クリステンセン”Seeing What’s Next”が新訳で出版されました

翔泳社様から『イノベーションの最終解』の献本をいただきました。photo

原本は、クレイトン・クリステンセンの”Seeing What’s Next”です。翻訳者は櫻井祐子さんです。

クリステンセン教授のイノベーター三部作のうちの最初の二つ、『イノベーションのジレンマ』(Innovator’s Dilemma)と『イノベーションへの解』(Innovator’s Solution)は、櫻井祐子さんの翻訳で翔泳社から出ていたんですが、なぜか三つめの”Seeing What’s Next”だけは『明日は誰のものか』として別の翻訳者でランダムハウス講談社から出てました(現在は絶版のようです)。

内部事情は知りませんが、今回、翔泳社が翻訳権を取りなおして再出版となったのだと思います。三部作共に同じ定評ある翻訳者さんで訳されたのは喜ばしいこです。もちろん、私も原著・旧訳ともに読んでますが、この機会に読み直してみたいと思います。

ところで、この『イノベーションの最終解』の共著者であるスコット・アンソニー氏が著者になっている『イノべーションのへの解(実践編)』は私が訳してます。

スコット・アンソニー氏は、イノサイトというコンサル会社をクリステンセン教授と共同経営している方です。イノサイトは日本ではINDEE JAPANという会社と提携して活動しているようです(関連過去記事)。『イノべーションのへの解(実践編)』はその名の通り、クリステンセン教授の理論をコンサルに応用する時に使いやすい内容になっています(INDEE JAPANの方からも「わかりやすく翻訳してくださってありがとうございました」とお褒めの言葉をいただきました)ので、併せてお読みいただければ幸いです。

ところで、『イノベーションの最終解』の訳者あとがきで、”『イノべーションのへの解(実践編)』の栗原潔氏の訳語も使用させていただいた”みたいなクレジットが入ってます。だいぶ昔なので定かでないのですが、『イノベーションのジレンマ』と『イノベーションへの解』の訳語を踏襲するのは当然として、どうしても齟齬が生じる部分があったので、悩みに悩んだ上で、新訳語を当てたことがあったと記憶しています。

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【誤訳注意】ITという言葉のニュアンスの日米の違いについて

企業にはチーフ・デジタル・オフィサー(CDO)が必要であるなんて論調が聞かれるようになってます。ある概念が流行ると、企業にはCxOが必要である(たとえば、AIが流行ればCKO(Chief Knowledge Officer)がー、コンプライアンスが重要視されればCCO(Chief Compliance Officer)がー)と誰かが言い出すのは一種のテンプレなのでまあよいのですが、ここでは、なぜ、CIOではなくCDOという言葉をわざわざ作り出したのかという点に注目して考えてみましょう。(CDOだと、ビッグデータブームから派生したChief Data Officerと区別がつかないじゃないかという話もありますが、また別途)。

この根底には、英語圏におけるIT(Information Technology)という言葉のニュアンスの問題があると思います。

日本でITと言えば、情報技術(あるいは情報通信技術)と訳され、コンピューターとネットワークの応用分野全体を指すと思います。ところが、英語圏では(少なくともアメリカでは)これよりももう少し範囲が狭いことが多いです。

たとえば、Free Online Dictionary Of Computingでは、Information Technologyを”Applied computer systems – both hardware and software, and often including networking and telecommunications, usually in the context of a business or other enterprise.”と定義しています(強調は栗原)。要は、ITという言葉は企業コンピューティングの文脈で使われ、コンシューマー向けのテクノロジー(たとえば、SNS)は範疇外とされていることが多いことがわかります(日本と同様、情報技術全般を指すこともまったくないとは言えないでしょうが)。

CIOは(狭い意味の)ITの総責任者、しかし、これからは企業コンピューティングだけ見ていても不十分であり、コンシューマー向けの情報技術も含めて統括してかなければならないというメッセージをこめてCDOという役職が提唱されているのでしょう(たとえば、この記事を参照)。

これに関連して、たまに見られる誤訳問題について触れておきます。以下の記事見出しのITをどう訳すべきでしょうか?

10 things to help you bridge the IT/end user divide

「情報技術とエンドユーザーのギャップ解消に役立つ10のこと」だとちょっと意味が通じません(少なくとも記事の中味とは合致しません)。この文脈での”IT”は「IT部門」、あるいは、「情報システム部門」と訳す必要があります、日本で「情シス」と言ったときに、情報システム部門(あるいはその担当者)のことを指すことがあるのに似ています。英辞郎にも載ってない意味ですが普通に使われてます。

同様に、”10 things I’ve learned from working in IT”を「IT業界で働いて〜」と訳した事例がありましたが、これも誤訳とは言えないまでもちょっと不正確で「IT部門で働いて〜」あるいは「情報システム部門で働いて〜」と訳すべきです。”IT業界”だと、たとえばベンダーのマーケ等々も含まれるイメージになりますが、この記事で触れているのは企業内の情報システム担当者の話だけです。

いずれにせよ、英語圏においてITという言葉に「従来型の企業内情報システム」というニュアンスが強いことは意識しておいて損はないと思います。

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iWatch (iTime?) の特許を分析する

今回は前回紹介したiTimeと銘打たれたアップルのスマートウォッチ特許の中味を分析してみましょう。

その前に、以前にもiWatchと関係するのではないかという特許出願(米国公開番号US 20130044215)があって、このブログでも分析したことがありましたのでそれについて書いておきます。

そこで開示されていたアイデアはフレキシブルなディスプレイ(e-Paper?)を使った平べったいブレスレット型のデバイスで、ベルト全体に表示がされることが特徴になっていました。デザイン的にはかなり革新的だったので、実際の製品もこういう風になればよいなと思っていたのですが、現在の業界の噂から判断する限り、そうはならなさそうです。残念です。

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ところで、この特許出願、前回のブログ記事執筆時点では審査係属中だったのですが、結局拒絶になったようです。クレームされていた「ベルトの裏側にセンサーを設けてベルトの重なり部分を検知して表面ディスプレイ表示を調整し、表示に切れ目が生じないようにする」というアイデアは、似たようなアイデアが既に公開されていて特許性なしと判断されたようです。

さて、今回の特許8787006号)(まだ、Google Patentsに載っていないようなのでUSPTOサイトへのリンクとなります)ですが、図面を見る限り、普通の腕時計のようなベルト+本体のデザインになっています(特許図面は機能を表現するものですから、実際の工業デザインとは直接関係ありませんが)。

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開示されているアイデアは、センサー搭載、近隣デバイスとの相互通信、ペアリング相手との距離が離れた時の警告(スマホ盗難防止用です)、ジェスチャーによる操作等、今となっては当たり前のものが中心です。

興味深いのはクレームです。ここがアップルが特許として独占できる部分になります。クレーム1は以下のようになってます(翻訳は栗原による)。

An electronic wristband to be worn on a wrist of a user,the electronic wristband comprising:

a central portion having a receptacle area configured to receive and electrically connect to a mobile electronic device, the mobile electronic device including a display and being independently useable apart from the electronic wristband to perform a first set of functions; and

at least one band portion coupled to the central portion and suitable to assist with securing the electronic wristband to the wrist of the user, the at least one band portion including a wireless communication transceiver provided internal to the at least one band portion and operatively connected to the mobile electronic device when the mobile electronic device is received in the receptacle area, wherein the mobile electronic device, when received in the receptacle area, is operable to perform a second set of functions, the second set of functions including all of the first set of functions and further including wirelessly communicating user input received by the mobile electronic device to a second electronic device via the wireless communication transceiver.

ユーザーの手首に巻く電子リストバンドであって、

モバイル電子機器を収容し、電子的に接続する収容部位を備えた中央部と、中央部と結合され前記リストバンドをユーザーの手首に固定する少なくともひとつのバンド部とを備え、

前記モバイル電子機器は、ディスプレイを備え、前記電子リストバンドとは分離して使用されて第一の複数機能を実行可能であり、

前記バンド部は、内部に無線送受信手段を備え、前記モバイル電子機器が前記収容部位に収容された時に、前記モバイル電子機器と作動的に接続され、

さらに、前記モバイル電子機器は、前記収容部位に収容された時に、第二の複数機能を実行可能であり、

前記第二の複数機能は前記第一の複数機能を包含し、さらに、前記モバイル電子機器が受信したユーザー入力を無線通信送受信手段を介して第二の電子機器に伝える、

電子リストバンド

収容部位(receprtable area)とは下の図の308に相当する部分です。要は、時計本体(340)(上記クレームで言うmobile electronic device(モバイル電子機器))がベルトから脱着可能になっているわけですね。時計本体単独でも機能を提供できますが、通信機能を初めとする追加機能はベルト側で提供するということです。

ベルト側にも通信用電子回路が入っているのが前提なので、単なるベルト交換を目的にしたものではなさそうです。ベルト部分と本体部分を別々にアップグレードできることを目的としているのでしょうか?ひょっとするとiPod Nanoのアクセサリー(にするつもりだったもの)の特許なのかもしれません。

いずれにせよ、こういうモジュール型の設計は保守性を犠牲にしても一体型デバイスにしたがるアップルの設計思想と相反するような気もします

とは言え、特許としては成立してますので、こういう着脱型スマートウォッチ製品を企画しているメーカーは注意が必要です。

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なお、特許が取れたからと言ってその通りに製品を作らなければいけないわけではありません。たまに勘違いしている人がいますが、特許を取れるか取れないかの話と、物として製造販売するかの話は別ドメインです。特許を取れなくても(他人の特許に抵触しない限り)製品として製造販売するのは自由ですし(自分が独占的に製造販売できないだけの話です)、特許を取れたとしてもその通りに製品を作らなければいけないわけではありません。

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アップルのスマートウォッチの名称はiTimeになるのか

アップルのスマートウォッチに関する特許出願が最近米国で登録(8787006号)されたのが話題になっています(参照記事)。なお、単なる出願公開ではなく権利化です。

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特許の中味については別途書きますが、特許図面中にiTimeという文字が書かれていることを根拠に、アップルのスマートウォッチの商品名がiTimeになるのではと一部メディアが憶測していることから、この点について検討してみましょう。

米国特許庁の商標登録データベース(TESS)で検索するとiTimeは先出願・先登録が結構あることがわかります。Apple自身による出願は見当たりません。

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特に昨年の2月の出願(85846977)はClock and Watchesを指定商品にしていることから、これからiTimeを商標登録出願しても権利化するのは難しいと思います。ただし、もちろん、出願人(個人です)から商標権を買い取るとか、出願自体がアップルのダミーである可能性はないわけではありません。

一方、日本を含む諸国では先にジャマイカに先にしておいた出願にパリ条約優先権を指定するという裏技を使ってiWatchが出願されているのは、このブログでも既に書きました(記事1記事2)。なので、やはりアップルのスマートウォッチの名称はiWatchが最右翼だと思います。

この特許の出願が2011年であることを考えても、iTimeというのは、当時の仮名称であって、特許図面に手違いで残してしまっただけではないかと思います。

ところで、日本におけるiWatch商標登録出願の経過ですが、今調べたら、14類(時計関係)を除いて5680592号として、つい最近の6月29日に登録されていました。

肝心の14類は分割出願として別途拒絶理由(おそらく、識別性欠如と(当ブログでも書いたように)Swatch社による先登録のiSwatchと類似という問題)に対応中になってます。

ということで、iWatchも盤石ではないですが、iTimeはもっとないんじゃないかというのが私の読みです。

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【実務者向け】国際関係の用語混乱について

特許法・商標法の国際関係の用語がちょっとややこしいので、弁理士受験時は以下のような表を作って覚えたものでした。

1.国際出願: 別名PCT出願、日本の特許庁経由でWIPOに対して行なう出願

2.国際特許出願: PCT出願を国内移行することで生まれた日本国内の特許出願

3.国際登録出願: 別名マドプロ出願、日本の特許庁経由でWIPOに対して行なう出願

4.国際商標登録出願: 外国で行なわれたマドプロ出願で日本を指定したことにより生まれた日本国内の商標登録出願

ところが、実際には、これらの用語は結構混同されて使われています。特に「国際登録出願」の意味で「国際商標登録出願」という言葉が使われていることが多く、調べ物をするときにちょっと困ったりしました。まあ、そもそもの用語の選択が直感的でないのでしょうがないのかもしれません。

さらに、日本が意匠のヘーグ協定に参加すると、マドプロ的に意匠登録出願を行なうことができるようになるわけですが、これによりさらにややこしさが増します。意匠法の改正案を見てみると、意匠で上記の3に相当する出願は「国際登録出願」と呼ぶようですが、これだと意匠だか商標だかわからくなりますね。かと言って「国際意匠登録出願」と呼ぶと、上記の4に相当する意匠登録出願との区別がつかなくなります。商標も含めてネーミングコンベンションを何とかしないといけないんじゃないでしょうか?

ついでに書いておくと、受験時には、「出願」→審査官の実体審査を受けるもの、「申請」→実体審査を受けないもの、したがって、「特許申請」、「商標存続期間更新登録出願」は間違いと教わりました。だけど、実際には「特許申請」ってよく使われていますね(Googleで”特許申請”は約914,000件、”特許出願”は約990,000件)。ちょっと気になってしまいます。

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