Google和解案に対する権利者団体の意見がだいたい出揃ったようです

Google Book Searchの和解に参加するか離脱するかの意思表明の期日が5月5日に迫っています。日本は連休中なので、現時点で多くの著作権管理団体から意見が出ています。

ところで、私はいうとGoogleのデータベースに著作・訳書が載っていますので当事者の一人となっているわけですが、和解から離脱はしません。個別の書籍の指定については、翻訳書は現時点ではどうしてよいのかわからないのでほっぽらかし、また、MIT在学中に書いた論文がMIT Pressから出版された論文集に収録されているのですが、契約書がない(そもそも契約書にサインしたかどうかも覚えていない)ので自分がどういう権利があるのかもわからずこれまたほっぽらかしです。まあ、個別の書籍のオプトアウトの〆切りは2010年の1月5日なのでそれまでにゆっくり考えることにします。

以下に代表的な著作権管理団体の見解についてまとめてみます。

1.日本文藝家協会

声明文(PDF)は長いので全文は原文をご参照下さい。基本的には(容易に予測されるように)Googleを非難する内容となっています。結論としては、

当面の最低限の防衛策として、私たちの会員や著作権管理委託者に、米グーグル社から提示された和解案に応じたうえで、個々のデータを削除する要求を選択するように勧めることとした。したがって、このように勧めたからといって、これは私たちが、米グーグル社が行う違法な書籍のデジタル化によって全世界の著作権者の権利が侵害されることを容認するものでは全くないことが理解されなければならない。

つまり、苦肉の策として、和解からは離脱しないが、各権利者に個別にオプトアウトすることを「勧めて」います。

ちょっと気になるのは「米グーグル社の違法行為」という表現(あるいはそれと同等の表現)が散見されることです。Googleがやっていることは違法ではありません。米国の国内法とベルヌ条約に準拠した行為です(判決で和解案が覆れば話は別ですが)。

著作権制度は基本的には各国独自の制度であり、あるべき姿がひとつに決まっているわけではありません(もちろん、ベルヌ条約等の条約の強行規定に違反すれば条約違反です。)日本でやれば違法だということを根拠に海外での行為を違法だというのは、サッカー選手がラグビー選手に手を使うのは反則だというようなものです。

2.日本ペンクラブ

声明文は、同じくGoogleを非難する内容です。

グーグルの書籍デジタル化に関する一連の行為は、日本の著作権上明白な複製権違反であるにもかかわらず、それを容認する形になる。また、米国内ルールである「フェアユース(公正利用)」条項を「世界基準」として事実上容認することになる点で、大きな問題を孕む。

これまた先ほどと同様で、日本の著作権法に違反しているかどうかで外国における行為の合法性を判断すべきではありません。そんなことをしたら内政干渉です。また、「フェアユースを世界基準として容認することになる」の意味がよくわかりませんが、ひょっとして米国内だけ実施とは言っても、IPチェックなど容易にバイパスされてしまうので世界中に公開するのと同じということでしょうか?これは確かに問題ですが、そもそも今回の件に限った話ではなく、基本的に国境がないインターネットにおいて従来の国別の法律を適用しようとすること自体による問題です。

申請しなければ権利が保護されないという「オプト・アウト(離脱)」方式を採用することは、権利者の立場を弱体化するおそれが多分にあり、これは著作権法の世界ルールであるベルヌ条約に抵触する可能性がある。

今回の和解がベルヌ条約に違反するのではないかという論点は微妙なところです。しかし、米国国籍の著作者だけを特別扱いすると、これまたベルヌ条約の内国民待遇の規定(外国人を自国民と同等以上に保護しなければならない)に反するおそれがでてきます。なお、突っ込まれる前に書いておくと、「米国人の書籍はGoogleにコピーされる、外国人の書籍はコピーされない」という規定にしても内国民待遇には反しないのではないかとの考え方もあり得ます(内国民待遇では外国人に自国民以上の保護を与えることは禁止していないため)。しかし、この和解に参加することは権利者にとって悪い面もありますが、良い面もあります。つまり、和解金をゲットできて、(今までは収益機会がなかった)絶版本からの収益機会を得られるということです。米国の権利者団体はGoogle Book Searchに参加することが権利者の利益になると述べています。とするならば、同等の「利益」を外国人に対しても提供しなければなりません。いずれにせよ、米国人と外国人を同等に扱えば、内国民待遇の規定に反することがないのは確かです。

グーグルという私企業の先行的行為が容認されることで、この分野における事実上の独占状態を生じ、情報流通の多様性を損なう危険性がある。

念のために書いておくと、今回の和解によりGoogleが得る権利は非独占的なものです。ゆえに、他社もGoogleと同様のサービスを行なうことができます。AmazonやMicrosoftが参入する可能性もあるでしょう。検索エンジン市場におけるGoogleの独占の問題がないとは言えませんが別論です。

グーグルの支援によって設立される権利処理のための機構である「レジストリ」によって、個人情報を含む著作権者の情報が事実上、独占的に集中管理されることには危険性が伴う。

これも念のために書いておきますと、「版権レジストリ」はGoogleが資金を供与していますが、実際の運営は米国の権利者団体(Authors GuildAssociation of American Publishers)が行ないます。つまり、日本で言えばまさに日本文藝家協会やJASRACのようなポジションです。日本ペンクラブが、これらの著作権管理団体も危険であるとしているのならば筋は通ってはいますが。

3.日本ビジュアル著作権協会

声明文(PDF)はこちら。

前回のエントリーにも書いたように、この件では最もラジカルに動いており、会員に和解から離脱(個別のオプトアウトではなく和解自体からの離脱)するよう勧告しており、174名が実際に離脱しました(とは言っても全会員数の半分くらいです)。会員にはたとえば川端康成(の遺族)なども入っていますが、声明文にある主な和解離脱者のリストに入っていないところを見ると離脱はしなかったと思われます。

全体的に私の感想を言えば、Googleの手続き上のまずさを批判するのは当然だと思います。しかし、Googleと米国権利者団体が勧めているスキーム自体が日本の著作権法に合わないからと言って非難するのはお門違いです。日本から見れば「米国は米国のルールをゴリ押ししている」となるのかもしれませんが、米国から見れば「日本は日本のルールに基づいて米国を批判している」(まさに、サッカーのルールに基づいてラグビーの反則を判断しているようなもの)ということになるのですから。

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Google和解案から作家174名が離脱の件

著作権管理団体の日本ビジュアル著作権協会に属する作家174名(谷川俊太郎、ねじめ正一など)がGoogle Book Searchに関する和解案から離脱することを発表したそうです(ソース)。特定の書籍をオプトアウトする(グーグルのデータベースから削除してもらう)のではなく、そもそも和解に参加しないということです。

もちろん、和解するかしないかは各著作者の自由なので特に文句を言う筋合いではありません。また、協会が主張する

和解案の公表から回答期限まで2カ月強と短すぎるうえ、日本の著作権者の意見はまったく入っていない。

という批判も正当かと思います。

そもそも、この日本ビジュアル著作権協会(JVCA)という団体は相当に権利者寄りの姿勢を取っていることで知られており、学校の教材や試験問題での著作物の使用に差し止め訴訟を提起したり、高額の使用料を請求したりしています。あの三田誠広氏ですらJVCAの使用料が高すぎると批判しているようです(ソース)。ということで、この動きは十分に予測できるものです。

ところで、周知の通り、Google Book SearchはGoogleが勝手にやっているわけではなく、米国の作家団体(Authors Guild)、出版社団体(Association of American Publishers)、そして、世界各国の図書館が合意の元に共同で行なっているプロジェクトです。つまり、米国内では当事者納得済の話です(もちろん、反対する人がいないわけではないでしょうが)。とは言え、特にベルヌ条約経由で寝耳に水で和解の当事者になってしまった海外の著作権者から批判の声が上がるのは当然でしょう。

Wikipediaソースですが、Google Book Searchに対する批判者の中にフランスの歴史家/政治家であるJean-Noël Jeanneney氏という人がいるそうです。彼の批判は、Googleのスキャン対象がほとんど英語の文献であり、学問の世界で一般的なフランス語、ロシア語、ドイツ語の割合が異常に小さいため長期的に世界におけるこれらの言語の重要性が下がってしまう可能性がある、これは一種の「英語帝国主義」だということのようです。要は、英語以外の言語の書籍もどんどんオンラインで利用可能にしてくれ(もちろん、権利者に正当な対価がわたる前提で)と主張しているようです。

まあ人により考え方は様々ということですね。

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クラウドのビジネス戦略の方向性について(追加)

先日のエントリーでITベンダー/サービス・プロバイダーのクラウド領域におけるビジネスモデルについて以下の3つを挙げました。

1.クラウド・プロバイダーに対してシステムや運用管理ツールを販売する
2.クラウドを活用するユーザー企業のインテグレーションを支援する
3.自らがクラウド・プロバイダー事業を行なう

よくよく考えてみると、2のバリエーションとして

2′ : 顧客のインターナルクラウドの構築を支援する

というのも考えられます。ここで、「インターナルクラウドって従来のイントラネットの基盤に仮想化テクノロジーを適用するとどこが違うんだ?」という議論はあるかと思いますが。(ちなみに私の答は「同じです」です)

さて、このようにクラウド利用あるいは構築におけるサービスプロバイダーの位置づけについて、

クラウドが普及すればユーザーはクラウド上の既存サービスを自由に組み合わせて使えるようになるので、SIerの仕事はなくなる

という趣旨の主張が聞かれることがあります。以前も書きましたが、これは大いなる勘違いであると思います。そもそも、これと似たような言い回しを以前に聞いたことがないでしょうか?一昔前にERPが流行りだした時に、

ユーザーが全面的にERPを導入し、業務プロセスをパッケージ側に合わせれば、システム・インテグレーションは不要になる

などという主張がされたと記憶しています。「クラウドがあればSIは不要説」はこの主張に類似しています。確かに、ERP(というよりも統合業務パッケージ)はある程度普及しましたが、それによってシステム・インテグレーションの仕事はなくなったでしょうか?そんなことはありません。逆に、業務とのギャップ分析、アドオン開発、既存システムとの統合等々、SIerにとっての市場機会は増加したとも言えるでしょう。

クラウドについても同様のことが当てはまると思います。クラウドというOSの上でSaaSという統合業務パッケージが稼働するとも考られるでしょう。もちろん、SIerに求められるスキルセットが変わることにはなるでしょうが、SIerの仕事そのものがなくなることは考えられません。むしろ、ますます増えていくと考えます。たとえば、Salesforce.com社のパートナー・エコシステムへの力の入れ方を見ただけでもクラウド周りのビジネス機会は十分にあると思われます。

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【お知らせ】クラウドのイベントでパネルの司会をします(5/27)

5月27日(水)に翔泳社主催のクラウドイベントのパネルでモデレータをします。於ベルサール九段(老婆心ですがベルサール神保町と間違えないようにしましょう)。入場無料。詳細はこちら

パネル参加者は、マイクロソフト、セールスフォースドットコム、日本IBM、日立SAS、サイオステクノロジーの代表者の皆様です。モデレータはしゃべりすぎないように気をつけなければw。

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クラウドビジネス戦略の3つの方向性

先日出席したHPのアナリストイベントで、HPはクラウドビジネスについて以下の3つの方向性で推進していくとの発表がありました。

1.クラウド・プロバイダーに対してシステムや運用管理ツールを販売する
2.クラウドを活用するユーザー企業のインテグレーションを支援する
3.自らがクラウド・プロバイダー事業を行なう

これは、HPに限った話ではなく、あらゆるベンダーにとって、クラウドのビジネスを行なう上で基本的枠組みであると思います。

難しい点は、この3つの戦略にはトレードオフがあるということです。クラウド・プロバイダー事業を行な顧客企業に対してシステムを販売する一方で、自社でもクラウド・プロバイダー事業を行なって「顧客と競合してしまう」ケースは不可避ではありますが、最小化すべきです。ということで、上記の3つの戦略をただ漠然と推進するのは得策ではなく、微妙なコントロールが必要となりましょう。特に、1と3の間のバランス感覚が重要です。

HPの某マネージメントとのインタビューにおいてこの「顧客と競合する」リスクについて聞いてみましたが、実際には、HPにおける3の戦略は写真共有サイトであるSnapfishなどの一般消費者向けサービスであり、エンタープライズ市場での顧客との競合はほとんどないとの答をもらいました(普段はHPのエンタープライズ事業の人々とばかり話しているので忘れがちですが、確かに言われてみればHPはワールドワイドの売り上げベースで見るとパソコンとプリンタを中心とした一般消費者向け企業と言ってもおかしくありません。)

他の企業のクラウドビジネスについて分析する場合、そして、ベンダーが自社のクラウド戦略を立案する場合には、まず、上記の3つのカテゴリーで分けて考えること、および、それらの間のトレードオフを考えることが重要です。そして、ここでも「中途半端にやるくらいなら全くやらない方がまし」のルールは当てはまると思います。

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