小保方さんのSTAP国際出願がまさかの国内移行

理研のSTAP製造法に関する国際出願(PCT/US2013/037996 ”GENERATING PLURIPOTENT CELLS DE NOVO”)ですが、以前書いたように、先週の10月24日が日本や米国等の主要国における国内移行の期日になっていました(EUはもう1カ月先です、また追加料金支払で期日延長できる国もあります)。この期日までに国内移行を行なわないと、その国における権利取得はできなくなります。

WIPOやUSPTOのデータベース上では国内移行を行なった履歴がないことから、てっきり権利化はあきらめたもの(元となる論文に根拠がないので当然)と思っていましたが。毎日新聞の記事等によると、なんと期日ぎりぎりで国内移行していたようです。記事中ではどの国に移行されたかは不明とされていますが、いずれデータベースに反映されてわかるはずです(おそらく日本と米国には移行されているのでしょう)。なお、米国での記録によると最初の共同出願人に含まれていた東京女子医大は10月22日時点で出願人から削除されています(この辺の経緯も興味ありますね)。

なお、日本の場合は、国内移行に加えて出願審査請求という手続きを行なわないと実体審査は始まりません(それまでは特許庁内で寝かされた状態になっています)。審査請求の期日は、2016年4月24日になります。たぶん理研はこの期日ぎりぎりまで待つのだと思います。ただ、法律上は、出願審査は誰でも請求できることになっているので、第三者が請求することはできてしまいます(ただし、この出願はクレームが74個もあり、料金が40万円弱かかってしまいますので面白半分でやるレベルではありません)。

当たり前のことですが、特許権は実際に実現可能な発明にしか付与されません。(そうでなければ、空飛ぶ絨毯とか若ハゲ特効薬とか「あればいいなー」レベルのものを何でも特許化できてしまいます)。特許庁職員が再現実験をするわけではないですが、実現可能性に疑義があるとされれば、出願人に対してさらなる説明が求められることもあるでしょう。

ここで、以前書いたように、日本では詐欺の行為(たとえば、虚偽の実験データに基づいて実現可能性を主張)により特許を受けると刑事罰対象なんですが、そのあたりの折り合いはどうつけるのかちょっと心配です(アメリカはたぶん刑法(18USC)1001条で刑事罰対象と思うのですが定かではありません、詳しい方教えてくださいな)。

もう科学的には決着はついたと思うのですが、なぜ理研はこんなに引っ張るのでしょうか?何か裏事情があるんでしょうか?

(追記)自分で出願審査請求をしたいというコメントが入っています。あまり現実的ではないと思いますが、何点か補足説明しておきます。

(1) 審査請求をする人自身が40万円弱の費用を支払わなければなりません。これは特許印紙代なので、代理人を使わずに自分で手続してもかかります。手続自体は書類1枚提出なので簡単です。

(2) 審査請求したからといってすぐに審査が始まるわけではありません。通常2年くらいの待ちがあります。また審査の進め方は特許庁の裁量なので審査が後回しにされることもあり得ます。早期審査制度はありますが請求できるのは出願人のみです

(3) 今回のPCT出願は英語で行なわれていますので、日本への国内移行を完了させるためには翻訳文の提出が必要です。提出期限は国内移行請求の書面提出から2カ月で、それまでに翻訳文が提出されないと国内移行が取下げになります。小保方さんの検証実験は11月末までということになっているので、理研としてはその結果を見てから翻訳文を提出して先に進むかどうか決めたいということなのかもしれません。なお、第三者による審査請求は、この翻訳文の提出期限(おそらく12月24日)前には出せません。

(4) 国内移行を確認するには、WIPOのPATENTSCOPEのNational Phaseのタブを見ればよいのですが、反映されるまで結構時間がかかると思います(4カ月くらいのタイムラグがあるようです)。

(5)日本サイドで国内移行を確認する方法ですが、もし国内移行されていれば、優先日から2年6カ月(実際には3年程度)つまり、来春までには国内公表が行なわれて、IPDLで検索可能になります(発明者=小保方晴子で検索すればよい)ので、その時に番号がわかります(それより早く知る方法はたぶんないと思いますが、定かではありません)(再々追記):INPITのサイトの「国内移行データ一覧表」を見るのが一番早いようです。

(6)ついでに、米国サイドでの国内移行確認を書いておくと、PAIRというUSPTOの審査経過検索サービスで当該PCT出願を検索し、Continuity Dataのタブを見ると米国への国内移行が行なわれていれば、Child Continuity Dataのところに米国での出願番号が載ります(ただし、出願番号の割り当てまでには多少時間がかかります)(それより早く知る方法はたぶんないと思いますが、定かではありません)。

(再追記)

(7) 日本でも米国でも情報提供制度という制度があり、特許庁に対して、審査の参考になる刊行物等の情報を第三者が提出可能です(匿名で提出可能です)。料金はいずれも無料(ただし、米国の場合は米国代理人の費用が必要)です。さすがに日本の場合は元になった論文の経緯は審査官もご存じだと思いますが、米国の審査官に事情を伝えるには有効かもしれません。

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匿名化機能付き(Tor内蔵)ルーターの顛末について

片山祐輔事件でも有名になったインターネット上の匿名性を実現するソフトウェアTor(トーア)ですが、そのTorの機能をルーター上で実装したanonaboxという製品がKickstarter上で出品され、60万ドル以上の出資を集めたのが、ちょっと話題になってました。

別にハードを買うまでもなく無料のソフトウェアをインストールすればTorの機能は使えるわけですが、ルーターに内蔵されていればターンキーですぐ使えるのと、パソコン以外のハードでも使える点がメリットなのでしょう。

当然ながら大人気になったわけですが「これって中国で売っているルーターと同じハードではないか」という突っ込みが入り、現在プロジェクトはサスペンド状態(実質的にはキャンセル)になっています(Kickstarterはプロジェクトのゴーサインが出るまでは実際の支払は行なわれませんので、これによって出資者が金をだまし取られることはありません)(参照記事(英文))。

なお、中国で売ってるのと同じものを再販してるだけというように読める書き方をしているニュース記事もありますが、正確に言うと、ありものの中国製ホワイトボックスのハードウェアに独自のファームを搭載していただけなのにハードも独自開発であると主張していた点がKickstarterの規約に触れて問題とされたようです。ありもののハードを使うだけなら問題ないでしょう(でなければマザーボードまで自分で開発しなければいけなくなってしまいます)。さらに言うと、もし元々のファームを勝手に書き換えて実装しているのだとすると著作権上の問題があるかもしれません。

この顛末がどうなるかは別として、Tor内蔵ルーター自体は作ろうと思えばすぐ作れてしまうでしょう。この種の匿名化テクノロジーの普及が今後社会にどういう影響を与えるかは興味深いものがあります。真の匿名化が実現されれば、表現の自由という点では喜ばしいですが、犯罪やテロ活動の防止という点では大問題で悩ましいところです。片山祐輔事件でも、警察の尾行に気づかないというミスがなければ迷宮入りしていた可能性性もあったわけですから。法律でこの種の製品の製造・販売を禁止するとしても、結局反社会的勢力だけが匿名化テクノロジーにアクセスできてしまう状況が生じます。

また、バックドアーの問題もあります。Torのテクノロジーとしての脆弱性は別として、ソフトウェアの実装にバックドアーが仕込まれていて特定の組織や当局に盗聴されないという保証はありません(こういう過去においては「隠謀論」的だった話もスノーデン事件以降は現実味を帯びてきました)。

ところで、ちょっと前に同じくKickstarterに出品されたにもかかわらず出荷が遅れた炎上騒ぎになった指輪型ウェアラブルのRINGですが(参照記事)、一応出荷開始されたようですね、twitterでも届いた報告や使用報告が見られるようです。

現物は当初のコンセプトデザインよりも分厚いですし、機能も限定的(特定のスマホとペアリングする必要あり(?)なようですが、そもそもKickstarterの意義が人柱募集ということなので、これはしょうがないと言えましょう。

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Wikileaksが暴露したTPP知財条文案−著作権保護期間はどうなっているのか

Wikileaksが今年5月時点のTPPの知財関連条文案を公開したというニュースがありました(参照ニュース記事Wikileaksのリリース)。昨年11月にも昨年8月時点での条文案が 公開されていますが、それに続くものです。

なお、TPPはこのまま行くと10月19日のキャンベラ会合の後、10月25日から27日のシドニー会合においてほぼ最終の決定がなされるというスケジュールのようです。国防関連情報など機密情報の中でもやたらと公開すべきではないものもあると思います(ゆえに、Wikileaksのやり方を全面的に支持するものではありません)が、知財は市民の表現の自由や公共の福祉等に大きく関連する分野ですので、あまり非公開ではやってほしくないと思います。

内容の真証性について100%の保証があるわけではないのですが、昨年8月から今年5月という9カ月の間に何が変わったのかを見るのは興味深いでしょう。まずは、著作権関連の注目度が高いポイントについて見てみましょう(特許についても病気の治療法に関する特許権の問題など公共の福祉に直接的に関係するものがありますがまた後日)。

著作物の保護期間

注目度が高い著作物の保護期間ですが、昨年8月時点の条文案では以下のようになっていました。

Article QQ.G.6:
[US/AU/PE/SG/CL/MX propose; VN/BN/NZ/MY/CA/JP oppose: Each Party shall provide that, where the term of protection of a work (including a photographic work), performance, or phonogram is to be calculated:
a.on the basis of the life of a natural person, the term shall be not less than the life of the author and [MX propose 100][MX oppose 70] years after the author’s death: (後略)

米国、オーストラリア、ペルー、シンガポール、チリが自然人による著作物の保護期間の最短期間を死後70年とする条文を提案(メキシコは70年でも不足で100年を提案)し、ベトナム、ブルネイ、ニュージーランド、マレーシア、カナダ、日本が条文の追加そのものに反対する立場(つまり、既にベルヌ条約等で定めている最短期間である死後50年でよいとする立場)でした。

同じ条文は今年5月時点では以下のようになっています。

Article QQ.G.6:
Each Party shall provide that, where the term of protection of a work (including a photographic work), performance, or phonogram is to be calculated112:
a. on the basis of the life of a natural person, the term shall not be less than the life of the author and [50][70][100] after the author’s death; and(後略)

死後50年、70年、100年の三択という状態になっています。少なくともTPPでは著作権の保護期間の最短を定めなくてもよいという昨年8月時点での日本等の提案は却下されたということになります。この三択からどのように選ばれるのかはわかりません(多数決なら50年になるかもしれません)が、米国の主張である死後70年になってしまう可能性は高まったと思います。

非親告罪化

もうひとつの気になるポイントである著作権侵害の非親告罪化ですが、条文としては、Article QQ.H.7: {Criminal Procedures and Remedies / Criminal Enforcement}に記載されています。

昨年8月時点では該当部分は以下のようになっていました。

[US/NZ/PE/SG/BN/CL/AU/MY/CA/MX propose; VN/JP oppose: (h) that its competent authorities may act upon their own initiative to initiate a legal action without the need for a formal complaint by a private party or right holder).

「権利者からの告訴なしに権原ある当局が権利者に代わって法的手段を取ることができる」という条文案に対して、ベトナムと日本が反対していました。これに相当する部分は今年5月では以下のようになっています。

[VN oppose: that its competent authorities may act upon their own initiative to initiate a legal action without the need for a formal complaint by a private party or right holder. [JP propose:204 ]

ベトナムは依然として反対していますが、日本は脚注204において「権利者の市場での活動に影響を与える場合に限る」との制限を加えてもよいのであれば、この条文案に賛成するという条件付き賛成案になっています。いずれにせよ著作権侵害の非親告罪化がTPPに取り込まれる可能性は高そうです。

非親告罪化が定められたとしても、たとえば、海賊版DVDの大量製造や輸入を非親告罪化するのは意味があると思う一方で、かねてから懸念されているように、パロディ作品などの権利者も一応黙認しているグレーゾーンに対して非親告罪化によって第三者が告発できるようになるのは問題だと思いますので、少なくとも日本が提案した条件は是非入ってほしいと思います。

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中村教授のノーベル賞受賞は職務発明規定改正論に影響を与えるか

日本人のノーベル物理学賞受賞は大変うれしいニュースでしたね。ところで、報道で知った方も多い(実は私もそうですが)中村修二カリフォルニア大教授はすでに米国籍になっていたのですね。

中村教授といえば、青色発光ダイオードの特許に関して当時の雇用者である日亜化学と職務発明の報酬についてもめたことで知られています。結果的には高裁まで行き、日亜化学側が約8億円を支払う和解で決着しました(参照Wikipediaエントリー)。この裁判は特許法の職務発明規定の改定にもつながりました。

さて、この中村教授らのノーベル賞受賞は、現在進行中の特許法職務発明規定の改正論に影響を与えるのでしょうか?ここでは2つのポイントがあります。第一に、上記のような経緯で決まった職務発明の報奨金規定を仕切り直そうとしていること、第二に、中村教授はある意味日本の産業界に見切りをつけて米国に渡ってしまったということです。

まず、職務発明規定が改悪され、技術者のインセンティブがさらに下がるようなことがあれば、優秀な技術者の海外流出が今後も出てくるのではないかという懸念は大きくなってくるでしょう。

とは言え、法律的には米国の職務発明規定が特に従業員優遇というわけではありません(というか特許法上は特に規定がありません)。実際上は企業と従業員の間の契約で条件が決まり、ほとんどすべての職務発明では企業が出願人になります(以前は、法律上発明者しか出願人になれなかったので、後に特許化されてから譲渡させるようになっていましたが実質的には同じです)。

実際、中村教授が発明者になっている最近の米国特許出願の出願人を調べてみましたが、そのほとんどがカリフォルニア大学となっています(一部は、科学技術振興機構との共有)。中村教授自身が出願人になっているものはありません。

アメリカでも日本でも、そして他のほとんどの国でも「職務発明は会社のもの」です。ポイントは従業員に対する報奨をどう扱うかです。

ここで、米国式で行くべきだということで、完全に企業と従業員の間の契約の自由に任せるというやり方を日本で適用してうまくいくとは思えません。雇用の流動性が米国と比較して(まだ)低い日本では、企業と従業員が対等の立場で契約条件について交渉できるわけではないからです。やはり、日本の雇用の現状を加味して、法律で従業者側を守る規定にする必要があると思います(従業員に対価請求権を認める現行規定をそのままにして変えないというのもオプションのひとつでしょう。)

ということで、「影響はあるか?」という質問に対する答は、心理的には影響はあるかもしれないが、実体的にはあまり関係ない(職務発明制度だけを米国式に合わせてもしょうがない)ということだと思います。

技術者・研究者にとって米国が魅力的とされているのは、職務発明制度よりも、雇用の流動性が高いことで(優秀な人にとっては)条件が良い就職先を選びやすいこと、成果が不確実な研究に対してリスク・マネーを出してくれる人が多いという要素の方が重要でしょう。

とは言え、職務発明改正における企業側の論理が「事後的に裁判で追加支払いが発生し得るのでは経営の安定性を害するので、事前的に契約でしっかり補償してあればよい制度にしてほしい」というのであればまだ良いのですが「事後的にも事前的にも従業員にはできるだけ払いたくない」というのであれば、長い目で見ればさらなる日本からの頭脳流出につながると思います。

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【小ネタ】Appleの登録商標マークがちょっと下手くそである件

先日の記事用にApple Inc.の日本での登録商標を調べていたらちょっとおもしろいことを発見しました。

言うまでもなく、Appleは日本で数多くの商標登録を行なっています(400件以上)。下のちょっと懐かしいマークも当然ながら登録されています。

画像

このマークに相当する登録商標はいくつかありますが、その最も出願日が古いものが商標登録第1737946号です。この登録のマークの図版が手描きで微妙に下手くそなのでちょっと笑いました。出願日は1979年5月4日、当時は当然ながら出願も紙ベースですし、今のようにJPEGファイルを送ってもらうとか、カラーコピーを取ってなんてこともなかったので、製品現物(Apple IIでしょうね)を見て手描きしたのではと思います。

第1737946号第1737946号

なお、商標権の効力は類似範囲にも及びますので多少再現性が薄くても問題はありません。

さらに出願日が古いApple所有の図形商標としては、

第872064号第872064号第989999号第989999号第990000号第990000号

等がありますが、これは、Beatlesのアップルレコード(アップルコープス)との商標権問題の和解の結果、Apple Incが買い取った商標登録です(参照Wikipedia記事)。Appleが商標登録を保持して、アップルコープス側にライセンスする契約になっているようです(そうしないと第三者に類似商標を取られてしまう可能性があるからです)。

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