クールジャパン推進会議の「ポップカルチャー分科会」議長の中村伊知哉先生が、日本のポップパワー発信10策というたたき台アイデアを公開されています。
案の定、「コンテンツは自然発生的に流行っていく物であって、政府が余計な手を出すものではない」というような批判の声が聞かれています(なんて話は元々はクリエイター側にいた中村先生はよくご存じの上でやられていると思いますが)。
私としては、何らかの形での支援はあってもよいと思います。フランスなど諸外国も何らかの形で政府がアーティストに援助をしています。クリエイターではなく、コンテンツオーナーに金が回るような援助は勘弁して欲しいですが。
この手のコンテンツ政策の重要なところは短期的かつ金銭的な収益だけではなくて、長期的に見た国のイメージ向上に結びつくという点があります。たとえば、ハリウッド映画が世界中に与えているプロパガンダ効果は無視できないでしょう。
めちゃくちゃ昔(20年ほど前)になりますが、日本の技術力が米国の産業を脅かしているといういわゆる「ジャパンバッシング」論が盛んだったころ、私は米国にちょうど留学していたのですが、世の中が全体的にアンチ日本に傾く中で、日本びいきの教授もいて、たいていそういう人は寿司好きでした。まあ、寿司が好きだから日本びいきになるのか、日本びいきだから寿司好きになるのかわかりませんが。
以前、某調査で北京で中国の中学生にインタビューした時に、「日本に悪感情持ってる人はいるか?」と聞いたら「そういう人はいないことはないけどみんな日本の音楽は好きだ」みたいなことを言ってJ-POP(確か宇多田ヒカル)の入ったケータイを見せてくれました。そういう子供たちの何人かが将来政治家になって日本との外交を司ったりするわけです。日本(のカルチャー)好きであってもらうことはきわめて重要です。
アイデア全体へのコメントについては、もうタイミング的には遅いですが、もう少しまとまってから何らかの形で発表しようと思います。
ただ、一点だけ今書いておきたいことがあります。
[10]京都、沖縄などの地域やコミケ、ニコニコ超会議、沖縄国際映画祭などのイベントを10件、国際ポップカルチャー特区として認定し、二次創作や税制等の特例措置を講ずる。
この話に限らず「コンテンツ特区」という政策が提案されることがありますが、意味があるのでしょうか?特区というと、大ざっぱに言えば経済政策的な観点から地方自治体ないし政府が地域限定で実験的に特別なルールを決めるということだと思います。行政対国民の関係を特別に決める特区ならば意味があります。たとえば特定地域では学校の授業を全部英語にするとか、カジノを合法化する、税制優遇措置を取る等々です。
しかし、著作権については、行政対国民ではなく国民(権利者)対国民(ユーザー)の構造になりますので特区という考え方自体がなじまないと思います。たとえば、特定地域ではフェアユースによる二次創作を認めるといっても、これを行政が勝手に決めたら権利者はたまりません。もちろん著作権法改正まで突っ込んでやるのなら別ですが。
特定の権利者の許諾の元に地域限定で何かをやるということであれば、これは、地域限定の著作権ライセンスをしただけということになので何ら特別の話ではありません(それも含めて「特区」という言葉で呼んでいるのなら別ですが)。
以前「メタバース特区」(やや黒歴史)という件をちょっと手伝っていたときも、結局、キャラクターの使用については個別に権利者に許諾を取るという話だったので、なぜこれが「特区」なのと思ってしまったことがあります。
そもそも、特区という発想自体が地域にしばられた、ネット以前の発想という気がします。こういう発想にとらわれていると「インパク」みたいになってしまうリスクがあるかと思います。