JOCは許可なく「おめでとう東京」を使うのはアウトと言っているようですが、根拠はあるのでしょうか?

朝日新聞の記事「「おめでとう東京」もアウト 五輪商戦、言葉にご注意」によりますと、JOC(日本オリンピック委員会)は、五輪をイメージさせる言葉を使っただけでも知的財産権の侵害とみなすとの立場を取っているようです。

JOCが「アウト」とする使用例(商業利用の場合)として以下が上げられています。

4年に1度の祭典がやってくる

おめでとう東京

やったぞ東京

招致成功おめでとう

日本選手、目指せ金メダル!

日本代表、応援します!

まあ、公式スポンサーから金を取る以上、それ以外の企業の便乗商売を防ぎたいのは当然でしょうが、何を根拠に「知的財産権の侵害とみなす」と言っているのでしょうか?

もちろん、JOCや国際オリンピック委員会(コミテ アンテルナショナル オリンピック、Comite International Olympique)が多くの登録商標を有しています。その一例がドクター中松との一悶着が有名(?)だった「がんばれ!ニッポン」です。その他の商標については、IPDL(特許電子図書館)のトップメニューから「商標検索」→「商標出願・登録情報」で検索項目で「出願人/書換申請者/権利者/名義人」を選んで検索キーワードに「?オリンピック?」(?は半角)等で検索すると関連する登録商標が見られます(固定リンクががが..)。

当然にこれらの登録商標に類似する商標を商売で使用すれば商標権の侵害になります。特に、OLYMPICという商標はComite International Olympique名義で広範囲に登録されてます(国際登録1128501)ので、「OLYMPIC」、「オリンピック」はもちろんのこと、それに類似した商標の使用は商標権侵害になるでしょう(念のため書いておくと、商品・サービスの標識としてではなく言葉を使うのは商標的使用ではないので自由です)。

しかしながら、ざっと調べた限りでは上記のアウト例に類似する登録商標はなさそうです。

また、不正競争防止法では17条が関連しそうです。

(国際機関の標章の商業上の使用禁止)
第十七条 何人も、その国際機関(政府間の国際機関及びこれに準ずるものとして経済産業省令で定める国際機関をいう。以下この条において同じ。)と関係があると誤認させるような方法で、国際機関を表示する標章であって経済産業省令で定めるものと同一若しくは類似のもの(以下「国際機関類似標章」という。)を商標として使用し、又は国際機関類似標章を商標として使用した商品を譲渡し、引き渡し、譲渡若しくは引渡しのために展示し、輸出し、輸入し、若しくは電気通信回線を通じて提供し、若しくは国際機関類似標章を商標として使用して役務を提供してはならない。ただし、この国際機関の許可を受けたときは、この限りでない。

オリンピック委員会は国際機関ではなく私的組織に過ぎませんが、経済産業省令(不正競争防止法第16条第1項及び第3項並びに第17条に規定する外国の国旗又は国の紋章その他の記章及び外国の政府若しくは地方公共団体の監督用若しくは証明用の印章又は記号並びに国際機関及び国際機関を表示する標章を定める省令(長っ!))において、国際オリンピック委員会が国際機関に準ずるものとして定められています。そして、国際機関を表示する標章としては、「国際オリンピック委員会」、「INTERNATIONAL OLYMPIC COMMITTEE」、「IOC」、そして、五輪マークが定められています(別表第4の35ページ参照)。上記のアウト例がアウトである根拠にはなり得ません。

というわけで法的根拠がやはりよくわかりません。

関係ない人によるオリンピックをイメージさせる言葉の使用は自粛いただきたいというお願いレベルであればまだしも、知的財産権の侵害とみなすと公式に表明するのであれば、是非JOCの顧問弁護士先生に法的な根拠を示していただきたいと思います。(朝日新聞の記事中には知財専門の弁護士先生の意見が引用されていますが、あくまでも登録商標と類似した商標を使用した場合の一般的な話をされているのであって、上記アウト例の言葉を使うと知的財産権の侵害になる根拠に触れているわけではありません)。

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T-Mobileがマゼンタ色の独占権を主張?

AT&T傘下のAioという会社ががサービスの説明サイトの地図でマゼンダ色を使ったことに対して、T-Mobile米国法人が商標権侵害で訴えたという事件がありました(参照記事(WIRED.JP))。実際、T-Mobileはマゼンタ色を単独ででUSPTOに商標登録しています(固定リンクがあって便利)。

この事件そのものについてはちょっと置いておき、色彩単独から成る商標について書くことにします。

米国の商標制度では、色彩単独、音、さらには香り等が商標として認められています(ただし、香り商標の登録例ははまだないようです)。なお、色彩単独で商標登録するためにはセカンダリーミーニング(使用による識別性)が必要です。すなわち、長期間にわたりその色をビジネスの標識として使っており、消費者が認知していることが必要です。

他の色単独の商標としては宝飾店のティファニーが店舗や商品の箱に使っている空色(いわゆるティファニーブルー)が有名です。さらに他の色単独商標がBusiness Insiderの記事”10 Colors That Might Get You Sued”(あなたを訴訟に巻き込むかもしれない10色)でまとまってます。なお、この見出しは釣りで書いてるのだと思いますが、これらの商標権者の競合他社が似たような色を使って商売をするのでない限り訴訟沙汰になることはありません。商標権は商標を商売の標識として使うことを独占できる権利であって、その商標(この場合は色そのもの)のあらゆる使用を独占できる権利ではありません。

さて、言うまでもなく、日本の現在の商標制度では色単独では商標登録することはできません。商標法では、商標を「文字、図形、記号若しくは立体的形状若しくはこれらの結合又はこれらと色彩との結合(以下「標章」という。)であつて(以下略)」と定義しており、文字や図形等の組み合わせではない色彩単独という商標は観念されていないからです。

しかし、日本でも現在定義されている伝統的商標以外にも、音(特にサウンドロゴ)や色を商標登録の対象にしようという動きがあります。この話は何年も前から浮かんでは消えた話(サウンドロゴに関して大昔に書いたブログ記事)なのですが、今回ばかりは少なくとも音については来年に商標の対象になる方向が固まったと言われています(参照記事)(そうなると特許事務所も簡単なDAW環境くらい用意しておかなければいけなくなるかもしれません(弊所では既にあります))。

色彩単独商標が日本でどうなるのかはまだわかりませんが、ただ、日本の場合はこの色ならこの会社(あるいは商品)というほど、色が識別性を発揮しているケースはあまり思いつきません。会社じゃなくて個人であれば、緑と言えばあの会社の社長さんというのはすぐ思いつくんですが(やや内輪ネタですみません)。

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新聞社は「自炊代行=悪」と印象操作しようとしているのか?

twitterのTLに「自炊代行」、「有罪判決」という文字が見えたので、いまだ継続中の作家7名と自炊代行業者の裁判の判決が出たのかと一瞬思ってしまいましたが、例のマンガを勝手にスキャンして販売していたネオヒルズ系の人の話でした(本ブログの過去記事「新たな業界秩序の形成に水を差すエセ自炊代行業」参照)。そもそも作家7名の方は民事の差止め訴訟なので有罪判決が出るわけもありません。

この事件、毎日新聞の見出しは「著作権法違反:「自炊」代行の被告に有罪判決 長崎地裁」、MSN産経ニュースの見出しは「元「自炊」代行の男に有罪 漫画の複製データ販売」となってます。

追加:日経にも記事がでましたが「漫画の複製データ販売、「自炊」代行に有罪」と同様にミスリーディングな見出し(および内容)になっています。(記事が共同発になってますが、ひょっとして共同通信が根源でしょうか?)

何回も書いているように、今回、有罪判決(懲役2年、執行猶予3年、罰金50万円)が出た人物がやったことは、マンガを無許諾で複製・販売したことであり、客の本を預かってスキャンを代行するという本来の意味での「自炊代行」ではありません。「自炊代行」を隠れ蓑にしていただけです。本来の意味の「自炊代行」は、形式的には違法と言わざるをえませんが、権利者との歩み寄りの可能性もあります。完全にブラックな無許諾スキャン販売とは混同するような書き方は困ります。

8月23日付けのMSN産経ニュースではこの事件の求刑段階の話に関して「「自炊代行」の男に懲役2年求刑 「ワンピース」など書籍を電子化」とさらにミスリーディングな見出しをつっけており、さらに記事中でも、

個人の「自炊」は合法とされるが、客の依頼で本や漫画を預かり電子データ化する「自炊代行」は著作権侵害に当たると作家らが主張、争われている。

と、事件とは直接関係ない話を持ち出しています(記者の理解が足りなくてそうなっているのか、本来の意味の「自炊代行」のイメージを落とすためにわざとやっているのかわかりませんが)。

せめて、「自炊代行と偽って書籍を無断複製・販売した男に有罪判決」、ちょっと長すぎるのであれば、「自称自炊代行業者に有罪判決」くらいにしてもらいたいものだと思います。

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サムスンのスマートウォッチのコレジャナイ感とiWatchへの期待について

サムスンがスマートウォッチ製品Galaxy Gearを発表しました。TechCruchのレビューによればなかなかナイスな製品のようです。個人的には、バンド部分にカメラが内蔵されており単独で写真が撮れるのが気になりました(この機能、プライバシー関連でまた一悶着ありそうですが)。(写真はTechCrunchより引用)

しかし、機能的な話は別として、Galaxy Gearも既存のスマートウォッチ製品が共通に持っている問題点を解消できていないように思えます。その問題点とは「カッコ悪い」ということです。たとえば、既に販売されているソニーのAndroidウォッチを見ても同様です。(写真はSony Storeより引用)

私を含めたギークな人々は買うかもしれませんが、他の一般的なファッションセンスの人々、特に女性はデザイン面で購入を躊躇する可能性があるでしょう。なにしろ、手首は、不正確な機械式腕時計にファッション性(とステータス)だけを求めて何百万も払う人がいることからもわかるように、人のファッションとしてはきわめて重要なスポットだからであります。

こうなってくるとアップルによるスマートウォッチの「再発明」に期待したいところです。

このブログでも以前にiWatch関連と思われるアップルの特許公開公報について分析しました(「iWatchの特許公開公報を読んでみたらこんな感じでした」)。もちろん、特許出願の内容がそのまま製品化される保証はないですが、公報のアイデアに基づいて製品化が行なわれるとするならば以下のような特徴がありそうです。

  • 時計というよりもブレスレットに近い平たい形状
  • バンド部分も含めて全面表示画面(おそらく、カラーe-Paper採用)
  • スラップブレスレット方式で一発取り付け(スラップブレスレットの参考動画(ちょっと笑えます))
  • 自動巻方式により充電を最小化

ということで、機能的な面よりも、ファッション性を重視した作りになるのではないかと思われます。ブレスレット型というのもありますし、バンド部分に自分の好きなイメージを表示できる(e-Paperであれば常時表示可能)のがファッション性に大きく貢献すると思います。また、バンド部分の「壁紙」カスタマイズによってこの手のガジェットにありがちな他人とかぶってちょっと気まずいという問題を解決できます。

また、「スマートウォッチのキラーアプリケーションを考える」でも考察したように、スマフォ本体を取り出せればできることをわざわざスマートウォッチでやらなければならないようなキラー・アプリケーションはそんなにはないと思うので、やはりファッション性というかクールネスがキャズムを超えるために重要だと思います。

ちょっと前ですがイブ・サンローランの前CEOがアップルのバイスプレジデントとして採用され、ティム・クックの直属で「特別プロジェクト」を担当することになったというニュースがありました。この件もひょっとするとファッション性を追求するアップルのスマートウォッチ戦略に関係あるのかもしれません(あくまで憶測ですが)。


【CM】9/13(金)にコンピュータソフトウェア協会/日本IT特許組合主催のセミナー『先進企業の特許から製品・サービスのトレンドを読む − 第1回 アップル社』で講演します。iWatch関連の出願の解説もやります。

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ノキアはパテントトロールになってしまうのか?

マイクロソフトによるノキアの携帯事業買収ですが、予想通り少なくとも米国系メディアでは酷評されています。マイクロソフトの株価も買収発表後に約5%下がりました。

PCWorldの記事”The Microsoft-Nokia deal: Fail plus fail equals more fail”(失敗と失敗を合せてもより大きな失敗ができるだけ)という記事では「マイクロソフトとノキアは互いに命綱を投げ合い「私を助けて」と叫びながら一緒に崖に飛び込んだ」とひどい言われようです。

一般論として言うと、初期市場でマジョリティを取れなかったプラットフォームが後から挽回するケースはあまりない(強いて言うとMacOSくらい?)ので、相当のブレークスルーがないと前途は多難であるとは思います。

さて、携帯ビジネスのお話はもっと詳しい方々にお任せして、特許間連についていくつか追記しておきます。

マイクロソフトに携帯事業を売却した後のノキアには、地図情報サービス(HERE)、ネットワーク機器関連事業、そして、「知財ライセンス事業」が残ることになります。

ここで「知財ライセンス事業」とは、要は、実業なしで特許権利行使を行なうビジネスということで、中立的な言葉を使えばNPE(Non Practicing Entity)、悪意を込めて言えば「パテント・トロール」ということになります。

ノキアは既にグーグル、HTC、ブラックベリー等を特許権侵害で訴えていますが、特許権しか資産がなくて収益を上げようと思えば権利行使するしかないので、今後はますます権利行使に積極的になってくることは容易に予測できます。権利行使のメインターゲットはほぼ確実にサムスンを含むAndroid勢になるでしょう。

しかし、よく考えてみると、ノキアはアップルもターゲットにできます。

仮にマイクロソフトがノキアの特許権を(ライセンスではなく)買っていたとしたならば、その特許権に基づいてアップルを訴えるのには問題があります。アップルとマイクロソフトの間には包括的な特許クロスライセンス契約が結ばれているからです。

このクロスライセンス契約は、1997年に復帰後のジョブズによる、アップルの経営を建て直すためにマイクロソフトと提携するという劇的な戦略の一環として締結されたものです(参考記事)。その具体的内容は社外秘だったのですが、昨年にアップルvsサムスンの裁判の資料として提出されて内容が公開されました。それによると少なくとも出願日が1997年から2002年までの特許に関しては相互にライセンスする(権利行使しない)取り決めになっています。

要は、マイクロソフトは、ノキアが「トロール」として暴れるのを安全地帯にいながら見ていられる立場にたてたわけで、そこまで考えてノキアに特許権を残したのだとしたらなかなか抜け目がないとしか言いようがありません。もちろん、マイクロソフトは既に強力な特許ポートフォリオを持っているので敢えて多額で特許権を買うまでもなかったという点が大きいとは思いますが。


【CM】9/13(金)にコンピュータソフトウェア協会/日本IT特許組合主催のセミナー『先進企業の特許から製品・サービスのトレンドを読む − 第1回 アップル社』で講演します。

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