Googleの「性格ダウンロード特許」について

「故人を“再生”できる…「性格」ダウンロード技術、グーグルが特許」なんてニュースがありました。

人格データをクラウドからダウンロードしてロボットに吹き込むことによって、亡くなった親族や有名人の「性格」を持つロボットが身近な存在になる

と記事には書いてあります。SF映画によくある設定みたいですね。自分は鉄腕アトムにおける天馬博士とトビオのエピソードを思い出してしまいました(ちょっと古い?)

問題の特許は米国特許8,996,429(’”Methods and systems for robot personality development”「ロボットのパーソナリティを構築する方法とシステム」)です。登録日は2015年3月31日、出願日は2012年4月30日(優先日は2011年5月6日)です。念のため書いておくと単なる出願公開ではなく、権利が発生しています。なお、なぜか一部海外メディアでは特許9,002,725にリンクしていますが、それは全然違う特許です(誰かが最初に間違えたのをチェックしないで孫引きしているのでしょう)。

公報を読むと、特許のポイントは「故人」や「有名人」の話では全然なく、ロボットのパーソナリティ・データをクラウド上に置いて共用することであることがわかります。一般には、クラウド・ロボティクスと呼ばれる領域の一応用です。ここで、”personality”を「性格」や「人格」と訳してしまうと、Googleが人間のような性格や個性を持ったロボットの特許を取ったと思われてしまうかもしれませんが、公報ではそういう話は全然書かれてません。ここでいう”personality”は今でも普通に行なわれている「パーソナリゼーション」機能のパラメーターととらえた方が適切です。

US8,996,429US8,996,429

特許化されている案件なので権利範囲をチェックしてみましょう。クレーム1の内容は以下の通りです(仮訳は栗原による)。

1. A method for providing a robot apparatus with a personality, the method comprising:
obtaining, by a first device associated with a robotic apparatus, information from a second device, wherein the information relates to communication between a user and the second device containing personification indicators, and wherein the first device is configured to interact with the user;
in response to obtaining the information, the first device processing that information to obtain data usable to modify the robotic apparatus so as to provide the robotic apparatus with a personality, wherein processing comprises accessing a cloud computing system and analyzing one or more data of the information selected from the group of (i) characters, (ii) word-choice, and (iii) sentence structure relating to the communication between the user and the second device;
and based on the data, the first device modifying the robotic apparatus so as to provide the robotic apparatus with a personality.

ロボット装置にパーソナリティを提供する方法であって、
ロボット装置に対応する第一のデバイスが、第二のデバイスから情報を獲得する手順と、
前記情報の獲得に応答して、前記ロボット装置にパーソナリティを提供するよう前記ロボット装置を変更するために使用できるデータを取得するために、第一のデバイスが前記情報を処理する手順と、
前記データに基づいて、前記ロボット装置にパーソナリティを提供するよう、第一のデバイスが前記ロボット装置を変更する手順とを含み、
前記第二のデバイスからの情報は、擬人化指標を含むユーザーと第二のデバイス間のコミュニケーションに関連しており、
第一のデバイスはユーザーと対話を行なうよう構成されており、
第一のデバイスの前記情報の処理は、クラウド・コンピューティングにアクセスする手順と、ユーザーと第二のデバイス間のコミュニケーションに関連した(i)キャラクター、(ii)単語の選択、(iii)文の構造の中から選択した一種以上のデータの情報を分析する手順を含む方法。

要は、ロボットの対話機能のパーソナリゼーションの元になるデータをクラウドから取得して分析することがポイントでかなり範囲が広く、(少なくともクレーム1の)新規性はちょっと微妙な気がします。

おそらく日本で同等特許は出願されていないと思われますが、Pepper+クラウドのソリューションを米国で販売したりするとこの特許に抵触する可能性はあるかもしれません。

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Apple Watchがスイスで当面販売できないという報道について

iPhone Maniaという媒体に「アップル、スイスでは商標権からApple Watchは当面販売できない」という記事が載ってます。

「高級腕時計の生産で有名なスイスでは、1985年に取得された知的財産権が問題となり、今年の12月まで発売されない模様」、「(今年12月5日に期限切れとなる)この権利によりアップルは、腕時計に「apple」の名称やイメージを使用することができない」だそうです。商標権は更新料さえ払えば永遠に更新できるのでこの記述はちょっとおかしいのではないかと思いました。

この記事の元記事のApple Insiderの記事”Patent could delay Apple Watch debut in Switzerland, report says”を見てみると、タイトルに”patent”と書いてあります。時計にAppleと書くことで特許(utility patent)を取得できることは想定しがたいので、ひょっとして意匠権(design patent)のことなのかとも思いました。さらに、この記事の元記事の、ロイターの記事は”Swiss launch of Apple Watch hit by patent issue: TV”というタイトルでやはり”patent”と書いてあります。RTSというスイスのテレビ局のWebサイトが元ネタになっています。CNETにも、RTSとロイターを引用した”Apple Watch’s Swiss debut delayed by patent snag”という記事がありますが、中身はロイターとほぼ同じです。

で、大本のRTSのサイトにたどり着くと“Apple n’a pas le droit de lancer son Apple Watch en Suisse”というフランス語の記事でした。Google翻訳で翻訳してみる(日本語に訳すと意味がわからないですが英語に訳すちょっとましです)と、やはりスイス国内の商標権の話であることがわかりました。公報のページ(フランス語)が載っていたので、そこから商標登録番号(P-343807)を得て、スイス特許庁のサイトから英語版公報をダウンロードしてみました。

20150406-00044579-roupeiro-000-9-view

画像確かに満了日は今年の12月5日なんですが、前述のとおり、商標権は更新料さえ払えば永遠に更新できるので、元記事の「商標権の問題で今は売り出せないが、商標権は今年の12月5日に切れる」というのは正確ではありません。この点を、iPhone Maniaも、Apple Insiderも、ロイターも、CNETもそのまま引用してしまっています。さらに、patentという言葉を使っている時点でロイターとCNETは間違ってます(iPhone Maniaが商標権に直したのは評価できるかもしれません)。

なお、そもそもApple Watchに対してこの商標権を行使できるのか(この商標とApple Watchに付いた文字商標が類似するのか)という問題はありますが、仮に類似すると判断されたとしても、12月以降は問題ないというのはどっちにしろ間違いです。また、スイスでは5年間商標を使用していないと不使用取消の対象なので取り消せる可能性があるという話、権利者に更新の意図はあるのか(こんな記事になったら意地でも更新するかもしれません)という話はありますが、別論です。

追加取材・調査なしで他メディアを引用しただけの情報には注意が必要というお話しかと思います。

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芸人の一発芸を商標登録することはできるのか?

今までも何回か書いている音の商標の件(過去記事1過去記事2)、一般メディアでも数多くカバーされています。たとえば、産経新聞の記事では以下のような記載が見られます(この「知財専門家」とは私のことではありません)。

音の商標では、芸人の一発芸など楽譜にならない音も商標としての用途が認められれば登録対象になるが「出願が出てくるかは未知数」(知財専門家)。

確かに音の商標はMP3音源と言葉による説明があれば楽譜がなくても出願可能であり、識別性等その他の要件が揃っていれば商標登録は可能です。問題はそれに意味があるのかということです。

例として、日本エレキテル連合の「ダメよ〜ダメダメ」の彼女達自身による音声を商標登録出願したとしましょう(もう古いですがあくまでも例なので)。事務所による正規の出願であれば登録される可能性は高いと思います(厳密に言うと、森進一の「年上の女」の作詞家の著作権との抵触なんて話があるかもしれませんがクリアーされたものと仮定します)。

しかし、仮に無事登録されて商標権が生じたとしても、これによって他の芸人が「ダメよ〜ダメダメ」のネタをパクるのを禁止することは困難です。

商標権は、特定の言葉やマーク(そして、音声)の使用全般を独占できる権利ではありません。それらの言葉、マーク、音声を商品やサービスの標識として使用できる権利です。これはなかなか説明しにくいポイントなのですが、「hogehoge印の(商品名またはサービス名)」と言ってすっきりするようであれば、hogehogeは商標として使用されていると言えます。

たとえば、「ダメよ〜ダメダメ」の音声商標がアイスクリームを指定商品として登録された(いわゆるタイアップ商品的なケースです)とすると、他人が「ダメよ〜ダメダメ」と似た音声を使ってアイスクリームのCMをしたり、販売したりすることを禁止できます(つまり、「ダメよ〜ダメダメ印」のアイスの販売等を禁止できます)。なのでタイアップ商品の模倣を防ぐ点では意味があります。しかし、他人が、芸の中で「ダメよ〜ダメダメ」と口に出すのは商標としての使用ではないので、そもそも商標権の及ぶ範囲ではありません。

ではネタのパクリを防ぐ他の手立てはないかというと、ある程度長いネタであれば言語の著作権(ネタによっては舞踊の著作物)として保護される可能性はありますが、一発芸だとちょっと厳しいと思います。結局、知財うんぬんではなく業界における礼儀に帰着する話ということでしょう。

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正露丸のラッパの音楽の商標権と著作権について

商標法改正により日本でも音の商標が登録可能になったことはちょっと前に書きました。早速、大幸薬品が正露丸のCMでおなじみのラッパ音メロディを商標登録出願したことを発表したそうです(参照記事)。

念のため書いておくと、この商標が登録されて商標権が発生しても大幸薬品がこのメロディ(軍隊ラッパの食事の合図メロディですね)の演奏を独占できるわけではありません(これは著作権の範疇になります)。あくまでもこのメロディを自社製品の標識として(つまり、商標として)使用できる権利を独占できるだけの話です。

この軍隊ラッパの食事メロディ、てっきりパブリックドメインかと思っていたら、軍人でもあった音楽家須摩洋朔氏(2000年没)の作品(タイトルは「食事」)だそうなのでまだ著作権は存続しています。大幸薬品は権利者(の遺族)からライセンスを受けているのでしょう(追記:この曲はJASRACに信託されているようなので所定の使用料さえ払えば自由に使えるものと思われます。)

一般論として、まだ著作権が残っている音楽の著作物を音の商標として出願するとどうなるかを検討してみようと思います。

特許庁の商標審査基準では、音の商標と著作権との間の問題について特別扱いしているわけではないので、一般的な商標登録出願と著作権の関係に準ずることになるでしょう。

商標法上は他人の著作権を侵害する商標は登録しないという規定はありませんので、他人が著作権を有する音楽を音の商標として出願した場合に、そのまま登録されてしまう可能性はあります(そもそも、特許庁の審査官にあらゆる音楽の著作権を侵害しないことを調査せよというのも無理な話です)。とは言え、明らかに他人の著作権を侵害する音楽を含む商標(たとえば、ディズニーと関係ない人が「レットイットゴー」のメロディをそのまま出願したようなケース)については、商標法4条1項7号(公序良俗違反)を理由として拒絶されることになる可能性が高いです。

第四条 次に掲げる商標については、前条の規定にかかわらず、商標登録を受けることができない。(中略)
七 公の秩序又は善良の風俗を害するおそれがある商標

ここでの「公序良俗違反」とは別にわいせつ物等に限った話ではなく、審査官がこの商標を登録すると社会的にまずいと判断した場合に適用されます(たとえば、歴史上の著名人物を勝手に商標登録出願するとこの条文を理由に拒絶され得ます)。

では仮に登録されてしまうと商標権により著作権がオーバーライドされてしまうかというとそのようなことはなく、出願前に発生していた著作権と抵触する時は商標を使用できないという別の調整規定(商標法29条)があります。この場合には、せっかく金を払って商標登録をしても実際には(著作権者の許諾がない限り)使えないということになります。

第二十九条 商標権者、専用使用権者又は通常使用権者は、指定商品又は指定役務についての登録商標の使用がその使用の態様により(中略)その商標登録出願の日前に生じた他人の著作権と抵触するときは、指定商品又は指定役務のうち抵触する部分についてその態様により登録商標の使用をすることができない。

他人の音楽を勝手に商標登録出願するというケースは現実にはあまりないと思いますが、たとえば、広告主が、サウンドロゴの作曲を他人に依頼して、著作権契約関係を明確にしないまま、音の商標として登録してしまったた等のケースでは問題になり得るかもしれません(これに関連して大昔に書いたブログ記事)。

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【実務者向け】特許関連期日管理とカレンダー同期について

特許事務所の運営において期日管理はきわめて重要です。法律で定められた期日を逃して特許が取り下げになってしまったりするとクライアントに多大な損害を与えることになってしまいます。

期日管理は専用ソフトウェアを使っている事務所が多いと思いますが、弊所ではOutlookを使っています。月間数十件ペースで出願するのであれば専用ソフトが必要になってくるかもしれませんが、まだそこまでは行ってませんのでOutlook(とAccessによる自家製データベース)で十分以上の管理ができています。

たとえば、特許出願をした場合には、その10ヶ月後(国内優先権、PCT出願の案内送付)、2.5年後(審査請求のご案内送付)、3年後の2週間前(審査請求の最終告知)等の期日等をOutlookのカレンダーの予定として作成します(分類を派手な赤色にして他の予定と区別しやすくしています)。

OutlookカレンダーはマイクロソフトのOutlook.comサービス経由で複数のPC、スマホ、タブレット間で同期しています。以前はiCloudを使っていましたが、iCloudはAndroidと同期できず、一方GmailはPC上のOutlookと同期できないので、PC、iOS、Androidで共通に同期するためにはOutlook.comの一択となります。

Outlookを使うことで以下のようなメリットが得られます。

1. PC、iOS、Android、ブラウザのどこからでも期日が確認・入力できます。
2. 期日直前ににアラートをプッシュ表示することが可能です。
3. カレンダーのマスタデータはクラウド上にあるので、万一、PCに障害があっても大丈夫です。
4. 期日と他の予定が一緒に表示されるのでスケジュール調整がしやすいです。
5. 予定の文字列検索やデータのインポート/エキスポート等の付加機能が使用可能です。
6. ベンダーが経営難でサポートが中断というような心配がありません。

なお、Outlookで、たとえば、今日から10ヶ月後という日付を入力する場合、日付欄で10moと入力すると自動的に変換されるので便利です(参考記事)(休日の処理がされませんが、結果的に早め早めに表示されることになるので、問題ないかと思います)。

なお、Outlookに加えて、Accessのデータベース上でも案件管理していますし、差し迫った期日(補正期日等)は(自分の席上の)ホワイトボードに書いてアナログ管理する等、念には念を入れています。

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