「違法ダウンロード」によって損害賠償を請求されることが現実にあり得るか?

2010年1月1日より施行予定の著作権法改正に関する解説が文化庁のサイトに載っています。関心のある方は是非ご一読をお勧めします。

やはり最も興味深いポイントは「ダウンロード違法化」だと思いますが、これに関して、以下のようなQ&Aが載っています(下線は原文ママ、太字は栗原による)。

問11
違法なインターネット配信からの音楽・映像のダウンロードが違法となったことにより,インターネット利用者が権利者からいきなり,著作権料の支払いなど損害賠償を求められることはありますか。(第30条1項3号)


インターネットでは一般に,あるサイトからダウンロードを行っている利用者を発見するのは困難です。また,権利者がサイト運営者に対して,ダウンロードを行った利用者を特定するための情報開示を請求することができる制度はありません。

権利者団体においては,今回の改正を受けて,違法に配信される音楽や映像作品をダウンロードする行為が正規の配信市場を上回る膨大な規模となっている状 況を改善するため,違法なダウンロードが適切でないということを広報し,違法行為を助長するような行為に対しての警告に努めるものとしており,利用者への損害賠償請求をいきなり行うことは,基本的にはありません。仮に,権利行使が行われる場合にも,事前の警告を行うことなど,慎重な手続を取ることに努めるよう,文部科学省から権利者団体に対して指導する予定です。

もし,違法ダウンロードを理由とした損害賠償などの名目で,支払の請求がいきなり送りつけられた場合は,悪徳事業者による架空請求詐欺(振り込め詐欺) である疑いがありますので,文化庁著作権課や関係する権利者団体の相談窓口に問い合わせるなど内容をよく確認し,すぐに現金を支払うことのないようご注意 ください。

下線部の表現は「基本的に」、「予定です」等となっていることから絶対にこのような運用が行なわれるという保証はないわけですが、これが文化庁の公式ページにある情報であることを考えると、「ダウンロード違法化」の規定はできるだけ警告規定に留めたいという意思が感じられると思います(当ブログの過去エントリー「違法ダウンロードが社会正義に反しないとはどういうことか」も参照下さい)。

ところで、上記引用の太字部分(「あるサイトからダウンロードを行っている利用者を発見するのは困難」)は結構重要だと思います。証拠調べという観点から言うとアップロード(より正確には送信可能化)とダウンロードはかなり違います。送信可能化行為については、ネット経由で著作物がダウンロード可能になっていることを(権利者の合意の元に)試してみればすぐに証拠がつかめます(実際、違法アップロード者の検挙はこういうプロセスになっているはずです)。その一方で、ダウンロード行為の証拠をつかむには、通信路の盗聴、ハニーポット、パソコンの押収等が必要となるでしょう。警察が行なうことすら難しい行為なので、民事の枠組みでこれらが正当化されることはないと思います。他に考えられる可能性としては、違法アップロード者のパソコンが押収されてダウンロード・ログが明らかになるケースくらいでしょうか?

著作権法の解釈におけるダウンロードが「私的目的複製」というのは屁理屈のように思われるかもしれませんが、こういう視点で見ると、送信可能化(アップロード)行為とは異なり、かなり「私的」な要素が強いです。そもそも、どの教科書を見ても著作権法において「私的目的複製」が許される理由として、(現実的に見て)権利侵害のチェックが困難という点が挙げられています。ダウンロードについてもこれは当てはまるでしょう(ただし、P2Pからのダウンロードはダウンロード即送信可能化となり得るので別論)。

なお、MIAUが「ダウンロード違法化」に反対していたにもかかわらず法律改正が成立してしまったことについて「MIAUの努力は無駄だった」という主張をする人もいるかもしれませんが私はそうは思いません。MIAUが一定のポジションを取ってくれたおかげで「ダウンロード違法化」の規定が警告規定に留まったとも考えられます。「MIAUが反対しなくても今のような形に決まっていた」という主張もあるかもしれませんが、今となっては結果論だと思います。

もちろん、実質上の警告規定に留まっているからといって違法ダウンロードを「その事実を知りながら」行なう行為をやって良いということではありません。法の意思を尊重した行動が求められるのは当然です。不正競争防止法上刑事罰がないからと言って、サイバースクワッティング行為をどんどんやって良いというわけではないのと同じです。

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【保存版】商標制度に関する基本の基本

広瀬香美さんのtwitterの誤読言葉「ヒウィッヒヒー」(小文字tのロゴをカタカナのヒと読み間違えた)が商標登録出願されたというニュースが(ネット界のごく一部でではありますが)話題になりました。そもそも、商標登録出願されたという話自体が誤報だったようですし、「ヒウィッヒヒー」自体が一発芸のようなものであまり引っ張るようなネタではないと思いますが、ネット系メディアやネット住民に依然として商標制度の根本的なところが理解されていないという感がありますので、このエントリーで簡単に説明しておきます。

複雑な話は省略して基本中の基本だけ書きます。

1.商標権は特定の言葉や図形を「商売で」かつ「商品・サービスの出所を表わす」ために独占的に使える権利

最も重要なポイントは、商標権はあらゆるシチュエーションで言葉・図形の使用を制限できる権利ではないということです。そもそも、法律上、商標とは「商売において」、「製品やサービスの出所を表わすために」使うものと定義されているので、この2条件を満足しない場合には商標権は関係ありません、なお、簡単のために「商売で」と書きましたが、正確には、非営利事業も含みます(法律の文言上は「業として」)。

たとえば、ビッグマックはマクドナルド社の登録商標ですが、別に日常会話やウェブ上で「ビッグマックおいしいねー」とか書いたり、言ったりするたびにマクドナルドの許可がいるわけではありません。許可が必要なのは、商売としてビッグマックというハンバーガーを作ったり、売ったりすることです(もちろん、マクドナルドが正規のライセンサー以外に許可することはないでしょう)。また、当然ですが、たとえば、ビッグマッキンという名前のサンドイッチやビッグマックコーラという名前のコーラを勝手に作ったり、売ったりするのもダメです。商標権の効力は類似範囲にも及ぶからです(類似にもグレイゾーンがあるのでよく問題になりますが)。

なお、商売で使う場合でもその製品やサービスの出所を表わすために使うのでなければ商標権は及びません。たとえば、プロの小説家が小説内でビックマックを登場させても商標権には関係ありません(業界の礼儀としてお断りを入れておくというのはあるかもしれませんが)。

2.商標権を取得したからと言って他人の使用が禁止されるとは限らない

商標権は著作権などと同じく独占的権利ですが、これは、常に、他人の使用を全面的に禁止したり、金を取ったりすることを意味するわけではありません。他人に使わせようが、禁止しようが、金を取ろうが、取るまいが、商標権者の自由ということです。典型的なケースが「ひこにゃん」です。「ひこにゃん」の商標は彦根市に申し出さえすれば無料で使用可能です。
ということで、商標登録出願したからと言って出願人が商標の使用を独占しようとしているとは限りません。重要なのは、取得した後でその商標権をどう使うかです。

3.一般名詞、他人の著作物を使った商標、有名人の名前・略称等々は仮に商標登録出願しても登録されない

商標法には「こういう商標は登録されません、万一登録されても後で無効にされます」というケースが数多く列挙されています。典型的には、一般名詞、他人の著作物、(他人である)有名人の名前・略称などは登録されません。要するに、常識的に考えてこの言葉・図形をこいつに独占させちゃまずいだろという商標は登録されません。

たとえば、「クラウドコンピューティング」、「生キャラメル」は拒絶が確定しています(「生キャラメル」は田中義剛氏が個人で出願)。ただし、グレイゾーンはあります。たとえば、「グリーンデータセンタ」はNTTデータの登録商標となっているため、他社は環境適合性に配慮したデータセンターのことを「グリーンなデータセンター」等と表記することで回避しているようです。

4. とりあえず商標登録出願してみるというのは企業によくみられる行動である

商標登録出願は手数料合わせても最安で10万円もかかりませんので、登録されるかどうかわからないがダメ元で出してみる(特に上記3.のグレイゾーンの場合)、他社に取られると困るので防衛的に出してみるというのはよくあるパターンです。あまりにもひどいケースは別として、非難するのには当たらないと思います。

他にも書いておきたい話がありますが、長くなりますのでまた別途。

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「違法ダウンロード」が社会正義に反しないとはどういうことか

CNET Japanの『「違法ダウンロードは社会正義に反さないが、権利者に悪影響」–文化庁』という記事で文化庁の川瀬真氏が来年施行の著作権法改正について「個人の(違法)ダウンロード行為が社会正義に反しているということではなく、それらが積もることで権利者などに悪影響を与えているということ」というように説明されています。ニュアンス的には「社会正義に反しない」というよりも「社会正義に反するとまでは言えない」だと思いますが、この発言の真意は違法ダウンロード行為に刑事罰が適用されないことの根拠を説明したということでしょう。

刑事罰がないとは具体的に言うと、警察による取り調べや逮捕を受けることがない、罰金・禁固・懲役等を受けることがないということです(この辺については過去の拙ブログ記事『借金を返さないことは犯罪ではない』を参照)。もちろん、民事上の損害賠償の責は負います。また、ダウンロードしたコンテンツの削除は命じられるでしょうし、再発防止ということでパソコンの没収が命じられる可能性がないわけではありません(これは、著作権法の112条の規定によります)。

これに対して通常の著作権侵害は刑事罰が適用されます。たとえば、JASRACに著作権使用料を払わないことでライブハウス経営者が逮捕されてしまったケースもあります(参考ブログ記事)(これなどは民事訴訟によって売り上げを差し押さえれば済むような気がします)。

従来からある著作権侵害と違法ダウンロードの間でバランスが取れていない感もありますが、「わるいことをしたらけいさつにつかまるのはあたりまえ」という発想は小学生までで、近代国家では刑事罰は最小限にするのは基本(特に、一般消費者が対象となり得る罰の場合)ですので、まあ妥当な判断と言えるかと思います。

ところで、他にも違法行為としては定められているが社会正義に反するほどではない(刑事罰の適用がない)という規定の例を、IT+知財の分野で探してみると、不正競争防止法に定められたドメイン名の不正取得いわゆるサイバースクワッティングなどがあります。

不正競争防止法3条2項12号  不正の利益を得る目的で、又は他人に損害を加える目的で、他人の特定商品等表示(人の業務に係る氏名、商号、商標、標章その他の商品又は役務を表示するものをいう。)と同一若しくは類似のドメイン名を使用する権利を取得し、若しくは保有し、又はそのドメイン名を使用する行為

これまた、たとえば、シャネルの看板でスナックを営業して商標権侵害の罪で逮捕されてしまうケースもある一方(参照記事)で、chanel.netというドメインを取得してWebサイトを開設してもドメイン登録を取り消されるくらいで済むというのはバランスが取れていない感もありますが、まあ、法律としてはこうなっているということです。

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極小画面でもマルチタッチインターフェースを実現するAppleの発明

あえて言うまでもないですが、iPhoneを使い始めて思うのは、やはりAppleのUI設計技術はすごいなということです。狭い画面と原則指でのタッチによる操作という厳しい条件で、あれだけの快適なエクスペリエンスを作り出してしまうのはすごいです。iPhone流UIに慣れてしまうとついつい普通のパソコンで地図を表示している時も画面をフリックしたくなってしまうほどです。

iPhoneに限らず、一般に、狭い画面上でスタイラスを使わずに指で操作するUIの課題のひとつは指の先で画面が隠されてしまい細かい操作がやりにくくなるということでしょう。iPhoneの英字キーボードで入力をすると吹き出しのようにちょっと指と離れた場所に文字が表示されるのは、この問題を解決する上でなかなかナイスなアイデアです。

しかし、iPhoneよりさらに画面が小さい機器が登場した時には現状の方式のUIにも限界が来るでしょう。解決策のひとつとしてスタイラスを使うことがありますが、さすがにAppleはその方向性は取らないでしょう(私も勘弁です)。

macnnというApple関連の情報サイトのブログで知りましたが、Appleの特許出願文書では、この課題に対するAppleの解決策、そしてひょっとするとnano-phoneのUIの基盤となるかもしれないアイデアが紹介されています。なぜか、ブログ中では特許文献の名称が記載されていませんが、”Back-Side Interface for Hand-Held Devices”(US 2007/0103454 A1)がこれに相当するようです(Google Patentの該当ページ)。

この発明のポイントは機器の裏面をタッチセンシティブにするということです。指で機器の背面をタッチすることにより、その場所に相当する表側の画面にカーソルが表示し、操作を行なうことができます。イメージ的には裏側から磁石を操作すると表側で金属製のカーソルを移動するという感じでしょうか。これにより、指で画面が隠れることがないので今よりも細かい操作が可能になるでしょう。

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上図の215がデータ表示画面(LCD)、225がタッチセンシティブ・パネルです。

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機器の裏のタッチパネルを指で操作すると、表の画面で指に相当する場所にカーソルが表示されます。指で裏から押すことで文字が入力されます。

脳内イメージで再現してみるとちょっと気持ち悪いですが、慣れてしまえば結構使えそうな感じはします。ただし、1) 機器を持つ方の手の指は機器の縁を持つようにしなければならない(裏面のタッチ・パネルに触れないようにしなければいけない)、2) 手のひらや机の上に機器を置いて使うことができない、3) 機器にジャケット(ケース)が使えないなどの問題がありそうです。特に1)は問題でエルゴノミクス上相当な工夫をしないと機器を落としてしまいそうです(どうせAppleはストラップは付けないでしょうから)。

また、より根本的な話として今のiPhoneより小さいフォームファクターのスマートフォンがそもそも必要かという議論もあるでしょう。iPhoneが今よりも薄く、軽くなるのは歓迎ですが、これ以上縦横サイズが小さくなっても電話として使いにくくなるだけだと思うのですが。

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NetApp社のグリーンIT戦略について

NetApp社のアナリスト向けイベントで取材した内容からグリーンIT関連のお話しを簡単に紹介します。

そもそも、NetApp社とグリーンITはイメージ的にあまり結びつかないのではないでしょうか?しかし、同社は自社データセンターのグリーン化をかなり積極的に推進しており、対外的にもアピールしております。たとえば、昨年に日経BPが主催した「グリーンITフォーラム」では、NetApp社のIT部門CTOであるDavid Robbins氏が自社事例紹介で基調講演しています。今回は、まさにそのRobbins氏にインタビューすることができました。

NetAppはクラウド事業やデータセンターアウトソーシング事業を行なっているわけではないので、自社業務向けデータセンターでのグリーンIT化を推進しています。

グリーンITという観点ではストレージ機器は結構重要な要素です。理由は、1)そもそも機器台数が多い(サーバより多いことが通常)、2)ハードディスクにはメカ部分があるので定常電力消費が大きい、3)一般に利用効率が低くスカスカの状態で使われていることが多いので効率性向上の余地が大きい、などがあります。

ストレージ・ベンダーの立場から言うと、グリーンITを売り込むことで、ストレージ統合・仮想化やデデュプ(重複排除)などによるストレージ利用効率向上のソリューションが売りやすくなるでしょう。そういうわけで、NetApp社は自社のデータセンターのグリーン化を進めることで経費を削減すると共に、顧客向けのグリーンITソリューションのPOCともしているわけです。

Robbins氏のプレゼン ではグリーンITの具体的効果として、カリフォルニアの電力会社PG&Eのリベート金を挙げていました。PG&Eは、電力効率性が高い設 備を使用している利用社に対して奨励金を払っています。その金額がおよそ140万ドルに達したようで、額面140万ドルの小切手(本物)のスキャン画像を プレゼンの中で紹介していました。正直、日本でもこういう金銭的インセンティブ制度をもっと取り込まないと日本でのグリーンIT推進は難しい気がします。

さらに、データセンターも見学させてもらうことができました。一般の顧客も見学可能な場所のようですし、ブログの掲載許可ももらっているので写真を載せます(とは言え、Googleのデータセンター等と比較すると全然普通ですが)。

NetApp社のデータセンター、既存の部分はPUE=1.31、新規建設部分はPUE=1.2を目指しているそうです。かなり優秀な数値ですが、ポイントは外気冷却、つまり、クーラーを使わず外気を直接取り入れる方式にあるそうです。PUEの向上には冷房の効率化が最も重要なので、クーラーを排除できるとかなり効果的です。外気冷却は寒冷地だけでしかできないのかと思っていましたが、シリコンバレーでも全然OKなんですね。ただし、本当に猛暑になった時はクーラー作動するようです。当日は、半袖Tシャツでも暑いくらいの陽気でしたが、クーラー作動なしで外気冷却していました。マシンルーム内に入ると、特有の寒さがまったくなく外と一緒です。どうやら外気冷却のポイントとなるのは温度よりも湿度のようで、東京などの多湿な地域では外気冷却は難しいらしいです。下の写真ちょっとわかりにくいですが外気を直接取り込んでいるファンです。暑くなるとシャッターが閉まり、クーラーが作動して内気循環するようになります。

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冷却の効率性向上のもうひとつのポイントが機器により熱せられた空気をできるだけ効率的に外に排除すること。冷たい空気と暖かい空気が混ざると冷却の効率性が一気に落ちます。周知とは思いますが、ホットアイルとコールドアイル、つまり、冷気の通り道と暖気の通り道とを明確に分離することが重要です。

NetApp社のデータセンターでは、ビニール製のすだれのようなものを使用してホットアイルとコールドアイルの分離を行なっています。特許出願中ということでしたが、同様の仕組みはかなり昔にラーメン屋で見たことがあるので公知技術ではないかと思うのですが?(他に何か隠された特徴があるのかもしれません)。

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なお、新型データセンターの方は、アクリル性の扉でコールドアイルを完全に囲い込んでいます。

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PUE向上のもうひとつのポイントはUPS(無停電電源装置)ですが、蓄電池ではなくフライホイールタイプのバックアップ電源を使うことで効率性を向上しているようです。

NetAppに限らず、米国系ベンダーのグリーンITのプレゼンを聞いて思うことは、グリーンITを環境対応という倫理的な観点よりも、コスト削減、効率性向上という実利的面からとらえていることが多いということです。エコはエコでもエコロジーではなくエコノミーということですね。私も、グリーンITは「インフラコスト削減の取り組み」(メイン)+「地球にも優しい」(サブ)で考えた方が良いと思っています。

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