Spotifyを日本で聴いた場合の違法性について

Spotifyに限らず、権利者側のビジネス上の理由から特定の国だけにストリーミング配信を行なっているサービスがあります。配信先のチェックは基本的にIPアドレスを見て行なうのでプロクシ等々を使えばチェックを回避して、日本で視聴することはできます。倫理的にどうなのかという話は別にして、こういう行為を行なった時に著作権法的にどう扱われるのかといった点について検討してみたいと思います。Spotify特有の話ではなく、あらゆるストリーミング配信サービスに共通の話です。

まず、コンテンツの視聴をするだけであれば、著作権法上は違法とされることはないと思います。著作権法は原則として視聴をコントロールしないからです。キャッシュの複製については著作権法第47条の8により問題ないと思います(100%大丈夫だと保証しろと言われるとちょっと困りますが)。

ただし、コンテンツの視聴をするために会員登録が必要で、その前提として、会員規約に同意することを求められており、会員規約に「私は米国に居住しています」なんてことが書いてあれば、サービス提供会社との間の契約違反にはなり得ます。なお、この場合でも著作権侵害にはなり得ません(著作権法には「視聴をする権利」は定められていないからです)。

一方、コンテンツのダウンロードを行なう場合は、ダウンロードは著作権法上定められた複製に相当するので著作権侵害となる可能性が出てきます。さらに言えば、10月1日より施行された刑事罰化の対象となるケースも出てきます。本ブログの過去エントリー「違法ダウンロード刑事罰化に関するまとめ(その2)」でも説明した、刑事罰適用の条件をもう1度おさらいしてみましょう。

119条第3項: 第30条第1項に定める私的使用の目的をもつて、有償著作物等(録音され、又は録画された著作物又は実演等(著作権又は著作隣接権の目的となつているものに限る。)であつて、有償で公衆に提供され、又は提示されているもの(その提供又は提示が著作権又は著作隣接権を侵害しないものに限る。)をいう。)の著作権又は著作隣接権を侵害する自動公衆送信(国外で行われる自動公衆送信であつて、国内で行われたとしたならば著作権又は著作隣接権の侵害となるべきものを含む。)を受信して行うデジタル方式の録音又は録画を、自らその事実を知りながら行つて著作権又は著作隣接権を侵害した者は、2年以下の懲役若しくは200万円以下の罰金に処し、又はこれを併科する。

細かいことを省略して簡単に言えば、「有償著作物(市販CD等)のコンテンツを権利者の自動公衆送信権を侵害するようにアップロードしたものをそれを知りながらダウンロードする」と刑事罰の対象になるわけですが、ここで、対象となる自動公衆送信に(国外で行われる自動公衆送信であつて、国内で行われたとしたならば著作権又は著作隣接権の侵害となるべきものを含む)とのカッコ書きがある点に注意が必要です。

このカッコ書きがあることで、たとえば中国等にあるCD音源を違法にアップしたサーバーからダウンロードした場合にアップロード者の違法性を問うまでもなく、ダウンロード者を検挙できるわけです(レコード会社がこういう規定にしたかったのは当然でしょうね)。このカッコ書きが、海外では合法だが日本では正規に提供されていない配信サービスにも適用されるかどうかは要検討です。

常識的に考えれば、配信音源の権利者は予め話し合って決めた特定の国にのみ配信するという条件の下に配信業者と著作権(自動公衆送信権)許諾契約を結んでいるでしょう。と言うことは、素直に解釈すると、配信業者がもし日本国内で配信したとしたならば権利者の自動公衆送信権を侵害することになります(単なる契約違反ではない点に注意)ので、このカッコ書きは適用されると考えられます。

追加(12/12/13 13:31):と言いつつ、著作権法63条5項には自動公衆送信に関する利用許諾で「自動公衆装置の装置に係る」条件に違反しても著作権侵害にはならない旨の規定がありますので、日本国内で配信したならば自動公衆送信権の侵害にならないという解釈(もちろん契約違反にはなり得ますが)もできそうな気はしてきました。ただ、「著作権法逐条講義」によると、この規定の趣旨は「装置の保守点検のために契約条件外の他の自動公衆送信装置を用いた場合には著作権侵害にならないとしたものである」だそうなので、元々想定した国の外で送信することまで含めて考えるかどうかには解釈の余地があると思います。また、一般に海外レーベルは配信国のコントロールにはきわめて厳しいという点も加味する必要があるかと思います。
追加(12/12/13 14:26)さらに考えてみると、上記63条5項の話が出てくるのはもともと日本国内で有効な権利者とSpotifyの間の契約がある場合です。サービス提供国ではない日本において契約があるかというと微妙ですし、そもそも、契約はSpotify本社があるイギリスか発祥国であるスウェーデンの法律に縛られる条件になっていると思います。そうなると、契約がまったくない状態で日本国内で自動公衆送信すれば著作権侵害という見方もできるような気がしてきました(ややこしい)。

というわけで、日本に正規に提供されていないサービスからプロクシ等を使って「その事実を知りながら」(この要件の解釈にも一悶着ありそうですが)ダウンロードを行なうと、単なるマナー違反や配信業者との契約違反というレベルではなくて犯罪と解釈されてもおかしくないケースもあるかと思います。

追加(12/12/07 10:30):SpotifyってP2P方式だったんですね(参考Wikipediaエントリー)。そうなってくると聴くだけのユーザーであっても、他のユーザーに向けて自動公衆送信しているのではないかという論点が出てきます。自動公衆送信となれば、違法DLの刑事罰の要件を考慮するまでもなく、権利者の許諾がなく、故意で行なえば犯罪相当の行為です。ただ今のところ、WinnyやShare等でも一次放流で逮捕されたケースはあるもののキャッシュの中継で罪を問われたケースはないと思うので、グレーゾーンであるとは思います。

追加(12/12/10 14:30) コメントで重要な議論がされましたので、本文にもまとめを追記しておきます。Pandoraなどのサービスですと日本からは(プロクシを介さなければ)アクセスできないのですが、Spotifyの場合は、いったん正式にユーザー登録しておけば世界中で聴ける規約であるそうです。つまり、アメリカ在住の人がアメリカで会員登録してその後日本に旅行に来れば日本からSpotifyを利用できます(これは、有料会員は常に、無料会員は14日間のみということなのでIPチェックはしているようです)。Spotifyは「属人主義」、Pandoraなどの他のサービスは「属地主義」とでも言えるでしょうか。ということなので、日本でSpotifyを使ってDLしている人が即違法行為をしているとは限りません。
とは言え、代行業者を通じたりプロキシを通したりして居住国を偽って会員登録すれば契約違反、そして、おそらくは著作権侵害になり得るという点には変わりはありません。

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アップルのデザイン特許放棄の報道について

twitterでちょっとだけ話題になっている中央日報の「アップル、デザイン特許を放棄?…サムスンとの特許戦の変数に」(ママ)という記事についてコメントしておきます。

記事を見るとあたかもアップルが「丸い角の長方形」のデザイン特許(意匠権)を放棄したように読めますが、2つの点で誤解を招きそうです。

まず、今回問題になっている意匠権はD618677(下図参照)であって、前回のエントリーで触れた最近話題の11月6日に登録された意匠とは違います。なお、D618677は、先日のカリフォルニア地裁においてサムスンによる侵害が認定された意匠権のひとつです。

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そして、記事中の「放棄覚書」というのは米国の特許制度に特有のterminal disclaimerという制度で、過去の権利とかぶった権利の存続期間の一部を自発的に放棄することで、全体が無効にされること(いわゆるダブルパテント)をさけるための手段です。この場合は、アップル自身の過去の登録意匠D593087(下図参照)の存続期間を超える期間について権利を放棄することを宣言することになります。

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FOSS Patentsによれば、サムスン側がD618677はD593087とダブルパテントで無効と主張してきたようなので、これに対するアップルの対抗策です。もし、この主張が認められず、D618677の全体が無効にされてしまうと、カリフォルニア地裁判決においてD618677は侵害しているが、D593087は侵害していないと認定されたサムスン製品がいくつかあることから、損害賠償額が約半分くらいになってしまう可能性があるようです。

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アップルは「角が丸みを帯びた長方形」の特許を取得したのか

ちょっと前になりますが、GIGAZINEが「Appleが『丸みを帯びた長方形のデザイン特許を取得」という記事を載せていろいろなところで話題になっています。(元記事はたぶんこちらで米国でもいろいろなところで議論されています。)

まず、最初に言っておきたいことは、ここで言う「デザイン特許」とは日本でいう「意匠権」に相当するということです。米国の特許制度は、技術的アイデアに関する「特許」(Utility Patent)と工業デザインに関する「特許」(Design Patent)を一緒に扱う制度になっていますが、日本では後者を「意匠」と読んで別に扱っています。

ということで、”Design Patent”を扱っている米国の記事を翻訳する時にはできれば「意匠」と訳していただきたいです(せめて、「デザイン特許(日本では意匠権に相当)」とでもしていただきたいです)。この話、何回も書いているのですがなかなか定着しません。GIGAZINEさんも本ブログの記事にたまにリンク張っていただいていることから、本ブログをチェックされていると思いますので、よろしくお願いします。

さて、この問題のアップルの意匠権ですが、米国特許番号D670286(※頭にDが付いているのはDesign Patentを表わします)で、2010年11月23日に出願されて、2012年11月6日に登録(権利化)されています。その代表図が下図です。

ちょっとわかりにくいのですが破線で示された部分(コネクタやボタン等)は意匠権の範囲外(単なる参考)なので実線部分、すなわち、外周部分だけが意匠権の対象になっています。ということで、「Appleが『丸みを帯びた長方形』のデザイン特許を取得」というのは(言葉使いの問題を除けば)あながち間違っていないことになります。より正確に言うと、意匠権は出願時に指定された物品(この場合はPortable display device)との関係において生じますので「Appleが『丸みを帯びた長方形の携帯情報表示機器の意匠権を取得」と書けば一応は正確かと思います。

なお、余談ですが、この意匠の創作者14名の中にはスティーブ・ジョブズが含まれています。

では、なぜこんなシンプルかつどこにでもありそうな工業デザインが登録されてしまったのか、今後どのような影響があるのか(角の丸いタブレット端末は作れなくなるのか)という点について検討していきましょう。

さて、この登録意匠D670,286ですが、出願番号は29/379,722で、それは出願番号29/354,599の継続出願で、それがまた29/353,307の継続出願になっています。継続出願の出願日が元出願日にまで遡りますので、D670,286の実質的出願日は、2010年1月6日となります(ちなみに初代iPadが発表されたのは2010年1月28日)。

意匠も特許と同様に新規性・進歩性(創作非容易性)がなければ登録されませんので、2010年1月6日の時点でこれと類似の工業デザインが存在していたかがポイントになります。(なお、この既存デザインは別に意匠の出願書類でなくてもよいので、たとえば、雑誌に出ていたデザインと似ていれば登録にはなりません(参考エントリー:「『2001年宇宙の旅』を証拠にSamsungがAppleに反論したのはおかしなことではない」)。

当然ながら米国特許庁の審査では、数多くの書類を検討して、出願日時点で類似したデザインがたぶんなかったのだろうという読みの元に登録査定を出します。どのような先行デザインがチェックされたかはこのサイトで見るとよくわかります。Apple自身の製品を含む多数の製品のデザインとの比較が行なわれた上での審査結果です。しかし、ないことを証明するのは「悪魔の証明」なので必然的に漏れが生じます。また、創作が容易だったかどうかは審査官の主観がどうしても入りますので当然にぶれが生じます。

なお、特許と同様に意匠でも完成された状態の物を先に見てから後付けで考えると(実は今まではなかったものであるのに)当たり前に見えてしまうことがあるので注意が必要です。たとえば、iPadのように縁なし全面ガラスでボタン類、コネクタ類を最小化したミニマリズム的デザインの携帯情報機器は実はあまりなかったのではと思います。

と言いつつ、さすがにこの外周の形状だけで意匠登録されてしまうのはちょっと審査が緩すぎないかという批判は米国の識者の間でもあるようです(私もそう思います)。実際にアップルがこの意匠権に基づいて権利行使したならば、(1)曲線のRまでコピーしたデッドコピー商品でもない限り、対象品と非類似と認定されるか、(2)出願時点で存在していたデザインから容易に創作できたので無効とされるか、(3)画面の標準アスペクト比から形状は必然的に決まり、角が当たると痛いので丸めるのは当然ということから機能的に必然的に決まる形状であって創作性がないので無効とされるか、等の理由により権利行使できない可能性が高いのではないかと思いいます。

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【お知らせ】最近の仕事状況など

最近はコンサルティングや弁理士関連の仕事が増えており、ブログでオープンにできるものが減ってきてますが、それでもこんな感じで露出しています。

□ 10月4日に開催された日経ビジネスオンライン/ NTTコミュニケーションズ主催の『クラウド経営サミット エグゼクティブフォーラム』で基調講演しました。朝8時開始だったのですが、多くのマネージメントの皆様に来ていただきました。(追加:レポート記事が日経ビジネスのサイト日経ITProのサイトに載りました(両方とも中身は同じです))。

□ MacPeople(紙媒体)11月号(坂本龍一が表紙の号)に「アップル対サムスン「知財大戦」の行方」を寄稿しました。なお、2013年1月号の巻頭特集でダウンロード刑事罰化を踏まえた著作権の入門記事を書く予定です(というかもう書きました)。

□ 今出ている(11/19発売)の週刊ダイヤモンドに「ビッグデータ」に関するインタビューが載りました(広告特集ですけどね)。

□ 11/22のTeradataユーザー会総会で講演します(プライベートイベント)。

□ 11/28に開催されるSoftbank Technology Forum 2012でパネル(豪華メンバー)のモデレータをします。こちらは現時点で申し込み受付中。

□ まだ告知されてないみたいなんですが、12/14に開催される日経デザイン主催のセミナー(有料)でAppleのUI特許について講演します。(追加:告知ページができました)。

□ EnterpriseZineに「スタートアップのための知財戦略超入門」を連載中です(1回目2回目)。

□ 割と大物の単行本翻訳(マーケティング関係)案件が進行中、もう少ししたら発表できると思います。

とこういう感じでやっておりますので寄稿・講演関係の案件がありましたらよろしくお願いいたします。

オープンにできないタイプの仕事としては、ITメガトレンド調査報告書作成の支援(ユーザー企業様向け)、ホワイトペーパー作成(ベンダー様向け)、スタートアップ企業投資適格性調査(ベンチャーキャピタル様向け)、特許侵害訴訟の支援(調査)、特許調査・出願代理(ソフトウェア特許専門)/商標出願代理/ライセンス契約書作成のお手伝い(個人から大手企業様まで)、産業翻訳(高付加価値案件のみ)などをやっていますので、こちらの方もよろしくお願いします。

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【小ネタ】加勢大周の商標登録問題はどうなったのか

昨日のCHIKIRIN商標登録に関するエントリーの芸名の商標登録に関する議論対して「『加勢大周』は商標登録されたんじゃないのか」とのツイートがありました。そう言われればそういうこともあったなということで、ちょっと調べてみました。

ひょっとして加勢大周を知らない人がいるのではないかとも思うので簡単に説明しておくと、一昔前のイケメン俳優です。事務所を独立して、家族と新事務所を立ち上げて、元の事務所ともめて(ありがち)、旧事務所の社長が加勢大周を商標登録出願すると共に訴訟によって加勢大周の芸名で活動することを差し止めたという話であります。

さすがにかなり昔の話なので、もう特許電子図書館で検索しても「加勢大周」の商標登録の履歴は見られません。しかし、ネットにある地裁判決の判例評釈を見てみると、裁判で問題になったのは、加勢大周と旧事務所の間の契約の有効性と氏名権という(法文上は規定がないが)判例上確定した権利であって、商標権は直接的には関係なかったようです。そもそも、裁判の時点では「加勢大周」の商標は出願されただけで登録されてなかったようです。

ということで、この事件は芸名を商標登録してその商標権を有効に行使して芸名の使用を禁止できたという事例ではありません(なお、商標が無事登録されるという話と権利行使できるという話はまた別なので念のため)。

ところで、この商標的使用(商品・サービスの識別手段として使われていること)という概念はなかなかややこしいです。結構グレーゾーンもあります(商標的使用か否かが争われた裁判もあります)が、それ以前に概念そのものの理解が難しく、大学で商標を教える時にも学生になかなかわかってもらいにくいポイントではあります。

商標的使用であるかどうかの簡単な判定方法ですが、「XX印の(あるいはXXブランドの)YY」と言っておかしくない場合には、XXは商品(あるいはサービス)YYに対して商標として使用されているとおおよそ判定できます。

たとえば、AKB48が歌っているCDはAKB48印のCDではないですね(強いて言うと(レーベルである)You, Be Cool印のCD、あるいは、キングレコード印のCDです)。なので、ここでのAKB48は商標的使用ではないと判定できます(追加:日本の現在の運用はそうですが、米国等では商標的使用と判定されるようです)。単なる歌い手の表示であって、これは商標権の世界の外の話です(では勝手にAKB48というアーティスト名で他人がCDを出してよいかというとそんなことはなく、不正競争防止法等を根拠に訴えられるでしょう)。

一方、公式グッズとして売られているAKB48という文字が大きく描かれた「ひえひえてぬぐい」は、「AKB48印のてぬぐい」と言えますので、ここではAKB48が商標的に使われています。なので、てぬぐいを指定商品にしてAKB48の商標登録をしていれば商標権に基づいて他人による偽てぬぐいの製造・販売・広告等を排除できます。この場合には、商標登録をしておく意義は大きいと言えます。

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