マイクロソフトの「値千金」の特許を分析する(3)

今回は、米国特許5778372、”Remote retrieval and display management of electronic document with incorporated images”(イメージを組み込んだ電子文書のリモート取得と表示管理)です(Google Patent)。出願日は1996年8月18日です。マイクロソフトの対Barnes & Nobleの侵害訴訟で侵害されたと主張されている特許です。

前回同様、この特許のポイントもシンプルです。背景にイメージが使われている文書を表示する時に、テキスト部分だけを先に表示して、背景イメージを後から組み合わせることで、ユーザーが文書の内容を早く読めるようにするということです。

最初のクレームの内容は以下のようになっています(翻訳は栗原による)。

A method of remotely browsing an electronic document residing at a remote site on a computer network and?specifying a background image which is to be displayed with the electronic document superimposed thereon?comprising in response to a user’s request to browse to the electronic document:
requesting the electronic document from the remote site on the computer network;receiving the electronic document from the remote site;requesting the background image specified in the electronic document from the remote site on the computer
network;receiving the background image from the remote site;drawing an initial display of the electronic document without the background image prior to receiving the
background image from the remote site; andredrawing the electronic document superimposed over the background image after receiving the background image
from the remote site;whereby the initial display of the electronic document is not delayed until the background image is received
from the remote site.

コンピュータ・ネットワーク上のリモート・サイトにある電子文書をリモートから閲覧し、当該電子文書と重ね合わせて表示される背景イメージを指定する方法であって、

ユーザーの電子文書の閲覧要求に応答する際の
1) コンピュータ・ネットワーク上のリモート・サイトから電子文書を要求し、
2) リモート・サイトから電子文書を受信し、
3) コンピュータ・ネットワーク上のリモート・サイトから電子文書内で指定された背景イメージを要求し、
4) リモート・サイトから背景イメージを受信し、
5) リモート・サイトから背景イメージを受信する前に背景イメージなしで電子文書の初期描画を行い、
6) リモート・サイトから背景イメージを受信する後で背景イメージにスーパーインポーズして電子文書を再描画する
ステップから成り
電子文書の初期描画が、リモート・サイトから背景イメージが受信されるまで遅延されることがないことを特徴とする方法

前回挙げた特許も何だかなあという感じですが、この特許も本当に進歩性が満足されているのか微妙な気がします。

と言いつつ、出願日である1996年(先発明のタイミングも考えると1995年)当時の技術水準を考えると、NetScape Navigatorが出たばかりですし、ネットも文字情報中心ということで当時としては斬新なアイデアだったのかもしれません。MosaicやNetScape等のブラウザの領域における先行技術は当然チェックした上で出願・審査されているでしょうから、新規性・進歩性を否定する文献証拠を見つけるのであれば、インターネットブラウザ以外の領域ということになるでしょう。

ところで、強い特許を取りたい方の立場から言うと、一般に、テクノロジーの黎明期にその時点でまだ誰も思いついてないうちに改良案を出すと強い特許が得られる可能性が高いです。現時点でのそういうおいしい分野はどこなのかということになると、ソーシャル、ネット広告、ロケーションベースサービスあたりは既に山のように特許出願がされていますので、それ以降のトレンドを追求する必要があるでしょう。

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マイクロソフトの値千金の特許を分析する(2)

マイクロソフトの対Android訴訟関連の特許分析の2回目です。今回は、米国特許6339780 “Loading status in a hypermedia browser having a limited available display area”(表示領域が限られたハイパーメディアブラウザ上のローディング状況”について見ていきます(Google Patent上の公報データ)。出願日は1997年5月6日です。Barnes&Noblesの電子書籍端末Nookに対する訴訟において侵害の根拠とされた特許のひとつです。

明細書中の図を見るとハンドヘルドPCなんて呼ばれていた時代のWindows CE機を想定した発明であったことがわかり、時代を感じさせます。そういえば「ハイパーメディア」という言葉も、現在では、あの方の肩書き以外ではあまり聞く機会がないような気がします。

さて、この特許のポイントですが「一発芸」のような発明です。ブラウザのウィンドウ上にコンテンツがロードされる時にウィンドウの隅っこにロード中を表す小さいアイコンのような画像を表示します(上記図2の64がそれにあたります)。ロードが終わると64の画像は消えます。画面が小さい機器においてコンテンツの表示をできるだけ邪魔しないようにしつつ、ロード進行中を表す表示ができることがメリットとされています。

クレームもほぼそのまんまです(翻訳は栗原による)。

1. A hypermedia browser embodied on a computer-readable medium for execution on an information processing device having a limited display area, wherein the hypermedia browser has a content viewing area for viewing content and is configured to display a temporary graphic element over the content viewing area during times when the browser is loading content, wherein the temporary graphic element is positioned over the content viewing area to obstruct only part of the content in the content viewing area, wherein the temporary graphic element is not content and wherein content comprises data for presentation which is from a source external to the browser.

限られた表示領域を有する情報処理機器上で実行するためにコンピュータ可読媒体上で実現されたハイパーメディア・ブラウザであって、当該ハイパーメディア・ブラウザは、コンテンツを見るためのコンテンツ表示領域を有し、ブラウザがコンテンツをロードしている間に一時的グラフィック要素をコンテンツ表示領域に表示するよう構成されており、当該一時的グラフック要素はコンテンツ表示領域の一部だけを隠すようにコンテンツ表示領域上に位置づけられており、当該一時的グラフック要素はコンテンツではなく、コンテンツはブラウザ外部の情報源からの表示データから成るブラウザ

他のクレームも、クレーム1にロード中表示をアニメーションにする等々の限定を加えたものか、あるいは、発明のカテゴリーを変えただけのものになっています。

個人的見解ですが、これを「イノベーション」と呼ぶのはちょっと語弊があると感じてしまいます。日本ですと、たとえ、1997年時点でも、1)コンテンツのロード中表示を行なうのは技術常識、2)コンテンツが見えやすいように小さな表示を使うのは技術常識、3)両者の組み合わせに特に技術的阻害要因はない、ので進歩性なしとされてしまう可能性が高いような気がします。

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マイクロソフトの値千金の特許を分析する(1)

マイクロソフトがAndroidベースの携帯機器メーカーとの特許ライセンス契約交渉を進めているのは周知と思います。Barnes&NoblesとMotorolaとは裁判中ですが、香港HTCを始めとするいくつかのメーカーとはライセンス契約を結んでいます。

この結果、たとえば、HTCのAndroid機器が1台売れるごとにマイクソフトには5ドルのロイヤリティ収益が入ると言われています。この収益機会は、マイクロソフトのWindows Phoneビジネスの収益機会よりも多いという見方もあります(参考記事)。つまり、マイクロソフトのモバイルビジネスにおける稼ぎ頭はWindows PhoneではなくAndroidという皮肉な状況ということです。

これをメーカーとしてどうなのよという意見もあるかと思いますが、イノベーションによる収益を最大化するのは経営者の義務ですし、適切なライセンス料金徴収にフォーカスしているのは、特許戦略としてはありかと思います。もちろん、特許収益ビジネスにフォーカスしすぎて肝心のイノベーション力が長期的に減退してしまうというリスクはあると思いますが。

それよりも、特許侵害リスクをあまり考えずにテクノロジー開発し、テクノロジー供給先が訴訟に巻き込まれても我関せず的なグーグルの方がどうなのよという見方もできるかと思います。

こういうビジネス倫理的な話は別として、マイクロソフトがAndroid機器メーカーとのライセンス交渉のベースにしている特許とはどのようなものなのかについて何回かに分けて分析していこうと思います。なお、分析と言っても公報の中身にこんなことが書いてあるよというレベルのお話で、特許の有効性やAndroidのテクノロジーの抵触可能性については深く触れません(これをちゃんと分析するのはブログ記事の範囲を超えています)。なお、特許の分析は結構時間がかかるので仕事の都合により途中で断念する可能性もあります(笑)。なお、公報の日本語への翻訳は特に断りのない限り私自身のものです。

第1回目は、米国特許6897853 “Highlevel active pen matrix”(「高機能アクティブペンマトリックス」)です(Google Patents掲載の特許公報)。対Barnes&NoblesおよびMotorolaの訴訟の中で出てきている特許です。HTCとのライセンスに含まれているかは、ライセンス条件が公開されていないので不明ですが、含まれている可能性が高いと思います。

スタイラスによる画面操作に関するアイデアですが、クレームでは特にスタイラスに限定しておらず指による操作にも適用可能になっています。出願日(優先日)は2000年12月15日です。発明の目的はボタン等を備えていないシンプルなスタイラスでアクションを表現することにあります。

明細書の図3を見るとこの発明の本質的アイデアが理解しやすいです。

スタイラスの位置が閾値を超えて移動した場合にはストローク、そうでない場合、閾値時間を超えていなければタップ、さらに、別の閾値を超えて移動していなければホールド、そうでない場合はホールドアンドドラッグと認識します。別の図(フローチャート)で、スタイラスのポイント場所にあるオブジェクトごとの挙動をさらに詳しく指定しています。

Windows CEやTablet PCで画面上でしばらくスタイラスをホールドしているとマウスの右クリックと同様の操作(コンテキストメニュー表示)ができましたが、それに近い考え方です。

最初のクレーム(特許請求の範囲)は以下のようになっています。

1. A method for classifying a user input to a digitizer, comprising steps of:
receiving the user input by the digitizer;
first determining whether the user input moves at least a first distance;
second determining whether the user input ends before a certain amount of time; and
responsive to the user input failing to move at least the first distance within the certain amount of time and failing to end before the certain amount of time, third determining whether the user input moves at least a second distance larger than the first distance.

実質的に上記の図3のアイデアを抽象化したクレームになっています。(当然ながら)スタイラスという限定もないので指によるタッチパネル入力にも適用されます。(ちょっと追加 11/07/12 18:33:00)ただし、ストローク、タップ、ホールド、ホールドアンドドラッグに相当する4操作を識別することが条件なので、長押し的操作だけで特別な処理をするケース(たとえば、iPhoneにおけるアイコン消去の操作)はこのクレームには抵触しないと思われます。

こんなアイデアは当たり前だと思う方は、2000年12月15日以前の文献(米国は先発明主義なので1999年12月15日以前であれば尚可)でこのアイデアが記載されていたもの、あるいは、製品として市販されていたものを探してグーグルに教えてあげると喜ばれるんじゃないかと思います。ただし、コロンブスの卵ではないですが、後付けで考えて当たり前でも出願当時(発明当時)は斬新であったというパターンはよくあります。

なお、米国のArticle One Partnesという会社が、特許の先行技術を募集して、無効化に結びつく先行技術を発見した人には賞金(最大1万ドル程度)をくれるというクラウドソーシング型のサービスをやっています(私も登録しました、皆さんもお小遣い稼ぎにいかがでしょうか)。残念ながらこの6897853特許の情報提供の〆切りはもう過ぎているようです。賞金をもらって人がいるようなので何らかの先行技術は見つかったと思われます。

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【お気に入りガジェットシリーズ】DOCOMO Xi WiFiルーター L-09C

お気に入りというほどまだ使ってないですが、ドコモのLTEサービス Xi(クロッシー)のWiFiルーター、かなりの好条件が提示されてこともあり買ってしまいました。

大分前に通信カードを解約して以来、パソコンの外出時ネット接続はWiFiサービスのみ(もちろん、メールはiPhoneで見てます)でやってたのですが、やはり出張中や社外での取材等、これでは困ることもたまにあるので、WiFiルーターを買う機会を狙っていました。条件的には以下のような感じです。

1) USBではなくてWiFi
2) つながらない場所が可能な限り少ない(これによりSBは対象外に)
3) そんなにヘビーに使わないので、使わない時の最低料金が安い
4) 海外でも使える(できるだけ多くの場所で)

ということになるとDOCOMOの一択になってしまいますね。FOMA網が使えるのはやはり魅力です。

これは事前に実機を触ってわかっていた話ですが、L-09Cは結構でかくて重いです。iPhoneよりほんのちょっと大きい感じ。やや小型のBF-01Cを待とうかとも思ったのですがそんなに重さが変わるわけでもないので決めちゃいました。

速度ですがLTE圏内の自宅で下り8Mbps、上り1Mbpsって感じです。あんまり速くないですね。まあ、自分にとって必要なのはとにかくつながることなのであって、実はLTEはおまけみたいなものなのでまあよしとします。

ところで、PCとUSBでつなぐとUSBモデムになるのかと思ったらそうではありませんでした。USBケーブルは充電とL-09Cに刺したMicroSDカードをアクセスする際に使います(後者は正直どーでもいい機能ですね)。

あとは、たぶんもうじき出るであろうSandybridge版のMacbook Airと7インチのAndroidタブレット(CreativeのZiiOかギャラクシータブかで悩み中)をゲットすれば、私の当面のモバイル体制は大丈夫そうです。

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【お知らせ】特許出願の審査請求料金引き下げについて

特許権取得に至るまでに必要な費用の中で結構大きいものに出願審査料金があります。日本の特許制度では出願するだけでは形式的なチェックしか行なわれず、実体審査は出願審査請求を待って行なうことになります。そして出願人は出願審査請求の際に審査請求料を支払いますが、これが20万円近くと結構な金額でした(審査請求により特許庁での審査ワークロードが発生するのはしょうがないですが)。

政令の改正により、8月1日より出願審査請求料が約25%値下げされることになりました(経産省のニュースリリース(PDF))。どんなに弁理士ががんばっても、あるいは、自分で出願しても審査請求料金はかかりますので、この値下げは大きいですね。

先日SlideShareにアップした特許制度の入門のスライドもこの料金引き下げを反映して更新しています。

現在の日本の特許政策においては、特許出願数が激減していることが問題となっています。弁理士業が厳しくなる以前に、日本の国際競争力という点でも問題です。特に、中国に抜かれて出願件数世界2位の座を明け渡したというニュースは政府的にもかなりショックだったのではないでしょうか?

料金を引き下げれば単純に出願件数が増えるというわけではないと思いますが、特に個人発明家やベンチャー企業の方にとっては朗報だと思います。

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