マイクロソフトの値千金の特許を分析する(1)

マイクロソフトがAndroidベースの携帯機器メーカーとの特許ライセンス契約交渉を進めているのは周知と思います。Barnes&NoblesとMotorolaとは裁判中ですが、香港HTCを始めとするいくつかのメーカーとはライセンス契約を結んでいます。

この結果、たとえば、HTCのAndroid機器が1台売れるごとにマイクソフトには5ドルのロイヤリティ収益が入ると言われています。この収益機会は、マイクロソフトのWindows Phoneビジネスの収益機会よりも多いという見方もあります(参考記事)。つまり、マイクロソフトのモバイルビジネスにおける稼ぎ頭はWindows PhoneではなくAndroidという皮肉な状況ということです。

これをメーカーとしてどうなのよという意見もあるかと思いますが、イノベーションによる収益を最大化するのは経営者の義務ですし、適切なライセンス料金徴収にフォーカスしているのは、特許戦略としてはありかと思います。もちろん、特許収益ビジネスにフォーカスしすぎて肝心のイノベーション力が長期的に減退してしまうというリスクはあると思いますが。

それよりも、特許侵害リスクをあまり考えずにテクノロジー開発し、テクノロジー供給先が訴訟に巻き込まれても我関せず的なグーグルの方がどうなのよという見方もできるかと思います。

こういうビジネス倫理的な話は別として、マイクロソフトがAndroid機器メーカーとのライセンス交渉のベースにしている特許とはどのようなものなのかについて何回かに分けて分析していこうと思います。なお、分析と言っても公報の中身にこんなことが書いてあるよというレベルのお話で、特許の有効性やAndroidのテクノロジーの抵触可能性については深く触れません(これをちゃんと分析するのはブログ記事の範囲を超えています)。なお、特許の分析は結構時間がかかるので仕事の都合により途中で断念する可能性もあります(笑)。なお、公報の日本語への翻訳は特に断りのない限り私自身のものです。

第1回目は、米国特許6897853 “Highlevel active pen matrix”(「高機能アクティブペンマトリックス」)です(Google Patents掲載の特許公報)。対Barnes&NoblesおよびMotorolaの訴訟の中で出てきている特許です。HTCとのライセンスに含まれているかは、ライセンス条件が公開されていないので不明ですが、含まれている可能性が高いと思います。

スタイラスによる画面操作に関するアイデアですが、クレームでは特にスタイラスに限定しておらず指による操作にも適用可能になっています。出願日(優先日)は2000年12月15日です。発明の目的はボタン等を備えていないシンプルなスタイラスでアクションを表現することにあります。

明細書の図3を見るとこの発明の本質的アイデアが理解しやすいです。

スタイラスの位置が閾値を超えて移動した場合にはストローク、そうでない場合、閾値時間を超えていなければタップ、さらに、別の閾値を超えて移動していなければホールド、そうでない場合はホールドアンドドラッグと認識します。別の図(フローチャート)で、スタイラスのポイント場所にあるオブジェクトごとの挙動をさらに詳しく指定しています。

Windows CEやTablet PCで画面上でしばらくスタイラスをホールドしているとマウスの右クリックと同様の操作(コンテキストメニュー表示)ができましたが、それに近い考え方です。

最初のクレーム(特許請求の範囲)は以下のようになっています。

1. A method for classifying a user input to a digitizer, comprising steps of:
receiving the user input by the digitizer;
first determining whether the user input moves at least a first distance;
second determining whether the user input ends before a certain amount of time; and
responsive to the user input failing to move at least the first distance within the certain amount of time and failing to end before the certain amount of time, third determining whether the user input moves at least a second distance larger than the first distance.

実質的に上記の図3のアイデアを抽象化したクレームになっています。(当然ながら)スタイラスという限定もないので指によるタッチパネル入力にも適用されます。(ちょっと追加 11/07/12 18:33:00)ただし、ストローク、タップ、ホールド、ホールドアンドドラッグに相当する4操作を識別することが条件なので、長押し的操作だけで特別な処理をするケース(たとえば、iPhoneにおけるアイコン消去の操作)はこのクレームには抵触しないと思われます。

こんなアイデアは当たり前だと思う方は、2000年12月15日以前の文献(米国は先発明主義なので1999年12月15日以前であれば尚可)でこのアイデアが記載されていたもの、あるいは、製品として市販されていたものを探してグーグルに教えてあげると喜ばれるんじゃないかと思います。ただし、コロンブスの卵ではないですが、後付けで考えて当たり前でも出願当時(発明当時)は斬新であったというパターンはよくあります。

なお、米国のArticle One Partnesという会社が、特許の先行技術を募集して、無効化に結びつく先行技術を発見した人には賞金(最大1万ドル程度)をくれるというクラウドソーシング型のサービスをやっています(私も登録しました、皆さんもお小遣い稼ぎにいかがでしょうか)。残念ながらこの6897853特許の情報提供の〆切りはもう過ぎているようです。賞金をもらって人がいるようなので何らかの先行技術は見つかったと思われます。

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