アップルを訴えた島野製作所が武器にした特許とは

ダイヤモンド・オンラインに「日本の中小企業が訴えたアップルの“横暴”の内幕」なんて記事が載っています。

アップル製品のコネクタ(MagSafe等)のピン部分のサプライヤーである島野製作所(自転車部品・釣り具メーカーのシマノとは別の会社です)が、アップルを独占禁止法と特許法違反に基づき訴えたという話です。アップル側による、「合意」を無視した発注量激減、別のサプライヤーへの技術流出、不当なリベート要求等に業を煮やしての訴訟だそうです。

ここでは、契約違反や独占禁止法上の問題だけではなく特許権の侵害も争点になっていることがポイントです。島野側は、「特許権侵害の対象であるアップル製品の電源アダプタと、それが同梱されているノートパソコン、MacBook ProとMacBook Airの日本での販売差し止め」を請求したそうです。もちろん、差し止めが最終目標ではなく、特許権による差し止めを武器に交渉を有利に運ぶということでしょう。アップル側にとって差し止めのダメージは甚大ですので、特許権を武器にしたことで島野製作所という中小メーカーがアップルと対等の土俵に立てたと言えます。これに対して「匠の技」だけを差別化要素にしていたなら、万一もめ事が起きたときの武器としては弱すぎます。

島野のプレスリリースには、どの特許権が根拠かは書かれていませんが、現時点で島野製作所が日本で所有する特許権は第5449597号第5329516号第5280511号の3件です(※わが国の特許電子図書館は公報にリンクが貼れないという前近代的設計になっていますので、特許情報サービスのアスタミューゼのサイトへのリンクを貼りました)。MagSafeのピン部分の構造の特許と思われます。


(特許5280511号の図2)

なお、当然ながらアップルはMagSafe自身の特許権(第4774439号)を持っているのですが、この特許は磁気で結合されるコネクタ全体の構造に関するものであって、個別のピンの構造には及んでいないと思われます(特許ファミリーの内容を全部見たわけではないので確実ではないですが)。

また、ついでに米国での状況を見てみると、島野製作所の上記国内出願に優先権を主張した国際出願(PCT/JP2012/065099)から米国に国内移行した米国出願13/878,280に対して、つい先日の9月3日に登録査定が出ています(まだ特許番号は確定していません)。日本での裁判に直接関係ないとは言え、アップルとの交渉において有利に立てる材料なので島野側関係者は万々歳だったのではないでしょうか?

ちょっと前にも、個人発明家がアップルから3億円強の賠償金を得たというニュースもありました(参照記事)。

強力なアイデアを特許化できれば、個人でも中小企業でも”ほぼ”対等に(現実には訴訟体力の問題等があるのでまったく対等というわけにはいかないですが)勝負できるのが特許の世界です。

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中山『著作権法』第2版必読です

著作権法の標準的教科書のひとつなっている中山信弘先生の『著作権法』の第2版が出ました。ページ数は530ページから690ページへと約3割増しになっています(字の大きさは一緒です、お値段も3割増しです)。

初版発行から7年経っているわけですが、その間に著作権法をめぐる状況には大きな変化がありました。これに対応して、第2版では、基本的な構成は同じ(冒頭は初版と同じく「著作権法の憂鬱」です)であるものの、新たな論考が追加されています。たとえば、フェアユースに関する部分は初版で約4ページでしたが、今回は約9ページと倍以上のページ数が費やされています。

そもそも、初版では、中山先生は、フェアユースに対しては日本の制度にそぐわないという消極的な立場だったのが、第2版では立場を大きく変えられています。これについて、脚注(219に、

本書初版(2007)においては、フェアユース規定の導入には消極的な見解を述べていたが、本文で述べる理由のように、現在はフェアユース規定を早急に導入すべきであると言う見解に改めた。

とストレートに書かれています。学術界だけでなく弁護士として活動するようになって企業の声をより多く聞くようになり、フェアユース的な規定がないと著作権法は世の中の流れに追いつけないと考えるようになったということでしょう(これに関して大昔に書いたブログ記事)。

他にもダウンロード違法化(+刑事罰化)等々、興味深い内容が満載ですので、今週末にでも通読してみたいと思います。

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猫でもわかる国際出願(PCT出願)

STAP特許出願でちょっと注目を集めている国際出願制度(PCT出願)について、ちょうど良い機会なので、説明しておきましょう(細かい手続き上の話は省略します)。

特許は各国ごとの制度

まず大前提の説明から。

世界共通で通用する「世界特許」なるものはありません。特許権は各国ごとに生じます。アメリカ国内で特許権を行使したいのであれば日本で特許権を持っていてもしょうがなく、アメリカの特許庁で特許権を取得しなければなりません。なお、審査も各国独立で行なわれますので、たとえば、同じ発明なのに、日本では特許化できて、アメリカでは特許化できないというような事態もあり得ます。

重要な発明であれば、世界の主要国において特許化しておきたいので、複数国への出願を行なう必要がありますが、出願を同時に行なわなければいけないと事務作業も翻訳も大変です。また、事業の成功もはっきりしない段階から多額の予算をかけることも非現実的です。かと言って、各国に順番に出願していくのも、たとえば、日本で発表したことを理由にアメリカで発明の新規性を否定されたりしてしまいますので、現実的ではありません。

このような事態を防ぐために、最初の出願日をキープしつつ、翻訳料などの多額の費用がかかるタイミングをできるだけ後に持って行き、事業の重要度に応じて各国で権利化を行なえるようにするための国際的制度があります。それが、パリ条約とPCT(特許協力条約)です。

パリ条約優先権

パリ条約は大変歴史の古い知財に関する国際条約で世界のほとんどの国(たとえば、北朝鮮も)参画しています。パリ条約が定める重要な制度に優先権があります。

これはある国に特許出願してから他の国に出願するシナリオで、1年をマックスに最初の国の出願日をキープしておける制度です。たとえば、2014/1/1に日本で出願→事業開始→2015/1/1に外国で出願という手順ですと、優先権を指定していないと事業開始を理由に外国で特許化できなくなりますが、優先権を指定すれば外国の出願日を日本の出願日と同じに扱ってくれますのでそのようなことはありません。また、第三者が偶然同じ発明を2014/1/2以降に出願していても、それを理由として外国での出願が拒絶されることはありません。一般に、特許の出願日は早ければ早いほどよいのですが、優先権制度を使うことで早い出願日をキープできます。

国際出願(PCT出願)

さらに一歩進んだ制度として国際出願(PCT出願)があります。これは、スイスにあるWIPO(世界知的所有権機関)に出願を行なっておけば、出願日をキープしつつ、一定期間寝かせておける制度です(WIPOでは特許の中身の審査は行ないません)。各国での審査は、各国特許庁に対して国内移行(一種の出願です)という手続きを行なって初めて開始されます(日本を含む一部の国では各国に移行した後にさらに出願審査請求を行なってから実体審査が始まります)。PCTはほとんどの国が参画しているので、米国、中国、韓国、EU等(金さえ出せば)多くの国に出願できますが、たとえば、台湾は参加していないので注意が必要です。

イメージ的には「出願の束」をWIPOに寝かせた状態で預かってもらっている。国内移行を行なうとその国の分だけが寝かせた状態から生き返ると思ってください。期日を過ぎても国内移行をせずにほっておくと実質上権利放棄したのと同じになります。国内移行の期日は国によって違いますが日本とアメリカは30ヶ月、EUは31ヶ月です。カナダのように延長料金を払えば42ヶ月まで待ってくれる国もあります。

最初からPCT出願を行なうケースもありますが、通常は、上記の優先権と組み合わせて使われます。たとえば、2014/1/1に日本国内に出願→2015/1/1に優先権を指定してPCT出願したとすると、各国への国内移行の意思決定は日本とアメリカでは(PCTの出願日ではなく)優先日から30ヶ月の2016/7/1まで待つことができます。翻訳料金や各国特許庁への支払いもこのタイミングになりますので、費用がかかるタイミングを後回しにできるということになります(PCT出願を使うと全体費用は増えますが、意思決定を後回しにできる点がメリットです)。

STAPのPCT出願の場合でいうと、このアメリカや日本等への国内移行の期日が2014年10月24日だったということになります。


日本で特許出願をされて是非アメリカでも特許化にチャレンジしたいというお客様もいらっしゃいますが、よほど権利化を急いでいるのである場合は別として、優先権制度により1年間出願日をキープできますので、パリ条約優先権を指定して1年以内に主要な事業実施国(典型的には米国)に出願するか、あるいは、PCT出願してさらに意思決定を先延ばしにするかを、時間をかけて検討することをお勧めします。日本でビジネスがある程度成功してから、海外(特にアメリカ)ででも特許化を目指しましょうという判断が可能だからです。

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小保方さんのSTAP国際出願がまさかの国内移行

理研のSTAP製造法に関する国際出願(PCT/US2013/037996 ”GENERATING PLURIPOTENT CELLS DE NOVO”)ですが、以前書いたように、先週の10月24日が日本や米国等の主要国における国内移行の期日になっていました(EUはもう1カ月先です、また追加料金支払で期日延長できる国もあります)。この期日までに国内移行を行なわないと、その国における権利取得はできなくなります。

WIPOやUSPTOのデータベース上では国内移行を行なった履歴がないことから、てっきり権利化はあきらめたもの(元となる論文に根拠がないので当然)と思っていましたが。毎日新聞の記事等によると、なんと期日ぎりぎりで国内移行していたようです。記事中ではどの国に移行されたかは不明とされていますが、いずれデータベースに反映されてわかるはずです(おそらく日本と米国には移行されているのでしょう)。なお、米国での記録によると最初の共同出願人に含まれていた東京女子医大は10月22日時点で出願人から削除されています(この辺の経緯も興味ありますね)。

なお、日本の場合は、国内移行に加えて出願審査請求という手続きを行なわないと実体審査は始まりません(それまでは特許庁内で寝かされた状態になっています)。審査請求の期日は、2016年4月24日になります。たぶん理研はこの期日ぎりぎりまで待つのだと思います。ただ、法律上は、出願審査は誰でも請求できることになっているので、第三者が請求することはできてしまいます(ただし、この出願はクレームが74個もあり、料金が40万円弱かかってしまいますので面白半分でやるレベルではありません)。

当たり前のことですが、特許権は実際に実現可能な発明にしか付与されません。(そうでなければ、空飛ぶ絨毯とか若ハゲ特効薬とか「あればいいなー」レベルのものを何でも特許化できてしまいます)。特許庁職員が再現実験をするわけではないですが、実現可能性に疑義があるとされれば、出願人に対してさらなる説明が求められることもあるでしょう。

ここで、以前書いたように、日本では詐欺の行為(たとえば、虚偽の実験データに基づいて実現可能性を主張)により特許を受けると刑事罰対象なんですが、そのあたりの折り合いはどうつけるのかちょっと心配です(アメリカはたぶん刑法(18USC)1001条で刑事罰対象と思うのですが定かではありません、詳しい方教えてくださいな)。

もう科学的には決着はついたと思うのですが、なぜ理研はこんなに引っ張るのでしょうか?何か裏事情があるんでしょうか?

(追記)自分で出願審査請求をしたいというコメントが入っています。あまり現実的ではないと思いますが、何点か補足説明しておきます。

(1) 審査請求をする人自身が40万円弱の費用を支払わなければなりません。これは特許印紙代なので、代理人を使わずに自分で手続してもかかります。手続自体は書類1枚提出なので簡単です。

(2) 審査請求したからといってすぐに審査が始まるわけではありません。通常2年くらいの待ちがあります。また審査の進め方は特許庁の裁量なので審査が後回しにされることもあり得ます。早期審査制度はありますが請求できるのは出願人のみです

(3) 今回のPCT出願は英語で行なわれていますので、日本への国内移行を完了させるためには翻訳文の提出が必要です。提出期限は国内移行請求の書面提出から2カ月で、それまでに翻訳文が提出されないと国内移行が取下げになります。小保方さんの検証実験は11月末までということになっているので、理研としてはその結果を見てから翻訳文を提出して先に進むかどうか決めたいということなのかもしれません。なお、第三者による審査請求は、この翻訳文の提出期限(おそらく12月24日)前には出せません。

(4) 国内移行を確認するには、WIPOのPATENTSCOPEのNational Phaseのタブを見ればよいのですが、反映されるまで結構時間がかかると思います(4カ月くらいのタイムラグがあるようです)。

(5)日本サイドで国内移行を確認する方法ですが、もし国内移行されていれば、優先日から2年6カ月(実際には3年程度)つまり、来春までには国内公表が行なわれて、IPDLで検索可能になります(発明者=小保方晴子で検索すればよい)ので、その時に番号がわかります(それより早く知る方法はたぶんないと思いますが、定かではありません)(再々追記):INPITのサイトの「国内移行データ一覧表」を見るのが一番早いようです。

(6)ついでに、米国サイドでの国内移行確認を書いておくと、PAIRというUSPTOの審査経過検索サービスで当該PCT出願を検索し、Continuity Dataのタブを見ると米国への国内移行が行なわれていれば、Child Continuity Dataのところに米国での出願番号が載ります(ただし、出願番号の割り当てまでには多少時間がかかります)(それより早く知る方法はたぶんないと思いますが、定かではありません)。

(再追記)

(7) 日本でも米国でも情報提供制度という制度があり、特許庁に対して、審査の参考になる刊行物等の情報を第三者が提出可能です(匿名で提出可能です)。料金はいずれも無料(ただし、米国の場合は米国代理人の費用が必要)です。さすがに日本の場合は元になった論文の経緯は審査官もご存じだと思いますが、米国の審査官に事情を伝えるには有効かもしれません。

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匿名化機能付き(Tor内蔵)ルーターの顛末について

片山祐輔事件でも有名になったインターネット上の匿名性を実現するソフトウェアTor(トーア)ですが、そのTorの機能をルーター上で実装したanonaboxという製品がKickstarter上で出品され、60万ドル以上の出資を集めたのが、ちょっと話題になってました。

別にハードを買うまでもなく無料のソフトウェアをインストールすればTorの機能は使えるわけですが、ルーターに内蔵されていればターンキーですぐ使えるのと、パソコン以外のハードでも使える点がメリットなのでしょう。

当然ながら大人気になったわけですが「これって中国で売っているルーターと同じハードではないか」という突っ込みが入り、現在プロジェクトはサスペンド状態(実質的にはキャンセル)になっています(Kickstarterはプロジェクトのゴーサインが出るまでは実際の支払は行なわれませんので、これによって出資者が金をだまし取られることはありません)(参照記事(英文))。

なお、中国で売ってるのと同じものを再販してるだけというように読める書き方をしているニュース記事もありますが、正確に言うと、ありものの中国製ホワイトボックスのハードウェアに独自のファームを搭載していただけなのにハードも独自開発であると主張していた点がKickstarterの規約に触れて問題とされたようです。ありもののハードを使うだけなら問題ないでしょう(でなければマザーボードまで自分で開発しなければいけなくなってしまいます)。さらに言うと、もし元々のファームを勝手に書き換えて実装しているのだとすると著作権上の問題があるかもしれません。

この顛末がどうなるかは別として、Tor内蔵ルーター自体は作ろうと思えばすぐ作れてしまうでしょう。この種の匿名化テクノロジーの普及が今後社会にどういう影響を与えるかは興味深いものがあります。真の匿名化が実現されれば、表現の自由という点では喜ばしいですが、犯罪やテロ活動の防止という点では大問題で悩ましいところです。片山祐輔事件でも、警察の尾行に気づかないというミスがなければ迷宮入りしていた可能性性もあったわけですから。法律でこの種の製品の製造・販売を禁止するとしても、結局反社会的勢力だけが匿名化テクノロジーにアクセスできてしまう状況が生じます。

また、バックドアーの問題もあります。Torのテクノロジーとしての脆弱性は別として、ソフトウェアの実装にバックドアーが仕込まれていて特定の組織や当局に盗聴されないという保証はありません(こういう過去においては「隠謀論」的だった話もスノーデン事件以降は現実味を帯びてきました)。

ところで、ちょっと前に同じくKickstarterに出品されたにもかかわらず出荷が遅れた炎上騒ぎになった指輪型ウェアラブルのRINGですが(参照記事)、一応出荷開始されたようですね、twitterでも届いた報告や使用報告が見られるようです。

現物は当初のコンセプトデザインよりも分厚いですし、機能も限定的(特定のスマホとペアリングする必要あり(?)なようですが、そもそもKickstarterの意義が人柱募集ということなので、これはしょうがないと言えましょう。

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