『2001年宇宙の旅』を証拠にSamsungがAppleに反論したのはおかしなことではない

Samsungがキューブリックの『2001年宇宙の旅』の映像に基づいて、Appleの訴訟に反論していることが話題になっています(参考記事)。この記事だけですと、映画に基づいて特許を無効にできると誤解する人が出てきそうなので補足しておきます。

この話は実は意匠権関連の話なのです。

意匠とは工業デザインのことです。特許権が、今までになかった斬新な発明(技術的アイデア)に期間限定で独占権を与えるのと同様、意匠権は今までになかった斬新な工業デザインに期間限定で独占権を与えるものであり、両者は類似しています(権利の存続期間等細かい点ではいろいろ違いがありますが)。

日本では、意匠法と特許法は別の法律ですが、米国ではひとつの法律で特許権と意匠権の両方を扱っています。そのことから、日本における意匠に相当するものを米国では”design patent”と呼びます(これに対して通常の特許を”utility patent”)と呼びます。上記記事中では”design patent”を「デザイン特許」と訳していますが、これですと製品の設計に関する特許のように思う人がいるかもしれないので、「意匠」と訳した方が親切だと思います(「デザイン特許」という言い方も使われないわけではないので間違いというわけではないですが)。

AppleのSamsung GALAXYに対する訴訟は、特許権、著作権、商標権等々が関連していますが、意匠権も重要な論点になっています。先日、欧州においてGALAXY Tab販売禁止の仮処分命令が出されました(参考記事)が、これは意匠権が根拠になっています。要するに、平べったくて、全面ガラスで、縁なし、1ボタンの意匠が問題とされたということでしょう。

(11/08/26修正: ドイツでの意匠権訴訟の根拠の意匠登録はこちら(Scribdのページ)でした(以下に図の一部を引用)。というわけで1ボタンという要素は関係ないことになります。)

意匠にも特許と同様に進歩性(正確には創作非容易性)という要件があり、出願時点で、世の中に知られていたデザインから容易に創作できる意匠は保護されません。なので、意匠権に基づく訴訟を提起された場合の防衛(抗弁)として、出願より前に似たデザインが世の中に知られていたことを証明することがよくあります(これは特許とまったく同じ)。デザインは目で見ればわかりますので、広告の写真やイラストなどが証拠として使われるケースもあります。今回は、その証拠が、たまたま映画だったというだけの話です。

ネット上で「特許訴訟で映画を証拠に持ち出すなんてSamsungはバカじゃないの」という意見が見られますがまったくそんなことはありません。特許権(技術的アイデア)に基づく訴訟ではなく、意匠権(工業デザイン)に基づく訴訟だからです。

では、通常の特許(utility patent)を、映画を根拠にして無効にできることがあるかというと、目で見れば本質がわかるような単純なアイデアであれば無効にできるかもしれません。ただ、そのような単純なアイデアは映画を根拠にするまでもなく、世の中で知られているかと思います。また、ものすごいハードSFで、装置の原理を科学的に完全に正しく解説しているものがあれば、無効の証拠に使えるかもしれませんが、これもまあないでしょうね。

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