Wikileaksが暴露したTPP知財条文案−著作権保護期間はどうなっているのか

Wikileaksが今年5月時点のTPPの知財関連条文案を公開したというニュースがありました(参照ニュース記事Wikileaksのリリース)。昨年11月にも昨年8月時点での条文案が 公開されていますが、それに続くものです。

なお、TPPはこのまま行くと10月19日のキャンベラ会合の後、10月25日から27日のシドニー会合においてほぼ最終の決定がなされるというスケジュールのようです。国防関連情報など機密情報の中でもやたらと公開すべきではないものもあると思います(ゆえに、Wikileaksのやり方を全面的に支持するものではありません)が、知財は市民の表現の自由や公共の福祉等に大きく関連する分野ですので、あまり非公開ではやってほしくないと思います。

内容の真証性について100%の保証があるわけではないのですが、昨年8月から今年5月という9カ月の間に何が変わったのかを見るのは興味深いでしょう。まずは、著作権関連の注目度が高いポイントについて見てみましょう(特許についても病気の治療法に関する特許権の問題など公共の福祉に直接的に関係するものがありますがまた後日)。

著作物の保護期間

注目度が高い著作物の保護期間ですが、昨年8月時点の条文案では以下のようになっていました。

Article QQ.G.6:
[US/AU/PE/SG/CL/MX propose; VN/BN/NZ/MY/CA/JP oppose: Each Party shall provide that, where the term of protection of a work (including a photographic work), performance, or phonogram is to be calculated:
a.on the basis of the life of a natural person, the term shall be not less than the life of the author and [MX propose 100][MX oppose 70] years after the author’s death: (後略)

米国、オーストラリア、ペルー、シンガポール、チリが自然人による著作物の保護期間の最短期間を死後70年とする条文を提案(メキシコは70年でも不足で100年を提案)し、ベトナム、ブルネイ、ニュージーランド、マレーシア、カナダ、日本が条文の追加そのものに反対する立場(つまり、既にベルヌ条約等で定めている最短期間である死後50年でよいとする立場)でした。

同じ条文は今年5月時点では以下のようになっています。

Article QQ.G.6:
Each Party shall provide that, where the term of protection of a work (including a photographic work), performance, or phonogram is to be calculated112:
a. on the basis of the life of a natural person, the term shall not be less than the life of the author and [50][70][100] after the author’s death; and(後略)

死後50年、70年、100年の三択という状態になっています。少なくともTPPでは著作権の保護期間の最短を定めなくてもよいという昨年8月時点での日本等の提案は却下されたということになります。この三択からどのように選ばれるのかはわかりません(多数決なら50年になるかもしれません)が、米国の主張である死後70年になってしまう可能性は高まったと思います。

非親告罪化

もうひとつの気になるポイントである著作権侵害の非親告罪化ですが、条文としては、Article QQ.H.7: {Criminal Procedures and Remedies / Criminal Enforcement}に記載されています。

昨年8月時点では該当部分は以下のようになっていました。

[US/NZ/PE/SG/BN/CL/AU/MY/CA/MX propose; VN/JP oppose: (h) that its competent authorities may act upon their own initiative to initiate a legal action without the need for a formal complaint by a private party or right holder).

「権利者からの告訴なしに権原ある当局が権利者に代わって法的手段を取ることができる」という条文案に対して、ベトナムと日本が反対していました。これに相当する部分は今年5月では以下のようになっています。

[VN oppose: that its competent authorities may act upon their own initiative to initiate a legal action without the need for a formal complaint by a private party or right holder. [JP propose:204 ]

ベトナムは依然として反対していますが、日本は脚注204において「権利者の市場での活動に影響を与える場合に限る」との制限を加えてもよいのであれば、この条文案に賛成するという条件付き賛成案になっています。いずれにせよ著作権侵害の非親告罪化がTPPに取り込まれる可能性は高そうです。

非親告罪化が定められたとしても、たとえば、海賊版DVDの大量製造や輸入を非親告罪化するのは意味があると思う一方で、かねてから懸念されているように、パロディ作品などの権利者も一応黙認しているグレーゾーンに対して非親告罪化によって第三者が告発できるようになるのは問題だと思いますので、少なくとも日本が提案した条件は是非入ってほしいと思います。

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中村教授のノーベル賞受賞は職務発明規定改正論に影響を与えるか

日本人のノーベル物理学賞受賞は大変うれしいニュースでしたね。ところで、報道で知った方も多い(実は私もそうですが)中村修二カリフォルニア大教授はすでに米国籍になっていたのですね。

中村教授といえば、青色発光ダイオードの特許に関して当時の雇用者である日亜化学と職務発明の報酬についてもめたことで知られています。結果的には高裁まで行き、日亜化学側が約8億円を支払う和解で決着しました(参照Wikipediaエントリー)。この裁判は特許法の職務発明規定の改定にもつながりました。

さて、この中村教授らのノーベル賞受賞は、現在進行中の特許法職務発明規定の改正論に影響を与えるのでしょうか?ここでは2つのポイントがあります。第一に、上記のような経緯で決まった職務発明の報奨金規定を仕切り直そうとしていること、第二に、中村教授はある意味日本の産業界に見切りをつけて米国に渡ってしまったということです。

まず、職務発明規定が改悪され、技術者のインセンティブがさらに下がるようなことがあれば、優秀な技術者の海外流出が今後も出てくるのではないかという懸念は大きくなってくるでしょう。

とは言え、法律的には米国の職務発明規定が特に従業員優遇というわけではありません(というか特許法上は特に規定がありません)。実際上は企業と従業員の間の契約で条件が決まり、ほとんどすべての職務発明では企業が出願人になります(以前は、法律上発明者しか出願人になれなかったので、後に特許化されてから譲渡させるようになっていましたが実質的には同じです)。

実際、中村教授が発明者になっている最近の米国特許出願の出願人を調べてみましたが、そのほとんどがカリフォルニア大学となっています(一部は、科学技術振興機構との共有)。中村教授自身が出願人になっているものはありません。

アメリカでも日本でも、そして他のほとんどの国でも「職務発明は会社のもの」です。ポイントは従業員に対する報奨をどう扱うかです。

ここで、米国式で行くべきだということで、完全に企業と従業員の間の契約の自由に任せるというやり方を日本で適用してうまくいくとは思えません。雇用の流動性が米国と比較して(まだ)低い日本では、企業と従業員が対等の立場で契約条件について交渉できるわけではないからです。やはり、日本の雇用の現状を加味して、法律で従業者側を守る規定にする必要があると思います(従業員に対価請求権を認める現行規定をそのままにして変えないというのもオプションのひとつでしょう。)

ということで、「影響はあるか?」という質問に対する答は、心理的には影響はあるかもしれないが、実体的にはあまり関係ない(職務発明制度だけを米国式に合わせてもしょうがない)ということだと思います。

技術者・研究者にとって米国が魅力的とされているのは、職務発明制度よりも、雇用の流動性が高いことで(優秀な人にとっては)条件が良い就職先を選びやすいこと、成果が不確実な研究に対してリスク・マネーを出してくれる人が多いという要素の方が重要でしょう。

とは言え、職務発明改正における企業側の論理が「事後的に裁判で追加支払いが発生し得るのでは経営の安定性を害するので、事前的に契約でしっかり補償してあればよい制度にしてほしい」というのであればまだ良いのですが「事後的にも事前的にも従業員にはできるだけ払いたくない」というのであれば、長い目で見ればさらなる日本からの頭脳流出につながると思います。

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【小ネタ】Appleの登録商標マークがちょっと下手くそである件

先日の記事用にApple Inc.の日本での登録商標を調べていたらちょっとおもしろいことを発見しました。

言うまでもなく、Appleは日本で数多くの商標登録を行なっています(400件以上)。下のちょっと懐かしいマークも当然ながら登録されています。

画像

このマークに相当する登録商標はいくつかありますが、その最も出願日が古いものが商標登録第1737946号です。この登録のマークの図版が手描きで微妙に下手くそなのでちょっと笑いました。出願日は1979年5月4日、当時は当然ながら出願も紙ベースですし、今のようにJPEGファイルを送ってもらうとか、カラーコピーを取ってなんてこともなかったので、製品現物(Apple IIでしょうね)を見て手描きしたのではと思います。

第1737946号第1737946号

なお、商標権の効力は類似範囲にも及びますので多少再現性が薄くても問題はありません。

さらに出願日が古いApple所有の図形商標としては、

第872064号第872064号第989999号第989999号第990000号第990000号

等がありますが、これは、Beatlesのアップルレコード(アップルコープス)との商標権問題の和解の結果、Apple Incが買い取った商標登録です(参照Wikipedia記事)。Appleが商標登録を保持して、アップルコープス側にライセンスする契約になっているようです(そうしないと第三者に類似商標を取られてしまう可能性があるからです)。

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iPhone用スケルトンパネルを売ると何の罪に問われるか

iPhone5用の透明バックパネルを売っていた(正確には販売目的で所持していた)人が商標法違反容疑で逮捕されたという事件がありました(参照記事)。ニュース映像を見ると、AppleのリンゴマークとiPhoneの文字が商品にはっきりと書かれていることから、Appleの商標権を侵害するのは明らかと言えます。

では、仮に、このバックパネルにもそのパッケージにもリンゴマークやiPhoneの文字を使用しなかったらどうでしょうか?商標法的にはクリアーできるかもしれませんが、意匠権の問題が出てきます。

言うまでもなくAppleはiPhone5の工業デザインの意匠権を数多く所有しています。たとえば、以下は意匠登録1493680号(部分意匠)の図のひとつです。点線部分は権利には関係なくて、実線の外周部分のデザインをAppleが独占できることを表わしています(角の丸い四角形すべてを独占できるということではありません、あくまでもこういう角のRと縦横比のデザインとそれに類似したデザインを独占できるという話です)。

20141003214952204432

細かいことを言うとiPhone(携帯情報端末)とバックパネルでは物品が違うので意匠権の直接侵害にはならないのですが、意匠法には間接侵害の規定があり、それに引っかかる可能性大です。

第三十八条 次に掲げる行為は、当該意匠権又は専用実施権を侵害するものとみなす。

一 業として、登録意匠又はこれに類似する意匠に係る物品の製造にのみ用いる物の生産、譲渡等(譲渡及び貸渡しをいい、その物がプログラム等である場合には、電気通信回線を通じた提供を含む。以下同じ。)若しくは輸入又は譲渡等の申出(譲渡等のための展示を含む。以下同じ。)をする行為

意匠権を侵害する物を作ることにしか使われないもの(たとえば、組み立てキット)を販売すると間接侵害になるという規定です。このスケルトンバックパネルはiPhoneの裏に付けて使う以外の現実的な使い道はないので、この規定にひっかかる可能性大です。似ないようにいろいろ装飾をつければ、意匠権侵害を回避でできる可能性はあるかもしれませんが、結果的にiPhoneに似ても似つかないものになってしまうえば商品としての魅力がなくなるので、あまり意味がないでしょう。

Appleに限らず、大手消費者向け機器メーカーは意匠登録を結構やってますので、デザインに影響があるような互換パーツの製造販売には注意が必要です。筐体の中に入っていて外から見えない互換パーツやネジのようにデザインに影響を与えないものであれば問題はないですが。

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スティーブ・ジョブズ最後(?)の発明:その意外な中味

アメリカのQAサイトQuoraで知りましたがスティーブ・ジョブズを発明者とする特許出願がつい最近の9月18日に公開(20140277850)されています(公開されただけでまだ権利化はされていません)。

20140919-00039246-roupeiro-001-7-view
(出典:USPTO)

スティーブ・ジョブズは生涯で300件以上の特許を取得しています(その多くはデザイン特許(日本でいう意匠権)ですが、技術的な特許も数多く取得しています)。今回公開になった特許もデザイン特許ではなく、日本でいういわゆる特許に相当する技術的なものです。実質出願日は2013年3月15日です。ジョブズの命日は2011年10月5日なので、ジョブズの死後、共同発明者たちが改良を続けて特許出願にまで持ってきたということでしょう。おそらく、ジョブズの発明による最後の特許出願といってよいのではないかと思います(これ以降は絶対にないという保証はないですが)。

さて、中味も意外なんですが、まず意外なのは出願人(正確に言えば譲受人)が、Appleではないということです。Savant SystemsというiPhoneやiPadを使ったホームオートメーションを行なう会社です。

一瞬、これは同姓同名のSteven P Jobsさんなのではと思いました。米国公報は発明者の住所が市レベル(カリフォルニア州パロアルト市)までしか載ってないので同姓同名の可能性はなくもないと思いましたが、公報とは別の審査資料を見るとSteven P Jobsは既に亡くなったと描いてあります。パロアルトに住んでiPhone関連の発明をして既に亡くなっているSteven P Jobsさんと言えば、あのスティーブ・ジョブズしかあり得ないでしょうね。

 20140919-00039246-roupeiro-000-7-view
(出典:USPTO)

さて、特許出願の中味なんですが、これもちょっと意外で、ヨットなどの乗り物をタブレット機器で無線でコントロールするというアイデアです(上図は操作画面のイメージです)。ジョブズがヨットを趣味としており、ビーナス号という豪華ハイテクヨットを作っていたのは知られています(参照記事)。この時にSavant Systemsに制御関係を依頼し、そこでジョブズが思いついたアイデアをSavant Systemsが特許化しようとしているということなのかもしれません(もちろん、ジョブズあるいは遺族の許可をもらってです)。要するに、完全にジョブズの趣味の世界の話ということです。

しかしその一方で、HomeKitでホームオートメーション戦略を推進していくAppleが、Savant Systemsと単なるアプリデベロッパー以上の関係を築こうとしている(していた)ということも考えられなくはありません。ちょっと気になることころです。

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