【実務者向け】国内優先権委任状追加の補正について

ちょっとややこしい事例に遭遇したので自分のメモも兼ねて書いておきます。

自分ではない代理人が代理した国内出願Aに優先権を指定してPCT出願をしました。こういうパターンの場合、PCT出願時点では何も言われませんが、そのPCT出願を国内移行した後に「国内優先権主張無効の通知」というちょっと怖いタイトルの通知が来ます。この場合には、国内移行により生まれた出願を国内出願Bとすると、国内出願Aに国内優先権主張の授権の委任状を付加する手続補正書と委任状を国内出願Bに対して提出すれば問題は解決します。

ここまでは割と周知だと思います。なお、PCT出願の代理人と国内移行を行なった代理人が異なる場合は、国内優先権主張無効の通知は国内移行をした代理人に届きます。

さて、先日、同じクライアントの別件の委任状を特許庁に提出する機会があったので、そのついでに国内出願Aに対して国内優先権主張授権の委任状を先出ししておこうと思って、手続補正書を提出したら、国内出願Aは国内優先権主張から1年3ヶ月経過しており、特許庁に係属していないため補正を却下する旨の通知が来てしまいました(後の出願が国内移行してなくても取下擬制は行なわれるのですね、よく考えてみれば当たり前ですが)。

まあ、別に心配することはなく、PCT出願国内移行後に生まれた新出願(上記でいう国内出願B)に対して(国内出願Aに対する)委任状追加の補正をすればよいだけの話なのですが。

カテゴリー: 特許 | コメントする

「見えないヘルメット」特許の中味を見てみる

先日のエントリーで触れたスエーデンの女子大生(出願当時)による「見えないヘルメット」(実体は首に巻くエアバッグですが)の米国特許公報(8402568)の中味をちょっと見てみましょう。

この特許米国で登録されたのが2013年3月16日ですが、優先日(実質出願日)は2005年まで遡ります。審査経過を見ると一度拒絶査定を受けた後、米国独自の制度であるRCE(継続審査要求)を使って粘りに粘って特許化されています。普通こういうケースですと、新規性確保のために苦し紛れの限定がかかって範囲が狭い特許権になるケースが多いのですが、この特許のクレームを見る限りそういう状況にはなっておらず結構広いです。クレーム1は以下のようになっています(日本語訳および下線付加は栗原によります)。

1. A system for protecting a portion of the body of a user in case of an abnormal movement, said system comprising:

an apparel; and

an airbag folded and arranged in said apparel before inflation;

wherein said airbag includes

first means for inflating to surround a neck portion and a back head portion of said user; and

second means for inflating to form a hood that covers a crown of a skull of said user;

said first means also for beginning inflation prior to said second means.

異常な動きがあった際に、利用者の人体の一部を保護するためのシステムであって、

衣服と、

膨張前に前記衣服内に折りたたまれて格納されるエアバッグとを備え、

前記エアバッグは、

前記ユーザーの首部分と後頭部を取り巻くように膨張するための第一の手段と、

前記ユーザーの頭蓋骨の頭頂部をカバーするフードを形成するように膨張するための第二の手段とを備え、

前記第一の手段は前記第二の手段に先立って膨張を開始することを特徴とする

システム

余計な限定(たとえば、エアバッグを膨らませる方法)がかかっておらずかなり範囲が広いです。下線部の「頭のエアバッグより先に首のエアバッグが膨らむ」という条件が特許化のポイントになったようです。

この特許を回避しようと思うとというこの条件をはずさざるを得ないわけですが、もし首が固定される前に頭のエアバッグが膨らんでしまうとむち打ちのリスクが増すと思われるので、この条件をはずした製品を作るのはちょっと厳しいんじゃないかと思います。

なお、本特許はスエーデンからPCT出願(国際出願)されており、欧州(EPO)と韓国で既に成立しています(日本には出願(国内移行)すらされていません)。欧州特許(EP1947966)のクレーム1は、上記とほぼ同じなのでなかなか強力な特許資産と言えるのではないかと思います。

カテゴリー: 特許 | コメントする

Telepathy Oneの特許出願がまだ見当たらない件

ちょっと時間ができるとおもしろい特許が出願されていないかをWIPOやUSPTOのデータベースを中心にサーチしたりています。主にブログのネタ収集用です(なので、茂木経産相の特許公報が出た時もすぐ記事にできました)。

そういう定期的サーチ対象のひとつが、井口尊仁(IGUCHI Takahito)氏、セカイカメラ、そして、グラス型ウェアラブルコンピューターのTelepathy Oneの発明者です。Telepathy Oneは今年発売を目指しているそうなので、もし特許出願をしているとするならばそろそろ公開されてもよさそうなのですが、IGUCHI Takahitoを発明者とした出願公開は今のところ見当たりません。(なお、頓知ドット時代に日本で1件出願されていますが出願審査未請求により取り下げになっています)。

とは言え、Telepathy Oneの開発発表をしたのが昨年の3月、VCから約5億円を調達したのが昨年の8月なのでその直前に出願しているとするならば、公開(出願から1.5年)まではまだ間があることになります。自社が出願した事実を発表する義務はないので、出願した事実と内容はVCとの間だけの機密情報である可能性もあります。

また、特許出願をしないという選択肢ももちろんありますが、この手の市販されるデバイスは商品をリバースエンジニアリングされると中味がすぐわかってしまうので、特許を押さえておかないと模倣に弱いです。また、当然にGoogle等からの特許権権利行使のリスクがあるので、その場合の交渉材料として自社特許を押さえておくことも重要です。ゆえに、敢えて特許出願をしないというのはちょっと考えにくいと思います。

もちろん、まだ特許出願がされていないとわかったわけではないので、今後もウォッチを続けていくことにします。

カテゴリー: 特許 | コメントする

「見えないヘルメット」が特許に:特許をお金に変える方法

中村彰吾弁理士のブログで知りましたが、ちょっと前にネットで話題になりテレビでも紹介された、スエーデンの女子大生が考案した「見えないヘルメット」(首にまくエアバッグ)が、昨年の3月に米国特許(8402568)を取得していたようです。事業資金1億円も獲得しているようですがこの特許権の存在が貢献しているようです。とは言え実際に動く製品(試行錯誤の上でいろいろ改良した製品)がなく、アイデアだけであれば、投資を受けることは困難だったかもしれません。

US08402568-20130326-D00000

日本でも、特許権をベースにして投資を獲得したというケースはないというわけではありません。ただし、この場合でも、特許権だけではなく有効な事業あるいはちゃんと動く製品が既に存在し、それを特許権でカバーしていることが重要です。もちろんあらゆる案件を知っているわけではないですが、人づて情報も加味して聞くかぎりそういう印象です。

個人発明家の方から特許で一山当てられないかというような相談を受けることがありますが、事業とは関係なしに特許だけ取ってもマネタイズするのは正直難しいと言えます。例外的に、1) 米国で特許を取得している、2) 他社に今すぐ権利行使可能(他社の侵害行為が現実に認められる)、3) 複数の関連特許のポートフォリオを所有している、という条件があれば、米国のNPE(要は、パテントトロール)が買ってくれる可能性はあります(この話はブログではあまり詳しく書けませんのでご容赦)。

「オープンイノベーション」というと、事業とは関係なしに、特許権だけが自由に流通するイメージがありますが、それでも、製造ノウハウ、ブランドイメージ、プログラムソースコード、設計図、顧客ベースなどの広義の「知財」と組み合わせてこそ、特許権が価値を発揮する点には変わりありません。つまり、有効な事業あってこその特許であり、その逆ではないということです。

ところで、Yコンビネーターの創業者ポールグレアム氏は、特許訴訟合戦には反対であるし、スタートアップ企業にどういう特許を取るかを心配するくらいならどういう製品・サービスを作れば良いかを心配しろと言う一方で、特許を取得できるのであれば取得することを推奨しているようです(参考記事)。

理由は、スタートアップ企業が事業に成功した時に、大手企業がその事業を模倣してたたきつぶそうとするか、あるいは、スタートアップ企業を買収するかの決断をする時に、そのスタートアップ企業が特許を持っていれば買収を選ぶ可能性が増すからです。スタートアップ企業と特許でもめていると費用も時間(これは致命的)もかかります。であれば、特許権ごと買収してしまおうという動機が強く働くということです。ここでも、ポイントは特許権だけを買い取るのではなく、事業と共に買い取るという点です。

少なくとも米国で事業展開を検討されているスタートアップ企業の方は米国特許取得を検討されてみるとよいと思います(詳しくはまた後で書きます)。

カテゴリー: 特許 | コメントする

コミスケ3事件:京都府警の気持ちになって「技術的保護手段」を解釈してみる

昨日のエントリーの続きです。

昨日のエントリーの追記でも書きましたが、DMM電子書籍ViewerにはCypherGuardという画面キャプチャー防止のソフトウェアが含まれているようです。DMM電子書籍Viewerで電子書籍閲覧中にWindowsのPrint Screenキーを押すと警告ダイアログが出て画面キャプチャーできません。また、Windowsの画面キャプチャーツールであるSnipping Toolを立ち上げると、立ち上げた時点で画面全体がCypherGuardのロゴで埋められ書籍の画面キャプチャーはできなくなります。Snipping Toolの実行ファイル名を変えても同じなので、たぶんWindowsのAPIをフックしているのでしょう。

コミスケ3にはこの画面キャプチャー防止機能を回避する機能が含まれていたようです。正直、反社会的行為ですし、このようなソフトウェアを販売したことによる民事上の責任はあると思いますが、警察に逮捕されるか(刑事罰に相当するか)はまた別の話です。

刑事罰に相当するためには法文上の明確な根拠が必要です(罪刑法定主義)。「画面キャプチャー防止という保護手段を回避しているじゃないか」と一般用語で解釈してはダメであり、著作権法上の定義に合致しているかを検討する必要があります。

著作権法では「技術的保護手段」を以下のように定義しています。CypherGuardの画面キャプチャ防止機能がこの定義に当てはまるかどうかを検討してみましょう。

著作権法2条1項20号 技術的保護手段 電子的方法、磁気的方法その他の人の知覚によつて認識することができない方法(次号において「電磁的方法」という。)により、第十七条第一項に規定する著作者人格権若しくは著作権又は第八十九条第一項に規定する実演家人格権若しくは同条第六項に規定する著作隣接権(以下この号、第三十条第一項第二号及び第百二十条の二第一号において「著作権等」という。)を侵害する行為の防止又は抑止(著作権等を侵害する行為の結果に著しい障害を生じさせることによる当該行為の抑止をいう。第三十条第一項第二号において同じ。)をする手段(著作権等を有する者の意思に基づくことなく用いられているものを除く。)であつて、著作物、実演、レコード、放送又は有線放送(次号において「著作物等」という。)の利用(著作者又は実演家の同意を得ないで行つたとしたならば著作者人格権又は実演家人格権の侵害となるべき行為を含む。)に際し、これに用いられる機器が特定の反応をする信号を著作物、実演、レコード若しくは放送若しくは有線放送に係る音若しくは影像とともに記録媒体に記録し、若しくは送信する方式又は当該機器が特定の変換を必要とするよう著作物、実演、レコード若しくは放送若しくは有線放送に係る音若しくは影像を変換して記録媒体に記録し、若しくは送信する方式によるものをいう。

要件に分けて考えてみると、技術的保護手段と言えるためには、大きく以下が必要です。

1)電磁的方法による保護であること

2)著作権等の侵害の防止・抑止をする手段であること

3)-A 著作物の利用に用いられる機器が特定の反応をする信号を音・影像とともに記録、もしくは送信していること

または

3)-B 著作物の利用に用いられる機器が特定の変換を必要とするよう音・影像を変換して記録媒体に記録、もしくは送信していること

===

1)と2)の要件については検討するまでもなく当てはまるでしょう。要は、3)-Aあるいは3)-Bの要件に当てはまるかがポイントです。なお、書籍は想定されていないように思えますが、電子書籍にはマンガもありますので影像と解釈するのは問題ないでしょう。

3)-Aは、SCMS、CGMS、マクロビジョン等のように、コピー等する側の機器がコピープロテクト信号を検知してコピー等を行なわせない仕組みです(従って機器がプロテクト信号に無反応だとコピーできてしまいます)。3)-Bは、DVDのCCSのようにコピーはできてしまうが、そのままでは暗号化されていて見られないようにする仕組みです。

CypherGuardソフト+Windowsのディスプレイドライバ+物理的なディスプレイを「機器」と考えて、CypherGuardが特定の反応をする(この場合は画面キャプチャを禁止する)「信号」をDMM電子書籍Viewerが「送信」していると解釈すれば、3)-Aの要件に当てはまると言えなくもないかもかもしれません(ちょっと苦しい?)。

なお、DMM電子書籍Viewerの内部動作によりますが、3)-Bの要件に当てはまるような仕組みになっていることはちょっと想定しがたいかと思います。

まあ、本件については今後の成り行きを見守りたいと思います。なお、私の立場としては別にコミスケ3のメーカーを擁護しているわけではなく、根拠なしに刑事罰の対象になっては困るので、そういう根拠が本当にあるのかなという点に興味があるだけです。

カテゴリー: 著作権 | コメントする