新聞社は「自炊代行=悪」と印象操作しようとしているのか?

twitterのTLに「自炊代行」、「有罪判決」という文字が見えたので、いまだ継続中の作家7名と自炊代行業者の裁判の判決が出たのかと一瞬思ってしまいましたが、例のマンガを勝手にスキャンして販売していたネオヒルズ系の人の話でした(本ブログの過去記事「新たな業界秩序の形成に水を差すエセ自炊代行業」参照)。そもそも作家7名の方は民事の差止め訴訟なので有罪判決が出るわけもありません。

この事件、毎日新聞の見出しは「著作権法違反:「自炊」代行の被告に有罪判決 長崎地裁」、MSN産経ニュースの見出しは「元「自炊」代行の男に有罪 漫画の複製データ販売」となってます。

追加:日経にも記事がでましたが「漫画の複製データ販売、「自炊」代行に有罪」と同様にミスリーディングな見出し(および内容)になっています。(記事が共同発になってますが、ひょっとして共同通信が根源でしょうか?)

何回も書いているように、今回、有罪判決(懲役2年、執行猶予3年、罰金50万円)が出た人物がやったことは、マンガを無許諾で複製・販売したことであり、客の本を預かってスキャンを代行するという本来の意味での「自炊代行」ではありません。「自炊代行」を隠れ蓑にしていただけです。本来の意味の「自炊代行」は、形式的には違法と言わざるをえませんが、権利者との歩み寄りの可能性もあります。完全にブラックな無許諾スキャン販売とは混同するような書き方は困ります。

8月23日付けのMSN産経ニュースではこの事件の求刑段階の話に関して「「自炊代行」の男に懲役2年求刑 「ワンピース」など書籍を電子化」とさらにミスリーディングな見出しをつっけており、さらに記事中でも、

個人の「自炊」は合法とされるが、客の依頼で本や漫画を預かり電子データ化する「自炊代行」は著作権侵害に当たると作家らが主張、争われている。

と、事件とは直接関係ない話を持ち出しています(記者の理解が足りなくてそうなっているのか、本来の意味の「自炊代行」のイメージを落とすためにわざとやっているのかわかりませんが)。

せめて、「自炊代行と偽って書籍を無断複製・販売した男に有罪判決」、ちょっと長すぎるのであれば、「自称自炊代行業者に有罪判決」くらいにしてもらいたいものだと思います。

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サムスンのスマートウォッチのコレジャナイ感とiWatchへの期待について

サムスンがスマートウォッチ製品Galaxy Gearを発表しました。TechCruchのレビューによればなかなかナイスな製品のようです。個人的には、バンド部分にカメラが内蔵されており単独で写真が撮れるのが気になりました(この機能、プライバシー関連でまた一悶着ありそうですが)。(写真はTechCrunchより引用)

しかし、機能的な話は別として、Galaxy Gearも既存のスマートウォッチ製品が共通に持っている問題点を解消できていないように思えます。その問題点とは「カッコ悪い」ということです。たとえば、既に販売されているソニーのAndroidウォッチを見ても同様です。(写真はSony Storeより引用)

私を含めたギークな人々は買うかもしれませんが、他の一般的なファッションセンスの人々、特に女性はデザイン面で購入を躊躇する可能性があるでしょう。なにしろ、手首は、不正確な機械式腕時計にファッション性(とステータス)だけを求めて何百万も払う人がいることからもわかるように、人のファッションとしてはきわめて重要なスポットだからであります。

こうなってくるとアップルによるスマートウォッチの「再発明」に期待したいところです。

このブログでも以前にiWatch関連と思われるアップルの特許公開公報について分析しました(「iWatchの特許公開公報を読んでみたらこんな感じでした」)。もちろん、特許出願の内容がそのまま製品化される保証はないですが、公報のアイデアに基づいて製品化が行なわれるとするならば以下のような特徴がありそうです。

  • 時計というよりもブレスレットに近い平たい形状
  • バンド部分も含めて全面表示画面(おそらく、カラーe-Paper採用)
  • スラップブレスレット方式で一発取り付け(スラップブレスレットの参考動画(ちょっと笑えます))
  • 自動巻方式により充電を最小化

ということで、機能的な面よりも、ファッション性を重視した作りになるのではないかと思われます。ブレスレット型というのもありますし、バンド部分に自分の好きなイメージを表示できる(e-Paperであれば常時表示可能)のがファッション性に大きく貢献すると思います。また、バンド部分の「壁紙」カスタマイズによってこの手のガジェットにありがちな他人とかぶってちょっと気まずいという問題を解決できます。

また、「スマートウォッチのキラーアプリケーションを考える」でも考察したように、スマフォ本体を取り出せればできることをわざわざスマートウォッチでやらなければならないようなキラー・アプリケーションはそんなにはないと思うので、やはりファッション性というかクールネスがキャズムを超えるために重要だと思います。

ちょっと前ですがイブ・サンローランの前CEOがアップルのバイスプレジデントとして採用され、ティム・クックの直属で「特別プロジェクト」を担当することになったというニュースがありました。この件もひょっとするとファッション性を追求するアップルのスマートウォッチ戦略に関係あるのかもしれません(あくまで憶測ですが)。


【CM】9/13(金)にコンピュータソフトウェア協会/日本IT特許組合主催のセミナー『先進企業の特許から製品・サービスのトレンドを読む − 第1回 アップル社』で講演します。iWatch関連の出願の解説もやります。

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ノキアはパテントトロールになってしまうのか?

マイクロソフトによるノキアの携帯事業買収ですが、予想通り少なくとも米国系メディアでは酷評されています。マイクロソフトの株価も買収発表後に約5%下がりました。

PCWorldの記事”The Microsoft-Nokia deal: Fail plus fail equals more fail”(失敗と失敗を合せてもより大きな失敗ができるだけ)という記事では「マイクロソフトとノキアは互いに命綱を投げ合い「私を助けて」と叫びながら一緒に崖に飛び込んだ」とひどい言われようです。

一般論として言うと、初期市場でマジョリティを取れなかったプラットフォームが後から挽回するケースはあまりない(強いて言うとMacOSくらい?)ので、相当のブレークスルーがないと前途は多難であるとは思います。

さて、携帯ビジネスのお話はもっと詳しい方々にお任せして、特許間連についていくつか追記しておきます。

マイクロソフトに携帯事業を売却した後のノキアには、地図情報サービス(HERE)、ネットワーク機器関連事業、そして、「知財ライセンス事業」が残ることになります。

ここで「知財ライセンス事業」とは、要は、実業なしで特許権利行使を行なうビジネスということで、中立的な言葉を使えばNPE(Non Practicing Entity)、悪意を込めて言えば「パテント・トロール」ということになります。

ノキアは既にグーグル、HTC、ブラックベリー等を特許権侵害で訴えていますが、特許権しか資産がなくて収益を上げようと思えば権利行使するしかないので、今後はますます権利行使に積極的になってくることは容易に予測できます。権利行使のメインターゲットはほぼ確実にサムスンを含むAndroid勢になるでしょう。

しかし、よく考えてみると、ノキアはアップルもターゲットにできます。

仮にマイクロソフトがノキアの特許権を(ライセンスではなく)買っていたとしたならば、その特許権に基づいてアップルを訴えるのには問題があります。アップルとマイクロソフトの間には包括的な特許クロスライセンス契約が結ばれているからです。

このクロスライセンス契約は、1997年に復帰後のジョブズによる、アップルの経営を建て直すためにマイクロソフトと提携するという劇的な戦略の一環として締結されたものです(参考記事)。その具体的内容は社外秘だったのですが、昨年にアップルvsサムスンの裁判の資料として提出されて内容が公開されました。それによると少なくとも出願日が1997年から2002年までの特許に関しては相互にライセンスする(権利行使しない)取り決めになっています。

要は、マイクロソフトは、ノキアが「トロール」として暴れるのを安全地帯にいながら見ていられる立場にたてたわけで、そこまで考えてノキアに特許権を残したのだとしたらなかなか抜け目がないとしか言いようがありません。もちろん、マイクロソフトは既に強力な特許ポートフォリオを持っているので敢えて多額で特許権を買うまでもなかったという点が大きいとは思いますが。


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マイクロソフトはノキアを特許ごと買ったのか?

マイクロソフトがノキアの携帯事業を買収したというニュース、両社の距離は最近特に縮まっていたととは言えちょっとびっくりしました。マイクロソフト出身のスティーブ・エロップCEOがノキアからマイクロソフトに戻ることで、バルマーの後任になるのではなんて噂もあるようです。

ここでは、ノキアの特許資産について見てみましょう。マイクロソフトは携帯事業買収のために約40億ユーロ、特許に約16.5億ユーロ払っています。特許分が結構な割合になっています。

マイクロソフトがノキアの特許資産も買ったと勘違いしている人がいるようですが、そうではありません。グーグルが特許資産ごとモトローラを買った(正確に言えば特許資産ほしさにモトローラを買った)ケースとはちょっと違います。

マイクロソフトが16.5億ユーロで得たのはノキアの特許ポートフォリオの非排他的なライセンス(10年分ですが後に永続ライセンスに延長可)です。つまり、以下のようになります(契約で別途定めがあればこの限りではないですが)。

  • マイクロソフトはノキアの特許を自社製品・サービスで自由に使えます
  • マイクロソフトはノキアの特許を使って他社を訴えたり、ライセンス収益を得たりはできません
  • マイクロソフトはノキアの特許を売却できません
  • ノキア(残された方の事業)は自社特許をマイクロソフト以外の企業にライセンスできます
  • ノキア(残された方の事業)はマイクロソフト以外の企業に自社特許を売却できます(ただし、その企業が元ノキア特許を使ってマイクロソフトを訴えることはできません)

いろいろと金銭条件面での交渉があった上でこのような形に落ち付いたのだと思います。

時事通信の記事では「(MSが)ノキアが持つ通信関連の特許を囲い込むことも買収の目的とみられる」なんて書かれていますが、特許権を買ったわけではないので「囲い込む」というイメージとはちょっと違うと思います。

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「ほっとレモン」の顛末と他人の商標登録のつぶし方について

カルピス株式会社の登録商標「ほっとレモン」が知財高裁において認められなかった(正確に言うと、商標登録を取り消すという特許庁の判断が知財高裁で覆らなかった)というニュースがありました(参照NHKニュース)。

余談ですが、このNHKニュースの見出し”「ほっとレモン」商標認めず”というのはちょっと変で、本来は”「ほっとレモン」商標の登録を認めず”とすべきでしょう。その他の記事にも”カルピスの「ほっとレモン」商標に認めず 知財高裁”(MSN産経ニュース)と「てにをは」のレベルでおかしいものがあったりします。

問題になった登録商標は5427470号で、指定商品は「32類 レモンを加味した清涼飲料,レモンを加味した果実飲料」です。

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商標登録が認められなかった理由は「このことばは『レモン風味の味付けをした温かい飲み物』などの意味で、原材料を普通に用いた名前だ。似たような飲み物は他社も販売していてこの会社だけの商品という認識を持つこともできず、商標としては認められない」(飯村裁判長)ということであり、いわゆる記述的商標として商標法3条1項3号の規定により登録できないということです。

使用による識別性についても「『ほっとする』という意味の日本語とレモンを組み合わせたカルピスの造語として消費者に認識されている」というカルピス側の主張が退けられています。調査会社のアンケートでの認知率が0.3%程度であったそうです(追記:判決文によれば7.7%が「ほっとレモン」はポッカの商品であると回答しています)。確かに個人的に一消費者として考えてみても「ほっとレモン」がカルピス(さらには、どこかの特定メーカー)に固有の商標という認識はなかったと思います。

ロゴデザインについても識別性が出るほど顕著なものではないという判断がされたと思われますています。(判決文が公開されたので断定できるようになりました)

判決文は少なくとも現時点では公開されていないようですが、判決文が裁判所のサイトで公開されています。また、この裁判の元になった異議申立はIPDLで閲覧できます。請求人は同業他社であるサントリーホールディングスとキリンホールディングスです。異議申立の決定の内容は、IPDL(特許電子図書館)で「審判検索」→「審決公報DB」→「審決速報」の画面で番号照会の審判・異議番号にチェックされていることを確認してサーチボックスに2011-900380を入力して照会実行すると見られます(固定リンクがないので(以下略)

なお、カルピスは、別途以下のような商標3件を登録しています。「ほっとレモン」単独では識別性がないので、明らかに識別性がある”CALPIS”を加えることで識別性を出すという戦略です。ただし、これらの登録商標では他社の「ほっとレモン」単独の商標の使用に権利行使することはできません。

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また、キリンが以下の「ホットレモン」の登録商標を持っているようですが(5218133号)、こちらは文字だけではなくデザイン(図形と色)として識別性があるという判断なのでしょう。なお、こちらも、これと似たデザインを使用しない「ホットレモン」の文字商標の使用に対して権利行使することはできません。

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ちょっとお話変わって、一般に、商標登録されるべきでないと思われる商標を他者が出願してしまった場合(あるいは既に登録されてしまった場合)には以下の手段が取れます。

1) 情報提供
商標が出願されると出願公開されるのでその内容がわかります。登録される前に食い止めたい場合には、特許庁審査官に対して、登録すべきでない理由と証拠物件を提出できます。ただし、審査官がその主張を採用してくれるかどうかはわかりませんし、書類を提出するだけの一方通行で審査官とのやり取りはできません。提出は匿名で可能です。不服申立は不可能なので、もしつぶせなかった時は以下の手段に頼ることになります。

2)異議申立
商標が登録されて公報が発行されてから2ヶ月以内であれば異議申立を請求できます。誰でも請求できるのでダミーの請求人を立てることも実質的には可能です(「ほっとレモン」の場合は真の請求人を隠すまでもないということで社名をさらしていますが)。審理は原則書面審理です。取消に対して不服がある時は(相手側は)今回のように知財高裁で争うことができます。異議申立が認められなかった時(登録が維持された時)は以下の無効審判で争うことができます。

3)無効審判
異議申立の期間が過ぎてしまった場合、あるいは異議が認められなかった場合には無効審判を請求できます。ほとんどの場合、登録から5年以内に請求する必要があります。利害関係者(競合他社等)でないと請求できないので匿名での請求はできません。また、審理は原則口頭審理なので裁判のような形態になります。無効審判の結果(審決)に不服がある時は知財高裁で争えます。

他人の商標登録を阻止する(取り消す)手段をまとめると以下のようになります。なお、弊所の費用は目安です。たとえば、商標の市場での使用状況の実体調査等を行なうことになると、それなりの費用がかかってしまいます。

 時期匿名請求特許庁料金テックバイザー料金(目安)
情報提供登録まで可能無料\10,000〜
異議申立公報発行から2ヶ月実質的に可能\11,000〜\100,000〜
無効審判原則、登録から5年以内不可\55,000〜\300,000〜

最初の段階で対応しておいた方が費用的にも作業負荷的にも楽なので、早め早めの対応を取ることが重要です。

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