コンバースの並行輸入問題について

息の長いブランドのひとつであるコンバースですが、現在は米国からの並行輸入が禁止されているようです。(参考togetter)。

理由は商標法上の問題です。ちょっと長くなりますが説明します。

商標の使用には生産や販売だけではなく輸入も含まれますので、日本において商標権を持っている人は許可なく輸入される商品を税関で差し止めることができます。偽ブランド品を国内市場に入る前に水際で規制するのは理にかなっています。

ただし、ここで、偽ブランド品でない本物の並行輸入はどうなるかという問題があります。これは「真正商品の並行輸入」という商標制度上の論点です。判例的には、いくつかの条件を満足していれば(商標の出所表示機能が損なわれているわけではないため)並行輸入は問題なしとされています。その条件のひとつが「内外権利者の同一性」です。たとえば、外国における商標権者と日本における商標権者が親子会社というような条件です。

これは、よく考えてみれば当たり前の話です。「内外権利者の同一性」という条件がないと、たとえば、日本のブランド(例としてセイコーとしましょう)の商標権がないマイナーな国で勝手に商標登録して、日本のセイコーとは何の関係もないボロ時計に「セイコー」というブランドをつけて販売し(これ自体はその国においては合法)、日本に輸入することが許されてしまいます。これでは、日本におけるセイコーの商標権は実質バイパスされてしまいますね。

ということで、通常のブランド品(本物)を海外で買って並行輸入する上で問題はないのですが、コンバースの場合には、一度倒産して伊藤忠が資本参加してコンバースジャパン設立、その後、本体はナイキに買収という複雑なな経緯をたどっており、現時点では日本の商標権者と海外の商標権者が同一ではないという事情があります(参考Wikipediaエントリー)。要するに米国のコンバースと日本のコンバースはブランドは同じでも別物ということです。

実は、この件は裁判になっており、日本の権利者の主張が認められています(参考ブログエントリー12)。

というわけで、一般消費者視点では米国コンバースは偽物という認識ではたぶんないと思うので腑に落ちないかもしれないですが、米国コンバース製品の並行輸入は違法ということになります。

なお、商標権は「業として」の使用にしか及びませんので、個人で使うために海外で買った商品を国内に持ち込む分には商標法的には問題ありません(もちろん、倫理的な問題は別です)。ただし、露骨な偽ブランド商品の場合には「任意」の放棄を要求される運用になっているらしいです(この辺は税関のサイトで文書化されているわけではないのでまた聞きレベルの情報)。もしこの「任意」の要求を断るとどうなるのかはそういう経験がないのでわかりません。また、一人で同じ商品を(特に箱入りのまま)何個も持っていたりすると、販売目的、つまり「業として」と判断されて没収されてしまうこともあるようです。前記togetterの情報でもコンバース3個持っていた人が税関で没収されてしまったようですが、まあこれはしょうがないかもしれません。

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Googleにおける攻撃は最大の防御について

GoogleがIBMから千件以上の特許権を買ったというニュースがありました(参照ニュース)。Googleは、Androidだけではなく、ビデオコーデックのWebM等でも特許侵害訴訟を抱えており。特許訴訟への対応が全社的優先事項になってますので当然の動きと言えましょう。

一般に、企業が特許侵害で訴訟された場合の対応としては大きく4つのアプローチがあります。

1.否認
特許を侵害していないと主張することです。具体的には自分が販売や生産をしている商品やサービスが侵害の根拠となった特許の技術的範囲に属さないことを立証することになります(これの具体的なやり方については別の機会に書きます)。

2.抗弁
典型的には特許が無効であることを主張することです。特許の出願日前(米国の場合には発明日前)に公知だった文献を探してきて実は特許は無効だったのだ等の主張を行なうことになります。

3.回避
侵害製品の販売や生産をやめたり、設計変更を行なって特許権を侵害しない状態にします。ただし、過去の侵害による損害賠償からは逃れられません。要するに「負け戦」です。

4.ライセンス
訴えた側とライセンス契約を結んで特許発明の実施を許諾してもらいます。ここで、単に金を払うだけではなく、自分の持っている特許で相手を訴える(あるいは訴えると警告する)ことでライセンス交渉を有利に運ぶことができます。通常は、お互いが相手の特許をライセンスし合う契約を結ぶことになります(これがいわゆるクロスライセンスです)。しかし、訴えた側が製品の製造や販売を行なっていない場合には、クロスライセンスの戦略が使えません(相手はライセンスされてもうれしくも何ともない)ので、訴えられた方が圧倒的に不利になります。これが、いわゆる特許ゴロの問題です(これについてはまた別途)。

ということで、他者からの特許攻撃に対してクロスライセンスで対抗するためには、自分もある程度特許権を取得しておく必要があります。つまり、攻撃(できる体制を作ること)こそが特許における最大の防御ということになります。Googleは企業規模で見ると所有特許の数は少ない(700件程度)ので特許ポートフォリオを構築することが急務でありました。

ところで、冒頭の記事ですと、GoogleはNortelの特許オークションで競り負けたのであわててIBMの特許を買ったように見えますが、例のFlorian Mueller氏のブログによれば、Nortelの特許オークションの前から特許権の移転は始まっていたようです。なので、Nortelの件とIBMの件は並行して進んでいたと考えるのが妥当かと思います(そもそも、Nortelのオークションから1か月もたっていないので、NortelがダメだったからIBMというのではいくら何でも時間がなさ過ぎます)。

著作権の場合には公衆の利益(特に米国の場合)やフェアユース規定などを錦の御旗にして強引に事を進めてきた経緯があるGoogleですが、特許は著作権とは異なり企業同士のガチンコ勝負なので、同じような戦略は使いにくいと思います。なので、今回の動きは賢明でしょう。本当はNortel特許の方を何とか押さえておくべきだったとは思いますが。

なお、特許を売った方のIBMはどうかということですが、Googleとの間の契約によりGoogleはこの特許を元にIBMに権利行使しないという約束になっているはず(これは社外からは見えない企業間の契約)なので大きな問題ではありません。IBM自らがこれらの特許で他者を訴えるという選択肢が使えなくなっただけの話です。

そういう意味でいうと、たとえば、GoogleがIBMから買った特許でAppleを訴えようとした時にAppleとIBM間に別のクロスライセンス契約に特許権不行使の合意があることでそれができない可能性も出てきます。もちろん、この辺は全部加味した上で購入金額を決めているはずです。

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対Android特許訴訟におけるOracle/MS/Appleの姿勢を比較する

話の前提として最初に一般的なことを書いておきます。

特許権とは「特許発明を独占的に実施できる権利」です。もっと簡単に言えば、他人が特定のアイデアを実施(生産・販売・輸出入等)することを禁止(差し止め)できる権利です。もちろん、他人の実施を禁止するのではなく、ライセンス(実施許諾)契約を結んで対価を得る代わりに実施を特別に許可することもできます。また、特許の侵害行為に対しては差し止めに加えて損害賠償を請求することもできます。他人の実施を禁止するのか、ラインセス料金をもらって許諾するのか、あるいは、大目に見るのか、さらには、損害賠償を請求するのかしないのかの選択はすべて特許権者の自由です。企業は自社の知財戦略にしたがって特許権を行使することになります。なお、この辺の仕組みは特許権も著作権も(さらには、商標権も意匠権も)ほぼ同じです。

では、対Android訴訟に関与している巨大ITベンダー、Oracle、Microsoft、Appleの3社がどのように自社の特許権を使おうとしているかを見てみましょう。

まず、Oracleですが、最近、OracleのGoogleに対する巨額賠償請求をカリフォルニア州地裁判事が却下したというニュースがありました(参照記事)。これは別にGoogleが勝訴したというわけではなく、Oracleが請求した26億ドルという賠償金額が法外かつ根拠が薄いものだったので判事が算定のやり直しを命じたという話です。Oracleはまずはできるだけ多くの賠償金を取るという戦略に出ていることが伺えます。以前あったSAPとの訴訟(こちらは特許は関係なくてソフトウェアの不正コピーに関するもの)で、13億ドルというIT業界の知財関連訴訟としては史上最大の賠償金を勝ち取ったことで欲が出てしまったのかもしれません。Sun買収の元を取りたいという動機も強いでしょう。

一方、Microsoftはライセンス優先型です(もちろん、Barnes&Nobleのようにライセンスを断れば訴えてしまうわけですが)。HTCのケースのように1台あたり5ドルという金額でのライセンスを行うにやぶさかではないようです(なお、この5ドルという金額は両社から公式に発表されているものではなく、証券アナリストによる推定です)。HTCだけではなく、他の多くの企業とすでにライセンス契約を結んでいますし、さらには、Android関連に限らず広く自社IP(知的財産)のライセンス戦略を進めています。IPライセンスを募集する専用のウェブサイトすらあります。競合他社であっても積極的にライセンスしてIPをマネタイズするというのは、まさにオープンイノベーションの思想を実現していると言えます。

CM: オープンイノベーションの概念に関心のある方は、是非拙訳『オープンビジネスモデル』をお読みてください。

一方、AppleはMicrosoftと比較してかなり閉鎖的です。そもそも自社の特許権を積極的にライセンスするという事例がほとんどありません(水面下ではいろいろやっているのかもしれませんが)。ましてや、HTC等のAndroid陣営に塩を送るようなことはないだろうと考えられています。ちょっと前にこのブログでも紹介したソフトウェア特許の専門家Florian Mueller氏は自身のブログで、「HTCがAppleに5ドル払って得られるものは何か?iTunesの楽曲が2、3曲は買えるかもしれないけど特許ライセンスは得られないだろう」とかなりシニカルな書き方をしてます(たぶんAppleのクローズドなIP戦略が嫌いなんでしょうね)。

というわけで三者三様なわけであります。一発大金狙いのOracle、ライバルにもライセンスして広く薄く儲けるMicrosoft、俺様主義のAppleという感じでしょうか。各社の事情は違うので一概には言えないのですが、やはりMicrosoftのようなオープンイノベーション的やり方があるべき姿だろうと個人的には思ってしまいます。

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【小ネタ】わが家にMacがやってきた

出たばかりのMacbook Airを買ってしまいました。11インチ、Core i5、4GBメモリー、256GB SSDという仕様。自分にとってMacは20年ぶり、3回目です(以前はPlus(ベージュ)とQuadra 800)。

モバイル用にはずっとThinkpad X60sを使ってきましたが、そろそろ液晶がアウトぽくなってきたので買い換えを模索しておりました。自分はThinkpad派(というかトラックポイント派)なので当然X220を考えたのですが、X201sに相当する高解像度モデルがないのと、やや重い(1.4kg)のでちょっと躊躇しておりました。そして、Macbook Airキラーとも噂されていたThnikpad X1が薄くはあるものの重量1.69Kgというズコーな仕様であったため、もうThinkpadはあきらめてSandyBridge版Macbook Airの登場を待っていたわけであります。と言いつつ、Thinkpadと決別したわけではありません。もう少し後になった値段がこなれてきたら自宅据置き用にT420かT520を買うかもしれません。

ここまで読むとわかるように、自分がMacbook Airを買ったのは主にWindowsマシン用としてです。メインのマシンと操作が違うのはちょっとツライですし、翻訳支援ソフトのTRADOS等、業務上必要なソフトでWindowsオンリーのものも多いからです。

BootCampを使ったMacbook AirへのWindows 7(64bit)導入は、このあたりのページを参考にして何の問題もなく行なえました。

結論から言うとMacbook AirはWindowsマシンとしてもかなりいけてます。十分サクサク動きますし、画面もきれいです(Windowsのフォントが汚いという人がたまにいますが、ひょっとしてClearTypeをオンにしてないのではないかと思います)。Lionと同様にタッチパッドで2本指での上下左右スクロールもできて快適ですし、右クリックは2本指のクリックで対応可能です。

半角/全角キーがないので、ATOKでは、英数キー(ATOK上は「無変換」キーとして認識しています)に「日本語OFF」、かなキーに「日本語ON」をバインドしてます。こうしておくとかな漢のトグル状態を気にせず使えて快適です(なお、自分はWindows環境でもこのバインディングで使ってます)。

キーボードはペナペナでThinkpadには到底及びませんが、こういうセパレート型のキーボードも隣のキーの打ち間違いが少なくなってよいのではないかと思います。ただ、ESCキーはもう少し大きくてもよいかな。PFキーも小さくてATOK変換操作でPFキーを比較的よく使う自分にとってはややつらいです。また、レイアウト上しょうがないですが、PFキーは4個ずつグループ分けしてほしかった(これはちょっとわがままな注文)。

あと不便な点はSDカードリーダーがないことくらいでしょうか(これはAppleには言うだけ無駄でしょうけどねw)。ピッグテール型のリーダー買えばすむ話ですが、あの手の小さいアダプタ類は、必ずと言っていいほど、肝心な時に忘れたり、なくしたりするんですよね。

ところで、パッケージ開けてACケーブルがあまりに太い(しかも3ピンプラグ)なのにびっくりしてしまいましたが、これは延長用ケーブルで、通常は小型のACアダプタ経由で使えます。延長する必要がある時は別に普通の市販のAC延長ケーブルを使えばすむ話なので、このACケーブルを使うことはまずないでしょう。ところで、ACアダプタの本体側プラグが湯沸かしポットみたいに磁石式になってるのがナイスですね。

とまあそういうわけで、ほとんどWindowsラップトップ機になりそうなMacbook Airですが、OS X環境でしか動かないソフトで使いたいものもあったりするのでたまにLion側も使うことになるでしょう。そのようなソフトのひとつがPatterns Xというシェアウェアです。ジャズのメカニカルな練習パターンを自動生成してくれるソフトです。正直、コンテンポラリーなジャズミュージシャン以外は使い道がないニッチソフトです。あると便利だなあと思ってましたし、他に代替案がないので、使えるようになったのは喜ばしいですね。まあ、他にもMacオンリーのソフトはあると思いますので、いろいろと探してみようと思います。

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アップルの対HTC訴訟における特許を分析する(1)

Androidに対する特許侵害訴訟としては大きくマイクロソフト、アップル、そして、オラクルによるものがあります。最近、米ITC(国際貿易委員会)において、台湾HTCがアップルの特許2件を侵害しているという判断がなされました(参照記事)ので、マイクロソフトの特許分析はちょっと一休みして、アップルの特許について見ていこうと思います。Androidビジネスへのリスクという点ではマイクロソフトの特許よりもアップルの特許の方が影響度が大きいと思います。

ところで、ITCは裁判所ではなくて貿易を司る米国の行政機関です。裁判よりも早く結果が出ることが多いですし、米国への輸入が禁止されると海外メーカーは大打撃なので、海外企業が関連するIT関係の訴訟ではよく利用されるようです。

さて、本エントリーでは、HTCが侵害したと判断された特許のうちの1件、米国特許5,946,647号”System and method for performing an action on a structure in computer-generated data “(コンピュータにより生成されたデータ中の構造に操作を行うシステムと方法)について見ていきましょう(Google Patent)。出願日は1996年2月1日です。発明の名称だけ見てもよくわかりませんが、かなり強力な特許です。

この特許の基本的アイデアは単純です(ゆえに強力です)。例を挙げると、iPhoneでメールテキスト中に電話番号、住所、URLWebサイトのアドレスぽい文字列があるとシステムがリンクをつけてくれます(たまに間違えることもありますが)。そして、電話番号のリンクをクリックすれば電話がかかりますし、住所のリンクであれば地図アプリが起動、URLWebサイトのアドレスぽい文字列であればブラウザが起動などのアクションが可能になります。テキストを作成した人が前もってリンクをつけておかなくてもシステムがパターンを自動的に判断してリンクをつけてくれます。これがこの特許のポイントです。これは今日のメーラー等においては当たり前の機能になっているのではないでしょうか、実際、Thunderbirdでもメール本文中にURLWebサイトのアドレスぽい文字列があると自動的にリンクに変換されます。

この機能はAndroidにおいてはLinkify.javaというクラスにより実現されているようです。つまり、HTC端末に限らずあらゆるAndroid機器が5,946,647特許を侵害する可能性があるということになります

これを書くとまた「こんなの当たり前のアイデアが特許になるのはおかしい」と文句を言う人が出てきそうですが、現時点で当たり前であると言っても意味がないので1996年2月1日時点で当たり前であったかどうかを議論してくださいね。

ソフトウェア特許の著名な専門家(どちらかというとアンチソフトウェア特許派)のFlorian Mueller氏は、自身のブログFOSS Patentsにおいてアップルがこの特許をHTCにライセンスしない(つまり、製造・販売差止と損害賠償だけを要求する)可能性が高いと述べています。

確かに、マイクロソフトと比較してもアップルは他社との関係において独善性が強いですし、モバイル系の収益が今のところあまりないマイクロソフトにとっては他社への特許ライセンス収益で儲けるビジネスがおいしいという事情があるのに対して、アップルにとってAndroidは目の上のタンコブなので強硬手段に出る可能性が高いかもしれません。

なお、冒頭に書いたITCの判断はHTCのAndroid端末が(要するにすべてのAndroid機器)が、アップルのこの特許(ともう1件の特許)の技術的範囲に属する技術を使っているという判断であって、この特許の有効性についての判断がされているわけではありません。この特許に関しては、昨年、モトローラが提起した訴訟において他のアップル所有特許と共に無効が争われています(米国では日本のように無効審判の制度がありませんので、特許の無効性は裁判で争うことになります)。こちらの裁判のゆくえがAndroidの将来に大きな影響を与える可能性が高そうです。

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