Apple WatchはなぜiWatchではなかったのか?

ようやく「かつてiWatchと呼ばれたスマートウォッチ」であるApple Watchが発表になりましたね。

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(出典:Appleウェブサイト)

機能面は別として、工業デザイン面で言うと、Appleの特許公報で開示されていたベルトも含めた全面フレキシブル・ディスプレイというデザイン(本ブログの関連過去記事)や今年1月に公開されたTodd Hamilton氏による勝手予想デザイン(下写真)等で期待度が上がりまくっていたためちょっと残念な感じでした。

さらに言えば、丸形文字盤や曲面ディスプレイを採用しているAndroid系のスマートウォッチと比較しても工業デザインとしては一歩後退している感じがします。

まあ、実物を見て、使ってみると印象も変わるのかもしれませんが。

もうひとつの意外な点は、名称が今まで当然と考えられていたiWatchではなかったことです。iWatch商標についてはジャマイカに先に出願しておいて出願日を密かに確保しておいてからパリ条約優先権を使って各国に出願するという裏技(本ブログ関連過去記事)を使ってまでして、日本を含むいくつかの国で既に登録できていたにもかかわらずです。

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日本の商標登録公報(第5680592号)

おそらく大きな理由のひとつとしては、Swatch社が所有するiSwatchという商標との類似性があるでしょう。この点をSwatch社は既に警告していました(Bloombergの関連記事)。また、中国で出しまくられている抜け駆け出願の問題もあるかもしれません(本ブログ関連過去記事)。経営判断としては妥当なのかもしれません。

とは言え、これは個人の勝手な空想なんですが、もしジョブズがまだ存命だったら、どんなに金とリソースを使ってでもiWatchの名称を貫いたんじゃないかと思います(それ以前に、まだ存命だったら、デザイン的に”great”ではあっても”insanely great”とは言い難いこの製品を出すこと自体を許可しなかったかもしれません)。

追記: 上に日本ではiWatch商標登録されていたと書きましたが、それは9類(コンピューター関係)であって、肝心の14類(時計関係)は分割出願(商願2014-32454)がまだ審査中でした(類似先登録を理由とする拒絶理由通知が出てますが、おそらく、前述のiSwatchなんでしょう)。分割日が2014年4月25日であることから、その時点ではiWatchという商標を使おうとがんばっていて、その後にあきらめたと思われます。

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錦織選手決勝戦のパブリックビューイングにWOWOWの許可は必要か?

多くの人がこの記事を見る頃には既に決勝戦は終わっていると思いますが、今度似たような事態があった時のために書いておきます。論点は「スポーツ試合のテレビ中継を大勢の人で見るイベントを権利者の許諾なく行なうことは違法か?」です。

参考になる文献として、日本弁理士会の出版物月刊パテントの2014年4月号の記事「スポーツ中継映像にまつわる著作権法の規律と放送」(著者は弁護士の國安耕太先生)があります。

なお、月刊パテントは弁理士会員でなくても数ヶ月遅れで一部記事がウェブで無料で閲覧できます。2014年4月号の特集は「スポーツと知財」なので、ご興味ある方は是非読んでみてください(小倉秀夫先生も論考を書かれています)。

さて、上記記事では、スポーツ番組の著作物性等の興味深い論点について述べられていますがそれは元記事を見ていただくとして、錦織選手の決勝戦の中継番組はWOWOWが著作権および著作隣接権(放送事業者の権利)を持つという前提で話を進めます。

一般にテレビ番組を公衆に見せる時に効いてくる権利は「伝達権」です(上映権でも公衆送信権でもありません)。

スポーツ中継をパブリックビューイングする上で最初に考慮すべきポイントは、放送事業者の伝達権です。

100条 放送事業者は、そのテレビジョン放送又はこれを受信して行なう有線放送を受信して、影像を拡大する特別の装置を用いてその放送を公に伝達する権利を専有する。

要するに、「影像を拡大する特別の装置」(プロジェクターやビル壁面等の巨大スクリーン)を使用する場合には、権利者(この場合は放送事業者としてのWOWOW)の許可がいります。なお、この条文は非営利のケースにも適用されますので、たとえば、錦織選手の故郷の自治体が市民を集めて応援というケースでもWOWOWの許可は必要です(WOWOWが敢えて黙認ということになるかもしれませんが、それは別論です)。

では、(パブリックビューイングと呼ぶかどうかは別として)「影像を拡大する特別の装置」を使わない場合はどうなのでしょうか?

この場合は、38条3項が効いてきます。

38条3項 放送され、又は有線放送される著作物(放送される著作物が自動公衆送信される場合の当該著作物を含む。)は、営利を目的とせず、かつ、聴衆又は観衆から料金を受けない場合には、受信装置を用いて公に伝達することができる。通常の家庭用受信装置を用いてする場合も、同様とする。

これは、非営利・入場無料ならテレビ中継をみんなで見るのに権利者(この場合は番組製作者としてのWOWOW)の許可はいらないという話です。しかし、プロジェクターを使う場合はどっちにしろ100条に基づく許可が必要なのであまり意味がないですね。

しかし、通常の家庭用受信装置(要するにテレビ)を用いた場合は、たとえ営利目的であってもテレビ中継をみんなで見るのに権利者の許可はいりません。喫茶店や飲み屋にテレビが置いてあって客が見るのは営利目的ですが、これにいちいち許可が必要というのでは現実的でないことから設けられた例外規定です。ただ、現在では家庭でプロジェクター持ってる人は珍しくないので「どこからどこまでが”通常の家庭用受信装置”なのか」、「”通常の家庭用受信装置”でないものと”影像を拡大する特別の装置”との違いはどこなのか」という議論はあるでしょう。

上記記事では触れられていないもうひとつのポイントとしてWOWOWのサービス約款の問題があります。4条2項に以下の記載があります。

有料放送契約は、当社の提供する衛星デジタル有料放送サービスを、加入申込者又は、加入申込者と同一の世帯の者が視聴することを目的(以下「世帯視聴目的」といいます。)として締結されます。ただし、業務等で不特定若しくは多数の者が視聴できるように使用し、又は同時送信若しくは再分配で使用することを目的とする場合等の世帯視聴目的以外の場合においては、当社と別の取り決めをしなければなりません。

通常の地上波放送の場合は契約なしで勝手に電波が送られてくるわけなので放送局との契約は観念しにくいですが、WOWOWのような有料放送の場合は、視聴者が明示的に契約を行なっているので、視聴者はこの条文に拘束されると考えられます。とは言え、以前書いたように著作権の権利制限をオーバーライドする契約はそもそも有効かという議論は残ります。

ややこしくなったのでまとめます。

1.プロジェクターを使って放送番組をみんなで見るイベントは(たとえ非営利・入場無料でも)権利者の許可が必要(ほとんどのパブリックビューイングはこのパターンでしょう)

2.地上波番組を家庭用テレビを使ってみんなで見るイベントは権利者の許可不要

3.有料放送を家庭用テレビを使ってみんなで見るイベントは著作権法上はOKだが、有料放送事業者との契約違反になる可能性あり

ということで、今回のケースでははWOWOWの許可なしにパブリックビューイングを行なうのは難しそうです(友だちどうしで誰かの家に集まってみんなで見たりするのは黙認されるでしょうが)。一方、たとえば、ワールドカップのように地上波で放送される番組を家庭用テレビでみんなで見るのであれば(それをパブリックビューイングと呼ぶかどうかは別として)、たとえ営利目的であっても権利者の許可はいりません。

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【お知らせ】IoTセミナーで基調講演します

以前のエントリーで「後日詳細を告知する」と書いていて、そのまま忘れてましたが、9月18日(木)に翔泳社主催のセミナー「IoT時代の企業戦略」で基調講演します。会場は六本木ヒルズのGoogleのセミナールーム、入場無料です。

企業IT部門の視点を中心にIoTを考えていくためのネタを提供できればと思っています(機器ベンダーやソリューション・プロバイダー向けのIoT話は多いですが、企業IT担当者向けはまだそんなにないんじゃないかと思っています)。

ご関心ある方是非お申し込みください。

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朝日また大誤報?:職務発明規定改正案

日経新聞に「社員の発明、特許は企業に 産業界が報酬ルールに理解」という記事が載っています。(職務発明の特許を受ける権利を企業に帰属させる代償として)「従業員に報酬を支払う新ルールを整備し、企業が発明者に報いることを条件とする。」と書いてあります。NHKも同主旨の報道をしています。

昨日のエントリーで引用した朝日新聞の「特許、無条件で会社のもの 社員の発明巡り政府方針転換」という記事の「これまでは、十分な報償金を社員に支払うことを条件にする方向だったが、経済界の強い要望を踏まえ、こうした条件もなくす。」という記載とは矛盾する内容です。

twitterにおける玉井克哉東大教授のツイートによると朝日の飛ばし説が濃厚です。なお、全部飛ばしというわけではなく、上記の「これまでは、十分な報償金を社員に支払うことを条件にする方向だったが、経済界の強い要望を踏まえ、こうした条件もなくす。」の部分が問題です。職務発明の特許を受ける権利を最初から企業に帰属させる方向で改正が進んでいる点は疑いがありません。

そういうえば、だいぶ前に本ブログでも論述した「「おめでとう東京」もアウト 五輪商戦、言葉にご注意」も、結局根拠はなくて(私の知る限り訂正記事は出てないですね)、JOCによる「こうなるといいなー」レベルの話をあたかもそういう法律が既にあるか(あるいは法改正が迫っているか)のように書いていたわけですが、本記事も産業界の特定の利害関係者の「こうなるといいなー」レベルの話を確定事項のように書いてしまったということかもしれません。

やはり、「ソースは朝日」には要注意ですね。

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職務発明制度改正案について:日本の技術者は搾取されているのか

追記(14/09/04 07:35)朝日の誤報説が強まってきました。特許を受ける権利を最初から会社に帰属させる方向で改正が議論されているという点は間違いがないのですが、末尾で引用した「これまでは、十分な報償金を社員に支払うことを条件にする方向だったが、経済界の強い要望を踏まえ、こうした条件もなくす。」が「飛ばし」くさいです。詳しくは本ブログの新エントリーを参照ください。

朝日新聞に「特許、無条件で会社のもの 社員の発明巡り政府方針転換」なんて記事が載ってます。特許法の職務発明規定(35条)の改正に関する話です。

この件については今までも様々な報道が乱れ飛んでおり、しかも「ソースは朝日」なのではありますが、一応の信頼性があるものとして話を進めます。

まず、簡単に基本のおさらいから(ちょっと前に栗原がThe Pageに寄稿した記事もご参照ください)。

日本の現在の特許制度では、発明をした人に「特許を受ける権利」が生じます。特許出願を行ない(条件が満たされて審査を通れば)特許権を得られる権利です。「特許を受ける権利」を他人に譲渡することもできます。

企業等の従業員が職務上行なった発明を「職務発明」と呼びます。職務発明でも「特許を受ける権利」は最初は社員のものですが、特許法では、従業員が職務発明をした時に「特許を受ける権利」を自動的に従業員から企業に譲渡するという職務規程を定めることが認められており、現実には多くの大企業がそのような規定を定めています(中規模以下の企業であれば定めてないこともあります)。

一般に、職務発明について、会社側としては給与を保証し、発明のためのリソースも提供しているので、従業員の発明の成果は会社のものになって当然と思うでしょうし、従業員側としては価値のある発明は誰にでもできるものではない、それによって会社が利益を得たのであればその一部を発明者が受け取れるのは当然であると思うでしょう。職務発明制度設計のポイントは両者の間の適切なバランスを取ることにあります。

<おさらい終り>

今回話題になっている改正案の中核は、職務発明の「特許を受ける権利」を最初から会社のものとなるようにすることにあります。

「特許を受ける権利」が、最初は発明者(社員)に属しており、契約(職務規程)に基づいて会社に譲渡されるのと、最初から会社に属しているのとどう違うのでしょうか?ほぼ一緒なんですが、「特許を受ける権利」を従業員から会社に譲渡するという規定では対価の額の問題が生じるのに対して、最初から会社に属するという規定にすればそもそも対価の支払いという話がなくなるという点が大きな違いです。

今までの制度では職務発明の対価について従業員が会社を訴え、結果として会社に報奨金の追加支払が命じられるケースがありました(参考Wikipediaエントリー)。経済界(会社側)としてはとしてこういう事態を避けたいので、最初から会社が「特許を受ける権利」を得るという制度にしたがっているわけです。いわば、上記の職務発明における企業と社員間のバランスを企業側有利側に動かす改正です。

その結果、会社のその後の命運を決する世紀の大発明をしても、社員発明者には規定の発明報奨金ウン万円でお茶を濁されてしまう可能性が出てきます(もちろん、出世にはポジティブに影響するでしょうが)。

こういう事態を避けるために、企業が職務発明者に対して十分なインセンティブを与えることを法律で義務づけるべきという議論が出ていたのですが、冒頭記事によれば、「これまでは、十分な報償金を社員に支払うことを条件にする方向だったが、経済界の強い要望を踏まえ、こうした条件もなくす。」ということだそうです。(追記:これについては朝日しか記事にしていないので、飛ばし、あるいは、観測気球記事という可能性もあります)。

国が私企業の職務規程に口を出すべきではなく、当事者間の合意に任せるべきである、という主張は理解できます。ただ、問題は技術者が新卒で入社する時に、発明報奨金の条件を示されても、その時点では自分がその後にどんな発明をできるかはわかりませんので、会社側の条件をそのまま受け入れるしかないことがほとんどであろうという点にあります。

結果、キャリアを進めるうちに自分が世紀の大発明ができるとの感触を得た技術者は、その段階で起業したり、あるいは、もっと良い発明報奨金の条件を提示した企業(海外企業である可能性もあります)に転職するというケースも出てくるかもしれません。

人材の流動性向上という点ではよいのかもしれませんが、前の会社での営業秘密の取り扱いや前の会社にいた時点で発明は完成していたのではないか等で、一悶着というケースが増えてくるかもしれません。

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