セカイカメラの終わりとムーアの組織リーダーモデルについて

ちょっと前の話になりますが、頓知ドット社のARアプリであるセカイカメラがサービス終了というニュースがありました(参考記事)。

2008年にセカイカメラが出た時はかなり感動しましたし、twitterだか2ちゃんねるだか忘れましたが「繁華街でセカイカメラ使ったら風俗店にボッタクリのエアタグが付いてて未来を感じた」という趣旨の投稿があって妙に納得したものでした。

しかし、エクスペリエンス的にスマホを高く掲げてごちゃごちゃした揺れる画面を見続けるのはあまり快適ではない(しかも見てくれが悪い)ですし、魅力的な関連サービスがなかったことから次第にアプリを立ち上げることは少なくなっていきました。

言うまでもなく、すばらしいアイデアと思えるような商品やサービスが結局普及せずに終わってしまうケースは数多いです(いわゆる、キャズム越えができなかったケース)。実は、商品やサービスがたいしたことなかったというケースもあるでしょうが、適切なリーダーがいなかったというケースもあるでしょう。

ここで、参考になるのがジェフリー・ムーアによる組織リーダーのモデルです。詳しくは拙訳『エスケープ・ベロシティ』(Kindle版も出ました)の第6章「実行力」を参照して下さい。

ムーアによると組織のリーダーは以下の3タイプに分かれます。

1. インベンター:新しい商品やサービスを野性的な勘で生み出すことができる能力を持ったリーダーです(いわゆる「発明家」に限定されないので敢えてカナ書きします)。良い物ができてしまえばそこで満足でそれをどう商売にするかには関心が薄いことが多いです。

2. ディプロイヤー:インベンターが作り出した新しい商品やサービスを広く普及させていく能力を持ったリーダーです。具体的にはパートナーの獲得やエコシステム作りを得意とするリーダーです。

3. オプティマイザー:ディプロイヤーによって成功に導かれた商品やサービスをコストを抑えつつ安定的に提供していく能力を持ったリーダーです。俗に「ビーン・カウンター」とも呼ばれるタイプです。地味ではありますが、収益を生み出すリーダーであり企業の成長にとって不可欠です(オプティマイザーが生み出す収益があってこそインベンターが次のイノベーションに専念できるのです)。

そして、これらの3タイプはある意味天性のものなので1人のリーダーに任せてはいけない、3タイプのリーダー間でプロジェクトをうまくパスしていくことが、継続的な成長のために重要であるとムーアは説いています。

頓知ドット社前代表でありセカイカメラを作り出した井口尊仁氏は明らかにインベンターと言えるでしょうが(メディア等の言動から判断する限り)ディプロイヤーやオプティマイザーの要素は薄いように思えます。ディプロイヤー型リーダーをうまく育成し、かつ、プロジェクトを迅速にパスしていけなかったことがセカイカメラ失速の最大要因だと思います。

他にも例を挙げてみると、スティーブ・ジョブズは、一般にはインベンターとして認識されていると思いますが、実はディプロイヤーとしての能力がきわだっていました。iPodもiPhoneも出た当初は「クールなプロダクトではあるがそんなに売れないのでは」といった予測も聞かれました。しかし、ジョブズはiPodではiTunes Storeで大手レーベルと提携、iPhoneではApp Storeによるデベロッパー・コミュニティの構築に成功し、両製品を爆発的にヒットさせました。これはディプロイヤーとしての能力が高いことを表わしています。一方、明らかにジョブズはオプティマイザーではないと思われます。

一方、ティム・クックは優秀なオプティマイザーであるものの、今のアップルにはインベンター、ディプロイヤー型リーダーの人材不足しているように思え、同社の今後の課題になっていると思います。

ビル・ゲイツもディプロイヤー(そして、インベンター)としての才能はすばらしかったと思います。スティーブ・バルマーはオプティマイザーとしては優秀ですが、インベンターそしてディプロイヤーとしてはあまり優秀ではなく(特に、スマホとタブレットの動向に出遅れたことはインベンターとしては最悪であったことを意味すると思います)これがマイクロソフトの現在の苦境(業績は悪くないのですが株主にとっての将来価値という点での苦境)に結びついていると思います。

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【雑談】「スマートグラス」という用語について

Google Glassに代表されるメガネ型ウェアラブル端末は、日本では「スマートグラス」と総称されてていると思います。

しかし、英語で”smart glass”というと、会社の会議室や飛行機の窓などで使われている、外部からの電圧によって遮光性を調節できるガラス(別名、”switchable glass”)という意味での用法が定着しています(参考Wikipediaエントリー)。

メガネ型ウエアラブル端末という意味の言葉としては”smart glasses”あるいは”smart eyewear”という言い方が見られます。ただし、Googleの製品名はあくまでもGoogle GlassであってGoogle Glassesではありません(語呂の問題なのでしょうか、それともディスプレイが1個しかないからなのでしょうか?)。

日本語だとメガネの場合は「スマートグラス」で、窓の場合は「スマートガラス」なので混同は生じないのですが、英語に直した場合には、しばらく混乱が続きそうな気がします。

追記:雑談ついでに書いておくと、10年くらい前、サンマイクロシステムズのアナリストイベントに行ったときにCTOのグレッグパパドポロス氏がディナーのスピーチで「ウェアラブルデバイスの最右翼はメガネ型デバイスだ。サンは大変有利な位置にある。なぜなら商品名をSun Glassにできるからだ」と言って笑いを取ってましたが、それもかなわぬ夢となってしまいました…

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【実務者向け】多項従属クレームを米国に国内移行する場合の補正時期

#本記事は完全に特許実務者向けの内容です。

日本では、多項従属クレーム(マルチクレーム)「?である請求項1または請求項2記載のxx」のような他の複数のクレームに選択的に従属するクレーム)、さらには、他の区数のマルチクレームにさらに選択的に従属するクレーム(通称、マルチ-マルチ)が広く認められています。いろいろなパターンの構成の権利を押さえつつ、クレーム数を少なくするには有効な手法です。

しかし、海外に出願する場合には、マルチ-マルチのクレームがが認められない国があるので注意が必要です。

特に、米国の場合は、マルチーマルチが認められないだけではなく、1段階のマルチクレームがひとつでもあるだけで780ドルの追加料金が取られます(小規模企業(small entity)だと390ドルですみます)。また、クレーム数のカウントも、たとえば、3つのクレームを選択しているマルチクレームは3とカウントされますので、マルチクレームのメリットはないと言われています。

最初から米国に出願する場合はマルチクレームを使わなければよいのですが、PCTからの米国国内移行で元々の出願にマルチクレームが入っている場合には自発補正をしてマルしクレームがなくすべきです。

この補正タイミングですが、追加料金発生を防ぐためには、米国への出願(国内移行)と同時にしなければいけないのかと思っていましたが、まずはそのままマルチクレームを含む状態で出願し、追加分の料金は払わないでおいて、料金が足りない旨の補正指令が来てからマルチクレームをなくす自発補正を行なえばよいようです。移行期限ギリギリの場合やちょっとでも出願日を早めたい場合には有効かもしれません。

なお、マルチクレームの補正ですが、多項従属が1段階だけであれば、選択肢のひとつひとつを別のクレームとして展開すればすみます。ただしマルチ-マルチがあると組み合わせの数によりクレーム数が爆発的に増えるので現実的でない場合もあります。この場合はとりあえずは一番広いクレームに従属するようにしてOAを待つのが得策だと思います(もちろん、出願人として絶対この構成では押さえたいというような事情があれば別です)。

このようなわざと料金を払わないという手法と言えば、(同時進行中の訴訟との関係により)できるだけ分割出願の審査を遅らせたかった時に、わざと出願料金を払わずにいて補正指令を待つことによりちょっとでも時間を稼ぐというアドバイスを米国代理人にもらったことがあります(何か抵抗があったのでその時はやらなかったですが)。

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【お知らせ】特許出願審査請求料金が大幅値下げになりました

先日のエントリーでちょっと触れた産業競争力強化法による、中小ベンチャー企業を対象とした特許料金、出願審査請求料金、国際調査手数料等の大幅軽減(3分の1に軽減)の話が、特許庁サイトに正式に載りました(中小ベンチャー企業、小規模企業を対象とした審査請求料・特許料の軽減措置について)。また、詳しいニュースリリースも出ています。

対象者は以下の通りです。

a.小規模の個人事業主(従業員20人以下(商業又はサービス業は5人以下))

b.事業開始後10年未満の個人事業主

c.小規模企業(法人)(従業員20人以下(商業又はサービス業は5人以下))

d.設立後10年未満で資本金3億円以下の法人

(※c及びdについては、大企業の子会社など支配法人のいる場合を除く。)

今までも特許間連料金の減免制度はあったのですが、法人税非課税者(要するに赤字企業)に限定されるなどちょっと使いにくいものでした。これに比べて今回の軽減措置では適用範囲が大きく広がっていますので、いわゆるITベンチャーと呼ばれる企業であればほとんどがいずれかの条件に当てはまるのではないでしょうか。また軽減額も今までは半額だったのが今回の制度では3分の1とさらにお得になっています(ただし、今年の4月から2017年3月までの期間限定です)。

特に、特許のライフサイクルコストにおいて大きな割合を占める審査請求料金が3分の1になるのは重要です。15万円だとリスクは犯したくないが5万円であればチャレンジしたいという企業様も多いかと思います。また、弊所で先日ご紹介した「エクスプレス出願」の条件に適合すれば総額20万円強で特許取得可能になります

なお、前述のとおりこの軽減措置は今年の4月から有効なので、上記条件に当てはまる方はくれぐれも焦って4月前に出願審査請求を行なわないよう注意して下さい(弁理士経由で出願していれば弁理士が適切に指示してくれるはずですが、代理人なしで出願された方はご注意下さい)。

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いっそのこと著作権法の新解釈でダビングサービスは全部合法になってしまえばいいのに

ちょっと前のやまもといちろう氏のYahoo!個人ニュース「今年は著作権にまつわる諸々が色々とこじれて表面化しそうな予感がします」で自分のツイートが引用されてるようです。文脈を明確にしてちゃんと論じた方が良い話題だと思うので、ここで繰り返し検討してみます。

知財法界の重鎮である田村善之北大教授の論稿「自炊代行業者と著作権侵害の成否」について触れたブログ「企業法務戦士の雑感」の記事「ついに世に出た“真打ち”的評釈」に関する私のツイートがやまもと氏に拾われたという流れです。

先に一般的な説明をしておくと、法律解釈とは単純に杓子定規に条文を当てはめるものではありません。こうあるべきという規範が解釈する人(典型的には裁判官)の頭の中にあって、それに適合するように条文を解釈していくのが通常のプロセスです。

ただし、条文と完全に矛盾する解釈を行なうことはできません。たとえば、「今の18歳は十分大人なので、条文上は”満20歳未満の者の飲酒を禁止する”と書いてあるが、体が十分大人であれば20歳以上と解釈しよう」というのはさすがに無理筋です。

著30条の「その使用をする者が複製」という要件は結構明確ですし、どの著作権法教科書を見ても代行業者による複製は許されないと書いてあります。ただ、その一方で、おじいちゃんのために孫が新聞を拡大コピーしてあげるとかそういうレベルであれば「使用をする者と同一視できる補助者」による複製は許されるとされているので、多少の解釈の入る余地はあるでしょう。

さて、田村先生の論稿ですが最大のポイントは以下の解釈にあると思います(本論稿では他に「自炊の森」型の態様についても検討されてますが長くなるので別の機会に触れることにします)。

同項(栗原注:著30条1項)が「その使用する者が複製する」ことを要求している趣旨が、私人である本人以外の者が複製する著作物を決定する場合には、特定の著作物について組織的に複製されることになりかねず、著作権者に与える影響を無視しえないからであるとすれば、肝要なことは使用者本人が何を複製するのかということを決定しているのかということなのであって、物理的に複製をなす者が誰かということは重要ではない。この種の自炊代行は 30 条 1 項の枠内にあるというべきではなかろうか。(太字は栗原による)

ひとつの客観的真実があるわけではない法律の世界では第一人者の発言は裁判所の判断にも大きな影響を与え得ます。もし、田村先生が提案するような解釈が知財高裁で採用され、結果的に自炊代行サービスが合法になるのであれば、それはそれで喜ばしいことです。

ただ、そうなると、著30条1項の「その使用をする者が複製する」という要件が効いてくるパターンてあるのかという気もします(それがそもそも私がしたツイートの意味)。著作物の使用者の預かり知らないところで業者が勝手にコピーしてしまうというパターンはちょっと想定しがたいです。また、仮に業者が蔵書を全部複製するのだとしても、それは、使用者本人が蔵書全部を複製することを決定しているわけですし。まあ、一般的に言えば、盲腸のように意味がなくなってしまった要素を持つ条文もないわけではないのですが。

さらに、もしこのような解釈により、自炊代行サービスが合法ということになれば、他のダビング代行系サービス、たとえば、手持ちのLPをMP3化してくれるサービスやレーザーディスク、ビデオテープ等をビデオファイル化してくれるサービスも合法にならないとおかしくなります。

まあ、自分としては、法律の改正を待つまでもなく、コピー(ダビング、スキャン)代行サービスは全部OKということになれば大変喜ばしくはあります(プレイヤーの調子が悪くて死蔵されているレーザーディスクも結構家にありますし)。ただ、個人的には、仮にそうなるにしても最終的には法改正を目指した上での(やや強引な)解釈という気がします。

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