米国出願における「裏技」について

前回は海外における特許取得の基本的な話を書きました。ややこしいようですが、ポイントは、パリ条約とPCTを組み合わせることで、1)できるだけ早く出願日を確定できる、2)(各国の実体審査が独立していることはしょうがないとしても)手続きをできるだけ一本化できる、という2つの大きなメリットが得られるということです。

特に、1)の出願日の早期確定(先願の地位の確保などと言ったりもします)は重要です。とりあえず出願日さえ確定しておけば、それ以降に他人または自分が発明を実施したり公開したりしても新規性が否定されることがありません。また、翻訳料金など費用の大半の支払を後回しにできれれば、出願後に権利化の必要がなくなった場合でも無駄になる費用を最小化できます。

さて、海外で特許権を獲得する場合には、まず日本で出願してその後1年以内にパリ条約の優先権を指定して外国に出願、あるいは、PCT出願するケースが通常だと思います。この場合の外国は多くの場合、米国でしょう(最近では中国や韓国も重要と思いますが)。

ここで、日本と米国で特許権を得たい場合には、日本に先に出願するのではなく、米国に先に出願してしまうという「裏技」(というほどでもないですが)があります。日本人でも米国への出願は可能です(ただし、米国在住の代理人に委任する必要あり)。

米国に先に出願することの最大のメリットは、米国独自の制度である仮出願(provisional application)ができる点です。仮出願はその名の通り、出願日を確定するための仮の出願で1年以内に本出願(非仮出願)を行なう必要があります(そうしないと仮出願は放棄したとみなされます)。なお、仮出願から1年以内であればパリ条約優先権を指定して日本に出願することももちろん可能です。

仮出願は、通常の特許出願ほど厳密な記載を行なう必要がないので安く早く出願を行なうことができます(日本から行なうと総額で10万円くらい)、日本語で出願することもできます(本出願後に翻訳文の提出が必要)。なお、仮とは言っても発明の内容自体は具体的になっている必要があります(ぼやっとしたアイデアではダメです)。ソフトウェア関連発明の場合には、トップレベルの仕様書ができてないと厳しいかもしれません(仮出願自体は無審査なので却下されることはないですが、後で出願日繰り上がりの効果が否定される可能性があります)。

典型的なケースとして学術論文の内容を特許化したい時に正式な出願書類を作っていたのでは学会の発表に間に合わないので、学術論文そのまんまんで米国に仮出願してとりあえず出願日を確定する場合などがあります。また、これ以外にも、権利化できるかどうか、または、本当に価値がある発明かどうかよくわからないが、他人に真似されるのはイヤなのでとりあえずできるだけ安く先願の地位だけ確保しておきたいというケースにも有効です。こうしておけば途中で放棄した場合の無駄なコストを最小化できます(一方、特許化までの総コストで考えれば普通のやり方の方が安いです)。

米国に最初に出願するその他のメリットとしては、1)ソフトウェア関連特許に関しては米国の審査はやや緩め、2)権利化した後に特許権の流通手段が日本よりも充実しているという点もあります。さらに米国出願のもうひとつのメリットとして先発明主義があります。

日本を含む多くの国では、同じ発明が複数出願された時は一番最初に出願された人が優先されます(先願主義)が、米国においては一番最初に発明された人が優先されます(先発明主義)。ここでの問題は一番最初に発明したことをどう証明するかですが、これについては後日(たぶん明日)説明します。

なお、先発明とは言っても発明から1年以内に本出願する必要があります。通常は、発明の完成→仮出願→本出願ということになりますが、仮出願から1年以内に本出願が必要なので、発明の完成と仮出願の間はそれほど期間を空けられません(数週間程度)。といいつつ、シンクロニシティではないですが、同じような発明がほぼ同時期に行なわれることはあるので、この数週間が勝負を決める可能性も結構あると思われます。

あらゆる場合におすすめするわけではないですが、1)日本と米国(あるいは米国のみ)で権利取得したい、2)一刻も早く先願の地位を確保したい、3)初期コストを可能な限り抑えたい、というケースには米国への仮出願を検討してもよいでしょう。典型的には、前述のような大学の研究成果を出願するケースやネット系のベンチャー企業がソフトウェア関連特許を出願するケースなどがあると思います。

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【入門】海外での特許取得について

海外で特許を取得するためにはどうしたらよいのかという質問に答える機会が最近何回か続いたので、自分用メモも兼ねてここにまとめておきます(なお、当たり前のことしか書いてないので専門家の方は読む必要はないですよ)。

1.世界特許というものはありません(少なくとも今のところ)
特許権は国ごとに発生します。そして、特許の審査も国ごとに行なわれます(特許独立の原則)。「世界特許」という制度は「いつかそうなるといいな」というレベルでは存在しますが、今はまだ制度としては存在しません。ただし、欧州に関しては複数の国をまたがった共通の特許制度が構築されています。

日本で特許権を取得しても、それだけでは海外で権利を行使することはできません(ただし、特許を受けた製品の輸入を税関で差止めることはできます)。ソフトウェア関連特許の場合に、サーバが海外にある時はどうなるのかというとまだ明確な答は出ていません。正直、裁判をしてみないとわからないと言えます。

また、審査も国ごとに行なわれますので、同じ発明を出願しても、米国では特許登録されるが、日本では拒絶されることも充分にあり得ます。ソフトウェア関連発明においては米国は審査緩め、欧州は厳しめ、日本はその中間という感じです。なお、最近は審査ハイウェイという制度が構築されており、外国(米国、欧州、韓国)との審査関連情報のやり取りが可能になっており、各国がまったくバラバラに審査を行なうわけではなくなっています。

余談ですが商品やサービスの宣伝文句に「世界特許取得」とか書いてあった場合には「うさんくさい」と同義と捉えた方がよいと思います。

2.パリ条約優先権: 海外出願の意思決定を1年間先延ばしに出来ます
特許権は国ごとに発生するとは言え、特許権を取得したいすべての国に同時に出願しなければならないとするとさすがに大変です(翻訳だけでも大変)。同じ発明を複数国に出願する際に便利なようにパリ条約という国際条約が定められています(1883年まで遡る歴史ある条約でありほとんどの国が参加しています)。

パリ条約の重要な要素に優先権制度があります。ある国に出願してから1年以内に別の国に優先権を指定して出願するとその出願の出願日が元の出願の日まで繰り上がります。

ちょっとわかりにくいので具体的例で説明すると、2011年1月10日に日本で特許出願し、1年後の2012年1月10日までであれば、優先権を主張して他国に出願が可能です。他国の出願日は2011年1月10日として扱われますので、2011年1月10日以降の製品の製造・販売やサービスの実施等により新規性が否定されることはありません(自分で製造・販売・実施してももちろんOKです)。

つまり、とりあえず日本で特許出願して(場合によっては自分で事業を開始して)、1年間様子を見てから他国へ出願するかどうかを決めることができるということです(なお、特許の場合は1年以内に出願する必要がありますが、商標・意匠の場合には半年以内に出願する必要があります)。もし、パリ条約の優先権がなかったとしたら、日本で出願してから外国で出願するまでの間はその発明を使った事業ができません(もし、外国の出願日前に事業を行なってしまうとそれを理由として外国への出願が新規性なしとして拒絶されてしまいます)。

なお、優先権の効果は出願日の繰り上がりだけなので、優先権の元になった基礎出願がある国で登録されたからと言って、後の出願が必ず別の国で登録されるとは限りません。

3.国際出願(PCT): 複数国への出願をまとめて行なえます
日本以外の外国の多くにいっぺんに出願したい場合には、PCT(特許協力条約)に基づく特許出願(通称:PCT出願、国際出願)を行なうと便利です。どの国で権利取得したいかを指定して日本の特許庁に出願するだけで各国における出願日が確定します。ただし、権利取得のためには一定期間内(通常2年半以内)に翻訳文を提出して、料金を支払い、各国での実体審査に移行しなければいけません(国内移行)。ここでも、パリ条約優先権指定の場合と同様に、各国で登録されるかどうかは各国の審査次第です。

PCT出願は、各国にバラバラに出願する場合よりも事務手続きが楽(最初の出願は日本の特許庁に行なえばよい)なのと、翻訳文の提出(外国への出願の費用のかなりの部分を占めます)の意思決定が先延ばしできるという点でメリットが大きいです。

なお、PCT出願とパリ条約優先権を組み合わせることも可能です。

ここまでは普通にどの教科書にも載っている話です。次回はちょっと裏技ぽい(というほどでもないですが)手法を紹介します。

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【再掲】セシルマクビー商標事件について

ひとつ前のエントリーで人名に関する商標の話を書いたついでに思い出した、自分が大昔(6年前)に書いたブログ記事、今でもたまにアクセスがあるので、こっちにも再掲しておきます(ちょっとだけ編集してます)。

みなさん「セシル・マクビー」というと何を想い浮かべるでしょうか?

普通は若い女性向けのファッション・ブランドでしょうね。しかし、ちょっとでもジャズに詳しい人は黒人のベテランジャズベース奏者を思い浮かべるでしょう。1950年代から活躍し、エルビンジョーンズなど大御所ともやったり、山下洋輔氏のピアノトリオで来日ツアーもしてたりする人です。超有名とまでは言いませんが、有名なジャズミュージシャンと言ってよいでしょう。私も個人的に大好きなベーシストの一人です。

なので、初めてファッションブランドの「セシルマクビー」の看板を見た時は、「同姓同名のデザイナーでもいるのだろうか?そんなにありふれた名前でもないのに?」と思っていたのですが、このブランドを使ってる会社は純然たる日本の会社で「セシルマクビー」という名前を適当に選んで付けたようです(この辺の事情ははっきりしないのですが、たぶん、代理店の人がたまたま見かけたレコードかポスターなどから何となく「おしゃれな響きの名前だなー」ということで選んだのではないかと想像します。)

で、ジャズ・ミュージシャンの方のセシル・マクビー氏は、このファッション会社の商標権の無効審判を請求しました。請求理由は、商標法4条1項8号です。条文はちょっとややこしいですが、

4条1項8号 他人の肖像又は他人の氏名若しくは名称若しくは著名な雅号、芸名若しくは筆名若しくはこれらの著名な略称を含む商標(その他人の承諾を得ているものを除く)

は商標登録されないということです。

今回の話に関係あるところだけ整理すると、
1.他人の氏名
2.他人の著名な略称
は商標登録されません。
たとえば、「キムタク」は明らかに2なので、 木村拓哉氏の承諾がなければ商標登録されません(当たり前)。

で、セシル・マクビーの件ですが、特許庁の見解は、

a.セシル・マクビーは本名ではない。同氏の本名はミドルネームを入れたセシル・リロイ・マクビーである。
b.ゆえに、「セシル・マクビー」は「セシル・リロイ・マクビー」氏の略称である。
c.「セシル・マクビー」という略称はジャズの世界では有名かもしれないが、それを超えて著名とは言えない。

ということで、上記の1にも2にもあたらないということで、セシル・マクビー氏の訴えはすべて却下されました。

うーんどうなんでしょうね。「バラク・オバマはアメリカ大統領の本名ではなくその略称である」というのは結構違和感がある判断ではと思うのですが(何か前例がある判断なのでしょうか?)。

まあ、商標法は業界秩序維持が最優先なので、こういう個人の訴えを認めていたら切りがなくなるという判断が最初にあったのは否めないでしょうね。

ところで、ベーシストのセシル・マクビー氏なんですが、プレーはかなり黒っぽいですし、ルックスも濃い(写真参照)ですし、おしゃれなファッション・ブランドとはぜんぜんイメージが違うので、自分は(ジャズ好きな人はみんなそうだと思いますが)このブランドの宣伝見るたびに違和感を感じてしまうんですね。

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【小ネタ】ジュリアン・アサンジが自分の名前を商標登録出願の件

WikiLeaksの創設者ジュリアン・アサンジ(Julian Assange)氏が自分の名前を商標登録出願したニュースがちょっとだけ話題になっています(参照記事(英文))。

今まで同じような話を何回書いたかもう覚えてませんが、この手のニュースが出ると、必ず「アサンジの名前が勝手に使えなくなる」という人が出てくるのでまた書いておきます。商標権とは、商標(名前とかマーク)を商品やサービスの標識として独占的に使える権利です。なので、仮にアサンジ氏の出願が無事登録されたとしても、商品やサービスの標識でなく普通にジュリアン・アサンジ氏の話を書くためにジュリアン・アサンジと書くのは全然問題ありません。より詳しくは、本ブログの過去記事「【保存版】商標制度に関する基本の基本」をご参照下さい。

そういえば、米国共和党のサラ・ペイリンやロシア美人スパイのアンナ・チャップマンも自分名前を商標登録出願したというニュース(参照記事参照記事)がありました。まあ、日本でも、「マツモトキヨシ」とか「本田ちよ」とか自分の名前を商標にしているケースはいっぱいありますので、別に珍しい話ではありません。

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米国でのTV番組そのまんまストリーミング再送信はやはり違法ぽい

ちょっと前に書いたエントリーで触れた米国のivi.tvというTV番組ネット再送信サービスが裁判所の命令により事業停止したとのニュースがありました(参照ニュース(英文))。

ivi.tvはTV番組をそのまんまネット上で契約者向けに再送信するサービスです。SlingBox(米国のロケフリ的商品)をホスティングする等はまったくやっておらず、TV番組をそのまんまストリーミングで配信するという大胆なビジネスモデルです。私のエントリーでも「何となくアウトな気がします」と書きましたがその通りになってしまいましたね。

なお、ivi.tvとまねきTVとの比較をしたがる人もいると思いますが、まねきTVとivi.tvは目的は似てますが、前述のとおりサービス構成がまったく違います。ivi.tvにはまねきTVのように個人でやれば合法な行為を業者が顧客の機器を預かって行なうという要素がまったくありません。米国でまねきTV類似のシステムとしては、一般にSlingBoxホスティングというサービス形態がこれに当たり、何社か営業をしています。SlingBoxホスティングが合法かどうかには議論の余地があるようですが、一応個人がやれば合法なSlingBoxの機能を、事業者が機器を預かってやっているだけという理屈が今のところ通っているようです。

ところで、ivi.tvがなぜこのように大胆なビジネスモデルを始めたかの根拠ですが、インターネット上のストリーミング配信はケーブルTVと同じであるというロジックのようです。以前のエントリーにも書きましたが、米国では、地上波TV放送をケーブルTV事業者が規定の料金を再配信することに対してTV局は禁止権を行使できません。これに関して、米国著作権法111条には、FCCのルール、規制、認可にしたがったケーブル事業者のみが再配信できる旨の規定がありますが、ivi.tvは、自分たちもFCCのルール、規制に従っているので問題ない(そもそも、ivi.tvの実体はホスティング業者なのでFCCの規制とはあまり関係ない)とのちょっと無茶な理由付けを行なっています。このロジックに対して裁判官は「論外」と結論づけています。

まだ、一審なので最終的にどうなるかわからない(とは言え、個人的にはivi.tvが勝つのは厳しいと思います)ですが、裁判の過程において、米国におけるTV番組ネット再送信のあるべき姿に対する注目が高まることを期待します。

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