【週末ネタ】特許要件の重要判例(?)「宇宙論事件」

言うまでもないですが、特許の対象となる発明は「自然法則を利用した技術的創作のうち高度なもの」と定義されていますので、自然法則を利用していないアイデアは特許の対象になりません。「ビジネスモデル特許」という言い方がありますが、日本ではビジネスモデル(ビジネスのやり方)それ自体は特許の対象外です。世の中で「ビジネスモデル特許」と言われているのは、実際には、ビジネスモデルを実現する情報システム(これは、コンピューターで動いてますので自然法則を利用していると言えます)の特許であることがほとんどです。

現実には、この「自然法則利用」要件のグレーゾーンもあります。一部に人為的判断が入っていても全体として自然法則を利用していれば特許の対象になりますし(もちろん、新規性・進歩性等の他の要件は別)、人のプロセスでコンピューターを使っていてもその使い方に何ら特徴がなく単に道具として使っているだけであれば、人為的取り決めにすぎないとされて特許の対象外になります、

さて、久しぶりに中山『特許法』を通読していたところ、この「自然法則を利用した」の要件のグレーゾーンの説明のところで、2つの知財高裁判例が上げられているのが目に止まりました(p99)。

ひとつめは「人間に自然に備えられた能力のうち、子音に対する識別能力が高いことに着目し、その性質を利用して、正確な綴りを知らなくても英単語の意味を見いだせる」というアイデアが自然法則を利用したものであると判断された「対訳辞書事件」です。

もうひとつは、「数多くの対象となる言葉を、その意味する内容に則って、宇宙論、生命誕生、人類誕生、文明開化の4つの思想にあてはめて、分類し、連ね並べて整理する」アイデアが自然法則を利用したものではない(単に人による分類作業)と判断された「宇宙論事件」です。この判決文は裁判所サイトで読めます。特許の公開番号は特開2005-037867です(IPDLは直リンできないのでご興味ある方は自分でサーチしてください)。なお、要約は以下のようになっています。

【要約】
【課題】 宇宙論、生命誕生、人類誕生、文明開化の各思想を、記号等を用いてコンパクトに理論化を可能とする。
【解決手段】 記号化した対語だけを用い、宇宙論、生命誕生、人類誕生、文明開化の各思想を基に、自然科学、社会科学、人文科学の定説で根拠付け、その記号化した対語を羅列する事で、限定的に、そしてコンパクトに理論化を可能とする。

この手の「特殊特許」の公報はネタとしてよく取り上げられますが、裁判まで行ったのは珍しいような気がします(特許庁の審決を取り消す訴訟なので地裁をパスしていきなり知財高裁で争われます(なお、原告は本人代理))。判決文を読むと、原告はかなり「独自性」の高い主張を展開しており、これにちゃんと論理立ててまじめに対応している裁判官や特許側代理人側の気持ちを考えるとちょっと胸熱です。

中山先生が何でこんな「特殊特許」を判例として引用したか(まさか、ネタとしてではないでしょう)ですが、自然法則の利用性について知財高裁が判断を示した比較的最近の判例なのと、「対訳辞書事件」との対比で、自然法則利用性の判断の境界がクリアーになるという点が重要であったのだと思います。

今後、法研究の世界でこの「宇宙論事件」が取り上げられる可能性もあるのかと思うと、これまた胸熱です。(追記:今、仕事場に来て『注解特許法』を見たら普通に載ってました。)

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個人が勝手に加圧トレーニングをするとどうなるのか(特許権的な意味で)

昨日書いた加圧トレーニングの特許、ちょっと調べるといろいろあるようで、侵害訴訟沙汰にもなってますし(プレスリリース)、たぶんそれに関連して無効審判も請求されています。無効審判のうち、1件は昨年の10月に請求棄却(つまり、特許権は有効との決定)になってます(これに対して審決取消訴訟が提起されており、このサイトによると次回の知財高裁開廷日は4/10(本ブログ記事投稿の翌週)らしいです)。この審判(審決番号:2011-800252)についてはIPDLで審決書類が見られるようになっており、予想通り、医療行為ではないか(注:日本の特許法では人間の治療方法は特許の対象外)等の議論がなされています。なかなか興味深い内容です。もう1個の方の無効審判は今年の2月に請求されています(係属中なので書類は特許庁まで行って料金を払わないと見られません)。

ところで、もうちょっとでパブリックドメインになるのに、なぜわざわざ無効審判で争うのかというと、特許が無効になると最初から権利がなかったことになるので、侵害訴訟で訴えられている方の賠償金の支払い義務がなくなるからです(追記:ついでに書いておくと特許権が切れた後も無効審判は請求可能です)。ライセンシーが支払い済みのライセンス料を返してもらえるかどうかは微妙ですが、通常は、ライセンス契約に特許権が無効になってもライセンス料は返還しない旨の条項が入っているはずです。

話は変わりますが、Wikipediaの加圧トレーニングの項目では、オリジナルで加圧トレーニングをやる方法への情報のポインターが紹介されています。その他、Webでもゴムベルトで縛るなどの方法を紹介している人もいます。自己流でやって筋肉を痛めたりする等、健康を害するリスクは別論として、特許的にはどうなんでしょうか?

これは、全然問題ありません。特許権は「業として」特許発明を実施を独占できる(他人の実施を禁止できる)権利だからです。

特許法68条 第六十八条 特許権者は、業として特許発明の実施をする権利を専有する。(後略

なので、個人が自分で勝手にやる分には特許権の効力は及びません。それを商売にしたり、かりに報酬を得ないとしても他人に反復的に提供したりすると特許権の侵害になり得ます。

また、ちょっとややこしいのですが、間接侵害という規定があって、方法の発明については、その発明の実施にしか使わない専用品を生産・販売したり、あるいは、方法の発明に不可欠な物をそれと知って生産・販売したりすると侵害になります。つまり、加圧トレーニング用バンドと銘打って専用ゴムバンドのようなものを販売すると間接侵害に問われる可能性はあります。

この「業として」の縛りは、特許・実用新案・意匠・商標の産業財産権にすべて共通です。なので、たとえば、ブランド品の店の紙袋を自分で加工してオリジナルのバッグを作って使うのは自由ですが、それをオークションで売ったりすると商標権侵害となり得ます。

なお、言うまでもないですが、著作権には「業として」の縛りはないですから、他人の著作物を勝手にネットにアップ等すると、営利目的であるかないかには関係なしに侵害になります。

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加圧トレーニングの方法特許がまもなくパブリックドメインに

加圧トレーニングについてはご存じだと思います。腕等にベルトを巻いて血流を押さえて負荷を高めた状態で筋トレすることで効果を高めるという方法です。自分もやってみたかったのですが、正規にライセンスを受けた業者しか提供できないようで、できる場所も限られてますし、器具も料金もちょっとお高めなので断念しました。

正規ライセンシーしか実施できないのは、言うまでもなく、加圧トレーニングの方法が特許で守られているからです(特許第2670421号)。その請求項1は(追記:すみません、よく調べたら一度無効審判が請求されて訂正が入ってました(下線部))、

筋肉に締めつけ力を付与するための緊締具を筋肉の所定部位に巻付け、その緊締具の周の長さを減少させ、筋肉に負荷を与えることにより筋肉に疲労を生じさせ、もって筋肉増大させる筋肉トレーニング方法であって、筋肉に疲労を生じさせるために筋肉に与える負荷が、筋肉に流れる血流を止めることなく阻害するものである筋力トレーニング方法。

となっており、ほとんど加圧トレーニングのやり方そのまんまで限定がかかってない強力な特許権です(追記:調べたら無効審判が2件係属(1件は審決取り消し訴訟中)してますので鉄板ではないかもしれません)。正規ライセンシー以外が提供できないのもわかります。加圧トレーニングの市場規模がどれくらいかわかりませんが、市場を完全に独占できてきたわけなので結構な価値がある特許ではないかと思います。

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そして、この特許の出願日は1993年11月22日なので、今年の11月22日に特許権が切れます。

この件に関して本家のKAATSU JAPAN株式会社がプレスリリースを出しています。要約すると、特許権は切れますが、他にも知財は持っているのでちゃんとこれからもライセンスしてねという「お願い」と、その他の知財権を侵害しないねでという「警告」です。その他の知財として重要なのは以下の2点です。

ノウハウ(営業秘密):加圧式トレーニングの実際にビジネスをやっていると特許として保護(および公開)していた部分以外にもいろいろなノウハウがたまるでしょう。たとえば、こういう年齢の人はこれくらいの負荷から始めるべきとか、こういう症状が出たら休ませるべき等々、です。これはライセンシーだけに提供される営業秘密と考えられるので不正競争防止法で保護されます。これを漏らした人や不正に取得した人は、契約違反に加えて、不正競争防止法に基づいて訴えられ得ます。

商標:KAATSU JAPAN社は「加圧トレーニング」を初めとする多くの商標権を所有しています(参考)。商標権は更新さえすれば永遠に続きます。なので、他人が「加圧トレーニング」という名称の商品やサービスを商売として提供すると商標権の侵害になる可能性があります。「加圧トレーニング」は記述的商標ぽい気もしますが、一度それを理由とする異議申立をクリアしているので、特許庁的には識別力ありと判断されたようです(現時点で商26条が適用されるかどうかは自分は利害関係者ではないのでノーコメントとします)。

知財の中で最も強力なのが特許であるのは間違いないですが、それ以外に、商標(ブランド)、ノウハウ(営業秘密)、著作権等々を組み合わせることで、ビジネスをより強く守ることができます。拙訳『オープン・ビジネスモデル』で主張されている知財は束にしてビジネス戦略と整合性を取ってこそ意味があるという主張そのままであります。

ただ、特許権が切れてしまえば、加圧トレーニングのアイデア自体はパブリック・ドメインになりますので、他社が、KAATSU JAPAN社の営業秘密を不正に取得することなく、KAATSU JAPAN社の名称や登録商標とまぎらわしい表示を使うことなく、同社の著作物をコピーすることなく、同じような商売を行なったり器具を販売するのは自由になります。本家はノウハウと実績に基づいた信用とブランド力をベースに勝負して、新参者は信用を築きつつ低価格で勝負することになり、結果的に消費者はメリットを得られるでしょう。

これまた、ジェネリック医薬品やネスプレッソ互換カプセル(こっちはちょっと確実ではないですが)と同じ構図です。

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Appleのバウンスバック特許:一部有効になったが効力は疑問

一時は「値千金」の特許と(私も含めて)いろいろな人に言われていたAppleのバウンスバック特許(その理由のひとつは既に一度再審査をクリアーしていることにありました)が、昨年の5月に請求された別の再審査(匿名請求人)において全クレームの新規性が否定されたという暫定的(Non-Final)判断がされたというニュースは以前書きました

FOSS Patents経由で知りましたが、その最終的(Final)判断が先日出たようです(CNET Japanにも関連記事が載りました)。Appleの反論が一部認められて、3件のクレームが生き残りましたが、肝心の(Samsungの侵害の根拠になっている)クレーム(特にクレーム19)は無効のままです。生き残ったクレームは、結構限定がかかっていて容易に回避できそうな感じです。

Appleはこの最終判断に対して異議を主張して、審判請求もできますし、米国特許庁の判断の取消しを求めて裁判所に提訴することもできます(日本で言うところの審決取消訴訟)。これは、数年単位の時間と金がかかりますし、Appleはかなり苦しい(進歩性ではなく新規性が否定されているため)と思いますが、たぶん最後までやるでしょうね。

なお、これも前に書きましたが、Apple対Samsungの10億ドル賠償金裁判(最近、その半額近くが再審理の対象になりました(なお、却下ではなく、再審理である点に注意、つまり、賠償金金額がかえって大きくなる可能性もあります))の賠償金の大部分は意匠権侵害なので、バウンスバック特許の有効性によって賠償金額にはあまり大きい影響は出ません(ただ、これによって差止めが認められるかどうかみたいな話になるとちょっと変わるかもしれませんが)

この状況は、AppleだけではなくてSamsungにも負担になります(弁護士費用もかかりますし、権利が完全にクリアーされない状況が長く続きます)。なので、普通は和解するのですが、この場合は両社意地のデスマッチで最後までやる可能性が高そうです。

こういう点から言うと、ひとつひとつは多少弱くても、関連特許をポートフォリオとして複数持っているのは有利です。そのひとつひとつをつぶすのは時間もお金もかかるため、多少相手の条件をのんでも和解した方が得になるからからです。まさに、1本の矢はすぐ折れるが束ねると折れない(少なくとも折りにくい)という話です。

たとえば、HTCはあっさりAppleと和解して(このバウンスバック特許も含めた)特許ライセンス契約を行なっています(参照記事)。

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アメリカのまねきTV?:Aereoに対するTV局の仮差止請求が却下

CNET Japanに「”Aereo”番組再配信の仮差し止めを求めるテレビ局各社の要請、控訴裁判所でも却下」なんて記事が出てました。最近、この分野をあまりフォローしてなかったのですが、Aereoは、TV番組をインターネット上でストリーミングしてスマホやタブレットで見られるようにするサービスを提供している企業です。

AereoのWebサイトおよびWikipediaのエントリーを見ると仕組みがわかります。地上波を受信できるコインサイズの超小型アンテナ(写真参照)数千個をデータセンターにおいてそのひとつひとつを顧客にリースします。そして、ユーザーは自分のアンテナで放送波を受信して自分のスマホなりタブレットにストリーミングするという仕組みのようです。自分のアンテナで受信しているのでどの機器で見ようが録画しようが勝手であるという理屈です。

今は亡きまねきTVに似ています。ただし、Aereoは放送区域外の端末では使えないという縛りをかけています(現在はニューヨーク市でのみ提供、他の米国内主要都市にも拡大予定)。地域的な縛りをかけているのは放送局の利益を害していないのでフェアユースであるとの主張を行なうためかもしれません。

このサービスはユーザーには高く評価されている(たとえば、Wall Street Journalのレビュー記事)のですが、容易に予測されるように全メジャー局は著作権侵害を主張してAereoを訴えました。日本の司法の解釈ですと、個人所有の機器であっても、アンテナをつないだ人(業者)が送信可能化を行なっているので公衆送信権侵害ということになってしまいそうですが、米国では素直に自分の所有機器から自分所有の機器へとストリーミングしているだけなので、”public performance”(公衆送信)ではなく、著作権侵害ではないとの判断がニューヨーク地裁でなされています。今回のニュースは、この判断に連邦巡回区控訴裁判所(日本の知財高裁に相当)も同意したということです。

なお、TV局側の仮差止請求が却下されただけの話であって、Aereoが合法であると最終的に認定されたわけではありません。

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