偽ブランド品販売における楽天の責任について

商標関係で最近興味深い知財高裁の判決がありました(参考記事:「商標権侵害訴訟 サイト運営者、放置なら責任 知財高裁が判断」)。楽天市場で商標権を侵害する商品(キャンディのチュッパチャップスのロゴを使った商品)の販売について、商標権者(チュッパチャップスを作っているイタリアの会社)が楽天に対して損害賠償を請求した事件です。

チュッパチャップス(正確には”CHUPA CHUPS”)は、日本においても被服を含む広い範囲で商標登録されていますので、許可なくロゴ入り商品を売ることが商標権の侵害であり、販売主が責を負うのは疑いありません。問題は場の提供者である楽天に責任があるかどうかです。店子が勝手にやっただけであって楽天は関係ないという主張もあり得ますし、楽天には管理責任があるはずだとの主張もあり得るでしょう。

この事件の地裁判決は楽天に責任なしというものでした。そして、今回の知財高裁判決でも結論は同じです。しかし、その結論に至るまでのロジックに注目すべき点があります判決文には以下のように書かれています(太字強調は栗原による)。

本件における被告サイトのように,ウェブサイトにおいて複数の出店者
が各々のウェブページ(出店ページ)を開設してその出店ページ上の店舗(仮想店舗)で商品を展示し,これを閲覧した購入者が所定の手続を経て出店者から商品を購入することができる場合において,上記ウェブページに展示された商品が第三者の商標権を侵害しているときは,商標権者は,直接に上記展示を行っている出店者に対し,商標権侵害を理由に,ウェブページからの削除等の差止請求と損害賠償請求をすることができることは明らかであるが,そのほかに,ウェブページの運営者が,単に出店者によるウェブページの開設のための環境等を整備するにとどまらず,運営システムの提供・出店者からの出店申込みの許否・出店者へのサービスの一時停止や出店停止等の管理・支配を行い,出店者からの基本出店料やシステム利用料の受領等の利益を受けている者であって,その者が出店者による商標権侵害があることを知ったとき又は知ることができたと認めるに足りる相当の理由があるに至ったときは,その後の合理的期間内に侵害内容のウェブページからの削除がなされない限り,上記期間経過後から商標権者はウェブページの運営者に対し,商標権侵害を理由に,出店者に対するのと同様の差止請求と損害賠償請求をすることができると解するのが相当である。

要するにモールサイトの運営者が権利者から侵害の通知を受けたのに放置していたような場合は、出店者だけではなく運営者も損害賠償責任を負うということです。今回楽天は賠償責任を負いませんでしたが、それは、楽天が偽ブランド商品をサイトから迅速に削除したという前提でということです。

考え方としてはプロバイダー責任制限法(プロ責)にちょっと似ています。プロ責の基本的考え方は、CGMサイトなどでユーザー著作権侵害等を行なっても、運営者が権利者の削除要請に迅速に従うなどの措置を取っていれば損害賠償責任を負わないというものです(なお、侵害行為を行なったユーザー自身が免責されるわけではありません)。多数のユーザーを抱えるCGMサイトであらゆる投稿をチェックするのは非現実的なので妥当な規定と言えます。なお、当然ですが、運営者自身がユーザーに侵害行為を奨励していたり、侵害行為を放置していると判断された場合には、プロ責は適用されず運営者自身が侵害者とされてもしょうがありません(たとえば、「TVブレイク」事件)。

カラオケ法理との類似性が頭に浮かぶ人もいるかもしれませんが、カラオケ法理の場合には、個人の行為だけを見ると侵害行為でないように見えるのに、事業者を行為主体とみなすことで全体として侵害行為になるというようなロジックである(ファイルローグ事件など例外はありますが)のに対して、今回のお話は、販売店の行為が違法なのは大前提として、加えて楽天に責任があるかが問題になっているので、ちょっと違うと思います。

なお、海外では、ネットオークション大手のeBayを化粧品会社のロレアルが訴えた事例がありますが、同様のロジックかつ結論になっています(参考記事:「商標権侵害でeBayを訴えたロレアルの主張を認めず、ロンドンの高等法院」)。

これから言えることは、モールやオークションなどのようにユーザー間で自由に商品やコンテンツを売買するサイトを運営している人にはそれなりの注意義務があり、その義務を守らない場合には商標権侵害や著作権侵害で運営者自身が訴えられる可能性もあるということです(いずれも、罰則は結構厳しい法律です)。たとえば、Gumroadというユーザー間で低価格のコンテンツを販売できるサイトがちょっと話題になっていますが、同様のサイトの運営を検討されている方は十分な注意が必要でしょう。

カテゴリー: 商標 | 2件のコメント

中国におけるiPad商標問題について

iPadの商標に関してAppleが中国で窮地に陥っています。既に中国企業の商標権に基づいた訴えによりiPadの販売停止を命じられていますが(たとえば、「中国北京近郊で、商標侵害を理由に「iPad」が販売停止へ」参照)、さらに、輸出も禁止される可能性が出てきています(たとえば、「iPad商標権問題、中国からの輸出禁止に発展も」参照)。

メディア記事のタイトルだけ見ると、中国の商標ゴロにiPad商標を先取り出願されて困っているというような話に見えるかもしれませんが、そうではありません。iPadの中国での商標権を所有している中国企業Proview Technology(唯冠科技)は、2000年時点からiPadを中国で商標登録しています(なお、iPodの登場は2001年なのでiPodの名前をパクったということでもないと思われます)。

ここでの問題は、Proview Technology社と商標権を譲渡するという契約を結んでいたとAppleは思っていたのですが、その契約には中国での権利は含まれていなかった(台湾での権利だけだった)ということのようです。当事者間の契約の問題なので外部からは細かいことはわかりませんが、中国の裁判において昨年の12月にProview Technologyの訴えが認められており、Appleは中国におけるiPadの商標権を所有していないことが認定されています(Appleは控訴しています)。

なお、商標権の効力は、商品の製造・販売・広告等だけではなく、輸出にも及びますので販売が差止められた以上、輸出も差止められてもおかしくありません。(追記: その後の報道によるとただちに輸出入禁止ということにはならなさそうです)。

万一、iPadの中国からの輸出が禁止されると中国だけではなく、世界的なサプライチェーンにも影響が出てきます。大技としては中国内の製造段階では商標を付けないでおいて、中国外でiPadの名前のシールのようなものを貼る手もあるかもしれませんが、Appleのデザインポリシーとしては許容しがたいでしょう。

同様に、中国での販売に限ってiPad以外の名称を使う手もあります(たとえば、EMCのミッドレンジ・ストレージ製品は米国ではCLARiiONというブランドでしたが、日本ではカーステレオのクラリオンの商標とかぶるためにCLARiXというブランドを使っていました)が、これまたApple的には許容しがたいでしょう。

Appleは、iPhoneの時は米国でCiscoと、日本ではインターホンの「アイホン」と、そして、iPadの時は日本で富士通と、等々商標権に関してはいろいろと問題を起こしつつも何とか丸く収めてきましたが、相手が中国企業だと同じようにはいかなかったということでしょう。
追加:?twitterで指摘されて気がつきましたが、Appleの無線LAN製品のAirPortは日本だけは商標権の関係でAirMacという名称で売ってますね。まあ、一周辺機器の名称では妥協しても超主力製品の名称では妥協できないのは変わりないでしょう。)

最終的には金(おそらくは結構な金額)で解決することになるとは思いますが、言えることは1) 商標権はいったん取得できればきわめて強力である、2) 中国企業は一筋縄ではいかない、ということかと思います。


CMです: テックバイザーではコミコミ58,900円〜で商標登録出願代理を行なっています。他社に商標権を取られてややこしいことになる前に是非ご商標登録出願を検討ください。中国・台湾・香港への出願も行なっています。詳しくはこちら

カテゴリー: ガジェット, 商標 | タグ: | コメントする

実を結ばなかったマイクロソフトのタブレット・イノベーション

Facebook経由で10年前の興味深い記事(「マイクロソフト、家庭向け次世代デバイス「Mira」を日本でも発表」)を読みました。2002年のCESの基調講演でビルゲイツが家庭向けのタブレットデバイスMiraを発表したという内容です。

MiraにWindows XPのデスクトップ画面をそのまま表示してExcelなどのWindowsアプリケーションを利用できるほか、ペンやダイヤルでの操作向けに作られたシンプルなインターフェイス「Freestyle」を経由し、TV視聴やPVR(Personal Video Recording)、写真や音楽などのマルチメディアブラウズ、WebブラウズやE-Mailなどを利用することもできる。

ということで、まさにiPadを先取りしていた内容です。マイクロソフトがタブレット市場に大きく出遅れているのは周知の事実ですが、同社は別にこの分野へのイノベーション投資を行なってこなかったわけではありません。おそらくは投資金額で言えばApple以上の投資を行なってきているでしょう。しかし、この分野では今のところ実製品分野のイノベーションに結びついていません。

ここで、当ブログの過去記事(『エスケープベロシティ』解説(第2回):カテゴリー力(2) 〜抵抗勢力に打ち勝ち成長機会に投資する〜) を読んでみてください。そこで紹介されている3ホライゾンモデルの良い事例になっていると思います。(このモデルが有効に使われていないがゆえに失敗したという意味での「良い」事例です。)

2002年当時は、Miraはホライゾン3の案件でした。つまり、5年から10年先を見た成長機会のオプションとしての案件です。これをうまく稼ぎ頭であるホライゾン1の案件に成長させなければいけないのですが、その間の期間であるホライゾン2で十分な投資が行えていないという典型的な問題です。『エスケープベロシティ』を再度引用すると、まさに「ホライゾン1にはホライゾン3の案件が残骸となって流されてくる」状況であります。

過去記事の内容を繰り返しますが、ホライゾン2の案件に十分な投資が行えないのは、現状の稼ぎ頭であるホライゾン1との経営資源の取り合いに負けるからです。ここで、ホライゾン1とは言うまでもなくWindowsとOfficeです。

イノベーションを成功した製品として結実させたいのであればホライゾン2に意識的に経営資源を割り当てなければなりません。それを可能にするのはトップのビジョンとリーダーシップです。残念ながらSteve Ballmerにはそのビジョンとリーダーシップが欠けていたということでしょう。2010年に「タブレットは新カテゴリーのデバイスではなく、PCのサブセグメントにすぎない」等と発言していた(参照記事)ことからもわかってなかったことが伺い知れます。

大企業が新たなカテゴリーを切り開く(そしてそこで成功する)ケースがきわめて少ない最大の理由は企業がイノベーションを行なっていないからではありません現状の稼ぎ頭がイノベーションの成熟化を邪魔することにあります(これは、『ライフサイクルイノベーション』、『エスケープベロシティ』を通じたムーア氏の重要論点です)。

もちろん、マイクロソフトには、Azure、XBox、Kinectなどうまく市場で成功できた製品もあります(これらはマイクロソフトにとって新規分野であり、ホライゾン1との経営資源の取り合いがあまり実問題にならなかったのが幸いしたかもしれません)。もちろん何から何まで失敗したというわけではないのですが、タブレット(そして、スマートフォン)分野での同社の「失敗」から学ぶべきことは多いと思われます。

カテゴリー: 経営戦略 | コメントする

ムーアのイノベーション実行モードのモデルをニコニコ動画に当てはめてみる

前回書いたジェフリームーアの『エスケープベロシティ』におけるイノベーションの実行モードの遷移の話ですが、ニコニコ動画に当てはめて考えてみるとわかりいやすかもしれないと思ったのでちょっと書いてみます。

ニコニコ動画はボリューム・オペレーション・ビジネスなので実行のモードは「プロダクト」(発明)→「パートナー」(展開)→「プロセス」(最適化)と遷移していきます。

Escape Velocity 2

最初の「プロダクト」の段階におけるイノベーションは、言うまでもなく動画再生にコメントをリアルタイムでスーパーインポーズして表示するテクノロジーです(ニコ動が世界初というわけではないですがイノベーションであったことは確かです)。ここでは、「インベンター」である開発者が重要な役割を果たしました(それはたぶん戀塚さん)。

しかし、優れた「プロダクト」を作っただけでは長期的な成功は達成できません。たとえば、動画にコメントを表示すると言うサービスでは中国のMojitiというサービスが先行していましたが、Mojitiは単独では成功できませんでした(Huluが買ってくれたので結果オーライではありますが)。ここで必要なのが「パートナー」の輪を広げていく作業です。ニコ動は一般ユーザーや広告主を増やすだけではなく、大手コンテンツ提供者との提携、さらにはJASRACとの契約も成し遂げました。ここでのリーダーは「デプロイヤー」たる川上会長だったのでしょう(たぶん)。

なお、この「パートナー」のステージでは、ニワンゴが、JASRACにも多大な収益をもたらしており、エイベックスの子会社でもあるドワンゴの子会社であることを無視できなかったと思いますん。そういうバックグラウンドがない会社がことを進めてもなかなかうまく行かなかったのではないかと思います。このステージでは理屈だけではなく政治力も大事です。『エスケープベロシティ』においても、iTunesが大手レコード会社との提携に成功できたのもジョブズがディズニーの取締役であってこそだったと書かれています。

そして、最後の「プロセス」(最適化)のステージでは、名前は存じませんがおそらくIT担当のマネージャが「オプティマイザー」として安定したサービスを提供するよう日夜努力されていると思います。安定稼働がちゃんとできなくてユーザーが離れていったネットサービスも多いので非常に大事なステージではあります。

ということで、ネットサービスに限らず、新規ビジネスを最後まで花開かせていくためには、「発明」→「展開」→「最適化」のすべてのステージにおいてそれに適したリーダーの元で実行力を発揮していかなければならないというお話でした。

カテゴリー: 経営戦略 | タグ: | コメントする

『エスケープベロシティ』解説(最終回):実行力 〜どんな優れた戦略も実行できなければ意味はない〜

『エスケープベロシティ』の解説シリーズの最後は実行力です。どんな優れた戦略も実際に実行できなければ意味がありません。成長カテゴリーにうまく参入し、素晴らしい製品を提供しているにもかかわらず、いまいち市場で成功できなかった例はITの世界でも結構思いあたるでしょう。

実行力の要素としては、広報宣伝力、営業力、トップマネージメントのカリスマ性や政財界でのコネ(これ大事ですね)等々、いろいろあると思いますが、『エスケープベロシティ』は組織論にフォーカスして実行力を論じています(他の要素はモデル化しにくいので当然と言えば当然です)。

この実行力に関する章(第6章)の内容がちょっとわかりにくいという意見も聞きました。確かに、他の章と比較するとちょっと具体例が少ないのと、文章がこなれてなかったり、用語の不統一が見られたりという点はあるかもしれません。ちょっと裏話をするとこの章の内容は、ムーア氏がかなりぎりぎりになって全面的に書き直しているのです(これによって翻訳作業がかなり無駄になりました(泣))。そういう点から原文もイマイチ練り込み不足かなという気もします(翻訳者としてもがんばったつもりですが原文にない言葉を足すのは限界があります)。

しかし、内容的には『ライフサイクルイノベーション』の第3部の延長線上にあるので、それを先に読んでおくとわかりやすいと思います。『ライフサイクルイノベーション』の第3部の基本的主張は、イノベーションのライフサイクルのステージごとに適したマネージメントや組織が異なるので、ひとつのソリューションのライフサイクルを通じて同じ組織とリーダーがずっと担当するのではなく、イノベーションのステージごとに担当組織とリーダーを変えていくべきだというものでした。この考え方は『エスケープベロシティ』でも同じです。

ここでいうイノベーションのステージは、「発明」(Invent)→「展開」(Deploy)→「最適化」(Optimize)となります。新しい製品やソリューションを作るのが「発明」、それを大規模なビジネスにしていくのが「展開」、そして、市場が成熟した後に無駄をできるだけ省いていくのが「最適化」です。

この3つのステージの具体的内容は、企業のビジネスモデルがコンプレックス・システム型かボリューム・オペレーション型かによって異なります(コンプレックス・システムとボリューム・オペレーションについては解説記事の第3回で簡単に説明しています)。

コンプレックス・システム型の場合は、「プロジェクト」→「プレイブック」→「プロダクト」と進んでいきます。Playbookとは文字通り脚本のことですが、訳すとかえってわかりにくい気がしたので「プレイブック」とカナ書きで逃げました。種々雑多の「プロジェクト」から共通部分をシナリオ化したものです。ソリューション・パッケージと呼んだ方がわかりやすいかもしれません。個別のカスタムプロジェクトをできるだけ定型化し、最後は定型的な「プロダクト」にして効率性を最大化するというやり方は、代表的コンプレックス・システム型企業であるSIerやコンサルティング会社が成功するために不可欠です。

Escape Velocity 1

ボリューム・オペレーション型の場合は、「プロダクト」→「パートナー」→「プロセス」となります。よい製品(「プロダクト」)を作ったら、「パートナー」の輪を広げてエコシステムを作って市場を拡大していき、市場が十分に拡大したらば最後は「プロセス」を最適化してコストを削減していくということです。たとえば、iPodはクールな製品であったかもしれませんが、初登場時はあまり売れませんした。iPodが爆発的に売れ出したのはiTunesにおいてメジャーなレコード会社との「パートナー」シップを構築できてからです。一方、日本の消費者向け電子機器メーカーは、良い「プロダクト」は作れるものの、その後の「パートナー」作りでうまくいかないケースが多いように思われます(さらに最近では「プロダクト」の優秀性もちょっと怪しくなってきたかもしれません)。

Escape Velocity 2

ここで重要なポイントは前述のとおり、各ステージごとに適した人材が異なるということです。「発明」のステージが得意なリーダーを「インベンター」と呼びます(これまた、「発明家」と訳すとかえってわかりにくくなるので敢えてカナ書きにしました)。同様に、展開ステージを得意とするリーダーを「デプロイヤー」、最適化を得意とするリーダーを「オプティマイザー」と呼びます。

たとえば、スティーブジョブズは「インベンター」として(そして、おそらくは「デプロイヤー」としても)としてきわめて優秀でした。ティムクックが「オプティマイザー」として(そして、おそらくは「デプロイヤー」としても)優秀なのは確かですが、今のAppleに優秀な「インベンター」がいるのかどうかは微妙なところであります。元HPのCEOマークハードは明らかに優秀な「オプティマイザー」ですが「インベンター」であるかどうかは微妙です。そうなってくると今のOracleのハードウェアビジネスを率いる人材としてハード氏が適任かどうかは議論の余地があるでしょう。Oracleのハードウェアビジネスで求められているのは成熟化した市場でコスト削減を行なうことではなく、Engineered Systemによる市場開拓であり「インベンター」が求められていると思うからであります(これはムーア氏の引用ではなく栗原の私見)。

さて、このモデルのもうひとつの重要なポイントに各ステージ間の移行(transition)を適切に行なうということがあります。これは、意識的に管理しないとステージ間の受け渡しがうまくいかないからです。典型的なケースとしては、「インベンター」は製品が市場に投入されると自分の仕事はこれで終わりと思ってしまいますが、「デプロイヤー」は市場での成功がある程度実証されない限り、大規模展開にコミットしてくれないでしょう。また、製品が普及して市場が成熟化し始めると、最適化のステージに移るべき(「オプティマイザー」に担当を渡すべき)時が来るのですが、稼ぎ頭の製品を担当して予算も潤沢に使える(そして、おそらくは結構なボーナスをもらえている)「デプロイヤー」は、そう簡単には担当を「オプティマイザー」に渡そうとはしないでしょう。

ということで、この各ステージの間をスムーズに移行させるタスクそのものを第4の要素として扱うことが提唱されています。この「移行プログラム」のタスクに秀でた触媒型の人材を「オーケストレーター」と呼びます。「オーケストレーター」は社内調整を得意とするリーダーであり独自のスキルが必要です。「オーケストレーター」の仕事は基本的に社内指向なので外部からはあまり見えないと思います。しかし、「オーケストレーター」型の人材を擁しているか、さらに、その人材を適切なポジションにおけるかどうかが企業の実行力に大きな影響を与えると思います。

Escape Velocity - ILLUSTRATIONS

各ステージごとのリーダーに求められる資質をまとめたのが下の表になります。

Escape Velocity - ILLUSTRATIONS


ということで、『エスケープベロシティ』についてかなり駆け足で説明してきました。結構ややこしかったのではと思います。262ページという比較的コンパクトなビジネス書において13ものフレームワークが紹介されており、それを7回のブログ記事でさらにコンパクトに紹介したので当然ではあります。

『エスケープベロシティ』も全体的に見ると、各論としては比較的充実しているのですが、13のフレームワークをどう組み合わせるかという全体像的な話については(書いてないことはないのですが)ちょっと薄い気がします(それは次回作でということなのかもしれません)。

とは言え、13のフレームワークから自分の現在の課題に適したものをピックアップして、あるいは、5つの力の階層の中から自社の弱いと思われる部分をピックアップして、現状分析と改善策を検討するというような使い方は有効かつ便利ではないかと思います。是非ご一読をお願いします。


#ビジネス書、技術書の翻訳は年間1〜2冊のペースでできればと思っています(それ以上は時間的・体力的に苦しい)。別に翔泳社専属というわけではありませんので案件がありましたらよろしくお願いします>出版社の皆様。

カテゴリー: 経営戦略, 翻訳 | タグ: | コメントする