Appleのスマートウォッチ商標のプランBについて

前エントリー(重要追記あり)で書いたとおり、Appleは一部の国で商標権を取得できているにもかかわらず、iWatchの名前を捨ててApple Watchとすることを選んだわけですが、別の会社が時計を指定商品にしてAppleという商標を既に登録してないかちょっと気になりました。たとえば、中古車買取企業のように「アップル」という社名・商標はありがちですなので。自社名+商品の普通名称というパターンなので商標権の効力は及ばない(商標法26条)とは思いますが一悶着起こる可能性がないとは言えません。

ということで、日本国内に、時計に類似する商品を指定した「Apple」という商標登録・出願がないか調べてみたら1件だけありました。Apple Inc.自身によるものが。

かなり前の2012年5月25日に出願された登録5631909号です。このような事態を読んだ上でのプランBだったんでしょうか(ちなみに「アップル」でも登録されています(登録5563127号))。

この商標登録の指定商品は以下のようになっています。

7 金属加工機械器具,印刷用又は製本用の機械器具,包装用機械器具,プラスチック加工機械器具,半導体製造装置
10 睡眠用耳栓,防音用耳栓,医療用機械器具,家庭用電気マッサージ器,耳かき11 暖冷房装置,冷凍機械器具,業務用加熱調理機械器具,業務用食器乾燥機,業務用食器消毒器,太陽熱利用温水器,電球類及び照明用器具,家庭用電熱用品類
14 宝玉及びその原石並びに宝玉の模造品,キーホルダー,記念カップ,記念たて,時計,デジタル時計
16 プラスチック製包装用袋,印刷物,写真,写真立て
17 ガスケット,管継ぎ手(金属製のものを除く。),パッキング,電気絶縁材料,ゴム製包装用容器,コンデンサーペーパー,バルカンファイバー,プラスチック基礎製品,ゴム
20 カーテン金具,金属代用のプラスチック製締め金具,くぎ・くさび・ナット・ねじくぎ・びょう・ボルト・リベット及びキャスター(金属製のものを除く。),座金及びワッシャー(金属製・ゴム製又はバルカンファイバー製のものを除く。),錠(電気式又は金属製のものを除く。),クッション,座布団,屋内用ブラインド,すだれ,装飾用ビーズカーテン,日よけ
35 職業のあっせん,新聞記事情報の提供,印刷物の小売又は卸売の業務において行われる顧客に対する便益の提供,紙類及び文房具類の小売又は卸売の業務において行われる顧客に対する便益の提供
38 コンピュータネットワークへの接続の提供,データベースへの接続用回線の提供,映像・音声・データの伝送交換,インターネット利用のチャットルーム形式による電子掲示板通信,電気通信(放送を除く。),電気通信(放送を除く。)に関するコンサルティング,インターネットによる映像及びこれに伴う音声その他の音響を送る放送,放送,報道をする者に対するニュースの供給,電話機・ファクシミリその他の通信機器の貸与
39 輸送情報の提供,鉄道による輸送,車両による輸送,道路情報の提供,自動車の運転の代行,船舶による輸送,航空機による輸送
40 金属の加工,ゴムの加工,プラスチックの加工,セラミックの加工,映画用フィルムの現像,写真の引き伸ばし,写真のプリント,写真用フィルムの現像,金属加工機械器具の貸与,材料処理情報の提供,家庭用暖冷房機の貸与,家庭用加湿器の貸与,家庭用空気清浄器の貸与,発電機の貸与
41 アナログ写真のデジタル化及びこれに関する情報の提供,移動体電話より送信された画像データのデジタル画像処理,その他のデジタル画像処理,デジタル画像処理に関する情報の提供,写真画像データの記憶媒体への複製,技芸・スポーツ又は知識の教授,スポーツの興行の企画・運営又は開催,興行の企画・運営又は開催(映画・演芸・演劇・音楽の演奏の興行及びスポーツ・競馬・競輪・競艇・小型自動車競走の興行に関するものを除く。),娯楽施設の提供,ゲームセンターの提供,運動用具の貸与,写真の撮影
45 地図情報の提供,ファッション情報の提供,インターネット上でのウェブサイトを通じた一般利用者向けの友達探し及び紹介のための情報の提供,インターネット上でのウェブサイトを通じた友人探し・紹介・親睦のための情報の提供,結婚又は交際を希望する者への異性の紹介,婚礼(結婚披露を含む。)のための施設の提供,著作権の利用に関する契約の代理又は媒介,インターネットの電子掲示板を用いたプロフィール・日記等の個人に関する情報の提供,個人に関する情報の提供,個人の身元又は行動に関する調査,占い,身の上相談,インターネット上でのウェブサイトを通じたソーシャルネットワーキングユーザー向けの友達探し及び紹介のための情報の提供

日本の商標制度では確実な使用意思がなくても商標登録出願はできてしまうので、Apple Inc.がこれらの商品について「Apple」という商標を使う予定があるのかどうかはわかりません。少なくともアップルブランドの「耳かき」が出る可能性は低いとは思いますが。

実は、それ以外にもApple Inc.は日本において様々な商品とサービスについて結構な数の「Apple」あるいは「アップル」の商標登録・出願を行なっており、抜かりはないようです。

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Apple WatchはなぜiWatchではなかったのか?

ようやく「かつてiWatchと呼ばれたスマートウォッチ」であるApple Watchが発表になりましたね。

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(出典:Appleウェブサイト)

機能面は別として、工業デザイン面で言うと、Appleの特許公報で開示されていたベルトも含めた全面フレキシブル・ディスプレイというデザイン(本ブログの関連過去記事)や今年1月に公開されたTodd Hamilton氏による勝手予想デザイン(下写真)等で期待度が上がりまくっていたためちょっと残念な感じでした。

さらに言えば、丸形文字盤や曲面ディスプレイを採用しているAndroid系のスマートウォッチと比較しても工業デザインとしては一歩後退している感じがします。

まあ、実物を見て、使ってみると印象も変わるのかもしれませんが。

もうひとつの意外な点は、名称が今まで当然と考えられていたiWatchではなかったことです。iWatch商標についてはジャマイカに先に出願しておいて出願日を密かに確保しておいてからパリ条約優先権を使って各国に出願するという裏技(本ブログ関連過去記事)を使ってまでして、日本を含むいくつかの国で既に登録できていたにもかかわらずです。

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日本の商標登録公報(第5680592号)

おそらく大きな理由のひとつとしては、Swatch社が所有するiSwatchという商標との類似性があるでしょう。この点をSwatch社は既に警告していました(Bloombergの関連記事)。また、中国で出しまくられている抜け駆け出願の問題もあるかもしれません(本ブログ関連過去記事)。経営判断としては妥当なのかもしれません。

とは言え、これは個人の勝手な空想なんですが、もしジョブズがまだ存命だったら、どんなに金とリソースを使ってでもiWatchの名称を貫いたんじゃないかと思います(それ以前に、まだ存命だったら、デザイン的に”great”ではあっても”insanely great”とは言い難いこの製品を出すこと自体を許可しなかったかもしれません)。

追記: 上に日本ではiWatch商標登録されていたと書きましたが、それは9類(コンピューター関係)であって、肝心の14類(時計関係)は分割出願(商願2014-32454)がまだ審査中でした(類似先登録を理由とする拒絶理由通知が出てますが、おそらく、前述のiSwatchなんでしょう)。分割日が2014年4月25日であることから、その時点ではiWatchという商標を使おうとがんばっていて、その後にあきらめたと思われます。

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錦織選手決勝戦のパブリックビューイングにWOWOWの許可は必要か?

多くの人がこの記事を見る頃には既に決勝戦は終わっていると思いますが、今度似たような事態があった時のために書いておきます。論点は「スポーツ試合のテレビ中継を大勢の人で見るイベントを権利者の許諾なく行なうことは違法か?」です。

参考になる文献として、日本弁理士会の出版物月刊パテントの2014年4月号の記事「スポーツ中継映像にまつわる著作権法の規律と放送」(著者は弁護士の國安耕太先生)があります。

なお、月刊パテントは弁理士会員でなくても数ヶ月遅れで一部記事がウェブで無料で閲覧できます。2014年4月号の特集は「スポーツと知財」なので、ご興味ある方は是非読んでみてください(小倉秀夫先生も論考を書かれています)。

さて、上記記事では、スポーツ番組の著作物性等の興味深い論点について述べられていますがそれは元記事を見ていただくとして、錦織選手の決勝戦の中継番組はWOWOWが著作権および著作隣接権(放送事業者の権利)を持つという前提で話を進めます。

一般にテレビ番組を公衆に見せる時に効いてくる権利は「伝達権」です(上映権でも公衆送信権でもありません)。

スポーツ中継をパブリックビューイングする上で最初に考慮すべきポイントは、放送事業者の伝達権です。

100条 放送事業者は、そのテレビジョン放送又はこれを受信して行なう有線放送を受信して、影像を拡大する特別の装置を用いてその放送を公に伝達する権利を専有する。

要するに、「影像を拡大する特別の装置」(プロジェクターやビル壁面等の巨大スクリーン)を使用する場合には、権利者(この場合は放送事業者としてのWOWOW)の許可がいります。なお、この条文は非営利のケースにも適用されますので、たとえば、錦織選手の故郷の自治体が市民を集めて応援というケースでもWOWOWの許可は必要です(WOWOWが敢えて黙認ということになるかもしれませんが、それは別論です)。

では、(パブリックビューイングと呼ぶかどうかは別として)「影像を拡大する特別の装置」を使わない場合はどうなのでしょうか?

この場合は、38条3項が効いてきます。

38条3項 放送され、又は有線放送される著作物(放送される著作物が自動公衆送信される場合の当該著作物を含む。)は、営利を目的とせず、かつ、聴衆又は観衆から料金を受けない場合には、受信装置を用いて公に伝達することができる。通常の家庭用受信装置を用いてする場合も、同様とする。

これは、非営利・入場無料ならテレビ中継をみんなで見るのに権利者(この場合は番組製作者としてのWOWOW)の許可はいらないという話です。しかし、プロジェクターを使う場合はどっちにしろ100条に基づく許可が必要なのであまり意味がないですね。

しかし、通常の家庭用受信装置(要するにテレビ)を用いた場合は、たとえ営利目的であってもテレビ中継をみんなで見るのに権利者の許可はいりません。喫茶店や飲み屋にテレビが置いてあって客が見るのは営利目的ですが、これにいちいち許可が必要というのでは現実的でないことから設けられた例外規定です。ただ、現在では家庭でプロジェクター持ってる人は珍しくないので「どこからどこまでが”通常の家庭用受信装置”なのか」、「”通常の家庭用受信装置”でないものと”影像を拡大する特別の装置”との違いはどこなのか」という議論はあるでしょう。

上記記事では触れられていないもうひとつのポイントとしてWOWOWのサービス約款の問題があります。4条2項に以下の記載があります。

有料放送契約は、当社の提供する衛星デジタル有料放送サービスを、加入申込者又は、加入申込者と同一の世帯の者が視聴することを目的(以下「世帯視聴目的」といいます。)として締結されます。ただし、業務等で不特定若しくは多数の者が視聴できるように使用し、又は同時送信若しくは再分配で使用することを目的とする場合等の世帯視聴目的以外の場合においては、当社と別の取り決めをしなければなりません。

通常の地上波放送の場合は契約なしで勝手に電波が送られてくるわけなので放送局との契約は観念しにくいですが、WOWOWのような有料放送の場合は、視聴者が明示的に契約を行なっているので、視聴者はこの条文に拘束されると考えられます。とは言え、以前書いたように著作権の権利制限をオーバーライドする契約はそもそも有効かという議論は残ります。

ややこしくなったのでまとめます。

1.プロジェクターを使って放送番組をみんなで見るイベントは(たとえ非営利・入場無料でも)権利者の許可が必要(ほとんどのパブリックビューイングはこのパターンでしょう)

2.地上波番組を家庭用テレビを使ってみんなで見るイベントは権利者の許可不要

3.有料放送を家庭用テレビを使ってみんなで見るイベントは著作権法上はOKだが、有料放送事業者との契約違反になる可能性あり

ということで、今回のケースでははWOWOWの許可なしにパブリックビューイングを行なうのは難しそうです(友だちどうしで誰かの家に集まってみんなで見たりするのは黙認されるでしょうが)。一方、たとえば、ワールドカップのように地上波で放送される番組を家庭用テレビでみんなで見るのであれば(それをパブリックビューイングと呼ぶかどうかは別として)、たとえ営利目的であっても権利者の許可はいりません。

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【お知らせ】IoTセミナーで基調講演します

以前のエントリーで「後日詳細を告知する」と書いていて、そのまま忘れてましたが、9月18日(木)に翔泳社主催のセミナー「IoT時代の企業戦略」で基調講演します。会場は六本木ヒルズのGoogleのセミナールーム、入場無料です。

企業IT部門の視点を中心にIoTを考えていくためのネタを提供できればと思っています(機器ベンダーやソリューション・プロバイダー向けのIoT話は多いですが、企業IT担当者向けはまだそんなにないんじゃないかと思っています)。

ご関心ある方是非お申し込みください。

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朝日また大誤報?:職務発明規定改正案

日経新聞に「社員の発明、特許は企業に 産業界が報酬ルールに理解」という記事が載っています。(職務発明の特許を受ける権利を企業に帰属させる代償として)「従業員に報酬を支払う新ルールを整備し、企業が発明者に報いることを条件とする。」と書いてあります。NHKも同主旨の報道をしています。

昨日のエントリーで引用した朝日新聞の「特許、無条件で会社のもの 社員の発明巡り政府方針転換」という記事の「これまでは、十分な報償金を社員に支払うことを条件にする方向だったが、経済界の強い要望を踏まえ、こうした条件もなくす。」という記載とは矛盾する内容です。

twitterにおける玉井克哉東大教授のツイートによると朝日の飛ばし説が濃厚です。なお、全部飛ばしというわけではなく、上記の「これまでは、十分な報償金を社員に支払うことを条件にする方向だったが、経済界の強い要望を踏まえ、こうした条件もなくす。」の部分が問題です。職務発明の特許を受ける権利を最初から企業に帰属させる方向で改正が進んでいる点は疑いがありません。

そういうえば、だいぶ前に本ブログでも論述した「「おめでとう東京」もアウト 五輪商戦、言葉にご注意」も、結局根拠はなくて(私の知る限り訂正記事は出てないですね)、JOCによる「こうなるといいなー」レベルの話をあたかもそういう法律が既にあるか(あるいは法改正が迫っているか)のように書いていたわけですが、本記事も産業界の特定の利害関係者の「こうなるといいなー」レベルの話を確定事項のように書いてしまったということかもしれません。

やはり、「ソースは朝日」には要注意ですね。

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