小保方さんは特許出願を急いでいたのか?

NEWSポストセブンというWebメディアに「研究者が「小保方さんの立場も理解できる」と話す4つの理由」なんて記事が載ってます。その4つの理由とは、

【理由1:特許申請の焦り】

【理由2:特許申請によって学術論文を急がされた】

【理由3:掲載誌にせがまれた】

【理由4:他の研究者の嫉妬】

理由3と理由4は置いておいて、理由1と理由2について検討してみましょう。ところで、「特許申請」という言葉は正確ではありません「特許出願」が正しいです。日本の知財関連法では「出願」は審査官による審査を受けるもの、「申請」は受けないものという使い分けがなされています。

では、まず、理由1の特許出願を急いだのではないかという点ですが、一応の根拠はあります。件のPCT出願(PCT/US2013/037996)は2013年4月24日に出願されていますが、その際に2012年4月24日に出願された米国出願(61/637,631)、および、2013年3月13日に出願された米国出願(61/779,533)に優先権を指定しています。優先権とは先の出願から1年以内に後の出願をすると、先の出願に書いてあった内容の実質出願日が先の出願の出願日に遡る制度です(正確な言い方ではないですがイメージとしてとらえてください)。新規性・進歩性・先願を考えると、出願日は早い方が望ましいので、優先権は使える時は絶対使った方がよいです。このケースで言うと最先の出願からジャスト1年(つまり〆切ぎりぎり)で出願してます。なので、優先権指定の期限に間に合わせるためにPCT出願を急いだということはあるかもしれません。

ただ、もちろん、できてないのにできていると書いたり、実際とは違う実験データを記載したりしていれば、前回も書いたように刑事罰に相当する行為ですので、特許出願を急いでいたのでというのが正当な理由にならないのは当然です。

ところで、先の出願の61/637,631と61/779,533はUSPTOのサイトでは見られません(たぶん、既に取り下げてるんだと思います)。しかし、WIPOのPCT出願の審査経過情報(包袋)には優先権情報として載っています(61/637,63161/779,533)。自分は中味を見ている時間がないですし、生物学の知識もないのでこれ以上深入りしませんが、この問題をフォローしている人には参考になるかもしれません(問題のコピペがどの段階で入ったのか等々がわかるでしょう)。

次に理由2の特許出願によって学術論文執筆を急がされたと言う点ですが、記事では、

「特許申請(ママ)は、学術論文に比べて圧倒的に情報量が少なくて済む。しかし、特許申請によって世界中の人が研究の中身を知ってしまうことになり、誰かがそれを参考にして先に学術論文を発表してしまうこともありえる。するとその人が学術の世界では“第一人者”として認定されかねない。なので、特許を申請した以上は、より精度が求められる学術論文を早く作成し、発表しなくてはならない。そうした焦りも、彼女にあったのだろう」

まあアカデミアと産業の境界領域だとそういうこともあるのかもしれません。産業領域だと特許による公開が嫌であれば秘密のノウハウ化して特許出願しないという手がありますが、アカデミアだと何らかの形で発表しないことには研究者は得るものがないからです。出願公開は、最先の優先日から約1.5年後に行なわれます。このPCT出願の場合だと2013年10月31日に公開されています。なので、その後できるだけ早く学術論文として発表したかったのかもしれません。もちろん、急いでいたので別の画像を間違って使ってしまいましたなんて言い訳が通らないのは言うまでもないことですが。

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STAP細胞の特許はどうなってしまうのか?

STAP細胞の件、自分は専門ではないので内容のコメントは差し控えますが、天下の理研って結構お粗末なんだなあという印象を持ったことは書いておきます。基本は税金で運営されているわけですし、海外から見た日本の科学研究の信頼性を損なうという点でも困ったものだと思います。

さて、小保方さん(さらに、問題のNature論文共著者であるバカンティ教授、笹井氏、若山教授、小島教授ら)を発明者とした国際出願がされていることはこのブログでも書きました。その特許出願はどうなってしまうのでしょうか?

まず、国際出願(PCT出願)という制度について簡単に説明しておきます。これは、PCT(特許協力条約)という条約に基づいた制度であり、多数国への出願を容易にするために、スイスのジュネーブにあるWIPO(世界知的所有権機関)に出願を行なっておくとPCT加盟国に出願したのと同等の効果を得られる制度です。

ただ、PCT出願をしただけでは実体審査が行なわれるわけではなく、各国で実体審査を行なってもらうために国内移行と呼ばれる手続きを行なう必要があります。審査は各国の特許庁で行なわれます。WIPOはあくまでも一時的に特許出願を寝かせておくための場所だと思って下さい。この国内移行の〆切日が優先日から原則として2年半です(国によって多少異なります。〆切日までに国内移行しないと特許出願は取り下げになります。この出願の場合は今年の10月24日がその〆切日です。現時点ではどの国にも国内移行は行なわれておらず、完全に寝かされた状態になっています。

仮に国内移行されるとどうなるのでしょうか?すると国内移行された国で実体審査が始まります(日本を初めとするいくつかの国では審査請求というもうひとつの手続きを経て実体審査が始まります)。

特許要件のひとつとして実施可能性があります(実現不可能な発明を独占させるのはおかしいので当然です)。ということで、あくまでも仮定の話ですが、STAP細胞がこの特許の明細書に記載された方法では作成できないことが明らかになった場合には特許化されることはないでしょう。

また、これもあくまでも仮定の話ですが、明細書の記載(実験結果等)にねつ造があった場合はどうなるのでしょうか?

日本では詐欺行為により特許を受けると刑事罰の対象になります(文言解釈の限りでは出願するだけでは刑事罰対象にはならないようですね)。

第百九十七条  詐欺の行為により特許、特許権の存続期間の延長登録又は審決を受けた者は、三年以下の懲役又は三百万円以下の罰金に処する。

米国では、特許法には規定がないですが、たぶん連邦刑法に引っかかると思います。たぶん、18USC1001条により5年以下の禁固刑と思います(この辺はちょっと自信がないです)。

まあ、現在の状況で国内移行するとは思えませんが、特許取得における詐欺行為は厳しく罰せられ得ますよという説明のために書いてみました。

余談ではありますが、この記事を書く際の調べ物で知りましたが、一昔前のES細胞ねつ造事件(Wikipedia)の当事者であった韓国の黄禹錫(ファン・ウソク)氏のまさに問題となった研究に基づく特許出願が米国特許庁でつい最近に登録されてしまったという事件があったようです(New York Timesの記事)。よりによってこのタイミングでという感じです。

まあ特許庁に追試の施設があるわけではないので、明細書の記載のつじつまが合っていれば登録する運用になっているのはしょうがないですが、(少なくとも生物学分野の関係者であれば)誰でも知っているような事件をスルーして登録してしまう米国特許庁審査官はザル過ぎないかという批判が巻き起こっているようです。

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アップルが法外なライセンス料を要求する根拠になった特許とは

アップルがサムスンに対してスマホ/タブレット1台あたり約40ドル(4,100円)という法外とも言えるライセンス料を要求して話題になっています(参照記事(GIGAZINE)、その元記事(FOSS Patents)(英語))。サムスンのスマフォ販売台数を考えると、このライセンス料では年間1兆円を超えるライセンス料をアップルに支払う計算になってしまいます。

まず状況整理しておくと、アップル対サムスンの米国での裁判は主に北カリフォルニア連邦地裁で行なわれています(これ以外にITCに対する禁輸の訴え等があります)。北カリフォルニア連邦地裁での裁判は2件あり、そのうちの最初の裁判では、3月6日にサムスンに対して約9.3億ドル(960億円)という巨額な賠償金の支払が命じられています(一昨年末の最初の判決の後に賠償額の再算定が命じられていたのですが、結局あまり変わらない額になりました)。サムスンは控訴しています。

今回の話題は3月31日に公判が始まる2回目の裁判の方に関する話です。

1回目の裁判では特許とはいってもデザイン特許(日本でいう意匠権)が多額の損害賠償のほとんどの根拠となっていました。2回目の方ではデザイン特許ではなく、いわゆる日本で言う特許と同義の特許権5件が争われています。実はその一部については本ブログで既に解説しています(「これがアップル対サムスン裁判で問題になった特許です(その2(前半))」。なお、この過去記事では、前半として3件説明して、残りは後半でということになっていましたが、結局後半は書いてませんでしたね、どうもすみません。ということで本記事で、まとめてこの5件について簡単に解説します(当時は6件でしたが判事の命令により1件取り下げになっています)。

1.US5,946,647  (System and method for performing an action on a structure in computer-generated data)「コンピューター生成されたデータの構造上でアクションを実行すするためのシステムと方法」

これは、過去エントリーをご参照下さい。通称「データ・タッピング」特許、ドキュメント中の電話番号ぽいところをタップすると電話をかけられる等、特定の文字列をリンク化するアイデアです。

2.US6,847,959(”Universal interface for retrieval of information in a computer system”)「コンピュータ・システムで情報検索するための共通インターフェース」

これも過去エントリーをご参照下さい。フェデレーテッド・サーチ関係のアイデアです。

3.US8,046,721(“Unlocking a device by performing gestures on an unlock image”)「アンロック・イメージ上でのジェスチャーによるデバイスのアンロック」

スライド操作で画面ロック状態を解除するアイデアです。なお、過去エントリーでは日本での同等特許は拒絶査定確定と書きましたが、その後調べると、拒絶査定不服審判に成功し、特許5457679号として登録されていました。どうもすみません。

4.US7,761,414(”Asynchronous data synchronization amongst devices”)「デバイス間の非同期データ同期」

カレンダー等のデータの非同期型の同期処理と同時に編集などの同期型処理を同時に行なうというアイデアです。出願日が2007年とわりと新しいので新規性は大丈夫なのかという気もします。その辺はちょっと審査経過を見てみないとわかりません。

5.US8,074,172(”Method, system, and graphical user interface for providing word recommendations”)「単語の推奨を行なう方法、システム、及びGUI」

これは別の過去エントリーで既に解説しています。iOSデバイスのオートコンプリートの(昔の)実装ほぼそのまんまの特許です。

アップルは、これらのソフトウェア特許5件だけを根拠に1台あたり4,100円のライセンス料を要求しているわけです。

特許は後付けで見ると当たり前に見えることが多く、その価値を過小評価しがちであること、法廷戦術としてまずは大きめの金額を言っておくという点を考慮しても、この条件は、業界の相場、そして、アップルの過去の要求を大きく逸脱したものです。

FOSS Patentsの中の人である知財コンサルタントFlorian Mueller氏(どちらかというとアンチGoogle派でApple側を支持することが多い)も、このようなライセンス料率が一般化したならば、かなり保守的な見積もりを行なったとしても(特許権の固まりである)スマホ1台あたりの特許ライセンス料がおよそ2,000ドルになってしまうだろうとアップルを批判しています。アップルは気が触れたとしか思えないとまで言っています。

アップルとサムスンは両社CEOによる2月頭の話し合いにより解決しそうな雰囲気も一時はあったのですが、結局、ガチンコ勝負はまだ続きそうな気配です。

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Linuxは太陽である(そしてオープンデータも)

ちょっと前になりますが、ReadWrite Web(日本版)に「オープンソース企業からオープンソースが消えていく理由」 なんて記事が載っていました。ちょっと釣り気味のタイトルですが、記事のポイントは、オープンソースソフトウェアそのものを売って商売にすることは困難であり、(初期の)RedHat Softwareのような企業は二度と表われないだろうということです(RedHatも今はLinuxディストリビューションよりもLinux上の付加価値ソフトウェアがビジネスの中心になっています(それがそもそもの記事タイトルの意味するところです))。

これで思い出した話ですが、拙訳『インテンションエコノミー』で、著者ドク・サールズ(Linux Jounal誌のシニア・エディター)は、Linuxを太陽光にたとえています。自然に潤沢に存在し、希少性がなく、そのもので商売することは困難ですが、他のあらゆるビジネスの基盤となり得るものという意味です。「Linuxのビジネスモデルは何かと尋ねるのは太陽光のビジネスモデルを訪ねるようなものだ」と書かれています。

別の言い方をすると、Lunuxそのものによるビジネス(business with Linux)は限定的だが、Linuxがあるが故に可能になったビジネス(business because of Linux)には膨大な機会があるということです。サールズは、これを「ビコーズ効果」と呼んでいます。「ビコーズ効果」は、Linuxに限らずあらゆるオープンソースソフトウェア、そして、ネット自体にも当てはまる話です。

今ちょっと話題のオープンデータにも多大な「ビコーズ効果」があります。

オープンデータはそもそもの定義として最小限のライセンス条件で自由に流通するデータですので、オープンデータそのものによる商売(business with open data)で収益を上げるのは困難です。しかし、オープンデータがあるが故に可能になるビジネス(business because of open data)は膨大な機会があります。

2013年10月にマッキンゼーが公開したオープンデータに関するレポート”Open data: Unlocking innovation and performance with liquid information”では、オープンデータによる経済波及効果、いわば、オープンデータの「ビコーズ効果」をグローバルで年間3.4兆ドルから5.4兆ドルと見積もっています。

正直言って、現在の日本のオープンデータ、特に、オープンガバメントデータの領域は欧米の動きに大きく遅れを取っていると思いますが、この理由の一つとして、ITベンダー(そして、ITベンダーにIT戦略を一任している行政機関や企業)が”business with open data”だけに注目し、”business because of open data”(ビコーズ効果)を軽視していたことがあるのではないかと思っています。”business with open data”によるサーバやストレージの売上など知れています。それによって、オープンデータの「ビコーズ効果」が見えなくなっていたのだとしたら国家的な機会損失であったと思います。

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【お知らせ】3月18日フラッシュストレージのセミナーで講演します

3月18日(火)に日経BP主催の「フラッシュストレージ – 超高速I/Oが実現するITインフラ変革」で講演します。入場無料(要事前登録)です。フラッシュストレージにからめて、エンタープライズITインフラの世界で起きているメガトレンドのお話をします。

最近はあまりエンタープライズIT系の話はブログに書かなくなっていますが、調査分析活動は続けています(ネタにしやすいのでついつい知財系の話ばかり書いてしまいますが)。講演や寄稿のご依頼がありましたら是非よろしくお願いします。

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