揺れる「ビッグデータ」の定義

ZDNetで「ビッグデータ」に関する連載を始めました。週1ペースで全9回くらいの連載になるかと思います。また、ソフトバンクビジネス+ITのサイトで携帯特許戦争について連載する予定です(こちらは、まだ入稿できてません、どうもすみません)。これ以外にもタイアップサイトでインフラ系の連載が始まるかもしれません。最近ちょっとコンサル/調査系の仕事が暇になってきた(苦笑)ので、執筆ものに力を入れていく予定です。(あと、翻訳ものの超大型案件が入ってますがこれはまだ発表できる段階ではありません)。

さて、上記連載記事でもちょっと触れましたが、他のIT関連キーワードと同様に「ビッグデータ」の定義も揺れています。

もちろん、「大量データ」という意味を含むのは当然なのですが、「非定型データ」(数値、文字列以外のデータ)という条件もないと「ビッグデータ」とは呼ばない説、さらに「リアルタイム性」という条件も必要という説もあり、様々です。まとめてみると以下の表の中でどこからどこまでを「ビッグデータ」と呼ぶかということになります(「大量」のコラムは意味ないですがわかりやすくするために入れてみました)。

大量非定型/定型リアルタイム
非定型Webログ
定型大規模データウェアハウス(オペレーショナル)
非定型×マルチメディアアーカイブ
定型×大規模データウェアハウス(バッチロード)

今まで自分は、1と3、つまり、大量+非定型というデータタイプを「ビッグデータ」と呼んでました理由は、たとえば、WikipediaにおけるBig Dataの定義などを見ると「従来型のDBMSでは処理しにくい量のデータ」となっているからです。大量+定型データであればTeradataなどの従来型並列DBMSでペタバイト級以上でも処理できてしまう(現実の事例多数)なのでこの定義に当てはまらないからであります。また、Wikipediaのエントリーで「ビッグデータ」の例として挙げられているデータがWebログ、RFID、センサー、ソーシャル。ネット、CDR、医療情報等々とすべて非定型データなのもこの定義の妥当性を裏付けています。

しかし、最近の文献を見ると、上記の1?4まで全部合わせて「ビッグデータ」と言ってしまうケースが多いようです。たとえば、マッキンゼー・グローバル・インスティテュート(MGI)のレポート“Big data: The next frontier for innovation, competition, and productivity”では、「ビッグデータ」をかなり広くとらえており、その経済効果も、たとえば、小売業におけるトランザクション分析(Walmartのデータウェアハウスなどの話)なども含めて算定しています。ベンダー的には市場規模が大きく見える方が好ましいので、できるだけ広い定義を採用したいでしょうね。

余談ですが、MGIはコンサル会社マッキンゼーの調査部門で、定期的にレポートを発行しています。結構ITよりのレポートも多いですし、特に、テクノロジーのメガトレンドだとかITのビジネスへのインパクトのような内容が多いので参考になります。何よりも無料ですし、引用する場合にもマッキンゼーのブランドによる「箔付け」効果はかなり高いので便利です。そういえば、昔は有料だった(自分も金払って購読してました)マッキンゼーの論文集”McKinsey Quaertly”も、今はWebで無料に読めるようになったのでありがたいことです。

さて、「ビッグデータ」の定義の話に戻りますが、当面は広義には「大量データ」、狭義には「大量+非定型データ」と考えておくのが無難かと思います(リアルタイムという条件は二義的だと思います。)

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Android陣営は垂涎かもしれないPalmの特許ポートフォリオ

HPの年次アナリストイベントにおいてTouchPadの製品計画を最初に聞いたとき、「確かにPalm由来のWebOSテクノロジーの素性はいいかもしれないが、市場がiPadとAndroidで支配されつつある今からISVのエコシステムを築くのは困難だろう、HPには何か秘策(ものすごく安いとか、Windowsとデュアルブートとか)があるのだろう」と思っていました。しかし、実際に出た製品は特に何の秘策もなかった(しかもちょっとお高め)だったのでがっかりしてしまいました。

案の定、ほとんど売れなかったようで、早くも8月18日には、HPはWebOS系ハードからの撤退を発表します。Fail Fast, Fail Cheap的な発想としては良いのですが、だったらそもそも何でWebOSベースのハードを出そうと思ったのかということになります。市場のニーズがあるからというoutside-in型の発想ではなく、買収したPalmのリソースがあるからとりあえず何か作ってみるかというinside-out型の発想があったとしか思えません。

一般に、プラットフォーム製品は、「ISVのエコシステム確立→ソフト充実→プラットフォーム売れる→ISVがますます集まる」という良循環を達成できれば一気に普及しますが、逆に「ソフト不足→プラットフォーム売れない→ISVが離れる→ソフト不足」という悪循環にはまるとそう簡単には抜け出せないので、衰退フェーズに入ったプラットフォーム・ベンダーの企業価値の評価には十分な注意が必要です。『MSよ、グーグルに対抗してノキアかRIMを買ってはいけない』なんて記事がありましたが、まさにその通りだと思います。

しかし、特許資産となると話は別です。衰退しつつあるプラットフォームの価値は疑問としても、昔から研究開発をしている企業には魅力的な特許資産がある可能性があります。Palmも1992年かPDAを作っていますので強力な特許ポートフォリオを持っている可能性があります。

以前に、AppleとPalmの間で特許関係が問題になりそうになった時のEngadgetの記事ではPalmの特許がいくつか紹介されています。たとえば、1) 周りの明るさに合わせてディスプレイの明るさを自動調整、2)電話アプリのダイヤル画面に連絡先を表示、3)AC電源につながれている時は画面を自動で暗くしない、4)キャッチホン使用時にひとつの画面を切り替えて使用、などです。正直、進歩性に疑問もあるものもありますが、PDA、スマートフォン関係で数百件の特許を有しているのでまあそれなりに魅力はあると思います。

当然、GoogleはPalm(WebOS)の資産(できれば特許だけ)を買いたいと思っているでしょう。しかし、最近出た噂ではどうやらSamsungが積極的にWebOSビジネスを買収しようとしているようです(参考記事)。GoogleのMotorola買収によって、SamsungにとってGoogleも完全な「お友達」とは言えなくなりました。ゆえに、AppleだけでなくGoogleとも戦える特許資産を保有することが重要になってきたわけです。

『米グーグルのモトローラ買収で「特許バブル」は終えんか』なんてロイターの記事がありましたがスマートフォン関連特許の世界ではまだまだいろいろ動きがありそうです。

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飲み会等で出願前のアイデアを他人に話さない方がよい(少なくとも来年4月までは)

最近、ベンチャー系の集まりに顔を出すことが多くなっています。そういう場(特に飲み会)では当然に自分のアイデアをある程度公開して支援者やパートナーを探すという状況があります。ここで、単なる抽象的なビジネスモデルの話であればよいですが、具体的な技術的アイデアの話をするのであれば、特許出願をしておいてからの方がよいと思います。

仮に、飲み会の場であっても、出願前に発明の内容を(機密保持契約を結んでいない)他人に話すと、新規性を喪失してしまい、特許化が不可能になります(実際に争いになるか、またそれをどう証明するかという問題はありますが)。特に、たとえば、ユーザー・インターフェース関連のアイデアのように、説明したり現物を見せてしまうとその本質が丸わかりになってしまうアイデアには注意が必要です。

「自分は特許には興味がない、アイデアは自由に使って欲しい」という考え方の人もいるかもしれません(その考え方自体は否定しません)。しかし、そのような場合でも特許出願はしておいた方がよいと思います。そうでないと、たとえば、他人があなたのアイデアを盗用して「これは自分が考えたんだよ」と標榜するかもしれません。また、あなたのアイデアを改良して出願し、特許化してしまうかもしれません(もし、そうなるとあなた自身もその改良発明を実施できなくなります)。「それでもかまいません」という聖人のような人であれば別ですが「さすがにそれはいやだ」というのであれば、やはり特許出願はしておいた方がよいと思います。アイデアをオープンにしたいのであれば、特許化して権利を押さえておいてからそれを無償でライセンスすればすむ話です。

なお、実は、この新規性関連については、特許法の改正が既に行なわれており(施行日はまだ確定していないですが来年4月が濃厚だそうです)、発明者自身の行為によって新規性を喪失しても、6か月以内に出願すれば新規性は喪失しないことになります。出願前は発明を絶対に公言しないというのは特許の入門書を読むと必ず書いてある話だと思いますが、その条件が緩和されます。たとえば、セミナー等で発表してしまった後で「これ特許化できるかも」と気づいた時にも救済されることになります。なお、発明を使った物を作って販売してしまった場合でも大丈夫です。

と言いつつ、飲み会で自分の発明について話してそれを人づてで聞いた誰かが、自分より先に出願してしまった場合、それを証明するのはなかなか困難です。「あなた、私の話を聞いて出願したでしょ?」と言っても「いや自分で考えましたよ」と言われたら、文献の証拠が残っていれば別ですが、飲み会の話レベルであればそれに反証するのは困難です。また、外国での権利取得も考えている場合には、たとえば、出願前に物を作って販売してしまったりすると権利取得が不可能になる場合もあるので、公開前に出願しておくべきという大原則は変わることはありません。

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iPhoneの「スライドしてスリープ解除」特許は無効になる可能性大

また、FOSS Patentsがネタ元です。

欧州において特許侵害に基づく販売禁止仮処分命令が出されてちょっと苦しい立場のSamsungですが、明るい兆しもあると言っています。その理由は、Appleが主張した特許の多くがオランダの裁判所によって進歩性を欠き無効であると判断されたことにあります。

まだ、仮処分の段階なので確定ではないのですが特に注目すべきものとして、iPhoneやiPadで使用されているスライドバーによるスリープ解除アクションの特許(米国特許公報)があります。

私は、以前、HTCのWindows Mobile機を使っていましたが、これは電源ボタンの長押しでスリープ解除する仕組みでした。これですとポケットやかばんの中でいつのまにかスリープ解除してしまい誰かに勝手に電話をかけてしまうという事故が結構ありました。かと言って、解除時にいちいち暗証番号を入れたりするのもめんどくさいですね。Windows MobileからiPhoneに持ち替えたとき、スライド式の起動方式を見て、簡単に起動でき、かつ、誤って起動してしまうこともないエレガントな設計にさすがAppleと思ったものでした。

しかし、今回のオランダでの裁判において、スウェーデンの小規模携帯メーカーのWindows CE機で同様のアイデアがAppleの出願(2005年12月)より前に使用されていた証拠を、Samsungが無効理由として提出しました。これにより、オランダの裁判所は本特許は進歩性を欠き、無効であると判断したようです(あくまでも仮決定)。

そもそも、特許の審査プロセスとは「特許できる理由を探す」プロセスではなく、「特許できない理由がない」ことを確認するプロセスです。これはいわば「悪魔の証明」なので、絶対に漏れが生じます。特許制度自体がこのような漏れ(本来は進歩性がないのに特許にしてしまう)ことを前提に作られており、後で、利害関係者が裁判や審判で無効性を争うことができるようになっています。

このように特許権者が訴える→訴えられた方が出願前の先行技術を探して特許を無効化するというパターンは、別に今回のケースに限らず、さらには、ソフトウェア特許に限らず、あらゆる特許訴訟において頻繁に行われているパターンです。これにより、進歩性・新規性がない特許が無効になり、真のイノベーションを生み出す特許だけが残っていくことになります。

これを労力の無駄と考える人もいるかもしれませんが、私としては自由主義経済のすべての企業がプレイしているパワーゲームのひとつであり、たとえば、M&Aにおける議決権獲得争いなんかと同じようなものだと思っています。

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Appleのソフトウェア特許に基づき欧州でGalaxyの販売差し止め

オランダ裁判所により、GALAXY(スマートフォンのみ、タブレットは適用外)の欧州のほとんどの国における販売禁止の仮差し止め命令が出されました(参考記事)。

この種の記事を見るときに注意すべき点は命令が出された根拠です。根拠が意匠権(記事によっては「デザイン特許」とか「デザインパテント」と訳されている場合あり)であれば、製品の外観を変えれば回避できますし(それでもメーカーにとって金型変えるのは大打撃でしょうが)、基本ソフトであるAndroidへの影響もほとんどないと言えます(米国ではアイコンデザインにも意匠権が及びますがこれも回避は容易です)。しかし、特許権が根拠の場合は一般に回避が困難であり、影響は一気に大きくなります。

今回の差し止め命令は、根拠が特許(しかも、実質的にソフトウェア特許)によるものなので影響が大きい可能性があります。さらに、一般的に、米国と比較して欧州はソフトウェア特許に対して消極的であるにもかかわらず、侵害が認定されたという点は注目に値します。なお、Appleのスマートフォン関連訴訟において、Appleの特許権に基づいた主張が裁判所に認められたのは今回が初めてとなります。

Android勢は一気に劣勢という感もありますが、今回の差し止めの根拠となった特許(欧州特許公報)はデジカメの画像管理関連であり、また、販売差し止めになったのはGALAXYのスマートフォンだけであり、タブレットが対象外になっていることから、問題となったのはSamsungによるカメラ関係の付加価値アプリであり、Android本体には関係ないという見方もできます(公報をちゃんと読み込めばもっとはっきりわかりますが、今ちょっと時間がありません)。

ところで、Apple対Samsungの知財訴訟ですが、Appleが特許権、意匠権、商標権、著作権というあらゆる権利を駆使してSamsungを攻撃し、Samsungもそれに対抗して反訴していますので、結構カオスな状況になっています。上記記事中でも引用されており、私も必ず読んでいるソフトウェア特許関連のブログFOSS PATENTSでApple対Samsungの訴訟についてまとめていますが、世界9カ国において19件の訴訟が進行中だそうです。

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