Appleのバウンスバック特許:一部有効になったが効力は疑問

一時は「値千金」の特許と(私も含めて)いろいろな人に言われていたAppleのバウンスバック特許(その理由のひとつは既に一度再審査をクリアーしていることにありました)が、昨年の5月に請求された別の再審査(匿名請求人)において全クレームの新規性が否定されたという暫定的(Non-Final)判断がされたというニュースは以前書きました

FOSS Patents経由で知りましたが、その最終的(Final)判断が先日出たようです(CNET Japanにも関連記事が載りました)。Appleの反論が一部認められて、3件のクレームが生き残りましたが、肝心の(Samsungの侵害の根拠になっている)クレーム(特にクレーム19)は無効のままです。生き残ったクレームは、結構限定がかかっていて容易に回避できそうな感じです。

Appleはこの最終判断に対して異議を主張して、審判請求もできますし、米国特許庁の判断の取消しを求めて裁判所に提訴することもできます(日本で言うところの審決取消訴訟)。これは、数年単位の時間と金がかかりますし、Appleはかなり苦しい(進歩性ではなく新規性が否定されているため)と思いますが、たぶん最後までやるでしょうね。

なお、これも前に書きましたが、Apple対Samsungの10億ドル賠償金裁判(最近、その半額近くが再審理の対象になりました(なお、却下ではなく、再審理である点に注意、つまり、賠償金金額がかえって大きくなる可能性もあります))の賠償金の大部分は意匠権侵害なので、バウンスバック特許の有効性によって賠償金額にはあまり大きい影響は出ません(ただ、これによって差止めが認められるかどうかみたいな話になるとちょっと変わるかもしれませんが)

この状況は、AppleだけではなくてSamsungにも負担になります(弁護士費用もかかりますし、権利が完全にクリアーされない状況が長く続きます)。なので、普通は和解するのですが、この場合は両社意地のデスマッチで最後までやる可能性が高そうです。

こういう点から言うと、ひとつひとつは多少弱くても、関連特許をポートフォリオとして複数持っているのは有利です。そのひとつひとつをつぶすのは時間もお金もかかるため、多少相手の条件をのんでも和解した方が得になるからからです。まさに、1本の矢はすぐ折れるが束ねると折れない(少なくとも折りにくい)という話です。

たとえば、HTCはあっさりAppleと和解して(このバウンスバック特許も含めた)特許ライセンス契約を行なっています(参照記事)。

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アメリカのまねきTV?:Aereoに対するTV局の仮差止請求が却下

CNET Japanに「”Aereo”番組再配信の仮差し止めを求めるテレビ局各社の要請、控訴裁判所でも却下」なんて記事が出てました。最近、この分野をあまりフォローしてなかったのですが、Aereoは、TV番組をインターネット上でストリーミングしてスマホやタブレットで見られるようにするサービスを提供している企業です。

AereoのWebサイトおよびWikipediaのエントリーを見ると仕組みがわかります。地上波を受信できるコインサイズの超小型アンテナ(写真参照)数千個をデータセンターにおいてそのひとつひとつを顧客にリースします。そして、ユーザーは自分のアンテナで放送波を受信して自分のスマホなりタブレットにストリーミングするという仕組みのようです。自分のアンテナで受信しているのでどの機器で見ようが録画しようが勝手であるという理屈です。

今は亡きまねきTVに似ています。ただし、Aereoは放送区域外の端末では使えないという縛りをかけています(現在はニューヨーク市でのみ提供、他の米国内主要都市にも拡大予定)。地域的な縛りをかけているのは放送局の利益を害していないのでフェアユースであるとの主張を行なうためかもしれません。

このサービスはユーザーには高く評価されている(たとえば、Wall Street Journalのレビュー記事)のですが、容易に予測されるように全メジャー局は著作権侵害を主張してAereoを訴えました。日本の司法の解釈ですと、個人所有の機器であっても、アンテナをつないだ人(業者)が送信可能化を行なっているので公衆送信権侵害ということになってしまいそうですが、米国では素直に自分の所有機器から自分所有の機器へとストリーミングしているだけなので、”public performance”(公衆送信)ではなく、著作権侵害ではないとの判断がニューヨーク地裁でなされています。今回のニュースは、この判断に連邦巡回区控訴裁判所(日本の知財高裁に相当)も同意したということです。

なお、TV局側の仮差止請求が却下されただけの話であって、Aereoが合法であると最終的に認定されたわけではありません。

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iPad miniの米国商標登録出願は拒絶されてはいない

“iPad mini”の商標登録出願、米特許商標局に拒絶されていた」なんてニュースがいろいろな媒体に載っています。調べると、別に拒絶されたわけではなく、Office Actionが出ているだけです。Office Action(OA)とは、日本でいうと拒絶理由通知というものにあたり、このままだと拒絶になるので対応してくださいねという特許庁からの通知です。

商標に限らず特許でもそうですが、多くの国の審査制度では、いきなり拒絶にするということはなく、予告的な通知を行なって、出願人がしかるべき対応を行なえるようになっています。(ちなみに、中国の商標制度は通知なしでいきなり拒絶になるルールなのでちょっとやっかいです)。

ということで、「拒絶」というタイトルはミスリーディングだと思うのですが、日本国内の記事の元ネタになっているAFPの元記事のタイトルが、”US Patent Office denies ‘iPad Mini’ trademark”なのでそれに引っ張られたと思われます。

このiPad Miniに対するOAの内容は記述的商標にすぎないというものです(記述的商標については以前の記事で触れました)。「そのまんま」の商標ではないかというものです。これに対して、アップルのは使用による識別性(セカンダリーミーニング)があることを主張することになります(たぶんこの主張は認められるんじゃないかと思います)。(追記: OAをちゃんと読むと、iPadの部分はAppleが元から持っているiPad商標(富士通から買ったもの)を根拠に識別性を主張し、miniの部分は権利放棄すべしと書いてあるので商標全体として権利獲得するのは困難かもしれません。追記^2:ちなみに、iPhoneの商標登録出願があった時も最初は「iはインターネットを表わしてPhoneは電話だから”記述的商標”と考えられる」というOAは出ていたのですが、その後(Ciscoの先登録商標とのからみなどもあって)紆余曲折があった後に最終的には無事登録されています)。

また、提出した使用証拠(日本と違って米国の場合は商標を実際に使用しているこ)と、あるいは、使用する意図の宣誓が求められます)が不十分であるとの指摘もされているようですが、これは単に手続き上の瑕疵なので容易に補正可能です。

というわけで、これはわりと日常茶飯事の話であると言えます。

私も、(架空の)人名ぽい商標を米国に出願し、「この人の許可を取ったのか?」なんてOAをもらって「架空のキャラクターなので許可も糞もありません」(という主旨)の応答をして無事登録に至ったことがあります。

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ネスプレッソとジェネリック医薬品の関係について

何かのきっかけで「ネスプレッソ海賊版!?「紅茶カプセル」を飲んでみた」という記事を見て、「あれ、ネスプレッソのカプセルは特許で保護されてないのかな?」と思いました。ご存じのようにネスプレッソはコーヒー粉のカプセル方式により安定しておいしいエスプレッソ等を作れるのですが、その一方で、カプセルはネスレから直販でちょっとお高めの純正品を買うしかなかったからです。お高めの価格を維持できるということはインクジェット・プリンターのカートリッジと同じパターンで特許によって互換品を排除している可能性が高いです。

ちょっと調べてみると普通にWikipedia(英語の方)に「ネスプレッソは特許権で保護されているが、その特許は2012年から権利期間満了し始める」と書いてあります。ネスレ社の日本国内の特許を調べてみたところ、結構な数が登録されていますが、ネスプレッソのカプセルそのものの特許はたぶん2784293号だと思います(権利者を「ネスレ」ではなく旧表記の「ネッスル」としてサーチするのがポイントです)。この特許の出願日は1992年5月7日なので、2012年5月7日で権利が消滅しています。したがって、冒頭の記事のカプセルも海賊版ではなく、合法的な互換品である可能性が高いと思われます(他にも関連特許権が残っている可能性があるので絶対ではないですが)。

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さらに、ネットで検索してみると今はネスプレッソ互換カプセルはわりと普通に売ってるんですね。中身を自分で詰められるカプセルもあるみたいです(まさに、インクジェットのカートリッジみたいです)。ジェネリック医薬品と同じで最初に発明した会社の特許権が満了したので、競合他社が自由に同等製品を作って売れる状態になっているのではないかと思われます。

実は、自分のオフィス用にエスプレッソ・メーカーを買う時にネスプレッソも検討したのですがカプセル代が高いのでやめて、普通の粉方式のものにしたのですが、普通のエスプレッソ・メーカーってなかなか難しく3回に1回くらいでしかおいしく作れません。また、キッチンがコーヒー粉でひどく汚れます。もし、合法的な互換カプセルが安く入手可能になるのならばネスプレッソにしておけばよかったかなあとも思いました。

特許はあくまでも一定期間に限って独占権を提供する制度です。こうすることで、イノベーターが先行者利益を得て、研究開発投資を回収しつつ、業界全体もイノベーションの恩恵を受けられます。ネスレもネスプレッソ特許では十分投資を回収できたのではないでしょうか?(まあ、ネスレに十分回収しましたよねと聞いても「はい」とは答えないでしょうが)

ちなみに、コーヒーメーカーのような分野であれば20年くらいの権利期間もまだ妥当とは思いますが、ソフトウェア分野で20年(ドッグイヤー換算140年)はほとんど永遠に近いので長すぎではないかという議論もあるとは思います。

ディスクレイマー: 特許についてはブログネタとして簡単に調べただけなのでネスプレッソのカプセル関連で、別の特許権が残っている可能性はあります。個人として互換カプセルを買うことで特許権侵害になることはないですが、業として互換カプセルの輸入等をして差止等の権利行使をされた場合の責は負いかねますのでご了解願います(商売としてやるのならばちゃんとお金をかけて調査願います)。

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苦労して集めたデータをパクられたらどの法律が守ってくれるのか?

あなたが市場調査会社をやっているとします。苦労して(お金もかけて)詳細な調査データ(たとえば、タブレットの機種別売上)を調べて、それをレポートにしてクライアント企業に売ってビジネスにしていたとします。ところがある日、その市場調査データと同じデータが別の会社によって販売されていることを知りました。さて、あなたはそれに対して何ができるのでしょうか?

もちろん、その会社にクレームを言うことはできます。まともな会社なら信用問題になるので販売を止めてくれるでしょうが、残念ながらまともな会社でなかったとします。

著作権侵害で訴えることができるでしょうか?残念ながら、著作権はデータ(事実)そのものには適用されません。レポートの文章や図表をパクられたのであれば、著作権侵害を問えますが、データだけであれば著作権法の範囲外です。

ある程度著作権法を勉強された人は「データベースの著作物」というのがあるではないかと思われるかもしれませんが、「データベースの著作物」として守られるのは「情報の選択又は体系的な構成」の創作性だけです(たとえば、職業別電話帳の分類方法など)。データそのものに保護が及ぶわけではありません。

当然ながらデータは物理的なものではないので窃盗罪は成立しません。また、不正競争防止法(営業秘密の不正取得)も問えません。世の中に広く売っているデータである以上営業秘密ではないからです。

契約違反はどうでしょうか?レポートを買ったクライアント企業自身が勝手に再販しているのであれば、利用規約違反になるでしょうから、契約に従った措置を取れます。ただ、契約が有効なのは合意した当事者だけですから、第三者がパクリデータを売っているのであれば契約ではどうしようもありません。たぶん、その第三者にデータを横流ししたクライアントがいるはずなので、それを見つけ出してその会社に横流し行為についての契約違反を問うしかありません。ただ、誰が横流ししたのかを探すのは現実には困難と思われます(なお、企業間の契約の話なので警察は動いてくれません)。

一般不法行為(民法709条)はどうでしょうか?これは、ケースバイケースですが、裁判官がこれは理不尽であると考えてくれれば認められる可能性はあります(たとえば、自動車データベース事件)。ただし、通常は差止め請求は認められませんし、損害賠償額は原告が立証した損害額だけです。

ということで、日本の現在の法制度ではデータそのものに対する保護は非常に薄い状態です。データをあまり強く保護するのも公共的な観点から問題ですが、保護が全然ないのはやはり困ります。

たとえば、クリエイティブ・コモンズが機能するのは、著作権を公衆に対してライセンスする構造になっているからです。こうなっていることで、たとえば、Attributionの指定を無視して他人の作品に勝手に自分の名前を付けて公開するような不届き者を排除できます。

今の日本で、広く流通させたいデータ(広義のオープンデータ)に対してクリエイティブ・コモンズ的な仕組みを作ろうという動きがありますが、著作物ではないデータの場合は、そもそも公衆にライセンスする元になる権利がないので、単なる「お願い」レベルの話になってしまいます。結果、重要なデータは秘匿化しない限り守れないというジレンマ状態になってしまいます。

ビッグデータ/オープンデータに向かう流れの中でデータそのものを新たな「知財」として利用を促進していく上ではこれは結構大きな問題と思います。

(続きます)

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