【小ネタ】セールスフォースドットコムの商標登録出願取下げに見る「ソーシャル」という言葉の位置づけ

米セールスフォースドットコムが「『ソーシャルエンタープライズ』の商標登録申請(ママ)を取り下げる予定であることを発表した」とのプレスリリースが送られてきました。商標登録出願の取下げだけではなく、「ソーシャルエンタープライズ」という用語を自社のマーケティングで使うのもやめる予定だそうです(TechCrunchの関連記事)。

理由は、社会貢献の分野において、「ソーシャルエンタープライズ」という言葉が「営利・非営利を問わず、商業的戦略に基づき貧困撲滅や教育向上などの人道または環境上の課題解決を目指す組織」として既に定着している(定訳は「社会的企業」)ため、SFDC社が言うような「ソーシャルコンピューティングを活用している企業」というような意味で使うことは混乱を招くとの懸念に対応したものであるとされています。

確かに、(少なくとも米国においては)”Social Enterpsise”という言葉が社会貢献活動の文脈でで定着しているようなので(たとえば、ハーバードビジネススクールの間連サイト)、SFDC社の判断は賢明であったと思います。

しかし、実は「ソーシャル」という言葉が「社会貢献」と「ボトムアップのコラボレーション」という多義性を持っていることによる問題はこの話に限ったものではないと思われます。

「ソーシャルワーカー」は「ソーシャルコンピューティングを活用している労働者」ではないですし、「ソーシャルアントレプレナー」は「ソーシャルメディア間連企業を起業した人」ではないですよね。

そろそろ「ソーシャルコンピューティング」という言葉の言い換えが必要であるかもしれません。ちょっと前は(今でも?)企業内ソーシャルコンピューティングのことは「エンタープライズ2.0」と呼んだりしてましたが、これも今さらという感じなので、何かうまい言い方を考える必要があるのではないかと思います。

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裁判情報入手の日米ギャップについて

アップルvsサムスンの日本での裁判ですが、なかなか正確な情報が出ず、カリフォルニア地裁の裁判とはそもそも争点になった特許が違う(しかも、スマートフォンの本質的機能とは直接関係ない特許であった)点がすぐには明らかになかったため(当ブログでは可能な限り正確にお伝えしましたが)、「アップルが米国では勝ったのになぜ日本では負けたのか」みたいなピント外れな分析をしている記事やブログが見られました。

日本における裁判間連の情報収集は実際に傍聴するか裁判所まで出向いて資料を閲覧しない限り、メディア経由の二次情報に頼るしかない(しかも、大手メディアであっても知財間連においてはちょっと怪しげなことが多い)ので困ったものです。(重要な裁判については判決文が裁判所のサイトに公開されますが、タイムラグがありますし、すべての裁判の判決文が公開されるわけではありません。また、判決が出る前の裁判についてはWebで情報収集する手段はほとんどありません。)

たとえば、日本におけるアップルとサムスンの他の訴訟についても、テレ東は「7件の裁判が続いている」と言っていますし、NHKでは「4件の裁判が起きている」と言っており、どちらが正しいのかわかりません。

そもそも、日本では、どこがどこを訴えているかを調べるだけでも大変です。裁判所まで出向けば資料を閲覧できるのですが、そのためには、事件番号を知っていなければなりません。原告、被告名で事件番号の検索はできるのですが、検索端末は自分で操作できず担当者に依頼して検索してもらう必要があるそうです。そうなると、日本法人と本社のどっちが原告・被告なのか等の問題もありますので、網羅的に調べるのは大変です。さらに、コピーは許可されていませんので、内容を持って帰るにはメモを取るしかありません。

これに対して米国ではPACER(Public Access to Court Electronic Records)というサイトがあり、ここで全米の裁判所のほぼ全部の資料が検索可能になっています(ただし、1ページあたり10セントの料金を取られます)。(実費ベースの料金ではあるのですが、有料であることに反発して一度PACERからダウンロードした資料を無料でシェアーしようというプロジェクトRECAPが運営されています(米国では公的資料は著作権保護の対象外なので著作権侵害ではないと主張しています))。たとえば、米国のアップルvsサムスンの資料もRECAPのアーカイブに行けば無料でダウンロードすることができます(アーカイブに蓄積されていない資料はPACERから買うしかありません)。

ともかく、裁判記録、特に、知財関係の裁判記録は社会的にきわめて重要なのでより多くの国民にアクセスできるような仕組み作りが必要だと思いますが、日本はまだ全然できてないと思います。

民事裁判でも離婚や相続に関するものであればプライバシーの問題もあると思いますが、知財関係の場合は結果的に当事者以外に影響が及ぶので公益的な観点から情報公開を促進すべきでしょう(たとえば、ある大手企業に対して特許訴訟が提起されているの事実がわかれば、関連企業はその特許を回避すべく早めに設計変更を行なえるでしょう、これによって無駄な訴訟や開発努力も減らせます)。

ところで、この辺の事情はドイツも同じようであり、知財ブログFOSSPatentsの中の人Florian Muller氏も「自分はドイツ在住なのに、なんでドイツ国内の裁判よりも米国の裁判について詳しい情報を得られるんだ」とちょっと不平を述べてたりしています。

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なぜサムスンやモトローラの特許はアップルに対する武器として使いにくいのか: FRAND条項とは?

特許の本質は有用な技術的アイデアを考えた人に一定期間そのアイデア(発明)の実施を「独占」させることにあります。これとは別の世界として、技術標準の世界があります。技術標準のポイントは、誰もが「共有」できる技術仕様を決めることで、重複開発を最小化し、テクノロジーの互換性を向上することです。「独占」か「共有」かという点で両者はある意味相反する世界です。

ゆえに、標準として普及した技術に特定のベンダーが特許権を行使するとやっかいなことになります(RAMBUS特許とかGIF特許を思い出す人もいるでしょう)。このような問題を避けるために最近の標準化活動では、参加企業に対してその所有(及び所有予定)特許に対してFRAND条項と呼ばれる条件を課すことが通常になっています。FRANDはFair, Reasonable And Non-Discriminatory(公平、合理的、かつ、非差別的)の略です。要は、誰に対しても常識的な条件(金額)で特許権をライセンスせよということです。さすがに特許権を行使するなとか放棄せよというのではイノベーターにとってのモチベーションがなくなってしまうので、FRAND条項は良い妥協点と言えます(事業を行なっておらず技術標準化活動にも関与していないパテントトロールが標準技術に特許権を行使してきたらどうなるんだという議論はありますが別論)。

さて、アップル対Androidの「特許戦争」において、サムスンやモトローラは所有特許権の数で言えばアップルよりはるかに多く、しかも、携帯電話の基盤技術に近い特許を持っているので有利ではというような話がありました。

しかし、実際には、技術標準の前提となるような基盤技術に関する特許(標準必須特許:SEP(Standard-Essential Patent))では、FRAND条項を理由として差止め請求が認められない可能性があります。FRAND条項に同意しているのに特定の企業に対して差止めを行なうのは独占禁止的な視点から許されないという考え方です。そして、サムスンやモトローラが所有している基本特許、特に無線技術関連特許は標準必須特許であってFRAND条項の影響を受けるものが多くあります。

標準必須特許とFRAND条項の取り扱いは国によって、また、ケースによって異なります。ドイツでは、モトローラに無線間連技術特許で訴えられていたアップルがFRAND条項に基づいてライセンスを要求し、モトローラがそれを(しぶしぶ)認めたようです(参考ブログ記事(FOSS Patents))。また、米国では、ITCにおいてモトローラによる無線間連技術の標準必須特許に基づく輸入差止め請求が退けられました(参考記事)。

一方で、韓国ではサムスンの標準必須特許に基づいた差止め請求が認められました(参考記事)。これに対しては「これが許されるんなら外国企業は韓国で安心してビジネスができない、ほとんど外交問題である」というような批判の声があります(参考記事「韓国はFRAND特許の「ならず者国家」 – あの知財専門家がサムスン対アップル判決を非難」)。

日本はというとFRAND条項を理由として特許権に基づく差止め請求権が制限されたケースはまだないようです(参考文献: 「標準規格必須特許の権利行使に関する調査研究報告書」(PDF)(財団法人知的財産研究所))

一般的に言えば、標準必須特許は価値の高い特許です。長期的に安定したライセンス料金のキャッシュフローが期待できるからです。したがって、特許価値の算定においてもこのような特許の価格は高く査定されるでしょう。しかし、今回のアップル対サムスンの「特許戦争」の場合のように相手の実施を差し止める、または、自社にきわめて有利な条件で和解することが目的の場合には、このような特許はあまり有効とは言えません。

グーグルはモトローラを125億ドル規模で買収したわけですが、その主な目的が特許資産の獲得であったことはグーグル自身が認めているところです。買収金額の算定においては、それなりの調査に基づいて特許価値の算定したのでしょうが、キャッシュフローの源泉としてではなく「特許戦争」の武器としての価値算定をどれくらい行なっていたのかというのは気になるところです。

ところで、「特許制度がイノベーションを阻害しているのでないか」という議論が昔からありますが、標準必須特許に基づく差止請求が認められるとするならば、これこそがイノベーション阻害の典型的ケースであると思います。

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【速報】東京地裁判決ではサムスンの特許侵害を認めず(ただし、とりあえずの1件のみ)

東京地裁でも進行中のアップルvsサムスンの特許訴訟ですが、サムスンの特許侵害を認めないという判決が出たようです(ソース:NHKニュース)。

しかしながら、今回の判決で対象になった特許は「メディア・プレーヤー・コンテンツとコンピューターの情報を同期化(シンクロナイゼーション)する方法」(おそらく、特許第4695653号)(12/09/05:すみません、判決文が出ましたがこれではなく、第4204977号でした)だけです。

これ以外に、カリフォルニア地裁ではサムスンの侵害を認める評決が出た「バウンスバック特許」に対応する日本国内特許(特許第4743919号)についても東京地裁で争われているのですが、この特許に関する判断はそもそも今回の判決の範囲外だったようです(ソース:朝鮮日報)。

ということで、まだまだ先はわからないということです。

しかし、裁判間連情報がすぐにオープンになる米国と比較して、裁判所に行って資料閲覧するか実際に傍聴しないと詳細がわからない日本はちょっと困ったものですね。

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これがアップル対サムスン裁判で問題になった特許・意匠です

アップル対サムスンの「特許戦争」、重要なカリフォルニア連邦地裁においてサムスンにとっては厳しい評決が出てしまいましたが、具体的にアップルのどのような特許権(と意匠権)が侵害されたと陪審員に認定されたのか簡単に見ていきましょう。

この裁判で問題になっているのは3つの特許権と4つの意匠権です(なお、日本では特許(技術的アイデア)と意匠(工業デザイン)は別の概念ですが、米国ではどちらも”patent”と呼ばれますので、メディアの記事を読むときは注意が必要です。)

まず、見てわかりやすい意匠権の方から見ていきましょう(以下、意匠・特許番号のリンクはGoogle Patentへのリンクです。意匠の図面は代表的なもの1点だけを引用しています。)

D618,677 iPhoneの筐体デザインの一部(前面ガラス部分)の意匠(部分意匠)です。

cap1

D593,087  同じくiPhoneの筐体デザインの一部(前面枠部分)の意匠(部分意匠)です。

cap3

D604,305 iPhoneのアイコン配置のデザインです。

cap4

D504,889 iPadの筐体デザインの元になった意匠です。

cap2

次に特許権です。基本的に全部UIに関する特許です。ここでは概要のみご紹介します。時間があったら後日中身も解説するかもしれません。

7,469,381 通称、“bounce back”特許、リストを指でスクロールしていってリストの最後に達した時にスクロールが急に止まるのではなく、あたかも何かにぶつかって跳ね返ったかのように動作するというアイデアです。なくても何とかなりますが、あるとないとでエクスペリエンスに結構な影響がある特許だと思います。こういう動作をしないAndroidデバイスもあるようなので、サムスン独自の機能なのかもしれません(詳しい方教えてくださいな)。

7,844,915 通称、”pinch-and-zoom”特許、1本指でスクロールして2本指でズームするというアイデア。iPhone/iPadのエクスペリエンスにおいてきわめて重要な特許だと思います。

7,864,163 通称、”tap to zoom”特許、Safari等で実装されている特定のフレームを指でダブルタップすると拡大表示されるというアイデア(たぶん)(明細書読み込んでる時間がなくなってきたので後で確認します)。これもないとちょっと困るような気がします。

時間がなくなってきたので本日は以上です。後日、加筆修正するかもしれません。

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