウェアをイタリアの警察等に提供していたようなので、不使用取消審判も難しいでしょう(欧州共同体商標は欧州内のどこかで使っていれば不使用取消を免れるので、その点有利です。)

さらに、冒頭Bloombergの記事では、

同氏(Probendi社創業者)はiWatchの商標をフルに生かす考えだ。この名前のウエアラブル端末を開発する計画で、低価格での生産を目指し中国を訪れる。349ドル(約3万7700円)のアップル・ウオッチに対抗するつもりだ。

と書かれています。Appleとしてはちょっといやな感じでしょうが、あきらめるしかないでしょう。Probendi社側としても、こんなあまりメリットのないいやがらせのようなことをするよりもAppleに商標権を買い取ってもらった方が得策だと思うのですが、商標権譲渡の交渉がうまくいかなくてこうなったのかもしれませんし、今後の商標権譲渡を有利に運ぶための牽制としてこういう行為をしているのかもしれません。

そもそも、「i+普通名称」のパターンを製品名に使っていくというジョブズのプランは2つの理由によりちょっと無茶でした。第一に、先を読まれて誰かに抜け駆け出願されてしまう(iPadの時もAppleは苦労しましたね)リスクがありますし、第二に、たとえば、インターネット対応した製品やサービスの通称として頭にiを付けるのはありがちなので不正の目的はなくても偶然の一致があり得ます。

実際、OHIMが提供するTMView(欧州内だけでなく多くの国の商標を横断的に検索できます)で検索すると、抜け駆けが偶然かわかりませんが、iAuto、iRing等々、数々の「i+普通名称」パターンの商標登録・出願が行なわれています。Appleにとっては、今後は「Apple+普通名称」のパターンの方が全然楽でしょう。

一般に、企業名をできるだけ造語にして、企業名そのものを(いわゆるハウスマークとして)商標登録し、サービス名は「企業名+普通名称」とする(たとえば、Googleや楽天のようなパターン)のが、会社の成長・拡大に応じて、長期にわたって確実に商標登録を行なって行くために有効です。Appleは造語ではないですが、以前書いたように広い範囲で商標権を取得しているので一応安心と言えます。

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【速報】STAP細胞国際出願、米国への国内移行が判明

理研(とブリガムアンドウィメンズ病院)がまさかの国内移行を決断したSTAP細胞製法の国際出願ですが、新聞報道では「複数の国」というだけでどの国に移行したかは明らかになっていませんでした。リアルタイム化が進展しているWIPOのデータベースPATENTSCOPEでも、各国国内移行の状況だけはタイムラグが結構あってすぐにはわかりません。まあ、少なくとも日本と米国には移行しているのだろうなと思っていました。

しかし、今朝、米国特許庁の審査経過情報データベースPAIRを検索したところ、想像通り米国への国内移行が行なわれていたことが判明しました(わりとすぐ反映されるんですね、調べ方は本ブログ過去記事を参照してください)。米国国内出願番号は、14/397,080です。米国は審査請求制度がないのですべての出願が実体審査の対象になりますが、通常、実体審査に入るまでには1年以上かかります。

あと、専門的な話になりますが、審査経過を見ると74個あるクレームのうち、最初のクレーム1を残してあと全部が補正で削除されてます。明細書の中から何をクレームにするかは後で考えようということでしょう。また、クレーム1は「細胞にストレスを与えて多能性細胞を作る方法」というめちゃくちゃ範囲が広いもので、既に国際調査報告で新規性なしと判定されてますので、仮に審査に入っても拒絶理由通知(Office Action)が出るでしょう。この拒絶理由通知への応答期間でさらに時間を稼げます。一般に、わざと範囲の広いクレームを残しておくことで審査を長期化させるのは、特許化の可能性は薄いが、念のためできるだけ長期間特許庁への係属状態を続けておきたいという場合に使われる手のようです。

キャプチャ

(追記:14/11/01) 今、米国国内出願14/397,080の情報をPAIRで調べようとしたら情報が見つかりません(PCT/US2013/037996からの国内移行情報も消えています)。上記の手続補正書のコピーを見てもわかるように、米国国内移行の記録があったのは確かです(夢を見ていたわけではありません)。米国移行を取り下げたのでしょうか?(そもそも、このタイミングで取り下げるとPAIRから痕跡なしに消えてしまうのでしょうか?)、移行の情報がPAIRに載ったこと自体がフライングだったのでしょうか?(米国も優先日から1.5年で出願公開されますが、多少事務手続きの時間がかかるようです)、それともPAIRのシステムトラブルなんでしょうか?(実際、ちょっとダウンしていたみたいです。)USPTOにメールで問い合わせたところ、担当者に直接電話で聞けと言われてしまったので、後日電話してみるかもしれません。

(追記:14/11/12)PAIRで情報が見られない状況が続いています。米国特許弁護士に確認しましたが、(英語で国際公開された出願でも)米国で公開公報が出るまではPAIRでは見られないのが本来の動作であるそうです。したがって、上記出願番号がフライングで見えてしまったのは米国特許庁担当者の操作ミスかシステムトラブルの可能性が高そうです。この国内移行の情報がちゃんとPAIRに載るまでにはもう少し時間がかかりそうです。

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アップルを訴えた島野製作所が武器にした特許とは

ダイヤモンド・オンラインに「日本の中小企業が訴えたアップルの“横暴”の内幕」なんて記事が載っています。

アップル製品のコネクタ(MagSafe等)のピン部分のサプライヤーである島野製作所(自転車部品・釣り具メーカーのシマノとは別の会社です)が、アップルを独占禁止法と特許法違反に基づき訴えたという話です。アップル側による、「合意」を無視した発注量激減、別のサプライヤーへの技術流出、不当なリベート要求等に業を煮やしての訴訟だそうです。

ここでは、契約違反や独占禁止法上の問題だけではなく特許権の侵害も争点になっていることがポイントです。島野側は、「特許権侵害の対象であるアップル製品の電源アダプタと、それが同梱されているノートパソコン、MacBook ProとMacBook Airの日本での販売差し止め」を請求したそうです。もちろん、差し止めが最終目標ではなく、特許権による差し止めを武器に交渉を有利に運ぶということでしょう。アップル側にとって差し止めのダメージは甚大ですので、特許権を武器にしたことで島野製作所という中小メーカーがアップルと対等の土俵に立てたと言えます。これに対して「匠の技」だけを差別化要素にしていたなら、万一もめ事が起きたときの武器としては弱すぎます。

島野のプレスリリースには、どの特許権が根拠かは書かれていませんが、現時点で島野製作所が日本で所有する特許権は第5449597号第5329516号第5280511号の3件です(※わが国の特許電子図書館は公報にリンクが貼れないという前近代的設計になっていますので、特許情報サービスのアスタミューゼのサイトへのリンクを貼りました)。MagSafeのピン部分の構造の特許と思われます。


(特許5280511号の図2)

なお、当然ながらアップルはMagSafe自身の特許権(第4774439号)を持っているのですが、この特許は磁気で結合されるコネクタ全体の構造に関するものであって、個別のピンの構造には及んでいないと思われます(特許ファミリーの内容を全部見たわけではないので確実ではないですが)。

また、ついでに米国での状況を見てみると、島野製作所の上記国内出願に優先権を主張した国際出願(PCT/JP2012/065099)から米国に国内移行した米国出願13/878,280に対して、つい先日の9月3日に登録査定が出ています(まだ特許番号は確定していません)。日本での裁判に直接関係ないとは言え、アップルとの交渉において有利に立てる材料なので島野側関係者は万々歳だったのではないでしょうか?

ちょっと前にも、個人発明家がアップルから3億円強の賠償金を得たというニュースもありました(参照記事)。

強力なアイデアを特許化できれば、個人でも中小企業でも”ほぼ”対等に(現実には訴訟体力の問題等があるのでまったく対等というわけにはいかないですが)勝負できるのが特許の世界です。

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中山『著作権法』第2版必読です

著作権法の標準的教科書のひとつなっている中山信弘先生の『著作権法』の第2版が出ました。ページ数は530ページから690ページへと約3割増しになっています(字の大きさは一緒です、お値段も3割増しです)。

初版発行から7年経っているわけですが、その間に著作権法をめぐる状況には大きな変化がありました。これに対応して、第2版では、基本的な構成は同じ(冒頭は初版と同じく「著作権法の憂鬱」です)であるものの、新たな論考が追加されています。たとえば、フェアユースに関する部分は初版で約4ページでしたが、今回は約9ページと倍以上のページ数が費やされています。

そもそも、初版では、中山先生は、フェアユースに対しては日本の制度にそぐわないという消極的な立場だったのが、第2版では立場を大きく変えられています。これについて、脚注(219に、

本書初版(2007)においては、フェアユース規定の導入には消極的な見解を述べていたが、本文で述べる理由のように、現在はフェアユース規定を早急に導入すべきであると言う見解に改めた。

とストレートに書かれています。学術界だけでなく弁護士として活動するようになって企業の声をより多く聞くようになり、フェアユース的な規定がないと著作権法は世の中の流れに追いつけないと考えるようになったということでしょう(これに関して大昔に書いたブログ記事)。

他にもダウンロード違法化(+刑事罰化)等々、興味深い内容が満載ですので、今週末にでも通読してみたいと思います。

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猫でもわかる国際出願(PCT出願)

STAP特許出願でちょっと注目を集めている国際出願制度(PCT出願)について、ちょうど良い機会なので、説明しておきましょう(細かい手続き上の話は省略します)。

特許は各国ごとの制度

まず大前提の説明から。

世界共通で通用する「世界特許」なるものはありません。特許権は各国ごとに生じます。アメリカ国内で特許権を行使したいのであれば日本で特許権を持っていてもしょうがなく、アメリカの特許庁で特許権を取得しなければなりません。なお、審査も各国独立で行なわれますので、たとえば、同じ発明なのに、日本では特許化できて、アメリカでは特許化できないというような事態もあり得ます。

重要な発明であれば、世界の主要国において特許化しておきたいので、複数国への出願を行なう必要がありますが、出願を同時に行なわなければいけないと事務作業も翻訳も大変です。また、事業の成功もはっきりしない段階から多額の予算をかけることも非現実的です。かと言って、各国に順番に出願していくのも、たとえば、日本で発表したことを理由にアメリカで発明の新規性を否定されたりしてしまいますので、現実的ではありません。

このような事態を防ぐために、最初の出願日をキープしつつ、翻訳料などの多額の費用がかかるタイミングをできるだけ後に持って行き、事業の重要度に応じて各国で権利化を行なえるようにするための国際的制度があります。それが、パリ条約とPCT(特許協力条約)です。

パリ条約優先権

パリ条約は大変歴史の古い知財に関する国際条約で世界のほとんどの国(たとえば、北朝鮮も)参画しています。パリ条約が定める重要な制度に優先権があります。

これはある国に特許出願してから他の国に出願するシナリオで、1年をマックスに最初の国の出願日をキープしておける制度です。たとえば、2014/1/1に日本で出願→事業開始→2015/1/1に外国で出願という手順ですと、優先権を指定していないと事業開始を理由に外国で特許化できなくなりますが、優先権を指定すれば外国の出願日を日本の出願日と同じに扱ってくれますのでそのようなことはありません。また、第三者が偶然同じ発明を2014/1/2以降に出願していても、それを理由として外国での出願が拒絶されることはありません。一般に、特許の出願日は早ければ早いほどよいのですが、優先権制度を使うことで早い出願日をキープできます。

国際出願(PCT出願)

さらに一歩進んだ制度として国際出願(PCT出願)があります。これは、スイスにあるWIPO(世界知的所有権機関)に出願を行なっておけば、出願日をキープしつつ、一定期間寝かせておける制度です(WIPOでは特許の中身の審査は行ないません)。各国での審査は、各国特許庁に対して国内移行(一種の出願です)という手続きを行なって初めて開始されます(日本を含む一部の国では各国に移行した後にさらに出願審査請求を行なってから実体審査が始まります)。PCTはほとんどの国が参画しているので、米国、中国、韓国、EU等(金さえ出せば)多くの国に出願できますが、たとえば、台湾は参加していないので注意が必要です。

イメージ的には「出願の束」をWIPOに寝かせた状態で預かってもらっている。国内移行を行なうとその国の分だけが寝かせた状態から生き返ると思ってください。期日を過ぎても国内移行をせずにほっておくと実質上権利放棄したのと同じになります。国内移行の期日は国によって違いますが日本とアメリカは30ヶ月、EUは31ヶ月です。カナダのように延長料金を払えば42ヶ月まで待ってくれる国もあります。

最初からPCT出願を行なうケースもありますが、通常は、上記の優先権と組み合わせて使われます。たとえば、2014/1/1に日本国内に出願→2015/1/1に優先権を指定してPCT出願したとすると、各国への国内移行の意思決定は日本とアメリカでは(PCTの出願日ではなく)優先日から30ヶ月の2016/7/1まで待つことができます。翻訳料金や各国特許庁への支払いもこのタイミングになりますので、費用がかかるタイミングを後回しにできるということになります(PCT出願を使うと全体費用は増えますが、意思決定を後回しにできる点がメリットです)。

STAPのPCT出願の場合でいうと、このアメリカや日本等への国内移行の期日が2014年10月24日だったということになります。


日本で特許出願をされて是非アメリカでも特許化にチャレンジしたいというお客様もいらっしゃいますが、よほど権利化を急いでいるのである場合は別として、優先権制度により1年間出願日をキープできますので、パリ条約優先権を指定して1年以内に主要な事業実施国(典型的には米国)に出願するか、あるいは、PCT出願してさらに意思決定を先延ばしにするかを、時間をかけて検討することをお勧めします。日本でビジネスがある程度成功してから、海外(特にアメリカ)ででも特許化を目指しましょうという判断が可能だからです。

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