追記(14/09/04 07:35)朝日の誤報説が強まってきました。特許を受ける権利を最初から会社に帰属させる方向で改正が議論されているという点は間違いがないのですが、末尾で引用した「これまでは、十分な報償金を社員に支払うことを条件にする方向だったが、経済界の強い要望を踏まえ、こうした条件もなくす。」が「飛ばし」くさいです。詳しくは本ブログの新エントリーを参照ください。
朝日新聞に「特許、無条件で会社のもの 社員の発明巡り政府方針転換」なんて記事が載ってます。特許法の職務発明規定(35条)の改正に関する話です。
この件については今までも様々な報道が乱れ飛んでおり、しかも「ソースは朝日」なのではありますが、一応の信頼性があるものとして話を進めます。
まず、簡単に基本のおさらいから(ちょっと前に栗原がThe Pageに寄稿した記事もご参照ください)。
日本の現在の特許制度では、発明をした人に「特許を受ける権利」が生じます。特許出願を行ない(条件が満たされて審査を通れば)特許権を得られる権利です。「特許を受ける権利」を他人に譲渡することもできます。
企業等の従業員が職務上行なった発明を「職務発明」と呼びます。職務発明でも「特許を受ける権利」は最初は社員のものですが、特許法では、従業員が職務発明をした時に「特許を受ける権利」を自動的に従業員から企業に譲渡するという職務規程を定めることが認められており、現実には多くの大企業がそのような規定を定めています(中規模以下の企業であれば定めてないこともあります)。
一般に、職務発明について、会社側としては給与を保証し、発明のためのリソースも提供しているので、従業員の発明の成果は会社のものになって当然と思うでしょうし、従業員側としては価値のある発明は誰にでもできるものではない、それによって会社が利益を得たのであればその一部を発明者が受け取れるのは当然であると思うでしょう。職務発明制度設計のポイントは両者の間の適切なバランスを取ることにあります。
<おさらい終り>
今回話題になっている改正案の中核は、職務発明の「特許を受ける権利」を最初から会社のものとなるようにすることにあります。
「特許を受ける権利」が、最初は発明者(社員)に属しており、契約(職務規程)に基づいて会社に譲渡されるのと、最初から会社に属しているのとどう違うのでしょうか?ほぼ一緒なんですが、「特許を受ける権利」を従業員から会社に譲渡するという規定では対価の額の問題が生じるのに対して、最初から会社に属するという規定にすればそもそも対価の支払いという話がなくなるという点が大きな違いです。
今までの制度では職務発明の対価について従業員が会社を訴え、結果として会社に報奨金の追加支払が命じられるケースがありました(参考Wikipediaエントリー)。経済界(会社側)としてはとしてこういう事態を避けたいので、最初から会社が「特許を受ける権利」を得るという制度にしたがっているわけです。いわば、上記の職務発明における企業と社員間のバランスを企業側有利側に動かす改正です。
その結果、会社のその後の命運を決する世紀の大発明をしても、社員発明者には規定の発明報奨金ウン万円でお茶を濁されてしまう可能性が出てきます(もちろん、出世にはポジティブに影響するでしょうが)。
こういう事態を避けるために、企業が職務発明者に対して十分なインセンティブを与えることを法律で義務づけるべきという議論が出ていたのですが、冒頭記事によれば、「これまでは、十分な報償金を社員に支払うことを条件にする方向だったが、経済界の強い要望を踏まえ、こうした条件もなくす。」ということだそうです。(追記:これについては朝日しか記事にしていないので、飛ばし、あるいは、観測気球記事という可能性もあります)。
国が私企業の職務規程に口を出すべきではなく、当事者間の合意に任せるべきである、という主張は理解できます。ただ、問題は技術者が新卒で入社する時に、発明報奨金の条件を示されても、その時点では自分がその後にどんな発明をできるかはわかりませんので、会社側の条件をそのまま受け入れるしかないことがほとんどであろうという点にあります。
結果、キャリアを進めるうちに自分が世紀の大発明ができるとの感触を得た技術者は、その段階で起業したり、あるいは、もっと良い発明報奨金の条件を提示した企業(海外企業である可能性もあります)に転職するというケースも出てくるかもしれません。
人材の流動性向上という点ではよいのかもしれませんが、前の会社での営業秘密の取り扱いや前の会社にいた時点で発明は完成していたのではないか等で、一悶着というケースが増えてくるかもしれません。