iPhoneのソフトキーボードが思ったよりかしこかった件(特許取得済)

別件の調べ物をしていて、ソシオメディアという会社の大変興味深い記事「iPhone の当たり判定を検証した」を見つけました。iPhoneでタッチを認識するエリア(ヒット領域)が実際にどのようなサイズになっているのかを検証しています。

iPhoneの小さい画面で指先による操作を容易にするためにアップルはいろいろな工夫をしています。たとえば、ボタンを押しやすくするために、実際のボタンの画像よりもヒット領域を大きく取っているようです。ここまでは当たり前だと思うのですが、興味深いのはテキスト入力時に画面に表われるソフトキーボードです。

各キーのヒット領域をそれまでの入力に合せて動的に変化させているようです。たとえば、WORLまで入力したとすると次に入力される可能性が最も高いキーはDになるわけですが、この場合には、Dのキーのヒット領域が大きくなるような調整を動的に行なっているようです(画像はソシオメディア社の上記記事より引用)。

iOSエミュレーターで確認したところ、このケースではDのキーのヒット領域が隣のキーに一部かぶるくらいにまで自動的に拡張されるようになっているそうです。これにより、入力ミスで隣のキーを押してしまう可能性が激減するでしょう。

アップルのUXに対する徹底的なこだわりを感じさせるのですがどうでしょうか。中島聡氏は”user experience”の訳語として「おもてなし」を提言しましたが、まさに「おもてなし」の設計という気がします。

そして、このアイデアですが、案の定、昨年の7月に米国で特許登録されていました(US 8,232,973 )。名称は”Method, device, and graphical user interface providing word recommendations for text input”(テキスト入力の単語推奨を提供する方法、装置、GUI(栗原訳))です。おそらく日本では同等特許は出願されていないと思われます。)

この特許は対サムスンの訴訟では使われてません(同じ名称の関連特許であるUS8,074,172は使われてますが)。そもそも登録時期が新しいということもあると思うのですが、Android(あるいはサムスン製品)には同等機能がないからかもしれません(ご存じの方、教えてくださいな)。

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【入門】特許出願が公開されるとはどういうことなのか

ITmediaに「AppleのWaze的クラウドソーシング地図機能の特許が公開される」なんて記事が載ってます。特許出願の中身もちょっと興味深いですが、今回はその話ではなく、特許公開制度について入門的な話を書くことにします。

この記事元々は「特許が承認」というタイトルだったのですが後で訂正されています。ITmediaに限った話ではなく、特許の承認(登録=特許権の発生)と単なる特許出願の公開がごっちゃになっている記事がたまに見られるように思います。両者は全然別です。英文の記事を読むときも登録なのか(registered, patented, granted, issued)、公開なのか(published, open)に注意する必要があります。

ほとんどの国において、特許登録は審査を経て所定の要件を満足したと判断された場合のみ行なわれます。登録によって特許権が発生し、他人が同じアイデア(発明)を実施すると差止めや損害賠償を請求され得るようにうなります。一方、審査で拒絶されれば特許権は発生しません。ここまではご存じかと思います。

これに対して、出願公開は、ほとんどの国において原則的に出願から1.5年後に自動的に行なわれます。公開されただけでは最終的に特許化されるかどうかはわかりません。特許制度の基本は技術的アイデアの公開の代償として一定期間の独占を与えることなので、公開と独占のバランスを取るためにこのような仕組みになっています。

特許登録の意味は明確と思いますが、特許出願の公開にはどのような意味があるのでしょうか?もちろん、その企業が、どういった技術開発をしているかが第三者にもある程度わかるようになります。ただし、特許出願に書いてあるとおりに製品を作らなければいけないわけではないですし、特許は出願したけどその後製品開発はキャンセルになったなんてこともありますので目安でしかありません。

それ以外に出願公開には法律的に以下のような意味があります。

1.アイデアが公開されることでその後に同じアイデアを出願しても特許化できなくなります

言うまでもなく公知のアイデア(および、それから容易に思いつくアイデア)は新規性・進歩性欠如として特許化されません。別に特許公開ではなくても、学術論文や製品そのものがオープンになることでもアイデアは公知にはなるのですが、特許公開公報は日付が確定しやすいのと特許庁の審査官にとって検索しやすいので公開された出願(公開公報)を根拠にして、それ以降に出願された特許出願が拒絶されるケースが多いです。

2.同じ国内であれば後願が排除されます

特許は基本的に先願主義なので、同じアイデアが時間差で出願された時は先に出願した方が優先されます。

たとえば、2010年1月1日に日本で出願された特許が2011年7月1日に出願公開されたとすると、2011年7月以降に同じアイデアを出願した人が上記の新規性欠如により拒絶されるのは当然として、2010年1月2日から2011年7月1日に同じアイデアを出願した人も後願として拒絶されます(出願時点では前の出願が公開されていなくてもです)。

つまり、アイデアが公知でないか(特許公開公報を含めた)十分にサーチして、ないことを確認してから出願しても他人が1.5年以内の時間差で他人が出願していた場合には、特許化できないということです。特許出願は公開されるまでは出願したという事実すらも第三者にはわかりません。1.5年間はブラックボックスの状況にあるということです。

シンクロニシティとでも言いますか、何か画期的アイデアを思いついた時にはほぼ同時期に他人が同じようなアイデアを思いついている可能性も十分にあるので、できるだけ早く出願を行なうべきです。

なお、先願・後願の判断は同じ国の中でしか行なわれませんので、先の例で(最初に日本にしか出願されていないとすると)同じアイデアを2011年7月1日以降に米国に出願すると(日本の公開公報を根拠として)新規性欠如で拒絶されますが、2010年から2011年6月までの米国出願が日本での出願を根拠に拒絶されることはありません(日本の先願を根拠に米国の後願が拒絶されることはないため)(もちろん、公開前に出願人が製品を販売したりしていればそれを根拠に新規性が否定されます)。

3.どの範囲で特許化される可能性があるかわかります

公開されただけでは特許化されるかどうかわかりません。公開後に拒絶になれば、もうそのアイデアは公開されているので、パブリックドメイン的に誰でも実施できるようになります。

登録される場合でも、多くの場合、公開後に補正が行なわれますので、公開された内容そのままで権利化されるケースは少ないです。通常は先行技術との違いを出して進歩性を主張するために条件を加えて(権利範囲を狭くする補正をして)権利化するのですが、場合によっては公開時点とはまったく違う権利範囲で登録されることもあり得ます。

特許出願の補正の重要な制限として新規事項の追加禁止というルールがあります(出願してから後付けで追加できたら何でもありになってしまうので当然です)ので、公開時点で書かれてなかった内容で権利化されることはないのですが、明細書に書いてさえあればどの内容で権利化するか(クレームにするか)は出願人の自由です。競合他社としては権利内容を把握して侵害を避けようとしても登録されるまでは権利が確定しているわけではないのでちょっとやっかいな状況になります。出願人サイドでは競合他社の製品を見て敢えて侵害が成立するように補正するという追尾型ミサイルのようなやらしい戦術が取られることもあります。

4.出願人に補償金請求権が生じます

ちょっと細かいですが、出願公開した後でその発明を実施している人に対して、出願人が警告を行なうことで(後で特許が成立した場合に限り)ラインセス料金相当金額を支払わせることができるようになります。


ということで、自社の直接の競合分野であれば特許の登録状況だけでなく、公開の状況もウォッチしておくことがリスクを避けるために重要と言えます。

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これがアップル対サムスン裁判で問題になった特許です(その2(前半))

有名な10億ドルの損害賠償金評決(確定ではないですが)がなされた北カリフォルニア地裁でのアップルvsサムスンの裁判において争点になっている特許(と意匠)については以前に書きました

実は、北カリフォルニア地裁ではもう1件の訴訟が進行中です。もう機を逸してしまった感もありますが、この2番目の訴訟で争点になっている特許について簡単に解説します(ネタ元は例によって主にFOSS Patentsです)。

本訴訟は2014年の3月に公判が行なわれる予定になっており、対象特許や対象製品の絞り込みが行なわれています。元々は8件の特許が争点になっていましたが、6件まで絞り込まれており、最終的には4件の特許まで絞り込まれる予定だそうです。2回に分けてこの6件の特許について簡単に解説します(もっと詳しくという方は別途ご相談ください)。

なお、サムスン側も反訴を行なっていますが、そちらの特許についてはまた別途。

発明の名称の日本語訳は栗原によります。

1.US5,946,647  (System and method for performing an action on a structure in computer-generated data)「コンピューター生成されたデータの構造上でアクションを実行すするためのシステムと方法」

通称「データタッピング」特許です。ドキュメント中の特定の文字列(たとえば、電話番号)を自動的にリンク化し、対応する操作(たとえば、電話をかける)を呼び出せるようにするというアイデアです。

今では当たり前すぎるほど当たり前のアイデアなのですが、出願日が1996年2月1日なのでその時点で当たり前だったかというと実は証拠が見つからないという、絶妙のタイミングで出願された特許だと思います。再審査が2010年10月に請求されてますが一部のクレームが無効にはなっただけであり、現在不服審判が進行中です。

ITCにおけるHTC製品の禁輸決定の根拠となった特許(そして、おそらくはその後のHTCとアップルの和解に結びついた)特許でもあります。このブログでもだいぶ前に解説しています。

AndroidのLinkify()というクラスで実装されているらしいので、これをはずせば回避できますが、UXはかなり犠牲になりますね。

日本での関連特許はなさそうです。

2.US6,847,959 (”Universal interface for retrieval of information in a computer system”)「コンピュータ・システムで情報検索するための共通インターフェース」

サーチ関連特許です。Siriのサーチをカバーしていると思われるのですが、クレームは「インターネットとローカルストレージを含む複数のソースから、複数の異なるヒューリスティックに基いてサーチし、それらの結果からひとつを選んで表示する」という感じできわめて範囲が広く、いわゆるフェデレーテッド・サーチの形態全般をカバーしているように思えます。

現在本特許は再審査進行中です。優先日(実質的出願日)は2000年1月5日まで遡るのですが、それでもいかにも先行技術がありそうな感じがしますが、どうなんでしょうか。

もし、この特許が有効で、かつ、サムスン製品による侵害が認定されることになると、音声サーチ等に関してGoogleはちょっと厳しい状況になるのではと思います。

日本での関連特許はなさそうです。

3.US8,046,721 (“Unlocking a device by performing gestures on an unlock image”)「アンロック・イメージ上でのジェスチャーによるデバイスのアンロック」

iOSデバイスに特有のスライド操作でロック解除(Slide-to-Unlock)に関する特許です。

日本における同等特許(特願2008-547675)は拒絶査定になってます(本ブログの関連記事)。ドイツにおいても、進歩性の点で厳しい評価が下されているようです(昔からあるスライド型のコントロールをスリープ解除に適用しただけではないかという判断がされています)。

しかし、日本では拒絶査定の対応としてスライドを2つにした構成にクレームを補正した分割出願(特願2012-091352)が、ごく最近登録されました(登録番号未定)。

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これ、いかにも苦肉の補正という感じがしていましたが、よく考えてみると、iOS5から入った新機能である「通常のスライド操作でスリープ解除、カメラアイコンをスライドするとカメラアプリがいきなり起動」という形態がカバーできるので、実はなかなか重要な特許ではないかと思います(ナイスリカバリーだと思います)。


残りの3件については後日。

こうして見るとアップルには(少なくとも米国においては)まだまだ対サムスン用の弾があるという感じがします。

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【小ネタ】中国でのiWatch商標が予想通りの状態に

わざわざ書くほどでもない話なので小ネタ扱いにしますが、容易に予想できるように中国では既に数多くのiWatch商標がアップルではない企業の名義で登録されています(参考記事)。

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上は中国商標局の商標検索サイトの画面イメージなのですが政府公式のサイトであるにもかかわらずGIFアニメーションが多用されていて怪しさ全開です。

(既に取消になったものも含めて)全部で15件登録されています(中国では日本と異なり区分ごとに登録される点に注意)。アップルの商標登録に影響を与えそうな9類(コンピュータ関係)と14類(時計関係)だけについて見てみましょう。

これらは結構前から出願されているのでジャマイカ出願に優先権主張しようがしまいが関係ないレベルです。

一番初期のものは1999年に出願されています(既に無効になっています)が、これはアップルの製品とは直接関係ない偶然の一致でしょう。2008年から2009年くらいに出願されているものが結構ありますが、これはネット上でアップルのiWatchが噂され出した時期に一致していると思われます。

中国では(日本も同様ですが)商標を連続して3年間使用していないと他者の請求により取り消され得ます。これらの出願の一部は取消しになっていますがこの不使用による取消と思われます。

それでも数件(9類で2件、14類で1件)まだ生きている商標権があります。アップルのダミー会社が権利者という可能性もないことはないですが、iPhoneやiPadに引き続き一悶着あるかもしれません。

これは、「i+普通名詞」という誰にでも予想がつくネーミングスキームを使っている以上避けられない問題です。今までにない造語を商標にすれば悩みもないのでしょうが、それをしないのがアップルなんでしょうね。

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選挙運動における音楽利用に関するJASRACのプレスリリースについて

ちょっと前のエントリー「選挙カーで「あまちゃん」の音楽を流すのは著作権法的にどうなのか」において、選挙活動での音楽の演奏(CDをかけることも含む)が非営利なのかについて疑問を呈しましたが、これに関連して、今日付けでJASRACからプレスリリースが出ています。

ただ、基本は選挙活動で音楽を利用する場合には事前にお問い合わせください(条件によっては許可されない、あるいは、利用料が発生する場合がある)と言っているだけなので、上記の「選挙活動での音楽の演奏(CDをかけることも含む)が非営利か」という疑問に対する直接の回答が書いてあるわけではありません(今度ちゃんと聞いておきます)。

なお、たとえば、放送や(ネット選挙の解禁に伴う)ネットでの利用(公衆送信)で音楽を使う時には、非営利か営利目的かにかかわらず許諾が必要です。38条1項の非営利・無料・無報酬の場合は自由にできるという規定が適用されるのは上演(演奏)・上映・口述のみだからです。

第38条1項 公表された著作物は、営利を目的とせず、かつ、聴衆又は観衆から料金(いずれの名義をもつてするかを問わず、著作物の提供又は提示につき受ける対価をいう。以下この条において同じ。)を受けない場合には、公に上演し、演奏し、上映し、又は口述することができる。ただし、当該上演、演奏、上映又は口述について実演家又は口述を行う者に対し報酬が支払われる場合は、この限りでない。

また、オリジナルのCDではなく、そこからコピーした音源を使う場合には著作権者(JASRAC)と原盤権者(レコード会社等)の両方の許諾が必要になりますが、現実問題として許諾されることはないと思われます。

なお、BLOGOSのコメントで、選挙カーでCDをかける場合にもレコード会社の許可がいると書いている人がいますが、レコード会社の著作隣接権(通称、原盤権)には演奏権という支分権は定められていないので非営利であろいうがなかろうが許可は不要です。たとえば、DJのように営利目的でCDをかける場合でもJASRACの利用料を払えればすみ、原盤権者の許諾は不要です。(ネット配信については、レコード会社の権利には送信可能可権権が定められていますので許諾が必要になります)。

ややこしいですね。

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