iPad miniの米国商標登録出願は拒絶されてはいない

“iPad mini”の商標登録出願、米特許商標局に拒絶されていた」なんてニュースがいろいろな媒体に載っています。調べると、別に拒絶されたわけではなく、Office Actionが出ているだけです。Office Action(OA)とは、日本でいうと拒絶理由通知というものにあたり、このままだと拒絶になるので対応してくださいねという特許庁からの通知です。

商標に限らず特許でもそうですが、多くの国の審査制度では、いきなり拒絶にするということはなく、予告的な通知を行なって、出願人がしかるべき対応を行なえるようになっています。(ちなみに、中国の商標制度は通知なしでいきなり拒絶になるルールなのでちょっとやっかいです)。

ということで、「拒絶」というタイトルはミスリーディングだと思うのですが、日本国内の記事の元ネタになっているAFPの元記事のタイトルが、”US Patent Office denies ‘iPad Mini’ trademark”なのでそれに引っ張られたと思われます。

このiPad Miniに対するOAの内容は記述的商標にすぎないというものです(記述的商標については以前の記事で触れました)。「そのまんま」の商標ではないかというものです。これに対して、アップルのは使用による識別性(セカンダリーミーニング)があることを主張することになります(たぶんこの主張は認められるんじゃないかと思います)。(追記: OAをちゃんと読むと、iPadの部分はAppleが元から持っているiPad商標(富士通から買ったもの)を根拠に識別性を主張し、miniの部分は権利放棄すべしと書いてあるので商標全体として権利獲得するのは困難かもしれません。追記^2:ちなみに、iPhoneの商標登録出願があった時も最初は「iはインターネットを表わしてPhoneは電話だから”記述的商標”と考えられる」というOAは出ていたのですが、その後(Ciscoの先登録商標とのからみなどもあって)紆余曲折があった後に最終的には無事登録されています)。

また、提出した使用証拠(日本と違って米国の場合は商標を実際に使用しているこ)と、あるいは、使用する意図の宣誓が求められます)が不十分であるとの指摘もされているようですが、これは単に手続き上の瑕疵なので容易に補正可能です。

というわけで、これはわりと日常茶飯事の話であると言えます。

私も、(架空の)人名ぽい商標を米国に出願し、「この人の許可を取ったのか?」なんてOAをもらって「架空のキャラクターなので許可も糞もありません」(という主旨)の応答をして無事登録に至ったことがあります。

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ネスプレッソとジェネリック医薬品の関係について

何かのきっかけで「ネスプレッソ海賊版!?「紅茶カプセル」を飲んでみた」という記事を見て、「あれ、ネスプレッソのカプセルは特許で保護されてないのかな?」と思いました。ご存じのようにネスプレッソはコーヒー粉のカプセル方式により安定しておいしいエスプレッソ等を作れるのですが、その一方で、カプセルはネスレから直販でちょっとお高めの純正品を買うしかなかったからです。お高めの価格を維持できるということはインクジェット・プリンターのカートリッジと同じパターンで特許によって互換品を排除している可能性が高いです。

ちょっと調べてみると普通にWikipedia(英語の方)に「ネスプレッソは特許権で保護されているが、その特許は2012年から権利期間満了し始める」と書いてあります。ネスレ社の日本国内の特許を調べてみたところ、結構な数が登録されていますが、ネスプレッソのカプセルそのものの特許はたぶん2784293号だと思います(権利者を「ネスレ」ではなく旧表記の「ネッスル」としてサーチするのがポイントです)。この特許の出願日は1992年5月7日なので、2012年5月7日で権利が消滅しています。したがって、冒頭の記事のカプセルも海賊版ではなく、合法的な互換品である可能性が高いと思われます(他にも関連特許権が残っている可能性があるので絶対ではないですが)。

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さらに、ネットで検索してみると今はネスプレッソ互換カプセルはわりと普通に売ってるんですね。中身を自分で詰められるカプセルもあるみたいです(まさに、インクジェットのカートリッジみたいです)。ジェネリック医薬品と同じで最初に発明した会社の特許権が満了したので、競合他社が自由に同等製品を作って売れる状態になっているのではないかと思われます。

実は、自分のオフィス用にエスプレッソ・メーカーを買う時にネスプレッソも検討したのですがカプセル代が高いのでやめて、普通の粉方式のものにしたのですが、普通のエスプレッソ・メーカーってなかなか難しく3回に1回くらいでしかおいしく作れません。また、キッチンがコーヒー粉でひどく汚れます。もし、合法的な互換カプセルが安く入手可能になるのならばネスプレッソにしておけばよかったかなあとも思いました。

特許はあくまでも一定期間に限って独占権を提供する制度です。こうすることで、イノベーターが先行者利益を得て、研究開発投資を回収しつつ、業界全体もイノベーションの恩恵を受けられます。ネスレもネスプレッソ特許では十分投資を回収できたのではないでしょうか?(まあ、ネスレに十分回収しましたよねと聞いても「はい」とは答えないでしょうが)

ちなみに、コーヒーメーカーのような分野であれば20年くらいの権利期間もまだ妥当とは思いますが、ソフトウェア分野で20年(ドッグイヤー換算140年)はほとんど永遠に近いので長すぎではないかという議論もあるとは思います。

ディスクレイマー: 特許についてはブログネタとして簡単に調べただけなのでネスプレッソのカプセル関連で、別の特許権が残っている可能性はあります。個人として互換カプセルを買うことで特許権侵害になることはないですが、業として互換カプセルの輸入等をして差止等の権利行使をされた場合の責は負いかねますのでご了解願います(商売としてやるのならばちゃんとお金をかけて調査願います)。

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苦労して集めたデータをパクられたらどの法律が守ってくれるのか?

あなたが市場調査会社をやっているとします。苦労して(お金もかけて)詳細な調査データ(たとえば、タブレットの機種別売上)を調べて、それをレポートにしてクライアント企業に売ってビジネスにしていたとします。ところがある日、その市場調査データと同じデータが別の会社によって販売されていることを知りました。さて、あなたはそれに対して何ができるのでしょうか?

もちろん、その会社にクレームを言うことはできます。まともな会社なら信用問題になるので販売を止めてくれるでしょうが、残念ながらまともな会社でなかったとします。

著作権侵害で訴えることができるでしょうか?残念ながら、著作権はデータ(事実)そのものには適用されません。レポートの文章や図表をパクられたのであれば、著作権侵害を問えますが、データだけであれば著作権法の範囲外です。

ある程度著作権法を勉強された人は「データベースの著作物」というのがあるではないかと思われるかもしれませんが、「データベースの著作物」として守られるのは「情報の選択又は体系的な構成」の創作性だけです(たとえば、職業別電話帳の分類方法など)。データそのものに保護が及ぶわけではありません。

当然ながらデータは物理的なものではないので窃盗罪は成立しません。また、不正競争防止法(営業秘密の不正取得)も問えません。世の中に広く売っているデータである以上営業秘密ではないからです。

契約違反はどうでしょうか?レポートを買ったクライアント企業自身が勝手に再販しているのであれば、利用規約違反になるでしょうから、契約に従った措置を取れます。ただ、契約が有効なのは合意した当事者だけですから、第三者がパクリデータを売っているのであれば契約ではどうしようもありません。たぶん、その第三者にデータを横流ししたクライアントがいるはずなので、それを見つけ出してその会社に横流し行為についての契約違反を問うしかありません。ただ、誰が横流ししたのかを探すのは現実には困難と思われます(なお、企業間の契約の話なので警察は動いてくれません)。

一般不法行為(民法709条)はどうでしょうか?これは、ケースバイケースですが、裁判官がこれは理不尽であると考えてくれれば認められる可能性はあります(たとえば、自動車データベース事件)。ただし、通常は差止め請求は認められませんし、損害賠償額は原告が立証した損害額だけです。

ということで、日本の現在の法制度ではデータそのものに対する保護は非常に薄い状態です。データをあまり強く保護するのも公共的な観点から問題ですが、保護が全然ないのはやはり困ります。

たとえば、クリエイティブ・コモンズが機能するのは、著作権を公衆に対してライセンスする構造になっているからです。こうなっていることで、たとえば、Attributionの指定を無視して他人の作品に勝手に自分の名前を付けて公開するような不届き者を排除できます。

今の日本で、広く流通させたいデータ(広義のオープンデータ)に対してクリエイティブ・コモンズ的な仕組みを作ろうという動きがありますが、著作物ではないデータの場合は、そもそも公衆にライセンスする元になる権利がないので、単なる「お願い」レベルの話になってしまいます。結果、重要なデータは秘匿化しない限り守れないというジレンマ状態になってしまいます。

ビッグデータ/オープンデータに向かう流れの中でデータそのものを新たな「知財」として利用を促進していく上ではこれは結構大きな問題と思います。

(続きます)

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17歳で28億円をゲットしたプログラマーは特許出願をしていた

ロンドンに住むニック・ダロイシオ(Nick D’Aloisio)という17歳の高校生が、自分で発明したニュース記事サマリー・テクノロジーの開発企業を米ヤフーに3000万ドル(約28億円)で売却したというニュースがありました(参照記事)。17歳で28億円(本人にではなく会社にですが)というのも驚きですが、ニュースのサマリー手法というかなり枯れた領域でもイノベーションの余地が残っていたという点も驚きです(遺伝的プログラミング関連のイノベーションのようです)。

これだけの価値があるテクノロジーなので当然特許出願はしているだろうと思ってNick D’Aloisioを発明者としていろいろ検索してみましたが見つかりません。本名ではない(もちろんNicholasでも検索してます)のかとも思いましたが、単にまだ出願公開の時期が来ていないようです。一般のニュース記事から検索すると少なくとも以下の事実がわかります。

2011年9月1日付けの記事(英文)では、“We’ll definitely have that patent done to make sure we lock down that IP”と特許出願をする予定であることが未来形で書かれています(なお、主語がWeなのは、未成年なので親が法定代理しないと出願できないからだと思います)。

そして、2012年1月16日付けの記事(英文)では、”patent pending”(特許出願済)の技術をMITの研究者に調べてもらい、業界標準のテクノロジーの性能を30%上回ることを検証してもらったと書かれています。

また、2011年12月17日の記事(英文)でも複数の特許が”patent pending”であると書かれています。

上記から少なくとも2011年9月1日から2011年12月17日の間に何件かの特許を出願したと推定されます。通常、出願内容は出願日から1.5年後に公開されるので、遅くとも今年の6月頃までには公開されるんじゃないかと思います(米国にしか出願していない場合は非公開請求が可能ですがちょっと考えにくいパターンです)。

まあ、いずれにせよ、以前このブログでも書いた発明を企業や投資家に売り込む前には特許出願しておけという鉄則は守られています(当たり前ですが)。


最後にまったくの余談なのですが、先々週@ITに書いた「5分でわかる特許」という記事で、特許化の対象になり得るアイデアの例を説明した箇所で奇しくも:

文書中の重要な個所を判定するアルゴリズムが明確化されて、それが本当に斬新なものであれば特許にできる可能性が出てきます(ただ、現実にはこのような文書解析のテクノロジは長い間にわたり改良を続けられてきているので、いまから斬新なアイデアを思い付くのは困難でしょう。本当に新規性・進歩性のハードルをクリアしたいなら、まだ「キャズム」を超えていない分野を狙うべきです。)

なんて、書いてしまいましたが、ちょっと現状認識が違ってましたね、どうもすみません(@ITの記事の方は後日追記するかもしれません)。教訓は「もうイノベーションの余地はないと思われているような領域でもイノベーションの種は残っているものだ」ということです(と矛先を変えますw)。

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ITエンジニアにも関係大ありの意匠法改正案について

TV東京のWBS(ワールドビジネスサテライト)の「日本知財戦略 巻き返しは…」という特集のアーカイブが公式サイト上で見られるようになっています(期限付きかもしれません)。

内容は、主に、プログラムの画面デザインの意匠登録を可能にする法改正案の話です。

画面デザインの保護に関する入門的話はこのブログの過去記事「MAKERムーブメントが知財に与える影響:意匠権と実用新案権」と、EnterpriseZineに連載中の知財入門記事で書いてます。

ポイントは日本の現行制度ではソフトウェアの画面デザインは意匠権で保護されない(意匠権は物品に結びついた権利であるが、ソフトウェアは法律上は物品ではないから)という点が、諸外国との整合性を欠き、問題になっているため、法改正をしてソフトウェアの画面デザインも意匠権の対象にすべきという話です。

特に一般消費者向けの製品等ではプログラムの画面デザインは各メーカーが力を入れるところですが、それが簡単に真似されてしまってはたまらないですね。

こういう話をすると「誰でも思いつく当たり前の画面デザインが保護されることになって問題だ」と言う人がでてきそうですが、それは当たり前の画面デザインに意匠権を与えないようなしっかりとした審査を行ないましょうという話であって、画面デザインを保護すべきでない理由としては失当だと思います。

加えて、現在の日本の制度だと、たとえば、このブログでも書いたように、iPhoneのスライド起動画面は意匠登録され得る(携帯電話という物品に結びついているため)が、iPhoneのアプリ画面は意匠登録の対象外となっており、ちょっと一貫性を欠く印象があるため、やはり是正が必要だと思います。

番組では、もうひとつハーグ協定(ヘーグ協定という人もいますが、今は「ハーグ」が正式らしいです(現地読み重視))についても触れられていました。これは国際的に意匠登録の制度をできるだけ一元化する協定で、日本はまだ参加していません(米国も中国もまだ参加予定の段階)。日本がこの協定に参加すると国際的な意匠登録の敷居もかなり低くなることが予測されます(それが弁理士の仕事にどのような影響があるのかはわかりませんが)。

なお、「ハーグ条約」というのも今ちょっと話題になっていますが、これは国際結婚して離婚した夫婦などが国境を越えて子供を連れ帰ること等に関する条約で「ハーグ協定」とは全然関係ない(共通点はオランダのハーグで採択されたということだけ)なので言い間違えないように気をつけましょう。

番組で事例として紹介されていた企業はソニーとかOBCとかの大企業でしたが、この意匠法改正案はスマフォやガジェット向けのアプリを開発する個人デベロッパーやスタートアップ企業にも大いに関係してくると思います。

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