マイクロソフトはノキアを特許ごと買ったのか?

マイクロソフトがノキアの携帯事業を買収したというニュース、両社の距離は最近特に縮まっていたととは言えちょっとびっくりしました。マイクロソフト出身のスティーブ・エロップCEOがノキアからマイクロソフトに戻ることで、バルマーの後任になるのではなんて噂もあるようです。

ここでは、ノキアの特許資産について見てみましょう。マイクロソフトは携帯事業買収のために約40億ユーロ、特許に約16.5億ユーロ払っています。特許分が結構な割合になっています。

マイクロソフトがノキアの特許資産も買ったと勘違いしている人がいるようですが、そうではありません。グーグルが特許資産ごとモトローラを買った(正確に言えば特許資産ほしさにモトローラを買った)ケースとはちょっと違います。

マイクロソフトが16.5億ユーロで得たのはノキアの特許ポートフォリオの非排他的なライセンス(10年分ですが後に永続ライセンスに延長可)です。つまり、以下のようになります(契約で別途定めがあればこの限りではないですが)。

  • マイクロソフトはノキアの特許を自社製品・サービスで自由に使えます
  • マイクロソフトはノキアの特許を使って他社を訴えたり、ライセンス収益を得たりはできません
  • マイクロソフトはノキアの特許を売却できません
  • ノキア(残された方の事業)は自社特許をマイクロソフト以外の企業にライセンスできます
  • ノキア(残された方の事業)はマイクロソフト以外の企業に自社特許を売却できます(ただし、その企業が元ノキア特許を使ってマイクロソフトを訴えることはできません)

いろいろと金銭条件面での交渉があった上でこのような形に落ち付いたのだと思います。

時事通信の記事では「(MSが)ノキアが持つ通信関連の特許を囲い込むことも買収の目的とみられる」なんて書かれていますが、特許権を買ったわけではないので「囲い込む」というイメージとはちょっと違うと思います。

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「ほっとレモン」の顛末と他人の商標登録のつぶし方について

カルピス株式会社の登録商標「ほっとレモン」が知財高裁において認められなかった(正確に言うと、商標登録を取り消すという特許庁の判断が知財高裁で覆らなかった)というニュースがありました(参照NHKニュース)。

余談ですが、このNHKニュースの見出し”「ほっとレモン」商標認めず”というのはちょっと変で、本来は”「ほっとレモン」商標の登録を認めず”とすべきでしょう。その他の記事にも”カルピスの「ほっとレモン」商標に認めず 知財高裁”(MSN産経ニュース)と「てにをは」のレベルでおかしいものがあったりします。

問題になった登録商標は5427470号で、指定商品は「32類 レモンを加味した清涼飲料,レモンを加味した果実飲料」です。

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商標登録が認められなかった理由は「このことばは『レモン風味の味付けをした温かい飲み物』などの意味で、原材料を普通に用いた名前だ。似たような飲み物は他社も販売していてこの会社だけの商品という認識を持つこともできず、商標としては認められない」(飯村裁判長)ということであり、いわゆる記述的商標として商標法3条1項3号の規定により登録できないということです。

使用による識別性についても「『ほっとする』という意味の日本語とレモンを組み合わせたカルピスの造語として消費者に認識されている」というカルピス側の主張が退けられています。調査会社のアンケートでの認知率が0.3%程度であったそうです(追記:判決文によれば7.7%が「ほっとレモン」はポッカの商品であると回答しています)。確かに個人的に一消費者として考えてみても「ほっとレモン」がカルピス(さらには、どこかの特定メーカー)に固有の商標という認識はなかったと思います。

ロゴデザインについても識別性が出るほど顕著なものではないという判断がされたと思われますています。(判決文が公開されたので断定できるようになりました)

判決文は少なくとも現時点では公開されていないようですが、判決文が裁判所のサイトで公開されています。また、この裁判の元になった異議申立はIPDLで閲覧できます。請求人は同業他社であるサントリーホールディングスとキリンホールディングスです。異議申立の決定の内容は、IPDL(特許電子図書館)で「審判検索」→「審決公報DB」→「審決速報」の画面で番号照会の審判・異議番号にチェックされていることを確認してサーチボックスに2011-900380を入力して照会実行すると見られます(固定リンクがないので(以下略)

なお、カルピスは、別途以下のような商標3件を登録しています。「ほっとレモン」単独では識別性がないので、明らかに識別性がある”CALPIS”を加えることで識別性を出すという戦略です。ただし、これらの登録商標では他社の「ほっとレモン」単独の商標の使用に権利行使することはできません。

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また、キリンが以下の「ホットレモン」の登録商標を持っているようですが(5218133号)、こちらは文字だけではなくデザイン(図形と色)として識別性があるという判断なのでしょう。なお、こちらも、これと似たデザインを使用しない「ホットレモン」の文字商標の使用に対して権利行使することはできません。

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ちょっとお話変わって、一般に、商標登録されるべきでないと思われる商標を他者が出願してしまった場合(あるいは既に登録されてしまった場合)には以下の手段が取れます。

1) 情報提供
商標が出願されると出願公開されるのでその内容がわかります。登録される前に食い止めたい場合には、特許庁審査官に対して、登録すべきでない理由と証拠物件を提出できます。ただし、審査官がその主張を採用してくれるかどうかはわかりませんし、書類を提出するだけの一方通行で審査官とのやり取りはできません。提出は匿名で可能です。不服申立は不可能なので、もしつぶせなかった時は以下の手段に頼ることになります。

2)異議申立
商標が登録されて公報が発行されてから2ヶ月以内であれば異議申立を請求できます。誰でも請求できるのでダミーの請求人を立てることも実質的には可能です(「ほっとレモン」の場合は真の請求人を隠すまでもないということで社名をさらしていますが)。審理は原則書面審理です。取消に対して不服がある時は(相手側は)今回のように知財高裁で争うことができます。異議申立が認められなかった時(登録が維持された時)は以下の無効審判で争うことができます。

3)無効審判
異議申立の期間が過ぎてしまった場合、あるいは異議が認められなかった場合には無効審判を請求できます。ほとんどの場合、登録から5年以内に請求する必要があります。利害関係者(競合他社等)でないと請求できないので匿名での請求はできません。また、審理は原則口頭審理なので裁判のような形態になります。無効審判の結果(審決)に不服がある時は知財高裁で争えます。

他人の商標登録を阻止する(取り消す)手段をまとめると以下のようになります。なお、弊所の費用は目安です。たとえば、商標の市場での使用状況の実体調査等を行なうことになると、それなりの費用がかかってしまいます。

 時期匿名請求特許庁料金テックバイザー料金(目安)
情報提供登録まで可能無料\10,000〜
異議申立公報発行から2ヶ月実質的に可能\11,000〜\100,000〜
無効審判原則、登録から5年以内不可\55,000〜\300,000〜

最初の段階で対応しておいた方が費用的にも作業負荷的にも楽なので、早め早めの対応を取ることが重要です。

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グーグルがGoogle Glass関連特許をFoxconnから買った件

グーグルがGoogle Glass関連と思われる複数の特許を台湾のHon Hai Precision Industry(通称、Foxconn)から購入したという報道がありました(参照ニュース)。

他の記事を見ても契約の条件や該当特許番号は触れられていません。ただ、Google Glassの製造は米国内で行なわれる可能性が高いということなのでたぶん米国特許ではあるのでしょう。また特許「ポートフォリオ」を買ったということなので複数の特許を購入したと思われます。

グーグル(アンドロイド陣営)とアップルが、UI特許で一悶着あった後は、グラスデバイスのUIでまた一悶着ある可能性も高そうなのでどの特許が関連しているか調べてみました。

米国特許の譲渡情報は米国特許庁が提供するAssignment Databaseで検索できるのですが、なんと検索キーワードが一時点で1個しか入力できない仕様なので、「譲渡人=Hon Hai Precision AND 譲渡先=Google」という検索パターンが使えません。どちらか片方だけ入力しても膨大な数の件数が表示されるのでちょっとチェックするのははばかられます。

しょうがないので、Google Patentsを使ってそれらしい特許を探してみました。キーワードは「inassignee:”Hon Hai Precision Industry Co., Ltd.” head-mounted」です。

特許化されたものではあまりそれらしいのはなさそうです。審査中のものとしては、”Head mounted display apparatus with phone function”(20120115543)や”Head-mounted display device having interactive function and method thereof”(20120027373)などがありましたが、審査状況をUSPTOの審査情報検索(PAIR)で確認すると前者は出願放棄、後者は拒絶査定になってますのでどうも関係なさそうです。

これ以上追求している時間はないので今回は断念することしました。まったく別ジャンルの特許なのか、あるいは、そもそも米国特許ではないのかもしれません。

ところで、調べてわかりましたがFoxconnはかなりの数の特許を持ってます(USPTOのサイトで検索すると13,000件以上ヒットしました)。EMSとは言え、単に言われたとおりに物を製造するだけの会社ではないということです。

追加(オマケ):今回の記事はあまり中身がなかったので、Google Glassには直接関係ないと思われますが”head-mount”をキーワードにして見つかったFoxconn社の特許を一件ご紹介します。”Head-mounted computer mouse”(US8284160)です。2012年10月9日とわりと最近に登録されています。

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お椀状の部分(10)を頭にかぶってU字型になっている部分(302)を肩にかけます。うなづいた状態で頭を動かすとマウスカーソルを移動でき、頭を起した状態で左右に傾けるとクリックができます。

何らかの事情で両腕が使えない人、あるいは、両腕が使えない環境においては有効なアイデアであると思います。

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加護亜依問題は第二の加勢大周問題なのか?

昔に書いた「【小ネタ】加勢大周の商標登録問題はどうなったのか」というエントリーがなぜかアクセスを集めています。たぶん、加護亜依ちゃんが同様の問題でもめているからでしょう。前の事務所が「加護亜依」を商標登録してこの名前を使えないようにしているらしいです(参照記事(朝日新聞デジタル)「〈速報〉「加護亜依」商標登録済みで本名使えず!?」)(余談ですが「速報」にするレベルの話なんでしょうか?)。

確かに特許電子図書館(IPDL)で検索すると「加護亜依」は

41類 演芸の上演,演劇の演出又は上演,音楽の演奏,歌唱の上演,ダンスの演出又は上演,映画・演芸・演劇又は音楽の演奏の興行の企画又は運営,映画の上映・制作又は配給,放送番組の制作,海外における教育実習・実務研修・語学研修・留学に関する情報の提供,インターナショナルスクール及びインターナショナルプリスクールにおける教育に関する情報の提供,英語教育に関する情報の提供,海外における教育実習・実務研修・語学研修・留学に関する企画及び運営,英会話の教授,インターナショナルスクール及びインターナショナルプリスクールにおける教育,高校卒業資格取得講座における知識の教授,通信教育による知識の教授

を指定役務として株)メインストリームを権利者として登録されています(第5287159号)(これまた余談ですがこういう時にIPDLにリンク張れないので不便です)。出願は2009年2月なのでかなり昔の話です。

ここで第一に考慮すべきポイントは歌手が仕事として歌唱を行なう際の名前の使用が「商標的使用」にあたるか(商品やサービスの出所を表す機能を発揮しているか)です。この商標権が他人が「加護亜依」という名称でイベント会社を運営することを禁止できるのが確かである一方で、歌手・俳優としてこの名前を使うことを禁止できるかどうかは検討の余地があります。

加勢大周のエントリーでも書いたように、加勢大周事件の裁判では実は商標権は論点にならなかったので、この問題に対する答は出ていません。また、通称「クリスタルキング」事件(♪ああ~はてしない~のクリスタルキングです)では、クリスタルキングから独立したボーカリストの名前の後ろにカッコ書きで(クリスタルキング)と説明書きを付けた使用形態について商標的使用ではない(したがって商標権侵害にもあたらない)との判断がなされています。「クリスタルキング」を商標登録したからといってこの言葉のあらゆる使用形態を禁止できるわけではないのです。

その一方で、箏曲の家元の芸名の商標権が争われた事件では、演奏会のパンフレットに家元の名前を載せる行為が商標的使用であるとされています(商標権侵害自体は別の理由で認められていません)。ただ、家元の名前は、会派というか流儀全体の名称としても機能するので、個人の芸名とはちょっと事情が違うかもしれません。

また、商標登録出願にあたって、指定商品(役務)がCDや音楽の演奏で、商標が芸名やバンド名と認められた場合には「商品の品質,役務の質を表示するにすぎない」として拒絶され得る(かなりのブレあり)のが現在の日本の特許庁の運用です(参照記事)。たとえば、「HOUND DOG」などがこれを理由に拒絶されています。裁判所の判断と特許庁の運用が合致するとは限りませんが。

もうひとつの考慮点は、「加勢大周」が(元の事務所の社長の命名による)芸名であったのに対して、加護亜依は本名であるという点でしょう。

商標法26条1項には、自己の指名を普通に用いられる方法で表示するケースには商標権が及ばない旨の規定があります。

第二十六条 商標権の効力は、次に掲げる商標(他の商標の一部となつているものを含む。)には、及ばない。

自己の肖像又は自己の氏名若しくは名称若しくは著名な雅号、芸名若しくは筆名若しくはこれらの著名な略称を普通に用いられる方法で表示する商標

これについては、事務所側が「商標登録時点で加護は母方の池田姓を名乗っており、本名ではなかった」、「事務所を飛び出した後に姓を戻し、本名だから商標登録に関係なく使えるというのは筋が通らない」と主張しているようです。

商標法26条2項には

2 前項第1号の規定は、商標権の設定の登録があつた後、不正競争の目的で、自己の肖像又は自己の氏名若しくは名称若しくは著名な雅号、芸名若しくは筆名若しくはこれらの著名な略称を用いた場合は、適用しない。

という規定がありますので、「不正競争の目的」を主張する意図なのかもしれません。

とまあいろいろ考慮点はあるのですが、結局は加護亜依ちゃんと前の事務所の間でどのような契約がなされていたか最重要問題なので、商標権問題をクリアーしたからと言って、問題なく加護亜依の名前が使える、さらには、芸能活動ができるとは限りません。

個人的に言えば、加護ちゃんはファンと言うほどではないですが、がんばってほしいとは思っているのでうまく丸く収まってほしいところです。芸名が問題ならば「かつて加護亜依として知られた歌手」という芸名で活動すればよいかもしれません(冗談です、念のため)。

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おもしろ登録商標NAVERまとめと特許電子図書館の固定リンクについて

NAVERまとめに「『女子高生』は、伊藤ハムの商標です」なんてエントリーが載っています(正確には「伊藤ハムの登録商標です」と言うべきと思いますが)。エントリー自体は2012年のものなんですが、なぜかさっきtwitterのTLに流れてきたので知りました。

普通名称から成る商標、商品の特性等を記述しただけの商標、商品の質の誤認混同を招く商標等々は登録されませんが、これはあくまでも指定商品(その商標をどのような商品に対して使うか)によって決まります。「女子高生」という商標を学生服を指定商品として出願するとたぶん拒絶になるでしょうが、伊藤ハムは、弁当やぎょうざ等の食品を指定商品にしているので無事登録されています(商品名として良い名称なのかというのはまた別の話ですが)。

さてこのエントリー、詳細はIPDL(特許電子図書館)の公報情報を見てくださいということでリンクが張ってあるのですが、そのリンクをクリックしても「ただ今サーバが混み合っています。しばらくしてから接続して下さい」等のエラーメッセージが出ます。このエラーメッセージは間違いで、しばらくしてから接続してもつながることはありません。情報を見るためには、IPDLのトップページに行って、商標検索→商標出願・登録情報とメニューをたどって改めてキーワード検索するしかありません。

これは、おそらく、ダム端末ベースのレガシー・システムにWebのフロントエンドを後付けで付けたためだと思います。Webから検索要求があるとその都度セッションごとにテンポラリーのファイルを作って、そこにレガシー・システムの検索結果を置いて、動的にURLを割り当てて、ブラウザで表示する設計だと思います。つまり、セッションを張っている本人以外の人はそのURLをクリックしてもエラーになります。

おそらく、NAVERまとめの作者も自分でリンクをチェックして動作することを確認していると思いますが、それは当人だけの話なのです。そして、セッションがタイムアウトになるとテンポラリーファイルは消去されるので検索した本人も改めて検索をやり直さない限り見られなくなります。

Webの世界ではWebページとして見れているのならばそこにリンクを張って参照できるのが当然と考えられていると思いますが、IPDLはそうはなっていないのです。

この問題は多くの人が不満を持って改善を要求しているのですが(たとえば、このtogetter)、特許庁のシステム更改が頓挫してしまった以上、そう簡単には改善されないのではないかと思われます。

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