Apple Watchのゴールド素材まで特許化しようとするアップルのパラノイドぷりについて

先日発表されたApple Watch、比較的安価なバージョンからApple Watch Editionと呼ばれる大変高価な(70万円以上)までがラインナップされています。中身は同じで外装の素材だけ変えたバリエーションを出すというのは、アップルがスマートウォッチを単なる携帯情報機器としてだけでなく、ファッション製品としてもとらえているということでしょう。

しかし、アップルは単に側(がわ)を金にするだけで値段を上げるというような会社ではありませんでした。しっかりその金素材でイノベーションを行ない、特許を取得しようとしています(しかも取得できる可能性は高いです)。

Gizmodo等の観測記事で、Apple Watch Editionで使われる金素材は特許を取っているらしいと書いてあったのを読んだ時は、特許化された素材をどこかのサプライヤーから調達したのかと思ったのですが、なんとアップル自らが出願していたのでした(なお、「金が特許もの」というGizmodoの記事は不正確でまだ審査中です)。

米国特許公開番号は20140361670“Method and apparatus for forming a gold metal matrix composite”です。優先日(実効出願日)は2013年6月10日で、前述のとおり、まだ審査中です。

なお、細かい話になりますが、この出願と同じ米国仮出願に優先権を主張したPCT出願PCT/US2014/040827のクレーム17が特許性ありという国際調査報告の評価をもらっていることを根拠にPPH(特許審査ハイウェイ)を請求しているので、少なくともクレーム17は早期に特許化される可能性が高いです。クレーム17は金と(工業用)ダイヤモンドの粉末を混ぜて圧延する方法がポイントになっています。

商標とは商品やサービスと共にその出所を示すために使われる名称やマークなどのことです。音も商品やサービスの出所を示すことがあり、商標的機能を果たし得ます(サウンドマーク、あるいは、サウンドロゴなどとも呼ばれます)が、今まで日本の商標法では、商標は「文字、図形、記号若しくは立体的形状若しくはこれらの結合又はこれらと色彩との結合」でなければならなかったため、音の商標は登録できませんでした。

米国では大部前から音の商標が登録可能でした。USPTO(米国特許商標局)のサイトに登録された音の商標の例がまとめられたページがあります。たとえば、インテルのチャイム(注:クリックするとすぐ音が鳴ります)やMGMのライオンの吠え声(同上)等は日本でもなじみがあるでしょう。

そして、今年の4月1日より、商標法の改正によって日本でも音の商標が登録可能になります。上記の米国企業のものに限らず「♪スミトモセイメイ」や「♪ニーコニコドウガ」等、登録に値する音商標は数多くあるでしょう。

どうやって出願するかですが、音源のMP3ファイルをCD-R(またはDVD-R)に焼いて提出することになります。これに加えて五線譜あるいは言葉による説明書きが必要です(音源だけで楽譜や言葉の説明がないとサーチ作業が大変になるからでしょう)。(商標審査基準では説明書きの例として「本商標は、「パンパン」と2回手をたたく音が聞こえた後に、「ニャオ」という猫の 鳴き声が聞こえる構成とな っており、全体で3秒間の長さである。」と書いてあります。)

ところで、音であれば何でも商標登録できるかというともちろんそんなことはなく、識別力がない商標は登録されません。審査基準では識別力がなく登録できない音商標の例として以下が挙げられています。

(1)商品が通常発する音

(イ) 商品から自然発生する音

(例)商品「炭酸飲料」について、「『シュワシュワ』という泡のはじける音」

(ロ) 商品の機能を確保するために通常使用される又は不可欠な音

(例) 商品「目覚まし時計」について、「『ピピピ』というアラーム音」

なお、商品「目覚まし時計」について、目を覚ますという機能を確保するために電子的に付加されたアラーム音は、「ピピピ」という極めてありふれたものであっても、メロディーが流れるようなものであっても、アラーム音として通常使用されるものである限り、これに該当するものとする。

(2)役務の提供にあたり通常発する音

(イ) 役務の性質上、自然発生する音

(例) 役務「焼き肉の提供」について、「『ジュー』という肉が焼ける音」

(ロ) 役務の提供にあたり通常使用される又は不可欠な音

(例) 役務「ボクシングの興行の開催」について、「『カーン』というゴングを 鳴らす音」

理屈としては、焼き肉屋が役務「焼き肉の提供」について「焼肉」だとか「カルビ」といった文字商標を出願しても拒絶されるのと同じです。

余談ですが、米国の音商標の例としてハーレーダビッドソンのエンジン音がよく引き合いに出されます。これは出願はされたものの識別力なしという他メーカーからの異議により最終的には拒絶になっています。

また、言うまでもないですが、他人の業務と混同を生じさせる音や他人の著作権を侵害する音が商標登録できないのは、いままでの文字・図形商標の場合と同じです。

弊所もDTP/DAWの環境はありますので、音の商標を出願希望のお客様は是非ご用命下さい。

これ以外にも、2015年4月1日から、動き商標、ホログラム商標、色彩のみからなる商標、位置商標(文字や図形等の標章を商品等に付す位置が特定される商標)等、新しいタイプの商標が登録可能になりました(米国で登録可能な「匂い商標」はさすがに採用されませんでした)。これらについては追って解説したく思います。

applegold

出典:US20140361670

ジョナサン・アイブのインタビュー記事(英文)によると、このような製法によって、Apple Watch Editionの金素材は通常の金合金の2倍の堅さになるそうです。

もし、アップルがこの製法を特許化できれば、他メーカーが、金素材を使った高価なスマートウォッチを販売するというアップルのビジネスモデルを真似しようとしてもこの製法だけは真似できません(製法特許なので別の製法で作ることが可能であれば話は別ですが)。他メーカーは従来型の銅や銀との金合金で甘んじざるを得ない可能性が高いでしょう。

スマートウォッチ・ビジネスを始めるために、コンピューターの世界に留まらずに、金素材のイノベーションを実現し、特許まで取ろうとするというアップルの偏執狂的な差別化戦略(褒め言葉)には感嘆せざるを得ません。

カテゴリー: ウェアラブル, 特許 | コメントする

IoTに関する消費者調査の意外な結果

大手マーケティングリサーチ会社マクロミルが日本の一般消費者1551人に対して行なったIoTに関する調査レポートの一部が無料公開されました。本レポートは、私もアドバイザーとして助言させていただいており、コラムも寄稿しています。概要レポートはマクロミルのサイトから無料で入手可能です(要ユーザー登録)。

ここでは、特に興味深かったポイントをご紹介しましょう。

まず、IoTという言葉自体の認知度です。今回の調査では、IoTという言葉を知らないと答えた回答者の割合はなんと91%に達しています。IoTという言葉自体になじみがない可能性も考えて、「モノのインターネット」「インターネット・オブ・シングズ」という表現を使ってもこの結果です。一般論として、テクノロジーの提供側や業界の識者の認識とその顧客である消費者側の認識が大きく異なることはよくある話ですが、もう少し認知度はあるかと思っていました。テレビ番組で紹介されるケースも増えていると思うのですが、まだまだ一般消費者の中ではこんなもんなんだなあということがわかります。

 

今後IoTテクノロジーの提供企業がソリューションの価値を消費者に訴求していく際には注意が必要と言えます。安易にIoTや「モノのインターネット」という言葉を使ってしまうと「何か難しいことを言っているなあと」と敬遠されてしまうリスクがあるでしょう。

この点、さすがにマクロミルさんは調査のプロで、この後の調査質問では技術用語を使わずに、ソリューション(スマートホーム、ヘルスケア、自動車関連、ペット関連等)の具体的なイメージを説明して「使ってみたいか?」「どのような価値を期待するか?」「活用の上でプライバシー不安はないか?」といった質問をなげかける構成にしています。こういう質問の仕方をすると、一定数の回答者が「使ってみたい」と回答します。IoTという言葉の認知度とその価値の認識はまた別だということがわかります。期待する価値としては、「快適で便利な生活を得られる」、ついで「安全な生活」が代表的回答です(年齢層、性別によって多少回答割合が異なりますが、詳しくはレポートをご覧下さい)。

また、これは業界としての懸念と同様に、プライバシー面での不安が一般消費者にとっても重要な考慮点になっています。情報のタイプごとに提供の抵抗がどの程度あるかが調査されていますが、性別、好きなブランド、趣味等の情報の提供には抵抗が薄い一方で、ウェブ閲覧履歴、勤務先、顔写真、金融資産等は抵抗が大きいという結果が出ています(これはうなずける結果です)。

IoTソリューション提供企業に対してプライバシー情報を提供する際に重視するポイントも調査されています。「情報の提供をいつでも自分の意思で止められる」というオプトアウトや「取得する情報の種類を説明してくれる」等の透明性が重要視されているのは当然として「プライバシーマーク」が重要視されているという結果が出たのが意外でした(今回の結果の中で最も意外でした)。

画像

プライバシーマークというと専門家の中では有効性に疑問符を付けている人が少なくないと思う(ベネッセもプライバシーマークを取得していましたし)のですが、一般消費者の認識としてはそうでもないということなんでしょう(あくまでも認識上の話)。何らかの公的認証制度というのはやはり重要なのではと考えられます。

本レポートは、今の日本における消費者の生の声ということで、いろいろな気づきを提供してくれると思います。

カテゴリー: IoT | コメントする

個人が特許出願する場合の考慮点について

弊所の特許出願案件はソフトウェア開発会社が多いのですが、個人発明家の方の案件も一定数あります。個人が出願人(権利者)として特許出願する場合の考慮点を何点か挙げておきます。

1)出願人住所の問題

願書には特許出願人の氏名と住所を記載しなければなりません。そして、特許出願の内容は出願から1.5年後に公開されてしまうので、自宅住所を記載していると、自宅住所が公開されてしまうという問題が生じます。

なお、この点は、発明者についても同様です。出願人が企業の場合でも、発明者は個人ですから建前上は住民票上の住所にすべきなのですが、実際上は勤務先の住所にしている人も多く、特許庁も大目に見てくれるようです。

個人の場合も勤め人であれば会社の許可を得て、発明者も出願人も会社の住所を使うことも検討した方がよいでしょう。フリーランスで自宅で仕事をしている場合では私書箱を契約するとか実家の住所を使わせてもらうかでもしない限り、あきらめるしかないかと思います。

それにしても、個人情報の問題がこんなにうるさく言われている昨今、この問題は何とか運用で解決できないものででしょうか。米国だと発明者・出願人(個人)の住所はネットでは市レベルまでしかわからなくなっています。日本でも同様の運用にしてほしいものです。

なお、審査係属中に特許庁から出願人に直接連絡が行くケースはほとんどないと思います。例外的に、たとえば、所定の手数料が納付されていない場合には、代理人に加えて出願人にも連絡が行きます(代理人にも連絡が行きますので出願人に通知が届かないことで出願が取り下げられるようなことはありません)。

また、審査が完了して登録された後に他者から無効審判を請求された場合等ですが、建前上はもう代理人の手を離れているので、出願人にしか通知がいかず、自宅住所が記載されていない場合には知らないうちに無効審判が進行して特許が無効になるという事態が生じ得るのですが、現在の特許庁の運用では出願時の代理人にもFAXで通知が行くようなので(参考サイト)、この問題は大丈夫そうです。

2)産業競争力強化法による審査請求料減額の問題

平成30年(2018年)3月までの時限措置として、産業競争力強化法により、中小ベンチャー企業向けの出願審査請求料が3分の1に減額されます(特許庁参考ページ)。約18万円の審査請求料が約6万円になりますので、結構大きいです。

この制度の対象は以下のとおりです。

a.小規模の個人事業主(従業員20人以下(商業又はサービス業は5人以下))
b.事業開始後10年未満の個人事業主
c.小規模企業(法人)(従業員20人以下(商業又はサービス業は5人以下))
d.設立後10年未満で資本金3億円以下の法人

すなわち、純然たる個人はこの制度の対象になりません。

なお、産業競争力強化法とは別に、特許法にはもともと出願審査請求料を免除または2分の1に減額してくれる規定(特許庁参考ページ)があるのですが、こちらは、個人の場合は、生活保護受給者、地方税非課税、または、所得税非課税といった条件なので、サラリーマンの場合は難しいと思います(逆に学生さんの場合は是非活用していただきたいです。)

カテゴリー: 特許 | コメントする

米IBMがプライスライン社に特許侵害訴訟を提起

IBM Sues Priceline for Patent Infringementという記事(英文)がWall Street Journalに載ってます。Pricelineとはずいぶん懐かしい名前のように思えます(大昔に逆オークション特許が話題になったことがありましたね)が、ホテル予約サイトのBooking.comやレストラン予約サイトのOpentable.comを運営している現役バリバリの会社です。

上記のWSJの記事にもIBM自身のプレスリリースにも特許番号が載ってません。特許訴訟は当事者だけではなく、広く業界全体に影響が及ぶ(たとえば、レストラン予約サイトを運営している会社であれば、どの特許が争点になっているかは是非知りたいでしょう)ので特許番号は公開してほしいものです。しかしながら、日本ですと裁判所に出向いて調べるくらいしか手がないのですが、アメリカではPACER(Public Access to Court Electronic Records)というWebサイト(事前登録必要、一部有償)で検索するとすぐに訴状を入手できます。ということで、公益目的のために、自腹で(とは言っても1.5ドルですがw)調べた特許番号を以下に挙げます。

5,796,967”Method for presenting applications in an interactive service ”

7,072,849”Method for presenting advertising in an interactive service ”

5,961,601“Computerized method”

7,631,346“Method and system for a runtime user account creation operation within a single-sign-on process in a federated computing environment”

まだ中身をちょっと見ただけですが、少なくとも最初の2つは1993年の出願でかなり古いです(ゆえに範囲が広い可能性があります)。IBMがオンラインサービスのPRODIGY(古い!)から譲渡された特許であると訴状に書いてあります。

「IBMは特許権を攻撃目的では使わないと誓約していなかったっけ」と思った人もいるかもしれませんが、それはオープンソース開発企業に対して特定の特許を行使しない等の特定条件付の誓約の話であって、それ以外の企業に対しては積極的に訴訟をしかけることもあるようですね。

追記:上記のように書きましたが、よく考えてみると、水面下でプライスラインがIBMに権利行使しており、それに対する反撃としてIBM側が訴訟を提起した可能性もあるかと思います。そうとでも考えないとIBM側のメリットが思いつきません。なお、PACERで調べる限りPriceline側がIBMを先に訴えた形跡はないので、もしそうだとすれば秘密裏に警告書送付という段階だったのでしょう。

追記^2:↑のように書きましたがCBS Newsの記事”Why IBM is suing Priceline”によると、IBMの知財担当役員がインタビューで「ずっとライセンス交渉をしてきたのに応じなかったので提訴した」と回答しているようです(よく見ると訴状にも書いてありました)。また、「関係者」の話として(業績悪化に伴い)IBMは知財のマネタイズに力を入れ始めているという見方も紹介されています。オンライン予約系のサービスを米国で展開している(する予定のある)企業はちょっと気にしておいた方がよいかもしれません。

カテゴリー: IT, 特許 | コメントする

特許を取得したスタートアップ企業は成長の確率が25倍高いというMITの研究について

英エコノミスト誌のサイトに” Mapping startups A recipe for success”という記事(英文)が載ってます。MITスローンビジネススクールの研究者が、2001年から2011年にカリフォルニア州で創業したスタートアップ企業160万社を統計的に分析した結果を発表したそうです(論文自体はサイエンス誌に掲載されてますが有償)。

同内容についての日本語記事から引用すると、

オーナーの名前に基づいて創設された企業は6年間にわたる成長確率が70%低くなると指摘した。一方、短い社名の企業は50%成功の可能性が高かったという。法人企業は非法人事業体の6倍の成功確率であり、ロゴがあると成功の確率が5倍高まる。特許を獲得している企業は25倍成長の確率が高い。

ということです。

直感的にはうなずける話です。たとえば、「栗原企画」とか「Kurihara and Associates」などの社名でロゴも作らずに営業して、会社がどんどん成長できるとは思えません(というかもともと大きく成長することを想定していない企業がこういう選択肢を取ると思います)。

特許と企業の成長率の関係についてはいろいろな意見があります。スタートアップの中にも、商品力や営業力だけで勝負する企業もあります。たとえば、ブルーボトルコーヒーが特許を取ってもしょうがないですね。また、今回のMITの調査結果も特許取得とビジネス成功への相関が判明しただけで、因果関係があることが証明されたわけではありません。優秀な経営者がいるスタートアップは成功の可能性が高い、そして、優秀な経営者は特許出願を行なう可能性が高いというだけの可能性もあります。

スタートアップ企業にとっての特許の価値について、米国ベンチャーキャピタルY-Combinator創業者のポール・グレアムは(だいぶ昔の)コラムで以下のように書いています(抄訳は栗原による)

我々は投資対象のスタートアップ企業に特許出願を勧めているが、それは競合他社を訴えるためではない。スタートアップ企業の成功とは、大企業に買収されるか、大企業として成長するかのいずれかになる。大企業とし成長したいのであれば他の大企業と対抗できる特許ポートフォリオ構築のために特許を取得しておくべきだ。大企業に買収されたいのであれば交渉材料として特許を取得しておくべきだ。

買収側企業がスタートアップ企業のビジネスに興味を持ったときの重要な意思決定は、自社で類似製品を作ってそのスタートアップと競合するか、スタートアップを会社ごと買ってしまうかのいずれの選択肢を取るかだ。この時、スタートアップ企業が強力な特許を持っていれば、この意思決定は「会社ごと買ってしまう」に大きく傾くことになる。「自社で類似製品を作って競合」では特許によるトラブルに巻き込まれることになるからだ。

テクノロジー系のスタートアップで商品やサービスの技術的要素で差別化できるのであれば特許取得はローリスク・ハイリターンのオプションになると思います。特許取得の費用の相場は100万円くらいという認識があるかもしれません。しかし、弁理士の報酬は自由競争なのでスタートアップに特化した事務所(たとえば、弊所(笑))であれば50万円以下の予算でも十分に特許取得は可能です。

ここで、注意すべきポイントは魅力のない製品やサービスの特許を取ってもその製品・サービスの価値が増すことはないということです。あくまでも、魅力のある製品やサービスをまず作り出し、その付加価値を高めるために特許を使うという考え方が重要です。

もちろん、実際の製品やサービスとは関係なしに、頭の中のアイデアだけで特許を取得し、それを大企業に買ってもらって悠々自適というパターンはないことはありません(私の知り合いの中にもそういう人がいます)。しかし、やはり、まずは良い製品・サービスを作る→それを特許で守るというパターンが基本だと思います。

カテゴリー: 経営戦略, 特許 | コメントする