『エスケープベロシティ』解説(最終回):実行力 〜どんな優れた戦略も実行できなければ意味はない〜

『エスケープベロシティ』の解説シリーズの最後は実行力です。どんな優れた戦略も実際に実行できなければ意味がありません。成長カテゴリーにうまく参入し、素晴らしい製品を提供しているにもかかわらず、いまいち市場で成功できなかった例はITの世界でも結構思いあたるでしょう。

実行力の要素としては、広報宣伝力、営業力、トップマネージメントのカリスマ性や政財界でのコネ(これ大事ですね)等々、いろいろあると思いますが、『エスケープベロシティ』は組織論にフォーカスして実行力を論じています(他の要素はモデル化しにくいので当然と言えば当然です)。

この実行力に関する章(第6章)の内容がちょっとわかりにくいという意見も聞きました。確かに、他の章と比較するとちょっと具体例が少ないのと、文章がこなれてなかったり、用語の不統一が見られたりという点はあるかもしれません。ちょっと裏話をするとこの章の内容は、ムーア氏がかなりぎりぎりになって全面的に書き直しているのです(これによって翻訳作業がかなり無駄になりました(泣))。そういう点から原文もイマイチ練り込み不足かなという気もします(翻訳者としてもがんばったつもりですが原文にない言葉を足すのは限界があります)。

しかし、内容的には『ライフサイクルイノベーション』の第3部の延長線上にあるので、それを先に読んでおくとわかりやすいと思います。『ライフサイクルイノベーション』の第3部の基本的主張は、イノベーションのライフサイクルのステージごとに適したマネージメントや組織が異なるので、ひとつのソリューションのライフサイクルを通じて同じ組織とリーダーがずっと担当するのではなく、イノベーションのステージごとに担当組織とリーダーを変えていくべきだというものでした。この考え方は『エスケープベロシティ』でも同じです。

ここでいうイノベーションのステージは、「発明」(Invent)→「展開」(Deploy)→「最適化」(Optimize)となります。新しい製品やソリューションを作るのが「発明」、それを大規模なビジネスにしていくのが「展開」、そして、市場が成熟した後に無駄をできるだけ省いていくのが「最適化」です。

この3つのステージの具体的内容は、企業のビジネスモデルがコンプレックス・システム型かボリューム・オペレーション型かによって異なります(コンプレックス・システムとボリューム・オペレーションについては解説記事の第3回で簡単に説明しています)。

コンプレックス・システム型の場合は、「プロジェクト」→「プレイブック」→「プロダクト」と進んでいきます。Playbookとは文字通り脚本のことですが、訳すとかえってわかりにくい気がしたので「プレイブック」とカナ書きで逃げました。種々雑多の「プロジェクト」から共通部分をシナリオ化したものです。ソリューション・パッケージと呼んだ方がわかりやすいかもしれません。個別のカスタムプロジェクトをできるだけ定型化し、最後は定型的な「プロダクト」にして効率性を最大化するというやり方は、代表的コンプレックス・システム型企業であるSIerやコンサルティング会社が成功するために不可欠です。

Escape Velocity 1

ボリューム・オペレーション型の場合は、「プロダクト」→「パートナー」→「プロセス」となります。よい製品(「プロダクト」)を作ったら、「パートナー」の輪を広げてエコシステムを作って市場を拡大していき、市場が十分に拡大したらば最後は「プロセス」を最適化してコストを削減していくということです。たとえば、iPodはクールな製品であったかもしれませんが、初登場時はあまり売れませんした。iPodが爆発的に売れ出したのはiTunesにおいてメジャーなレコード会社との「パートナー」シップを構築できてからです。一方、日本の消費者向け電子機器メーカーは、良い「プロダクト」は作れるものの、その後の「パートナー」作りでうまくいかないケースが多いように思われます(さらに最近では「プロダクト」の優秀性もちょっと怪しくなってきたかもしれません)。

Escape Velocity 2

ここで重要なポイントは前述のとおり、各ステージごとに適した人材が異なるということです。「発明」のステージが得意なリーダーを「インベンター」と呼びます(これまた、「発明家」と訳すとかえってわかりにくくなるので敢えてカナ書きにしました)。同様に、展開ステージを得意とするリーダーを「デプロイヤー」、最適化を得意とするリーダーを「オプティマイザー」と呼びます。

たとえば、スティーブジョブズは「インベンター」として(そして、おそらくは「デプロイヤー」としても)としてきわめて優秀でした。ティムクックが「オプティマイザー」として(そして、おそらくは「デプロイヤー」としても)優秀なのは確かですが、今のAppleに優秀な「インベンター」がいるのかどうかは微妙なところであります。元HPのCEOマークハードは明らかに優秀な「オプティマイザー」ですが「インベンター」であるかどうかは微妙です。そうなってくると今のOracleのハードウェアビジネスを率いる人材としてハード氏が適任かどうかは議論の余地があるでしょう。Oracleのハードウェアビジネスで求められているのは成熟化した市場でコスト削減を行なうことではなく、Engineered Systemによる市場開拓であり「インベンター」が求められていると思うからであります(これはムーア氏の引用ではなく栗原の私見)。

さて、このモデルのもうひとつの重要なポイントに各ステージ間の移行(transition)を適切に行なうということがあります。これは、意識的に管理しないとステージ間の受け渡しがうまくいかないからです。典型的なケースとしては、「インベンター」は製品が市場に投入されると自分の仕事はこれで終わりと思ってしまいますが、「デプロイヤー」は市場での成功がある程度実証されない限り、大規模展開にコミットしてくれないでしょう。また、製品が普及して市場が成熟化し始めると、最適化のステージに移るべき(「オプティマイザー」に担当を渡すべき)時が来るのですが、稼ぎ頭の製品を担当して予算も潤沢に使える(そして、おそらくは結構なボーナスをもらえている)「デプロイヤー」は、そう簡単には担当を「オプティマイザー」に渡そうとはしないでしょう。

ということで、この各ステージの間をスムーズに移行させるタスクそのものを第4の要素として扱うことが提唱されています。この「移行プログラム」のタスクに秀でた触媒型の人材を「オーケストレーター」と呼びます。「オーケストレーター」は社内調整を得意とするリーダーであり独自のスキルが必要です。「オーケストレーター」の仕事は基本的に社内指向なので外部からはあまり見えないと思います。しかし、「オーケストレーター」型の人材を擁しているか、さらに、その人材を適切なポジションにおけるかどうかが企業の実行力に大きな影響を与えると思います。

Escape Velocity - ILLUSTRATIONS

各ステージごとのリーダーに求められる資質をまとめたのが下の表になります。

Escape Velocity - ILLUSTRATIONS


ということで、『エスケープベロシティ』についてかなり駆け足で説明してきました。結構ややこしかったのではと思います。262ページという比較的コンパクトなビジネス書において13ものフレームワークが紹介されており、それを7回のブログ記事でさらにコンパクトに紹介したので当然ではあります。

『エスケープベロシティ』も全体的に見ると、各論としては比較的充実しているのですが、13のフレームワークをどう組み合わせるかという全体像的な話については(書いてないことはないのですが)ちょっと薄い気がします(それは次回作でということなのかもしれません)。

とは言え、13のフレームワークから自分の現在の課題に適したものをピックアップして、あるいは、5つの力の階層の中から自社の弱いと思われる部分をピックアップして、現状分析と改善策を検討するというような使い方は有効かつ便利ではないかと思います。是非ご一読をお願いします。


#ビジネス書、技術書の翻訳は年間1〜2冊のペースでできればと思っています(それ以上は時間的・体力的に苦しい)。別に翔泳社専属というわけではありませんので案件がありましたらよろしくお願いします>出版社の皆様。

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『エスケープベロシティ』解説(第6回):製品力 〜「クラス最高」を目指すのは敗者の賭け〜

少し間が空いてしまいましたが『エスケープベロシティ』の解説シリーズ、今回は製品力です。製品力とは製品の競争力、要するに顧客が高い価格を払ってくれるだけの魅力があるかどうかというわかりやすい概念です。

製品力については具体的イメージがわきやすいのであまり追加説明はいらないと思えるのですが、一点だけ重要ポイントを紹介しておきます。これは、『ライフサイクルイノベーション』の第一部の内容を発展させたものになっています。

Escape Velocity - ILLUSTRATIONS (1)

イノベーションの目的は大きく差別化(differntiation)、中立化(neutralization)、最適化(optimization)に分かれます。差別化については説明を要しないでしょう。中立化とは他社のイノベーションと同等のことを行なって他社の差別化要素を無効にすること、最適化とはもはや差別化の源泉ではない要素(コンテキスト)から無駄な要素をはぶいて効率性を向上することです。

上記のグラフはイノベーションから得られる結果を大雑把に表わしたものです(『ライフサイクルイノベーション』でも同じ図が使われていました)。イノベーションプロジェクトがうまくいって意図した目的が達成されることもあれば、失敗(Failed Attempts)に終わることもあります。失敗自体は(特に差別化イノベーションを追求していた場合には)それほど大きな問題ではありません。本当に問題なのは浪費(Waste)であるとムーア氏は述べています。

浪費とはどういうことかというと本来意図したことと違うことを行なってしまうということです。典型的パターンは中立化イノベーションを行なおうとしていたのに他社より飛躍的に優れた製品を提供しようとしてしまうことです(これは差別化イノベーションにおいて追求すべき目標です)。

中立化イノベーションとはできるだけ素早く他社と同じ土俵に立てるようにすることです。ここで、他社よりも優位に立とうと思って余計な時間を費やしてしまうと、自分が土俵に立てない時間が長くなり、差別化も中立化も十分に提供できない状況に陥ってしまいます。建前的には成功したイノベーションということになるかもしれませんが、多くの経営資源が無駄になります。このような無駄のひとつひとつは取るに足らないものであっても、このような状況が多数発生すると、あたかも細い無数のロープで身動きが取れなくなったガリバーのようになってしまうとムーア氏はたとえています。

中立化イノベーションを適切に行なえていた企業の代表格がMicrosoftです。ワープロ、スプレッドシート、ブラウザ、そして(最近の例では)ゲームコンソール等々、Microsoftは他社の動きに急速に追随し、他社のイノベーションを中立化することに長けています。これらの分野では最初の段階から他社より圧倒的に優れた製品を提供していたわけではありません。とりあえず他社の差別化要素を中立化した上で後でゆっくりと市場を奪還してしまうのがゲイツ時代のMicrosoftのやり方でした。この迅速な中立化イノベーションの能力をスマートフォンやタブレットの分野で生かせていない点が同社の現時点の大きな問題と言えるでしょう。

イノベーションの浪費のもうひとつのパターンは差別化イノベーションにおいて「クラス最高」を目指してしまうことです。真の差別化を目指すのであれば、競合他社と同じクラスに留まっていてはダメであり全く新しいクラスを作り出す必要があります。他社のパソコンよりも20%高速なパソコンを作るようなビジネスだけではいずれはコモディティ化の波に飲まれて超低利益率のビジネスに甘んじざるを得なくなります。真の差別化イノベーションはまったく別のクラス(たとえば、タブレット)を生み出すものでなければなりません。

「クラス最高」を目指すのは敗者の賭けであるとムーア氏は述べています。結局一番高額なソリューションを提供するだけに終わるということです。個人的には、すべての分野がそうとは言えないと思うのですが、少なくともほぼすべての要素テクノロジーが急速にコモディティ化していくITの世界ではほとんどのケースに当てはまるのではないかと思います。

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コダックと富士フイルムに見るカテゴリー力の明暗

本ブログでの『エスケープベロシティ』解説記事においてカテゴリー力について触れました。企業が凋落しつつあるカテゴリーから適切なタイミングで撤退し、経営資源を成長カテゴリーに振り向けていくのは生き残りのためにきわめて重要です。しかし、実際にはこれができないわけです。現在の稼ぎ頭であるカテゴリーが凋落し始めてもそこから抜け出すのは心情的に困難であり、結果的に「パーティに長居しすぎた」状態になってしまいます。

前からカテゴリー力をうまく管理できなかったたケースとできたケースの典型例がコダックと富士フイルムだと思ってましたが、タイミング良く英エコノミストのサイトに両者に関する記事が掲載されましたのでこれを引用しつつ、カテゴリー力という観点から見ていこうと思います。

Strange to recall, Kodak was the Google of its day. Founded in 1880, it was known for its pioneering technology and innovative marketing. “You press the button, we do the rest,” was its slogan in 1888.

By 1976 Kodak accounted for 90% of film and 85% of camera sales in America. Until the 1990s it was regularly rated one of the world’s five most valuable brands.

かつてはKodakはGoogleのような企業でした。フィルム市場の90%、カメラ市場の85%を押さえ、1990年代末までは最も価値あるブランドのトップ5に選ばれることも通常でした。

しかし、ニュースでもご存じのとおり、Kodakの最近の凋落ぶりは驚くべきものです。特許権の売却ができなければ破産という段階にまで追い込まれています。最近、AppleとHTCを特許権侵害で訴えたのは(参照記事)特許権の価値を上げる苦肉の策と言われています。

Kodak凋落の理由は言うまでもなく銀塩フィルムからデジタルカメラのシフトに出遅れたことにあります。重要なポイントはコダックが決してイノベーションを行なっていなかったわけではないという点です。そもそも、デジタルカメラも1975年に同社が発明したテクノロジーです。

Larry Matteson, a former Kodak executive who now teaches at the University of Rochester’s Simon School of Business, recalls writing a report in 1979 detailing, fairly accurately, how different parts of the market would switch from film to digital, starting with government reconnaissance, then professional photography and finally the mass market, all by 2010. He was only a few years out.

また、コダックの経営陣はいずれ銀塩フィルムがデジタルに置き換えられていることはわかっていました。わかっていても動けなかったわけです。『エスケープベロシティ』ではこれと同じような状況の企業に対して、誰もが「電車が来るぞ」と叫んでいるのに線路の上から動けない状態とたとえていますがまさにその通りです。

Kodakの過去の成功要因のひとつは安価なカメラを売ってフィルムで儲けるというカミソリ替刃型のおいしいビジネスモデルでした。これがおいしすぎてリスクをかけて新しい世界に飛び込めなかったわけです。また、安価な日本製フィルムによって米国市場が脅かされた時には政治的な圧力で対抗しました。競争の阻害は一時しのぎにはなっても最終的には自分の首を絞めるだけという例のひとつであります。記事中ではKodakのもうひとつの問題として、完璧を求めるあまりスピード感を欠いていたという点も上げられています。

一方、富士フイルムはかつてはKodakと同じようなビジネスを行なっていましたがうまく凋落カテゴリーから抜け出しつつ成長カテゴリーへとシフトできています。同社は、1)既存のフィルム事業の利益最大化、2)デジタル写真分野への進出、3)全く新しい事業創出という3本柱戦略を追求しました。これは、まさにカテゴリー力獲得のベストプラクティスに他なりません(本ブログでも以前解説した3ホライゾンモデルを忠実に実行していると言えます)。結果的に、自社の「クラウンジュエル」である銀塩フィルムのテクノロジーを活かしつつ、デジカメ、LCDフィルム、化粧品などのカテゴリーへのシフトを果たせています。記事中では、古森重隆社長の手腕が高く評価されています。

カテゴリー力の維持が重要なのは言うまでもないのですが、実際にそれを行なうことは、現在のカテゴリーでの自社の状況がおいしければおいしいほど難しいと言えます。Kodakと富士フイルムのストーリーは企業がこの罠にはまらないための良いケーススタディと言えるでしょう。

Kodak, along with many a great company before it, appears simply to have run its course. After 132 years it is poised, like an old photo, to fade away.

元記事は「コダックは古い写真のように色あせていくしかない」とダレウマな表現で締められています。

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【お気に入りガジェットシリーズ】Windows 7タブレット機:MSI WindPAD 110W

タブレットという急成長市場カテゴリーに完全に出遅れてしまった感のあるMicrosoftですが、ユーザーの立場から言うとタブレットのフォームファクターでWindowsが動くマシンが欲しいケースがあります。要するにWindows環境でしか動かないアプリケーションを使いたいケースです。

私の場合は、Band-in-a-Boxという自動伴奏/譜面作成ソフト、Transcribe!という演奏コピー用のソフトあたりが代表的です(タブレットのフォームファクターだと譜面台に載せる時に便利)。また、IEでしか動かないサービスをタブレットで使いたいというニーズもあります。典型には有斐閣の法律書閲覧サービスYDC1000などです。

この目的では今まではHPの名機TC1100を使ってたのですが、さすがにPentium M 1.2GHzだと厳しくなってきました。ということで安くて軽いWintelタブレット機を探していたのですが、結局、MSI WindPad 110Wを買いました。

このクラスだと他にAcer ICONIA TAB-W500があります。スペック的にも値段的にも似たような感じですが、ICONIAはSSDとメモリーの換装が困難らしいのとスピーカーが裏側に付いているので譜面台に載せて使用するのには向いてなさそうということで、WindPadにしてみました。

windpad1

デザイン的にはそんなひどくはないのですが「イマイチ萌えない」デザインではあります。SDカードスロット、ミニHDMI、USBポート、カメラ×2、画面回転ロックスイッチなどが付いておりiPadよりは拡張性があります(なぜかミュートスイッチは付いてません)。SIMスロットも付いてますが使えるかどうかは不明。あと、マウスカーソル操作用にトラックポイントのようなものが付いてます(感度が良すぎてあまり使いやすくありません、慣れと調整の問題かもしれませんが)。

windpad2

iPad2と比較すると一回り大きく、厚さは倍くらい、重さは約3割増の850グラムです。

シャットダウン状態からWindowsのブート終了まで1分半くらい、立ち上げるとファンが回り出して横から熱い排気が出てくるのがパソコンを感じさせます。スリープからの復帰はWindows7なので数秒です。

言うまでもなくタッチパネルの操作エクスペリエンスはiPadにはまったく及びません。アプリの起動はMSI独自のO-EASYというランチャーを使えば何とかなりますが、アプリに入ってからの操作はどうしようもありません。マウス前提のちまちましたUIをタッチパネルで操作するのはかなりの苦行です。静電式のタッチペンを買ってみましたがあまりエクスペリエンスは変わらないです。とにかく何か操作をしても、反応するまで一瞬間が空きますし、クリック操作が通ったかどうかがイマイチわからなくていらいらします。AppleのUIの作り込みは本当にすごいなあと思ってしまいます。

アプリの動作速度辞退はまあ許容範囲内です。Officeなどを動かすとどういう感じかわかりません。たぶんマウスとキーボードを付ければネットブック並の使い心地だと思いますが、それだとタブレットにした意味がないですね。あと、SSDが32GBしかないので大容量のアプリケーションは厳しいと思います。

使ってみて言えることは、Wintelというプラットフォームはつくづくタブレットには向いていないということであります。Windows8でタブレット向けUIが提供されるようですが、過去との互換性を維持しつつ、まともなユーザーエクスペリエンスを提供してくれるのか気になるところであります。

自分的には買ったそもそもの目的である、譜面台に載せてBand-in-a-Boxでマイナスワン演奏して練習するという用途では特に問題ないので買ってよかったとは思っているのですが、そのような特殊用途がなく一般的なタブレットとして買う人にはちょっとお勧めしにくいかと思います。

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『エスケープベロシティ』解説(第5回):市場力 〜「牛後よりも鶏口」の戦略〜

今回は市場力に関する解説です。市場力とは特定市場における企業力のことです。カテゴリー力と市場力の違いがわかりにくいかもしれませんが、カテゴリー力が市場カテゴリー全体の話をしているのに対して、市場力はカテゴリー内の特定市場の話になる点が違います。市場セグメント力とでも命名した方が(語呂は悪いですが)わかりやすかったかもしれません。

市場力が重要になる例を挙げると、たとえば、サーチエンジンという市場カテゴリー全体で見るとGoogleがダントツのリーダーですが、中国のサーチエンジン市場というセグメントで見れば百度がリーダーです(つまり市場力が大きいです)。ネットオークションのカテゴリではeBayがリーダーですが、日本に絞ればヤフオクがリーダーです(そして、eBayは二番手というレベルですらなくほとんど存在感がありません)。百度やヤフージャパンは高い市場力を享受しています。

このように地域で絞った市場セグメント以外にも顧客で絞った市場セグメントも考えられます。DBMSというカテゴリーではOracleがリーダーですが、ウォール街証券会社のDBMSというセグメントではSybaseがリーダーです。HP NonStop(旧Tandem)なんて商売になってるのと思う人もいるかもしれませんが、証券取引所やATM向けのマシンとしてはダントツです。

カテゴリー全体で先頭集団から遅れて苦労するよりも、市場を絞って特定市場でリーダーになった方(つまり市場力を獲得した方)が企業にとっても、株主にとっても、そして、多くの場合、従業員にとっても望ましいことが多いです。要は牛後よりも鶏口を取る戦略です。

鶏口に退くのは必ずしもネガティブな戦略ではありません。ニッチ市場で市場力を獲得して、一回り大きくなって返り咲くことも十分にあり得ます。たとえば、Sybaseは、証券会社向けにフォーカスしつつ市場力を獲得した上で、モバイル管理等の新規機会に積極的に投資することで、かつての苦難の時から比較すれば企業価値を飛躍的に拡大し、SAPに好条件で買収してもらえました。

市場力獲得のために特定市場セグメントを選ぶ場合には、1)企業に十分な収益機会を提供するほど大きく、2)同時に企業がそこでトップになれるほど小さく、かつ、3)企業の「クラウン・ジュエル」(コア)と合致している市場を選ぶことが必要です。要は、自社に合った「ビッグニッチ」を選ぶことが重要です。

市場力の議論は、牛後から鶏口へ映るという守りの局面だけではなく、転換期にある市場を攻めるという攻めの局面でも市場力獲得戦略は重要です。これをターゲット市場計画(TMI)と読んでいます。

『エスケープベロシティ』ではTMIのポイントについて説明しています。特定顧客の共通の悩み事にフォーカスすること、営業はトップダウンで攻めること、完全なソリューション(ホールプロダクト)を最初に示すこと、価格の話は二の次とすること、等々が挙げられています。モデルというよりはムーア氏が現実に経験してきた事例から得られたヒント集のような感じです。ここで説明し出すとちょっと長くなりますので、詳細は本を読んでください。

次回は製品力の解説です。

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