ソフトウェア特許反対論者は立場を明確化しよう

サッカーで相手チームのオフサイドトラップ戦法で負けたチームの監督が「そもそもオフサイドというルールがあるなんておかしい」と言ったら無能扱いされてしまうでしょう。同様に、他社から特許攻撃を受けている企業が「今の特許システムはおかしい」と言っても、自社の特許戦略がちゃんとしてなかったことを公言しているに過ぎません(もちろん、Googleのことを指して言っています)。

とは言え、そもそも今の特許システムは本当にあるべき姿なのかという議論は当然に必要です。サッカーもその誕生以来ルールは変わってきているわけですから、ルールをどう変えるべきかという議論をするのは当然です(ただし、個々のゲームの話をしている時に、ルール設計というメタな話を持ち出すことは「スレ違い」とうことです)。

ルールがどうあるべきかという話で言えば、現在の特許システムに問題なしと考えている人は(一部のパテントトロールを除いて)ほとんどいないでしょう。企業が特許訴訟合戦で疲弊し、真のイノベーションが阻害されていることは否定できません。特に、 ソフトウェア特許が問題ではないか、ソフトウェアに特許権を与えるべきではないのではないかと主張する人も少なからずいます。

現行の特許制度を批判する場合では、具体的にどの点に反対するのかを明確化する必要があると思います。漠然と「特許はよくない」では話が進みません。少なくとも、自分が以下のどの立場にあるのかを認識した上で意見を述べるべきと考えます。

1)そもそも特許制度自体に反対する
アイデアは自由に流通すべきであって(たとえ期間限定であっても)アイデアの独占を許す特許制度自体が問題であるという考え方です。確かに、哲学的議論として、あるいは、思考実験として議論するのであれば興味深い課題と言えますが、現実的議論としては意味がないと思います。また、特許制度がなくなればイノベーションがより流通するようになるという考え方も疑問です。アイデアが模倣され放題なのであれば、経済的に合理的な行動はアイデアを秘匿化することであり、イノベーションの流通がかえって阻害される可能性もあります。さらに現実的に言えば、仮に特許制度が撤廃されたとしたならば、喜ぶのは一部の新興国だけで我が国の国益は大きく損なわれてしまうでしょう。

2)現在の独占権に基づいた特許制度に反対する
現在の特許制度は(そういう意味では著作権制度も)基本的に所有権に類似した独占権を付与することをベースにしています。しかし、必ずしもそうでなければいけないわけではありません。たとえば、特許権を他者の実施を差し止めできる禁止権ではなく、報酬請求権として発明者へのインセンティブとする考え方もあります。そこまでドラスティックにしなくても、たとえば、(特に、権利者が自分で発明を実施していない場合)強制ライセンスを裁判所がより積極的に設定できるような制度改革を行えれば、現状の問題はある程度改善されると思います。

3)ソフトウェア特許に反対する
そもそもソフトウェアに特許を与えることに反対するという立場です。しかし、この立場を取るのならば、なぜ他の産業分野とソフトウェアを区別しなければいけないのかという疑問に答える必要があります。お米をおいしく炊ける温度調整ができる炊飯器の発明があったとして、それをハードウェアで実装すれば特許の対象になり得るのに、ソフトウェアで実装すると特許の対象にならないというのではつじつまが合いません。なお、アルゴリズムそのものに特許を与えるのはおかしいという意見が聞かれることがありますが、現在では、基本プロパテントの米国においてすらもアルゴリズムそのものに特許が与えられることはありません。

4)自明なソフトウェアのアイデアに特許が付与されることに反対する
自明なアイデアに特許という独占権が与えられてしまうとイノベーションが阻害されてしまうのは否定できません。しかし、これは別にソフトウェアに限らず、あらゆる技術分野に当てはまる話です。ソフトウェアに関する特殊事情で言うと、他の産業分野(機械、化学、電機等々)と比較して歴史が浅いため、文献の蓄積が薄く、かつ、特許庁の担当者の経験も浅いために、進歩性を欠く発明に特許が付与されてしまうケースが多い時期があったとは言えるでしょう。一般に、1990年代に付与されたソフトウェア関連特許(特に米国)は、進歩性に疑問があるものが多いと言えます(私見では、たとえば本ブログで紹介したこの特許など)。

ここで、特許の進歩性を判断する基準となるのは、今現在ではなく、出願時点であるという点にも注意が必要です。10年以上前に出願された特許を今の目で見れば当たり前のように見えるのは当然です。たとえば、Appleのオートリンク特許に対して「こんなのは携帯でもやってる」と言ったりする人がいたりしますが、この特許の出願日はi-modeのサービス開始よりはるか前です。これほど昔の特許ではなくても、「コロンブスの卵」的に誰かが思いついたアイデアを後付け(hindsight)で判断すると進歩性がないように見えてしまいがちである点には注意が必要です。

私自身の立場を言えば、(当然ながら)4、そして、より長期的には2ということになります。一般によく見られるパターンは、ソフトウェア特許に反対(3の立場)と言いながら、その根拠として特定のソフトウェア特許に進歩性が欠けている(4の立場)を主張しているケースです。

たとえば、ソフトウェア特許に対する批判的な書籍の「古典」として今野浩先生の『カーマーカー特許とソフトウェア―数学は特許になるか』(絶版)がありますが、この本でも、アカデミックな研究成果で特許を取るのが問題なのか、ソフトウェア(アルゴリズム)に特許権を与えるのが問題なのか、カーマーカー特許という特定の特許の進歩性がないのが問題なのか、が場所によって使い分けられており一貫していないという印象を持った記憶があります(なお、本としては大変おもしろくためになりますので、入手できた方は一読をお勧めします)。

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【Webメディアの皆様へ】本ブログのシンジケーションについて

前回書いたGoogle-Motorolaに関するブログ記事をCNET Japanさんに記事として転載していただきました。はてブやtwitterから判断する限りそこそこアクセスは稼げているのではないかと思います。本件、元々は記事執筆依頼があったのですが、帰省中でちょっと時間がなかったため、書き下ろしではなくブログ記事そのまま転載というやり方にさせていただきました。

欧米ではよくあるパターンだと思いますが、このようなブログ記事のシンジケーションを今後も積極的に進めていければと思っています。今回のような突発的にニュースに対する最速の分析記事が必要な際等に、Webメディアの皆様に是非検討いただければと思います。条件的には以下のような感じです。

1)原則、ブログ記事そのままの掲載でお願いします。ブログというメディアの特性上、「ですます」調でややカジュアルな文体になります。

2)記事内に弊社の紹介と弊社サイトへのリンクの掲載をお願いします。

3)ブログというメディアの特性上、書いた後での修正が入る可能性が高いですが、ブログ本体との迅速な同期をお願いします。

4)掲載料はご相談となりますが、通常原稿料の1/3から1/2くらいを想定しています。

という感じで各Webメディアの皆様、よろしくお願いいたします。また、書き下ろし記事についても、基本断らないという方針でやっていますのでよろしくお願いいたします。最近知財関係ネタが多いのでそちら専門になったと思われているかもしれないですが、IT系のリサーチもずっと続けております。

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Motorolaの買収に見るGoogleの苦悩

GoogleがMotorola Mobility(2011年1月に分社化したMotorolaの携帯事業会社)を125億ドルという巨額で買収する意図を発表した件が話題になっています(参照記事)。Motorola Mobilityの時価総額を考えると60%のプレミアムを支払っての買収であり、Google自身も認めるように特許ポートフォリオを固めるための買収というのが一致した見方です。

Googleは、ここのところ、AppleとMicrosoftによるAndroid携帯機器メーカーに対する訴訟、および、OracleによるGoogle本体への訴訟を初めとする特許攻撃に悩まされていました。ちょっと前にも書いたように、裁判において特許侵害が認められると、実施を完全に禁止するか、ライセンスするかの選択は特許権者の裁量なので訴えられた方はかなり不利になります。侵害が確定した時点で訴えられた側が取れる最善の選択はクロスライセンス、つまり、自分の所有する特許を訴えた側にライセンスする(あるいは訴えた側を逆に訴える)ことで交渉を有利に進めることです。しかし、このためには、自分が強力な特許を所有している必要があります。

企業にとって充実した特許ポートフォリオは他社を訴えるという攻撃目的にだけではなく、他社から訴えられた時の防衛目的でも重要です。

しかし、Googleの所有特許数は700件強で、1万件を大きく超えるAppleやMicrosoftと比較して明らかに不利な立場にありました。

ということで、Googleは、破産したNortelへの特許オークション参加(ただし、Apple/MS連合軍に競り負け)、IBMから1000件以上の特許権購入(参考ブログエントリー)、パテントトロールのInterDigital社の買収検討等、着実に自社特許ポートフォリオ構築の努力を積み重ねてきました。しかし、問題が起きてからあわてて対応するのでは遅すぎるというのが一般的見方です。

特許が欲しいだけだったらIBMのケースと同じように特許権だけ買えばよいのであって、会社ごと買う必要はないのではないかという意見もあるかもしれません。しかし、Motorola側もおいしいところだけ持って行かれるわけにはいきませんので、特許権のみの売却は拒否した可能性があります。なお、会社ごと買収してしまった場合には、会社所有の特許権は会社の資産ですから、否応なしに特許権も買収されてしまうことになります。

会社ごと買収してから特許権だけ残して事業会社をスピンアウトしてしまえばよいという意見もあるようですが、時間もかかりますし、そもそも両社間の契約により禁止されている可能性もあるかもしれません。

いずれにせよMotorola Mobilityの所有特許件数は1万7千件と言われていますので、この買収が成立すれば少なくとも数の上ではGoogleの特許ポートフォリオはかなり強力になります。とは言え、課題がないわけではありません。

第一に、GoogleはMotorola Mobilityを独立した事業体とすると確約してはいるものの、携帯機器メーカーから中立な立場でオープンなモバイルOSを提供するというAndroidのそもそもの思想が損なわれてしまうことになります。HTC、Samsung等の他の機器メーカーがWindows Phoneに流れる可能性もあります(と言いつつ、MSとNokiaの今後の関係が今以上に強くなる可能性も十分にあるので何とも言えませんが)。かといって、Google+MotorolaでAppleのような強力な垂直統合型ビジネスが展開できるのかというと、これまた難しいと思います。

第二に、Motorola Mobilityの所有特許は確かに数としては十分ですが、本当にApple/MS/Oracleに対する抑止力になるのかという問題があります。もし、なるのであれば、Motorola自身もAppleやMSから特許攻撃を受けてきたわけですから、その時に使っているはずもっと有効に使えているはずではないかというロジックです。(11/08/16訂正:すみません、書き方が不正確でした。MotorolaはMSとAppleに対する訴訟はしています、ただし、今のところ両社からの訴訟の抑止力にはなっていないのではないかという話です)。

ということで、不確定要素は多いですが、現時点での私の感想を一言で述べるならば、Googleの対応は遅すぎたということです。どんな買い物でもそうであるように、買い手が弱みを抱えた状況であわてて買えば、ほぼ確実に高値づかみをすることになります。

Googleが最近よく述べているように、現在の(特に米国の)特許システムがイノベーションを阻害しているのではないかという意見には一理あります。しかし、だからといって他社からの特許攻撃対策をとらなくてよいというわけではありません。そもそも、Google自身もスタンフォード大のPageRank特許、そして、Overture社のAdWords特許のライセンスがあってこそ成長できた会社なので、特許システムを軽視することはダブスタだと思います。

いずれにせよ特許問題がここしばらくのGoogleの最大の悩みの種になることは確実でしょう。ここから先は私の「邪推」になってしまいますが、2011年4月のEric Schmidt氏のCEO退任もこういう事態を見越しての引責辞任(あるいは「勝ち逃げ」)であったのかもしれません。

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コンバースの並行輸入問題について

息の長いブランドのひとつであるコンバースですが、現在は米国からの並行輸入が禁止されているようです。(参考togetter)。

理由は商標法上の問題です。ちょっと長くなりますが説明します。

商標の使用には生産や販売だけではなく輸入も含まれますので、日本において商標権を持っている人は許可なく輸入される商品を税関で差し止めることができます。偽ブランド品を国内市場に入る前に水際で規制するのは理にかなっています。

ただし、ここで、偽ブランド品でない本物の並行輸入はどうなるかという問題があります。これは「真正商品の並行輸入」という商標制度上の論点です。判例的には、いくつかの条件を満足していれば(商標の出所表示機能が損なわれているわけではないため)並行輸入は問題なしとされています。その条件のひとつが「内外権利者の同一性」です。たとえば、外国における商標権者と日本における商標権者が親子会社というような条件です。

これは、よく考えてみれば当たり前の話です。「内外権利者の同一性」という条件がないと、たとえば、日本のブランド(例としてセイコーとしましょう)の商標権がないマイナーな国で勝手に商標登録して、日本のセイコーとは何の関係もないボロ時計に「セイコー」というブランドをつけて販売し(これ自体はその国においては合法)、日本に輸入することが許されてしまいます。これでは、日本におけるセイコーの商標権は実質バイパスされてしまいますね。

ということで、通常のブランド品(本物)を海外で買って並行輸入する上で問題はないのですが、コンバースの場合には、一度倒産して伊藤忠が資本参加してコンバースジャパン設立、その後、本体はナイキに買収という複雑なな経緯をたどっており、現時点では日本の商標権者と海外の商標権者が同一ではないという事情があります(参考Wikipediaエントリー)。要するに米国のコンバースと日本のコンバースはブランドは同じでも別物ということです。

実は、この件は裁判になっており、日本の権利者の主張が認められています(参考ブログエントリー12)。

というわけで、一般消費者視点では米国コンバースは偽物という認識ではたぶんないと思うので腑に落ちないかもしれないですが、米国コンバース製品の並行輸入は違法ということになります。

なお、商標権は「業として」の使用にしか及びませんので、個人で使うために海外で買った商品を国内に持ち込む分には商標法的には問題ありません(もちろん、倫理的な問題は別です)。ただし、露骨な偽ブランド商品の場合には「任意」の放棄を要求される運用になっているらしいです(この辺は税関のサイトで文書化されているわけではないのでまた聞きレベルの情報)。もしこの「任意」の要求を断るとどうなるのかはそういう経験がないのでわかりません。また、一人で同じ商品を(特に箱入りのまま)何個も持っていたりすると、販売目的、つまり「業として」と判断されて没収されてしまうこともあるようです。前記togetterの情報でもコンバース3個持っていた人が税関で没収されてしまったようですが、まあこれはしょうがないかもしれません。

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Googleにおける攻撃は最大の防御について

GoogleがIBMから千件以上の特許権を買ったというニュースがありました(参照ニュース)。Googleは、Androidだけではなく、ビデオコーデックのWebM等でも特許侵害訴訟を抱えており。特許訴訟への対応が全社的優先事項になってますので当然の動きと言えましょう。

一般に、企業が特許侵害で訴訟された場合の対応としては大きく4つのアプローチがあります。

1.否認
特許を侵害していないと主張することです。具体的には自分が販売や生産をしている商品やサービスが侵害の根拠となった特許の技術的範囲に属さないことを立証することになります(これの具体的なやり方については別の機会に書きます)。

2.抗弁
典型的には特許が無効であることを主張することです。特許の出願日前(米国の場合には発明日前)に公知だった文献を探してきて実は特許は無効だったのだ等の主張を行なうことになります。

3.回避
侵害製品の販売や生産をやめたり、設計変更を行なって特許権を侵害しない状態にします。ただし、過去の侵害による損害賠償からは逃れられません。要するに「負け戦」です。

4.ライセンス
訴えた側とライセンス契約を結んで特許発明の実施を許諾してもらいます。ここで、単に金を払うだけではなく、自分の持っている特許で相手を訴える(あるいは訴えると警告する)ことでライセンス交渉を有利に運ぶことができます。通常は、お互いが相手の特許をライセンスし合う契約を結ぶことになります(これがいわゆるクロスライセンスです)。しかし、訴えた側が製品の製造や販売を行なっていない場合には、クロスライセンスの戦略が使えません(相手はライセンスされてもうれしくも何ともない)ので、訴えられた方が圧倒的に不利になります。これが、いわゆる特許ゴロの問題です(これについてはまた別途)。

ということで、他者からの特許攻撃に対してクロスライセンスで対抗するためには、自分もある程度特許権を取得しておく必要があります。つまり、攻撃(できる体制を作ること)こそが特許における最大の防御ということになります。Googleは企業規模で見ると所有特許の数は少ない(700件程度)ので特許ポートフォリオを構築することが急務でありました。

ところで、冒頭の記事ですと、GoogleはNortelの特許オークションで競り負けたのであわててIBMの特許を買ったように見えますが、例のFlorian Mueller氏のブログによれば、Nortelの特許オークションの前から特許権の移転は始まっていたようです。なので、Nortelの件とIBMの件は並行して進んでいたと考えるのが妥当かと思います(そもそも、Nortelのオークションから1か月もたっていないので、NortelがダメだったからIBMというのではいくら何でも時間がなさ過ぎます)。

著作権の場合には公衆の利益(特に米国の場合)やフェアユース規定などを錦の御旗にして強引に事を進めてきた経緯があるGoogleですが、特許は著作権とは異なり企業同士のガチンコ勝負なので、同じような戦略は使いにくいと思います。なので、今回の動きは賢明でしょう。本当はNortel特許の方を何とか押さえておくべきだったとは思いますが。

なお、特許を売った方のIBMはどうかということですが、Googleとの間の契約によりGoogleはこの特許を元にIBMに権利行使しないという約束になっているはず(これは社外からは見えない企業間の契約)なので大きな問題ではありません。IBM自らがこれらの特許で他者を訴えるという選択肢が使えなくなっただけの話です。

そういう意味でいうと、たとえば、GoogleがIBMから買った特許でAppleを訴えようとした時にAppleとIBM間に別のクロスライセンス契約に特許権不行使の合意があることでそれができない可能性も出てきます。もちろん、この辺は全部加味した上で購入金額を決めているはずです。

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