iTunes Matchは日本の著作権法をクリアーしているのか

米国から約2年半の遅れで、ようやく国内でもクラウド上にiTunesのライブラリを置けるiTunes Matchのサービスが始まりました(参照記事)。遅れに遅れましたし(2012年スタート予定が一度キャンセルされてます)年間料金が3,780円と米国の24.99ドルと比較してお高めですが、やらないよりはやっていただいた方が全然良いのは言うまでもありません。外出時や旅行時に家のPCにしか入ってない音楽が聴けないなんてことがなくなるのは喜ばしいことです。

さて、iTunes Matchの仕組みですが、単にローカルのライブラリをAppleのクラウドにアップロードするのではありません。

まず、ローカルのライブラリの楽曲をチェックして、それが、iTunesでも売っている楽曲であれば、楽曲の正当な利用権があると判断して、ローカルのファイルをアップロードすることなく、Appleのクラウドに置きます。これは、Appleが買収したlala.comという会社がやっていたのと似た仕組みです(大昔に書いたlala.comに関するブログ記事)。

ここで、仮にローカルにある楽曲が不正に入手したものであっても、ノーチェックでiTunes上の正規コピーが利用可能になってしまいます(既に試された方がいるようですが、迷惑がかからないよう直リンはやめておきます)。こういうリスクも含めてiTunesで販売している楽曲の権利者(JASARACおよび原盤権者)から許諾を取ったのだと思います(日本の料金が米国に比べて高いのもこれが関係しているのかもしれません)。

さて、iTunes Matchのクラウドへのアップロードのパターンはもうひとつあって、それはローカルの楽曲がiTunesで売っていない場合です。この場合はローカルのライブラリのファイルがAppleのクラウドにアップロードされます。

手持ちの楽曲ファイルをクラウドにアップロードしてどこでも聴けるようにする(もちろん他人は聴けないようにコントロールする)のは(その手持ちの楽曲ファイルが正規で入手したものである限り)まったく問題ないように思えますが、過去に、同種のサービスであるMYUTAが著作権侵害とされた地裁判例がありますので微妙なところです(大昔書いたブログ記事)。

MYUTAとは手持ちのCDをPCからサーバにアップロードして自分の携帯電話にダウンロードできるサービス(もちろん他人はダウンロードできません)でした。外部的には私的使用の範囲のように見えるのですが、判決では、複製の主体は利用者ではなくサービス事業者であるとされ、結果的に、アップロード時は使用をする者の複製ではないこと、ダウンロード時はサーバ事業者全体を見れば不特定多数に配信していること(他人が見れないようにプロテクトされている点は関係なし)から著作権侵害というロジックが採用されました。

前者の「不正ファイルを使ってiTunesの正規ファイルが入手できる」問題は、iTunesで販売している楽曲の権利者が納得の上で許諾すれば問題ないのですが、後者のユーザーの手持ち音源アップロード問題は、権利者の範囲が確定しない(著作権についてはJASRAC等の著作権管理団体で何とかカバーできますが原盤権については個人もいます)ので全員の許諾を取るのは不可能だと思います。要するに前者は当事者間の合意(契約)の話ですむのですが、後者は法解釈の問題(私的使用目的複製に該当するか)となります。

Appleとしては、JASRACやRIAJは(MYUTAの提供業者のような小規模事業者は訴えても)Appleは訴えないであろう、また、最悪、手持ち音源のアップロード機能さえカットすれば侵害は回避できるだろうという読みの元に見切り発車したということかもしれません。

個人的にはどうせなら裁判沙汰になってMYUTA判例(被告が控訴していないので一審で確定しています)をオーバーライドしてくれないかと思っています。

追記: ITmediaにレコード会社やJASRACに取材した記事が載っています。個人手持ち音源のクラウドへのアップロードについて、レコード会社は「『個人利用の範囲というApple側の見解に準じる』ということで合意しているようだ」と言っているそうです。うやむやのままにOKになってしまうのかもしれません。であれば、MYUTAの提供業者はお気の毒でしたが、結果オーライと言えなくもありません。

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理研にも導入してほしい?:コピペルナー(特許取得)

小保方さんを初めとする学術論文のコピペ(正確に言えば盗用、剽窃)問題の発見には、多くの「専門家」の方がクラウドソーシング的に貢献されています。また、difff《デュフフ》といった、文字列比較ソフトウェアも有効に活用されています。

もう少しシステマティックにWeb上の情報から、論文やレポートの不正コピペを自動発見してくれるソフトウェアのひとつに「コピペルナー」という製品があります。このソフトは私も講師をやっている金沢工業大学の知的財産科学研究所センター長である杉光一成教授らが発明し、特許出願したアルゴリズムを採用しています。発明の名称は「引用判定支援装置および引用判定支援プログラム」です。出願人(権利者)は金沢工業大学です。メーカーのサイトでは「特許申請中(ママ)特開2009-205674」と書いてありますが、つい最近の3月3日に登録査定が出ています(特許公報はまだ発行されていないようです)。

公開公報の中味はもちろんIPDLでも見られますが、アスタミューゼという特許情報サービスをやっている会社のサイトから直リンで見られます(図を見るためには無料登録が必要)。公開公報の段階から補正がかかってちょっとだけ権利範囲が限定されています(最終的な限定の内容が今見たい方はIPDLの「審査情報照会」で手続補正書の中味を見ればわかります)。

ところで、「学術論文には著作権がないのでコピペはOK」なんてトンデモ説を述べている先生もいるようですが、引用すべき所は出典を明記して正しく引用、自分のアイデアにかかわるところは自分の表現でまとめるのが当たり前です。そもそも、コピペ問題は研究者の倫理にかかわる問題であって、著作権の話だけに限定して議論するとおかしなことになると思います。

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2ちゃんねる商標登録出願問題は商標法上どう扱われるのか?

「2ch」商標をひろゆき氏が出願」なんてニュースがねとらばに載ってます。2ちゃんねる掲示板(2ch.net)の元管理人であり、最近新しい掲示板2ch.scを始めた西村博之(ひろゆき)氏が、「電子掲示板による通信及びこれに関する情報の提供,インターネット利用のチャットルーム形式による電子掲示板通信及びこれに関する情報の提供」等を指定役務として3月に出願したようです(商願2014-8081)。

また、これとは別に、同じく西村氏によって「2ちゃんねる」の商標登録出願も2013年の1月に行なわれています(商標 2013-008081)。

「2ch」も「2ちゃんねる」も審査中であり、まだ権利は確定していません。

2ch.netの現在の運営者とされるジム・ワトキンス(および、Racequeen,Inc)とひろゆき氏の間でもめ事があるのは周知かと思います(参照ニュース)。両者の間で具体的にどのような約束事があったのかはわかりませんが、一般論として、このようなケース(周知商標の使用者ではない人が先に商標登録出願を行なってしまった場合)に商標法としてどう扱われるかについて検討します。

日本の商標法の大原則は先願主義、つまり、先に出願した人が優先しますが、それでも未登録周知商標については保護される規定があります(「2ch」は微妙かもしれませんが、「2ちゃんねる」が周知商標であるとの主張は十分成り立つと思います)。

まず、商標が商標登録されない条件のひとつとして、以下があります(第4条1項10号)。

十 他人の業務に係る商品若しくは役務を表示するものとして需要者の間に広く認識されている商標又はこれに類似する商標であつて、その商品若しくは役務又はこれらに類似する商品若しくは役務について使用をするもの

「2ch」、および、「2ちゃんねる」はこの条件に合致する可能性があります。特許庁の出願審査経過を見ると「2ch」は出願されたばかりでまだ何も行なわれていませんが、「2ちゃんねる」は一度拒絶理由通知が出ています(おそらく、上記の4条1項10号だと思います)。

また、仮に登録されてしまった場合でも、異議申立、および、無効審判によって、再度、商標登録の有効性を争うことも可能です。

さらに、先使用権と呼ばれる規定もあります(32条)。

第三十二条 他人の商標登録出願前から日本国内において不正競争の目的でなくその商標登録出願に係る指定商品若しくは指定役務又はこれらに類似する商品若しくは役務についてその商標又はこれに類似する商標の使用をしていた結果、その商標登録出願の際(中略)現にその商標が自己の業務に係る商品又は役務を表示するものとして需要者の間に広く認識されているときは、その者は、継続してその商品又は役務についてその商標の使用をする場合は、その商品又は役務についてその商標の使用をする権利を有する。当該業務を承継した者についても、同様とする。

これは、先に使用して周知になっていれば、その後で他人が商標登録してもその商標権に対して対抗できるということです。このケースでいうと、仮にひろゆき氏が「2ちゃんねる」の商標登録に成功しても、ジム・ワトキンス氏に対しては権利行使できない(他の人に対してはできる)可能性があることを意味します。まあ、先使用権が認められるかどうかは、両者の間の個別事情(たとえば、業務の承継がちゃんと行なわれているのか等)も関係してきますので何とも言えませんが。

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【実務者向け】弊所でやっている期日管理の方法

特許実務上きわめて重要なポイントに期日管理があります。法律で定められている期日をミスにより忘れて取れる特許が取れなかったり、権利が消滅してしまったりするとどえらいことになります。

弁理士の業務上の損害賠償を補償してくれる保険商品がありますが、そのパンフレットの事例集を見ると、特許料の納付を忘れてしまいクライアントから1億円の損害賠償を請求されたとか、読んだだけで胃が痛くなるような事例が満載です(もちろん弊所でもこの保険には入っています)。

期日管理を含む特許事務管理ソフトがいろいろ売られていますが、カスタマイズできないのが嫌なので、弊所では自前で作ったAccessのデータベースで管理しています。さらに期日管理にはOutlookを活用しています。

たとえば、特許出願をすると、少なくとも3年後の審査請求の期日、1年後の優先権主張の期日管理が必要です。加えて、弊所では出願から10ヶ月後に改良発明および(パリ優先権による海外出願を行なう場合の)翻訳に関するご案内を出しています。

出願するとこれらの期日に相当する予定をOutlookに入力します(ここはAccessアプリケーションと一気通貫で自動化したいところですが、今のところ手作業で入れています)。予定は毒々しい赤色を使って予定表を見たときに目に入りやすいようにしています。また、Outlookのリマインダー機能を使って指定した期間前にメッセージを送るようにしています。

Outlookの予定表はiCloud経由で同期していますので、iPhoneでも、モバイルPCでも、iPadでも閲覧し、リマインダーを受け取ることができます。また、万一メインのPCが壊れてもiCloud上でバックアップは無事です。これはクローズドな特許管理パッケージでは得られないメリットだと思います。

これとは別に長期的な〆切日はホワイトボード(もちろん、会議スペースのホワイトボードではなく、自分の事務スペース内のホワイトボード)に書き、さらに、拒絶理由通知対応の期間など短期的なものは、関連書類に期日を赤マジックででっかく書いた上でコルクボードにピン留めしておく、などのアナログな方法も併用しています。

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特許の問題でSTAP細胞作成のコツを公表できないということがあり得るのか

小保方さんの「4月9日に開かれた記者会見に関する補充説明」において以下のような記載がありました(参照記事)。

現在開発中の効率の良いSTAP細胞作製の酸処理溶液のレシピや実験手順につきましては、所属機関の知的財産であることや特許等の事情もあり、現時点では私個人からすべてを公表できないことをご理解いただきたく存じます。(強調は栗原)

特許等の事情により、コツを公表できないということがありえるのでしょうか?

大前提としてSTAP細胞の作成法に関する特許出願(国際出願)は既に行なわれており、出願内容も公開されています(参考過去エントリー)。そこに記載されているよりも、より効率の良い新たな方法があるということなんでしょうか?

ノウハウに当たる部分を隠して特許出願するのは(本来的には好ましくないですが)よく行なわれています。ただ、今回の話は効率が良いとか悪いとかの話ではなく、できるかできないかの話なので、ちゃんと実施できる方法を開示していないということは、論文としても特許出願としても問題です。なお、特許出願書類にもNature論文と同様の不適切な画像流用がされていることが指摘されています(参照記事)。

以下の2段落は一般論になります。

コツに相当する部分が特許の対象になるのであれば、発明者自身の公開によっても新規性が否定されますので、出願前には公表しないことが通常です。発明者(正確には特許を受ける権利を持つ人)自身が公開した場合、公開の時から半年以内に出願すれば、その公開を理由に特許性が否定されることはないという救済規定があります(米国では1年以内に出願すれば大丈夫です)が、欧州や中国ではこのようなルールは原則的にありませんので、発表の前に出願することが重要であることは確かです。

このような場合に有効に使える制度に米国の仮出願制度があります。仮出願は1年以内に通常の出願を行なうことを前提として出願であり、通常の特許出願と比較して書式上の要件が簡略化されています。学術論文をそのまま出願することも可能ですし、日本語で出願することも可能です。先に仮出願して出願日を確保しておけば後は自分で公表しようが、独立して発明した第三者が公表しようが、出願しようが、先に出願した方が優先します。学術機関ではよく使われていると聞いています。

フジテレビのとくダネ!で笠井アナがこの件に関する解説で「論文の前に特許を取っておくのが普通」というような解説をしていましたが、正確には「特許を出願しておく」ですね。

と言いつつ、小保方さんの発明は職務発明として理研が出願人となるよう職務規程で定まっていると思いますので、この状況では仮出願にしろ本出願にしろ、特許出願なんでやってられないということはあるでしょう。

まあもちろん、もしSTAP細胞が小保方さんの脳内でしか完成していない(あるいはマーカーの発現をもってSTAP細胞の完成とするという俺様定義を採用している)のだとすると、特許出願も何もあったものではないですが。

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